表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/240

地獄、天国、やっぱり地獄

「遅い……って?」

 先輩は笑っていたが、どう見ても手放しの歓喜が形作るそれではない。

 むしろ、やばいことがあるのに、開き直っているような――

「まさか、先輩? いやいやいや、冗談っすよね?」

 恐ろしい想像をする。

 そして、その想像は、明確に目的地を告げずにひたすら高速を飛ばしてきた不自然さを説明できるものだった。

「まさか、もう……」

 このまま、この品物を持って逃げよう、と言うのではない。

 先輩が、にやりと笑った。

 既に、現在、自分たちは品物を持って逃げている途中なのだと、嫌でも理解ができてしまって、全身に震えが走った。

「覚悟決めろや」

 そんなもの、いきなり決まるわけがない。

 思考は、もうグチャグチャだ。なんとか頭を働かせても、遠くない未来に到来する最悪の結末にしか行き着かない。

「ひ、ひどいじゃないすか」

 打ち解けた、とは言っても、やはり先輩は依然としておっかない人であった。だが、もうそれを上回る恐怖に追われる立場となった以上、遠慮なく言った。

「騙して、おれを巻き込んで……ひどいじゃないすか」

「はは、すまん」

 先輩は、笑って謝った。ここまで誠意の無い「すまん」は初めて聞いた。

「なんで、教えてくれなかったんすか」

「だって、教えたら、お前逃げるだろ」

 それは、その通りなのである。

「まあ、覚悟決めろ。三千万だぞ、三千万」

 大金には違いないが、もはやそれほどの価値を感じられず、興奮もできない。

 相手は、やくざだ。暴力団だ。

 しかも、街で喧嘩を売ったとかいうレベルではない。明確に、彼らの大きな利益となるべきものを掠め取っているのだ。

 落とし前は、自分と先輩の命以外のものでは購えまい。その利益の数倍を差し出せれば或いは助かるかもしれないが、そんなものは持ち合わせていないから先輩はこんなことをしたのだ。

 その時、駐車場に黒塗りのいかにもな外車が入ってきた。

 そこから、いかにもな男が降りてきて、思わずキーを回してエンジンをかけようとして先輩に止められた。

「なにすんですか! 逃げないと!」

 つまりは、その男が追手だと思ったわけだが、男はこちらに目も向けずにコンビニに入っていった。

 ほっと両肩を落として息をついた。

「大丈夫だよ、あれからずっと高速を飛ばしてきたんだ。こんなすぐに追いつくもんか」

 言われてみればその通りだが、ならばいつ追手がかかるのかが急速に気になった。

「そもそも、おれの仕業って見当つけるまでにそこそこ時間がかかるさ」

 先輩は、だから心配するこたあねえんだ、と言わんばかりだが、事が事であり、関係している連中が連中だ。そんな甘いことはないんじゃないか。

「でも、いつまでも取引場所に来なければ、あのアパートに人が来るんじゃないすか、そしたら……」

 先輩は、きょとんとしていた。

「あー、そうかそうか」

 そして、少し考え込むと、一人で納得した様子であった。はっきり言って納得以前になにがなにやらわからないこっちとしては、不快である。

「いや、取引とか、そういうのは違うんだ」

「え?」

 どれが本当で、どれが嘘なのか、さっぱりわからなくなってきた。

「いや、ちゃんと説明するよ」

 先輩曰く、まずそもそもこの話の発端である取引の話が、嘘である。

 嘘と言われてしまえば、おかしなところは幾つかあった。初めての取引相手なので大事をとるために組織の正式な構成員ではない自分たちを、最も危険なところへ配置し、その危険と引き換えに、高額な報酬が出るというのも妙な話だ。

 自分たち以外にも、いわば手柄のために多少危険な仕事でももっと少ない報酬でやりたいと申し出る準構成員的な若いのはいるだろう。

 だが、それが嘘となると、それに連鎖して疑問が出て来る。

 先輩は、億を超える価値があるだけの非合法薬物が、今日あそこのアパートにあることをどうやって知ったのか。

 インターホンを押して内側からドアを開いてもらって普通に中に入っていったところから、あの部屋の住人とは顔見知りらしいが。

「あー、まあ、こないだあいつと飲んでたんだよ、あそこで」

 部屋の住人は、先輩の知人でしばらく疎遠となっていた。

 疎遠の理由は、先輩があくまでもフリーでやっていこうとしているのに対して、あちらが組から盃を貰いたいと言ってそちらに行ってしまったからだ。

 所詮、そんなの窮屈な上にいいように使われて吸い上げられるだけだと先輩は否定的だったが、長い目で見ればそっちの方がいいんだと譲らない。

 そんなに安定したいなら、普通に会社勤めすりゃいいじゃねえかと言い捨てて別れて、それからしばらく会っていなかったのだが、突然電話をかけてきた。

 一緒に飲もうと言う、その声からして既に向こうはそこそこ飲んでるのが知れた。

 もしかして、とうとう盃も貰ってない若衆未満の下っ端の辛さに嫌気がさして、組を抜けたのかと思った。

 だが、そうではなく、むしろけっこう大きな仕事を控えていて、それを上手くやれば盃を下ろしてもらえることになっている、と言う。

 なんだ、自慢話でもしたいのか、というのがまずは思い当った。

 かつての別れ方から考えて、ここぞとばかりに自分は正しかったと威張り散らすんじゃないかと思えば、わざわざ足を運ぶのは億劫だったが、あまり色々と選り好みというものをできない身分である。

 ここで、再び繋がりを作っておけば、正式な組員となったそいつの使いどころもあるかもしれない。

 あくまでも、利用してやればいいんだ自慢話なんか適当に相槌打って御機嫌とっておけばいいんだと自分に言い聞かせて、以前から変わっていないというアパートに行った。

 酒とつまみを買って行くと、どちらも既に尽きかけていて大層喜ばれた。

 飲みながら話を聞くと、日頃の苦労話が大半で、自慢話よりはマシかもしれんが延々と聞かされるのもしんどいな、と思っていたところ、組入りがかかっている仕事とやらの方へと方向が変わってきた。

 細かい内容を話すのは渋ったが、別に組に入りたいわけではないが自分もなんかいっちょ噛んで小銭でも稼げないかと思案し始めた先輩は、既にけっこう酔っているのをいいことに、さらに勧めて完全な酔っ払いにし、聞き出すことができた。

 末端価格は億を超える薬物の取引に、抜擢されたのだと言う。

 本当かよ? というのが正直な気持ちであり、そのまま口に出したら酔いも手伝ってかなり怒り出した。

 むしろ、その怒りをさらなる話を引き出すチャンスと見た先輩は、殊更に疑わしげな態度をとった。実際、疑わしいなと思っていたのも事実である。

 疑いを晴らすために、相手はどんどん具体的な話にと口を滑らせていった。

 正式に盃貰ってないお前なんかに、そんな重要なことを任せるのか、と疑問を呈せばいざ警察に見つかった時のために、むしろ取引現場へブツを運ぶのはおれみたいなのがやるんだと言う。

 明日、ブツがここへ届く、明後日そいつを持って取引現場に行くと言う。

 つまり、一晩、品物がこの部屋にあるわけで、それこそなんでお前なんかが、という話だ。

「もちろん、おれ一人じゃねえよ、もう一人、ブツ持ってきた奴と二人で不寝番さ」

 へえ、それはかなり信用されてんだなあ、と納得してみせると、そいつはそっくり返っていた。

 だが、その話をこうして漏らしている時点で、その信用を盛大に裏切っているわけだから滑稽と言うしかない。

 秘密を隠さねばならぬと思いつつも、それを吐き出して楽になりたいという心理に酒と巧みな誘導を受けてついつい言ってしまったのだろうが……。

 帰り道、頭を去来したのは他でもない。

 ――そのブツ、なんとかして自分のものにできないか。

 という企みである。

 明後日の朝には、確実に億にはなるというそれが、さっきまでいたあの部屋に存在するのだ。

 一攫千金を夢に見て語りながら、やってることは小銭稼ぎな現状に忸怩たる思いはもちろん痛いほどに感じている。

 その一攫千金になりうる話を、偶然知ってしまった。

 様々な要素が複合的に上手いように転がってのことであるが、むしろそのことを理解すればするほど、千載一遇の好機と感じる。

 ――こんな機会、二度と巡ってこないんじゃないか。

 今を逃したら、もう二度と……そう思えば、その思いは際限なく同じ想念を再生産し、それをやらないでどうするか、と知らず知らずに自分を追い詰めていくものだ。

 正に、先輩もその状態に陥った。

 やるかやらぬか、ではない、やらねばならぬ、と。

 そして、考えに考えて、悟られずにものを盗み取るのは不可能であるという結論に達した。

 その時、あちらは二人いて、しかも大事なブツを扱っているのだと嫌でも自覚しているのだから警戒感も強い。

 強奪するしかない。

「で、まあ、その日ってのが今日ってわけさ」

 ここまで話せばわかるだろ、という感じで、先輩はコンビニで買ってきた煙草を吸っていた。

「……今日、取引なんすよね?」

 先輩が頷く。

「ってことは、結局、今日中に気付かれるってことすよね?」

 取引の話は嘘だ、と先輩は言ったが、取引自体が行われるのは事実である。

 取引場所に肝心のブツがやってこなければ、当然その時点で騒ぎになりあのアパートにも人がやってくるだろう。

「そうだな」

 と、先輩は美味そうに煙草を吸っているが、冗談ではない。それならば、こんな悠長にしていられる時間は無いではないか、いったいこの後どうするつもりなのか。

「もういい時間すよ。もう先輩がやったってバレちゃってますよ!」

「いや、すぐにはバレねえよ。そりゃ、あいつの交友関係洗ってけば、おれのことはいつか出て来るだろうし、そのおれが行方知れずになってりゃあ、さてはってことになるだろうけどよ」

 なんだか、話がズレているような気がする。

 洗うもなにも、部屋にやってきた組の人間が気を失っている二人を発見し、彼らを起こして話を聞けば一発ではないか。なにしろ先輩はもろに顔を見られているのだ。

 そのことをなじるように言うと、先輩は、きょとんとしていた。

 先輩のコレが出ると、その後に絶対にろくでもない展開になることをなんとなく察してしまい、震えが来た。

 果たして――

「ああ、そりゃ大丈夫だ」

 先輩は、笑顔で言ったのだ。

「あの二人は、喋ったりできねえよ」

 意味を理解するのに、時間がかかった。いや、理解したくなくて無意識のうちに時間をかけてしまった、という方が適切であろうか。

「……こ、こ、こ、殺した、んすか?」

 震えた喉から、震えた声が出た。

 どんなにワルを気取っても、殺人は一線を超えた彼方にあるものだった。

 先輩は、返事もよこさずに煙を吐いている。

 先程から、いつものビビりはどこへやら、責めるような言い方をしていたのに、またいつもの通りに戻った。先輩の言うことには唯々諾々と従う、いつものやつだ。

 なにしろ、もうこの人は二人を殺している、という事実が恐怖そのものとなって迫ってくる。

 せっかく、お前は三千万だ、と笑っているのに下手に刺激して、グダグダ言うなら楽にしてやろうか、そうすりゃ三千万やらないでいいしな、とかいう方へ走られては非常にまずい。

 その日から、ビジネスホテルを転々とした。

 夜は、美味そうな店があったらそこで食事をし、ホテルで飲むのが常となった。さすがに周りに人がたくさんいるところで酔うことを、先輩も警戒していた。

 こいつを売って、外国に行こう、と先輩は楽しそうに語った。

 まだまだジャパンマネーはアジアじゃ強い。かなり都会化されてるとこもあるから、金があればそんな不自由はしない。

 酔って語る先輩は以前のままに、夢を見ているような無邪気な顔をしていて、束の間、なんだかんだでこの先輩と一緒にそうやって飲んでいる時間が嫌いではなかった頃を思い出したりもしたが、もう状況は劇的に悪い方へと変わっている。少しでも気を抜くと、すぐに見たくはない現実が、目の前にいることを主張し始める。

 いっそ、逃げてしまおうかと思ったこともある。

 とりあえず疑われるのは先輩だ。そこからさらに辿れば自分の名前も出て来るだろうがとにかくまずは先輩だ。

 だが、いざやろうとするとこの人は既に二人殺っている、という恐怖が四肢を縛り付けた。

 それに、自分が逃げた後にこの人が組に捕まった場合、自分を共犯として挙げる恐れが大いにあった。

 完全に嘘偽りでもない。実際に、車を運転して逃亡に手を貸しているのだ。

 先輩は、逃げられるのを警戒している様子は無い。その辺りのことを承知して、こいつは逃げられっこないとタカをくくっているのだ。悔しいことに全くその通りだ。

 その組とやらの連絡先はおろか、名前すら知らされていないのが、先輩にとっては安心の種である。

 知っていれば、先輩に隠れてこちらから連絡をとり、事情を説明し、否応なく巻き込まれてしまって困っていると告げれば、おそらく向こうから先輩を監視し、居場所を逐一報告することを条件に自分に関しては一切咎めないという取引を持ち掛けて来るだろう。

 いわば、先輩を売るということだが、はっきり言って知っていれば迷いなく、売っただろう。

 だが、知らない。こちらから連絡のとりようがないのだからどうしようもない。捕まった後に実は自分は何も知らずに巻き込まれたのだと言ったところで信じてもらえまい。また、その時は先輩も思い切り道連れにしようとしてくるはずだ。

 彼もまた、思考が追い詰められて自由度を失っていた。

 もう、このまま先輩と行動をともにして大金を掴み、外国へ飛ぶしかない、と。

 だが、元々が、この計画は追い詰められて思い立ったものなのである。大きな穴があった。

 販路だ。これだけ大量の億になろうかという品物を売り捌くには、はじめから誰それが買ってくれるというアテが無ければいけないが、もちろんそんなものは無い。

 てっきり、その辺のことも先輩は考えているのだろうと思っていたのに、売れずに困っているのを見て、いよいよ絶望的な気持ちになった。

 杜撰である。

 で、その杜撰極まりない計画に、自分を巻き込んだのだ。なにしてくれとんじゃボケというのが偽りない思いだが、やはり、二人殺している――という迫力に押されて従うばかりである。

 少量の薬物が座席の下やトイレで売買されている類の店に行って、小売して当座の金を稼ごうと先輩が言い出した。

 そろそろホテル代も心配になってきたので賛成し、目星をつけた店で幾らかの金を手にしたが、店を出たところで数人に囲まれた。

 追手か!?

 と、震え慄いたが、そうではなかった。

「おい、どこのもんだ」

 これは、つまりはいわゆる「誰に断ってここで商売してんだコラ」のアレである。

 追手、ではないが、やくざには違いなく。それに敵対行動者と見做された。

 おしまいだ――と思い顔面蒼白になったが、それをよそに先輩は涼しい顔である。

「いや、すまん。挨拶すべきだってのはわかってたけど、なにしろ誰に挨拶すりゃいいのかわからなかったから」

 平然と言ってのけたが、もちろんそんな言い訳が通じるはずもなく、ふざけんなと腹に一発重そうなパンチを入れられた。

 先輩は、呻きつつも、ヘラヘラと笑っている。

「なあ、買い手がブツを調達した後になって金ができねえとかぬかして、宙に浮いてるのがあるんだよ。買ってくれねえか? 安くしとくぜ。おれも困ってんだよ。しょうがなくガキに小売してたんだ」

 なおも、笑顔を崩さずに言った。咄嗟の対応にしては上出来だろう。この度胸は、さすがと思わされるところだ。

 相手も、少し話を聞く気になったようだ。無闇に威圧するのは止め、店に戻るように促し、奥まった席を用意してくれた。

 とにかく、品物を見てからでないと判断はできないが、こっちとしても安く手に入るなら願ってもない話だ、と乗り気になって、明日ここに持ってこいという話になった。

 その日のホテルでの酒盛りでは、先輩は上機嫌であった。

 虎口を脱しただけでなく、懸案を解決したのだから無理もない。

 危険極まりない綱渡りだったが、先輩は綱を渡り切った、と思い、二人して祝杯を重ねて大いに酔った。

 まだ金を手にしていない以上、細く揺れる綱は目前に残っているのだということを考えようとはしなかった。

 破局は、あまりにもあっさりと訪れた。

 翌日、バックを持って店に行った。ちなみに、元々のバックは処分して別のものに替えてある。

 その日は、完全に個室となっている一室に通されて、そこで品物を改められた。

「ほう、いいもんじゃねえか」

 という、相手の感嘆を心地よく聞いた。それはすなわち、高く売れるということに他ならないからだ。

 天国から地獄へ――を味わったのは、そのすぐ後だった。

 気がついた時には、後ろから何かが覆い被さってきて、意識が途絶え、それが再び繋がった時には見知らぬ場所に転がっていて、隣に先輩もいて、二人とも手足を拘束されていた。

 どうやったのかは知らないが、どういう意図をもってのことかはわかる。つまり、まともな取引をするつもりが無いということだ。

 しかし、その時はまだ、こいつらはこちらに強い後ろ盾が無いのをいいことに、金を払わずにブツを奪おうとしている、という程度の認識だった。

 悔しさに歯ぎしりしたが、それならばまだマシだったのだ。

「おう、起きたか。手荒なことしてすまなかったな」

 連中の一人――おそらく、その中では兄貴分らしい男が言った。

「おれたちを、どうするつもりだ」

 先輩も起きていたようで、声が聞こえてきた。

「おれたちは、もうどうもしないさ」

 意味深に、男は微笑んだ。

「――に、引き渡すだけだ」

 何に引き渡すと言ったのか、よく聞き取れなかったが、隣の先輩が拘束された体を拘束された範囲内で精一杯に動かしたのが音でわかった。

 そこは、どこかの地下室らしい窓の無い部屋だったが、しばらくすると数人の男が新たにやってきた。

 彼らは、元から部屋にいた連中と挨拶を交わして、例の品物の入ったバックの中身を改めていた。

 もう、この辺りで、その男たちが何者なのかは察しがついた。

 この品物の、元々の持ち主だ。

「おう、おめえら、やってくれたなあ」

 その中でやや年嵩の男が、言った。余裕があるように鷹揚な様子ではあるが、少し観察すれば隠しきれない憤怒が表情から嫌でも読み取れてしまった。

「……なんのことだ。おれぁ、あんたらなんか知らんぜ」

 先輩が、すっとぼける。もう、この状況ではそれしかあるまいが……。

 男は、先輩と自分が二人の男を殺して薬物を強奪したと言い、先輩はもちろんそんなの知らないと強硬に主張した。

「じゃあ、こいつはどう説明するんだ」

 と、バックをどすんと床に叩き付けるように下ろし、見せつけた。

「どうもこうも、クスリなんぞどれも似たようなもんだろうが、あんたらの名前でも書いてあるのかよ」

 先輩の声は、平静だ。やはり、この絶望的な状況でこの度胸は頼りになる。

「書いてあるんだよ」

 だが、男も全く動じず、それどころか楽しそうに笑ってポケットから袋を取り出した。バックに入っていた袋で、もちろん中には薬物が入っている。

 その袋の奥に、折り畳まれた紙が入っていた。

 それには数字が羅列してある。

「このナンバーは、あいつらに預けたブツのナンバーだ」

 ぐっと、先輩が言葉に詰まって息を飲み込んだ。

「そいつが、おれらの持ってたブツの中に入ってたって証拠は?」

 少し時間はかかったが、先輩は切り返した。他に頼るものなど無い以上、先輩よく言ったと思わざるを得ない。さっきの店に品物を持ってきて、その場でそれを突き付けられたのならともかく、あれから時間も経っているのだ。

「あいつの携帯の履歴から、おめえがあいつの知り合いだってことはわかってんだ」

 だからって、それが証拠になるものか。

「おい、やれ」

 男が言うと、後ろに控えていた連中が先輩を引き起こして、二人が後ろから押さえ付けつつ、一人が前から腹を殴りまくった。

「さっさと吐け」

 男が言う間にも、拳は容赦なく先輩の腹を連打する。

 ああ、そうだ。こいつら警察じゃないんだ。やくざなんだ。

 確たる証拠など揃わなくても、ある程度の目星がつけば、後は体に聞けばいい。そういう連中なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ