濁水の底
「お初にお目にかかる」
という、型通りの挨拶を交わし、アレンからの自分の部隊も同道するという申し出、それに対するオーレンの感謝があり、話は遠い王都へと及んだ。
「病床の王や、それを補佐する王女には、我らの不甲斐なさゆえに、さぞや御心痛のことと恐れ入るばかりですが、ようやくこのように賊徒討滅の端緒につくことができ、その御懸念も近日中に晴らして差し上げることができましょう。そのこと、よろしくお伝えください」
アレンが出した報告は、必ずメリナの手に届くのだから、それを彼に託すのは当然と言えば当然であるが、もちろんオーレンには思惑がある。
もはや、ウィレスの醜態のおかげでオーレンの後継は動くまいが、その事実を王都のメリナが認識すれば、いよいよそれは盤石のものとなる。
「無論、見聞きしたことは細大漏らさずに摂政殿下に御報告します」
アレンも、当たり障りの無い返事をしたが、オーレンは満足そうに頷いた。事実を、ありのままに伝えて貰えれば、それで事足りるのだ。
それから、ここからトゥーロットまでどのような行程で向かうのか、などの細かい打ち合わせをしてから、散会した。
馬に乗り、堂々と民衆の歓呼に手を振りながら行くオーレンを見送りながら、アレンは正直なところ、思っていたよりもできた男ではないか、と認識を改めていた。
これまでに聞いていたオーレンの印象は、武術に励み歴戦の兵士には身分を問わず敬意を払う一方で、粗暴で人を殴ったりすることも珍しくない人物だった。
強者を尊敬する反面、弱者をないがしろにする傾向が強く、軍を率いる指揮官としてならともかく、政治、軍事、外交、その他を司る領主である伯爵という地位に相応しい人間とは思えなかった。
今回のことで、一皮むけたと考えるのが自然だろう。
まだ十八歳なのだ。
これからいくらでも伸びる余地はある。
五歳上で二十三歳のウィレスとて、十分に若いのだが、発展途上という印象は全く受けない。
こうなっては、いよいよウィレスなど顧みられることはあるまい。
事実、もはや部屋に籠ったウィレスに構う者はほとんどおらず、出陣準備に街全体が沸き立って、いないもののような扱いである。
すぐにも、とオーレンをはじめとして逸る者は多かったが、むしろここで予定以上の兵力が増えたことで準備に手間がかかった。
オーレンが率いてきた兵と合わせて、約千二百人。これと別にアレンの部隊がいるので総兵力は千七百人ということになる。
これだけいれば、親衛隊に多数討たれて五百人程度にまで減った賊軍と戦うのに問題は無いとオーレンは意気軒高であったが、アレンは背後に他国がいる可能性について示唆して注意を促した。
「過剰に恐れる必要は無いが、五百人程度と決め付けるのも禁物」
「確かに」
オーレンは物分かりよく頷いた。
相手がアレンだから、その背景にいるメリナ王女のことも考えての分かり良さかとも思ったが、見ていると、けっこうオーレンは配下の進言をよく聞く。
これもまた、当初の印象とは違う彼の姿である。
翌朝、出陣した。
もちろん、その軍中に恵一たちもいる。
いよいよ待ちに待った戦いだとリーンはやる気満々である。
確かに、功績を立てればそれをもって労役刑が帳消しになるのだから、やる気になること自体はわかるのだが、それにしたって過剰である。
「父親の仇討ちよ」
と、リーンはなんの疑問も無く断言する。
その父親というのはヴェスカウ伯爵であり、当然のことながらリーンとはなんの繋がりも無い人間なのだが、父親の仇討ち、というキーワードがいたく彼女を興奮させ血を燃え立たせるらしい。
しかし、それで死んでしまっては本末転倒だろう。
あまり進んで前に出たりはしないように、と遠回しに言ったところ、
「死ぬのが怖くて戦えるかってのよ」
全く、聞きゃしないのであった。
最近そういう機会が無いので目立たなかっただけで、相変わらず自分の命をあまり大切に思わない、ある意味ではとても戦闘向きの精神は健在で、恵一は久しぶりに彼女に抱くひやりとするような危なっかしい気持ちを思い出した。
急げ急げの号令は、もちろんこの行軍中も飛び交い、一日中歩きづめを強いられてなかなかに疲れるものであった。
だが、それも昼間のことで、夜になって街に入れば飯は出て来るし寝るところはあるしで行軍自体は順調そのものである。
そこは、領内であるから軽騎兵をやって伝えさせておけば、食料も寝床もできる限りのものは揃えてくれている。
どの街でも、有力者やらなにやらが集う会食が用意されており、アレンもその席上に呼ばれて行く。
どこでも、父の仇討ちに賊を討伐に向かうオーレンに対する期待をこめた熱があり、彼の振る舞いもそれに応えた頼もしげなものだ。
二人の兄弟は、どちらも領内をくまなく巡視するような経験がなく、城館から離れれば離れるほどに彼らを知る者は少なくなる。
二人とも知らずに、今回オーレンに接した者はほぼ例外なく、知識として五歳上の兄がいることは知っていても、この方が次の伯爵なのだなという顔をしている。
また、オーレンもそういうふうに受け取られるように、頼もしさと、それだけでなくやはり以前の噂とは違った温厚なイメージを振りまいている。
父の死というのは、変化のきっかけとしては十分なことではあろうが、それにしてもとアレンは思う。
行軍中、例によってアレンは家臣に対し、あちらの主立った者と酒など飲んで絶えず情報は集めておけ、と言っていたが、そちらからある話が上がってきた。
どうも、オーレンの変化には、新たに加わった者の影響が強く働いているらしい。
オーレンは、そもそもが人材の好みの偏りを心配されてウィレス支持に走る者を出現させてしまったぐらいだから、そういう偏りがあるのは事実であった。
好みは、もう勇敢で強い戦士ということに尽きる。
そういった連中は、伯爵の御子息が正に彼らが自ら誇っていることを素直に尊敬して敬意を払ってくれることに感激して、いざとなれば死を厭わずに働くつもりなので軍事的な力としては相当なものであるが、どうしても策謀などに長けた知恵者に欠ける傾向があった。
決して皆無なわけではなく、そういう者などはウィレスに衆望を集めてしまっているオーレンの偏りや粗暴という弱点を修正するように進言も試みたが、容れられぬ。
オーレン自身が、それを弱点という認識ができずに、むしろそういったことを柔弱に流れるように思い込み、憧れ目指す存在である勇敢で強い戦士から遠ざかる行為と見做しているところがあった。
それを変えるというのは、よほどに特別な存在でなければなるまい。ただの家臣とは思えぬ。
「ヴェスカウ伯爵家の縁戚の者らしいのですが……」
「そんな者は、見ていないぞ」
アレンが首を傾げる。
それほどにオーレンに影響力があるのならば、縁戚と言っても家系図上の線を延々と辿らねばならぬような遠縁ではないだろう。
それならば、既に幾度か会食をともにしているのだから、オーレンがその場に伴って紹介してもいいぐらいだ。
「だが、そうか。新たに加わった、ということは伯爵の縁者にも関わらず、どこかよそへいたということだな」
アレンが気付いてそう言うと、報告してきた者は得たりとばかりに頷いた。
「なんでも、伯爵の死後にアンリッドへとやってきて、弔い合戦の際に陣の端を借りて一働きして帰参を許されたいと」
「ふむ」
つまり、当人か或いは親かさらにその上かは知らぬが、何かやらかしてしまって追放の憂き目に遭った者に違いない。
公式の場に連れてきて列席者に紹介しないのも、それを憚って、この戦いが終わった後に功績によって正式に帰参を許されるまで表には出てこないつもりなのかもしれない。
「まあ、それとなく気にしておけ。積極的に聞き回らんでいい」
そこまでわかれば、それ以上に突っ込んだ情報収集は伯爵家の身内の事情への詮索となってしまう。追放の理由や経緯が醜聞の類である可能性も否定できず、そうであればあくまでも他家の者であるアレンに、あれこれと調べられたくないだろう。
なにか、悪影響を及ぼしているわけではなく、むしろその逆なのだから問題は無い。
アレンが、オーレンの関心を買うべき立場ならば彼に影響力のある人間との繋ぎは必要だが、そんなことはないのだ。
そうして、半ば忘れていたのだが、明日にもトゥーロットに到着するというところで訪問を受けた。
「オーレン殿の使いが来ていますが」
と、例によっての会食後の寛いでいる時にやってきたので、会った。
「ガスパー・リグートと申します。お見知りおきを」
と、名乗ったのは歳は三十代後半ぐらいであろうか、如才なさげな、いかにもこういった使いに起用されそうな男だった。
居合わせた家臣が、目配せするのにアレンは気付いたが、それが何を意味しているかはすぐにはわからなかった。
しかし、とにかくこのガスパーという男には何かある、と思いながら話を聞いた。
「こちらに向かっている援軍のことなのですが」
「ああ」
エスティア伯の率いる五千の軍勢が既にヴェスカウ伯爵領内に入って、後を追うように行軍中であることは、オーレンも知っている。
知った時は、やはり予想通り、指揮をとっているのがエスティア伯であることに平静さをやや乱されたように見えたが、メリナが差し向けた軍なので追い返すわけにもいかず、ルート上の各街にはこの後に来る軍は自分たち以上に丁重に扱うようにと言い残しつつ来たのだ。
「やはり、オーレン様は、これをいたく気にしておられます」
「ほう」
「もちろん、伯爵があのような亡くなり方をされて領内の混乱が収集する兆しもなく、摂政殿下におかれては万全を期すために名将の誉れ高きエスティア伯に軍権を授けて派遣なされたこと、それはひいては自分たちの不甲斐なさゆえであるということは重々承知しておりますが」
と、ガスパーはくどいぐらいに、メリナの対応に不満を持っているわけではないということを強調した。
「しかし、やはり伯爵の仇討ちは我らのみでやらねば面目が立たぬというのがオーレン様……いや、それだけでなくその他の者たちの本心です」
「ふむ……あ、つまり、ひょっとして我々も邪魔ですか?」
アレンは、少しこの男を試してみるつもりで言った。その面目が立つ立たぬの理屈で言うと、ヴェスカウ伯爵家とは縁の無いアレンの部隊もまた、手を借りたくない相手ということになる。
「ああ、いやいや……そちらの部隊は、全体の四分の一ほどですから、あくまでも力を借りたというふうに扱われるでしょうから、よいのです。ですが……」
「五千というのは、多過ぎる、と?」
「本心を申さば、その通りです」
「指揮官がエスティア伯というのは?」
「これも本心を申さば……皆、複雑です」
それでも、やや曖昧に言ったが、要するにエスティア伯に助けられるという構図を、誰も歓迎していないということだろう。
「ふむ」
「それと……」
と、ガスパーは何かを付け加えんと発言した。
「実はこちらの方が切実な理由なのですが……」
「切実? どのような?」
「貴方は、摂政殿下の命にて情報を収集しに来た。定期的に殿下に報告を送っている……いわば殿下の耳目と言ってもよい」
もちろん、メリナのもとへと上がってくる報告はアレンからのものだけではない。隣の領主などからの報告もあるだろう。
だが、やはり自分の命令で赴かせたアレンの報告を、より重んじるであろうし、なにより確実にメリナが自分の目で確認するだろう。
「ヴェスカウ伯爵家は、今回のことで相当に名を落としました」
気遣って頷いたりはしなかったが、その通りである。
残ったのは激戦を繰り広げた伯爵と親衛隊の勇名ぐらいだが、それとて死と引き換えなのだ。
むしろ、彼らが勇戦敢闘して死んだことは、ヴェスカウ伯爵家の強さというのは所詮は伯爵と親衛隊の強さであって、それ以外の指揮官や部隊は大したことはないのではないかと思われることに繋がってしまっている。
オーレンとて、伯爵と親衛隊が突出して死んでいく間、無為に――一応情報収集はしていたのだが――過ごしていたということではウィレスと変わりない。
この汚名は晴らさねば、当人の心情的にも納得いかぬし、これからの統治にも支障をきたす。
なにより、今回の一件において王に――正確には摂政のメリナに失望され、ヴェスカウ伯爵家とは、伯爵あってのものでその死後は恃みにするに足らないと思われてしまうのが怖い。
それゆえに、弔い合戦においては端の兵卒に至るまで命を捨てて戦ってヴェスカウ伯爵家の勇名は虚名にあらずと示すつもりであるが、そのことがしっかりとメリナ王女に伝わるのが望ましい。
「つまり、我らは援軍というよりかは立会人ですか」
「いやいや、もちろん大いに助けていただきたいのですが……本音を申さば」
「ふむ」
「虚偽をとか誇張をしろという話ではないのです。見たことをそのまま、殿下に報告していただければ」
「それは、無論そうしますが……つまり、エスティア伯には引っ込んでいて欲しいと?」
「尋常の戦であれば、すぐ後ろにいる大軍を待つのが上策であることは言うまでもありませんが、ことは弔い合戦です」
「ふむ」
「エスティア伯には、なにとぞ後方にて我らの戦いを見守っていただきたく」
「それを、私からエスティア伯に……」
アレンは、考え込んだ。
ガスパーの、というかオーレンやその他の者たち、伯爵家一同の気持ちはわかるが、エスティア伯とてメリナの命で来ているのだから軍事的に万全を期したいだろう。
そこに一抹の不安を覚えたものの、結局は引き受けた。
エスティア伯へと送る文面について細かな打ち合わせをしてから、ガスパーは辞去していった。
「なかなかの人物だな」
その柔らかい物腰などから、一目見てこれは人物だと思わせるようなタイプではないが話していると本音をはっきりと言い、言ったからにはそこから相手の同情なども引き出してみせるような能力があることが感じられた。
「あれが、例の最近重用されている伯爵の縁者ですよ」
と、目配せしていた家臣が言った。
「ああ、あれが、そうなのか」
何かある、とは思っていたものの、そこまでは洞察できなかった。アレンにその能力が無いというよりかは、腰が低いとすら言ってよい態度によるところが大きい。
伯爵の近しい縁者にしては、と思ってしまうのだ。
「苦労を積んできたのだろうな」
それを思わせるガスパーの態度であった。
伯爵の縁者であるぞ、などとそれを誇るようなところが全く無い。つまりは、そんなことは役に立たないと思い知らされる人生を歩んできたのであろう。
どちらかと言えば単純素朴な武人ばかりのオーレンの側近には不可能であったことも、あの男になら可能だろう。
あの男ならば、オーレンの意識を改革して粗暴な振る舞いを止めさせるぐらいのことはできるに違いない。
それもこれも、ヴェスカウ伯爵家の者であるということが役に立たない境遇で苦労して生きてきたからこそだ。
それが今、縁者であるからこそオーレンの近くに潜り込んで、これまで苦労して身につけた能力を駆使して重用されるようになっているのだから面白いものだ。
アレンは、見聞を広めるためと称して方々をほっつき歩いており、悪所と言われるようなところにも出入りしたことがある。
爵位を持つ貴族の跡取り息子としては、下情に通じているぞという自負はあるが、やはりそこはしっかりと身を守る取り巻きがいてのことだ。本当に身の危険を感じたことなどはない。
おそらく、ガスパーはそういった、アレンが上澄みだけすくって飲んだ濁水の底をさらって飲んだような経験があるに違いない。
「油断ならんな」
決して心を開け放っていい人物ではない。だが、どこかに微かな好意もアレンは感じていた。
「まあ、とにかくエスティア伯への書簡ぐらいは書いてやるさ。おい」
アレンの声に応じて、筆記具が用意され、早馬の準備を命じる声が飛んだ。
トゥーロットには、盛大な歓迎をもって迎えられた。
隣、といっていいトゥースが陥落しているのだ。次はうちに違いないと思いつつ、それでも離れ難く残っていた人々である。これで大丈夫だと言わんばかりに歓喜が爆発し、それが歓迎に現れていた。
まるで勝利の後の凱旋軍のような扱いであり、これに浮かれてはならぬ、戦いはこれからなのだぞとオーレンがわざわざ訓令を回したほどである。
到着後すぐに後を追うようにエスティア伯からの書簡がアレンに届いた。
伯の率いる後続軍はアンバースの街に入ったらしい。そこにいるウィレスについては何も書かれていないが、おそらくウィレスが拒んで会えなかったか、或いは剛直な武人であるエスティア伯は一連の話を聞いて呆れて会おうともしなかったのかのどちらかだろう。
返事は、概ねアレンの、というかオーレンたちの心情にかなったものであった。
伯爵の仇討ちに臨むオーレンを激励し、その意気に燃える貴君らに対し賊徒どもは為す術なく討ち取られるだけであろうと言う。
だが、戦には何が起こるかわからない。
もし、万一のことがあれば、自分が後始末をするから安心して敵に向かえ、と。
要するに、もし負けても骨は拾ってやるから迷わず往け、という内容である。
エスティア伯としては、常に自分の上にいた伯爵をライバル視するところはあったとしても、十八歳の息子に対して張り合う気にはなれずに、年長者として激励するというのに落ち着いたのだろう。
勝利を万全にするためになんとしても合流を企図するのでは、というアレンの危惧も杞憂であった。
自らも伯爵家の当主であるエスティア伯にとって、ヴェスカウ伯爵家の連中の仇討ちを自分たちで成し遂げたいという心情は、十分に理解できるものだったのだ。
その書簡の内容を伝えると、オーレンはほっと息をついた。
彼に劣らず、周囲の者たちも安堵の息をついた。
エスティア伯が、合流して敵に当たるべきだと主張して行軍速度を上げてきたら、それを振り切る勢いで出陣する、という選択肢をオーレンが捨てていなかったからである。
「よし、頼んだぞ」
じっくりと腰を据えて、オーレンは無数の軽騎兵を放った。
どこにいるのかわからぬ敵の探索には、いくらいても足りない軽騎兵である。アレンの部隊からも幾らか派遣した。
数日のうちに、様々な情報がもたらされてきた。それを総合していくと、幾つかの地名が候補として絞り込まれていった。
そんな中で、耳寄りな情報が寄せられた。
攻め落とされた砦の一つにそれらしき者が担ぎ込まれているというのだ。
情報は、その砦の守備兵の生き残りからのものである。
砦が落ち、逃げ散った者たちが十人ばかり合流し、潜伏して露命を繋いでいた。
彼らとしては、なんとか奪われた砦を奪還したいと願っていたが、賊は砦に百人ほど残っていて、十人程度の彼らでは手が出ない。
賊は、一体になって動いて行く先々で略奪を繰り返し、一帯を食い潰せばまた動く、という、やはり魔王と名乗るには相応しくない盗賊レベルの行動を続けていた。
砦にどのぐらい食料などがあるのかは知らないが、それが無くなればあいつらもどこかに行くのではないか、そこを狙えばよいのではないか。
どうも、武力で攻め落とされた砦を取り戻すのに、誰もいなくなったところに入って旗を立てて、それをもって奪還したぞと言うのは情けない気もしたが、それぐらいしか有効な手段が無い。
そんなわけで、ずっと監視を続けていたところ、遂に賊が出払ってそのまま帰ってこなくなった。
そこで、即座に砦に入り、いささか複雑な気持ちながら我ら砦を奪還せり、と胸を張っていた。とは言っても、十人ばかりが一度落とされてから放棄された砦にいても意味が無いのではないか、という至極当然のことに思い至らざるを得なかった。
いや、それでもいつかは伯爵の率いる討伐軍がやってくるはずで、確保しておけば何かの役に立つかもしれぬではないかということになり、健気にも賊に荒らされた砦の中を整理清掃等して日を過ごした。
周辺に足を伸ばして情報収集も試みたが、芳しい成果は無く、やはりここで待っているよりも賊に追随していって、伯爵の軍と決戦が始まったら背後から襲いかかればいくらかは助けになるのではないか、などと一度敗れた敗残兵が十人だけの割には戦意だけは旺盛に議論していた。
実のところ、この手の敗残兵とは思えない戦意を維持した敗残兵どもは、魔王とその軍が通った後に決して少なくない数が潜伏していた。
領内でも端の方の街や砦に配されているのは、どうしても精鋭とは言い難い者たちなのだが、その中にもこのような連中がいるというのは、やはり武門の雄たるヴェスカウ伯爵家である。
その一員であることに誇りを持ち、このままおめおめと帰れるかとしぶとく活動を続けていたのだ。
それらは、個々の集団が連絡を取っていたわけではないが、期せずして情報網の機能を持って張り巡らされていた。
そして、そこに伯爵と親衛隊との戦いで大損害を受け、自らも大きな傷を負った魔王が引っ掛かったのである。




