鑑定書は常に携帯すること
ミレーナ・ハウト男爵令嬢の御一行は、ミレーナが馬車に乗り、その馬車の御者が一人とイリア・カム、それに恵一たち三人とそれほど大所帯ではない。
これだけでいいのかと恵一は思ったが、別に男爵令嬢だからといって積極的に狙われるわけではないので、それほど物々しい警護はされない。
そうなると、後は純粋に物取り人さらい目的の野盗が問題であるが、街道沿いを行く限りこれもそれほど脅威ではない。
街道は一定周期で警備隊が巡回しているし、一定間隔で詰所もある。
もし野盗の襲撃があれば、ミレーナを乗せた馬車が離脱し、その際に御者が高らかに笛を吹き鳴らす。すると、それを警備隊が聞きつけ駆け付けるという寸法になっているのだ。
と、それらをイリアに教えられた恵一は、それならばやはり自分の出番は無さそうだとほっとすると同時に、ほんの少し残念に思った。
やっぱり、心のどこかにミレーナにいいとこ見せられる機会があれば、是非ともそれをお目にかけたいという願望はあった。
しかし、そういう英雄願望があるにはあるが極めて乏しい恵一なので、やはり安堵の方が遥かに大きいのである。
馬車とは言っても、常に速度を出すわけではない。むしろ速度自体は徒歩に近い。
それゆえに出発は早朝なのである。暗くなる前に次の宿場に到着しなければならないため、途中のトラブル発生までを見越してできるだけ早く出発するのだ。
馬車はそれほど豪華というわけではない。むしろこういうのは目立たない方がいいためだ。
屋根つきの馬車を見て、ケイトがイリアとなにやら話していたかと思うと、アンが屋根の上に飛び乗った。
「上でゴソゴソして気になるかもしれませんが、アンの奴が乗ってるだけですけん、気にせんでください」
人間よりも目のいい獣人のアンに、屋根の上から周囲を警戒させようという算段のようだ。
イリアが御者の隣に座り、ケイトと恵一は馬車の両側について徒歩で進む。
馬車には上部にも下部にも構造上出っ張っている部分がある。
下部のそれに足を乗せ、上部のそれを掴むと便乗することができるので時々そうやっていたが、それはそれでけっこう疲れるので結局は普通に歩いている時間の方が多かった。
天気はよく、油断するとのんびりとした気分になってしまうのだが、いや一応護衛なのだと気を取り直す。
約三週間、二十日程度と考えると日給五万円貰っているということなのだ。そう思うとかなり高給な仕事なのだと思う。
夕方少し前に、宿場町に到着した。
何もトラブルが起きなかったために、まだまだ明るい。
あらかじめ取ってあった宿に入る。
部屋はミレーナとイリアが同室で、恵一たち三人もやはり同室、御者が単独ということになった。
部屋割については、特に議論もなくそうなってしまった。
ミレーナの同室にイリアがいるのはもちろん護衛のためであり、恵一たちはいつも一緒に住んでるんだからと同室になった。
御者は御者で、それほど親しい者が一行中にいない。身分的には恵一たちと同じなのだが、恵一たちがなまじ同居人で既にある程度の関係が築けてしまっているだけに、あとからそこには入りにくい。
結局、御者は一人でくつろぎたいらしく、一人部屋になったのを喜んでいた。
恵一たちの部屋には二つベッドがあり、ケイトとアンが同じベッドで寝ることになった。
「うーむ」
横のベッドでゴロゴロするケイトを横目で見つつ、恵一としてはここまで何も感じないもんかと今更ながら思うのであった。
出会って数日だけであるが、けっこう濃密な付き合いをケイトとはしてきた。なにしろクマ退治において生死に関わる行動をともにしたことは大きい。
で、どうしてもぱっと見、女の子よりは男の子に見えてしまうというのはあるものの、顔立ちは整っていて普通に可愛いと思うし、胸とか腰とかのラインだってよく見ればちゃんと女性っぽいケイトに対して、我ながらびっくりするぐらい異性に対して生じるべき感情が湧かないのである。
ケイトの方も、同室に泊まることになっても平気な顔をしているので、おそらく恵一のことを異性だというような生々しい存在として全く見ていないのは明らかである。
「まあ、妹みたいなもんか」
「あ? なんか言った?」
「いや、独り言」
妹と言えば、本当の妹である有海だ。
おれがいなくなって大丈夫かなあと思う。
けっこう、お兄ちゃん子だったはずだ。いや、あんまり交流は無かったような気もするのだが、自分以外とはさらに輪をかけて人と交わらぬ奴だったので、なんだかんだで両親を除けば自分が唯一親しく話ができる存在だったはずだ。
両親もそうだけど、あいつもおれがいなくなって悲しんでいるだろうなあ。
そう思えば、やはりいつかはなんとしても帰らねばと思う。
「あ? なんだよ」
「ああ、いや、なんでもない」
と、そんなこと考えていたらついケイトをじっと見てしまっていた。
帰る、ということはケイトたちと別れるということだ。
それはそれで、未練はある。
しかし、それでも、それでもやっぱりここは自分のいるべき世界ではないのだからいつかは帰らねばならない。
それには、どうしてもあの少女に会わねばなるまい。
少女が言っていた魔王という存在。
ケイト曰く、そんなもんはお話の中のものであるらしい。それを信じれば、あの少女はどうしようもなくタチの悪い輩である。
しかし、ケイトは市井の一市民、知識だってそれほど広いわけではない。
それならば、知っている人間に聞けばまた別の答えが返ってくるのではないか。
今回のことで、新たに二人の人間と知り合うことができた。
ミレーナとイリア。
前者は男爵令嬢であり、後者はこの国――ヤシュガル王国――の姫の護衛だ。どちらも権力者側の人間である。
ミレーナは権力の中枢にいるとまでは言えぬが、イリアの方は姫の側にいるのだから、そこから情報を得ているかもしれない。
この旅の中で、機を見てそれとなく二人に魔王について聞いてみようと恵一は思った。
三日目に、その機会は訪れた。
宿で休んでいるとケイトがやってきて、イリアが稽古つけてくれるっていうから行ってこいと言う。
恵一はレベル10なんだけど、記憶喪失で戦い方も忘れていて自信を持てないでいる。自分としてはクマを殴り殺すところを見ているのでそんなこたぁないぞ、お前は強いんだぞと事あるごとに言っているのだが、どうにも煮え切らぬ。
そんな話をしていたら、少しの時間なら自分が見てやるとイリアが言ってくれたらしい。
「イリアさんはレベル21らしいぜ」
「へえ」
やっぱり、姫の護衛ともなるとそのぐらいに強いのか。
「そのレベルの人がタダで稽古つけてくれるなんて普通ないんだぜ、得だから行ってこいや」
「あ、うん」
稽古というと、叩かれ打ち据えられての凄惨なものを想像してしまうのだが、イリアがせっかくそう言ってくれているのなら行かねば失礼だろうし、それに稽古の後にでもイリアと話ができそうだと思い、行くことにした。
宿屋の庭にイリアは木の棒を持って待っていた。
「あ、よろしくお願いします」
「ああ」
棒を渡される。
「適当に振ってみろ」
と、言われたので振ってみる。
「……」
イリアは難しそうな顔でそれを見ている。
やっぱり、あまりにもサマになってないから驚いてるんだろうな、と思う。
実際、恵一はサマになっているとはとても言い難い。
腰は引けているし、棒を片手で振っているのだがほとんど肘の屈伸だけで振っているのだ。
「よし、ちょっと打ち込むから防いでみろ」
「え、あ、はい」
あからさまに強いとわかっている人間にそう言われて、恵一は戸惑ってしまう。
イリアが、木の棒を振ったり突いたりしてくるのを恵一は必死に避けた。避けているとイリアの攻撃が一段踏み込んだものになる。
かわせないと悟った恵一は自分の棒をかざして受ける。
それをしばらく繰り返していたら、イリアの攻撃が威力速度ともに上がった。
「いてっ!」
よけそこなって、受けてしまう。イリアは止めようとはしてくれたのだが、当たってしまった。
「ふむ……レベル10だな」
「あ、はい」
「……ミレーナお嬢様を助けた時に数人の野盗をあっさり倒したそうだが……野盗どもが低レベルだったとは言えよくできたな」
「え、あー、あれは」
恵一は、そう言われてみるとよくもあれだけ圧倒できたものだと思いつつ、野盗の動きが凄く遅く感じられてそれでなんとなく剣を振っていたら勝ってしまったのだと正直に言った。
「それは……うーむ」
イリアは少し考え込んだようだったが、
「まあ、野盗が弱かったのだろうな。もちろん野盗に身を落としたものの強い奴もいるが、大概は弱い連中だ」
イリアが言うには、ある程度のレベルに認定される強さがあれば、なにも盗賊などやらなくてもまっとうな仕事にはありつける。
それができないというのは、なんらかの後ろめたい理由があるからだ。
人間関係で失敗して人を殺めたような者が、仕方なく身を落とすというケースが一番多いようだ。
だから、野盗だからといって低レベルと決めつけるのは禁物であるが、そういう連中は野盗集団の中でも上の身分になっているはずだから、下っ端はほぼ低レベルと考えて間違いはない。
「ところで……戦い方を忘れているというのは本当のようだな。君はまるで素人だ」
わかっちゃいたけどずばりと言われるとけっこう落ち込むなあ、と恵一は思いつつ頷くしかない。
「その歳でレベル10というのは……相当有望な戦士だったはずだが、記憶喪失とは運が無かったな」
「はあ……」
この世界に召喚されてしまったことは確かに不運には違いない。一体なんの基準で選ばれたのやら。……それも、あの少女に出会ったら絶対に確認したいところである。
「基礎をやっているうちに思い出すかもしれん。とりあえず剣の振り方を教えるから暇を見つけてやっておけ。……と言っても、次の日に疲労が残るほどやるなよ」
「あ、はい、お願いします」
イリアに、手取り足取り、教えてもらった。
「違う、そうじゃない」
と、手を取って位置を修正され、
「もっと踏み込め」
と、尻を膝で軽く蹴られる。
それにハイハイ言って従いながら、心地よさを感じる。
今までこういう経験が無いからわからなかったけど、どうも恵一は、年上の女性に少し厳しめにものを教えて貰うのが性に合っているというか性癖に合致しているというからしい。
「ふぅ……」
新しい自分を発見しつつ息をついていると、宿屋の二階の窓からケイトとアンが見ているのに気付いた。
おう、と気軽に手を上げようとして、違和感。
あれ、おれらの部屋ってあそこだっけ?
で、そのケイトとアンの後ろに微かに見覚えのあるブラウンの髪を見て、あそこは自分の部屋じゃなくてミレーナとイリアの部屋であることに気付いた。
あいつら、媚売りに行ってるのか、逆に迷惑がられてなければいいけど……。
と、恵一は思ったのだが、実は二人がミレーナの部屋にいるのはメインの護衛であるイリアとサブ護衛の恵一が揃って庭に出てしまっているので、ミレーナのそばにいるようにイリアに頼まれてのことである。まあ、媚売る気も満々なのではあるが。
「あ……」
そこで、もしかしたら一連のあまり頼もしいとは言えぬ――少なくとも日給五万円の価値のある護衛とは言えぬイリアとのやり取りを、ミレーナにも見られていただろうかと思った。
ケイトのことだから、事情を説明して、ほらやっとりまっせとばかりに窓からミレーナに見せたということは考えられる。
その際、ケイトはしっかりとレベル10なのに戦い方を忘れてしまって自信が無いので稽古つけてもらっとるんです、ということを言っているだろう。で、同じレベル10の借金取りの兄貴分を叩き伏せたこととか、クマを殴り殺したこととかも話してくれているに違いない。
うむ、それならミレーナの中での自分の株は、それほど下がっていないはず。
と、思って我ながらミレーナにはいいとこ見せたい、悪いとこ見せたくないと自然にそういうふうに意識が動いていることに気付く。
これは、やはり最初の出会いのせいであろう。ただでさえ一目見て可愛いと思った少女に野盗をあっさり撃退していいとこ見せて恩人と感謝されているのである。これはもう引き続きいいとこ見せたいという心理になるのは男子として当然と言える。
逆に、空腹で野垂れ死にしそうになってたところを助けられて、以後相棒となってしまったケイトに対してはあまり気負いもなく駄目なところを見せられるのだ。
……これもまた、気になる同級生と妹との違いみたいなものかなあ、と思ったりもする。
「じゃあ、私はお嬢様のところに戻るぞ」
「あ、イリアさん」
イリアが去ろうとするので、恵一は呼び止めた。この稽古の副目的――いや恵一にとっては主な目的が残っている。
「ん、なんだ」
「あの、イリアさんなら、ケイトの知らないこともたくさん知ってそうだからお聞きしたいんですけど」
恵一は話した。
ミレーナと出会った草原で目を覚ます前に見ていた夢……らしきもののこと、どのように荒唐無稽であろうと、今のところそれが失った記憶の唯一の手掛かりになるかもしれぬ事柄であるということ。
「魔王……か」
「はい、ケイトには魔王なんてお話の中の存在だから、そんなのただの夢に決まっていると言われてしまって」
「……まあ、彼女の言うことが正しいのだろうが……」
ケイトの言い分を肯定しつつも、含みを持たせた言い方である。
「本当に魔王が現れるから、それに備えよ、と主張している団体がどこかにいるらしいと少し聞いたことがある……ような気がする」
イリア本人もあまり自信は無いようだ。
だが、そういう団体が実在しているのなら、あの少女がそれに属している可能性はある。
「どこにいるか、とか名前とかはわかりませんか?」
「ああ、すまん。あまり真面目な話として聞いていなかったのでその辺は忘れてしまった」
「そうですか……いや、ありがとうございました」
あまり前進したとは言い難いが、全てが夢だという状態から、もしかしたら夢ではないかもという状態になったのは、前進には違いない。少なくとも、取っ掛かりと言うか、ならばその団体についての情報を集めようという行動の指針を得ることができた。
ただ、主な活動地域があるとして、それがこの近辺でないことは確かだ。馴染みのある地名であればイリアも覚えていた可能性が高いのだから。
部屋に戻ると、ケイトとアンが既に戻ってきていた。
「いやぁ、お嬢様はいいね」
お嬢様というのは、もちろんミレーナのことであろう。
「お忍びで街とかうろついてたから、けっこう話が通じるよ」
「ははあ」
深窓の御令嬢とは言い難いのは、見渡す限りの草原で野盗に追っかけられていたことからも明らかである。
そのようなお忍びはもうしないつもりだろうが。
「今度一緒に飲み行こうって約束したよ」
「いやいやいや、それは駄目だろ」
「え、いいじゃん。城壁から出なけりゃ大丈夫だってお嬢様も言ってたぜ」
どうも、止めるのは王都の城壁の外に出ることであって、城壁内ならば今後もお忍ぶ気らしい。
これは止めなければいけないのでは、とは思ったのだが、
「恵一も一緒に行くだろ」
「うん」
一緒に行きたいので頷いてしまった。頷いてしまった以上、どの面下げて止められるのか。
「あの人、いい人」
アンもいたくお気に入りらしい。
アンの耳と尻尾の感触がいいと言って触られまくったらしい。
「いい人と縁が出来たよ。これもケーイチのおかげだよ」
「そりゃどうも」
「気さくだけど礼儀正しいし、ああいうのを気品があるって言うんだろうな」
ケイトはやたらとミレーナ推しである。
「貴族だからってあたしらみたいなド平民を見下ろして態度がでかいのもいるけどさ、てか、そんなのの方が多いけどさ。でも、本当に気品があるお嬢さんってのは下のもんにも丁寧に接するもんだよ。高慢ちきで血筋だけよくて気品の無いのは死んじまえばいいんだ」
「そ、そっすか」
ミレーナ褒めから、その反対の「気品の無い」貴族令嬢への攻撃が激しくなってきた。
ケイトもこんな性格なので、それを押さえつける場面も多くストレスが溜まっていたのであろう。
「まあ、旅が順調でよかったよ」
「うん、別にお嬢様が狙われてるってわけじゃないからな」
なにかあるからそのための護衛というわけではないので、何も起こらなければ護衛としては楽である。
あまりに楽なので、イリアの手を借りないで済む程度の何かが起こり、それを解決してミレーナにいいとこ見せたいとか考えて、いややっぱり何も起こらん方がいいのだと思い直す。
護衛の働く必要が生じるということはどのような些細なことであれ、ミレーナに危険が生じるということであり、そのようなことを願うのは、金貰って護衛している人間としては不誠実であり、男としても誇れぬことだと思うのだ。
四日目、五日目と何事も無く旅路を進み、六日目、すなわち最後の宿場泊まりという時になって、ややそれまでとは違う事態となった。
宿場町の長らしき人間などが揃ってミレーナを出迎えて、その日は公会堂でミレーナを主賓とした晩餐会が開かれた。
彼らがミレーナに言っている言葉からわかったのは、要するにこの宿場町はハウト男爵領であり、領主の名代を主立った者が出迎え持て成しているということのようだ。
晩餐会では護衛としてミレーナの後ろにイリアとともに突っ立っていた。一応、それらしく警戒せねばと気張ったつもりが、イリアからキョロキョロし過ぎて挙動不審であると注意を受けてしまった。
ケイトとアンは、陽の当たらぬ裏方作業は我々に任せよと称して晩餐会中食事などできない恵一を尻目に、調理場から調達したものを裏で食っていた。
立ってりゃいいんだから楽なもんだと思っていたら、自分に話の矛先が向いてしまって焦った。
出席者にしてみれば、イリアの方は貫録も十分でいかにも頼もしげなのでよいとして、貫録も頼もしさも無に等しい恵一が、イリアと同じような所に立っているのが不思議でしょうがなかったに違いない。
「そちらの人は、護衛なのですか? 随分お若いように見えますが、お嬢様の護衛を務めるということは、歳に似合わず腕が立ちそうですな」
その弱そうなのはなんだ、というのをオブラートに幾重にも包んだ結果のその言葉に、ミレーナは以前一度助けて貰ったことがあり、その時の腕を見込んで今回臨時に護衛として採用したことと、ギルドよりレベル10に認定されていることを言った。
さすがに、この歳でレベル10というと、ほおっ、と感嘆の声が上がった。
しかし、それでも何人かはホントかよという顔をしているので、ケイトに言われて風呂に入る時以外は常に携帯しているギルドのレベル鑑定書を、これこの通りと見せてやりたく思ったが、自分からそんなことをしたらミレーナに恥かかすことになるのではないかと思うとできなかった。
ミレーナは幼い頃に何度か来たことがあるだけで、ここ数年は領地には帰っていなかったそうで、ここにいる者はほとんどミレーナには初めて会った者ばかりである。
で、ミレーナは、ケイトが言うように「気品がある」ので、身分が下である領民に丁重に接しており、それに彼女が平均よりはかなり上の容貌の美少女であることも手伝って彼女に対して好意を持った者が多い。
その辺からの、このクソガキ我らがお嬢様をだまくらかしてんじゃねえだろうな、という視線も感じたが、もう石像にでもなったつもりで耐えた。
「おう、お疲れ。恵一の分とっといたぜ」
そんなんだから、部屋に戻った時に差し出された恵一の分と称するケイトとアンの食い残しにしか見えないものを見て、ちょっと感動してしまった。すぐにこれは食い残しであるとはわかってしまったが。
「おうおう、そうかそうか」
食い残しを食べながらそのことを愚痴ると、ケイトは適当に相槌を打ってくれた。そんなのすらちょっとありがたいと思ってしまう自分に嫌気が刺しつつも、やっぱりレベル10っていうのはそこそこ強いのであり、自分はとてもそういうふうには思えぬ見てくれなのだなあということを思い知った。やっぱり鑑定書は常に持ってないと駄目だ。
立ちっぱなしで疲れたので、風呂に入って早々に休んだのだが、
「なんか、うるさい」
小声だが、耳元での声に、恵一とケイトは目を覚ました。二人を起こしたのはアンだ。
獣人ならではの耳のよさで逸早く音を聞きつけて起こしてくれたのだ。
「なんだろうな」
ケイトが窓を見ながら言う。表はまだ暗い。
「ちょっと、出てみよう」
廊下に出ると、階下の方と思われる方角から微かにだが声が聞こえてくる。距離から考えてここまで聞こえてくるということはそこそこ大きな声を出しているのだろう。
恵一は少し迷ってから、隣のミレーナの部屋のドアを叩いた。