亀裂
そんなの持ち込まれても困るのでは……という恵一の観測は当たっていた。
やはり、さっさとあの場を離れた人間のうち何人かが、アレンのところへ御注進に及んだのである。
――厄介な。
と、アレンははっきりと思ったが、そのことは口に出さずに沈黙していた。
オーレンが自分に助力を求めること自体は、わからぬでもない。伯爵と親衛隊を打ち破った魔王とその軍を、自分の手に余る強敵と認識し、味方を増やしたいと思うのは当然のことだ。
だが、オーレンが自分に宛てた書状には、それだけでなくもっと突っ込んだことが書かれているのではないか、とアレンは推測していた。
すなわち、自分を次期ヴェスカウ伯爵として認め、その地位につくために応援してくれという類のことである。
「いかがしますか?」
探るような目をしながら、家臣が尋ねてくる。もう、ここは――つまりウィレスは恃むに足らず、どんなに邪魔されても強引に出立してアンリッドへ行きオーレンと会うべきだという意見を述べていた者で、その書状とやらを受け取りに行け、という命令を期待していることは一目瞭然であった。
「とりあえず放っておけ」
だが、アレンは期待に添わぬ返答を寄越した。
残念そうにする家臣は、一人や二人ではない。
「それでよろしいかと」
先の意見には反対を表明していた家臣が、アレンを後押しするように言った。
「しかし、いつまでもこのままというわけには……」
「アンリッドへ偵察に行った者の帰りを待つ。そろそろ戻ってくる頃だろう」
偵察には五人ばかりやっている。そのうちの一人は時間を決めて必ず帰還するように命じてあり、それが戻る頃合いかと思われた。
「アレンさま」
と、兵士が飛びこんできた。さては、戻ったか、と思ったがそうではなかった。
兵士は、とある名を上げて、その者がやってきて面会を求めていると告げた。
「ふむ……」
その名前は、聞き覚えがあった。ウィレスの側近の一人だ。
「会わんというわけにもいかんな。お通しせよ」
できれば会いたくねえなあ、という感情を思わず吐露しつつ、アレンは言った。
入室してきた側近は、媚びへつらう様な笑みを見せつつ、挨拶した。
何かを探ろうとしつつ繰り返される他愛も無い世間話を、アレンは最初は穏やかに相手していたが、そのうちにそれに疲れてしまった。
「東門で、ちと騒ぎが起こっているそうですな」
自分から、切り出した。この男は、アレンがそれを知っているかどうか、知っていたらどう対応しようとしているのか、を探りに来たに違いないのだ。
「ああ、お耳に入ってしまいましたか……」
「知らせてくれる者がいましてな。さて、オーレン殿がせっかく私に書状を持たせているというのだから、受け取りに行かねば失礼かと思い、どうしようか悩んでいたところなのです」
実際は悩んでいたわけではないことは部屋にいた者全てが知っているが、皆沈黙している。
「それは……お言葉ですが、御自重なさるがよろしいかと」
急に、顔に真剣さを浮き立たせて、側近は言った。
「ほう」
「おそらくは、後継に推してくれと貴殿に依頼するような筋違いのものでしょう。我が伯爵家の問題ゆえ、触れずにおいていただきたい」
「ほう」
と、アレンはもう一度言った。少しだけ、感嘆の響きがある。しどろもどろになるかと思っていたが、それに反してきっぱりと自分の意見を言い切ったので、やや見直したのである。
だが、アレンが見るところ、この男は大した胆力を持った者ではない。それがこのような言動をなすとは、それだけアレンがもしここでオーレンを支持したらおしまいだと追い詰められているということではないか。
「……本音を申しますと」
と、アレンはふんぞり返る、というほどではないが椅子の背もたれに寄り掛かっていた姿勢を正し、前のめりになり、そこから側近の顔を見上げるようにした。
「私とて、伯爵家の跡目争いに首を突っ込みたくはないのです。ただ、今が非常時も非常時であることは動かし難い事実」
そこは予断や誤魔化しを許さぬ強さで、断定した。さすがに、今が非常時ではないと強弁するのは不可能なので、側近は深く頷いた。
「私の、ひいては摂政殿下の望むことは、ヴェスカウ伯爵家の者たちがこの危機に一丸となって団結し、賊を討ち、亡き伯爵を弔うこと以外にありません。そのための後押しならばいくらでも汗をかきたいと念願している」
「……伯爵家が、今のようでは困る、と……」
一丸とは程遠い分裂ぶりなのは彼とてわかっているし、本音を漏らしているアレンに対してあやふやな対応はよくないと思ってか、はっきりと言った。
「困る……というのとは、ちと違うのですよ」
微笑みを口辺に見せて、アレンは言った。
側近は、意外に感じて一瞬だけ呆けた顔をしたが、すぐにまた探るような顔付きとなった。
「ちと違う、とは?」
「王都より五千の軍が出立して、こちらへ向かっています。総指揮はエスティア伯です」
少し前にもたらされた最新情報である。
「ほお、五千……それとエスティア伯とは」
五千という人数に対しては、頼もしさを感じているような溌剌とした調子が声に響いていたが、エスティア伯の名を口にする時、なんとも重苦しい戸惑いのようなものが声にまとわりついていた。
「そう、エスティア伯です」
エスティア伯爵は、当年六十歳だから、今は亡きヴェスカウ伯爵より十歳下になる。
彼もまた優れた将軍として知られ、ヴェスカウ伯爵とその武名を並べて、王国軍の双璧だの両輪だの両翼だのと称されていたのだが、この両人、あまり性格が合わなかった。
小さな揉め事は無数にあったが、当人たちはさすがに自分たちがあからさまに仲違いをしては国防に差し障りがあると自覚して、最低限の礼儀を守り合っていた。
自然、家臣同士も対抗意識を持っていたが、なんといってもヴェスカウ伯爵の方が年長であり、ゆえに軍歴も長い。
贔屓目抜きでも、やはり実績ではヴェスカウ伯爵の方が一段上と評価されていたので、それを根拠に、やや見下し気味なところが無いとは言えない。
側近の声に重いものがあったのも、ヴェスカウ伯爵が討たれ、家中がこんな有様のところにエスティア伯が率いる軍が乗り込んでくるというのを、どうしても「嫌だな」と思ってしまったからである。
「エスティア伯の率いる五千ですから、この前の戦闘で大量の被害を出した魔王とやらを討つのはそれほど難しいことではないでしょう。……困りは、しないのですよ」
半ば意識して、挑発的にアレンは言った。
別に、こちらとしては絶対に、ヴェスカウ伯爵家に一致団結して協力して貰わねばならないというわけではないのだ、と。
「伯爵があのような死に方をして、そのようなことになったら……我々ヴェスカウ伯爵家の臣は表を歩けませんな」
側近はそう言って、ははっ、と軽く笑おうとして、失敗した。
賊に恐れをなした腰抜けと見捨てられ、親衛隊のみを率いて伯爵は死んだ。その仇を他の者に討たれたとあっては、もうヴェスカウ伯爵家は武勇の家だ、などとは口が裂けても言えまい。
「伯爵が討たれた今、残された者が掲げるべきは復讐のみです。違いますか?」
側近は、うっと言葉に詰まった。
「そうしなければ、人心は離れ、これを繋ぎとめることは不可能でしょう。……それで、結局のところウィレス殿にはその気があるのですか?」
「……それは……」
「なにも、御本人が最前線に出て魔王に剣を振り上げよ、とは言いませんが、人々の前で父の仇を討つことを誓い、行動を起こす気があるのですか?」
無いだろう、と言いたげなアレンの口吻であった。
側近は、左右を見て、じっとアレンを見た。
「皆、下がれ」
人払いの意を察して、アレンは家臣たちを部屋から出した。
「ウィレス様は……」
「本音で、行こうではありませんか」
言い淀む側近に対し、アレンは斬り付けるように言った。
「……ございません」
押さえ切れぬ苦々しいものが、声とともに口から流れ出た、とでもいった感じの様子であった。
「父上の死を悲しんでいないわけではないのですが、自らその仇討ちをするとなると……その気はございません」
側近たちも、それではいけませんと諌めに諌め、とにかく実際の軍の編成などはこちらでやるから主立った者を集めて復讐を誓い、協力を乞うようなパフォーマンスをやってくれと懇願したのだ。
ただのパフォーマンスですから、とウィレスを刺激しないように説得しようとしたのだが、そのようなことをすればいずれ魔王との戦いに引きずり出されると恐れてなんとしても首を縦に振らない。
陣頭に立つ必要はない。軍の後方でどんと構えておられるだけでよいのですと、内心では弔い合戦なのだから陣頭に立ってくれた方が士気は上がるのだが……と思いつつ進言しても容れられぬ。
これまで、ウィレスは、ある意味では仕え易い主人であった。
怠惰なところはどうしようもなく彼の行動を制限しているが、我が強いわけではなく自説に固執するようなことも薄いので、熱心に進言し続ければ大体はその意見を用いてくれたのだ。
だが、今回だけは、頑なな拒絶が返ってくるばかりだ。
その根底にあるのは恐怖心だ。
ウィレスは、父とその親衛隊を単純に世界一強いと思っており、それを倒した魔王とその軍団とやらに実態以上の恐ろしさを感じている。
父上と親衛隊の奮闘によって敵は大打撃を受けているに違いありません、と鼓舞しようとしても、父と親衛隊に勝ったような恐ろしいもんと戦うのは嫌だ、と頭からの拒絶である。
「……そんなことでは、伯爵の後を継ぐことはできませんぞ、と我々もはっきりと申し上げているのですが……」
側近たちも、手を変え品を変え、強く押したり引いてみたり、色々と説得を試みるのだがウィレスは最近ではとうとう、
「そんなことは、オーレンに任す」
と、それを言ったらおしまいだろう、とこれまで推してきた側近たちが腰から崩れ落ちるようなことを言い放つ始末である。
「それは……」
アレンは、そこまでか、とさすがに愕然とした。
「いや……貴方がたにも、立場はあろうが……それはもう、無理なのでは?」
我意の弱いウィレスは、硬軟取り混ぜた説得によって動かすことができるため、その操縦法を熟知していれば思う通りに動かせる――言い方は悪いがはっきり言って傀儡にとても適しているので、そういった意味では神輿として担ぐにはよい。
だが、この非常時にあたって、これだけは必ずやらなければならないという一手を完全に拒絶しているのだから、担ぎ手としては思案するべきところだろう。
いくら人払いをしての本音の話し合いだ、と言ったところで本当に本音をそのまま言うつもりはないアレンとしては、無理、という一語を吐いたのは相当に踏み込んだつもりであった。
その踏み込みを受けて、側近は項垂れた。言われんでもわかってはいるのですが……という反応である。
「私の任務は情報収集です。頻繁に早馬を摂政殿下に向けて走らせておりますが、実を言うと、まだその辺りのことはお報せしていないのです」
側近は、その言葉に機敏に反応した。
「ですが、そろそろ今回の非常事態にあたってウィレス殿とオーレン殿が、それぞれどのような態度と行動をとっているか、摂政殿下のお耳に入れぬわけにはいかないのですよ」
あまりモタモタしていて、アレンの報告が行った頃にはそんな情報とっくのとうに聞いとるわ、ということになれば、怠慢、無能という評価は免れ得ない
「アンリッドへやった者が、今日辺りに戻ってくるのでその報告を聞き次第、早馬を立てることになるでしょう」
側近は、アレンがアンリッドへ人をやっていることに驚きはしなかった。
ああ、そりゃあ、やってるよな――という態度である。
「……戻って、相談してみます」
側近は、苦渋そのものの面持ちで言った。相談とは、すなわちこれまでウィレスを推してきた面々で、この状況下においてこの人を推すのは限界だから、オーレン様支持に転じるべきではないか、と話し合うことであって、当然これまでのウィレスへの忠勤が無駄になるのだから反対も出るだろう。
だが、彼も薄々わかってはいたことを、アレンの指摘などでまざまざと認識させられている。
「アレンさま」
僅かにドアを開け、その隙間から家臣がそっと声をかけてきた。
今度こそアンリッドから人が戻ったか、とアレンは思ったのだが、そうではなかった。
「話は終わった。入れ」
家臣がそそくさとアレンの元へやってきて耳打ちする。
「む? そうか……」
少し考え込んでから、退出しようとしていたものの、気になってその場に立っている側近に対し、
「例の東門での騒動が大きくなったそうです」
その話を聞き、側近は顔を青くして、帰って行った。
騒動の元は、言うまでもなくオーレンからのアレン宛書状とやらを懐中にした一人の騎士が東門で阻まれたことであるが、一時鎮静化していた事態が騒然と動き出した。
そういう者が来ていて東門で止められている、という話があっという間に街中に広がって、何人かアレンのところへ伝えたのだが誰も来ないので、おそらくはウィレスに対する憚りあって静観するしかないのであろう、という観測も合わせて広まった。
そこで、何人かの兵士が東門に現れて、オーレン様からの手紙をおれたちが届けてやると呼びかけたのである。
もちろん、警備兵に阻まれたが、れっきとした兵士なので一般市民ほどには恐れない。
それどころか、彼らはここぞとばかりにウィレスに対する不満を口にした。
ウィレス様は、一度も伯爵の仇を討つとおっしゃらないではないか、オーレン様ならばそんなことはないはず。
結局、不満の根本的なところには、それがあった。仇討ちを誓うパフォーマンスの一つもしないウィレスに、もう我慢がならないのだ。
屈強な兵士たちが矢面に立っているので、その後ろにいた野次馬連中も、今だとばかりに不平不満を鳴らしまくる。
恃みに恃みきった伯爵と親衛隊がやられたのだ。人心の不安は頂点に達している。
そろそろ亀裂が拡大し、穴が開き、不満が一気に噴出してくる、というのは容易に想像ができる。
東門には、警備兵と本来彼らの仲間であるはずの兵士たちが睨み合い、その後ろから野次馬が騒ぐ、という状態が続き、次第にここでなら思う存分にウィレスの弱腰を非難できるという空気になって人がさらに集まり、その口から出て来る言葉もどんどん激しくなっていった。
オーレンからのアレン宛の書状の件すら置き去りにして、事態は急速に転がり始めた。
不平不満を抱く同心の者がこれだけ大勢いたのか、と気が大きくなったのか、このままこの人数で官邸に押し掛けて、ウィレスに決断を促そうという声が上がり、それに同調する声が続いた。
逐一、アレンは報告を受けていたが、いよいよ限界を超えたな、と思った。
そこに、アンリッドから人が戻ってきた。
アレンと家臣たちは、待ちに待った帰還に労いの言葉をかけつつ、報告を急かした。
「なんと……」
そして、その報告は、事態が急転しているのがこちらだけではないことを実感させるものであった。
大方の予想通り、オーレンは父と親衛隊だけが戦闘に及び、これがほぼ全滅に至ったことにショックを受け、こんなことなら父の召集にすぐさま応じていればと後悔した。
仇討ちだ。報復だ。
その言葉は、激しい調子でオーレンの口から迸って、すぐさま賊の居場所を探索するための軽騎兵が門を出た。
出陣の準備も急ぎ進められた。
もたもたしていてはオーレンの逆鱗に触れる、という面ももちろんあったが、それ以上に兵士の端々に至るまで、弔い合戦に対する激しい感情はオーレンと同じであったのだ。
さすがに、急ぎ過ぎる、準備不足で出撃して返り討ちにあっては……と危惧した者も多かったのだが、その時にはとても言えるものではなかった。
オーレンは、とりあえずここは確実な情報が入るまで様子見を、という類の進言に従って結果として父と親衛隊のみを戦わせ死なせてしまったことをひたすら後悔し、怒っており、お前らの言うこと聞いたせいでこのザマだと、さすがに口には出さなかったが態度にはどうしようもなく現れていた。
この状況で、弔い合戦を少しでも遅滞させる輩と思われたらいきなり斬られかねない。
それでも時間が経つにつれて、カッとしたら手討ち、みたいな危なっかしい状態からは脱してきたので、それを見計らってオーレンが信頼する古参兵の方から進言し、オーレンは少し冷静さを取り戻した。
しかし、急げ急げという基本方針は変わっていない。
万全とは言えぬが、これならばというぐらいに準備も整っていよいよ出陣となった。
馬を潰す勢いで軽騎兵が馳せ戻って報知してきたところによると、賊の所在は未だ不明ながらトゥーロットの街が無傷で、多少住民は逃げてしまったものの軍を駐留させるのに十分であるという。
トゥーロットの近くにあるトゥースは既に陥落し、賊の蹂躙に合ったというから、そこが賊の勢力圏の端だ。おそらく、トゥースを落として次なる獲物を求めて移動していたところに伯爵と親衛隊と遭遇し、勝利したものの大打撃を受けて後退したのだろう。
「よし、トゥーロットへ行こう」
オーレンは即座に決定し、反対する者もいなかった。
今や賊に対するに最前線拠点となってしまったトゥーロットに軍を進めるのは、付近の住民の不安払拭のためにも、賊の探索にも、いざ決戦という際にも有利だ。
この作戦にオーレンが動員できる兵力は約五百。
さすがにこの人数では不安であるという意見が出たものの、オーレンはそれに耳を貸さない。父上は三百程度で賊に挑んだというのに、五百も率いて臆していてはヴェスカウ伯爵の資格無しだ、と。
大体、兵力が少ないと言うが、すぐに増えるものでもあるまい。なにかアテがあるか。
と、オーレンが吠えるように言った時、一人の家臣が進み出て答えた。
アテはある。五百どころかそれ以上の、おそらく千人前後の兵力がすぐ近くにある。
と、言われてオーレンもその他の者もピンと来た。
近くでそんな兵力が存在するのは、ウィレスが治めるアンバースしかない。
「報告によると、ウィレス様は仇討ちの誓いもせず、出陣の準備も命じておられぬとのこと。そのことに不満を持つ者は多いはず。アンバースに軍を進め、これから伯爵の仇討ちに往くから、少しなりとも伯爵に恩を報じんとする者は着いて参れと呼びかければ、従軍を願う者もおりましょう」
オーレンは、この進言を容れた。
そして、噂では部下を何人かアンバースへと赴かせたという。
アレンも家臣もハッとした。アレンへの書状を持ってきているという男は、そのうちの一人に過ぎず、彼がたまたま阻まれたからこのような騒ぎになっているのであって、他の者はまんまと潜入に成功し、この人物ならば呼びかけに応じてくれると見込んだ者のところへ辿り着いているのではないか。
「オーレン殿は、いつごろこちらに着きそうか」
「明朝アンリッドを出て、早ければ明後日にも」
「ふむ」
アレンは、オーレンからの書状に思いを馳せた。予想していたよりもさらに踏み込んで仇討ちに往くから協力して欲しい、という内容であろう。
「とりあえず……場合によってはオーレン殿に同行してトゥーロットへ移動するかもしれん」
家臣たちがざわめく。
「後続の援軍を待たぬのですか?」
エスティア伯爵の率いる五千人がこちらに向かっているはずだ。これを待つのが万全なのはアレンだってわかっている。
だが、オーレンの勢いだと、おそらく彼はそんなものは待たない。エスティア伯の名を聞けば尚更だ。
放っておけば、配下だけで無謀な戦を仕掛けて父の二の舞にならぬとも限らない。そうならぬために、アレンが同行して制止できるならば制止したい。
そこへ、家臣が駈け込んできた。
「東門に集まった兵士も多数含む群衆が官邸前に移動して、伯爵の仇討ちをせよ、領内にはびこる賊を討てと声を上げております」
「遂にそこまで行ったか……対応は?」
「正門前の警備を増やして不測の事態に備えているようですが、今のところそれ以外は……」
相談をしてみる――と言って側近が帰ってからそれほど時間は経っていない。おそらく今後の方針で喧々諤々の大議論をしている最中だったろう。
そこへ、あからさまにウィレスに――ひいては自分たちへと大きな不満を高らかに吠え立てる群衆の出現に、果たしてきちんと対応できるのか。




