綻び
さすがに、二度の僥倖を二度とも逃して、もうあの少女を捕まえて話を聞くことは望み薄だろうと思わざるを得ず、恵一はしょんぼりとしながら大通りを歩いていた。
もはやすっかり馴染んだ独特の臭いが漂ってくる。例の屋台の場所だ。
「おーい、ケーイチ」
で、屋台んとこにケイトたちがいた。みんなで串焼きを頬張っている。
一眠りしてから、ケイトがちょいといい感じの食い物見つけたから食いに行こうとリーンとアンを誘ってやってきたらしい。
このままぶらつくという彼女たちに、恵一も着いていくことにした。宿屋に帰っても、特にやることはない。
またもう一度あの少女に遭遇する……というのは、淡い希望としても持っていない。さすがに、あの子も警戒しているだろう。……何をそう接触を拒むのかが正直わからないと言えばわからないのだが。
もう、彼女とその属するところの組織――というほど大層な所帯かどうかは不明だが――が恵一をこの世界に召喚したことは断定していいだろう。
夢でお告げじみたことをするだけで、実際に接触しないのはどういうわけか。さすがに直に顔を合わして「自分たちが君を呼んだけど、元の世界には戻せねえよ」とか言ったらぶん殴られるというのは自覚しているのだろうか。
あの少女が、夢に出て来る少女のいわばモデルとなっているのは間違いないと思うが、それだけのことで、組織において彼女は下っ端で、自分だけで恵一と会ってあれこれと話をするのは厳禁されている、という可能性もある。
「うっひょお! 喧嘩だ喧嘩!」
考え事をしていたら、突如、ケイトが叫んだ。
「おおっしゃあ、気合い入れなさいよ!」
リーンも、すこぶる楽しそうだ。
「あー、喧嘩?」
「んむ」
一人だけ、妙に冷静なアンが、頷きながら指差した。
その指し示す先では、男と男が殴り蹴り、見間違えるはずもない喧嘩の真っ最中であった。
特等席から見ようとズンズン近付くケイトとリーンが心配なので、恵一も後を追った。
だが、近付いて行った頃には、二人の男はその場に座り込んで肩で息をしていた。
「なによ、もう終わり?」
「あー、二人ともだいぶ酔ってんなあ」
ケイトが言うように、どちらも酒によって染まったのが一目瞭然の赤ら顔である。
酔った勢いで殴り合いになったものの、すぐにその酔いのせいで目が回って続行不能というわけだ。
「ほらほら」
と、お互いのツレらしい男たちが近付いてきたので、もう喧嘩はおしまいだろう。
盛り上がったところに水を差されてケイトとリーンは不満顔である。なんでまあこの子たちはこうも喧嘩好きなのか。
「ふざっけんじゃねーぞ! おおう!」
仲間に介抱されつつも、髭面の男が叫んだ。手も足も出ない以前に立つこともままならぬが、ならば口喧嘩で続きだ、というところか。
「ああーん? ふざけてんのはそっちだろーがよ!」
と、喧嘩相手だった男が応じる。
止めろ止めろと制する仲間のことは無視して、止めようとする仲間の肩越しにお互いに罵り合う。
ふざけんな、ボケ、腰抜けなどなどと罵倒していたが、やがて髭面の方が叫んだ言葉には、周囲の空気をぴぃんと張り詰めたものにする効果があった。
「ウィレス様じゃあ、伯爵の仇は討てねえんだから、オーレン様に着いてくしかねえーだろうがよ!」
ただの酔っ払い同士の喧嘩かと苦笑いしていた野次馬たちも、出てきた名前に息を飲んだ。
「ああー? ここをどこだと思ってんじゃあ、ウィレス様はよ、このアンバースの主じゃねえか。伯爵の御長男でもあるしよ、伯爵亡き後、これを盛り立てていくのが正道っちゅうもんよ!」
「なぁにが正道じゃボケぇ! そんな道歩いとったらよ。伯爵の仇なんぞいつまでも討てんとこの街に引きこもっとってよ。他の奴に仇を討たれちまうわ。そうなったらよ、ヴェスカウ伯爵の武勇も地に落ちた、と国中の笑いもんじゃい!」
ツレの連中は、もういいからいいから、と必死に宥めるのだが双方、口が止まらぬ。
「おどりゃあ、ウィレス様を推してたんじゃないんかあ。ようもそう悪しざまに言えるのお!」
「おう、それが間違っとったって心底思うて反省したんじゃあ。おどれこそ、伯爵の仇討ちもせんと、のうのうとしとるウィレス様を推すんは、仇討ちじゃ言うて伯爵と親衛隊を倒した賊に挑むんが怖いんじゃないんか。おおう!」
「なぁにぃをコラぁ、ボケぇ、ぶち殺すぞコラ!」
ツレたちが、暗黙の了解でお互いに協力して両者を離そうとしている。そして酔ってもはや足腰立たぬ二人を押さえて離すこと自体はさほどの苦労ではないが、口を閉じることはできなかった。
沈黙していた周囲がざわつき始めていた。
「いやぁ、あの髭の言うこともわかるぜ。武勇の人じゃないというのはわかってたが、父親を殺されたってのにろくに動かないんだからな」
一人の、商人風の中年男が言った。
「おいおい、何を言ってんだ。そりゃわしら下々のもんにはそう見えるが、上の方じゃなんらかのことはしとるんだろ」
それに、食ってかかるように別の男が言った。
それをきっかけに、周囲もまたあれこれと思うところを述べ始めた。さすがにウィレスのお膝元だけに、ウィレスをあからさまに批判するのは窘める声が多いが、お膝元の住民の決して少なくない数が、この危機迫る状況下においてウィレスは頼りないな、と思ってしまっていて、それをこういう衆人環視の場で口に出してしまうというのが、いったいウィレス様は何をしているんだ、というフラストレーションが相当に溜まっていることの証であった。
「コラコラ、何をしとるか」
人の塊と騒ぎを見つけて、巡回の警備隊がやってきた。
この街の警備隊ということは、ウィレスの配下である。
「こいつがよ! ウィレス様を腰抜けだのなんだの言いやがるからよ!」
男が、そう言うと、さすがに警備隊員たちは甘さを消した顔を、髭面とそのツレたちに向けた。
友人たちは、これはやばいという顔になったが、髭面は酔いで気が大きくなっているせいか全く臆することなく、警備隊員にまで挑みかかるように持論を述べた。
持論、というのは要するにウィレスの軟弱を糾弾する内容だ。警備隊員たちは困ったように顔を見合わせてから、二言三言交わし、ちょっと隊の詰所まで同行せよと言った。
またしても、友人たちは顔を青くしたが、肝心の髭面は意気軒高である。
肩を貸してもらって連行されながらも、持論を大いにまくし立てた。
「ああ、わかったわかった。お前の気持ちもわかるから」
と、隊員の一人が言ったのは、失言であったろう。幸い、小声だったので誰にも聞こえなかったが。
だが、ウィレスの直接の配下である警備隊の隊員ですら、ウィレスの弱腰を苦々しく思っている者は多かったのである。
警備隊の介入により、騒動の大元が連れていかれてしまい、口論も止んだ。髭面に同調してウィレス批判をしていた者たちも、警備隊員の前でそれをするほどの度胸は無かったのである。
「私は、あいつの言う通りだと思うわ」
解散してから、またぶらつき始めたのだが、リーンが断言した。
あいつ、というのは髭面のことだ。
「父さん殺されたのに仇とらないなんて、ありえないわよ!」
と、リーンは実際に仇討ちを成し遂げているので、そちらに傾くのも無理はないが、ちと声が大きい。さっきの場所からは離れたとは言え、この街でそれを言えば、それは即ウィレスをなじっているものとわかってしまう。
「うん、そうだな」
「リーンが正しいぞ」
ケイトとアンも完全にリーンに同意している。思い返してみれば、この二人も慕っていた父親を自然死ではない不慮の死で亡くしているのだ。
エリスがいたら、どう言うか……と思ったが、両親については色々あったらしい彼女のことだから、親の仇を討とうともせんようなのはゴミです、とか平気で言い放つかもしれない。
「ケーイチもそう思うだろ」
ケイトが、唐突に振ってきた。
「いや、そりゃあ」
「記憶喪失言うてもよ、親ぐらいいんだろ。それが殺されたら、仇とるだろ当然」
元の世界に生きている両親の死を思う時、どうしてもそれはあちらの世界で起きることだと想定してしまい、そうすると復仇の念を、司法とか裁判に委ねるべきだという考えが邪魔をする。
その一方、こちらの世界が長くなって染まったというわけでもないが、やっぱり親を殺されてその犯人が目の前にいて、それを殺す手段が自分の手にあった時、我慢できるかどうかと言うと、少し自信が無い。
その後、ぐるっと回って宿屋に帰った。常にあの少女を探してはいたが、やはり視界には全く入ってこなかった。
その日も、明日出立するというお触れは無く、翌日も恵一たちはこの街に留まった。
「何やってんのよ。もう」
リーンは、苛々とした様子である。
彼女にしてみれば、ここにやってくれば魔王に関する情報が入手でき、それを元に居場所を割り出し、そこへ向けて進撃するものだと思っていたので、いつまでも出陣しないのが信じられないのである。
「おし、ちぃと話聞いてくるべえよ」
ケイトが言うので、アレンが宿泊している宿屋に向かう。
ただの一兵卒ではない。お嬢様の命の恩人であるぞ。――というのが恵一がこの部隊というかこの部隊の中核であるハウト男爵家において重きをなしている理由であるが、さすがにアレンのとこに何度も押し掛けるのもどうだろうか、と思わないでもない。
でもまあ、ケイトたち――つまりこの世界の住人――が言うことにゃ、アレンはやはり男爵の跡取りとしてはけっこうかなり気さくな人物であるのは間違いないようで、駄目元で面会を申し込んでみよう、ということになった。
「いや、今は駄目だな」
で、あっさりと拒否された。なんでも、今後の対策について主立った者で話し合っているらしい。
「そんじゃしょうがないな。……なあなあ、いつ動くか、とか決まってないの?」
ケイトはすぐに諦めて、それならばと応対してくれた兵士に人懐っこい調子で尋ねた。
その兵士が言うことには、ウィレスが父親の仇討ちに甚だ乗り気ではなく、そんならここにおってもしょうがないから、オーレンのいるアンリッドへと行く、などと言えばそれを阻止してくるような状態で、アレンはだいぶ苛々としているらしい。
「なによ、それ」
憤りを隠さずに、リーンは言った。
恵一も、声にこそ出さぬが感想としてはそれほど変わらぬ。やる気が無いなら無いで引っ込んでいればいいのに、足を引っ張るのか、と。
宿屋に戻って留守番していたエリスの見解を聞いてみると、
「まあ、この状況で伯爵の弔い合戦でより働いた方が、当然次の伯爵でしょうからね」
ウィレスもオーレンも、トータルの人物評価としてはどっこいどっこいである。だが、伯爵が討たれた――それも、召集命令に鈍い反応をする不甲斐ない連中に見切りをつけて親衛隊のみで戦闘し、ほぼ全滅したという、伯爵家にとってはもちろん戦闘に参加しなかった人々にとっても甚だ不名誉な事態である。
ここでまず一番になすことは、やはりどう考えても伯爵の仇討ちであり、それに際して両者の片方が、明らかな功績を立てれば、勢いとしてその者が後継に決まる。
ウィレスが消極的なのに対して、おそらくオーレンは元々武勇に傾いている性質からして積極的な可能性が高く、そちらと接触すれば、アレンとしてはオーレンに復讐の旗を掲げさせ、その下に伯爵家の力を結集するべきだ、という結論に至るだろう。
それがわかっているから、その接触をウィレス――というより正確には彼の取り巻きは阻止しようとしているのだろう。
「いや、でも、そんなの……」
彼らも、ウィレス派として重きをなして過ごしてきてしまった以上、引くに引けない状況なのだろうが、肝心のウィレスがそんなのではいつまでももつまい。
「はい」
エリスも、恵一の言いたいことは理解して、頷いた。
「その場しのぎもいいところです。……潔くするのが、家のためだと思いますよ」
潔く、今まで推してきたが父上を殺されたというのにこんなことでは、もうこのお方は駄目だとウィレスの擁立を諦めるべきだ。
で、その場しのぎ、一時しのぎの綻びは早速あらわれてきたのである。
しばらく部屋で寛いでいると、
「んむ?」
ピンと耳を立てて、寝ていたアンが起き上がった。
「お、どうした?」
獣人である彼女の耳のよさは当然既知のことだ。その彼女のそういう素振りは、何かがあったと言うことだ。
「なんか、下で騒いでるぞ。東の門でなんかあったって」
「おっ、喧嘩か!」
「おっしゃ、東の門って、どっち?」
昼飯までの退屈な時間をどう処理すべきかと思い続けているケイトとリーンが、餓鬼のごとく食い付く。
恵一が、窓を開けて耳を澄ますと、確かに少し騒がしく、東の門で何かがあったらしいという声や、ちょっと行ってみようと誘う声などが聞こえてくる。
「おし、行くぞ、ケーイチ」
「先行ってるからね」
ケイトが急き立て、リーンは待ち切れずに部屋から出て行く。
東の門は、恵一たちがやってきて潜ったのとは逆方向にあたる。一度も行ったことはなかったが、人がある一定の方向に向かう流れがあり、その流れに合流することで迷うことはなかった。
門で何かが、と聞いて、門ならば警備の兵士がいるはずで、そこで喧嘩騒ぎなど起こればすぐさま鎮められるに違いないから、ことは単純な喧嘩ではないだろうとは思っていたが、行ってみるとそこでは槍を持った警備兵の輪の中に、騎乗の人物がいた。
周囲に槍の穂先が並ぶ中、馬上の若い男は臆することもなく涼しい顔で、だが言葉は激しく彼と相対している警備兵の上級者らしい人物とやり合っている。
内容は、通せ、通さぬ、という話であるが、通門を阻まれている男が、妙に居丈高であった。
馬の上から取り囲む警備兵たちを物理的に見下しているのだが、それだけでなく精神的にも彼らより高位にあって、その場に屹立しているような自信が見て取れた。
「なあなあ、いったいどったの?」
こういう時はひたすら頼りになるケイトが物怖じなど産まれてこの方したことないよ、という風情で周囲の人間に聞きまくる。
得られた情報を総合すると、どうやらあの騎乗した男は、オーレンの部下らしい。
最初はごくごく普通に、通ろうとした。
だが、警備兵の中に彼を見知っている者がいて、オーレンの部下――それもかなり信任されている男だ、ということを看破した。
警備兵は、そういう類の者は入れるな、と命じられでもしているのか、これを阻んだ。
男は当然これに反発、いかなる理由をもってヴェスカウ伯爵家の臣である自分を拒むのか、と抗議した。
ウィレスとオーレンの戦いは、熾烈ではあったがやはり冷戦の枠内におさまっているところがあり、改めてそう言われると警備兵たちは自分たちの行動の持つ正当性にやや疑問を抱いた。少なくとも、以前ならばオーレンの直属だからという理由で門を閉ざすなどということはなかった。
だが、それでも、やはり上から命令が来ているのだろう、とにかく通せんもんは通せんと開き直り、この辺りで男の態度も居丈高になってきて不穏な状況となった。
通せ、通さぬ、と当人たちは緊迫感十分の白熱したやり取りが続くが、恵一たち野次馬からすると、少々退屈になってきた問答が続く。
やがて、警備の兵に応援が続々と駆け付けてきた。男は、それに怯む色は見せない。
元々、一人で斬り込んで突破など不可能なのだ。いくら増えたところで別にどうということもない。
男とやり合っていた兵士が下がり、代わりに別の者が出てきた。どうやらより上位者のようである。
だが、それで問答の内容が変わるわけでもない、相変わらずの通せ、通さぬ、だ。
さすがに、男の顔に焦りが出始めた。所詮は男は一人であり、実力行使による強行突破ができない以上は、結局は「通してもらう」しかないのだ。
だが、警備兵たちは槍を揃えて行く手を阻み、一歩も退かぬ構えだ。自分たちのやっていることが正当性に欠けると個人的な疑問を持ったとしても、彼らぐらいの地位の者は上位者の命令に盲従していればそうそう後から咎め立てられることなど無いのだ、と経験で知っている。
「通さぬまで、ここを動かん」
とうとう、男はその場に梃子でも動かぬぞという気迫も顕わに馬を止めた。よく訓練された馬らしく手綱を少し動かしただけで、停止した。
男は、止められていた、とはいうものの、門を潜ってはいるのだ。そこに動かずにいられると邪魔でしょうがない。
現に、通門の手続きが完全に止まっており、後ろには長蛇の列ができているのだ。
「ええい、お前とお前とお前、一人ずつ通せ」
警備兵の隊長らしき人物が、その状況を見て、三人ばかり門外に出してそこで手続きを行わせ人の流れを回復させた。
槍衾に囲まれた騎兵の傍らを、手続きの済んだ人間が通り抜ける。
いい加減に動きが無いので、野次馬たちも散り始めていた。
男も、真面目なのだろうが機転がきくとは言い難い。ここを動かんと頑張ったところで通さんもんは通さんのだから、一度退散して別の手を考えるべきであろう。
「なによ、なんも起きないじゃない」
「あたしらも、帰るか」
ウキウキと、弾む気持ちを押さえ切れずにやってきたリーンとケイトはすこぶる不満そうである。
だが、宿屋に戻ろうとした時、変化が起きた。
微動だにしない男に向けて、警備兵の輪の外側から一人の男が呼びかけたのだ。
「おおい、オーレン様の部下とやら、いったいここになんの用だ」
もちろん、そんなことが見過ごされるはずもなく、彼もまた警備兵の槍を突き付けられて下がれ下がれと押し戻される。
男は、少し考え込んでいたが、やがて意を決したように声を張り上げた。
「実は、オーレン様より、この街に逗留しているアレン・ハウト殿への書状を届けよと仰せ付かっておる」
その言葉は、各所にざわめきを生み、警備兵たちを少なからず動揺させるに十分の効果があった。
警備兵の上級者たちも、躍起になって通行を阻みつつもおそらくは街の様子を探りに来たのであろう程度に思っていたのに、事もあろうに摂政殿下の命を奉じて兵を率いて来ているアレン・ハウトへの接触をはかっているとは思っていなかったようだ。
「アレン殿本人でなくてもよい、部下の方でも、ここに呼んで来てはくれぬか」
男は、八方塞がりに一筋の光明を見出したか、叫んだ。
「おおう、任せておけ」
と、言われた方も光明そのものの反応をして、身を翻した。
「行かせるな!」
当然、そういう命令が飛び、走り出そうとした男は二人の警備兵によって取り押さえられてしまった。
馬上の男は、舌打ちをしつつ、なおも叫んだ。
「オーレン様は、伯爵の仇討ちを志し、しかし己の未熟さを知るゆえにアレン殿の御協力を欲しておいでなのだ。誰か他に心ある者はいないか」
その声には、怜悧な頭脳が生む策略が帯びることのできない真摯さが備わっており、その場にいた人間の心を少なからず動かした。
未熟なことを自覚しているオーレンが万全の自信を持てずに、しかしなんとしても父の仇を討たんとして助力を欲しがっている、というのは健気さを感じさせたし、なにより比べる対象がウィレスであるから、そうやって行動しようとしているだけで称賛してやりたくなってしまう。
「この場にいる者、動くな」
思わず――口をついてしまったのだろう。警備兵の隊長が叫んだ。
男の言葉に応じて、アレンにこのことを伝えに行く者がいるかもしれぬと思ってのことであったが、悪手であった。
ただでさえ、門の近くである上に野次馬が集まってきていたのだから、この場には大勢の人間がおり、増援が来ているとは言っても手持ちの警備兵で全て押さえられるものではない。
それどころか、その声を聞いて、このままここにいては拘束でもされてしばらく家に帰してもらえない、などということになるのではないかと危惧した者はそそくさとこの場を立ち去った。
「あ、待て!」
と、言っても待たないし、物理的に制止できるものではない。
「あーあ、こりゃ、一人か二人は本当に行ったんじゃねえか」
ケイトが、呆れたような、そして楽しそうな様子で言った。
「うーん、アレンさん、どうするんだろう」
そんなの持ち込まれても、困るんじゃないかなあ、と恵一は思う。
「そりゃあ、仇討ちする気がある方に味方するんじゃないの。私ならそうするわ」
リーンは、父を殺された兄弟がいて、仇討ちに消極的なのと積極的なのがいたら、当然やる気のある方を全面的に支持すべきだと思っている。
「行ってみたいとこだけど……ちょっと無理かな」
ケイトが苦い顔で言った。恵一たちはけっこう近付いてしまっただけに、すぐそこに警備兵がおり、移動しようとすれば隊長の動くなという命令に違反したものと見做されて邪魔される恐れがある。
警備兵の主立った者たちが協議しているのが見える。
「解散してよい。さっさと去れ」
やがて、許可が出た。というか、この場から消えろというのが最早本音であった。
ここで残った通行人やら野次馬を拘束したところで、既にけっこうな数の人間を取り逃しており、あまり意味が無い上に、手持無沙汰になった人々はあれこれと話を交わし、その内容が自然と、やはりオーレン様は父上の仇討ちをするつもりらしい、立派なものではないか、それに比べて……という方に向かっていたからである。
「おし、行こうぜ」
自由の身になった恵一たちは、早速アレンが宿泊している部隊の本営にと向かった。




