表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/240

そりゃこっちがアレだと思われるわな

 雑踏の中を、適当に歩いた。

 どうせ、アテなどは無い。適当に彷徨する以外にやれることはないのだ。

 あの少女を見つける、のは望み薄であろう。

 恵一が抱いている僅かな望みは、あちらが見つけてくれて、接触してきてくれないものかというものであった。

 昨日は、ケイトが一緒にいた。

 話が聞かれないように、十分に遠ざけたつもりだったが少女にしてみれば、やはり他者が、自分と恵一がヒソヒソと話している場にいるということ自体が忌むべきことだったのかもしれない。

 ふらふらとアテもなく――と、恵一は思っていたが何時の間にか見覚えのある一画に来ていた。

 それを認識したのは、まずは視覚ではなく嗅覚であった。

 独特でクセがあるが、決して恵一は嫌いではない臭い、気付かずにそれにつられてふらふらとこちらへやってきたのかもしれない。

「ああ、昨日の」

 ケイトが肉の串焼きを買った屋台が、すぐ目の前にあった。そして、ここでは少女も串焼きを買い求めていたのだ。

 辺りを見回すが、さすがにのほほんと買い食いをしているということはない。

 朝食はとったばかりだったが、口中に涎がわいた。

 なんだかんだで、その臭いも味も、気に入っていたのだ。

「よし」

 ポケットを改める。主にエリスから細かい手伝いの報酬として貰った金がけっこうあった。

 一本、肉の串焼きを買い、道の端に寄ってかじりつく。

 見れば、周りには同じように道端で軽食にありついている者がけっこういて、ちょっとした溜まり場になっている。

 見ていると、端と言っても往来であるから、食べ終えた者は屋台の横に引っかけてある袋に串を捨ててさっさと去っていく。

 恵一も、それに倣おうと手早く肉を食べる。

 さて、串を捨ててどこか別の所へ――と屋台の方へ行こうとして急停止し、元の位置に戻る。

 まさか、遭遇した地点であるここへは来るまいと思って全く予想していなかったことであった。

「へい、おっちゃん、串二本」

 昨日の少女が、のほほんと屋台の前にいて、串焼きを買っているのだ。

「おう、いつもありがとうよ」

 店主のその返しからして、常連客のようだ。

 できるだけ、他の人間の影に身を隠すようにしつつ、迷った。いきなり目当てのものが現れるわけがないと思っていたところに出現したために、どうしたものか瞬時に判断ができなかった。

 金を払い、串を受け取り、少女が方向を転換する。

 気付いてくれるな!

 という願いが届いて、少女は恵一に気付くことなく歩いていく。早速かじりついているのでお行儀悪く歩き食いをするつもりのようだ。

 だが、むしろ恵一にはそのお行儀がよくないのは好都合だ。

 この溜まり場にやってきてそこで串を食い始めたら、かなりの可能性で気付かれるだろうし、もう食べ終えてしまった自分がずっとここにいると、食ったんなら早くどけよ邪魔になるぞ、と注意の一つもされて、それで気付かれるかもしれない。

「よし……」

 尾けてやる。

 声をかけたら逃げられるかもしれないし、腕を掴んだり身体に触れたら悲鳴を上げられて、その瞬間に変質者認定されて周囲の男が取り押さえにかかるだろう。

 尾行して、どこに住んでいるのかを突き止められたら、それが調査の糸口となって名前やら仲間のことやらがわかるかもしれない。

 少女は、特に急ぐでもなく、右に左に肉をかじりながら歩いていく。

 あの屋台の串焼きは味は一種類しかなかったので、彼女が左右の手に持っている串焼きはどちらも同じもののはすだ。

 おそらく、左右を交互に食べて残量を均等にしておかないといけない、というマイルールがあるのだろう。なんとなく、気持ちはわかる。

 串に残る肉も少なくなってきた頃、行く先の人通りがどんどん少なくなってきた。

 当然、尾行者としては木を隠す森とも言うべき人混みが薄くなるのはよくないことだ。

 同じ方向へと行く者がまだいるうちはいいが、後ろからついてくる足音が一つだけになったら、人間どうしても気になって後ろを確認したくなるものだ。

 なにしろ、完全に顔は割れているのだから見られたら即気付かれると思わねばならぬ。

 とうとう、串の肉を全て食べ終えた。既に、少女の後ろを歩いているのは自分ともう一人の男だけになっている。

 すっ、と男が角を右に曲がった。

 遂に、彼女の後ろには自分だけだ。恵一は、できるだけ足音を立てぬように少女の後を追った。

 幸い、少女は後ろを振り返る素振りは見せずに、迷いなく歩いていく。この迷いの無さは彼女が自分の寝起きしている場所へと向かっているのではないか、と期待を抱かせた。

 二本の串は、行儀悪くその辺に捨てたりせずに持っている。

 昨日のように、握り拳の指と指の間に挟んで爪のようにして、時々、

「シュッ、シュッ」

 と、楽しそうにパンチを繰り出している。

 そうやって尾行しつつ観察していてつくづく思ったのは、とにかく無邪気なごく普通の女の子だなあ、ということだった。

 よその世界で平和に暮らしている人間を召喚して、適当に使命っぽいものを与えた上で放り出す、などということを主導するような子にはとても見えないので、やはり彼女は手伝いをしているだけなのだろう。

 そうなると、主導している主犯が別にいるはずで、それこそが恵一が話を聞き、場合によってはぶん殴るべき者だ。

 昨日は、えらい目に合わされたものの、無邪気そのものの様子を後ろからじっくりと観察させてもらって、薄ぼんやりとだが好意に似たものを持ってしまった恵一としては、彼女は殴らなくてもいいというのはよいことであった。

 ふんふんふーん、と微かに鼻唄が聞こえてくる。

 随分と機嫌がいいようで足取りも軽やかだ。

 そろりそろりと忍び足――は、はたから見て怪しいので、怪しく見えない限界でそれでも足音がしないようにそっと地面を踏んで少女についていく。

「シュッ、ハッ!」

 突然、串を装着した右のパンチで空を打ったかと思うと、左足を蹴り上げる。

 しばらく、何度かその動作を繰り返した。いつこっちを見るかわからないので、第三者の目に不審人物と映るのを覚悟の上で、あからさまに物陰に身を隠す。

 少女は、それに夢中になっていて、恵一に気付かないどころか周囲がまるごと目に入っていない感じだ。

 これなら大丈夫だろう、とほっと安堵すると、少女がまた歩き出した。

 よし――と物陰から身を現して追跡を再開しようとしたその時――

 凄くキリッとした顔で、両手を胸の前に構えて少女は、くるりと百八十度体の向きを変えた。

「いっ!?」

「えっ!?」

 それはつまり、恵一と真正面から向き合ったということだ。

「えっ、えっ……嘘」

 少女は、明らかに困惑している。

 キリッとした顔をしてファイティングポーズで振り向くから、てっきり尾行がバレていたのだと思っていたが、どうやらそのやたらキレがよい振り返りは、なんとなくやったことらしい。

 しばらく、双方が沈黙した。

 恵一は、何か言ったり、少しでも近付いたら少女が逃げ出しそうに思えて、不動無言のまま精一杯、敵意は無いのだと示すべく笑顔を振りまいた。

 少女が、じりっと摺り足で下がる。

「あっ」

 思わず吊られて前に出た。恵一としては、少女が下がった分を詰めただけで距離は一定にたもっている、というつもりだったが、それがきっかけになって少女は身を翻して駈け出した。

「ああ、もう!」

 やはり、完全に顔が割れているのに尾行するというのが無理があったのだ。と、言ってもそれ以外にとるべき手段は無かっただろうとも思う。

 もう、こうなったら追い掛けて捕まえるしかない。

「ちょっと待って! 話がしたいんだ!」

 無駄だろうと思いつつ、声をかけながら追う。

「君に怒ったりしてないから!」

 とにかく、少女の恐怖を拭うのがいいと思い付く限りに言葉を並べるのだが、全く聞く耳持たずにスカートと金髪をなびかせながら全力疾走だ。

 必死に走る少女だが、小さな体躯ゆえに足の長さの差もあり、速度では恵一が上だ。

 それでも、もう少し追いつくには時間がかかりそうだ。その前に、少女がギリギリ通れるような狭いところを見つけて逃げ込んだりしないようにと祈りつつ、追う。

 もう、無駄だとわかりきったので、声はかけない。息が乱れて、速度が落ちる。

 もう少し――というところで、少女は角を曲がろうとして自分の身体を制御できずに、転倒した。

「よし!」

 思わず、快哉して駆け寄ると、少女は立ち上がっていた。

 だが、すぐそこだ。手を伸ばせば、後ろ襟首をむんずと掴める。

 逃げるかと思った少女だが、振り向いて、右拳を突いてきた。

 一瞬、驚いたが、全く完全にありえぬと思っていたような行動でもない。咄嗟に、左手で右手首を横から掴んだ。

 昨日と全く同じ行動だが、これまた昨日と同じく少女の右拳からは尖った串が二本生えているのでそれで正解だ。掌で受け止めようなどとしたら刺されている。

「ハッ!」

 少女が、即座に左足を蹴り上げた。

「おっとお!」

 恵一は、これまた咄嗟に腰を思い切り後ろに引くことで、蹴りをかわした。これも、さっき少女が一人でやっていた動作を覚えていて、蹴りがキンタマに来る、と半ば無意識に察知できたからだ。

 腰を引いたことで、体勢は崩れてしまったが、左手は少女の右手を握り締める。これさえ離さなければ少女を逃がすことはない。

 少女は、このままでは自分は殺されてしまうとでも言わんばかりの凄まじい形相で、右手首を拘束する恵一の左手を自分の左手で外そうとする。

「ねえ、君、そんな怖がらないでも大丈夫だよ」

 少女の力が、歳相応のものでこれなら外すことなど不可能だなと思った恵一はほっとして優しく語りかけた。

 もしかしたら、彼女は昨日の夢の中で恵一が激怒して殴りかかってきたというのを聞いていて、それで怯えているのかもしれない。

 確かに、あの時は少女に対して怒りをぶつけてしまったが、もう彼女が共犯、いや所詮は従犯に過ぎないであろうことは承知している。

 少女は、なおも聞く耳持たぬ様子だが、ここは根気強く語りかけるべきだ。

「とにかく、話が聞きたいだけなんだ。おれを、元の世界からこっちに呼び出したのは、君たちなんだろう」

 少女は、まだ必死になって何かやっている。これは、ちょっとやそっとじゃ心を開いてくれそうにないな、と暗然とした気分になった。

「いっ!」

 で、そんな気分がふっ飛んだ。少女の右手を掴んでいた左手に痛みが生じたのだ。

 非力な少女がつねったり爪を立てたりしたぐらいでは起こり得ぬ、刺すような痛み。

 串だ。右拳から左手に串を移して、それで刺したのだ。

 さすがにカッと来て怒鳴りつけそうになるが、いや、なおも我慢だと自分に言い聞かせる。この痛みにすら怒りを見せずに穏やかさを維持すれば、きっと彼女も恵一の敵意の無いことを悟ってくれるであろう。

「いひぃぃぃ!」

 穏やかに穏やかに、そんなことは止めるんだと声をかけようとして、その声は悲鳴に変じて口から洩れた。

 先程を遥かに上回る痛み――激痛が左手に走ったからだ。

 不意なことで、手を離してしまい、その隙に少女が脱兎となって地を蹴る。

 痛みの箇所とその感じでわかる。爪と指の間に串を刺してきたのだ。

「このっ!」

 さすがに覆い隠せぬ怒りが声に乗ってしまう。もう、穏当にことを運ぶのは無理だ。気は進まないが、なんらかの方法で抵抗できぬように――ひっぱたくぐらいはしなければなるまい。

「あっ!」

 少女の、希望に満ちた声が聞こえた。それはすなわち恵一にとってはよろしくない事態の発生を意味している。

 恵一は、自分の顔の肉が歪んだな、というのがはっきりとわかった。

 走る少女の先に、一人の男が立っていた。

「助けてください!」

 哀願するような悲痛な声音で、少女は言った。

 あ、まずい、駄目だ。

 その真に迫った演技――いや、演技ではないのかもしれないが――に恵一は、男が完全に敵に回ったということを計算に入れねばならなくなった。

 可愛らしい少女なのだ。

 串でパンチしてきたり、金的を蹴ろうとしたり、串を爪と指の間にねじ込んでくるような子ではあるが、見た目はごく普通の女の子なのだ。

「あの人に追われてるんです!」

 それに、こんな調子で頼まれて、すぐにこの少女は怪しいからあっちの男の味方をしよう、などという者はおるまい。正直、恵一があの男の立場にいたら、絶対に彼女の味方をする。

「君……」

 男――まだ若い、少年と言ってもおかしくないその男は、訝しそうに少女の顔をまじまじと見つめて言った。

「どこかで、会ったことある?」

 追われているとか云々よりも、彼にはそれが気になったらしい。

「いえ」

 だが、少女は首を横に振った。

「ですが、あなたが正しい心を持った人であることは、その汚れの無い目を見ればわかります。どうか私を助けてください」

「うん、いいよ。……あの人に追われてるの? どうして?」

「わかりません。突然声をかけられて……でも、知らない男の人と話しちゃ駄目って言われてるから、行こうとしたら、腕を掴まれて……」

 のうのうと言ってのけ、赤くなった右手首を見せて信憑性を高めている辺り、ただの無邪気な女の子ではない。

「よし、おれに任せといて、君はもう行きな」

「はいっ、ありがとうございます!」

 少女は男に礼を言って去ろうとし――

「あの……」

 先程までの堂々とした様子は無くなり、妙におずおずと言った。

「ん? なに?」

「あの人、そこまで悪い人というわけでもないと思うので、あまり痛いことしないでください」

 男は、それを聞くと嬉しそうに笑った。

「君は、優しいんだね。うん、任せといて」

「お願いします」

 と、少女は走り去る。

 そうはさせじと追い掛けようとするが、まあ、わかりきっていたことではあるが、男が前に立ちはだかった。

「あの子に用があるんだ。邪魔しないでくれ」

 駄目だろうなあと思いつつ、真摯に頼んでみる。

 男は、微笑みながら、どいてはくれず、恵一が横に移動するとそれに合わせて動いた。

「君が思ってるようなのじゃないんだ。あの子に聞かなきゃならないことがある」

「……出直した方がいいよ」

 男は、柔らかい声で言った。徹底的に邪魔してくれているが、声、それと表情からも敵意のようなものは感じられない。

「しつこくすればするほど、嫌われちゃうよ」

 だから、そうじゃねえって言ってんだろという話だが、この状況で一度そう思い込んだらその認識は容易に変わるまい。完全に、恵一を嫌がる女の子をしつっこく口説いて付きまとうアレだと思っている。

 そうこうしているうちに、少女を見失ってしまう。ていうか、もう見失った。彼女はすぐに角を曲がって視界の中からは失せている。

 それでも、今からすぐに後を追えば、もしかしたら見つかるかもしれない。

 出直した方がいい――って、それができればこんなに必死に追い回したりはしていないのだ。こっちの気持ちも事情も知らんと善いことをしているつもりで邪魔をしてくる男に対して、説得などで退いて貰うのは不可能。

 早く、追わないと――

 気持ちが急いて急いて、恵一は左に行くフリをして、急に右へと飛び、男の横を通り抜けた。

 我ながら、単純な手だと思っていたのだが、上手く行った――と、思った瞬間、左手首が拘束された。

 男が、横を通った瞬間に、掴んできたのだ。

 やっぱり、こんなので上手くはいかないか、と落胆していると、ぐい、と引っ張られて異様な感覚が腕を襲った。

 一瞬、腕どころか体が動かなくなり、腕の関節を極められたのかと思った。

 だが、そんなことはなく、男は恵一の手を引っ張っただけだった。

 勘違い、と言うには鮮明な、電撃が走ったような感覚であり、今も男の体との接触部である左手首に、僅かにだが妙な感じがある。

 体は、動く。

 試みに、左手を強く速く引いて、掴んだ男の手を外せるかやってみたが、ビクともしない。

 掴まれている状態を脱する、という以前に、男の腕が微動だにしないのだ。

 なんだ? なんだ? どうしたんだ?

 幾つも浮かんだ疑問符が、一つの着地点へと集まっていく。

 この男が、強いのだ。

 恵一が、直に手合わせした人間で一番レベルが高いのは、おそらくメリナ王女の護衛でレベル21に認定されているイリア・カムであろう。

 手合わせ、と言えるものではなく、彼女にしたら稽古をつけてやったという程度だったかもしれないが、それでもその強さはひしひしと感じることができた。

 それを上回る戦慄のようなものが、左手首から浸透してくるように恵一の内部に広がっていく。

 むろん、サーチしたわけではないのではっきりとはわからぬが、少なくともレベル20以下ということはあるまい、と戦慄のようなものが告げていた。

 そこで、邪魔をしてくる若い男、という分類でしか認識していなかった彼を、まじまじと観察する。

 若い――のはわかっていたが、よく見ると顔立ちのそこかしこに幼さの残滓があり、思っていた以上に、自分よりも二つ三つ年下なのではないかと思われた。

 だが、とにかく、明らかに自分よりも強いというのは間違いなく、この体勢のままでいるのは得策ではなかった。今は、手首を掴んで少女を追えないようにしているだけでそれ以上のことはしてこないが、いつ空いている方の手で殴ってくるか知れたものではない。

 少女が、角を曲がって姿を消してから、これまでに経過した時間を考えて、恵一は諦めて、妥協した。

「わかったわかった。もう諦めるから、手を離してくれ」

 と、声も表情も、全てを落ち着いた様子で、言ったのだ。

「うん」

 男は、嬉しそうに、手を離してくれた。

「それじゃあね。あんましつこくしちゃ駄目だよ」

 そういうのである、という認識を改めることなく去っていく男に、言いたいことはあるものの、ここで懇々と説明でもしようものなら、反省していないと見做されてしまい、また掴まれたりしたらたまらないので、黙って見送った。

「かーつーやー!」

 女のものらしい高い声が聞こえてきたのは、ガックリと肩を落としつつ宿屋に戻ろうと一歩を踏み出した時だった。

 その出所らしい若い女は、もう一度同じことを言って、恵一の傍らを通り抜ける。おそらく、歳は二十前後だろう。

「おう」

 と、女に向かって言ったのは、例の男だった。

「もう、待っててって言ったのにぃ!」

「だって、随分待ったぞ。行く場所はわかってんだから、向こうで落ち合えばいいと思ってさ」

「そういうとこ、カツヤはよくないよ。うん、よくない。とてもよくない」

 カツヤ、というのは、あの男の名前らしい。聞き慣れた響きに、漢字で書くなら勝也か克也あたりかな、と思う。

 そう思って見ると、男の顔立ちは恵一と似ている――つまり日本人と似たような感じであり、その上に名前もそんなふうだとなると、こういう出会いをしなければ親近感でも感じられたかもしれない。

 そんなことを考えている間に、男――カツヤは女と一緒に歩いて行き、だいぶ離れた所にいた。

 恵一は、溜め息をひとつついて、ガックリと肩を落としつつ宿屋に戻るために大通りの方向へと歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ