夢を描く
朝食をとって部屋に戻ってくると、エリスは最後に見たのと同じ姿勢で床に座って、やはり何かを考えている様子だった。
また、なにか意味ありげに思える目で見られた恵一は、いったいなんだろうと訝しがったが、エリスが黙ってなにか考えていること自体は珍しいことではないので、ケイトたちは全く注意を払わずにベッドに腰掛けている。
「アマモトさん」
少し時間が経ち、アンが寝て、ケイトとリーンもそれにならって寝転がると、エリスが声をかけてきた。
「ん? なんだい?」
「一応、言っておいた方がよいと思いまして……」
そう言って、エリスは恵一が見た夢について尋ねてきた。
恵一は、どのぐらいまで話していいものかと思いつつ、当たり障りの無いところを――と言っても完全に嘘をつくこともできなかったので、例の草原で目覚める直前に会った少女が夢に出てきた、と話した。
「アマモトさんは、失った記憶の手掛かりのために、その女性を探していた」
「うん」
「それで、今日の昼間、雰囲気の似た女の子を見つけて、声をかけたら逃げられてしまった」
恵一は頷く。
「一つの考え方としては、昼間のことが心残りとなっていて、その女性と会いたいという気持ちが強くなっていた。……それが、その女性が出て来る夢を見させた」
夢については、不明なことがあまりにも多く、経験を統計することで、こういう時にこういう夢を見ることがある、などということは言えても、絶対的な答えなど無い。
しかし、やはり起きている時に強く考えていたことを反映したような内容の夢を見る例は多く、エリスが言っているのはまさにそれである。
睡眠中に、脳の一部が覚醒状態となっていて、その部分が思考や想像などの活動を続けており、それが夢を見せるという説もある。
「ですが、もう一つ、夢を見させる魔術というのが存在するのです」
「え?」
「やはり、初耳ですね」
こくこくと頷く。
「じゃあ、エリスは、昨日のおれの夢は誰かに見させられたものだ、っていうのか?」
「それは断言できませんが……人に夢を見させるには、かなりのレベルを必要とします。安定して行うには、まあ最低でも30は要るでしょう。ですから、私はできません」
「30か……」
「術者への負担も相当なものですから……あまり使われるものではないのです。好きに夢を見せることができると言っても……所詮は夢です」
エリスが知っている使用例としては、とある貴族の子供が難病となり、起きている時は常に苦しんでいる。その思考を引きずるせいか、悪夢を見てうなされることも多く、せめて夢ぐらいは……と両親の依頼を受けて、病が治って楽しく暮らす夢を見せたりしたことがあるという。
その子供は、結局完治せずに死んでしまったが、よい夢を見させてからは朝目覚めた時に、苦しそうにだが昨日とても楽しい夢を見た、と笑って言うようになり、それが両親にとってせめてもの慰めだったとか。
逆に、毎晩毎晩悪夢を見せれば、その相手から安眠を奪うことになり嫌がらせとしてはかなりの効果である。
「それじゃあ、例えば敵対している人間にそれをやれば……」
すぐに何か現実世界に影響が出るというものではないが、そうやって睡眠を妨害していれば、いずれ寝不足が原因でなにかミスをするかもしれない。
しかし、それはいかにも悠長な方法だ。時間がかかり過ぎるだろう。
それに、この夢見の魔術は決して限られた人間だけが知る秘儀ではない。
公衆便所を消臭したりのインフラ的な、生活に密着していて誰もが知っているとまでは行かぬが、エリスのように正式に学んだ者ならば知識としては当然知っているようなことである。
だから、連日連夜睡眠に支障が出るような悪夢を見続ければ、もしや……と疑ってみる人間は多い。何か仕事でミスをすれば多大な利益を得る政敵がいるような地位の高い者ならば尚更だ。
そうなれば、当然高レベルの魔術師を使って対抗しようとする。
「強い魔力を必要とする魔術ですから……ある程度のレベルのある他の魔術師には、それを感知されてしまうのです」
レベル10以上の魔術師が枕元に控えていれば、ほぼ確実に察知されるだろうとエリスは言う。
「あ、もしかして、エリス……」
エリスは、こくりと頷いた。
「はい、先程、それらしい魔力がこの部屋に向かって放たれているような気配を感じました。と、言っても確信が持てるほどではなく、気のせいかとその時は思ったのですが」
恵一がよくない夢を見たと聞いて、もしやと思ったが、それでも断定できるわけではなく、しかし一応は恵一に言っておこうと考えたのだ。
「エリス、その魔術による夢ってのは、なんでも見せたいものが見せられるの?」
気になったことがあり、エリスに詳しいことを尋ねる。
「まあ、そうですね。ただ……」
と、一度言葉を切って、少し考え込む。
「なんでもかんでも、見せられるかと言うと、なかなか大変なようです。あくまでも私が自分でやったわけではなく、経験者が書いたものを読んでの話ということは理解しておいてください」
「うん、それで構わないよ」
「私が読んだものの作者は、例えるならば睡眠によってできた空白に魔力で絵を描くようなものだ、と書いていました」
「絵?」
「そこは、なにもしていない状態においては、なんにもない空間です。例えばそこに床、壁、天井、さらには家具などを描くとしたら、それだけでけっこうな魔力を消費するようですね」
「ああ……」
恵一は、何度も頷いた。昨日の夢において風景がこれでもかと殺風景な理由がそれでわかった。要するに、魔力の節約なのだ。
「これは、魔力はもちろんですが、想像力も問題になってくるということです。このベッドと同じものを夢の中に登場させようとすると、それを頭に思い描かねばなりませんが、そこでどうにも上手くできない人もいます。そうすると、歪な形のベッドになってしまいます。……まあ、悪夢を見せたいならそれでもいいと思いますが」
確かに、一見普通の部屋なのに、床も壁も天井も家具も、全てが微妙に歪んでいたりしたら、物凄い違和感を抱き、それが不快感に繋がりそうだ。
「有効なのは、実際に目の前にあるものを登場させることです。なにしろ、自分の目で見ているのですから、想像する必要はありません」
と、言うことは夢に登場させたいものをあらかじめ用意しておいてもいいわけだ。
それを言うと、エリスは頷いた。
「先程話した病気の子供によい夢を見せたという件でも、お気に入りの玩具などを並べて術を行ったようですね。それと夢に登場させるべく両親や、いつも世話をしている使用人なども同席して」
「ん? 人間……そうか、人間もか」
恵一の中で、幾つかの断片があり、それらが繋がっていく感覚があった。
「ええ、人間……生き物は特に難しいようですね。じっとしているならともかく、動かす場合は、表情とか……」
エリスの言葉が、断片を繋ぎ合せていく接着剤のように感じられた。
恵一は、夢に出てきた少女は、夢見の魔術を使っている魔術師が頭の中で作ったものではないか、と思っていた。
そういうことならば、美人には間違いないのだが、どうにも付きまとう作り物めいた無機質さに納得がいく。その無機質さの醸成に大いに働いていた無表情と言っていい表情の乏しさも、合わせて説明がつく。
「そうか……」
深く、恵一は頷く。
ついでに、美人には違いないけど、ミレーナの方がいいなと思っていた自分の眼を誇ったりもする。登場する少女を美人にしたのは、男は美人に弱いに決まっとるわそんなもんというあまりにも正しい理由によるのだろうが、自分は惑わされなかったのだ。偉い。
そして、一つの考えを確認するために、さらに恵一は尋ねた。
「そのものじゃなくて、それを元にして想像する、というのもできるんだよね? 例えば子供を見て、その子供が成長した姿を思い描いたり……」
「ええ、それは可能です。実際に、本の作者は夢に複数の人物を登場させる時には、目の前にいる一人の人間を元にして、それが子供の頃や老人になった姿、或いは兄弟姉妹がいたらこういう感じだろう、と想像の助けにしていたようですね」
一人の人間を素材にしてそこまでやるというのも凄いが、わざわざ本を書くほどなのだから高名で、その方面に傑出した魔術師なのだろう。
そうか、ともう一度呟いた。
夢に出てきた少女と、昼間会った少女との間に、同一人物ではありえないが何か通ずるものを感じて、姉妹かなにかではないかと思っていた。
だが、エリスの話を聞いて違和感による靄は掃われた。同一人物だったのだ。実際に会った少女を元にして、彼女をもっと大人にして顔立ちも整ったものにしたのが夢の少女なのだ。
「ん?」
違和感が晴れ、断片と断片がぴったりとくっついていくが、完全には結合を果たしていない部分を認識して、恵一は首を傾げた。
「夢に登場させた人間に話をさせる時は、どうするの?」
「それも、同じことです。全てを術者が想像して動かす方法もありますが、相当に魔力が要るようですね」
「それさあ、やっぱりそれの元になる人が実際に喋ったりすると楽だったりするのかな」
「ええ、やはり頭の中で完全に想像するよりも、目の前にあるものを投影すると言うか、その方が楽なようです」
「なるほど……」
疑問がまた一つ解決した。
完全に術者の思い通りの夢を見させることができる、という前提では起こるはずのないことがあった。
夢の少女が、こちらの言葉に反応して、戸惑ったりしていたのが腑に落ちなかったのだけれど、それならば納得できる。
状況としてはこうだろう。
少女がいて、魔術師がいて、彼は少女を元にして彼女よりも少し大人な美しい少女を恵一の夢に送り込み、少女は実際に夢の中で言ったことをそのまま口にして、それもまた魔術師が夢と化す。
台本には無かったであろう反応も言葉も、少女の素の反応だろう。完全な想像ではなく素材を使用していたために、却って素材の反応がそのまま恵一の夢に現れてしまったということだ。
「ん?」
また、新たな違和感の誕生を恵一は感じた。
「エリス……その夢の中身ってのは、術をかけてる魔術師には見えているんだろうけど……その演者ってのかな、モデルになってる人には見えるのかな?」
あの反応は、どう考えてもリアルタイムだ。少女にも、夢の中が見えていると考えるしかない。
「それは……私が読んだ本には書いていませんでしたね。あくまでも被術者の夢の中を見れるのは術者だという認識ですが、もしかしたらそういう方法もあるのかもしれません」
「うーん」
恵一は、考え込んでしまった。
「ないよな……」
ぽつりと呟いた。あの少女自身が術者である可能性に思い至ったのだ。
安定して行うにはレベル30ということだが、とてもそんな高レベルの魔術師には見えない。歳もそうだが、なによりそれなら恵一から逃げる時に串パンチ以外になんらかの魔術を使っていただろう。
「私も、夢見の術の名人と言われた人の本を一冊読んだだけですからね。その人が死んでから五十年は経っていますから」
その間に、なにかそういう方法が発見されたかもしれない。
少女の反応からして、そうであるに違いない。具体的な方法はわからないので、とりあえずそれは置いておこう。
「ん?」
目の前の疑問を横に置いたら、とある根本的な疑問が確信に変わっていることに気付いた。
あれはただの夢であり、あの中で少女が言っていたこともあくまでも夢であり真実ではない、という救いのある論が否定されたのだ。
残るのは、あれは夢ではなく、あの夢の中で少女が言っていたことは真実である、という救いの無い話だ。
いや、いや、いや――
あの少女が本当のことを言っていたという保証は無いではないか。むしろ、なにかに恵一を利用しようとして嘘をついている可能性の方が高い。
だが、それでも、少女の素と思われる反応、それらに関わる部分だけは本当ではないのか、という思いが拭えない。
元の世界に戻せと迫る恵一に、少女は戸惑っていた。あれは演技ではなかろう。
そして、感情のある――温かさすら感じさせる声で言ったのだ。
頑張れ――と。
こっちの世界も、いいところだよ――と。
その、台本には無い言葉には、決して悪意は感じられず、むしろそれとは逆のものがあったことは認める。
だが、それらのことは、元の世界に戻す方法は無い、という救いの無い結論を指し示していた。
「アマモトさん?」
エリスが、少し心配そうに、声をかけた。
心配されるような顔をしてしまっているのだろうな、と思う。
「エリス……色々教えてくれてありがとう」
辛うじて、それだけ絞り出すように言ってから、エリスから離れた所に座った。窓際で外を向いて、エリスだけでなく他の誰に対しても背中を向けた。
エリスは、何も追及してはこなかった。
ケイトならおそらく構わずに踏み込んで来ただろう。それがありがたい時もあるが、今はエリスのように放置してくれるの方がありがたかった。
元の世界に戻る方法は無い――
受け止めるには、重過ぎる。
一縷の望みを繋ぐとすれば、少女ははっきりとそう言ったのではない、ということだ。これは解釈のしようによっては自分にはできない、という風にもとれる。
だが、そのことは少なくとも、元の世界からこちらの世界へ人を召喚するよりも、その逆の方が難易度が高いということを示している。
あの少女に、会わねばなるまい。
しっかりと、話を聞くべきだ。
それと、覚悟を決めておくべきかもしれない。
自分は記憶喪失などではなく、別の世界からこの世界に召喚されてしまったのだということを、いつかケイトたち近しい者には告げねばならないのではないか。
特に、エリスに洗いざらいぶちまければ、彼女はなにかいい知恵を出してくれるかもしれない。彼女自身はそこまで高レベルなわけではないが、魔術に関する知識量は相当なものだ。
もう、ここに住むか……。
押さえても、打ち消しても、絶えず浮かび上がる想念を持て余す。
戻るのがそんなに困難ならば……もう、ここに骨を埋める。幸い、ケイトの借金は元金がだいぶ減って完済も近いし、彼女はその後も自分の家にいればいい、と言ってくれている。
「この世界も、いいところ、か……」
少女のその言葉を聞いた時、絶望からの激昂に身を任せて殴りかかってしまったが、改めてそれを我が口で言ってみれば、首肯できないわけではない。
恵一は、溜め息をつき、ベッドに転がった。
無意識のうちに、精神が休み憩う場所を自分で設けていたと言ってよい。
元の世界に戻れないことは、決して絶望ではない、と。今やこっちの世界でなんとか生きていける算段は立つし、ケイトをはじめとする知己もいる。
両親や妹などを筆頭に、元の世界に未練はもちろんある。だが、未練は、こちらの世界に対してもあるのだ。
とにかく、あの少女にもう一度会わねばならぬ。
戻れるか戻れないか、という話を抜きにしても、いったいどうして自分が選ばれたのか等、知りたいことはある。
「ちょっと、出てくるよ」
駄目元だ。出掛けて、彼女を探してみよう。
「おーぅ」
眠そうな、ケイトの声が返ってくる。アンとリーンは既に寝入っており、このまま三人とも二度寝といくようだ。
エリスは、座って身じろぎもしない。例によって魔術の訓練中だろう。
アレンは、苛立っていた。
ある程度は予想していたことではあるが、昨晩の夕食の席にて顔を合わせたウィレスはとことん覇気の感じられない男であった。
さすがに、最低限の礼儀作法などはできており、行儀よく食事をしていたが、当然その後にあると思っていた今回の事態に対する話し合いの方は家臣に投げて、引っ込んでしまった。
もう、対策を協議する相手として相応しい云々以前の問題である。
「ウィレス殿は、伯爵が……御父上が賊に討たれたことは御存知なのでしょうな?」
強い調子で、アレンは家臣たちに問い質した。まさか、そんなことは無いとは思ってはいるのだが、もしかしたら知らないのか? という思いが抜き難くなってしまったのだ。
「それは……」
と、言葉を選びながら家臣が言うには、戦場跡へ到着した先遣部隊より首の無い伯爵の死体を発見したという報告は、一応受けてはいる。
だが、ウィレスは、それを認めていないという。
首は発見されておらず、それでは確定ではないと言うのだ。
「しかし、鎧などは間違いなく伯爵のものだったのでしょう。それに、身体の特徴などはどうなのです?」
それについては、ウィレスの母が改めて伯爵その人だと確認し、母から息子へも父の死を告げたのだ。
それでも、なおその死を認めないのだ。
よく解釈すれば、父を愛する余りにその死を認めたくないと頑なになっているのかもしれないが、これまでに聞いた話や、実際に会っての印象からすると、それよりも父の死という非常事態に対して頭が対応できずに思考停止となり、その死を認めないことで現実逃避しているだけではないのか、という疑いが濃厚である。
魔王の行方を探し求めて斥候は放っているというのだが、それにはこのアンバースは後方過ぎる。
伯爵と魔王が激突した戦場にできるだけ近いところでそれなりの規模――すなわち大軍の駐屯が可能な街へとウィレスが主力を率いて移るべきではないか。
アレンのそういった提案にも、返ってくるのは煮え切らぬ声である。それを口から出している当人たちの表情は決して楽観的ではなく、危機感が見て取れるのに返事が芳しくないのは、そのようなことを進言してもウィレスが聞くまい、と諦めているからだろう。
遂に憤然とした感情を隠すことなく席を立ったアレンは、部屋に戻ると部下を呼んで話を聞いた。
恵一たちのような一時雇いの傭兵連中ではなく、正式なハウト男爵家の家臣である彼らには、ヴェスカウ伯爵家の家臣である者たちと食事をともにして交流をするようにと言ってあった。
主君が殺されたのだ。いくらなんでもどいつもこいつもがウィレスの消極的姿勢に追随しているわけではあるまい。
果たして、多くの者が今のウィレスの無為無策ぶりに大きな不平を抱いており、酒の勢いもあろうが、公然とこんなことならオーレン様を支持していればよかったと言う者もいて、その言葉に周囲も、窘めるよりも手を叩いて喝采する者の方が多かった。
このままでは、ウィレス派は崩壊するのではないか――
勇猛だが、人材の好みが武辺者に偏っていて領主としては均衡に欠け、その上に弱い者への思いやりに薄いオーレンよりも、勇猛さは全く無いが、偏りがなく思いやりの心を持っているウィレスの方が領主としては優れている。
と、そういう理屈でもってウィレスを支持していた者は多いのだが、この危機に際しての無為無策による頼りなさは、正に領主として不適格者の烙印を押されるに足る。
これならば、オーレンを教育してその欠点を改善する方がよいのではないか。なんといっても彼は若い。これから成長の余地はあろう。
「明朝、アンリッドへ人をやれ。あちらがどうなのか知りたい」
アンリッドにはオーレンがいる。彼は、伝え聞く性格などからして兄と同じく父を殺されたと言うのに愚図愚図していることはあるまい。
「特に断らない方がよいでしょうか?」
家臣が、そう言ったのは、アンリッドへ人を派遣するなどと言えば、ウィレス――は持ち前の怠惰さで無関心かもしれぬが、彼の側近たちがなんやかやと言って邪魔してくるのではないか、と危惧したからだ。
「我々は、摂政殿下よりヴェスカウ伯爵領内の情報収集を命じられている。いちいち断らんでよろしい」
アレンの言葉に、得たりとばかりに家臣は一礼し、手配をするために退出した。
アレンとしては、伯爵家の跡目争いに巻き込まれたくはない。あくまでも、彼は情報収集を主任務とした先遣部隊の隊長に過ぎないのだ。
しかし、伯爵家が分裂状態なのは非常によくない。いつものパターンでお互いに牽制し合ってそちらに夢中になって肝心の魔王への対応が疎かになってはまずい。
時間を与えれば、魔王の傷は癒え、精鋭中の精鋭である親衛隊員を次々に薙ぎ倒したという強さをもって再侵攻してくる恐れがある。
配下の軍勢が相当に討たれ激減したということだが、アレンはまだ魔王の背後に糸を引いている他国がいる可能性を捨てておらず、そこから兵士が補充されるかもしれない。
「ええい」
忌々しげに、椅子の肘かけを叩いた。




