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 次から次に入ってくるのは、常に悪い報告であった。

 もはや、現地の守備隊が討伐してくれるであろう、などということは想像すらできぬ。

 その軍勢、約五千人――

「いや、待て」

 所々、口を挟むことはあったが、アレンがここまではっきりとファルクの話を遮ったのは初めてであった。

 だが、さすがにそのまま流すことはできない数字であった。

「五千人だと!? どこからそんなに湧いて出た」

 日頃は、伯爵の武勇に恐れをなしておとなしくしていたならず者の類が、守備隊を蹴散らして我が物顔に振る舞う一団に誘われて、或いは自らすすんで身を投じたのだとしてもいくらなんでも数が多過ぎる。

「それは……」

 もちろん、急速に膨れ上がる賊勢の報に接して、いくらなんでも五千はないだろう、という意見もたくさんあったのだ。

 だが、一番少ない報告をとっても約三千と報じており、誤報であると簡単に切り捨てることはできなかった。

「もしや、どこか他国と通じているのではあるまいな……」

 苦渋そのものの顔で、アレンが言った。

「それは、なんとも……」

 ファルクたちもそれを思わぬではなかったが、確証は無い。

「となると……魔王などと大仰な名乗りもそこの入れ知恵か? ……しかし、いったいどこが……」

 すぐには心当たりが思いつかないようで、アレンは唸って考え込んでいる。

 現在の我が国に、乗ずべき隙――すなわち他国に悪心を起こさせるような要素があるかと言えば、それはある。

 王が伏せっているのは、やはり他国から見れば隙に見え、誘惑を感じるものなのかもしれない。

 アレンたち臣民としては、メリナ王女の摂政体制が上手く行っていると認識しているのでそうは思わないのだが、逆に外から見ると、そう見えてしまうのか。

 そのような後ろ盾の存在を計算に入れると、腑に落ちることもある。

 魔王を名乗るアホは、かなりの強さであるという話だが、なんでまたそれだけの強さを持ちながらそのような軽挙に及んだのかが、どうしても疑問だった。

 それだけ強いのならば、かなりの高レベルに認定されるはずで、それならばいくらでも合法的に稼いで裕福な暮らしをすることが可能だ。

 束縛が嫌ならば、ギルドに登録して単価の高い仕事を時々こなして後は遊んでいればいい。

 それだけの強さがあれば、いくらでもやりようがあるのに魔王を名乗って乱を起こすなどと、つまりは力は強いが頭が悪いアレかと思っていたのだが、他国に雇われて我が国を撹乱するためにやっているのならば、納得だ。

 アレンが考え込んでしまったので、ファルクは話すのを中断していたが、今すぐにはっきりとした答えが出るものでもないので、アレンは先を促した。

 五千人という、数だけならば伯爵の手元にある軍にも優る脅威に、さすがに両派も反目し合っている場合ではない、という機運が高まった。

 互いの猜疑が消えたわけではないが、このまま賊を放置しておけば、いよいよ被害は広がり、もはやヴェスカウ伯爵家には領地領民を守る力無しと見限る者も続出し、ますます賊の勢力は拡大するであろうことは明らかであった。

 もはや後継がどうのという話ではない、伯爵家の威信が丸潰れになれば家そのものが滅びてしまう、ということまで想像すべき事態になってきていた。

 五千、と言ったところで頭目を筆頭に腕の立つ者が多少いたとしても、全てが精鋭とは考えにくい。

 いくら数が多いとは言っても、ヴェスカウ伯爵家の軍から選りすぐった二千人ばかりで攻撃をすれば十分に打ち破れる。

 要するに、今からでも一丸となってまとまれば、対処可能だ。

 と、考える者は多く、とにかく一致団結だ、と言う声が沸き上がった。

 団結すれば怖い者などない、団結だ。とにかく団結!

 掛け声は自信に満ちて勇ましかったが、それが簡単にできたら苦労はしない。

 いや、団結を叫ぶ人々の大半は事態がここまで差し迫った以上は嫌でも団結せねばならぬのだから、ことは上手く運ぶさ、とやや楽観的であったが、いざとなるとそうは行かない。

 疑心暗鬼という魔物の厄介極まりないところは、一度それに憑かれると相手のあらゆる行動が――それが善意からのものであっても――何か腹に一物あるのではないかと疑ってしまうところである。

 ウィレス派の方から、なんといってもオーレン様の方が戦争はお得意であろうから討伐軍の指揮官はオーレン様に一本化しようと、すこぶる建設的な提案があっても、オーレン様を賊に殺させるつもりではないか、などと魔物が囁くのだ。

 はっきり口に出さずとも、ウィレス派の方とて似たようなものに耳打ちされているのは同じなので、嫌でもわかる。

 ウィレス派としても、オーレンに大軍の指揮権を与えるのは危険を冒すことを意味しており、それでも危機を乗り越えるためにそれに目をつぶっての申し出なのに、なんだその態度はお前ら口では団結しようと言いながら全然その気ねえじゃねえかこのボケ、と思わざるを得ない。

 守備の兵を残した上で全軍を結集し、それをオーレンが率いて往くという案はこうしてあっさり暗礁に乗り上げた。

 その間にも、魔王の率いる賊の軍勢は進出し、防壁を巡らした街すらも陥落していた。

 住民に対する処置は、殺戮強姦拉致と悪逆を極めたが、これらはつまり賊どもが街を占領してそこから収益を吸い上げるような長期的な展望を持っていないことを示していた。

 魔王などと大層な名乗りを上げても、そこはただの巨大な野盗である。

 このままではいけない、とは誰もが思っていたが、ウィレスやオーレンの周りにいる人間は、その危機が眼前に来ているわけではない。

 彼らとしては、なんとか上手いこと折り合いをつけてしっかりとまとまった数の討伐軍を派遣するために日々努力しているつもりなのだが、より身近に危機を感じている者たちから見ると、どうしても自分たちに危険が差し迫っていないために悠長に過ごしているように思えてしまう。

 それらは、伯爵のところへやってきて、本当に伯爵は伏せっているのかと警護をしている親衛隊に詰め寄ってきた。

 彼らにすれば、伯爵が健在であればこんなことにはなっておらず、どこかで伯爵が倒れたと言っても大したことはないのではないか、と思いたい気持ちがある。

 それらを察することができたので、特別に伯爵の病臥する寝室に通してやった。彼らは身じろぎもしない伯爵の姿を見ると、嘆息した。

 とにかく、どっちでもいいから折れろ!

 中立を標榜する親衛隊員たちは、身も蓋も無くそう思っていた。

 伯爵の後継白紙、その後の昏倒という事態が、大いなる空白を作り出している。

 せめて、昏倒前の白紙の一件が無ければ、後継者たるウィレスを伯爵代理として皆が仰いで、迫る危機のためにオーレン派も渋々従ったかもしれない。

 この空白を埋めなくてはならぬ。

 この時期、ウィレスはアンバースの街に、そしてオーレンはアンリッドの街にいた。伯爵の城を挟んで位置し、城へはそれほどではないが、それぞれの街はけっこう遠い。

 伯爵が、二人をそれぞれの街の責任者として派遣し、統治者としての修業を積ませようとしたのであるが、この距離のせいで二人は長いこと顔を合わせていない。

 やはり、直に顔を合わせていないのがいかんのだ。

 と、いうことになったが、それを両派に働きかけることができるのは、差し当たって親衛隊ぐらいしかいない。

 高位の者は、既にどちらかの派に属しており、相手が虚心坦懐にその申し出を聞いてくれるか疑わしいものがあった。

 むしろ、伯爵の側近く仕え、中立を標榜し続けた親衛隊こそ、この役目を果たせる、という話を持ち込まれて、政治向きに関わりたくない親衛隊の隊長連は戸惑ったが、最終的には受諾した。

 どちらかの側に立つのではなく、あくまで両者の対面と和解を取り持つためであると自分に言い聞かせながら、親衛隊から両派へと使者を派遣した。

 その際に、どちらの身の安全もこちらが保証する、と請け合ってある程度の信用を得られたのは親衛隊ならではである。

 両派とも、事態がどんどん悪化して取り返しのつかない領域に入ってきているのは嫌でも理解しているし、我ながら、自分たちは疑心暗鬼に囚われているのではないか、とか自覚しないこともなかったので、その申し出を受けた。

 言われてみれば、ウィレスとオーレンの兄弟はもちろん、それぞれの取り巻きも特に伯爵の昏睡後は顔を合わせることがなくなっており、実際に顔を合わせれば迫りくる危機に対して団結することもできるのではないか。

 事態は好転するかに見えたが――

「とんでもない噂が流れたのです」

 ファルクは、肩を落として言った。

「噂?」

「まったく、ありえないことなのです。信じない者は大勢いました。しかし、信じてしまう者も、決して少なくはなかったのです。あの時は、みんな少しおかしくなっていたのです」

「その、噂というのはどういうものだ」

 アレンは相変わらず、さっさと言えよという気持ちをぐっと押さえて根気強く尋ねた。

「……オーレン様が、ウィレス様打倒のために魔王と手を結んだ、と……」

 口にするのも嫌だ、とでも言うように、ファルクは絞り出すように言葉を吐いた。

「は? いや、そんなことは……」

 ありえんだろう、と、アレンもそう思った。

「それで、ウィレス殿を追い落としてヴェスカウ伯爵になったとして、そんなものは長続きするわけがない」

 領内を散々に荒らして略奪、殺人、拉致を欲しいままにした連中だ。少なくない数の領民にとって肉親友人の仇である。

 それと手を結めば、それらの人はもちろん直接被害は受けていない遠方の人々の人心も失ってしまう。

 力で押さえつけようにも、それらの人々は自分の力で抵抗できぬのならば、すぐさま王都のメリナ王女にこのことを注進し、それを聞いた王女がそのような賊の力を借りた伯爵など認めるはずがない。

 そもそも、オーレンを熱烈に推している連中ですら、魔王を名乗る賊と手を組む、などと聞いたら大反対してどうしてもやると言うのならば、多くの者が離反してしまうはず。

「ありえん」

 もう、ありえん理由がいくらでも思いつくぐらいありえんのだ。

「ウィレス殿たちは、そんな噂を信じたのか」

 呆れを隠そうともせずにアレンが言うと、ファルクは自分が叱責されたかのように項垂れた。

「ウィレス様たちも、さすがにそれをそのまま信じたわけではないのでしょうが……直接会う話は、少し見合わせたい、と」

「疑心暗鬼は、魔王よりも恐ろしいな」

 溜め息を吐きつつ、アレンは言った。

 ウィレス派としては、出向いている間にアンバースの街をオーレンと気脈を通じた魔王に攻め落とされでもしたら大変だ、と念の為にと大事をとったのだ。

 少し延期して、その間に情報を集めて、やはりあのような噂は根も葉も無き流言であると確信してからにしたかったのだろうが……。

 突然の延期要請を訝しく思ったオーレン派が、それを知ってしまった。

 その噂自体は、彼らの耳にも入っていた。

 そして、それに激怒していたところであった。

 伯爵位欲しさに賊と手を結ぶ、などとは侮辱するにも程がある。

 いくら人の口に戸は立てられぬゆえの流言といえど限度がある。調査して、その出所を突き止め、首を刎ねてやれと轟々と怒りの声が沸き上がっていたのである。

 だが、その噂自体に対してはあまりにもありえない話なので、

「まあ、こんなの誰も信じないだろうが」

 と、思っていた。

 だが、それを信じた奴がいる。

 と、指差されたらウィレス派は信じたわけではないと言うのだろうが、聞いた瞬間ありえんと笑い飛ばすような話を、もしや……万が一……と思った時点で信じているも同然なのだとオーレン派は言うだろう。

「いったい、どこから出たのだそんな話……正直、ありえなさ過ぎて自然発生したとも思えんのだが」

 かの武勇の名高きヴェスカウ伯爵の領民たちは、いざとなれば伯爵が精鋭を率いてやってくるのだと安心もし、喜んで――とまでは言わぬまでも納得した上で税も納めていたのである。

 それが、伯爵が昏睡という非常事態であるとは言え、賊の我が物顔を許すこの体たらくである。

 こんなはずはない。なぜ軍はすぐに駆け付けて賊を討たないんだ。

 そんなありえない事態が起きているのには、とんでもない理由があるに違いない。

 そこからただでさえ絶望し悲観的になっている領民たちの想像力が、あろうことかオーレンが魔王と組んでいるからだ、というとんでもない話を産み出してしまった可能性は無いとは言い切れない。

 それでも、やはりちょっと突拍子も無いというか、飛躍し過ぎている気がアレンにはするのだ。

「結局、噂の出所は調査したのか?」

「はい、オーレン様の配下と、それから親衛隊からも人数を出して」

「ほう、それで?」

「結局、出所ははっきりとはわかりませんでした。ただ……辿っていくと、そこの地元の人間ではない旅の者が出所のようなのです」

「それは……策略ではないのか」

「はい……今から思えばそうなのかもしれません。しかし、その時にはそこまでは考えが及ばず……」

 ファルクは、無念という言葉を口にせずとも、それが滲み出るような表情をしていた。

「奴らを甘く見過ぎていました。ただの賊が、そんな策を仕掛けることはないだろうと」

 魔王による離間策――

 そのことに思い当らなかった自分たちを責めるように、横たわったファルクは、強く自分の腿を拳で打ちつけた。

 このことで、オーレン派が著しく硬化したため、直接会見は流れそうになった。

 それではいけないと思う者も多く、それらは水面下で接触していたようなのだが、彼ら自身は会見に合意していても、さてそれでは他の連中を説得できるであろうか、という段になるとお互いに自信が持てなかった。

 そして、この頃になって魔王の勢いが止まった。

 これまでは城館の方面へと進撃してきていたのに、それが止まったのだ。

「むう、ますます、臭いな」

 アレンの言葉に、ファルクが頷いて見せる。

 離間策が一定の成果を上げたのを見て、故意に進撃を止めたのではないか、とアレンは推測したのだ。

 どのように疑り合っていても、軍勢が刻一刻と近付いてくればそれが結束の後押しになりかねないからだ。

 その間にも、引き続き不穏な噂は流れ続けていた。

 話の骨子は変わらない。ウィレスが、或いはオーレンが賊と通じているというものであるが、いくらなんでも賊なんぞと手を組むというのはありえん、という空気を感じ取ったのか、微妙に細部に変化が見られた。

 曰く、賊の背後には他国がいて、それと組んでいるのだ。

 ヴェスカウ伯爵は、この地域の守りの要だ。その伯爵となった暁には、その他国に有利に運ぶように働く、ということで話がついているのだ、と。

 疑心暗鬼の跳梁跋扈はますます激しくなって、心ある者を嘆かせた。

 とにかく、もう多少強引でもよいから直接会見を!

 もう一縷の望みだ。それをやれば全ていい方に向かうさ、とは以前ほどには思えなくなっていたものの、とにかく顔を合わせねば始まらない。

 だが、ここでオーレンが部下の説得に応じそうな感じとなったのだが、ウィレスが拒絶してしまう。

 会見と言いつつ、その場で自分を殺すつもりであろう、とウィレスは叫んだ。

 理由はどうとでもつけられる。それこそ、ウィレスが賊とその背後の他国に通じていたという噂を元にでっち上げてしまえばいい。

 ウィレスが死んでしまえば、彼を担いでいた者たちは担ぐものを失って途方に暮れるであろう。

 そこへ、もうウィレス様はいないのだからオーレン様を皆で担ぐしかない。賊の脅威に対応するのを最優先にしよう、と言われれば仕方なしに従うしかない。

 でっち上げだ。ウィレス様の仇討ちだ!

 と、あくまで抵抗する人間を想定していない辺り、自分には人望が無いというのは妙な冷徹さで理解しているのは、彼らしいと言えば彼らしい。

 いやいや、お互いに供は同じ人数でと取り決めているし、親衛隊が伯爵へ捧げた忠誠にかけて会見の場での狼藉は許さないと保証しているのだから、と説得しようとしても遂には親衛隊も信用できぬと言い放つ始末である。

 それが聞こえて、オーレンも態度が硬化した。

 もう、完全にいつものパターンである。

 片方が歩み寄ろうとすると、もう片方がそれを拒絶するような素振りを見せてしまい、誠意をもって対応しようとしているのにその態度はなんだ、そんなに信用できんのか、と臍を曲げてしまう。

 だが、両者の取り持ちに奔走していた人間たちが絶望を感じざるを得なかったのは、どうもこの辺りでウィレスの精神的耐久力が限界を迎え、以降彼の方から歩み寄ろうとはしないのではないか、と思わせたためであった。

 そして――

 そんな状況下において、昏睡していた伯爵が目を覚ましたのである。

「よかった! これで……」

 ファルクたち親衛隊員は、手を取り合って喜んだ。これで、全て上手く行く。

 だが、長い昏睡を経ているのだ。以前のように行動できるだろうかという心配はあったが、数日安静にしているとベッドから起き上がれるまでに快復した。

 快復後、すぐには刺激を与えてはならぬとして黙っていた伯爵昏睡後の状況を説明すると伯爵は嚇怒した。

 いや、自分が眠っている間に起きた非常事態に対する家臣どもの不甲斐なさにお怒りを被るであろうとは十分に予想していたが、その予想を遥かに超えていた。

 すぐさま出陣して賊を討伐する、との仰せにその場にいた者たちは平身低頭して賊の数はもはや五千に達し、すぐに動員できる兵力では心許ない、ウィレス様とオーレン様を呼び寄せて全軍をもって当たるべきだ、と至極もっともな進言を行ったが、それもそんなに賊が膨れ上がるまで何をしていたという怒声を招いただけであった。

 このようなことになってしまった原因の一つに、伯爵が後継を白紙に戻した直後に昏睡してしまったことがあり、その辺りは家臣を一方的に責めるのは酷であったが、いつのまにやら自分の領内がそんなことになっていたのをいきなり知って激怒した伯爵は、そのようなことまで気が回らなかったし、なによりそれを受ける家臣たち自身が伯爵の「留守」を守れなかったという気持ちになっており、低頭するばかりであった。

「ウィレスはともかく、オーレンも動いておらんのか」

 苦々しく、伯爵は言った。

 この言葉は、このような解決に武力を必要とするような事態に対しては、ウィレスはともかくオーレンに対しては伯爵は期待をかけていたことを示していた。

 オーレンとしては、賊がまだまだ小規模の時期に自分に従う兵士だけを引き連れてでも討伐に赴こうとしたのだ、と言いたいだろうが、結果としては往っていないのだからどうしようもない。

 その時、ファルクは伯爵の側にいて、その顔を直に見たのだが、その顔は絶望に染まっていたと言う。

 この瞬間、伯爵の中ではウィレスはもちろん多少期待していたオーレンすらも、やはり王国の要たるヴェスカウ伯爵には相応しくない、と断定が行われたのであろう。

 だが、とにかくウィレスとオーレンを……正確には彼らに従っている兵士たちを呼ばねばならない。

 目覚めた伯爵の命令である。

 誰も彼も逸早く駆け付けねばと参集してくるものだと、伯爵自身もファルクたち親衛隊も全く疑っていなかった。

 だが、動きがどうも鈍い。

 すぐにでも賊討伐に往きたい伯爵は、その鈍さにまた激怒した。

 話に聞いただけの伯爵には、ウィレスとオーレンの間に飛び交う疑心暗鬼の強さを芯から理解できていないところがあった。

 この鈍さを、自分への不服従――自分の影響力の低下と感じた。

 ウィレスもオーレンも、互いの出方を窺っていわばお見合い状態になっていたのであるが、伯爵の命令に一時的にとは言え従っていないのは事実であり、それは確かに伯爵の影響力低下であると言えぬこともなかった。

 これが、実際に目の前に伯爵がいての命令であれば、二人とも考える前に従ったであろうが、随分長いこと伯爵と会っておらず、自分たちの考えで行動することに馴れてしまっていた。

 それは見方を変えると、伯爵の命令にひたすら盲従する状態からの脱却であると言えるのだが、この場合は、よくなかった。

「二人とも来ぬか」

 伯爵は、念を押すように言った。

「いえ、来ないというわけではありませんが……」

 二人とも、決してはっきりと命令を拒絶したわけではない。

 色々と理由を構えてすぐには来ないというだけで、行かない、とは言っていないのだ。

 理由としては、賊の勢いの強さを挙げて、しっかりと準備をしてからというものがあった。

 準備など常にできていなければいけない――と当然のように考えている伯爵にとってはそんなものは理由にならないので、どうしても行かないことの言い訳にしか思えない。

「そうか、来ぬか」

「あ、いえ……来ぬというわけでは……」

 今少しお待ちを……という諫言を、伯爵はもはや耳に入れてもいなかった。

「よろしい。それならば親衛隊だけで出陣する。明日の朝だ」

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