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疑心暗鬼

 隊長たちの危惧は嫌というほどにその通りになった。

 愚直に本当のことを言っているだけなのに、その本当のことがどうしてもオーレン派を利する内容であったため、かねてからの中立宣言も虚しくなった。

 だが、ならばそれ以外の方法があったのかと言うと、無いのだ。

 この状況で沈黙は許されないし、後継白紙のことなど伯爵は言っていなかった。と嘘をついたところで既にオーレン派がその気な以上は事態が紛糾するのは変わらず、その上に怒り狂ったオーレン派から、嘘つき、という正当な罵詈雑言を浴びていただろう。

「親衛隊はどちらにも与さぬ。伯爵の御快復をひたすら待つのみ」

 それしかないと思い定めた親衛隊の隊長連は、愚直の見本のようにそれだけを言って、ファルクたち隊員もそれに倣った。

 あまりにも頑なにそれだけ言い続けていると、さすがにウィレス派の中から軟化する者も出て来る。

「本当に、親衛隊があちらにつく、ということはないのだな?」

 何度も、しつっこく尋ねてくるのに、何度も何度も、ない、と答え続けた。

 ウィレス派はようやく親衛隊中立のことを信じて、ほっと安堵した。

 そもそも、家中より選りすぐられた精鋭部隊である親衛隊が敵方につく、などというのは、起こって欲しくない凶事である。

 信じた――というよりも、正確にはそう信じたかった、というべきであった。

 ただでさえ、オーレン派には武功ある歴戦の兵が多い。もしも両派が武力衝突に及ぶのならば有利なのは、どう考えてもオーレン派だ。

 その上に、親衛隊までがあちらについたら――勝ち目は無い。

 その未来図を想像して戦慄していたウィレス派の者たちは、どうやら親衛隊は本当に中立のようだと思うと、一時の恐慌状態から脱した。

 一方、オーレン派は意気軒高である。

 元より、彼らは親衛隊の動向に、そこまで気を揉んでいない。あちらにつかずに中立ならばそれでよし、である。

 だがしかし、その意気に少々冷水がさされた。

 オーレン派の人数が頭打ちなのに比べ、意外に、この期に及んでウィレス派を表明する者が増え始めたのである。

 意外な――とは、当のウィレスでさえ思ったのだが、これはオーレンが好み、敬意を払う相手が武功者に限られていたために、そこから外れた者が、オーレン様が次期伯爵になっては我らはどうなるか、と危惧を覚えたためであった。

「とにかく、今は伯爵の御快復を祈ろう」

 という声には、逆らえる者はおらず、裏面での対立はともかくとして、家中のどこかしこも祈りの声が満ちた。

 一日、二日、と時が過ぎていく。

 昏睡状態が長引くにつれて、もはやこれは……という声無き声が、そこかしこで囁かれる。

 三日、四日、と伯爵の意識が戻らぬ日が続く。

 伯爵――目を覚ましてください。

 護衛として、その枕頭に佇立している親衛隊員たちは、それこそ心の中で祈り続けていた。

 敬愛する伯爵が死の淵にいる。なんとか回復してもう一度元気な姿を見せて欲しい。

 という思いが一番に来ているのは当然のことながら、若い彼らでもここ数日の家中のありようを見て、後継を白紙にした状態で伯爵が昏睡しているのが、どれだけまずいことなのか察している。

 目を覚まして、後継をどちらにするか決めてください。でないと――

 とにかく、伯爵が決めれば、おさまるのだ。

 不穏な情勢になりつつも、両派とも――特に武力に優り、それを誇ってもいるオーレン派がそういった実力行使に訴えないのは、伯爵の目覚めを待っているからだ。

 もしも、そのような軽挙を犯した後に伯爵が目を覚ましたら、自分が意識を失っている間に勝手に兵を動かして兄を討とうとしたオーレンのことを決して許さないだろう。

 なぁに、一旦白紙に戻したということは、よほどウィレス様を物足りぬと思し召してのこと、目を覚まし、よくよく考えればオーレン様の方が武門の名家たるヴェスカウ伯爵に相応しいという結論になるに違いない。

 と、彼らは思っていたから、伯爵の御快復を待つことがすなわち自分たちの勝利であるとして、わざわざそのような危険を冒す必要は無いと考えていた。

 実はウィレス派も後継白紙の一件は、伯爵の気持ちがオーレンの方へ傾いている証であろうか、と不安に思っていたりする。

 その不安は、伯爵の快復を祈りつつ、もしそうなって伯爵がオーレンを後継に定めたらどうしよう、という気持ちを生んでいた。

 だが、だからと言って兵を挙げようなどという考えを起こす者はいない。

 そんなことをしても、オーレン派が、向こうから戦端を切ってくれるとは好都合とばかりに嬉々として反撃してくるのが目に見えている。

 ウィレス派は、オーレン派よりも数でこそ多いものの、既に幾度も述べたように勇猛な兵の数は、あちらの方が多いのだ。戦闘になれば、勝てる見込みは無い。

 そんなことから、親衛隊を味方につけよう、と思い立って接触してくるウィレス派の者が後を絶たなかった。

 中立だって言ってんだろ!

 というのを、柔らかく表現して断固として拒絶されると、いよいよ実力行使などとは考えられなくなった。

 ウィレス派は、結局は、現在の勢力を維持しつつ、伯爵の審判を待とう、というところに落ち着いた。

 オーレン派に比べて、軍人の比率が少ないウィレス派は、武力という土俵に上がれば不利なのは否めないが、それは言い換えれば、幅広い層から支持を受けている、と言えないこともない。

 伯爵自身は武人であり、もっとも得意とするのは戦争であったが、それだけで伯爵をやってこれるものではない。

 領地の統治にあたっては、それ以外にも大切なものがあることは重々承知しているはずであり、そのバランス感覚からすると、オーレンの持つ偏りを後継者としては不適当であると考える可能性はあるのだ。

 伯爵の意識が無くなって五日目――

 ファルクは、その日、当番で伯爵の眠る部屋にいた。

 そろそろ交代か、と思っていると隊長がやってきた。

 伯爵の昏睡が長引くにつれて、おれも伯爵のおそばに、と普段は護衛任務にはつかない隊長が時々やってくることはあった。

 この時もそれかと思ったが、そうではなかった。

「まだ、お目覚めにならぬか」

「はい」

 目覚めれば、当然のことながらそのことを知らせるために人が走り回るはずで、そのような喧騒が見られぬ以上、伯爵は眠り続けているのはわかりそうなものであったが、隊長はもしやと一縷の望みを託して尋ねたようであった。

「そうか……」

 少し、様子が深刻に見えた。一体どうしたのか、とファルクばかりでなくその場にいた他の親衛隊員も訝しげであった。

 それを察したのか、隊長は声を潜めて言った。

「領内に、賊が現れて、辺境の集落を襲っているらしい」

 それを聞いて、ファルクたちは反射的に一歩前に出ていた。

 ヴェスカウ伯爵の領内を荒らすなどとは命知らずにも程がある。即座に軍を差し向けて誅戮すべし、と彼らの放つ気が語っていた。

「数はそれほどでもないし、高レベルの者もいないようなのだが、頭目が相当に腕が立つそうだ」

 そんなもの、と鼻で嗤う勢いでファルクたちは出陣を乞うた。腕が立つ、大いにけっこう、相手に不足なしだ。

「おれも、そうしたいのはもちろんだが、伯爵が……」

 親衛隊は、常に伯爵とともにあり、その手足となって働くものだ。

 肝心の伯爵が伏せっていては、動くに動けない。

 ファルクたちが、歯ぎしりせんばかりに悔しそうにしているのを見て、隊長は、腕が立つと言っても、所詮は守備兵がいないような集落を荒らしている鼠賊だから、そのうちに付近の守備隊が討ち取ったという報が入ってくるさ、と慰めた。


「事情とは、それか」

 ファルクの話を黙って聞いていたアレンが言った。

「そういうことか」

 ヴェスカウ伯爵らしからぬ行動、と思っていたがこれ以上もなく納得できた。要するに意識不明でなんら行動ができなかったのだ。

「しかし、賊が横行するのをいつまでも許しているわけにもいくまい」

 アレンの言葉に、ファルクは頷いた。

 守備隊も蹴散らされ、被害報告が続々ともたらされるに及んで、さすがにこれは放置できぬ、ということは誰もが理解した。

「おれが行く」

 と、名乗りを上げたのはオーレンであった。

 伯爵が昏睡している非常事態に起こった乱である。軍事力をもっておさめねばならぬ事態なので、人々は、自然とウィレスではなくオーレンに期待していた。

 まさに、その期待通りにオーレンが立った。

 それでこそ、武門の跡取りよ、とオーレン派はこの決断を褒めそやしつつ従軍しようと士気盛んであったが、ウィレス派があまりに静かなのに、幾人かが危惧を抱いた。

「まさか、我々が賊を討伐に赴いた隙に、実力行使に出る気では?」

 オーレンが武勇に長けた者たちを引き連れて出征して、オーレン派の武力が極めて薄弱となったところで兵を挙げ、伯爵の身柄を確保してしまう。

 後は、どうとでもできる。伯爵が意識を取り戻してウィレスを改めて後継に指名した後に再び昏睡状態になった、と言ったとしてもその場にいなければ否定しようがない。

「ここは、少し探ってみましょう」

 という提案を、オーレンは承諾した。

 オーレンの正式な使者が、ウィレスの元へと奔った。

「我ら兄弟、最近は色々とあったが、父上が意識不明のさなかに賊が領内を乱すという一大事が発生した。ここは力を合わせてことに当たるべきだ。ついては、私は兵を率い、賊の討伐に向かうつもりなので、兄上も一緒に往こう」

 と、いかにもこの困難に日頃のいがみ合いは忘れてともに立ち向かおう、という常識的かつ美しき申し出であった。

 だが、その使者に会ったウィレスは即座に拒否した。

「オーレンに任す。オーレンだけで行け。オーレンは日頃から武勇を自慢しておったではないか、今こそそれを見せる時ぞ。オーレンに任す」

 少々、ヒステリックなほどな拒否っぷりであった。

 それを受けて、使者は、内心深く頷くものがあった。

 使者は、馳せ戻ってオーレンに復命した。

「やはり、ウィレス様はなんとしても我らだけを討伐に行かせようとしております。態度が不自然です」

「うぬ、そうか」

 オーレンは、さもありなん、と上方の何もない空間を、そこにウィレスがいるかのように睨みつけた。

「残念だが、そういうことならば出陣は取り止めだ。術中にハマるところであったわ」

 武勇の見せどころを切望していたのは偽り無き本心であったので、そこは本当に残念そうにオーレンは言った。

 一方ウィレスは、使者が去ってから、頻りに左右の者に、

「そういうことは、オーレンに任せておけばよいのだ」

 と、言った。

 実のところ、彼は、とにかくひたすら戦争などという恐ろしいものに参加するのが嫌だったのである。

 つまり、オーレンたちが勝手にウィレスのことを、自分たちに罠を仕掛ける策士と見誤ったのである。

 そこへ、ウィレス派の連中が何人か、息を乱しつつやってきた。

「ウィレス様、辺境に出没している賊を討伐するために、オーレン様が兵を準備しているそうですぞ」

「ああ、そのことか」

「既にお耳に入っておりましたか」

「今、オーレンからの使者が来てな」

「え?」

 思わぬ返しに、呆けた声が出る。

 ウィレスから、使者の口上と、それへどう返答したかを聞いて、彼らは嘆声を放った。

 彼らは、このままではオーレンが賊討伐の功績を独占して、家中の信望が集まるのを恐れていた。

 ただでさえ伯爵が伏せっていて、不安が漂っているのだ。

 そこで、オーレンが目覚ましい武功を挙げれば、彼の粗暴さや人材の好みの偏りをよく思っていなかった者でも、欠点はあるが、やはりこの武勇こそヴェスカウ伯爵の跡取りに相応しいのでは、と転んでしまう可能性は高い。

 それをさせぬために、こちらも兵を出して、功績の独占を許さず、できることならば敵の頭目を討ってしまいたい。

 なにもウィレスが陣頭に立って戦う必要は無く、後方に構えていればよい。部下が首をあげれば、それはウィレスの手柄となる。

 それを聞いて、ウィレスはとんでもないと首を振った。

「しかし、なぜオーレン様は、わざわざウィレス様を誘って来たのだ」

 一人が、そう疑問を口にした。

 言われてみれば……と皆、怪訝な表情になる。

 彼らが心配していたのは、オーレンが功績を独占することだ。そのために、ウィレスを出し抜くために自らの一手で速やかに出陣するだろうと思っていた。

 それが、ウィレスを誘ってきた。そこで、よしわかったとウィレスも出陣したらどうするつもりだったのか。

「いや、それこそが目的ではないか」

 まず、賊の規模は正確には判明していないが、それほど数が多いというわけではない。

 それにしても、それに対する兵は多い方がよいのには間違いない。むしろ、取るに足らぬ賊と侮ってかかって返り討ちに遭っては目も当てられない。

 そこで、ウィレスの兵と自らの兵を合わせて、兵力的に必勝の態勢を作る。

 その上で、いざ戦闘となったら、ウィレスよりも活躍する自信があるのだろう。

 後方にいるウィレスと、陣頭指揮をとるオーレンと、その姿を同じ戦場で見れば、人々はオーレンの方に頼もしさを感じるのではないか。

「それだけであろうか」

 と、さらに憶測を述べる者がいた。

「戦場では、何が起きるかわからんもの。不慮のことは付き物じゃ」

 そんなことは当たり前ではないか。何を言っておるのか。

 そう思った顔たちが、次第にその意を了解して青ざめる。

「いや、まさか」

「そこまでは……すまい」

「いや、しかし……」

 彼が思う不慮のこととは、戦場の喧騒に巻き込まれてウィレスが死ぬことであり、それをオーレンが故意にそうなるように誘導するのではないか、ということであった。

 まさか、そこまでは――

 と言いながら、もしや、という心情が否定できない。

 彼らと、オーレン派の冷戦も随分と昔から続いている。

 伯爵が健在であるうちは、あくまでも冷戦の範囲内であり、そこから逸脱することを自ら戒めているところが両派にあった。

 だが、伯爵が倒れ、その不明が長く続くにつれて、どうしても、

 お歳もお歳だし、或いはこのまま――

 と、思わざるを得なかったし、そうなれば、相手側がなにか仕掛けて来るのではないかという疑心暗鬼も生じた。

 どのような理由があろうとも、勝手に兵を動かして武力を行使するような行為は伯爵は許すまい。やれば、自動的にやった側が後継候補から滑り落ちる。

 それゆえに、そのようなことはすまい。オーレン派とて同じ理由でできまい。

 と、ウィレス派は伯爵の存在によって、かなりの安心を得ていた。

 それが無くなると、もともと武力では劣っているという自覚があるだけに、もしや……と思ってしまうのだ。

 そもそも、このように事態が紛糾しているのは、なんと言っても伯爵が昏睡する直前に後継を白紙に戻したことによるものだ。

 そして、伯爵自身は前々から考えていたことだ、と言っていたらしいが、それを口に出して表明したのは、オーレン派が押し掛けて懇願したことが切っ掛けには違いない。

 この時点で、ウィレス派にとってみれば、あいつら思い切ったことをしたな、という驚愕混じりの感情がある。

 伯爵がしっかりと意識を保っていた時に、既にそのようなことをしているオーレン派なのだ。

 伯爵がこのようなことになって、ますます思い切ったことをしてくるのでは、という危惧を抱くのも無理からぬことであった。

「しかし、どうする」

 オーレンは、ウィレスが来ないというのならば、それはそれでよしとばかりに自分たちだけで出陣し、賊を討って武名を誇示するだろう。

 ウィレスとしては、それはそれでまずいのである。

 やはり、危険はあるが前言を翻して共同出兵の提案に乗って兵を出すべきだ。

 と、そこまで話して、誰言うともなくウィレスを見ると、彼らが推している人物は、逸早く察して、ぶんぶんと首を横に振っていた。

 屈強な兵士が全てオーレンに着いているわけではない。こちらにも腕に覚えのある者は多い。その者たちでしっかりと守りますから、と懇願したが、ウィレスは首を横に振る以外の行動ができなくなったような有様である。

「まあ、すぐに決めぬでもよかろう。今日は疲れた」

 やがて、説得する側が疲れた瞬間を見計らって、ウィレスは逃げて自室に引っ込んでしまった。

「どうしたものか……」

「ううむ……」

「どのように説得すればよいであろうか」

 と、頭を悩ましていた連中のところに、翌日、思ってもいなかった朗報が入ってきた。

「オーレン様が出陣を見合わせるようだ」

 オーレンがさっさと出陣し、手柄を上げてしまうことを恐れていた彼らにとっては朗報には違いないが、なんでそんなことになるのかがわからずに、不気味さが先に立った。

 その報をもたらしてきたのは、オーレン派を装って潜り込ませている密偵だった。

 数日後、その密偵が理由を報せてきた。

 突然の出兵中止が通達されたが、既にやる気になっていた兵士たちはとてもそのような一方的な命令ではおさまらずに、すぐ上の上官に対して凄まじい突き上げが起きた。

 そのクラスの連中も、詳細を説明されていたわけではなく、彼ら自身もおさまらぬ気持ちであったので、下が不平を鳴らしている、このままでは押さえ切れない、と、むしろ最初から押さえる素振りも見せずに、自分もその上を突き上げた。

 結果、これはちゃんと説明せねば、以後上からの命令が重んじられず統率に不備を生ぜしめる可能性すらある、ということになり、兵士たちに説明があった。

 密偵は、それほど身分が高くなく、ほとんど一兵卒であったが、そんなわけで理由を知ることができ、それを報せてきたというわけである。

 ウィレス様にお企みあり――

 という。

 オーレン様が我らを率いて出征した隙を衝いて、伯爵を確保し、後継指名を受けたと称して、それに逆らえば反逆者である、とする姦計あり――

 その報告を受けて、ウィレス派の重臣たちは愕然とした。

 伯爵を確保して――と肝心のところはぼやかした感じだが、これは要するに昏睡状態の伯爵を幽囚の身にして、伯爵がこのようにおっしゃった、と言ってもいないことを言ったと称して好きな命令を出す、ということだ。

 彼らは、眠り続けている伯爵――わが主君に対して、そのようなことをしようとするほど、神経が図太くも、ツラの皮が分厚くもなかった。

 正直、聞いた時には、

 あ、その手があったか――

 と、思ったりしたのは事実ではあるが、断じて自分たちの頭からはそのような不埒な策略は考えつかなかった。

 それだけに、あいつらなんということを考えるのか、と驚き、そのようなことを考えるということは、あいつら自身がそういう策を秘めているのであろう、と憤った。

 要するに、疑心暗鬼がさらに深く、強くなったのである

 他ならぬ、オーレン派こそがそういった暴挙に及ぶのではないか、という恐れは一度芽生えると、あっという間に成長して根を張り、葉を茂らせた。

 武力に優越するオーレン派ならば、出陣して手薄になったところを……などと悠長なことを言わずとも、今すぐにでも遂行可能ではないか。

 それを思い、愕然としたが、伯爵は親衛隊が守っているから大丈夫だろう、と希望的観測を述べる者がいた。

 だが、疑心暗鬼の強さは、その観測をいつまでも希望的なものにしておかなかった。

 親衛隊は中立を標榜しているが、念の為――

 と、ウィレス派の者が、今一度確認しに来た。

 それを迎えた隊長は、話を聞くと怒るよりもうんざりとして、そのようなことは我々が許さないから心配無用、と答えた。

 カッと来たのは、その場にいたファルクたちヒラの隊員たちである。

 伯爵は自分たちがお守りしているから、悪心を抱いた一部奸臣などの好きにはさせぬと口々に――まるで、その連中がその奸臣であるとでも言いたげな剣幕で迫ったために、彼らは恐れをなして逃げるように去った。

 伯爵、早く目を覚ましてください――

 ファルクたちは、一層強く、祈った。

 伯爵の意識が無くなってから、日を追うごとに家中の雰囲気は悪くなる一方だ。以前はどのように両派が対立しようが、ここまでにはならなかった。

 だが、ファルクたちの祈りは通じなかった。

 そして、賊がもたらす凶報は、日に日にその悲惨さを増していくのであった。

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