動揺
ファルクの話を、恵一は壁に張り付くように部屋の隅に立って聞いていた。
聞いていて、最初は、怠け者で頼りないウィレスなどさっさと排して武術に励むオーレンを後継ぎにすればいいのに、と思った。
優れている者を後継ぎにすれば、家臣も領民も喜んで全て上手くいくだろう、と極めて単純に考えていた。
だが、話が進んでいくにつれて、オーレンの粗暴さは困ったものだ、それならウィレスの方がマシなのでは、と思った。
で、結局最終的には、どっちもどっちだなあ、というところに嫌でも落ち着いた。
伯爵が、決断できなかったのも、結局はそれである。
どちらかが極端に秀でていたり、劣っていたりするわけではないので、決めることができなかったのである。
一年二年と時が過ぎていった。
だが、伯爵が特に行動を起こさないということは、後継ぎは誰かと言えば、それはその時点ではウィレスなのだ。
そういう意味では、ウィレスはやはり先に家臣へのお披露目と後継の宣言を済ませていたのは有利な点であった。
オーレンの陣営は、そのことに切歯扼腕したが、実はそのことはそう悲観したものでもなかった。
それはウィレスの性質である。
そう、伯爵が行動を起こさず静観し、後継ぎは自分である、という状態が続くと、段々と気が緩んでせっかく好評を勝ち得ていたポーズをダラダラと止めてしまうのである。
殊更冷たくなったというわけでもないのだが、以前のような、それを受けた者が感謝感激して、それを聞いた者がウィレス様の慈悲深さこそ次期当主に相応しいと胸を弾ませるような美談が無くなってしまった。
母も、ウィレス派の家臣も、そんなことではいけないと尻を叩くのだが、そうなると根っからの怠惰さが彼を不動にしてしまう。
そんな話が聞こえてくると、伯爵も、なんじゃあれは一時的な演技だったのかと、見直していただけにさらにウィレスに幻滅してしまう。
そして、そんなところへ、オーレンより軍歴軍功があるのに身分が低いままの兵士が何人かいるので引き上げてやって欲しい、という陳情などが来ると、もともと武の人だけにそれを喜び、
「オーレンの兵卒の端までの目配りよきことよ」
と、彼への評価を高めてしまう。
そんなこんなで、どちらがよい、とも決め切れぬままにさらに年月は過ぎ、遂に伯爵も七十の大台に乗った。
さすがに、健康を維持はできなくなってきて、毎朝の剣や槍の鍛錬も休みがちになってしまい、
「恐れ多いことながら……もはや」
と、いよいよ次代のことへ家臣たちが思いを馳せ始めた。
伯爵は、依然としてカリスマではあった。一度立ち上がり号令すれば、家中はこれに従う。
だが、伯爵自身が、少し衰えたりとは言えどまだまだ自分は死なぬ、と自信を持っているのとは裏腹に、家臣たちは、もう長くないのでは、と思ってしまっているのだ。
さらには、身体の衰えは頭の――つまり判断力の衰えにもなっているのでは、と伯爵が聞いたらそんなことはないと怒鳴りつけそうなことまで慮っていた。
そこで、動いたのはオーレン派である。
そのような不謹慎なこと誰も口には出さぬが、伯爵がある日突然逝ってしまえば現時点で後継ぎに指名されているウィレスが後継となる。
ウィレスとしては、このまま何事も起こらぬ方がよい。
いつでも、先に動くのは、このままでは不利だと思った方である。
オーレンを支持する者たち――先に述べたように彼が武功ある者を尊敬していたためにそういった者が多い――が連れ立って伯爵のところへ押し掛けた。
なにとぞ、オーレン様を後継に、と必死になって彼らは懇願した。
伯爵の居室に入りきれずに溢れたそれらは、何事ぞと駆け付けた者たちを遮ることになった。
恐れながらとウィレスの軟弱なことを挙げ、次いでオーレンの武勇を挙げた。
オーレンの個人的武勇は大したことはないのだが、こうやって歴戦の兵士たちにここまでさせるぐらいにその信望を得ている、というのは事実ではある。
――こいつらが、全てオーレンをここまで強く支持しているのか。
というのは、少々衝撃をもって伯爵には受け止められた。
そして、伯爵とて悩み続けていたのである。
「……そのこと、わしも考えていないわけではない」
と、ぽろりと言ってしまった。
「一度、ウィレスの後継のことは白紙に戻し、改めて両者を比較検討すべきではないか、と」
波のように、押し掛けた陳情者たちの間に希望に満ちた声が広がった。
「是非! 是非そのように!」
口々にそれを懇願する。
元々の望みは、もちろんウィレスの廃嫡、オーレンの後継指名であったが、一旦白紙に戻す、というだけでも十分過ぎる成果だ。
間違いなく、オーレンよりは上の位置にいたウィレスが同じ位置にまで下りてくるというのだから、実質オーレンが上がったのと変わらない。
「恐れながら、ウィレス様が後継に指名された時、オーレン様はお生まれもしていませんでした」
兵たちの一人が言った。
「今のお二人を伯爵が見極めて決断されるのならば、我々はそれに従います」
確かに、そうなのだ。
オーレンがまだこの世にいない時に、ウィレスが後継指名され、その状態が現時点まで続いてきているのである。
オーレンを推す者たちにしてみれば、今一度今の二人を並べて考えて欲しいというのが本心である。
それに伯爵は頷き、満足した押し掛け者たちは、明るい声で話しながら去って行った。
後に残されたのは、深く何かを考え込んでいるふうの伯爵と、ことの成り行きに着いて行けずに顔を見合わせるばかりの数人の親衛隊であった。
そして、その数人の中に、正にファルクがいたと言うのである。
親衛隊は、輪番で常に何人かが伯爵の護衛として側にいるのが常であったが、まさか自分の番の時にこのようなことが起こるとは思っていなかった彼らは困惑するしかなく、誰が言うともなしに一人がそのことを親衛隊の上位者へと伝えに走った。
「は、伯爵」
ファルクは、声もなく立ち竦んでいたが、同僚の一人が勇を奮っていかにも思案を邪魔するなとばかりに沈黙している伯爵へ声をかけた。
「ほ、本当に、後継について白紙に戻すので、ありますか?」
「ん? ああ」
伯爵は、別段怒ったりはせずに、声をかけられて初めてまだ部屋の中に人がいるのに気付いたかのような態度だった。
「……行き当たりばったりで、流されて言ったことではない。前より考えていたことだ」
尊敬する主君にそう言われては、左様ですかと言ってファルクたちではそれ以上は何も言えない。
しばらくすると、親衛隊でも隊長クラスの者が何人かやってきて、後継白紙の件を再び伯爵に問い質した。
「うむ」
はっきりとした肯定を返されて、彼らは呻いた。
「なぜ、今になって。ウィレス様にもオーレン様にもそれぞれ善きところと……恐れながら悪いところがおありですが、特にオーレン様が際立って良いとも思えませぬ」
「そうです。これでは、オーレン様を推す者たちがいきり立ち、ウィレス様を推す者たちと衝突するやもしれませぬぞ」
「そうなっては、一大事です。ヴェスカウ伯爵家で内輪もめなど、王都に聞こえたら病床の王と、摂政殿下の御心痛いかばかりか」
さすがに、親衛隊で上位にいる者たちなので、けっこう思ったことを遠慮無しに言う。
「心配は要らぬ」
伯爵は、それらに怒声を浴びせたりはせずに、むしろ彼らを宥めるように言った。
「皆も気付いておろうが、七十の声を聞いてから、急激に体の調子がよくない。後継のことがどうしても心残りじゃ」
伯爵自身の口から、はっきりと健康への不安を聞いただけで、その場にいた親衛隊の連中は慄然とした。
「今一度、よく考えてみたいのだ。奴らの言う通り、ウィレスを後継にした時にはオーレンは産まれておらん……産まれるなどと全く思ってもいなかった」
色々あって、どちらにも物足りぬものを感じている伯爵ではあるが、思えば既に後継指名済みのウィレスがあからさまな大失態をしないことを理由に、現状維持を続けてきた。
「だが、それでよいのか、と思うのだ。一度、二人を全く同じ目線で評価し、考えてみたいのだ」
伯爵は、譲れぬ意志を宿した眼光で、それに射られれば、隊長連と言えどもそれ以上は何も言えない。
「ウィレスとオーレンをそれぞれ推す者が衝突するやもしれぬ、という心配も無用。もしも、わしの決定を待たずにそのような軽挙をする者があれば、わしが直々に命じるゆえ、お主らが討ち取れ」
「ははっ!」
思わず、隊長たちはいつものように――軍令を受けた時のように了解し、ファルクらも慌ててそれに続いた。
「どうしても、どちらもその重責に堪えうるものではないと思ったら、王にお願い申し上げてこれはと言う人物を推薦してもらおう」
伯爵は、何気なく言ったが、その言葉に、隊長たちは今まで以上に色めき立った。
「そんな、立派な御子息が二人もおられるのに、それは……」
彼らは、血統こそ正統という考えを当然のものとしており、それからすると伯爵の言うことはあまりにも――突拍子も無い、と言っていいほどであった。
「ヴェスカウ伯爵家は、王国の要。弱くなれば、それだけ王の威信も弱くなる。そのようなことは見過ごせん」
と、言われても、やはり伯爵の血を引く直系の者がいるのならば、それに仕えたい――例え、それがいまいち物足りぬ者であっても、だ。
実を言えば、本心では、伯爵が選びたいのは、その第三の答えなのかもしれない。
だが、伯爵とて血統を残すことを優先する――すなわちウィレスかオーレンのどちらかを選ぶべきだという意識はある。
ただ、どちらもが伯爵の評価基準からすると低空飛行で張り合っている現状では、いっそどちらも選ばずに、というのが愚痴のように口をつくのは仕方ないことであった。
「一人で、考えたい。少し外してくれ」
伯爵にそう言われて、目配せしつつ、言葉もなく部屋から退出した。
部屋から出ると、その扉の前で隊長たちが顔を突き合わせて唸った。
「とにかく、伯爵の御決断を待つのみだ。そして、それに従うのみだ」
「ああ、そうだな」
一人が言うと、他の連中もそれこそが答えだと言わんばかりに頷いた。
そもそも、親衛隊は後継争いの冷戦に関しては、意図的に中立を貫いているところがある。
隊長たちは事あるごとに、我々親衛隊はその時の伯爵の命に従えばよい、次の伯爵がどなたになるかなどは気にせんでよいし、それを左右しようなどと考えるのはおこがましいというもの、と言っていたし、それを聞いたファルクたち隊員も、努めてウィレスとオーレン、どちらが次期伯爵に相応しいか、などということは考えないようにしていた。
「あのう……」
恐る恐る、ファルクの同僚の一人が声をかけた。
「なんだ」
「今の伯爵のお言葉、人に聞かれたら教えてよいものでしょうか」
「む……」
と、またも低く呻いて、隊長たちの即席会議が始まった。
状況からして、既にオーレン派の連中が後継は白紙だと大喜びで触れ回っているはずであり、ウィレス派がそれを知るのも時間の問題だろう。
自派に不利なその話を容易に信じず、伯爵本人へ確認する度胸も無い者は、その場にいたオーレン派ではない者、つまりはファルクたち親衛隊にことの真偽を確認してくる、ということは大いにあり得ることだ。
その時にどう答えるべきか――
「隠しても仕方あるまい。伯爵のお言葉をそのまま申し上げろ……あ、いや、最後のどちらも選ばずに王の御推薦で、という話は言うな、絶対に言うな」
結論としては、そういうことになった。
ファルクたちとしても、最後の「第三の答え」については、そんなことが知れたらどちらの派も大いに動揺して、何が起こるかわかったものではない、という程度のことは嫌でも想像できたので、隊長に強く緘口令を布かれたのを、むしろ救いと感じた。
隊長たちは、他の隊員を呼び集めて彼らにもファルクたちへ言ったことと同じことを告げるべし、とその場を足早に去って行った。
「おい……いったいどうなるんだ」
「伯爵の御決断を待つしかないだろう」
「そうだ。それに従っていればいいんだ」
いつもは、伯爵の護衛中に私語など絶対にしないのだが、その時ばかりは部屋の外に出されて目の前に伯爵がいないということも手伝って、小声で会話を交わしていた。
「伯爵が決めることだ。我らはそれに従えばいい」
結局は、その結論しかなかった。臣下の身で後継問題にあれこれ口を挟むのは言うまでもなく僭越の沙汰であったし、伯爵の決めたことにならば多少不平があったとしてもそれを押さえて従うのに異存は無かった。
そして、その意識は彼らだけでなく、ヴェスカウ伯爵家に仕える一同の多くに共通するものであることも容易に想像ができる。
伯爵が決めれば、それに皆服して家中はまとまる。
不平を押さえ切れずに、伯爵に逆らうような行動に出る者などいないだろうし、万が一いてもごく少数に違いなく、それこそそのような連中は伯爵の命を受けた自分たちが討伐してやる。
大丈夫。結局は伯爵健在なれば、動揺は最小限で済む。
そう思うことで幾分不安を振り払ったファルクたちは、いつもと同じく乱れぬ勤務態度を取り戻して、交代時間まで身じろぎもせずに扉の前を守っていた。
やがて、時間が来て、交代の連中がやってきた。
彼らは、あの後すぐに集められて隊長から話をされたらしく、委細承知していた。
後を任せて自分の部屋にでも戻ろうとして、ファルクはふと思ったことがあり、立ち止まった。
「どうした?」
「いや……伯爵がお一人になってだいぶ経つな」
ファルクが気にかかったのはそのことであった。もう二時間は経っている。
元々、最近体調はよろしくない伯爵なのだ。
最初は、それがどうした、という態度であった同僚たちも、次第にそのことに気付き始めて、顔を見合わせてから、誰言うともなく扉へと視線を注いだ。
様子を見たいところだが、一人で考えたいから外せ、と言われている。
「……交代の御挨拶、ということなら……」
と、誰かが言うと、それだとばかりにファルクたちは頷いた。それはよい口実である。 恐る恐る、扉を開き、中を窺う。
「伯爵」
こちらに背を向けて、椅子に座っている主君を見つけて、声をかける。
返事は、無かった。
声をかけられたことに気付かぬぐらいに沈思黙考しているのだと思えば、邪魔することは憚られた。
微動だにしない様子に、
「もしや、眠ってらっしゃるのでは?」
とも考えた。それならばそっとしておいた方が、とも思ったが、椅子に座った姿勢で眠るのはよくない。やはりちゃんとベッドで横になって休むべきだ。
ということを、ファルクたちは真剣な顔して話し合っていた。この辺り、若い親衛隊員である彼らは、伯爵のことを自然に労わるべき老父のごとく思っていた。
もう一度、大きな声をかけてから、それへ無反応なのを確認すると、そろりそろりと前に回った。
伯爵は目をつぶっていた。
やはり、眠っておいでだったか、と了解してから、さてどうするか。
よく眠っているようだから、起こさずにそのままベッドにお運びしたいところではあるが、伯爵との間には厳然たる身分差があり、断りもなく貴人の身体に触れることを禁忌とする考えが彼らにはある。
これは、眠りを覚ますことになっても、一度起きていただいて承諾を得るべきだ。或いは目を覚ましてしまえば、伯爵は自分の足でベッドに向かうかもしれぬ。
「伯爵」
大きな声で何度も呼んだ。
呼ぶ度に、沈黙で応じられ、なんとはなく不安が漂い始める。
――これは、ただ眠っているだけではないのではないか?
言葉もなく、ただひたすら各人顔を見合わせた。
「ええい」
そこでファルクは度胸を出して、伯爵に近付くと、肩を掴んで揺すった。怒られてもいいと思った。いや、もうこうなっては、怒声でいいから伯爵の声が聞きたかった。
それへも伯爵が無反応なことに、ファルクたちは奈落に落ちるような気持ちになった。
これは、もう異常事態だ。
「隊長へ!」
完全に自分たちの手に余る、と判断し、上位者へと知らせるべしと、何人かが走り出て行った。
隊長たちは、すぐに息を切らしてやってきた。伯爵お抱えの治癒士も後に続いていた。
「大変なことになった」
ファルクたちは、青ざめた顔であった。
隊長たちも、同じような顔であった。
だが、ファルクたちが純粋に敬愛する伯爵の状態悪化に心を痛めて動転していたのに比べて、彼らはそれに加えて、とあることに思いを致して前途に不安を感じていた。
オーレン派の者たちが押し掛けてきて、伯爵は彼らに後継について一旦白紙に戻す、と告げた。
彼らと伯爵以外でその場にいたのはファルクたち親衛隊の隊員数名である。
隊長たちが呼ばれてやってきて、伯爵を質して白紙の件を聞き、その後に伯爵は部屋に一人になった。
ファルクたちの交代の時間となり、なんとなく様子を見ておきたいと思い、部屋に入ってみると伯爵は意識不明となっていた。
それらのことを、改めて整理して、隊長たちは苦渋そのものな表情で言葉も無かった。
後継を白紙に戻すというこの上もなく重大な伯爵の決断――
それを、伯爵自身の口から聞いたのはオーレン派の連中と、中立を標榜する親衛隊の者である。
そう……はっきりウィレス派と呼べる者は、誰一人それを伯爵から直接聞いてはいないのである。
「これは……大変なことになる」
これで揉めないわけがない。
そして、その揉め事が激化することを防ぐことができる一喝を放つことができる人は、意識が無いのだ。
「我々、親衛隊はウィレス様にもオーレン様にもつかん」
「このままお亡……いや、そんなことはあるはずがない。我々は軽挙妄動せずに伯爵の御快復を待つべし」
「うむ、隊員たちに、軽々しく行動するなともう一度釘を刺しておこう」
隊長たちは話しているうちに、ファルクたちの存在を思い出したように気付き、彼らを招き寄せ、両派からこちらにつけというような話が来るかもしれないが、くれぐれもそのような話に乗るな、ときつく言って聞かせた。
その後に、親衛隊が集められた。
さっきも集められたばかりなので、いったい何度集合させるのだとさすがに不満を感じた者もいたが、伯爵が意識不明になったという話を聞いてそんなものは吹き飛んだ。
「親衛隊は、ウィレス様にもオーレン様にも、どちらか一方に与すことはない」
「もし、そうしたいという者がいるならば、親衛隊を辞めてからにしてくれ」
隊長たちの言葉に、隊員たちは一様に頷いた。彼らは、親衛隊に選ばれたことを誇りに思っており、辞めるなどとは思いもよらないことであった。
「では、くれぐれも今言ったことを心に刻み、言動行動には細心の注意を払うように……解散!」
ファルクたちは、さらに呼び止められて、先程と同じこと――伯爵が後継を白紙に戻すと言ったという以外のことは語るなと改めて言い含められた。
伯爵が倒れ、意識不明!
その悲報は瞬く間に家中に飛んだが、それに先んじて既に重大な一報は飛び交っていたのだ。
言うまでもなく、オーレン派の者たちが嬉々として話して回った後継白紙の件である。
その衝撃がまだ残っているうちに、それが来たのだから家中――特にウィレス派の者たちは恐慌状態となった。
それから、なんとか立ち直ると、当然のことながらその絶妙のタイミングに疑義を挟む心情はどうしようもなかった。
伯爵が、後継を白紙に戻すと言ってから意識不明となった――
それ自体が嘘であり、実際は伯爵が意識不明となり、そのことを逸早く知ったオーレン派がこれ幸いと噂をばらまいたのでは?
そう言われて、オーレン派の連中は、主君が倒れたのをよいことにそのお言葉を捏造したのであろうという言いがかりに憤然として、そこには親衛隊もいたのだから、奴らに聞けばはっきりするさ、と言った。
ファルクたち、その場にいた親衛隊の隊員は、殺気立ったウィレス派の者たちに本当なのかと問い詰められる羽目になった。
「本当だ」
と、言っても、容易に認めてくれないのだ。
そして、遂には親衛隊は中立だという顔をしながら、実はオーレン派についているのではないか、などという疑惑が公然と口にされるようにすらなったのである。




