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伯爵家の内情

 伯爵家にとって不名誉なことである、という問いに頷いたものの、ファルクは依然として沈黙を続けている。

 主家のそのような話を、他家の者にすることを恥ずべきことであるという教育を受けてきたのであろうことはわかるが、アレンとてそれこそ主家である王家のメリナ王女からの命令を受けているのだ。

「気持ちはわかるが、私は任務として事実を殿下にお伝えせねばならん。事情あって出陣が遅れたようですが、その事情というのはわかりません、などとは言えん」

 ヴェスカウ伯爵へ忠義立てして口が重いファルクを説得するには、より上位者であるメリナの名前を出して押すしかない。

「お前が知っているということは、伯爵とその側近しか知らぬ機密というわけではないのだろう。時間をかけて情報収集すれば、いずれわかることなのだぞ」

 親衛隊に選ばれているということは、それだけでファルクがただの下っ端ではないことを示してはいるが、重要な機密に預かるような立場ではないだろう。

 その彼が知っているということは、他にもそれを知る者は多くいるはずで、ここで彼が一人口を閉ざしても、それほど意味のあることではない。

「わかりました」

 と、ファルクは遂に観念した。

「どう言えばよいのか……」

 しかし、いざ話そうにも、どこからどう話していいのかわからないようで、さらにアレンは根気強さを必要とされた。

「伯爵の御子息については御存知でしょうか?」

 やっと、出てきたのがそんな言葉であった。

「御子息か……確か……」

 と、アレンは記憶を探ったが、すぐには思い出せぬようで、誰か知らんか、というふうに部屋を見回した。

「アレンさま、確か伯爵にはまだ若い御子息が二人おったはずです」

 と、この軍中では事務係のようなことをしている家臣が答えた。ちなみに、この家臣はエリスやリーンの従軍願いを作成してくれた人だったりする。

「ああ、そうか。うん、言われてみれば、そうだったな。……その御子息たちも伯爵とともに魔王を称する輩と戦ったのか?」

「いえ……」

 ファルクが、複雑そうな顔で言ったが、その顔にはアレンは気付かずに、俄然勢い込んで重ねて尋ねた。

「おお、では存命か。今、どこにいるのだ」

 アレンの頭にあるのは、伯爵の息子たちと合流して力を合わせることである。さぞかし父の復仇に燃えているであろうから、頼りになるであろうと期待していた。

「長男のウィリスさまはアンバース、次男のオーレンさまはアンリッドの街に、それぞれおられるはずです」

 と、その辺りで、アレンもファルクがなんともいえない顔をしているのに気付いた。

「若いそうだが、いくつになられるのだ」

 気にはなったが敢えてスルーして、アレンは尋ねた。

「ウィリスさまが二十三歳、オーレンさまが十八歳になります」

「ほう、若いな」

 と、言ってから、伯爵の年齢を思い起こす。

「随分と、お歳を召してからの御子なのだな」

 伯爵は、七十歳だ。それぞれ四十七歳と五十二歳の時に設けた子供ということになる。

 伯爵に子が無い、となれば、それだけで御家にとっては一大事である。早く跡取りを産ませないといけない、と伯爵も、決して女が嫌いではなかったので励んだのであるが、できないものはできない。

 自分には種が無いのだな――と、四十過ぎた頃にはすっかり諦めた伯爵は、縁者から養子をとろうにも、どうにもこれという者がいない、自分が死んだら王に願い出て、王から跡取りを推薦してもらえ、と半ば投げやりなことを言い出していた。

 まあ、わがままと言えばわがままなのであるが、伯爵は我ながらこれはあまり出来がよくないな、と思う者を養子にとって後を継がせることが、嫌だったのである。

 既に数多くの武勲を打ち立てていた伯爵は、家中ではカリスマとなっており、わがままを通してしまえるだけの影響力を持っていた。

 家臣たちも、その伯爵を説き伏せる自信も無いし、伯爵自身は頑健そのものなので、四十過ぎても子ができた例などいくらでもあるのだから、今少しそれを待とうではないかと問題を先送りしていた。

 で、四十七歳の時に、男児が産まれた。

 もう、一辺に空を覆っていた暗雲が晴れたようなもので、家中に喜ばぬ者はなかった。

 伯爵は、もうこの歳ではこれが最初にして最後の子であろうと思い、内々にはこの子を後継ぎにと言っていたが、ウィリスが三歳になった時に、大々的にそれを公表し、家臣一同を集め、次代のヴェスカウ伯爵たる我が子を披露し、皆に忠誠を誓わせた。

 何十年も頑張って、ようやくできた子供である。家臣もまた、これ以降、御子はできまいと思っていたので、誰も時期尚早ではないかと言う者もなく、三歳の子供に忠誠を捧げることを誓った。

 正妻を亡くして以降、その座は空席になっていたが、こうなると当然のことながらウィリスの母がその座へと上がった。

「う、うーむ」

 ここまで聞いて、アレンは、段々と先が読めてきたので、低く唸った。

 あらかじめ、五歳差の息子がいることは聞いているのだ。

 つまり、ウィリスが公式に跡取りであると家臣一同ならびに領民にも宣言された二年後に、次男たるオーレンが産まれたということである。

 ファルクは、はっきりとはそう言わなかったが、五年前のウィリス誕生の時の手放しの歓喜とはやや異なったものが家中に流れたであろうことは想像がつく。

 もちろん、伯爵に子供が産まれたこと自体はめでたいことであり、伯爵にもオーレンと名付けられた赤子にも、それを抱く母親にも、祝賀の言葉が浴びせられたであろう。

 ウィリスとオーレンの母は異なっており、母の身分は、オーレンの母のそれの方がやや高いという程度で、そこまで隔絶したものではなかった。

 そうなると、当然五歳年長で既に次期伯爵であると家臣にお披露目も済んでいるウィリスで後継は動かないはずだ。

 だが、どうも――ファルクはかなり言葉を濁したが――ウィリスはあまり出来がよろしくはなかったらしい。

 歳をとってからの初子とあって、少々伯爵も甘やかし過ぎたところはあったようだが、それにしても、である。

 特に、自身が勇猛果敢な武人である伯爵としては、ウィリスがろくに剣も振れない気弱な少年であるのが、頼りなくてしょうがないらしかった。

 武が駄目ならば文の人であったか――と言えば、別にそちらに優れているというわけでもない。

 どうも、いかんな、この子は――

 と、そこは我が子なのだから不満を持ちつつも愛情は持っていた伯爵だが、ウィリスに後を継がせると宣言してしまったことを後悔し始めていた。

 そして、ウィリスが十五歳となり、覚醒することもなく、いよいよ早まったかと伯爵は思った。

 どうも、ウィリスが自分はもう三歳の時に後継者に指名され、家臣たちからは既に忠誠を誓われているのだ、というのを歳が長ずるに及んで理解し、それならば自分は自動的に次期伯爵になれるのだと思っていて、それがために武にしろ文にしろ、必死に身を入れてやるところが無いという節があるようだと知ってからは、伯爵はますます悔いた。

 そして、そんな時に、十歳となったオーレンがまだまだ子供ながら、好んで武術を学んでいる姿が伯爵の目に止まった。

 もちろん、十歳の子供の剣など、文字通りの児戯であったが、懸命に剣を振る姿は伯爵の目にはとても好ましく映った。

 自然、ウィリスよりもオーレンのところへ足を運ぶ機会が多くなり、時には自ら剣を取って手ほどきをすることもあった。

 常に伯爵の行く先へ従う者たちには、その頻度の差は一目瞭然であり、そうなるとその口からは、どうしても――

「……ここだけの話だが、どうも伯爵においては凡庸なウィレス様よりも、武術に励むオーレン様をお好みの御様子」

「……これは他言無用に願いたいが、おそらくウィレス様を早々に後継ぎと宣言してしまったことを悔いておられるのでは」

「……これは我が耳ではっきり聞いたことだが、先日、オーレン様が痛めた手で剣を振った気骨を大層お気に召し、お前のそういうところはわしの若い頃そっくりだと御満悦であった。これは……もしや……」

 等々の話が無数に囁かれれば、ウィレス様を排してオーレン様を後継ぎにする思し召しでは……という声が沸き起こるのは時間の問題であった。

 表立っての声ではなかったので、当の伯爵も、ウィレスとその母も、そしてオーレンとその母も、そのことは知らずにいたが、その話を耳にしたとある侍女がウィレスの母にそのことを告げた。

 ことは、ウィレスが廃嫡になるやもしれぬ、という物騒な話であり、日頃、可愛がられていたその侍女としては、いわば忠義のつもりの御注進であった。

 ウィレスの母――すなわち伯爵の正妻は、どんと構えてそのような話は根も葉も無き噂であろうと一蹴できたのは最初だけで、二度、三度と同じような話を聞いてすっかり動転した。

 噂話を分析すると、どうも伯爵は、ウィレスと違ってオーレンが武術を好んでいるところを気に入っているらしい。

 そこで、遅ればせながらウィレスにも武術を習わせることにした。もちろん、彼本人はそんなことは望んでおらず、無理矢理である。

 これは、次期伯爵になるために必要なことである。どんなに泣いても叫んでも手加減するな、と厳命された武術達者の家臣たちは、その期待に応えようとはしたのだが、肝心のウィレスにそのような気も、体力も無かった。

 既に噂はかなり広まっており、ウィレスの武術教官に選ばれた者たちもそのことを知ってはいたものの、必ず彼が廃嫡されると決まったものではない。

 もしも、ウィレスがこのまま次期伯爵となるとするならば、嫌がる彼を打ち据えて恨みを買うのは避けたいところであった。

 我々では力及びませぬ。なにとぞ他の者にお命じ下さい――

 と、教官一同揃って頭を下げて、お役目を辞退申し上げた。

 ――この子は、駄目か。

 と、父に続いて母にもそう思われてしまったウィレスであるが、本人はいたって楽観的であった。

 なにしろ、既に自分は後継としてお披露目が済んでいるのだ。オーレンよりも自分の方が年長でもある。

 既に自分が後継であると認識されて随分と年月が経っている。さすがに自分が素晴らしい資質に恵まれた人間であるとは思っていなかったが、次代はウィレス様で決まっているのだからこれを守り立てるべきだと、それが正道であると信じている家臣は多い。

 これを押して年少のオーレンを後継に立てれば、どうしても家中に波風が立つ。父は、そのようなことはしないだろう、とウィレスは考えていた。

 これは、多少失望しつつもそれはあからさまに態度には出さずに、ウィレスの前では優しい父であった伯爵しか知らぬゆえである。

 それ以外の顔を知っているウィレスの母としては、これはと思い定めたら伯爵は家中の波風など構わずに断行し、一度決断が下されれば家臣たちもそれに従うであろうということがわかっているので、彼よりも危機感がある。

 楽観的なウィレスと、悲観的なその母であったが、肝心要の伯爵はどうであったかと言えば、この時点では廃嫡などということは考えていなかった。

 だが、この辺りで、噂がオーレンの母の耳に入った。

 根も葉も無き噂であろう――

 と、一蹴したのはウィレスの母と同じであったが、その声にはどうしても押さえ切れぬ浮いた調子が含まれていた。

 そして、二度、三度とそれらしい話が耳に入ると、すっかりその気になった。

 彼女は、オーレンを産んでから、数ある側妾のうちの最高位の扱いになってはいたが、もちろん正妻との間には無限に近い距離がある。

 元々の実家の身分としては、彼女の方がウィレスの母よりもやや高いことは既に述べた通りだが、所詮はやや高い、という程度であって、年長で既に後継ぎと定められたウィレスをその座から追うほどではない。

 だが、伯爵自身がその気になっているのならば全く話は違ってくる。

 ウィレスの母がネガティブに感じたことを、彼女はポジティブに感じた。

 家中の波風などものともせず、伯爵がウィレスの廃嫡とオーレンの後継指名をなし、後継はウィレス様と宣言したのですからそのようなことは……という諫言には耳を貸さず、家臣たちも最終的には、伯爵の決めたことに従うであろう、と。

 結局、この家では伯爵の一存が全てに優越するのだ。

 と、なれば、伯爵を落とせばよい。

 オーレンの評判を上げ、ウィレスのそれを下げるような噂が、どこからか――と言いつつ誰もが出所は察していたが――聞こえてきた。

 もともと、伯爵はウィレスよりもオーレンのところへやってくることが多いのだ。ここぞとばかりに、十歳の子供の母でありながらまだまだ女性としての魅力十分のオーレンの母は、食卓で居間で庭で、そして寝室で、オーレンがいかに父を尊敬し、父のようになりたいと武術に励んでいるかを話した。

 伯爵は、それを喜んだ。

 この辺りは、伯爵家の当主としては、少々無思慮であったと言われても仕方が無いことであるが、普段から、ウィレスのことよりもオーレンのことを口にすることの方が遥かに多くなった。

 それを聞いた者たちは、さてはあの噂はいよいよ本当か、と思い、中にはこれはオーレン様に近付いておくべきでは、と算段する者も出てきた。

 楽観論者であったウィレスもさすがに焦ってきて、巻き返しをはかろうとしたが、ここでいきなり自分が武術をやり始めても今更なにをと思われるだろうし、五歳下の弟と比べられて弱さを笑われたりしたら目も当てられぬ。

 既述のごとく、武が駄目ならば文――というわけでは決して無かったウィレスであったが、オーレンへの対抗上、急遽高名な学者など招いて講義をさせたりした。

 あとは、向こうと同じことをした。つまり、自分を上げ、相手を下げる噂話を流したのである。

 そんな状態が一年ほど続いた頃、武術や戦争に関すること以外はけっこう鈍い伯爵も、ようやく自分の耳に入ってくる話が、極めて人為的なものであることに気付いた。

 ある時、とある家臣が伯爵と二人きりになったのを幸い、いつものようにお耳を拝借しようとした。

 そこで、伯爵は笑いながら言った。

「おお、お前は、確かオーレンを褒め、ウィレスを貶す話であったな」

 その家臣は、オーレン派であった。正に、伯爵に言われた通りの話をしようとしたので大いに驚き、次いで赤面した。

 オーレンのために働いて、彼が首尾よく次期伯爵となったら論功行賞に預かろう、という下心があっての行為であったが、それはそれとして彼とて伯爵のことを尊敬していることは事実であり、その伯爵にそのようなことを言われ、いわば下心を見透かされたと感じてどうしようもなく恥ずかしくなった。

 一言もなく、その家臣は退出した。

 その話が広まると、ウィレス派、オーレン派を問わずに、そのような片方を褒め、片方を貶すような話を伯爵にする者はいなくなった。

 やはり伯爵は、この家でのカリスマであった。

 先の者のように、伯爵に笑われたりすることを、それはとても恥ずかしいことであると感じる者がほとんどだったのである。

 以降、ウィレスとオーレンは冷戦状態に入る。

 事態が現状維持となったということは、後継者はウィレスであるという状態が継続するということであり、ひとまずは彼の勝利と言ってもよかった。

 しかし、どうもこのウィレスというのは、喉元さえ過ぎてしまえばどのように深刻に抱いていた危機感でも忘れ去ってしまう性質らしかった。

 学者の講義もいつしか止めてしまった。

 彼にすれば、どうせ一時的なポーズだ。というつもりであったが、一度始めたのならばポーズを続けるべきであった。

 そもそもが、両親はもちろん家臣一同にも、

 ――ウィレス様は、どうも……。

 と、思われている我であることを今少し自覚すべきであった。

 ここで、オーレンが少年期を脱して、どこに出しても恥ずかしくない有為の青年に成長すればウィレスが安穏と座っている場所はひとたまりも無かったであろう。

 だが、伯爵にも家臣たちにも不幸なことに、そしてウィレスには幸いなことに、長ずるに及んで、どうもオーレンもまたそれほどの才気ではないのでは……というのが目につき始めた。

 武術好みはオーレンが父の好意を勝ち取るのに、兄よりも優っていた点であったが、それほどに上達はしないままにレベルは頭打ちになってしまった。

 さらには、十五歳になると粗暴な面が目立ち始めた。

 もっと幼い頃にも、その萌芽は決して見えなかったわけでもないのだが、その頃は受け止める側が、父の武勇に近付くにはそれぐらいがちょうどよいと、むしろ美点として扱っていたところがあった。

 オーレンの粗暴さは、侍女などの立場的にも肉体的にも弱い者へ、よりあからさまにぶつけられる傾向があり、見ていて、いかにもタチが悪く見えた。

 歴戦の兵士などには、身分が低くても敬意を表すことも多く、オーレンにしてみれば強者は尊敬する、という美意識に従っているとも言えた。

 しかし、かと言って弱い者をやたらと見下し、時に暴力的ですらあるのは、褒められたものではない。

 彼に敬意を払われる武功ある者などは、当然のことながらオーレンには好意的であり、オーレンはそうやって「強い者」の支持を得ていけば、その強い者の最たる者である伯爵にも支持され、次期当主の座は自分の腰掛けるものとなると思っていたのだろう。

 オーレンの中では自分がぞんざいに扱う者は、そうしてもなんの問題も無い者たちであった。なにしろそいつらは「弱い」のだ。弱い連中が敵になったから、それがどうだと言うのだ。

 この辺り、ものの見方がいかにも浅い。

 彼に直接ものの数にも入らぬような侮辱的な扱いを受けた者だけでなく、それを見聞きして嫌悪感を持った者たちは、そこでこれまであまり気にもしていなかったウィレスについて、

 ――それほどに、悪くはないのでは?

 と、思い始めた。

 ウィレスは全般的に能力が低いのは否めず、その土台となっている怠惰さも困ったものであったが、少なくとも、家臣を侮辱したり、痛め付けるようなことはしなかった。

 そういう目で見ようとすれば、それまではさして注目もされていなかったこと――例えば、とても食べ切れないほどの御馳走を作らせたものの、案の定ほとんど残してしまい、捨てるのも勿体ないのでみんなに与えた、というような話も、慈悲深い逸話のように人々は思った。

 ウィレス本人は、すっかり安心しきっていたのでそういうことにも気付かずにいたのだが、母親が敏感に気付いた。

 ただ、その話を持って行っても、後継ぎは私で決まっているんだから大丈夫大丈夫、と危機感皆無であろうと思った母は、オーレンが軍中重きをなしているような武功者たちの支持を得ている、と言って眠っていた危機感を呼び覚ました後に、さらにこう告げた。

「ですが、あなたも決して支持されていないわけではないのですよ」

 自分が支持されている、というひどく新鮮な言葉を耳にして、ウィレスは話の先を促した。

 オーレンは、弱き者へ思いやりが無いので反感を買っている。それと比べることで、ウィレスの優しさに気付いた者が増えていて、それらが支持している。

 それを聞いて、ウィレスは、そこはさすがに理解力が乏しくて最初はよくわからなかった。

 だが、母が根気強く説明することにより、なんとか理解した。

 食べ残しを、勿体ないからみんなで食え、と言った程度のことが、そんなことに繋がるというのがウィレスには衝撃であった。

 それから、ウィレスは、殊更に意識して「慈悲深い」ところを見せようとした。

 もちろん、それを見透かした者もいただろうが、伯爵の後継ぎたる者の振る舞いとしては悪いことではなく、確かにウィレスを見直した者は多かったのである。

 こんなことが――

 と、やはりウィレスにとっては衝撃であった。こんなことが、オーレンに対抗する武器になるなどとは考えたこともなかった。

 ある時など、些細なミスでオーレンに殴られた上に解雇されたという侍女の話を聞くと即座に呼び寄せた。

 さすがに、オーレンも侍女をそれほど強く殴ったわけではないが、痛々しく頬が腫れていた。

 ウィレスは、その侍女を労わり、幾許かのゴールドを与えた上に、オーレンもカッとして自分を見失ってのことであろうから弟を恨まないでくれとまで言った。

 そこで弟を庇って見せるのがまことに「慈悲深い」ところである。

 もちろん、そんなことを思いつけるウィレスではなく、それらは母親たちが考えた台本通りにやっているだけのことだ。台本を与えられればそれに従って演技する程度ならば可能であった。

「ほう、ウィレスがそのようなことをな」

 伯爵の耳にもそれが入り、おそらく初めて、伯爵は自分の長男を見直した。

 例の件以来、片方を上げて片方を下げるような類の話は聞き流していた伯爵であるが、この話はそういった露骨な臭気がしなかった。

 そのオーレンに殴られた侍女をはじめとして、ウィレス様は本当にお優しい、と心から思った者たちがそれらの話の出所であり、それらには真摯な響きがあった。

 それまで、特に秀でたところがなく、武術好きという勇猛でなるヴェスカウ伯爵家の跡取りに相応しい特性を持ったオーレンに追われる一方であったウィレスが、初めて効果的な反撃に成功したのであった。

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