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エルスタット

 行軍、また行軍である。

 行軍というが、要するにただひたすら歩くのだ。

 こちらの世界で王都から遠出したことは、ハウト男爵領へミレーナの護衛でついていった時だけだが、あの時は急ぐ旅でもなく、のんびりしたものだったが、今回は違う。

 普通の旅人ならば、大事をとって手前の街で宿泊を……というところで、早朝早く――いつも早いのにその日はさらに早く――出立して、早め早めに歩かされてその次の街まで到着するようにする、ということもあり、とても疲れる。

 寝床に関しては、やはりけっこういいところを提供されてはいたのだが、さすがに限度もあり、その日はベッドが一つだけの部屋に押し込められた。

 ケイトとアンとリーンをベッドで寝かせ、恵一とエリスは床で寝た。

 またベッドから落ちるから、と言って二日目以降、最初から床で寝ることにしている。

 そうなると、自然と寝袋で床のスタイルなエリスと並んで寝ることになるのだが、これが実はささやかな楽しみだったりする。

 エリスはあの日に限らず、しょっちゅう寝ながら笑っており、その顔を見、笑い声を聞くのに少し癒しを感じていた。

 暗がりの中で、うっすらと見えるエリスの笑顔はやはり歳相応、いや実際の年齢よりも幼く見えるような無邪気さで、普段とのギャップもある。いや、別に普段が邪気が滲み出ているというわけでもないのだが。

 そうやってエリスの寝顔を見ているうちに、日中の疲労が被さってきて、寝てしまう。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 いつも、エリスが先に目覚めていて、恵一が目を開くと彼女と目が合うのも、これも毎朝のことだ。

「ん?」

 なぜ、目が合うのか。

 ていうか、なんでエリスは目が覚めているのにそのまま動かずに目を開いてその場にいるのか。

 ふと、その日の朝はそんなことを思った。

 あれ? もしかして、エリス、おれの寝顔を見てる?

 自分の寝顔など、どんなことになっているのかさっぱりわからないが、相当なアホ面をさらしている可能性が高い。

 そんなこと聞こうものなら、自分もエリスの寝顔を毎夜毎夜眺めているのがバレてしまいそうなので気になりつつも、流すことにした。

「おらっ、気ぃ引き締めていくわよ」

 と、気合を入れるのはリーンだ。

 前日、いよいよ問題のヴェスカウ伯爵領へと足を踏み入れるので各自注意せよ、という布告が出ていた。

 これまで、ほぼなんの問題もなく進んできている。

 これまで通ってきたのは敵地ではなく、荒廃しているわけでもない。

 摂政殿下ことメリナ王女の命によって行動している当部隊には、各町村はできる限りの便宜をはかってくれたので、寝床不足な日は多々あったが、少なくとも食料には困らなかった。

 だが、今日からは街などに到着しても、満足な補給が受けられないこともありうる。

 なによりも、魔王軍と称する連中が横行していて、それが襲撃をかけてくるかもしれない。

 その日も、日中行軍して夕方頃に街に入った。

 既に伯爵領内の街であるが、荒れている様子は無く、魔王とやらの魔手もここまでは伸びていないことがわかる。

 また宿屋の一室をあてがわれてくつろいでいると、明日はここを動かないのでよく休養をとって鋭気を養うように、とのお達しがあった。

 行軍また行軍で疲れていたので一日休みなのはありがたいが、そんなにモタモタしていていいものだろうか。

 翌日、恐る恐るアレンが腰を落ち着けているこの街で一番大きな宿屋に行ってみた。

「ビクビクすんな、堂々としてろ」

 恐る恐るな態度にケイトから駄目出しがくる。

 少しでも情報が欲しくてアレンのところに行くのであるが、忙しいところをお邪魔しては悪いな、ちょっと覗いて忙しそうだったら退散しよう、という気持ちなのでどうしても堂々とはいかぬ。

「ちぃーっす」

 こいつは駄目だ、と思ったのか恐る恐る様子を探ろうとする恵一を尻目に、ケイトがそこらに立っていたハウト男爵家の者に声をかける。

「ああ、お前らか」

 色々な意味で目立っている集団なので、声をかけられた男は、恵一たちをそれと認識していた。

「アレン様は中におられますんで」

「ああ」

 男の態度から行けると踏んだケイトは、アレンに会いたいと言って、まんまと通されてしまった。

 まさか、こんなにすんなりといくとは思わなかった恵一が呆然としていると、ケイトが小突いてくる。

「なっ」

「あ、ああ」

「これではっきりしたろ。やっぱりケーイチは男爵家じゃそれなりな扱いなんだよ。雇われ一兵卒じゃなくて客分ぐらいな気分でいけんだよ」

「う、うん」

 どうもケイトは自分を持ち上げ過ぎではないか、と思っていたのだが、こうして実際に自分がなんだかよい扱いをされていると思うことがあると認識を改めざるを得ない。

 恵一としては、ミレーナを助けたのは成り行きも成り行きであって、むしろやたらと彼女が恩に着てくれるのをむず痒く感じていたほどなのだが、やはり自分はミレーナ・ハウトのれっきとした「命の恩人」であって、男爵家としても、そういう取り扱いをすべしと端々にまで徹底されているのだな、と思う。

「おう」

 鷹揚に、入室してきた恵一たちをアレンが迎えた。

 第一印象は、まとまりかけてた和解話をぶち壊しにかかっているなかなか乱暴な困った跡取り息子である、というものだったアレンであるが、基本的には気さくな青年である。

「お忙しいところすみません」

「今は別に忙しくはない」

 確かに、何かしているようには見えないが、テーブルの上にこの近辺のものと思われる地図が広げられているのが、目についた。

「あのぅ、なんでまた今日は動かないんでしょうか」

 思ったことをそのまんま尋ねてみる。

 アレンは実はけっこう暇なのか、教えてくれた。と、言ってもさすがに懇切丁寧にではなく、それだけではいまいちよくわからなかったが、それでわかったらしいエリスに教えてもらうことでなんとか理解した。

 とうとうヴェスカウ伯爵の領内に入った。領内で最初の街であるこの街は攻撃を受けたわけではなく、不安そうにはしているが住民も逃げたりせずに生活しており、物資もたくさんある。

 さしあたって、ここに腰を落ち着けて周囲の状況を探る。

 そのための軽騎兵を、空が白む頃に各方面に放った。

 今は、それらが情報を持ち帰ってくるのを待っているところであり、けっこう手持無沙汰で暇なのである。

 これら騎兵斥候は、もちろん自称魔王とその軍団の動向、ヴェスカウ伯爵の生死などの情報を集めるのが目的ではあるが、それとは別に、この先にある街の状態を探ってくる指名も与えられている。

 魔王やらその軍団やらの姿が見えぬからと、どんどん部隊を進めて到着した街は荒らされていて、宿舎に使うべき建物は焼かれ、食料は根こそぎ奪われ、などということになったら目も当てられぬ。

 ここから先は、行く先で何が起こっているかわからない。

 それゆえに、とりあえず確実に寝床と食料が確保できるこの街に一旦止まって、周囲の状況を探り、それによってまた次の拠点となるべき街へ移動することを決める、というつもりなのだ。

 その話を聞いていてわかったのは、とりあえず働きが期待されているのはこれら偵察に赴いている軽騎兵たちであり、自分たち歩兵はやることがないということだ。

 なんかわかったら教えてやると、本気かその場の出任せかは知らないがアレンが言うのでそれを信じて、ひとまず退散する。

「なに? 戦わないの?」

 帰り道、話していた内容の半分も理解できていなかったリーンだが、とにかくすぐには戦闘はなさそうだというのは辛うじて察したらしい。

「ああ、とりあえずは周りの状況を探ってかららしいよ」

「そんなん、魔王とかいうのが敵なんでしょ。行って戦えばいいじゃない」

「あー、だから、その魔王とかいうのの居場所がわからないんだ」

「ああ、そういうことね」

 わかっても、この部隊だけで攻撃を仕掛けるのは自殺行為なのでそんなことはしないだろうが。

 少し街中をぶらついて、そこそこ大きな街であるが、特になにも無しという結論に達したので宿舎に戻る。

 昼飯を食って少し寝て、退屈を持て余しまくったリーンが稽古をしようと誘って来たので付き合うことにした。

 リーンは腰の剣を外し、見物に出てきたケイトに預けた。

 ちなみに、彼女が持っている剣は、実は恵一のものだったりする。いざ出陣ということになった際に武器が無い、というので長短二本の剣のうちの短い方を貸したのだ。

 長い方があくまでもメインの武器であり、短いものはそちらが使用不可になった際に使うことを想定しており、恵一よりも小柄なリーンが持ってもやや短過ぎる感は否めなかったが、リーンは、

「そんなもん、剣は長けりゃいいってもんじゃないわよ」

 と、なんだかとても奥深そうなことをおっしゃって、まったく不満は無いようだ。

 リーンとしては、やはりここは父の形見の剣を腰に下げて出征したかったらしいが、返してもらえなかった。

 ちなみにあの剣、あまりよく見ていなかったのでリーンに特徴を聞くと、柄の部分になんか紋章みたいなのが彫ってあったそうだ。

 そこから察するに、やはりどこかの貴族の持ち物であり、それはその貴族の家紋かなにかではなかろうか。

 そうなると、その家紋からその貴族の元に話が行って、確かにこれは盗まれたうちの剣だ、ということになったりしたら、剣はそこへ返却されているはずであり、いざリーンは釈放となった時に彼女の手には戻ってこないかもしれない。

 刑期が終わって出る時に返して貰える、と誰もそんなん確約はしていないのだが決め付けている節のあるリーンであるから、いざそうなった時に暴れるに違いない。

 その情景がありありと想像でき、そこで当たり前のように自分が巻き込まれているのがはっきりと想像できるので、なんとか上手いこと持ち主不明ということでリーンに返却されて欲しいものである。

「ほら、ケーイチ」

 リーンが木の棒を放ってきた。

「あっと」

 それを受け取り、自分の腰にある剣も外してケイトに渡す。

「おっし、どっからでも来なさい」

 不敵に笑ったリーンの構えは、いわゆる自己流というやつだ。

 対して、イリアに基礎を習った恵一は、きちんとした剣術の構えである。

 だが、自信満々なのはリーンであり、恵一はやはりどこかしら精神的に気圧されている感じは拭えない。

「おらっ!」

 リーンが打ち込んできた。

 踏み込みが深い。迷いが無い。あっという間に視界の中のリーンが拡大する。

「あっ!」

 恵一とて、リーンが戦士としてどういうタイプなのかは嫌ってほどにわかっていたはずなのだが、反応が遅れた。

 突いて、迎撃。

 しかし、突くと言っても本気で突き抜くつもりではない。あくまでもこれは稽古だ。

 顔の直前で止めるつもりで――

 リーンの踏み込みが速い。

 しまった!

 このままでは、顔に当たってしまう。

 そう思った時には、リーンが頭を傾けて恵一の攻撃をかわしつつ前進、棒を握った手の横をすり抜けて接近してきた。

 その位置に来られては、すぐに反撃どころか防御も難しい。

 できるだけ急いで下がろうとするが、間に合わない。

 ずしっ――と腹に衝撃が来た。

「おーう、リーンの勝ちだな」

 ケイトの声に、ああ、打ち込まれたのだと衝撃の意味を悟った。

「ケーイチぃ」

 一本取ったリーンは不満そうだ。

「手ぇ抜かないでよ。練習になんないでしょ」

「いや……手を抜いたわけじゃないんだけどね」

「そりゃ、殺すつもりでやれとは言わないけどさあ、怪我してもエリスが治してくれるんだからね」

 だから、思い切り来い、と言う。

「まあ、仕事ですからね。……でも、死にかけたりはしないでください。そこから治すの疲れますから」

 エリスが言った。

 この街に滞在中、気の緩みを防ぐために戦いに向けての訓練が奨励されており、それで怪我をした者がいれば、治癒魔法を使える者は治してやるように、とアレンからお達しが出ているのだ。

「ほら、次行くわよ、次。それとも、一回治療してもらう?」

「ああ、いや、大丈夫」

 打たれた腹は、正直ちと痛いが、そこは恵一も、一回打たれたぐらいで治癒魔法をかけてもらうわけには、と変な意地が首をもたげてなんでもないような顔で言った。

「よーし、行くわよぉ」

「よし、来い」

 それからも何度も木の棒で打ち合った。基本的に真っすぐなリーンの攻撃は何度も手合わせをして慣れてしまえば単調であり、これを防ぐのは難しくなかった。

 だが、最初の一本を取られたのは確かである。

 あれが真剣だったら、恵一は腹を切り裂かれて、さらにそこへ追撃を喰って殺されていただろう。

 何度もやって慣れたからこそ、防ぐことができるのであり、最初の攻撃でやられていたら、そんな機会は永遠に無くなることは言うまでもない。

 色んな意味で、やはりリーンは実戦向きなのだ。

 だが、その強さは、それが防がれれば死ぬまでだ、という思い切りのよさが源泉となっており、危なっかしいことこの上無い。

 やっぱり、自分が守ってやらないと死んじゃうよな、この子――

 と、いきなり一本取られたくせに、恵一はそう思うのである。

 陽が傾くまで思う存分に打ち合って、エリスに治癒魔法をかけて貰い、さて夜飯でもという辺りで、街路を馬蹄が叩く音が高らかに鳴った。

 偵察に散っていた軽騎兵が、ぼちぼち戻り始めたのだ。

 その結果次第では、明日ここを出立することもあるだろうな、と話していたが、果たして夜飯を喰い終えた頃に、明日早朝に出発の準備をしろという声が聞こえてきた。

 翌朝、集まった兵たちに、アレンはこれまでになく、本日の予定を言って聞かせた。

 いよいよ、危険地域に足を踏み入れた、ということは皆が理解しており、これからの目的地ぐらいは知らせておいた方がよいと判断したのだ。

「本日は、エルスタットまで進軍する」

 と、言われてもよくわからんが、そういう街が一日進んだところにあるらしい。

「いよいよ、我々は魔王と称する輩が跋扈する地域に入る。全員気を引き締めよ」

 そう言って引き締めをはかったアレンだが、実のところ今日は何事もなくエルスタットに到着するだろうと踏んでいる。だが、指揮官が弛緩すれば、下の兵というのは敏感にそれを感じ取り、こんな指揮官で大丈夫かと不安になるか、自らも弛緩するものだ。

 それなりに緊張感を維持しつつ、街道をゆく。

 二列縦隊にて、道の右端に寄って行軍する。三列、或いは少し窮屈だが四列でも十分に展開可能な道幅ではあるが、道の片側は空けてある。あちこちから馳せ戻ってきてアレンに報告を行う軽騎兵の通り道である。

 行軍中の昼食は、その日によって停止したりもするが、この日は速度を緩めつつ歩きながら喰え、という命令が下った。

 夕刻、目指す目的地が見えてきた。

「へえっ」

 と、恵一は思わず感嘆の声を上げていた。これまで通ってきた街よりも明らかに街を取り囲む外壁が高かったからだ。

 無論、王都のそれには及ばぬが、このエルスタットの街がこの近辺では栄えた都市であることがわかる。

「おおーっ、ベッド三つだぜ」

 ケイトが今までで最も広い部屋に嬉しげに笑う。

 いつものように、ケイトとアンが同じベッドに転がる。残り二つのうち一つをリーンが使うとして、残り一つ。

「エリス、なんならおれが床でも……」

 当たり前のように寝袋を床に広げているエリスに声をかけるが、自分はこれでいいと言う。

 遠慮……はしない子なので、本当にそれでいいと思っているのだろう。

 お言葉に甘えて、残りのベッドを使わせてもらうことにする。正直なところ、固い床で寝続けたせいで背中が少し痛くなっており、久しぶりに柔らかい布団で寝れるのはありがたい。

 恵一たちが休んでいる間、アレンは街の守備隊の隊長をはじめ主立った者と会見していた。

「うむ、うむ」

 差し出された紙を、見ながら頷く。

 そこには人員装備などのエルスタット守備隊の情報が記載されていた。

「なかなかの戦力だな。期待しているぞ」

 アレンは心からの笑みを浮かべて言った。

 守備隊の数は五百二十人いて、率いてきた部隊を合わせれば千人に届く。

 守備隊はヴェスカウ伯爵にこの街を守れと任命された者たちであるが、主人の動向どころか生死すら不明の状況に不安になっており、摂政殿下の命令でやってきたアレンの指揮下に入ることを望んでいた。

 もちろん、それはアレンの方も望むところだ。

 この街を目的地に選んだのは、これまでと同様に寝床と食料の確保が容易であるかという要素は当然として、この辺りでは唯一まとまった数の兵士が存在しているという点に魅力を感じたためである。

 彼らも、彼らなりに情報は収集しており、それによるとどうも伯爵の率いる部隊と、魔王やら称する者の軍隊が戦闘を行ったのは間違いないらしい。

 勝利した――のならば、今頃、魔王とやらの首は槍の穂先で展示物となって石でもぶつけられているだろう。

 伯爵が全く姿を見せないことから、例え生きていたとしても重傷を負っている可能性が高い。

 つまりは、伯爵の率いる軍が敗北したということだ。

 守備隊の連中は、なんの報せも無いことを伯爵討死の証と確信して、あの伯爵を倒すとは魔王の軍とはどれほど恐ろしいのだろうかとすっかり怯えきっている。

 この怯えは、いざ魔王とやらと対峙した時に彼らが兵士として役に立たないのではないかと危惧を感じざるを得ないほどであり、なんとかしなければとアレンは思った。

「しかし、その伯爵が出陣してから、賊どもの勢いも止まったようではないか」

 情報を総合すると、そうなのだ。

 それまで、どこの街がやられた、あそこの街も焼かれたなどと恐ろしい勢いで拡大していた魔王による被害が、ぴたりと止んでいるのだ。

「これは、奴らも相当な損害を受けたということだろう」

 伯爵は、現在この王国において最も歴戦の武人であり、虚しく敗北したとは思えぬ。

 アレンの言葉に、守備隊の連中の顔がやや明るくなる。

 彼らは元々伯爵の武勇を仰いでこれに心服して仕えており、その伯爵でもやられたということで恐怖していたのだが、伯爵ともあろうお方がタダでやられるはずがない、きっと敵も甚大な被害を被っているに違いなし、それ以来まったく情報が入ってこないのがその証拠だ――という言説には素直に頷ける――或いは頷きたい素地があった。

 少しは怯えが消えて闘志が蘇った様子の守備隊の面々が帰って行くのをほっと見送ってから、アレンはメリナ王女への報告書を口述筆記した。

 物資の調達や、守備隊の兵力、それとこの街が何本もの街道に接する四方八達の用地であることなどの利点を挙げ、しばらくこの街に兵を留めて情報収集に専念するつもりであること、そして伯爵の軍と魔王の軍の交戦後に敵の動きが明らかにそれ以前の活発さを失っているようだ、ということを述べた。

「臣が愚考いたしますに、伯爵は或いは敗れたのかもしれません。ですが、敵にも痛撃を与え、その暴虐が拡大することを防いだものと思われます」

 筆記が終わると、内容を確認し、写しを二部作ることを命じた。

 一部はアレンが持ち、他の二部はそれぞれ別の伝令に持たせて別の進路をとって王都へ向かわせるのだ。

「ふう」

 さすがに、疲れた。

 しかし、昂揚感が疲れを疲れと感じさせぬ熱をもってアレンの中にある。

 千人の兵を率いる、など男爵の跡取り息子に過ぎぬアレンには望外のことだ。

 これだけの兵がいれば、伯爵との戦いで傷付いた賊を討つことができるのでは――そんな誘惑を自分が自分にしていることに気付いて、少し驚く。

「自重自重」

 自分に言い聞かせた。

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