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もう床がいいです

「あちぃな」

 ケイトが、掌で顔を煽ぐ。

 出発のその日は暑かった。

「まだ出ないの?」

 家を出る時はやる気満々だったリーンは、待たされてしまうことにダレて億劫そうだ。

「こういうことには時間がかかるものです」

 と、言っているのは大きな荷物を背負ったエリスである。

 中に入っているのは彼女の食糧である例のスライムの材料となる植物などで、乾燥させているものなので、見た目よりかは軽いらしい。

 だが、それでもそこそこは重そうなので、疲れたら自分が持つとは言ってある。最初から重いだろうからおれが持つよ、とか言うと拒絶する子だというのは既にわかっている。

 アンは、荷物を置いて、その上で丸まって寝ている。

 とにかく、隙があるとすぐ寝る子である。

 場所は、いわゆる王宮前の広場だ。

 ミレーナに同行して中に入った経験はあれど、正門からではないので、その正門前のこの場は初めてだったりする。

 あまりの暑さに恨めしげに空の太陽を見ながら待たされているのは恵一たちだけではない。

 五百人近い人数が、広場に整列させられている。

 言うまでもなく、ヴェスカウ伯爵領に出現した魔王を名乗る者が率いる武装集団によって引き起こされている混乱に対して、情報収集と本隊派遣を告げるための先発部隊だ。

 彼らは何を待たされているかというと、この部隊の隊長であるアレン・ハウトが王宮内で摂政殿下たるメリナ王女に謁見し、軍権を授かる儀式が終わるのを待たされているのである。

 エリスが言うように、そのような国の儀式――しかも王やそれに準ずる人間が関わるそれは時間がかかるものだ。

 それでも、そもそもが可及的速やかなることを要する性質の任務である。まあ、実際は決定から本日の出発までけっこう時間が経ってしまっているわけだが。

 だが、だからこそメリナ王女もその辺りは気にして、儀式は簡略にとお達しを出しており、一時間程度でアレンは戻ってきた。

 手にしていた書類を広げてそれを待機していた兵士たちに示す。最前列の者でも書かれたことを読み取れる距離ではないが、そのポーズまで含めた儀式のようなものだ。

「この通り、自分アレン・ハウトは摂政殿下より諸君の指揮権を任された。我々の任務は噂ばかりが先行している事態の真実を見極めることと、その噂によって動揺した人心の鎮静という重大なものである。各人の働きに期待する」

 アレンが、傍らにいた側近に頷いて見せると、その男が大声で出発を命じた。

 あらかじめ決められた通りに、各隊進み始める。

 列の真ん中辺りに、ハウト男爵家の兵士に囲まれたアレンが馬上で往き、恵一たちはその後ろ辺りに位置していた。

 軍装を揃え、足並みも揃え、男爵の軍はさすがに統率のとれた正規軍という感じがするが、それにくっついていく恵一たちの一団は、やはり五人中四人が年端もいかぬ少女なだけあって、なにかの間違いで紛れ込んできた連中にしか見えない。

 唯一の男である恵一からして、剣を腰から下げているものの、決して頼もしそうには見えぬ風貌である。

 実は今度の出征にあたって皮鎧なんかを買い込んできているのだが、今は着ないで背に負った荷物に入れてある。理由は暑いから、というのに尽きる。さすがに出発初日に戦闘になるとは考えられぬので、それでよかろうということにした。

 一団の中で先頭を行くリーンは、ほぼ獄舎にいたので初めて見るものも多く、物珍しげに見回している。

 大群衆が集まって見送る、というようなことはなかったが、そこそこ見物している人間も多い。

 ケイトは、その中に知り合いを見つけては手を振ったりしている。

 進んでいると、ミレーナがいた。

 いつものよく見るお忍びではない。周囲に数人の護衛らしき男たちをつけて、服装もいかにも貴族の令嬢らしい、その格好で街を歩いていたら浮いてしまうようなものを着ている。

 ミレーナが頭を下げるのに、アレンが鷹揚に右手を上げ頷いて応える。

 恵一も、前を通る時に目が合った。

 何か言ったようだが、もちろん聞こえない。

 状況からして、自分の武運を祈ってくれたのだと思う。

 やがて、隊列は王都の中でも繁華な場所を超え、門をくぐり、人家も遂に絶えて草原の中を通る街道に入った。

 ここまで来ると、どうしても全体に弛緩した空気が流れた。出陣という一つのイベントが終わり、かといってまだまだ危険の無い地帯で緊張感を持てるところではない。

 後はひたすら歩くだけで今日の行動はおしまいだというのがわかり切っている。

「エリス、持つよ」

 自分から言ってくるのを待っているつもりだったが、やっぱりと言うかエリスが全く何も言ってこないので、やや強引にエリスの荷物を持った。

 案の定、難色を示したエリスだったが、治癒魔法を使えるエリスはこの部隊の大切な戦力であるから部隊のためにも、体力を温存するべきだと説いてなんとか荷物持ちになることができた。

「少し急げ」

 だいぶ歩いてきたところで、騎乗した兵士が前方からやってきてそのように声をかけ、そのまま後ろへと駈けていった。その先でも同じことを言っている。

「速度を前に合わせよ」

 そんな声も聞こえてくる。

 やがて、先頭の列が足を早め、その後ろの列がそれに追随し、それを繰り返すことにより部隊全体の速度がやや上がった。

 さらに一時間ばかり歩くと、陽が落ちてきた。

 舗装された街道ではあるが、さすがに灯りの類が道の脇に設置されているということはなく、陽が完全に落ちれば周囲は闇になる。

 そこそこ都会に住んでいた恵一が、こっちの世界に来て驚いたのは闇夜の闇っぷりである。もう、本当に前方が見えないのだ。

 大丈夫かな、と心配したものの、その時間は長くはなかった。すぐに前方に幾つもの灯りが集まっているのが見えたからだ。

 さては、先程行軍速度を上げたのは、陽が完全に落ちる前にあそこに辿り着くための調整だったのだな、と納得しているうちに、街の灯はどんどん近付いてくる。

 街に入ってぼさっとしていると、ハウト男爵家の者らしい兵士がやってきて今夜の宿へと案内してくれた、というほど丁寧ではなく、指差してあそこの二階だ、と言って去っていった。

 あそこ、というのはそこそこ大きな宿屋で、そこの二階の一室にどうにか辿り着いた。

 廊下にいた者に聞いたらそこだ、と言うので入ってみれば、狭い。

 二人部屋で、ベッドが二つあるが、それ以外の余地は非常に少ない。五人でこれはやはり狭い、と言わざるを得ない。

 間違えたんじゃねえか、と思ってもう一度聞いてみようかと言ったが、

「まあ、こんなもんだろ」

 と、ケイトは部屋に入って開口一番、狭えなおい、と言ったくせにすっかり納得している。

「てか、けっこういい待遇だと思うわ」

 普通の旅客であれば、確かに五人でここに通されたらナメとんのかと暴れていいところだが、考えてみれば、自分たちは軍隊の一員なのだ。

 そこそこ大きな街だが、五百人近い人間を宿泊させる施設は無いかもしれぬ。そうなるとその辺の地べたに寝かされる者もいるだろう。

 それを考慮すれば、狭いと言っても宿屋の一室をあてがわれたのはそれほど悪い待遇ではない。

「ケーイチはやっぱり、ハウト男爵んとこじゃ顔なんだよ」

 そして、ケイトに言わせるとこの厚遇も、ひとえに恵一がお嬢様の命の恩人という燦然たる功績の持ち主だからである。

 その後、飯を食って、さあ寝るぞ、という段になった。

 恵一は、自分が床で寝て、それぞれのベッドに二人ずつ寝る、と考えていた。というか男は自分一人なので当然そうなるものだし、そうすべきだと思っていた。

「では」

 しかし、エリスがさっさと寝袋に入って床に転がってしまった。

「あ、エリス、ちょっと」

「なんですか」

 既に眠たそうな声が返ってくる。

「おれが床に寝るから、エリスはベッドに寝なよ」

「別にいいです」

「いや、でも……」

「私はこれが落ち着いて寝られるのです」

 それきり返事が無くなってしまった。さっさと就寝したらしい。

 ケイトの家に住み始めてからも、特に寝具を用意せずに寝袋で寝ていたエリスだが、彼女は基本的に寝る時はコレのようだ。

「うー、わたしも寝る」

 いつもは隙あらば昼寝しているアンである。今日は行軍続きで寝ておらず、彼女もまた眠くてしょうがないようで片方のベッドに素早く飛び乗って丸くなってしまった。

「おー、あたしも今日は疲れたわ」

 ケイトが、そうするのが当たり前というようにアンの横に転がった。

「え、ちょ!」

 ケイトにしてみれば、普段からアンと同じベッドで寝ているために、彼女と同じベッドを選ぶのが自然だったのだろうが、そうなると残りは――

「私たちも寝ようか」

 もう片方のベッドにリーンが転がり、片側に寄って半分スペースを空けてくれる。

「いやー、でも」

 やっぱり、既に寝息を立てているエリスを起こす……のはとても怖いから、寝袋ごとベッドに上げて自分は床で寝るべきではなかろうか。

 突如リーンが立ち上がり、襟首引っ張ってきた。顔と顔が近付いたところで小声で囁いてくる。

「まあまあ、あんたにしたら、ケイトと寝たいんだろうけど、我慢しなさい。私もアンもエリスも同じ部屋にいんのよ」

 そう言って、ぽんぽんと肩を叩いてから、またベッドに転がってしまった。

 ああ、そういえば、リーンは恵一のケイトへの尽くしっぷりは、これは彼女に惚れているからに違いなしと思い込んでいるのだった。

 そんなことを考えている間に、リーンも早々に寝入っている。エリスはもちろん、ケイトもアンもとっくのとうである。寝付きのいい子たちだ。

 しばし悩んだ末に、恐る恐るリーンの隣に寝転がる。極力触れないように端に寄って、寝返り打ったら間違いなく落ちるので、下にエリスがいないことを確認し、ふう、と息をつく。

 日中行軍だったから、恵一だって疲労はある。今日はもう寝床に入って目をつむればすぐに寝てしまうだろうと思っていた。

 しかし、この状況は想定していなかった。すぐ横で寝ているリーンの寝息が嫌でも聞こえてきてしまう。

 リーンは、こいつはケイトに惚れている、それゆえに自分はそういった情動の対象外であるから安心だ、と思っているのだろうが、実を言うとこの四人の中でもっともそういう対象なのがリーンなのである。

 ケイトにもアンにもエリスにも、それぞれ魅力を感じていないわけではない。

 ケイトは、とにかくひたすら気兼ねをしないでいい。付き合っていて精神的疲労みたいなものがほぼ無い。

 またなんかやらせる気だな、と思ってゲンナリすることが無いわけではないが、その気というのが丸分かりであれこれ気を揉まないのがいい。

 ただ、それが反面ではあまり異性を感じさせない原因にもなっており、女の子を相手にしている、と感じることが極めて薄くなってしまっている。

 アンは、これは基本的に決められた範囲内において好きに生きており、他人もそうするのが当然と思っていてそういった干渉は全くしてこない。これもまたケイトと同様、いやそれ以上に付き合っていて圧迫されるようなことが無く、気兼ねが無いのがいい。

 だが、見た目は、可愛らしい少女なのだが、獣の耳と尻尾も手伝って、どうしてもそういう対象からは外れてしまう。

 丸まって寝ている時など、とても可愛いなあ、と思うこともあるのだが、やはりそれは猫とか犬に感じるそれに近いのだ。

 エリスは、これは先の二者とはだいぶ違うタイプだが、彼女にも魅力を感じていないというわけではないのだ。

 幸い自分はそこまで負の感情をぶつけられたことはないが、軽蔑すれば遠慮なくそういう態度をとるのはゲオルグなどを見ていてわかりきっているので、話すのにだいぶ気を遣う。

 圧迫される思いになることもしょっちゅうであり、精神的疲労はかなり感じる。

 で、まあ、年頃の女の子に失礼だから、口に出すのは当然として内心で思うことすらいけないと思っているものの、どうしても思ってしまうのは彼女の顔である。

 呪術のせいで、どっから見ても重病人に等しいそれは、可愛いとかそうでないとかいう以前に彼女をそういう対象として見ることを拒んでいる。

 むしろ、エリスにしてみたら、そういう目で見られないのは望むところなのかもしれないが……。

 じゃあ、どこに魅力を感じているのかと言うと、しっかりしているところだ。

 金貸しなどという生業で生きているのだ。しっかりしていなければやっていけない。

 そして、しっかりしているというのは生活力があるという意味合いだけではなく、一貫した信念に基づいて行動していて、それを通すと自分が損をするという場合でも、躊躇わずにその損を選ぶという筋の通ったところも指す。

 と、三者三様に魅力を感じ、同時にあんまり異性として見れない彼女らと比べてリーンはどうか。

 まず出会ってすぐに受けた――こんな自分とそう変わらぬ歳の女の子がこうも簡単に命を捨ててしまえるものか、という強烈な印象があり、それがそのまま減じることなく続いていて、恵一はそこに言い知れぬ魅力を感じている。

 それだけならば、異性に限らず同性にも感じる畏敬の念とも言えるが、そういった面を持ちつつも一方でやはり歳相応の少女であり、物心ついてからずっと盗賊団でお頭の娘として生きてきた彼女はひどく世間知らずで、ほうっておけないという気持ちを惹起する面もある。

 それと、一つ屋根の下で起居をともにしていないことが、近過ぎず遠過ぎずの適度な距離感を生んでいる。ぶっちゃけ、ケイトは色々な意味で距離が近過ぎなのだ。

 そういうわけで、隣で寝るのにはリーンが一番ドキドキするのである。

 で、そんな気持ちも知らないで、安心しきってすぐそばでグースカ寝ているのである。

 明日の早朝出立は通知されており、遅くまで起きている者もいないようで、周囲からは全く音は聞こえない。

 そのため、寝ようとするとみんなの寝息がやけにはっきりと聞こえてくる。

 どいつもこいつも安らかそうに寝ており、一瞬眠れんこっちの気持ちにもなれと思わんでもないが、その安らかな寝息は聞いているとこちらも安心させてくれるものがある。

 寝息のリズムと疲労感も手伝って、ふっと意識が落ちかける。ああ、このまま眠れそうだと心地よく思った瞬間に胸部に衝撃が来た。

「おふぅ」

 変な声を出して、その正体を見やれば、いやまあこの状況ではそれしかないであろうことは見る前にわかっていたが、果たしてそれをもたらしたのは寝返りを打ったリーンの裏拳であった。

 まさに寝入ろうとしていた出鼻をくじかれて眠気がふっ飛んだ。

 まいったなあ、リーン、寝相よくないのかなあ、と思った時にはリーンがもういっちょ寝返ってきた。

「うおっと」

 そのまんまだと、リーンが自分に覆い被さってきてしまい、思い切り体が密着してしまうためにそれを回避しようとしたらベッドから落ちそうになる。

 ギリギリのところで堪えつつ見れば、もうベッドの面積の八割ぐらいはリーンが占領してしまっている。

「うん」

 恵一はどうすべきか考えて、ベッドから下りた。打開策を思い付いたというよりは諦めたと言ってよい。もうこのまんま床で寝るつもりだ。

 それには、エリスにちょっと動いてもらわないと窮屈なので、そーっとエリス入りの寝袋をケイトたちのベッドの方へと押してスペースを作る。

 一息ついて、転がる。床が固くて寝心地がいいとは言い難い。

 今晩は我慢するとして、明日からもこんな感じだと背中が痛くなりそうだからなんとかしないといけない。

「ふふふ……」

 楽しそうな、笑い声が聞こえてきた。

 この声は、エリスだ。

 ハッとして、まさか一連のリーンにベッドを追い出されて床に移ってきたのを見られていたのかなと思い、バツが悪そうにエリスを見ると、寝ていた。

 完全に寝ている。

「ふふふ……」

 でも、時々笑っている。

「なんだ。寝言……っていうのかな、笑い声も……」

 とか独語している間にも、エリスは何が楽しいのか、笑っている。

 いい夢でも見ているのだろうか。起きてる時にはろくにお目にかかったことがない唇の形をしている。

 しばらく暗闇の中でゴソゴソやっていたので、目は慣れていて、エリスの表情ははっきりとではないが見える。

 ちょっと、ドキッとする。

 エリスって、こんな可愛かったっけかな、と声に出しそうになって、それは慌てて口の中にとどめる。

 エリスが目覚める気配が無いのをいいことに、まじまじとその顔を見やる。

「ふふふ……」

 また、笑っている。

 いつもと、なにが違うんだろうと思いながら見ていて気付いたのは、まず目の下のクマが闇に紛れて見えなくなっていることだ。顔色の悪さも同様である。

 それと、目を閉じているのも大きい。

 エリスとて、普段から殊更睨みつけるような目をしているわけではないが、どことなく突き放しているというか、見る、というよりか観察している、とでも言いたくなるような目をしていることが多い。

 正直、目が合ってしまうとついつい反らしてしまうことも多々あり、顔をまじまじと見ることなど思いもよらない行動であった。

 それが目が閉じられていて、さらにはすっかり眠っていることもあって、こうしてけっこうな近さからじっくりと見ることができる。

 そうして見ると、エリスの顔立ち自体はやはり整っている方なのだということがよくわかる。

 ゲオルグも言っていた。呪術とかやらんでいたら普通に可愛い女の子だったろうにと。

 幼くして才能が認められて留学し、実際に十五歳にしてレベル12に認定されている。

 その留学の費用を出して才能を伸ばす機会を与えてくれた両親に関しては、素っ気無く死んだと言うばかりで触れたがらないが、決して嫌ったり憎んだりしていた様子は見えない。

 きっと、両親の死が、エリスが呪術師となった理由に深く関わっているに違いないということは、さすがに恵一にも推察できる。

 両親が誰かに殺されていて、その仇討ちのためではないかというのが真っ先に思い付いたことだが、それにしてはその仇を探すような行動をしているようには見えない。

 まあ、出掛けると言ってしょっちゅうどこかに行っているし、調査業者とも付き合いがあるのだから、恵一が知らないだけで探しているのかもしれないが。

「ふふふ……」

 相変わらず、エリスは眠りながら笑っている。

 留学する前の、まだ両親と暮らしていた頃の夢でも見ているのかもしれないな、と思って、そう思うとなんだか不躾に顔を見続けているのが、それを邪魔しているかのような気分になってきた。

 おれも寝よう。明日は早いんだ。

 そう自分に言い聞かせるように、目を閉じる。

 日中歩きづめで疲労はしっかりと体に溜まっている。

 一度落ちれば、後は転がるように睡魔に身を委ねていた。


 目を開けた時、既に部屋は明るかった。

「おはようございます」

 だから、そう言ったエリスの顔がよく見えた。

「うおぁ!」

 じっと自分の顔をエリスが見ていることに気付いて、次の瞬間には床上で仰け反った。

 人の――しかも女の子の顔を見てのその反応は失礼と言うしかないが、幸いと言うべきかエリスはそういうことを気にする子ではない。

「おはよう、エリス」

 やっぱり、エリスの目には少々威圧感があるなあ、と思いながらもそれを表情に出さずに挨拶を返す。

「あっはははっは」

 上の方から聞こえてきた哄笑はリーンのものだ。

「なに、ケーイチ。落ちちゃったの!」

 楽しそうに笑っている。

 どうも、彼女は寝返って恵一を追い出したのちに、逆方向にゴロゴロいって元の位置に戻ってその状態で目覚めたらしく、恵一が勝手にベッドから転落したと思っている。

「あ、ああ、そうみたいだね」

 いちいち昨日のことを説明することもないので、そう合わせておく。

「おーぅ」

 リーンの笑い声に起こされたのか、ケイトがもぞもぞ起き上がってくる。

「なんだよケーイチ、落ちたのか」

 まあ、状況を見ればそうとしか思えまい。

「飯だぞ」

 と、部屋のドアを開けて言ったのはアンだ。逸早く目覚めた彼女は、朝の炊事の臭いを嗅ぎつけて見に行っていたものらしい。

「おーし、飯食って出発だあ」

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