一応男の子
明日、出発するので指定の位置に集合せよ。
との、命令が来た。
いよいよか、と勇み立つ恵一たち。
魔王討伐軍の先発部隊に加わって出征するということは、ケイトが言い触らしたおかげで、近所で知らぬ人はない。
表で、剣の素振りをしていると、そんな御近所さんから、
「おう、頑張れよ」
と、激励された。
既に、ヴェスカウ伯爵討死の報は、王宮内だけの秘密ではなくなっている。
本人も、その率いるところの軍隊も勇猛精強で知られる伯爵のそのような噂に、その魔王とか名乗ってるアホは、アホはアホでもかなり強いのではないか、と不安がる声も日に日に高まっている。
メリナ王女の名で、既に討伐軍の編成は進行しており、先発部隊の出発も近い、という布令が出ており、王都の住民が危険を感じて恐慌をきたすようなことにはなっていないものの、漠然とした不安は消えない。
そのように、不穏な噂が素早く流れたのは、ヴェスカウ伯爵領の周辺に領地を持つ連中からの使者が、王宮に報告を行ったのちに、そのまま街に行ってその話を流布したのだという話がまことしやかに廷臣間で語られているという。
その理由としては、彼らが自分たちを見捨てたりしないように、王都の人心に動揺を与え、民衆の間から、そんな大変なことになっているのならば早く軍を派遣しろ、という声を起こすためにしたことだという。
しかし、それはちと穿ち過ぎというものだ。王都から遠い地のことだからと見捨てるなどということはありえない。そんなことをしたら、求心力を失い、結局王都すら失うかもしれないのだ。
これは、見捨てるつもりなど無かったが、なぁにヴェスカウ伯爵がいるのだから、彼の老練たる手腕を信じて勝報を待てばよい、対策など無用だ、という態度を取っていた者たちが、その予想が覆されて自分の態度はいかにも地方の領主たちを見捨てようとしていたと解釈されてしまいかねないのでは、と危惧し、いささかの後ろめたさも感じ、そこからの反動で、その領主たちが意趣返しのような真似をしたのでは、と勘繰ったものであり、実際のところ情報を欲していた民衆は、それこそ乾いた土に水が……の例えのようによく吸収し、よく拡散したということなのだ。
「おーう」
と、声がした。また御近所さんかな、と思いそちらを見ると、見覚えのある男が立っていた。
「えーっと……ああ、獄舎の」
エリスに面会しに行った時に、何度かお願いして、それと同じ数だけ袖の下にアレした獄舎の看守である。
「どうしました? エリスなら中ですけど」
従軍のため一時釈放され、出発までゆっくり休んで鋭気を養うことが許されてエリスは家にいる。
「いや、あっちじゃなくてな」
あっちじゃなければ、どっちだ。
「お前、リーンとかいう労役刑の娘の子分なんだろ」
「えーっと、まあ、友達です」
さすがに、子分になったつもりはないが、友達だとは思う。
「アレがなあ、魔王の討伐軍に参加したらあっこから出られるって誰かに聞いたみたいでよ」
「え、まさか……」
「お前を呼べ、って騒いでんだよ」
「あ、やっぱり、そういう……」
「まあ、とにかく行ってやれ。おれが帰りに寄って声をかけておいてやるって言って落ち着かせたけど、力ずくで脱走してここに来かねない勢いでな」
まあ、脱走すると言っても悲しいほどに正面突破しかしないであろうからできやしないであろう。
「う、うーん、出発はもう明日なんですよ」
「あー、そりゃあ、しんどいな。でもまあ、一度行ってやれ」
なんかもう、凄いリーンの肩を持っている。
「とにかく、これ以上騒いで本格的に脱走なんぞしようとしたら、庇いきれん」
と、言うことは、庇う気はあるというか、今までけっこう庇ってきているということである。
リーンは袖の下に入れるものなど全く持っていないし、そんな知恵も無いであろうからこの看守の態度は、リーンの人格に影響されてのものと考えるしかない。
人格的影響力、などというと凄まじく大層なものに聞こえるが、恵一は自分もちょっとやられているところがあるので、そういう気持ちはわかるのだ。
あまりにも無防備に危険地域に向かって全力疾走していく姿を見せられると、ちょっと待てと止めたくもなるし、そうやって一度止めに入ったらズルズルとなんか彼女のために行動する羽目になっている、というような感じは、とてもよくわかるのである。
「あー、じゃ、まあ、行ってみます」
「おう、頼んだぞ」
大きく溜め息をつく。
「はぁ、じゃあ、行くかあ……」
行ってどうするのか。順当に考えれば、リーンを説得すべきであろう。もう出発は明日だし、従軍するのは無理だから、おとなしく待ってなさいと。
で、まあ、それが無理なことが嫌ってほどにわかっているので、溜め息も出る。
だが、とにかく行ってみて、リーンに会いに来た旨を伝えると、あっさりと通された。あれ? 袖の下にアレするのはいいの? と密かに用意しておいたゴールドをポケットの中でじゃらじゃらさせながら、案内されるままに着いて行く。
リーンは、独房に入れられていた。年頃の女の子なのが考慮されているのかと恵一は思った。
確かに、それは考慮されていた。なにしろ色気もなにも無い囚人生活である。そこに、色気……は無いが、十五歳の出るとこ出始めて女の体になりつつある少女がいたら、どうしたって情欲の対象となる。
リーンが他の囚人に襲われる、という予測は誰でも思い付くものであったが、むしろ危惧されたのは、そうなった時にリーンが反撃して死人が出ることである。
労役刑に服している囚人の中ではリーンは一番レベルが高く、また自分をそのような対象として襲いかかって来た者への反撃に手加減などする性格でもないし、さらにはそこで相手を殺してはさらに刑期が延びてしまうから控えよう、とかいう計算をするような頭がきれいさっぱり無い。
実際のところ、労役中にけっこう無防備な体勢でいるリーンを眺めてニヤニヤする……以上のことをやろうとする者は囚人の中にはいなかった。
リーンが、自分よりレベルの高い盗賊団の頭を一騎打ちで討ち取ったことは知られており、そのような恐ろしい女に手出しして手痛い反撃を受ける覚悟のある者はいなかったのである。
「お、ケーイチ、来たわね」
扉を開けると、とても明るい笑顔のリーンがいた。
「よし、行くわよ」
ずんずんと外に出て来ようとするので恵一と、それとさすがに看守が止めた。
「まあまあ、待って待って」
「なによ、早く行きましょうよ」
なんか、もう、既にあらゆることが決定したかのような態度である。
「えーっとね、リーン」
「ああ、わかってるわかってる」
と、リーンは言うのだが、絶対わかってないと思う。
「エリスと同じようにしてくれりゃいいのよ、ケーイチがいいようにやってくれるんでしょ」
保証人になれ、とか言われるかと思っていたが、さらに大雑把に投げてきた。
「えーっと……」
どう説得したものかと考えあぐねる恵一に、看守が助け船を出した。
「お前が保証人になるなら、うちとしては一時釈放には問題ないぞ」
いや、あんまり助けてはいなかった。
「とりあえず一時釈放にして、それで連れてったらどうだ」
そんなの通るのか、という話だが、エリスが喰らった禁固刑に比べると労役刑というのはその辺の融通が効くらしい。
「よし、じゃ、それにして」
リーンは、どうやら恵一がなんかすれば出られるらしいということだけは察知したようで、嬉しそうに頷いた。
なんかもう、リーンはもちろんだが看守も彼女をここから出そう出そうとしているように見える。
その辺りのところを突っ込んで尋ねると、
「なにかっていうと脱走しようとするからなあ」
そんでまあ、庇いきれなくなったらどんどん刑期が増えていくことになるだろうが、それは不憫だし、なにより相手するのが面倒臭い。
「こいつは、もうどうしようもねえだろうなあ」
その、どうしようもねえのを恵一に押し付けようと、要するにそう言っているわけである。
「アレでしょ、またこないだみたいに戦えばいいんでしょ。ここで石運んでるよりそっちの方がずっといいわ」
リーンは、胸をふふーんと張って得意気である。
石を運んでる方が安全だよ、と一応説いてみたのだが、そんなもんは案の定全く効果無しである。
しばらく労役刑に服していたが、その間にも彼女の性質というか本質は変わっていないらしく、死ぬかもしれないよ、というのが全く脅しにならないのだ。
「うん、こういう奴だからなあ、石運んでるより、従軍して戦った方が本人のためにも、お国のためにもいいんじゃねえかなあ」
そこに、呼んでおいたという魔術師がやってきた。なんかもう、完全にカタにハメられてんじゃねえかという自覚をしつつ、恵一はリーンの一時釈放の保証人となった。
「よっし、行くわよ」
「おう、しっかり働いて手柄立てて刑期全部無くしちまいな」
看守たちに見送られて、恵一とリーンは獄舎を出た。
さて、早速ハウト男爵邸に向かってリーンの従軍許可を得なければいけない。そこでアレンに断られたらどうにもならないからね、というのを口を酸っぱくして何度か説明しても、リーンは大丈夫だの一点張りである。もちろん、根拠は無い。
「あ、そういえば……」
恵一は、リーンのことばかりに意識が行って忘れていたことを思い出した。
「グールトさんは、一緒に行かないでいいの?」
グールトこと、リーンの子分である彼も、労役刑を打たれたという話であったから、あの獄舎にいたのではなかろうか。
まあ、一緒に行くとなると、グールトの保証人にも結局は恵一がなるのであろうが、もうここまで来たらいくらでも捺印してやる、という気持ちになっている。
「あー、グールトは、いいわ」
あっさりとリーンは言った。
「グールトは、石を運んでるのがいいのよ」
「あー」
言われてみると、リーンの子分というものの、親分とは全然違う性質なので戦場に行って危険に踏み込むよりも、作業場で石を運んでいる方がよいかもしれない。
「そりゃ、一緒に来いって言ったらグールトはどこへでも着いてくるわよ」
リーンの父親を恩人だと思っているグールトは、その亡き後は、その忘れ形見であるリーンへその報恩の念からの忠誠心を捧げているところがあるので、確かにリーンが来いと言えばどんな危険をも厭わないだろう。
「でも、もう父さんの仇はとったんだから、グールトはこれからのことは自分で決めたらいいのよ、ていうか、そんな強くないんだから危ないことしない方がいいの」
自分はなにも考えずに危険なところへ進んでいくくせして、グールトに対してはそんなことを考えていたらしい。
自分の命を軽く扱いつつ、他人には意外に気を遣っているところなどは、彼女らしいと思う。
そうこう話しながら歩いている内に、ハウト男爵の邸宅に到着した。
名乗り、アレンへのお目通りを願うと、案外にすんなりと通された。
やはり一応、自分はこの家では好待遇を受けられるのだなと思いつつアレンがいるという部屋へ行ってみると、けっこう暇そうである。忙しい中を時間を割いてくれたのかと思っていたのだが、どうも普通に暇そうだ。
しかし、考えてみれば出発前日に主将たる者が駆けずり回っているようでは、それはそれで、まだ準備が整っていないということであり、まずい。
「おう……」
もともとけっこう気さくなアレンは、ぶっきらぼうな挨拶で恵一を迎えたが、その視線は見慣れた恵一ではなく、その後ろにいるリーンへと向く。
「あ、どうも、お忙しい中、すみません」
忙しくないというのはわかるが、一応、儀礼でそう言っておく。
「なんだ、そいつは」
単刀直入に聞いてきた。こっちとしては、その方が助かる。
「えー、実は……」
と、恵一はリーンのことを説明した。
「ああ、ミレーナが話していたな。そいつが、例の親父の仇討ちをした娘か」
「ええ、それでですね」
リーンが一年の労役刑を受けて収監中なのを、自分が保証人になって一時釈放してきたことを話したところで、アレンは右手を鷹揚に上げた。
「ああ、わかったわかった。そいつも、魔王討伐軍に入りたいんだな」
話が早くて、とても助かる。
「収監される時に鑑定は受けたんだろ。レベルはいくつだ?」
「6よ」
無闇に不敵な面構えで、リーンは言った。まるで挑むようだ。
ここに来る最中に、これから会うアレンという人に認められたら従軍が許されるということを言ってあり、その際にリーンは任せろとばかりに深く頷いていたのだが、なんか変な感じに理解している恐れがある。
「自分よりレベルが高い仇を一騎打ちで倒したという話だが、どうやったんだ?」
不敵な顔のまま、リーンが恵一の方を見てくる。どう、って言われてもどう言ったらいいものかよくわからないようだ。
「えーっと、それはですねえ。捨て身で……」
「そうよ! 捨て身よ!」
しょうがなく、恵一が言うと、その言葉にリーンが食らいつくように被せてきた。
「捨て身よ。んで気迫よ」
これだ。これで十二分に説明した、と言わんばかりにリーンは誇らしげである。
「あー、捨て身で、気迫か」
「そうよ、死んだるわって気迫で行ったら、なんとかなるもんよ」
ジェークを討った経験が、彼女にそのやり方の正しさを確信させたようである。
「うーん……まあ、いいだろう。お前みたいにイキがいいのがいると、士気も上がるだろう」
いざとなったらやばいとこに突っ込ませる要員にしよう、という本心は隠しつつ、アレンは言った。
それに、実際のところ、そういう危険を恐れず真っ先に突っ込める兵士というのは、貴重である。
アレンに許可を貰い、意気揚々としたリーンを連れて家に帰った。
「おー、ケーイチ、どこ行ってたんだよ」
そういえば、表で素振りを……と言って出たきりであった。
「ああん? リーンじゃん。なんでリーンがおんの?」
「ああ、まあ、飯食いながら話すよ」
と、そう言う恵一の手には帰りに買ってきた食べ物がある。獄舎での不味い食事に不平たらたらのリーンのために買ってきたのだ。
椅子で寝ていたアンと、スライムを作っていたエリスも、リーンの姿を見るとさすがに驚いたが、エリスはすぐに了解した。
考えることは皆同じというか、囚人がとりあえず牢獄から脱出し、さらに減刑を勝ち取るには軍役が一番いいのだ。
「そういうわけで、私も一緒に行くからね」
「あー、いいんじゃね、リーンけっこう強いし」
「私が突っ込むから、みんな着いてきなさい」
肉の串焼きにかぶりつきつつ、頼もしげにリーンが言う。
「リーンとケーイチが突っ込んで、あたしとアンが矢を撃つだろ。んで怪我したらエリスが治す。完璧だな、どこにも隙がねえぞ」
と、その陣容にケイトは大満足の体だが、部隊配置とかはどうなるのであろうか。
討伐軍先発隊は、約百人のハウト男爵家の兵を中核に、募った連中を合わせて五百に少し届かんぐらいだとアレンから聞いていた。
ハウト男爵家の百人は既に部隊割等はできているのだろうが、その他の連中はどうなるのか。
「まあ、適当に分けるだろ」
軍隊に志願してくるのだから、本職――すなわち傭兵が多く、その辺の連中は既に部隊の形になっている者も多い、それらを除いた者たちを上の方で分けるのだろう。
「あたしらは、この五人で一部隊ってことでいいんじゃねえの」
「うん、それでいいわよ」
「いや、それおれたちで決められるのかな? てか、決めちゃっていいの?」
「なんだ」
ケイトは、やや呆れたような顔である。
「そんなこと気にしてたのか。そんなの明日集合場所行った時に、おれらはこの五人で行動するけんね、って言やあそれでいいんだよ」
「そ、そういうもん?」
「あのなあ、ケーイチ」
ケイトは、笑いながら肩を叩いてきた。
「ケーイチは、ただの一兵卒じゃねえんだぞ、男爵家の連中の態度だって、そんなんじゃないだろ」
「ああ、うん」
お嬢様の命の恩人であり、さらには紛糾したリアントゥム男爵家との問題解決のための決闘でリアッセ・リアントゥムを打ち負かした恵一は、ハウト男爵家内ではけっこうな有名人である。
「ほじゃけんよ、変に卑屈になったって損するだけだぞ、威張り散らせとは言わんけど堂々としてろよ」
「う、うん」
「頼むぜ、ケーイチはあたしらの部隊の隊長じゃけんね、必要以上にヘコヘコされるとあたしらも軽く見られちゃうじゃんか」
隊長、とか言われると、けっこう責任を感じてしまう。
「んー! んむむ!」
「うん、口の中のものを飲み込んでから話そうな、待ってるから」
リーンがモゴモゴとなにか言い出したので、ケイトが窘める。
「隊長は私じゃないの」
ああ、そこに食いつくのね。
「話聞いてたろ、ケーイチはあそこじゃけっこう顔なんだよ」
「なんだっけ? お嬢様を助けたんだっけ? なんか聞いたわ」
「だから、ケーイチを隊長つうか代表にしといた方が色々いいことあるんだよ。まあ、今回はケーイチを立てとけよ」
「立てるとなんかいいことあんの?」
「ケーイチが色々してくれるぞ」
「なるほど、わかったわ」
既にけっこう色々してると思うのだが、この上に何かさせられるのであろうかと不安になっていると、リーンが真っすぐに見つめてくる。
「え? ど、どうしたの?」
「ケーイチが隊長になるなら、ケーイチが最初に突っ込むのよ」
「え? あ、ああ」
リーンにとって、隊長とはそういうものらしい。
なにかと隊長やらお頭やらになりたがるリーンだが、それになった以上、危険に身をさらすことを厭わないところは、人の上に立つ者としての器量があると言ってよい。
自分にそういう器量はあるかなあ、と自問すれば、無いんじゃないかなあと答えざるを得ない恵一である。
「まあ、レベルで言えば、リーンさんよりアマモトさんが先頭に立つのが順当ですね」
それまで黙っていたエリスが言った。
確かに、その通りではあるのだが、やはり度胸と言うか胆力では明らかにリーンの方が上である。
自分にできるだろうか、と、ふと不安になって見回せば、四人の少女がいる。
ケイトにアンにエリスにリーン、それぞれに質の違う強さを持っている子たちで、自分がそんなに心配してやる必要は無いかもしれぬ。
でも、全員、女の子なのだ。付け加えるなら、全員年下だ。
度胸とか胆力とか、人の上に立つ器量とか――
考えれば考えるほど、そういうものに乏しい自分を自覚する一方であるが、この子たちが後ろにいるのならば、なんとか、等身大の自分を少しは大きくできそうだ。
恵一とて、その程度には「男の子」であった。




