保証人
いつものようにゴールドを握らせて連れてきてもらった牢獄において、エリスは陽の光の当たる所に座っていた。
この前来た時と時間が違うために太陽の位置も違い、今日はエリスは壁際ギリギリのところにいる。
「今日は、どうしました?」
と、不思議そうにエリスが言ったのは、草もスライムも少し前に当分大丈夫という量を差し入れしていたためだ。
「いや、実は……」
と、魔王を名乗る者が現れたこと、武勇をもって知られるヴェスカウ伯爵領を荒らし回っていることから、本物の魔王でないにしても相当な力を持った者であるのは間違いないということ等々を話した。
「ほう、そんなことに」
他人のことに関心の薄いエリスだが、そういった世情には敏感である。これは、彼女が一人旅で移動することが多いためだ。
「ヴェスカウ伯爵の領地内は私もここに来る前に通ってきました。やはり、治安がよいですからね」
「うん、それでね……」
「ああ、アマモトさん、行きたいのですね」
記憶の手掛かり、として魔王云々のことは話していたので、エリスは言う前に理解してくれた。
おそらく、討伐のための軍が編成されると思うので志願兵という形でミレーナを通じたルートで参加するつもりだ、と伝えた。
「ふむ、なるほど……」
「ええと、それで、その間のエリスへの差し入れのことなんだけど……」
ケイトもアンも行くので、その間、ゲオルグに頼んだらどうだろう、という提案に、エリスはあまり、というかあからさまによい顔をしなかった。
「それは、駄目です。絶対に駄目です」
エリスが、ゲオルグにもともとよい感情を持っていないので、諸手を挙げての賛同が得られるとも思っていなかったが、こうまで拒絶されるとは思わなかった。
「なんでよ。そりゃ、適当な奴だけどさ、ちゃんと報酬は払うんだ。借金の額を減らすだけじゃなくて、一部を現金でやるって言ったら喜んでやると思うぜ。あんまり食えてないみたいだからな」
ケイトが、熱をこめてゲオルグを推薦する。
エリスへの差し入れについては、報酬を受け取る代わりに刑に服している三カ月間は行うと約束している。
口約束だが、約束は約束であり、破ったら確実にエリスは報復する、という点を除いても、ケイトもすすんで破るつもりはない。
そうなると、誰か代わりにそれを遂行してくれる人間をこちらで用意するのが筋であるという考えがケイトにあり、格好の代わりと思っていたゲオルグを断られては、困るのである。
「口に入れるものの調合をお願いするのですよ。信用できない人間には任せられません」
エリスは、断固たる拒絶の姿勢を崩さない。
「ああ、いや、そりゃあエリスはゲオルグさんのこと信用してないんだろうけど……」
「でもよ、なんつうの、いい加減な奴だけど、そういう毒を盛ったりとか、悪いことはしないと思うぞ」
ゲオルグは、悪いというよりも極度の無気力が問題なのであって、餌をぶら下げてやれば最低限の仕事はしてくれるはずだ。
「いえ……」
だが、エリスはまた異なる見解を持っているようだ。
どうしようもねえ人だけど、悪い人間じゃない、という恵一とケイトの感想とは違う。
「あれは、弱いのです。そして、あの弱さは悪になりうる」
自らすすんで悪をなすことはないが、しょうがないじゃないかと自分に言い訳をしながら悪に転落し、ズルズルと落ちていく。
エリスは、ゲオルグのことをそう見ていた。
言われてみれば……少し思い当たらぬこともない。そういえば、先日の騒動で色々やらかしてくれたグエンもそのタイプだった。決して、根っからの悪人ではないのだが、自分の保身のために小さな悪を重ねて、遂には大きな悪に手を染めてしまう。
「う、うーん」
恵一とケイトは、ゲオルグに代わりにやってもらう、というのをこれぞ名案と意気込んでいただけに、にべもない却下に遭ってしまい、唸りつつすぐにまた案が出て来るわけでもない。
「一つ、提案があるのですが」
悩んでいると、エリスがそう言った。エリスの方になにかアテがあるのか、と意外に思う。
信用できん人間にそんなもん任せるか、ということはエリスは恵一とケイトのことは少しばかりは信用してくれているということであろう。
だが、それ以外に、この王都にそんな人間がいるのだろうか。知っている人間がいたとしても、それはもう完全にビジネスの付き合いしかない人間ではなかろうか。
「アマモトさん、私の保証人になってくれませんか?」
「保証人?」
言いつつ、ちょっと、上半身を後ろに反らすようにしてしまった。正直、その言葉にあまりいいイメージは無い。
高校生の恵一は、自分がなるのはもちろん、そういうものを自分で用意するような経験も皆無である。
そうなると、情報源としてはニュースなどなどであるが、どうにも保証人関連のニュースというのは、自分が一円も使ったわけではない借金を被ってしまった、とかそういう類のものばかりである。
上手くいけば何も起こらないが、いかなければひどい苦労をする、という即物的に行ってしまえば、ノーリターンハイリスクのものである、という感覚がある。
「保証って、なんの保証だよ。エリスのこったから借金するわけじゃないだろ」
精神的にだいぶ後退した恵一をほっておいて、ケイトは冷静になんのための保証なのかを尋ねる。
「逃亡しない、という保証です」
逃亡しない、といってもそんなもの恵一が保証するものではなかろう。というか、現にこれだけ厳重な牢獄に閉じ込められている。これでエリスが逃げ出したら……それはこの牢獄の管理者の責任だ。
「まあ、説明します」
恵一とケイトの理解していない顔を見て、エリスは企図するところを詳細に説明してくれた。
エリスとしては、三カ月ばかり一室に閉じ籠もって考えにふけるのもよいかと、けっこう軽くこの禁固刑のことを考えていたのだが、実際にその境遇に置かれると、正直かなりしんどい。
後二カ月もあるので、辛いとこではあるが脱獄などという一時の解放感と引き換えにお尋ね者として生きる不自由を強いられるようなことはするつもりもない。おとなしくひたすら耐えるしかない、と思っていたところ、恵一から思わぬ話を聞いて閃いた。
「私も、魔王討伐に同行します」
恐れ多くも魔王を名乗り、ヴェスカウ伯爵領を荒らし王国の平和を乱す悪辣なる武装勢力に対しての軍事行動は国を守る行為である。
これに参加すれば、この牢獄から出して貰えるかもしれない。
もちろん、ただ手を挙げてやりますと言うだけでいいというような上手い話はない。どうしても、最低限そのまま逃亡しないことを保証する人間がいる。
「その保証人に、おれになれって言うのか」
「はい」
エリスの算段では、自分はそこまで悪質な――何もしていない人間を殺したり、王へ反逆するようなことはしていないのだから、討伐に従軍し、それをもって減刑が許されるのではないか、という。
「そんなに上手くいくかなあ」
恵一の感覚では、やはりエリスには悪いが彼女は歴然たる犯罪者であり、それを国のために働くから、と言って釈放するようなことがあるだろうか、ということになる。
だが、これは恵一の感覚が実状とズレている。
確かに恵一が暮らしていた現代日本においてはそのようなことは原則認められていないが、収監中の囚人であるが役に立つならばと解き放って使うようなことは歴史上珍しいことではない。
ましてや、この国は王が大きな権力を持つ王制国家だ。王が、現在は摂政たるメリナがよしと言えば、通るところがある。
そこで重要になってくるのが、その犯罪の悪質さで、先に述べたようなこいつは根っからの悪人ではないか、とか国に逆らうような奴ではないか、とか思われるようなものだとメリナも許可しないし、例え彼女が許しても彼女を補佐する者たちが止める。
「そこで、もう一つお願いです」
まさに、そこに、メリナに話を通して欲しいというのだ。
「えっ、そんなの……」
無理だ、と言おうとして、いや、ミレーナに頼めば可能か、と思う。
もちろん、エリスもそれをアテにしているのだ。
「先程の話を聞くと、どうせアマモトさんたちが参加できるようにお願いするつもりだったのでしょう。そこに私もついでに入れてくれればいいのです」
禁固刑中の囚人をついでに入れるのは、凄くハードル高い気がするのだが。
「まあ、頼むだけ頼んでみようや」
ケイトが肩を叩きながら言う。エリスがゲオルグに差し入れしてもらうのを頑として拒む以上は、他のよい代案は無いのだ。で、なんとしても魔王討伐行に自分も着いて行こうとしているケイトとしては、それで行けるなら、それでいいと思っている。
「治癒魔法使える奴がいると、なにかと便利だしな」
「それはまあ、確かに」
「それでは、お願いしますね。私は嘆願書を作成しますので、明後日にでも取りに来てください」
その嘆願書とやらを、なんとかミレーナを介して王女様に渡して欲しいのだという。さすがに王女様に直接読んでもらうのは、なにしろ忙しい人であるから難しいのではないだろうか。
だが、とりあえずは、やってみることを請け合って、獄舎を後にした。
「う、うーん、なんか、やることが増えてきたな」
正直、そろそろ荷が重くなり過ぎているのではないか、と思わないでもないのだが、討伐軍に潜り込んで、魔王に少しなりとも近付かなければならぬ以上、やることは全てやらねばならない。
家に戻ると、アンが出迎えるなり、
「来てるぞ」
と、言った。なにが来てるのか、という話であるが、一人で留守番中にアンが家に上げる人物と言えば限られる。
「おー、こりゃあ、どうもどうも」
先に入って行ったケイトがニコニコしているので、それで誰かはわかった。
おう仕事あったのか、金持ってきたのか、とか言わない辺り、ゲオルグではない。となると、もう一人しかいない。
「ああ、どうも、いらっしゃい」
「はい」
と、頭を下げたのは、やはりミレーナであった。
「あの、ケーイチさん」
挨拶もそこそこに、ミレーナは乗り出すように声をかけてくる。
「は、はい、なんでしょう」
その勢いにやや気圧される。
「あの、魔王の話はもう御存知でしょうか?」
と、言われて、ああその話か、と思う。
「それなら、少しは……実は、昨日ケイトと情報収集に行ってたんですよ」
「そうなんす。ちぃと酒場に行って旅のもんに話聞いたんですよ」
「あ、そうですか……やっぱり、もうお耳に入ってましたよね」
と、そう言うミレーナはなんだか沈んでいる。
「実は、一昨日姫様からの御使者が来まして」
その使者が、魔王を名乗る者を頭にいただく武装勢力がヴェスカウ伯爵領内に出現して暴れ回っていることを告げ、そのことをアマモト殿にお伝えせよ、とのメリナの伝言も付け加えていったらしい。
「ええーっ、おれに、ですか?」
確かに、記憶の手掛かりかもしれないので魔王について、どんな情報でもいいから欲しいと熱意をこめて話したつもりだが、まさか王女様ともあろう者が、そのことを気に留めていて、そのようにわざわざ使者を派遣してまで伝えようとしてくれたというのが、にわかには信じられず、かといってミレーナがそんな嘘つくとも思えないので本当なのであろう。
本当であるならば、自然、その親切さに感動を覚えてしまう。
「すぐに来れたら、よかったのですが」
せっかくメリナがそうまでして知らせてくれた情報を逸早く伝達することができずに、いわばその鮮度を腐らせてしまったことに、ミレーナは無念な思いを抱いているかに見える。
「お兄様がいけないのです」
唐突に、そんな言葉が出てきた。
ミレーナのお兄様と言えば、ハウト男爵家の跡取り息子であるアレンのことだ。
「お兄様が、お忍びの外出に厳しいからなかなか脱け出せなかったんです」
なぜか、もっともその辺に厳しいはずの男爵当人がろくに咎めもしないのに対して、そんなことは危ないからいかん、とある意味ごもっともなことを言っているのが、兄のアレンである。
そのアレンのせいで、やってこれなかった、とミレーナは言う。それはすなわち――
「アレンさん、こっちに来てるんですか?」
色んなところをほっつき歩いているアレンが、今は王都に滞在しているということを示している。
「はい。お父様が領地に戻っている間は、こちらにいるようにと」
王都にいて、色々と活動することは大事だが、もちろん領地経営も大事である。
一年のうちのいくらかは、男爵当人が領地に戻り、我が目でその地の状況を見ねばならない。
ハウト男爵やほっつき歩いていることが多いアレンの不在の間に領地を見ているのは、恵一たちも面識のある代官のブレンニールである。
ブレンニールは、どうもこの間のこともあり、アレンには、随分と物足りない男のような扱いを受けているが、男爵の信頼は絶大である。
王都での活動を重視する貴族にとっては、領地の留守を守る代官には、よほどの人材を得ないといけない。
領民を無用に苦しめ、その勤労意欲の減退や、果ては他領への逃散を招くような無能者が話にならぬのはもちろんだが、あまりに有能すぎると、主人の留守をいいことに好き勝手やる者も出る。
ハウト男爵は、代官に求めるのは能力よりも忠義、という考えであり、万事を無難におさめる能力を持ちつつ、主君への忠誠は篤いブレンニールのことは息子と違って高く評価しているのだ。
そんなわけで、決してブレンニールが不在の間によからぬことをしていることを疑っているわけではないハウト男爵だが、年に何回かは領地に戻って、領主の顔を領民に見せてやり、勤勉な領民にはお褒めの言葉と褒賞を授けてやったりと勤めを果たすのだ。
その間、王都のことはそれはそれで重要なので、アレンを呼び出して置いていったというわけだ。
見聞を広めるため、というアレン自身はほっつき歩きの口実にしていることを、男爵はそれも息子の成長のためにはよいと本気で考えているところがあり、これまで寛容だったのだが、そろそろ王都に常駐して社交のことも覚えろ、という感じになってきている。
で、そのためにアレンがこちらにいるのだが、そのせいでミレーナが前ほど頻繁に出歩けなくなってしまっているのである。
アレンは、一応付き合いのある貴族のところへ挨拶に行ったり、招かれたパーティーで愛想を振り撒いたりと、頑張っているらしい。
だが、彼が一番頑張っていることがある。
というか、挨拶も愛想も、そのためであると言ってもよい。
「お兄様、魔王討伐の軍に参加したいと、運動をしているのです」
ミレーナの元に、王女の使者が来たとあって、在宅していたアレンの耳に入り、彼も同席して話を聞いた。
魔王、という禍々しい響きの言葉を、さすがに鵜呑みにすることはなく、胡散臭そうな顔をしていたが、それでも、かの武勇の名高きヴェスカウ伯爵領を荒らし回っている凶悪な賊には違いない、と功名心を刺激された。
これを討てば、ハウト男爵の武名は響き渡るであろう。
「ケーイチ」
ケイトが、それらの話を聞いて、視線を走らせてくる。
鈍い恵一だが、さすがにその意図するところはすぐにわかる。
「お嬢様!」
「え? は、はい」
「その、魔王討伐軍に、おれたちも参加したいんです」
「え? え?」
思いもよらぬことだったようで、しばしミレーナは困惑していたが、恵一が以前から記憶の手掛かりとして魔王の情報を渇望していたことを思い出し、頷いた。
「それでは、お兄様にそのことを伝えておきます」
さらに、もう図々しいのは承知の上で、エリスのことについても頼んだ。
「はい、任せてください」
ちょっと頼み過ぎではなかろうかという恵一の心配をよそに、ミレーナは恵一に頼みごとをされて、嬉しそうに請け合った。
エリスに関しては、禁固刑を喰らっているというのが当然ながらネックであるが、犯行の経緯を説明すれば、アレンならば、
「ああ、そんなの殺るのが当たり前だ」
と、納得してくれるであろうとのことだ。
それと、やはり怪我がつきものの軍隊であるから、治癒魔法が使えるというのはとても大きい。
思わぬ展開だが、懸案が片付きそうなのに恵一は安堵した。いくらミレーナという強力なコネがあろうが、メリナに話を通すのは甚だ困難ではなかろうかと思っていたのだ。
ミレーナが即動いてくれたとしても、多忙を極める摂政殿下である。どうしたって優先順位というものがあるだろう。
「それでは、そろそろ……」
名残惜しそうに、ミレーナは席を立った。いつもならば、もう少し他愛の無い話をしていくのだが、やはりアレンがいるので遅い時間までいるわけにはいかないようだ。
「おい、上手くいきそうだな」
ケイトは、首尾よくいきそうなのに上機嫌である。
ただの一義勇兵よりは、男爵家の者の方がなにかと立場がよいし、なんといってもその男爵家において恵一は「お嬢様の命の恩人」という御身分であるから、ますますただの一兵卒として行くよりはよかろう。
翌日、またミレーナが来た。
なんだかんだで、アレンは討伐軍に自分をねじ込むのに飛び回っているらしく、ミレーナへの監視は緩みまくり、こうして抜け出すのも容易になったようだ。
そのこと自体は喜ばしいのだが、ミレーナはあまり浮かぬ顔である。
恵一たちの従軍願いにアレンがいい顔をしなかったわけではなく、むしろこの前の決闘で見事に勝利した恵一のことを、一応そこそこ買っているらしく、歓迎していた。
エリスについても、殺人で禁固刑中なのと呪術師であることが引っ掛かって、諸手を挙げての歓迎とは行かなかったが、恵一が保証人になるのと、治癒魔法を使える高レベルの魔術師であることを吟味した結果、メリットの方が大きいとの判断が下り、その際には働きかけることを約束してくれた。
レベル12の治癒士などを雇って戦争に連れていけば、そこそこの金がかかるが、見返りに減刑を求めているエリスは、いわばタダで使えるのであって、アレンとしてもその利を重く見たのだ。
と、まあ、それらは全てよいことであって、無論ミレーナの顔を浮かなくしているのは別の要因である。
奔走しているアレンが言うには、彼の意気込みと期待に反して、どうも反応が芳しくないというのだ。
爵位こそそれほど高くないが、ハウト男爵は方々に伝手があり、その跡取り息子たるアレンも、それほど粗略に扱われることはない。
中には、父上には色々世話になっているから役に立ってやりたいが……と言ってくれる者もいるにはいる。
「なんで、そんな反応悪いんですか?」
恵一の感覚では、すぐにも討伐軍を編成し、王都を出立し、魔王に苦しめられている人々を救うべきではないのか。
そこで、苦しめられてるのなんてどうせ下層民なんじゃけどうなったって知らんわ、と悠々と見捨てるようなメリナ王女ではないだろう。
「それが……」
高官たちとしても、決して見捨ててしまえとか考えているわけではない。ヴェスカウ伯爵領は、すなわち王の支配地域であり、そこで不届きな賊が暴れているのならば、これを討つのは当然のこと、という認識はしっかりとある。
ならばなぜ、動きが鈍いのか。
――そんなことをする必要が本当にあるのか?
つまるところ、理由はそれである。
いや、あるだろう。だって、魔王とか名乗ってる奴が好き勝手に暴れているのだ。
恵一としてはそう思うしかないのであるが、アレンが昨日会ってきた高官が言うには、
ヴェスカウ伯爵は百戦錬磨の猛者であり、その配下には精鋭が揃っている。
賊の勢いに恐れをなして引き籠もっているということはありえず、なんらかの理由ですぐに攻勢に出るのは不利と判断して機を窺っているのであろう。
そのうちに、勝報とともに、魔王などと名乗って吹き上がっていた馬鹿者の首が送られてくるのではないか。
伯爵が手をこまねいているなどという噂は真実ではなく、わざわざ物々しく討伐軍を送り込む必要は無い。
おおよそ、そのような意見が多く、メリナ王女の御前会議でも、そのように落ち着いているらしい。
アレンは、意気込みが空回ってしまっているのを実感させられて落胆しているそうだ。
その高官が冗談めかして言っていたという。
「伯爵がその魔王とやらと戦って死んだ、というのならばもちろん軍を派遣せねばなるまい。その時は、君を推薦するよ」
そんなことはないだろうがね、と笑った高官に、アレンもそうかもしれんな、と思ってしまい虚しく引き上げてきたそうだ。
「はあ……そうですか」
それでも、アレンはまだまだしぶとくやる気は維持しているらしいが、そんなわけで御期待には添えないかもしれない、とミレーナは浮かぬ顔なのである。
「う、うーん」
すっかり出鼻をくじかれた感じで、恵一としても落胆せざるを得ない。いよいよとなったら単独で行くしかないか、と思い立ち、すぐにそのことの困難さを思って気が滅入る。
その日は、そんな感じですっかり沈んだムードで過ごしたのであるが、正にその日に、王宮には大きな衝撃が走っていたのである。
早馬が一報をもたらしたのだ。
ヴェスカウ伯爵討死――と。




