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根を下ろさねば生きられず、根を下ろしたら動きたくない

「エリスに会いたいんですが」

「ああ、面会か」

 獄舎へと着き、手続きをする。

 エリス本人が会いに来てくれと言っていたのだし、それに際してそれほどの困難はあるまいと思っていたのだが――

「あー、禁固刑の奴かあ」

「あ、はい」

 なんだか、対応した看守の反応が芳しくない。禁固刑の者には面会とか許されていないということなのだろうか。

「うーん、別にはっきり禁じられてるわけじゃないんだけど、禁固刑ってのは、そうそう面会とかさせるもんじゃないんだよなあ」

 まあ、それはなんとなくそういうもんな気もするのだが、当のエリスに言われて来ているのだから、なんとかならないか。

 恵一が頼み込み、看守はきっぱり拒絶はしないのだが言葉を濁してかわす。

「おい、ケーイチ」

 ケイトが後ろから呼びかけて、何か手に握らせてきた。小さな紙の包みだ。

「これ、渡せ」

「え、あ、ああ……」

 なんか、こういうの前にも見たことあるなあ、と思いつつ言われるままに看守の手にそれを渡す。

 看守は、それを持った手を上下させて、その重さを測る様子であったが、やがてにっこりと笑み崩れて、快くエリスとの面会を許してくれた。

 こっちだ、と案内されつつ、ケイトに囁く。

「ケイト、アレって、アレ?」

「アレだよ、二百ゴールドばかり包んだ」

「ああ、やっぱり、そういう……」

「後でエリスから貰えばいいよ。エリスだって禁固刑の自分に会いに来いって言ってんだから、そのぐらいの必要経費は折り込み済みさ」

 いや、まあ、そうせんとエリスに会えない以上、そうするしかないのだろうが、未だにこの当たり前のように袖の下贈る感覚が身につかないなあ、となんだかんだで自嘲しつつ恵一は看守の後へ続く。

「ここだ。ちょっと待ってろ」

 分厚い鉄の扉の前で、看守は言い、腰にぶら下げてじゃらじゃら言わしている鍵束から二つの鍵を取り出して、扉の下方と、それよりやや上、看守の腰の辺りにある鍵を解錠した。

 えらい厳重なとこにぶち込まれてんなあ、と一瞬呆れてしまうが、よくよく考えてみればエリスは十五歳の少女と言えども、レベル12に認定されている魔術師で、その上に呪術師でもあるのだ。

 緩いとこに入れておいたら、その魔法の力で扉をぶち破って脱走されかねない――三か月耐えれば大手を振って出られるのにそのようなことをしてお尋ね者になるほど彼女は馬鹿ではない、と恵一は思うが、もしも脱走されたら責任問題になる以上、厳重な牢獄を使用するのは獄舎の管理側としては当然の話である。

「おい、面会だ」

「はい」

 静かな落ち着いた声が返ってきた。

 恵一たちは、牢獄の中に入った。これがそれほどの警戒を要しない囚人だと、二百ゴールドも包んでおいたら、陽の光の当たる庭に出て話すことも許されたりするらしいが、エリスは一歩もここから出ることを許されなかった。

「エリス、調子はどう?」

「よくも悪くもありません」

 と、落ち着いた表情で言う。悪くもないということは、少なくとも発作は起きていないのだろう。

「うーん、これは……」

 禁固刑の牢獄である。しかも、ただでさえ人権意識が薄いのだから囚人のそれなど顧慮されるとも思えず、まあ、ろくでもねえ環境ではあろうと思っていたのだが、一応物凄く高いところにある鉄格子つきの小さな窓から僅かに陽の光は差し込んできてはいる。

 その細い光を浴びる位置に、エリスは座っていた。

「早速ですが、お願いがあります」

 入り口のところで、看守は一応恵一たちのやり取りを監視している。そう長くここにいるわけにもいかないだろうから、面会は時間の限られたものとなる。

 エリスのお願いは、ゴールドの差し入れである。用途はもちろん看守の袖の下に入れるためだ。

 さらに、例の発作を押さえるための草の入手と差し入れ。これはエリスが王都に来てから買い入れている店を教えてもらい、恵一が買いに行くことにした。

 さらに、例のスライムである。聞けば、エリスはここに収監されてから、配給される食事は食べられないので、水しか飲んでいないと言う。

「あー、そっかあ。今、持ってくりゃよかったなあ」

 エリスの使っている物置部屋の壺のどれかに蓄えがあるだろうから、とりあえずはそれを持ってくることにした。

 そして、最も大事な用として、借金の取り立てである。

 ゲオルグと、あともう二人ばかり債権があるので、それを頼みたいと言うのだ。

 そんなこと、自分にできるかな、と前の二つに比べて難易度高そうな申し出に恵一は二の足踏む思いであったが、ケイトがそれへの報酬を確認した上で嬉々として引き受けてしまった。

「おーし、取り立てだ取り立て。腕が鳴るぜよ」

 どうも、この子はいつも取り立てられる立場なので、逆の側に回ることに快感を覚えてしまっているらしい。

 他二人は、月の利子を取り立てればよいが、ゲオルグは利子がつかない契約なので、無理に取り立てる必要は無いと言えば無いのだが、無論エリスがそれでよしとするはずもない。

「アレは、私が三カ月入っているなら、その間は1ゴールドも払わなくていいと思うに違いありませんから、びしっとかましておいてください」

「おーう、任せろ任せろ」

 借金持ちながら、にわかに借金取りとなったケイトが頼もしげに請け合う。

「それでは、お願いしますね」

「ああ、わかった」

「報酬さえくれんなら、きっちりやっとくから、エリスは安心して休んでな」

 話が一通り終わったが、手早く済ませたためにまだ看守からの面会終了の声がかからない。

「エリス……こんなとこにいて大丈夫か? カビ生えないか?」

 しかめっ面で牢獄を見回していたアンが、心配そうに言った。

 高い窓から差し込むか細い陽光は、今の時間はたまたまエリスがいるところへ届いているが、一日のうちにそんな時間は多くはあるまい。

「まあ、大丈夫です」

 ふっ、と滅多に見せないが時折アンに対しては見せる、少しだけ柔らかい笑みを浮かべながら、エリスは言った。

「幸い、私は臭いを消す魔法が使えますし」

「あー、それって、公衆便所にかけられてるっていう」

「はい」

 と、言ったエリスの視線の先には桶が置いてある。まあ、つまりは、あれがこの牢獄におけるトイレなのであろう。

 蓋はしてあるが、完全に密閉されてはいないので、魔法をかけていなかったらこの中は悪臭が満ちていたに違いない。

 しかし、空気がすこぶる悪いのは否めず、体壊すなよ、と恵一も声をかけたが、エリスは別にどうということもないのだ、というふうだ。

 思い返してみれば、固い床の上に寝袋で寝たりと、普段からあまり快適さを求めていない生活をしているエリスである。

「よし、それじゃ後で例のやつ届けに来るから」

「はい」

 例のスライムだけでも、すぐに持って来た方がよいだろうということになり、一度帰ってすぐに持ってくることにした。

 その場で看守とも話をつけた。また改めてアレを要求されるんではないか、と思ったものの、既に二百ゴールド貰っている看守は、二つ返事で承諾してくれた。

 看守の本音を言うと、獄死などは珍しくないが、それが明らかに飢え死にだった場合、囚人の食費を横領しているのではないか、とか疑いをかけられかねないので、ここで出すものをエリスが食べようとしないのは、頭の痛い問題だったのである。むしろ、是非持ってきてやってくれ、と言われてしまった。

 外に出るために、庭を突っ切って歩いていると、囚人の一団と行きあった。

「あれは?」

「ああ、労役刑の連中が、現場から帰って来たんだな」

「労役刑……」

 と、聞いて一人の少女のことが、記憶の中に蘇ってきた。

「あー!」

 その記憶の中の少女を、現実のそれが上げた大声が吹き飛ばす。

「ケーイチ! ケーイチ! ケーイチぃ!」

 列を乱すなという監督役の看守の声を完全無視で、足枷つきの足を器用にちょこちょこ動かして、恵一の方へと向かってきたのは、声を聞いた瞬間にわかっていたが、一年の労役刑で服役しているリーンであった。

 随分と足枷つきの移動に慣れたようである。

「ああ、リーン、久しぶり」

「ケーイチぃ! たまらんわよ、ここ。早く脱走したいから、手伝って! 今度丈夫な縄持ってきてよ」

 相変わらず余人に聞かれちゃいけないことを、平気で口に出す子である。

「ど、どうしたの。労役、そんなに辛い?」

 罰としての労働であるから、それなりにきついのではあろうが、リーンはそう簡単に折れないと思っていたので、多少意外であった。

「別にどうってことないわよ。私、レベル6なのよ」

 結局、鑑定の結果レベル6になったらしい。レベル5だと言われたのだが、ごねにごねて食い下がりに食い下がって6ということにしてもらったらしい。

 原則として、レベルが高いほど監視や拘束の度合いがきつくなるので、自分からレベルを高くしろという囚人はあまりいないので、珍しい奴だと言われていた。

「退屈なのよ! とにかく!」

 しょうがないっちゃあ、しょうがないのだが、労役の内容は単純労働である。

 最初は、初めてやる作業を新鮮に感じていたリーンだったが、そんなものは数日やればすぐに飽きる。

 愚痴愚痴と愚痴を吐きまくり、周りの人間に話を聞いて、どうもこれがこのまま一年続くらしいということを知ってからというものの、この境遇から逃れんと、無い知恵絞って脱走計画を考えているのだが、なにしろ無いので絞りに絞っても出てくるものはたかが知れている。

 ただ、とにかく独力では無理である、という結論に達したので協力者を探していたのだが、そこへ恵一の姿を見つけて好機とばかりにやってきたというわけらしい。

「うん、まあ、とにかく我慢して頑張ってみよう」

 どうもリーンは恵一が協力してくれるに違いなし、と決め付けている感がありありなのであるが、もちろんそういう自分も捕まるようなことはお断りである。

「えー、なんでよ! ケーイチ、脱走に協力してくれるって言ったじゃないの!」

 言った覚えは無い。なんか、言ったも同然と解釈していた節はあるが。

「コラコラ、リーン。ケーイチを悪いことに誘うなよ」

 恵一が服役したらある意味、恵一よりも困るケイトが割って入ってくれる。

「なによ、あんたら、裏切るつもりね!」

 人聞きの悪いことを言うリーンを、まあ頑張れ、と励まして列に戻されて引っ張られていくのを見送った。

「あれも、知り合いか」

「はい」

「罪人の娘っ子の知り合いが多いんだな、お前ら」

 看守に呆れられてしまうが、多い言うても二人である。

 家に帰ると、さてそこからがまた忙しい。エリスの栄養補給源であるスライムの壺を探し、それを担いでまた獄舎へと戻り、引き渡す。

 なお、その際に筆記具を持っていき、スライムの作り方のレシピを書いてもらう。獄中に鍋を持ち込んだりはできないので、恵一たちが作ることになる。

「んー、まあ、こうして見ると、別にいかがわしいもんが入ってるわけじゃねえんだな」

 と、いかがわしいものが大量に調合されていると決め付けていたケイトが、レシピを見て妙に感心していた。

 レシピ以外にも、エリスは色々と書類を作成し、それを受け取った。

 借金の取り立ての委任状と、それと痛み止めの草を売っている店への紹介状である。

 完全に禁じられているというわけではないが、やはり麻薬のようなものなのでそうそう大っぴらには売っていないのだ。

 用事を大体済ませて、後は明日以降でよいだろうと台所兼食堂の椅子に腰を落ち着けた時には、もう夜になっていた。

「あー、なんか疲れたなあ」

「そうだねえ」

 アンはもう、既に椅子の上で丸まって寝ている。

「しっかし、アレだなあ。エリスの用事やってるだけで、よさそうだな」

「ああ、うん」

 色々と頼まれており、対価を払うということにはケチではないエリスは、いちいちアレをやったらいくら、コレをやったらいくら、と報酬を決めており、それをやってるだけで少なくとも利子分である千ゴールドぐらいは月に稼げそうなのだ。

「えっと、じゃあ明日、早速取り立てに行く?」

 スライム作成も、草の購入も、それぞれまだエリスの手元にストックがあるのですぐに取り掛からねばならないわけではない。

 となると、とりあえず取り立ての代行だ。

「おう、行こうぜ行こうぜ」

 ケイトも大いに乗り気である。


 翌日、意気揚々と取り立てに出掛けた。

 ケイトはやる気満々であるが、ただでさえエリスが扱う債権というのは、債務者のタチがよろしくないものばかりである。

 借金の踏み倒しの常習犯のような人間だっているかもしれない。

 そんな百戦錬磨のろくでなしどもと駆け引きをして、上手いこと取り立てなどできるのだろうか、と恵一は不安であった。

 なにしろ、恐るべきエリスはいないのである。

 そんなもん、ごねたら恵一がぶん殴ってやりゃいいのさ、とケイトはひたすら楽観的である。

 大丈夫だろうか、と恵一は思っていたのだが、結論から言うと大丈夫だった。

 一人は、利子をすぐに払ってくれたし、もう一人に至っては利子だけでなく、元金の一部も返済した。

 拍子抜けしてしまった恵一だが、二人ともに、ちゃんと返したからな、ちゃんとエリスにそのこと言っておいてくれよ、と真剣な顔で念を押してきたのが印象的であった。

 そして、恐怖が克明に刻まれたその顔を見て、理解した。

 服役中のエリスだが、彼らを十分以上に恐れさせている。

 そして、その恐怖の元は、服役している理由そのものだ。

 彼らも、呪術師のエリスを全く恐れていなかったということはなく、しっかり恐れてはいたのであるが、そこはやはりどうしても十五歳の少女なのだから、という意識がどこかにあった。

 呪術はコントロールが難しいから、罰則を与えるつもりで殺してしまうかもしれませんよというのも、ただの脅しであろうと甘く見ているところが無かったとは言えぬ。

 だが、今回の件によって、あの十五の小娘は、本当に殺る奴であるというのが証明された。

 それだけ悪名が高まったということなのだが、エリスの金貸しとしての格のようなものは、明らかに上がった。いわば箔がついた、と言ってよい。

 そんなの上がってもなあ、と恵一は複雑な気持ちであった。

「なんだ。上手く行き過ぎて張り合いねえなあ」

 ケイトも、拍子抜けという点では恵一と変わりない。

 彼女としては、ごねる債務者に、借りた金返さんかいコラと机を叩きながら迫ったりしたかったのである。

「まあいいか、ある意味、一番厄介なのが残ってるしな」

「ん、ああ、うん」

 と、その足で一番厄介なの、ことゲオルグの家を訪ねて行った。

「お、おう。そうか、そうか、うん、そうかあ」

 エリスの委任状を提示されて、あからさまに動揺したゲオルグは、先の二人と同様の恐怖を抱いてはいたが、ものの見事に金なんぞ用意できていなかった。

「利子ねえって言ってもさあ、こないだの盗賊討伐の報酬以来、1ゴールドも返してないだろ。いくらなんでもエリスが入ってる間に一回か二回はまとまった金返した方がいいと思うぜ」

「お、おう」

「今日はこんぐらいで帰るけどさ、エリスからはきつくかましてくれ、って言われてんだよ、な、ケーイチ」

「うん、そうなんですよ」

「あたしらも、コレ貰うけんね。半端なこたぁできんのよ」

 例の指で丸を作るアレをしつつ、ケイトはそれでも一応は情をかけて、いきなりかますことはしなかった。

 で、その翌日にはスライムというか、エリスの食糧の材料を集めようと採集にと出掛けた。

 なんか、こんな感じでのんびりと過ごすのも悪くないな、と思いつつ、なんか全く事態が進展してないなあと、頼みの綱であったメリナ王女からの情報入手が上手く行かなかったこともあり、のんびりしながら内心焦るという忙しない心情であった。

「ああーん? んなこと気にしてたのか」

 それらのことを掻い摘んで休憩時間に話すと、ケイトはどうでもよさそうである。いつものことだが。

「ケーイチの夢が夢じゃなくてさ、その魔王を倒せとかぬかす女が本当におったとしてだよ」

「うん」

「そんなもん、魔王がいなけりゃ、そいつはただのイカれたかわいそうな女だし、本当に魔王が現れたら、そりゃ、そんなもん嫌でも耳に入ってくるよ。だって、魔王ってことはアレだろ、悪いことすんだろ?」

「ああ、うん、まあ、たぶんあんまりいいことはしないんじゃないかなあ」

「その辺の野盗とかよりスケール小さいってことはあんめえ、たぶん国とか滅びかねない感じだろ。そんな大ニュース、どうやったって、例え王様とかが内緒にしようたって無理な話だよ」

 だから、とにかくこっちが動かずに、魔王が出現するのを待っていればよい、とケイトは言うのだ。

 いつまで経っても現れなかったら、ああアレは夢だったのだな、と思っておけばいい。

「そんで、あたしんとこにいればいいじゃん。別に借金返し終わっても、いつまでもいればいいじゃん」

 まるでプロポーズのようなことを平気で言い放ってドキッとさせてくれるが、ケイトにそういうつもりはない。

 だが、とにかく裏表の無い子なので、その口調や態度から感じられる自分への好意は本物であることは強く感じられる。

 必ず、自分に会いに来い、とあの少女は言った。

 唯一の手掛かりであるから、会いに行きたいのはやまやまだが、ノーヒントでこの世界から一人の人間を探し出せというのは無茶な話だ。

 もしかしたら、この場所には手掛かりが無いだけで、旅をして各地を巡り、行く先々で情報収集すれば、なんらかのものは得られるのかもしれない。

 さらには、そういう旅とそれに付随する冒険を経て、戦士として成長し魔王に対抗できる力を得ることを期待されていたりするのかもしれない。

 自分が選んだ者に「試練」を与えてその成長を促す、などというのは神様気取りの奴が好みそうなシチュエーションだ。

 しかし、そもそも1ゴールドたりとも持たぬ状態で放り出してくれたおかげで早速行き倒れそうになり、ケイトに助けてもらって、その恩を返さねばならぬ事情によりここに留まっているのである。

 旅とか冒険とかさせようとするなら、幾許かの経費を与えるべきであろう。無一文じゃ動くに動けん。

 なんか、そういうことを考えていたら、元々決して腹を立てていなかったわけではないあの少女に対して、さらに腹が立ってきた。

 そもそも、右も左もわからん異世界なのだ。

 例え幾許かのゴールドを手にして旅立ったとしても、速やかに行き倒れの危機に瀕する可能性が高い。

 今の境遇はケイトに出会ってからの成り行きというものだが、彼女に出会わなくてもとりあえずこの世界で生活するための知識などを得るまでは、動けなかったはずなのだ。

 せめて、あの少女が、どこそこを目指せというような地名などの情報を与えてくれていれば、例えそこが遥か遠くにあろうとも、とりあえずそこへ行こう、という気にもなるというものだが、そういう差し当たっての目標が無いのだ。

 結論としては、あの少女は人を呼び出して大層な使命を与えたくせに不親切すぎる。

 こんなクソゲー投げ出すのは当然である。

 というか、そもそも恵一は、あんまり旅とか冒険とか劇的な変化は望まない傾向があるので、一旦生活の基盤を築き、今住んでるとこの家主がずっといていい、と言うのならばもうずっとここにいたいのが本音だ。

 ――しかし、選ばれた者たる自分がその使命を、最初に何をやればいいのかがわからなくて不親切である、とかいう洋ゲーを投げるみたいな理由で放擲するのは、マジで魔王なんか現れてしまったらまずいんではなかろうか――

 とか、思わないでもないのだが、そこはもう小市民的開き直りである。

 ――こんなおれに世界の運命を託すのが間違っている。

「うん、そうだ」

 きっと、なんとかなるさ、自分がやらねば誰かがやるだろう。やれんかったらおしまいだけども、そんなもん知るか。どうでも自分にやらせたいならもっと親切にだな……

「ケーイチ、帰るぞお」

 野草摘みを再開してからも、そんなことを考えていたら、いつしかケイトが自分を呼んでいた。どうも何度か呼ばれたのが聞こえずにいたらしく、早くしろよ、と少し離れたところでケイトが叫んでいる。

「ああ、すぐ行く」

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