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死んでも殺す

なんか気付いたら書き溜めがけっこうできてたんで、この章の終わりまでは週一更新で行けそうです。

 思考が乱れる。

 そもそも、幾度か経験済みとは言え、恵一にとって戦闘とは未だに極めて非日常的行為であり、頭の中で組み立てていた戦略というか見通しというかに大きな変化が起こると狼狽以外のことができない。

 戦闘など、いくらでも想定外の事態は起こり得るので、あまりあれこれと細かい見通しのようなものを立てていても無駄になるどころか、今の恵一のようにいざそれが発生した時に乱れの元になるので、歴戦を経た戦士などは大雑把な方針だけ決めておいて起こる事々に対処していくものだ。

 しかし、そうやってこうしたらこうしようというふうに考えておかないと、不安で不安でしょうがないのだから、それをしないで臨むというのは恵一には不可能である。

 それでも、ちょっとこの事態は想定の範囲外なのはもちろん、その距離もまた遠いと言わざるを得まい。

 恵一とて、魔術師の青年がなにか思いもよらぬ意外な行動をしてくるかもしれない、ということは覚悟をしていたのだ。

 だが、とにかくエリスと二人がかりで、エリスは遠くから魔法で、自分は機会をうかがって距離を詰めて剣で、という方針は決まっており、青年が何をしようと、その方針自体に大きな修正が迫られるようなことは起きまい、と思っていた。

 そこに、青年の味方と思われる人物が現れたのだ。

 恵一の攻撃を剣で防いだことから、魔術師ではなく近接戦闘を主にするのであろう。

 相手が高レベルだが、こちらは二人である、ということに勝機を見出していたのに、その前提が大きく変わったのだから、その勝機も失せたと考えるしかない。

 恵一の攻撃を受けても大きく体勢を崩さなかったことから、男のレベルは恵一と同程度かそれ以上に違いない。

 まずい――

 と、思う。

 男の風貌は、彼が多くの戦闘経験を積んでいる――すなわち、戦闘に臨んだ際の胆力において恵一などよりよほど座っているのだということを語っている。

 戦闘経験ほぼ無しのエリスと、あるけどまだまだな恵一、そして青年もやや希望的観測込みだがそういう経験はあまりありそうにない。

 そのことは、先程恵一が突っ込んだ時に無様な尻もちをついたことから、おそらく間違いない。

 まずい――

 と、思うしかない。

 こちらがやろうとしていた戦法を逆にやられる。

 男が恵一を押さえつつ、隙あらばエリスに斬りかかる素振りを見せ、青年が魔法でエリスを攻撃。

 エリスは、それに対応できまい。

 逆に、恵一が男を押さえる――かなりしんどいかもしれぬが、死に物狂いで打ちかかればなんとか可能と仮定しても、そこで青年を牽制する余裕まではありそうにない。

 駄目だ。駄目だ。

 と、ぐちゃぐちゃに乱れた思考を、振り払う。

 前提が、違っているのだ。

 二対一、というのが計算の基礎にあって全ての予想は成り立っており、そこに恵一を押さえることが可能なぐらいの強さの人間が一人加わったら、もう成り立たない。

 成り立たない、というのはつまり、勝てない、ということだ。

「くっ!」

 棒を防いだ男が、反撃の姿勢を示したので恵一は咄嗟に後退した。

 とにかく、怖くて距離をとったというのが正直なところだが、実際にそれしかできることはなかったし、かつ最善の一手であった。

 あのまま、すぐ近くに男が、そしてやや離れたところに青年がいる場所にいたら、二人から同時に攻撃されてしまっていただろう。

 近距離からの剣と魔法の同時攻撃を、両方ともしのげるとはとても思えず、どうしてもどちらかをもろに喰らっていたに違いない。

「エリス!」

 つい、エリスの名を呼んだ。

 何か、自分を安心させてくれる心強い返事を期待してしまっていたのだが、返ってきたのは沈黙であった。

 それはそうだろう。エリスだって、ここまで根底を覆してくれた事態にそうすぐに打つ手があるわけもない。

 わかっていたのに――

 今更ながら、恵一は悔んだ。

 相手が魔術師一人というのは、それが債務者のなけなしのゴールドで雇われているという想定でのことである。

 それ以外に雇う金などあるまい、と。

 だが、青年は自分は無報酬であると言っていた。

 と、いうことは前提である情報に大きな変更があったということだ。

 青年がそれを漏らした時点で、そのことはわかっていたはず。それならば、そこから手つかずのゴールドで戦力となる人間を他に雇い入れている可能性にも、思い当ったはずなのだ。

 情報の修正に伴っての予想の修正が追いつかなかった。

 後から考えればわかることであり、わかってしまえば、

 なんですぐにわからなかったんだ――

 という深い悔いが苦く重い。

 だが、悔む一方の恵一だったが、だから他によい方法があったかというと、無い。

 既に青年の方も戦端を開くつもりになっており、隣室から男が参戦してくるのは時間の問題であったろう。

 結果的に防がれたと言っても、最短の時間で決断し、まっすぐ最短の距離で青年に打ちかかった恵一の判断はそれほど間違ってはいない。

「やるしかありません」

 そんな恵一の心境を正確に把握していたわけではないが、エリスがそう言った声は力強かった。

「ん……」 

 一瞬、とりあえず一旦退却することも頭をよぎっていた恵一であるが、エリスの声の強さに、驚きつつも踏み止まる決意をした。

 青年は、既に戦う決断をしている。

 逃げようとしても逃がしてくれるかわからない。

 或いは、彼のイメージが以前のままの「ちょっと無神経なとこはあるけど基本いい人」なままであったら、逃げれば追ってこないのでは、という希望も持てたが、今やいったいなにを基準に善悪をはかっているのやらわからない不気味な人物である。

 自分が味方する者へ徹底的に肩入れするのは、既に見た通りだ。

 そこからすると、この自分が有利な状況においてことを決しようとするのではないか。

 さすがに、恵一とエリスを殺しはしないと思うが、エリスが持っている魔術印入りの借用書はなんとしても奪い取ろうとするだろう。

 そしてそこは、エリスとしても譲れないところである。

「アマモトさん」

「どうした?」

 何か、この当初の予定とは違ってしまった現況に対して打つべき新たな手を思い付いたのであろうか、と期待を抱きながら問う。

「アマモトさんは、逃げてもいいですよ」

 思わぬ言葉が、エリスの口から出た。

 目的達成のために執念を燃やすエリスのことだから、どんな状況になっても逃げるんじゃねえぞぐらいな気持ちなのかと思っていたのだが。

「いや、エリス」

「思っていたよりも不利になってしまいました。逃げてもよいです」

「それは、エリスも一緒に逃げる、ってことだよな?」

 一旦逃げましょう――ではなく、アマモトさんは逃げてもいい、という言い方からして逃げるのは恵一だけでエリスはここに残るのは明らかだったが、恵一はそう言っていた。

 それによって、エリスも一緒に逃げようと促したつもりだった。

 対抗する妙手が無いのならば、青年たちの追撃を覚悟しつつ逃げるしかない。

 背中を見せて逃げたら却って危ないが、相対しつつジリジリと後ろに下がれば、なんとかなるかもしれない。

「いえ、私は逃げません」

「いや、そんなの」

「私が金貸し当人で借用書を持っている以上、逃がしてはくれないでしょう。でも、あなたは見逃してくれるかもしれません」

 いや、確かにそれはそうだが――

 二対二でもやばそうだから逃げるか否か、という話になっているのにここで恵一が離脱してしまえば勝ち目は完全に無くなる。

「一人残って、どうするんだよ」

 勝てるわけがない。倒されて借用書を奪われて、それを破り捨てられるのは目に見えている。

「一人で戦います」

 いや、いや、いや――

「別に、私は殺されたっていいんです」

 突拍子も無い、としか思えない。なんでそんな話になっているのか。

「その代わり、あいつらもタダじゃ済ましません」

「エリス、おかしいぞ」

 ふっ、と深く考える前に思ったことが言葉になって出ていた。

 不利になったのならば、いや不利になってしまったのだから尚更、冷静に状況を分析してどのようにするのが最善かを考えるべきだ。

 例え自分がパニック起こしたとしてもエリスは大丈夫だろうと、そういう面を頼りにしていたところもあったので、突然そういう捨て鉢なこと言われても困る。

「エリスらしくないぞ」

 捨て鉢な態度など、彼女らしくないと思った。

「あなたが私をどう思っているかは勝手ですが……」

 どことなく、突き放したようにエリスは言った。

「私は、こういう人間です」

 当人にそう言い切られては反論もしにくいが、それでもやはり今のエリスはおかしい、らしくないと思う。

「逃げるわけないだろ」

 多少の苦々しさを噛みしめながら言った。

「エリスと一緒に逃げるってならともかく、おれ一人で逃げられるかよ」

 さすがに、この状況で年下の女の子を残して逃げるなど、できない。

 それに、当のエリスが言っていたではないか。

 頼らせるだけ頼らせて、手を引くようなことはするな――と。

 そこで恵一を頼っているのはケイトという話であったが、今のエリスにだってそれは当てはまる。

 いや、それを言ったら平然と「別に頼ってません」とか言い放ちそうであるが、実際頼りにしてくれていたはずなのだ。

 それなのに、なぜ一人で逃げろ、などと言う。

 もっと、こう、ケイトみたいにあからさまに頼って欲しかった。

 いや、まあ、頼りないから頼ろうにも頼れんと言われたら返す言葉もありゃしないのであるが、自分だって実戦を何回か経験しているし、いざとなったら謎の力が……

 と――そこで、恵一の脳裏に殺意などに反応して発動するであろう謎の力のことがよぎった。

 今の今まで忘れていたわけでは決してないのだが、どうも恵一はあの力を恃みにするのに抵抗があるのだ。

 突如手に入れた力であるという点では、レベル10に認定される強さと同じであるが、常時発動しているか否かというところが違う。

 レベル10の力については、素振りをしたり、日常生活の中でもそれを実感する機会が多々あり、どうしても心のどこかに「おれがこんなに強いはずないんだけどなあ」と思いながらも、とにかくこれが今の自分の力なのだ、と確信することができた。

 常にある力であるから、そういう意味で信頼感もある。

 対して、時々発動する、明らかにレベル10なんてものじゃない強さに自分を押し上げるあの力は、未知な部分が多過ぎる。

 殺意を向けられたりした時に発動する――というのも、おそらくそうであろうというだけで実際のところよくわからない。

 それによって助かっているために、必ずしも悪しきものだとは思っていないが、なんだか強力過ぎて怖いという気もする。

 エリスと知り合い、彼女を通じて呪術のことを知り、そこから連想したのだが、もしかしたらこの力は発動する度に、呪術のようになんらかの「代償」を伴っているのではないかと考えていたりもする。

 別段、健康に影響は無いが、ある時突然積もり積もった負債を取り立てるかのようにそれが襲ってきて突然死してしまう、とかいうのも全くありえない話ではない。

 なにしろ、全く正体不明の謎の力なのだ。

 だから、あまりあの力に頼るのも考えものだと思っている恵一は、あまりそれをアテにしないようにはしているのだが、状況が状況ならばしょうがない。

「よし」

 エリスの前に、出た。

「アマモトさん?」

「そのまま、下がれ」

 エリスを後ろに庇いながらじりじりと下がる。結局、これが一番いい。

 青年も、その仲間の男も、いきなり殺しにかかってくるとも思えない。

 追撃を防ぎつつ、エリスを逃がしてから自分も逃げる。

 もし、業を煮やしてあちらが殺すつもりでかかってきたら、その時は力が発動するはずなので、逃げずに前に出て叩きのめしてやればいい。

「アマモトさん……」

 盾になって自分を逃がそうとする恵一に、エリスもさすがに頼もしさを感じ、感動もしているであろう。

 ふっ、気にするな、と恵一は背中で語ったつもりで悦に入っていた。

「逃げるならあなた一人で逃げてください」

 その語る男の背中に返ってきたのは、感謝感動の一欠けらもない言葉であった。

「エリス、無理だってば」

 もう、わがまま言っとらんで早く逃げろ、と思う。

「無理でもなんでも、ここで退いたら負けです」

「負け、って」

 いや、そんな変な意地張る子じゃなかったじゃん、絶対。

「ホント、どうしたんだエリス。おかしいぞ」

 いつもの聞き分けのいい……いや、聞き分けがよいというのとは違うけど、冷静で、冷静過ぎて人間味が乏しいように見えてしまいもするエリスに戻ってくれ。

「私は、ああいう人間が大嫌いなんです」

 背筋に悪寒が走るような声で、エリスは言った。

「ああいう人間、って」

 言いつつ、思い当るところはあった。

 あれは、そうだ。頼らせるだけ頼らせて手を引くようなことはするな、という話をしたすぐ後だったはず、確か――

 ――いいことしてるつもりで浅はかに力を行使するような人間が嫌いなんです。あなたは、そんな人にならないでください――

 そうだ。そんなようなことを言っていた。

 いいことしてるつもりで――

 尻もち状態から立ち直った青年が笑っている。

 自分のしていることになんの疑いも持っていないような笑み。

 浅はかに力を行使する――

 あのどう見ても善人みたいな顔をして、契約破りに手を貸していたのだ。

 正に、彼はエリスが嫌う人間そのものであった。

 だからといって、冷静さを失い過ぎだ。こんなのエリスじゃない。

 と、思う反面、こんなエリスを見るのは初めてではないような気もするのだ。

 いったいどこで――

「アマモトさん!」

 思考に沈みかかった意識を、エリスの声が引き上げる。

「来ます!」

 青年が手を胸前にかざしている。

 そして、その辺りの空間が揺らいだように見えた。

 そこに、なにか、透明の何かがあるように見えた。

「礫か!」

 様々な情報を総合してその結論に達した次の瞬間には、その何かが向かってきた。

「おおぅ!」

 剣で、それを受けた。どの程度の威力なのかわからぬままに、後ろにエリスがいるためにかわすわけにもいかずに受けたが、そこそこの衝撃が剣から腕に伝わってくる。

 だが、例え体に直撃しても一発や二発で戦闘不能になるような威力ではない。

 高レベルの魔術師ということでやや不安もあったが、この程度の攻撃ならば受け続けてもなんの問題もない。

「へえ」

 感嘆ともとれる声を発し、青年は次々に礫を飛ばしてきた。

 それを、丁寧に剣で弾く。

 恵一の動体視力で十分に捕らえられる速度だ。

 よし、これなら大丈夫。

 だが、あちらだってこれで恵一を倒せるとは思っていないだろう。

 男が、斜め前にいて、剣を構えている。

 青年が正面から礫を飛ばしているために、その射線から外れたところで機会をうかがっているのだろう。

 青年の礫は、気を抜いたり、なにかの片手間に防げる程度の速度と強さではない。

 あくまでも、正面からの攻撃に目と意識をやりつつ、斜め前から隙あらばとこれ見よがしに放たれてくるプレッシャーにも気を配らねばならぬ。

 注意を向けるべき対象が二つあり、それが距離をとっているために意識が分散されてしまいそうになるが、そこを耐えねばならない。

「エリス、やっぱり」

 こんなの、いつまでも集中力がもたないぞ――と、恵一は絶望的に感じていた。

 だから、やっぱり一旦退こう、と。

「殺してやる」

 もう、何度も感じていい加減慣れてきた背中の悪寒だが、さらに一層の脊椎まで浸透するような冷たさを、エリスのその声は帯びていた。

「死んでも、殺してやる」

 あまりにも頑なな声であった。

 この頑なさには、覚えがあった。

 この頑ななエリスは、やはり初めて見る彼女ではなかった。

 そんなについ最近ではない……むしろ、出会ったばかりの頃……。

 ああ、そうかと思う。

 初めて会った日に、こんなエリスにはお目にかかっていたのだ。

 ケイトとの契約を更新するためにやってきた彼女に、ケイトが呪術師と契約なんかしたくないとゴネまくり、見かねた恵一が示した代わりの魔術師にこちらで金を払って立ってもらうという妥協案も全く認めなかった、あの時のエリスだ。

 で、こういうところは恵一のよろしくないところなのだが、そういうものに触れると途端に「ああ、自分にこれを変えさせるのは無理だ」と諦めてしまうところがある。

「わかった」

 エリスが逃亡を肯んぜず、かといって彼女を見捨てないのならば、ともにこの場で戦うしかない。

「けど、不利なのは間違いないんだ。なにか手は無いのか?」

 意識は、前の青年と斜め前の男へ向けつつ、後ろに問いかける。

「少しお待ちを」

 要するに、現時点ではなんも無い、ということである。

 期待に外れた答えであったが、その声から、無闇な固さが消え、普段のエリスの冷静な感じを受けた恵一はほっとした。

 あの憎悪――としか思えぬ激情のままに無策に突っ込んだら、それこそ勝てるものも勝てない。

 その間にも、青年からは礫が次々に飛来する。

 弾いて、弾いて、少々の違和感。

 いや、礫自体の速度も強さも、そして放たれてくる間隔もそう違いは無いと思うのに、なんだか弾くのがきつくなってきた。

 弾くことそのものは問題無い。礫を視認して咄嗟に剣を動かして軌道上に持っていく。手が疲れたりもしていない。

 それでも、きつい。

 集中力が切れてきたのか――

 無限に続くものではない以上、いつか尽きるとは覚悟していたが、こうも早くか。

 ぐっ、と眉間に力が入る。

 後ろにエリスがいるのだ。

 集中しろ、集中。

 睨みつけるように前方を見る。その視界の中には涼しい顔で魔法の礫を作り出し、それを飛ばしてくる青年がいる。

 また、別の違和感。

 なんだか、青年が大きく見える。

 二つの違和感が結びつく。

 なんのことはない。青年がほんの少しずつ前に進み距離を縮めて来ているのだ。

 礫を弾くのがきつくなったのは、それにより礫が動き出してから恵一のところまで到達する時間が短くなったためだ。

 単純な答えであったことに拍子抜けもするが、そのことが意味することは何か。

 青年は、ある程度の距離はたもっている。一呼吸で肉迫して斬り付けるのには少し厳しい距離だ。

 だが――

 そこから、さらにじりっと前に出てきた。

 この距離は、行ける距離だ。

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