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「いいの出てきたぞ」

 と、言ってやってきたのは、第二物置から何か探してくる、と姿を消していたケイトである。

 第二物置というのは、この家の店舗部分である。

 元々、商店兼自宅な構造なので、店舗の部分がけっこう広く、そこをケイトは第二物置と呼んで色々な物を置いている。

 第一物置が、今はエリスの寝床になっている小部屋である。

 売ってそこそこの金になるようなものは粗方売却済みなので、第二物置にはろくなものは無いのだが、ケイトの父親が使っていた年季の入った道具類などは売っても大した金にならず、だが物心ついた頃から父の手にあったのを見ているために彼女にとっては思い出の品になっているものも多く、手放していない。

 そういえば、クマ退治の時に武器にするために木を伐り出すのに使ったノコギリなんかも、そういう品の一つだった。

 で、今回掘り出してきた「いいの」というのは、金属製の棒である。

「えっと、これは」

 恵一も、そういう工具は見たことはないが知識としては知っている。

「あー、アレだ」

 丸い金属の棒なのだが、片側の先端が薄いと言っていい厚さになっている。

 その薄さを活かして、物と物の隙間に突っ込んで、もう片方の先端に力を入れることでテコの原理でこじ開けるのに使うのだ。

「こいつでドアを開けようぜ。ほら、こんなのもあったからさ」

 と、続いて取り出したのは柄が短いハンマーだ。片手で扱うものだろう。

「そういえば……」

 恵一は、ふと気になったことを尋ねてみた。

 陽が落ちてから向かおうということなので、まだ時間はある、というか時間を持て余してしまっている。

「ケイト、店は、もうやらないの?」

 すっかり物置と化している店舗だが、ケイトが時々使いもしないそこを掃除しているのを恵一は知っている。

 この家は、というか正確にはこの家が建っている土地は、長年の軍役従事の見返りに父親が子供――つまりはケイトの代まで使用を王様から認められている。

 ケイトがいつ死ぬかなどわからぬが、不慮の死に襲われぬ限りは、あと数十年は使えるということになる。

 父が死に、母が死に、店を閉めてからのケイトは、なんとかかんとかギルドの仕事で食ってきたようだが、彼女はようやくレベル3であり、それではそれほど報酬のいい仕事にはありつけないだろう。

 それでも、なんとかかんとかなったのは、父が残したこの家に住む分にはタダであり、差し当たって食料を買うだけのゴールドがあれば健康的に生きていくことが可能だったからだ。

 これが、住むところが無い野宿生活だったなら、あっという間に体を壊して、しかし金が無いために治療は受けられずにジリジリと落ちていったに違いない。

 今は、ケイトに命を助けられた恩を海より深く感謝している恵一が、生活費どころか借金の返済までしてくれるので、あんまり困窮してはいない。

 だが、恵一だって一生そうやってケイトの面倒を見るわけにはいかない、いや、ホントに。

 そうなると、ケイトに一人で生きていって貰わねばならぬのだが、彼女のレベルでは、やはりギルドの仕事で食うとなると不安定にならざるを得まい。

 それならば、せっかくこんなに立派な店があるのだから、両親の後を継いで商売を始めたらよいのではないか。

「あー、店なあ」

 ケイトは、まあ、まったくの不意打ちを受けた、というわけでもない感じである。

 彼女自身、そのことは考えていないわけではないようだ。

「でもなあ、あたし、そんな才能ねえと思うんだよな」

 商才の有無については、恵一とて判断できるだけの経験や目があるわけではないが、多少強引過ぎるところはあれど、ケイトの物怖じしないで初対面の人間と話せるところなどは、そういうのが苦手な恵一にとっては十分に商売に「向いている」ように思える。

 実際ケイトを、この右も左もわからぬ世界の道先案内人として頼りにしているが、それは自分が知らないことを知っているということ以外にも、初対面の人間に対してまず真っ先にケイトが隔意無く接していき、それに対する相手の反応を見て、恵一自身の対応を決めるというような、そういう利点を享受している。

 それに――

「店の手伝いもしてたんでしょ?」

 父が死に、母が一人で切り盛りするようになった頃には、そもそもの借金の原因であったケイトの病躯はすっかり回復しており、以前が嘘みたいに元気になっていた。

 そこで、母の手伝いをしたというのは聞いていた。

「手伝いっつってもなあ……」

 ケイトが言うには、彼女がやっていた、というかやれたのは簡単な接客や、倉庫(現在エリスが寝てる部屋)から言われた品物を持ってきたりなどで、大したことではない。

 それでも、接客などしていたのは立派なものだと思うのだが、これもケイトに言わせると大層なものではない。

「あたしは子供だったからな」

 と、言うケイトは十五歳、恵一の感覚だとまだまだこの先数年は子供なのだが、こちらの世界では、十五というのはもはや完全な子供ではない。

 とはいえ、常連客も多く、それらにとってはケイトは幼児の頃から知っている存在であり、そういうものはいつまで経っても子供に見えるものだ。

 父の死への同情もあり、多少のミスで目くじら立てられるようなことはなかったし、それどころかそのたびに、そういう時はこうするといいぞ、と客の方が教えてくれたぐらいである。

 そうやってケイトが客の相手をすることで、母の負担は確かに軽減はされていたのだろうが、仕入などの肝心要のところには触れていないし、母もそれをケイトに教えるような余裕は無かった。

「まあ、やってりゃそのうちわかってくるんだろうけどさあ」

 それには時間がかかる。その間にも金は出て行くだろう。

「でも、こんないいところに店があるのは、やはり有利ですよ」

 エリスが、口を挟んできた。

 んー、まあな、とケイトが頷く。

 恵一にとっては、最初見た時に閉店状態だったためにここが店であるという認識を持っておらず、そのようなことを気にしてもいなかった。

 ただ、漠然と、店として造られた建物があり、そこをケイトはタダで使えるのだから、店をやればいいのではないか、と思っただけである。

 だが、エリスがそう言うからには、ここは立地条件としてはかなりいいらしい。確かに言われてみれば、周囲には人通りも多い。

 このような場所にこのように店を構えるには、早くから商人として修業に入り、その間にコツコツと金を貯めるか、或いはケイトの父のように命を的にした兵隊稼業を長年続けてそれへの報酬として借り受けるか、どちらにしても短期に実現できることではない。

 ケイトは父のおかげで既にその権利を得ているわけであって、遊ばしておくのも勿体ない、というのはケイト自身とて散々に考えていることである。

「まあ、とりあえずは、借金返して……それからだな」

 将来的な視野に入れたとしても、差し当たっての急務である借金の返済のことがあるので、多少リスクはあっても見返りのいい仕事をギルドで探したい、というのがケイトの本音である。

「うん、それから考えてみればいいんじゃない」

 恵一も、ちょっと軽々しく言ってしまったが、ケイトとてそのことを考えていないわけではなく、しかし目の前の借金のせいであまり深く考える精神的ゆとりが無いのだなと察して、同意した。

「それには、ケーイチに頑張ってもらわにゃあ」

 で、まあ、そうなのである。

 ギルドで見返りがいいが、その代わりに危険のある仕事を……となるとレベル3のケイトでは思うにまかせぬので、恵一が頑張るしかない。

「そのためにも今夜の仕事は失敗するわけにはいかんぜ」

「ああ」

「なんつっても二万ゴールドじゃけんね、当面の生活費とかはこないだの盗賊討伐の仕事で貰った金があるから、丸ごと元金の返済に充てられるぞ」

「えーっと、元金って、いくらぐらいだっけ?」

「四万」

 月に一割の利子で元金四万というのは、通常ならばケイトのようなレベル3程度で十五歳の少女が背負う荷としては、ほぼ詰みである。

 それがなんとかなっているのは、ひとえに恵一のおかげであると全くなんの遠慮も無しにコキ使いつつ、折に触れて感謝の念は忘れていないケイトが言うので、恵一自身密かに自負している。

 まあ、ケイトにしてみればちょっと飯食わしてやって色々教えてやって、後はちょいちょい褒め称えて感謝していれば、それ以外の時にはけっこうぞんざいに扱ってもろくに文句も言わずに働いてくれる恵一は、凄まじく「チョロい」存在であろう。

「おし、頼むぞケーイチ、これが上手くいけば一気に借金半分だぜ。まさかこうまで早くここまで来れるとは思わんかったよ。ケーイチに会ってから、あらゆることが上手いこと回っとるけんね。あの日、行き倒れてるケーイチに声かけたんは、まあなんとなくだったんだけど、きっとアレだよ、なんかのお導きだったんだよ」

 で、例のというかなんというかな、大仕事を前にしての褒め称えるモードに入ってきたケイトの言葉を、恵一は気持ちよく受けていた。

 行き倒れているのを助けたらこれが思わぬ高レベルの強さを持っており、こいつを上手いこと利用して借金を返そう、という打算からの称賛であることは分かっている。

 そもそもケイトにそれを全く隠す気が無い。

 打算も、ケイトほどに開けっぴろげにしていれば、打算に見えず、裏表の無い正直な人間に見え、称賛の言葉も、全てが打算なのではなく本心からなのだろうと思える。

 本来隠した方が効果的な部分を隠そうともしないことにより、別の効果を得ているわけで、意識してはいないのだろうが、ケイトのこのやり方は非常に興味深い。

 とか、自分のことなのにどっか他人事のように恵一は思っている。

 で、この二人のある意味では本音をさらけ出し合った打算的関係を、今一人興味深く思っているのがエリスである。

 一人ではとても借金を返せない。

 そこへ、行き倒れてる若い男がいた。こいつに恩を施してそれを盾に働かせよう、と思い声をかけ、飯を食わせ、寝るところも与えた。

 まことに、ケイトの打算から二人の関係は始まっている。

 それ以降一度死線を潜るような経験を共有したとはいえ、打算を始まりにした関係というには乾いたものが無く、むしろ長年の知己のような親しみさえ感じられる。

 エリスは、最初はてっきりこの二人は幼馴染か何かなのだろうか、と思ったぐらいだ。

 ケイトの開けっぴろげな態度が却って信頼を生んでいる、ということにはエリスも感付いている。

 だが、それよりも受け手――つまりこの場合恵一の方にこの打算的でしかないはずなのにそうではない関係を成立させている要因がある。

 最初は、確かに恩はあれどもそれをいいことに人生を引きずり回される羽目になっても唯々諾々と従う様子に、このアマモトという人はケイトに惚れているのだろうと思った。

 年頃の男女であるから、そう考えればとても納得はし易いのだ。

 ゲオルグなんぞはそうと決め付けているが、同じ家に住んでいるエリスとしては、さすがにそれは違うのではないか、ということにも気付いている。

 彼女自身、色恋に精通しているとはとても言えず、疎いと言えばかなり疎い方ではあるのだが、恵一の素振りにそれらしいところが無い。

 だったら、なんなんだという話であるが――

 要するに、甘いのだ。

 と、ばっさりと斬り捨てるようにエリスは決め付けている。

 決め付けつつも、それに軽侮の感情が伴っているかと言えば、そうでもない。

 それでくたびれ損をするのは当の恵一だし、本人がそれでよいというのならば、それでよい。

 どうにもならなくなっていたところを助けてもらったのは事実であり、それを恩と感じてそれに報いたいと思い、正直そこまでするかってぐらいに多額のゴールドをケイトに渡すのも恵一がそうしたいのならばそうすればいいし、そのことで恵一をあまり利口ではないなとは思うものの、一抹の好意を感じている。

 報恩のためというよりも、ただひたすら流されてるだけじゃねえのかこのボケ、という非常に的確な推測もしてはいるのだが、自分が助けてやらないとケイトの借金はどうにもならず本当に身売りなどする事態になりかねないからおれが一肌脱ごう、という侠気のようなものを流されまくりながらも持っているであろうことも推察はつく。

 エリスが恵一を軽蔑するとしたら、以前に当人に言った通り、それを途中で投げ出した時だ。

 今のところは、恵一はそのつもりは無いようで、ケイトに煽てられるままに今晩の仕事にやる気を出しているようだ。

 その仕事の依頼主のエリスとしては、けっこうなことである。

「じゃあ、そいつでドアぶち破って、家にいる奴をとにかくぶちのめす、ってことでいいな」

 と、ケイトは既にその方向で決めているようだ。

「……少し、待ってください」

 だが、エリスもそれでよしと思っていたのだが、少し迷い始めていた。

「ん? なんだよ。なんかあんのか?」

「……ええ、まあ」

「もうそろそろ陽が落ちるぜ。早めに方針決めて、覚悟も決めとかないと。土壇場で迷ったってろくなことねえぞ」

「ふむ」

 ケイトの意見は単純だが、その単純さに当を得たものをエリスも認めぬわけではない。

 決行間近だというのにアレコレ迷うぐらいなら、最初の方針を貫いた方がよい場合が多いのだ。

「その方法だと、確かに上手くいけば不意打ちとなり、厄介な高レベルの魔術師を早期に無力化できるかもしれません。そうなれば、万々歳なのですが……」

「おう、そうだよ。その魔術師さえアレしちまえば、金借りてるのはそんな強くない奴なんだろ?」

 だったら後はどうとでも好きに料理できる。

 そのことの利点はもちろんエリスもわかってはいるのだ。

「ですが……失敗した場合は、魔術師が完全に敵に回ってしまうでしょう」

「は? ……魔術師は敵だろ」

 その辺り、ケイトはすっぱりと割り切っているし、割り切るべきだと考えている。

「事情を話して、手を引かせることができるかもしれません」

 しかし、エリスは、待つ間に怒りで多少なりとも突っ走り気味だった思考が冷静さを得ることで、却って迷いを生じさせてしまった。

 そもそも、有り金である五万ゴールドでも、契約破りに加担するというリスクには見合わぬのではないかということがあり、エリスの考えでは、魔術師も命を張ってまで依頼者を守ろうとはしないはずだ。

 それならば、事情を説明し、邪魔立てすれば殺すという気迫で押せばあっさりと手を引く可能性がある。

「ああ、それがいいよ」

 恵一は、エリスが本来の慎重さを取り戻してくれたとほっとしつつ、賛成した。

「なんだよぉ、ケーイチもそっちかよ」

 その賛意の声に、もしかしたら高レベルの魔術師と戦わないで済むかも、ということから嬉しさが溢れてしまっていたために、ケイトは恵一が喜んでエリスに与したかのように受け止めて不快になったようだ。

「いや、ケイト、やっぱり戦わないで済むならその方がいいよ」

 色々とエリスに教えてもらったとはいうものの、それでも高レベルの魔術師とやらがどのような攻撃を繰り出してくるのかに対する不安はある。

 思わぬ不覚をとることも十分考えられるので、これは決していつもの過剰なビビりではないのだ、と恵一は一応思っている。

「じゃ、どーすんだよ。ドアを叩いて呼び出すのか?」

「……そうなるでしょうね」

「それこそ、あっちが仕掛けて来たらどーすんだ。ドア開いたらどかーんとさ。罠かもしれない、ってエリスも言ってたじゃんか」

「無論、それは警戒します」

「それで大丈夫ならいいけどな」

 すっかり乗り気でやる気を出していた強襲作戦が実行されぬとあって、ケイトの声にはトゲがある。

「まあ……ぶっちゃけ、あたしとアンは遠くから見てて、やばそうになったら逃げるぞ」

 一緒に不意打ちに巻き込まれてたまるか、と言いたげな顔で、ケイトが言った。

「むしろ、それでお願いします。さっさと逃げて通報してください」

「んー、まあ、二万ゴールド貰うからなあ。……そんぐらいならしてやるよ」

 不平は抱けど、だからと言って降りるには美味し過ぎる仕事である。

 元金が四万から二万に減れば、ぐっと楽になる。

 月々の利子が四千から二千に減り、さらに家賃を差っ引けば、月に千ゴールドである。

 もちろん、小金ということはなく、そこそこの大金ではある。ケイトだけならば、稼ぐのには相当苦労するだろう。

 しかし、彼女には、原則として大概のことはやってくれる恵一という強い味方がおり、月に千ならば、それほど苦しいことにはならない。

「あー、そりゃいいねえ」

 と、恵一もとても嬉しそうである。

 ケイトは月に最低限必要な利子分を一回の仕事で稼ごうとする傾向があり、どうしても報酬と危険度が高い仕事をチョイスしがちである。

 それが、千ゴールドでよいとなったら、そんな無茶な仕事は持ってこないであろう。

「おし、じゃ確認するけど……普通に訪ねて行って、魔術師をまずは説得。駄目ならやり合う。あたしとアンは遠くから様子見て、やばそうだと思ったら通報、と」

「ええ、それでお願いします」

「そんじゃ、これ要らねえか?」

 と、先っちょが平べったい道具とハンマーを掲げる。

「いえ……居留守を使う可能性もあります。その時は押し込みますから一応持っておいてください」

「おう」

 と、ケイトから道具が回ってくる。

 こんなもの使わないで済むといいなあ、と思いつつそれを受け取る。

「そろそろ……行きますか」

「おし、行くか」

 陽は落ち切っていなかったが、エリスが席を立ち、ケイトと恵一がそれに続く。

「アンはどうする? なんだったら留守番してるか?」

「んむ? 行くのか? 行くぞ」

 器用に椅子の上で丸まっていたアンが立ち上がる。

「で、なんだ。殺せばいいのか」

 いつものように、ことが差し迫るまで全く事態を理解しようとしていないので、当たり前のように弓矢を持ち出してくる。

「いんや、あたしとアンは、離れたとこから様子を見てるだけでいいんだ」

「でも、相手は強いんじゃないのか? 二人だけで大丈夫か?」

 一応、話の断片を拾ってそのぐらいは理解しているらしく、心配そうに言った。

「まあ、大丈夫だろう。ケーイチは強いからな」

「んむ、そうか」

 ゾロゾロと連れ立って家を出る。

 いよいよ、か――

 恵一も力み返って、無駄に腰の剣の位置をいじったりしている。

「あまり固くならずに」

「え? あ、ああ、うん」

 この類の荒事には慣れているのか、エリスは落ち着いたものである。

「私とくっつかないで挟み撃ちになるようにして、相手との距離感を間違えない。これだけ注意しておけば大丈夫です」

「うん……近付けば必ずしも有利ってわけじゃない、ってことだね」

「ええ、アマモトさんも自分のリーチは御存知でしょう」

「うん」

 盗賊団討伐の際に幾度か使い、実際に何人か斬っている。

 今、腰に佩いている剣を振るった時に、それがどこまで届くのか、というのは感覚でわかる。

「半端に近付くのは危険です」

 恵一とて、それはわかっている。

 一番まずいのは、一歩踏み込んで剣を振っても僅かに届かない、という距離で対峙してしまうことだ。

 こちらの攻撃が届かない範囲内で最も接近してしまっている状態だ。

 魔術師の側からすると、強力な攻撃を、射程外という安全地帯から放つことができる絶妙の間合いである。

 距離を取る時は、魔法の礫などを飛ばされてもかわせるように距離を大きく取り、詰める時は一気に詰める。

 その時は一発や二発ぐらい礫を喰らうことは覚悟して突っ込む。

 そこがハードル高そうだなあと思いつつ、覚悟を決める。

 エリスを先頭にしばらく歩いて行くと、目的の家が見えてきた。

 造りはお馴染の共同住宅である。

 やはり王都では一軒家を持っているというのは相当に裕福なのだ。ケイトの父が、娘に大きな財産を残したのだということがよくわかる。

「よいでしょう」

 薄暗くなってきており、人通りも絶無というわけではないが昼間に比べれば少なくなっている。

 ぽっ、と窓が明るくなった。中で明かりを灯したのだろう。

「エリス」

「ええ」

 顔を見合わせて頷き合う。これで確実に家にいることがわかった。なにしろ逃亡者とは思えんような体たらくで飲み食いしていたところを目撃されているので、外出中ということも十分考えられたのだ。

 エリスが、ケイトにぼそぼそと耳打ちする。

 元々、離れたところから様子を見ることになっていたが、その際に入口のところで魔術師とやり取りをしている間に、債務者が窓から逃げたりするかもしれないので、それにも注意して欲しいと頼んだのだ。

「よし、わかった。行くぞ、アン」

「んむ、二人とも頑張れよ」

 ケイトとアンが離れて行き、ドアの前には、恵一とエリスだけとなった。

「では……準備はいいですか?」

「お、おう」

 道具を構えながら、恵一は頼もしく揺るぎない態度で応じようとして少し失敗した。

 ドアをノックして呼びかけても全然出て来なかったら、道具でドアをこじ開けろと言われているのだ。

 エリスが、ドアを叩こうとした。

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