攻撃魔法について
「まあ、可能性はありますね」
「だ、大丈夫かな?」
炎をまとったり、稲妻が走ったり、相手が凍り付いたりしないと知って、魔法のメイスなどという御大層な名称から想像していたものではないと思っていた恵一だが、その便利さを認識するにつれて、恐れをも抱き始めていた。
最初は持ち運びの利便性のみに注目していたが、最初にある程度の魔力を注入すれば、以降は僅かなそれによって重さを維持しつつ、扱う者にとっては軽いままである、という部分が脅威に思えてきたのだ。
メイスという重さが必要な武器へのイメージは、それを振るう時はゆっくりとしたもので、どうしても敏捷性には欠ける、という感じである。
これまたゲームなどからのイメージで、重さが命とはいっても使用者の膂力にあまりにも釣り合わねばまったく当てることができず、当たらなければ何の意味も無い以上は、実際にはある程度の速さで振れる重量のものを選ぶのだ。
そもそもが、力のある者が好んで使う武器である。
だが、この魔法のメイスに関してはそれらの常識から無縁である。
魔術師が、これをぶんぶんと振り回す姿を想像し、恵一としてはそれはむしろ力のある者が普通のメイスを使うのよりも恐ろしいのではないか、と思ったのである。
まるで小枝を振るような軽やかさでありながら、その一撃には十分な重みがあるというのだ。
「まあ、そこまで恐れる必要はありません」
「そ、そうかなあ?」
エリスは、あまりその恐怖感をともにはしてくれないのだが、どうにも不安である。
「だぁから、そこで役割分担なんじゃんかよ」
と、恵一のビビりぶりを見かねたか、ケイトが横から入ってきて肩をバンバン叩きながら言う。
「メイスを軽く振り回してくるっていってもよ、そいつ自身の動きが速くなってるわけじゃねえんだ」
「そ、そっか」
「ケーイチだって強いんだから、無理に攻撃しないで、防ぐのに専念すれば、そうそう簡単に貰わないだろ」
夢現か定かではなかったミレーナを追っていた盗賊どもとの戦闘は除外するにしても、クマ退治以来、恵一だってそれなりに戦闘経験を積んでいる。
自分へ向かって武器が振るわれること自体が、未だにどうしても怖いが、例の力が発動した時はもちろん、そうでない時だって、攻撃自体は見えているのだ。
前に出て喰らわせろ、というのではなく、防げばいいというのならば、無論相手にもよるがそれなりに凌げる自信はある。
敵の一方的な攻撃を防いでかわして凌ぐのは、リアッセとの決闘の際に経験済みだ。
「そちらで引き付けていただければ、私が隙を見て攻撃しますから」
と、エリス。
「この前も言いましたが、よほどの高レベルでない限り、微量とはいえメイスに魔力注入しながらそれを振り回して、その上にまた魔術が使えるということはありません」
「もし、高レベルだったら? いや、ありえないって話なのはわかってるけど、万が一ってこともあるからさ」
「ふむ」
と、恵一をじっと見つめるエリス。
んなこた無いって言ってんだろうがボケ、とか思われているのでは、と思った恵一は、エリスの辛辣な返しを覚悟した。
「その時は逃げます」
あっさりと言った。
ありえない事態が起きればひとまず逃げる。
なにしろありえない事態である。
対処法を考えていないし、そもそもそこでそこまで高レベルの魔術師が出てくると想定したところで、対処法などそうそう無い。
「もちろん、諦めるわけではありません。人数をもっと多く集めてまた挑むことになるでしょう」
人数を増やすということは、当然それにかかる経費も跳ね上がるわけだが、もはやエリスは今回の件の報復に関しては、完全に算盤を投げ捨てている状態だ。
「相手の方も人数がいたら……ああ、いや、それはない、か」
「ないです」
そもそもが、呪術を使ったエリスの罰則履行を阻めるほどの防護魔術を使えるレベルの魔術師を雇うのに、おそらく手持ちであろう五万ゴールドでは足りないのではないか、というぐらいなのだ。
その上に、それなりに腕の立つ人間を雇うことなどできまい。
言われてみれば、そりゃそうだという話だが、それにエリスは静かに付き合っている。
どうやら、機嫌を損ねたりはしなかったようだな、と安堵した恵一であるが、エリスの方は恵一のビビりを見切って対処している。
しばらく生活をともにしているので、一度恐れを抱くと際限なく悪い想像を逞しくしてしまう恵一の性質については承知している。
ケイトほどあからさまには言わないが、エリスも彼女の、恵一は本当は強いのに自信が無さ過ぎていかん、という意見には同意である。
不安に押し潰されて力を十分に発揮できないのは、仕事を頼んでいるエリスとしては、とても困る。
だから、こうして穏やかに――無表情ではあるがエリス自身はそのつもり――その不安を解消してあげているのだ。
「うん、そうか、うん」
不安を否定してもらえたことと、エリスが不機嫌になっていないことにほっとしている恵一であるが、実際のところ、不安感でおたおたしているのを年下の女の子に見透かされてあやされているようなものであり、けっこう情けない体たらくなのだが全く気付いていない。
「あ、そういえば……」
「なんです?」
「攻撃っていうけど、どういうふうに攻撃するの? おれ、魔法で攻撃するのって見たこと……ああいや、もしかしたらあるのかもしれないけど、記憶喪失になってから見たことなくて」
これは、恐れや不安からではなく、純粋な好奇心からの質問である。
魔法が実在する世界であり、それが様々なところで使われているのは幾度となく目の当たりにしてきた。
怪我を治す治癒魔法は、自分もお世話になったし、ある意味もっとも身近なところでは公衆便所の悪臭を軽減している魔法の恩恵は毎日受けていると言える。
体の状態を調べるサーチは、レベル鑑定に使われており今のところ恵一もそういう形でしか受けていないが、そもそもはその性質上、治癒士が患者の状態を調べるのによく使われている。
あとはなんといっても契約の際に使われる魔術印だ。
これが、商取引等々の契約とその遵守履行を求められることに大いに利用されているのは、既に述べた通りだ。
だが、魔法と聞いて治癒魔法と並んでまず思い浮かべた、いわゆる「攻撃魔法」についてはお目にかかったことがない。
「私は、魔法の礫を使います」
「礫?」
と、聞いて真っ先に連想するのは、石礫だ。
そこからさらに連想を繋げれば、魔法で作った小さな塊を飛ばす攻撃であろう。
聞いてみると、果たしてその通りであった。
「火の魔法、とかは使わないの?」
何気なく聞いてみた。
やっぱり、攻撃魔法と聞いてイメージするのはそれだ。恵一が今までやったゲームでは大体最初に覚える攻撃魔法は火球を飛ばして敵にダメージを与えるものが多かった。
料理の際に火を起こすのに使っていたので、火の術が使えないということはあるまい。
「今回の場合は、礫の方がよいでしょう」
ここでいう今回の場合、というのは単独ではなく恵一という近接戦闘担当のパートナーがいる状況を指す。
エリスが言うには、礫の方が簡単らしい。
戦闘となれば、エリスは距離を取り、敵に礫をぶつける。
一つ一つはそれほどのダメージではなくとも、数多く当てられれば、どうしたって意識がそちらに持っていかれる。
「そこへ生じた隙に、アマモトさんが斬り込んでください」
「うん、わかった」
「あと、何か聞きたいことはありますか?」
「えーっと……火の魔法は、礫よりも使えないもんなの?」
刷り込みの力とでも言おうか、どうしても恵一は攻撃魔法といえば火系である、という認識が強固にある。
「使えないというわけではありません」
エリスはそう言って、少し考え込んだ。
すっ、と恵一の目の前に人差し指を持ってくる。
「見えますか?」
「あ、うん」
エリスの人差し指の先に、何かがあった。
半透明の塊だ。大きさは野球のボールぐらい。
「触っても大丈夫?」
「はい」
触れてみると、固い。
「これが、魔法で作った礫か」
「そうです」
その塊は少しすると、消えた。その後にエリスの指先に出現したのは、先程の礫と同じぐらいの大きさの火球だった。
触ったら熱いに決まっているので、触っても大丈夫か、とはわざわざ聞かなかったが、手を近付けてみた。
熱い、と言えば熱いがそこまで――触れた瞬間に大火傷、というほどではない。
「今のが同じぐらいの魔力を使っています」
「ああ、そうか」
エリスの言わんとするところを理解して恵一は頷いた。
礫と火球、これが同じ勢いで飛んできて体に当たったとしたら、ダメージが大きいのは礫の方だ。
火球の方は、球体状の固形物が燃えているのではなく、純粋な火である。
何かに当たっても、その熱さを伝えるだけで物理的な衝撃力は無い。
もちろん、その熱さが高ければ触れた箇所が黒焦げになって、それが腕ならば使用不可能になり戦闘力の減退となる。
だが、エリスが作り出した火球はそれほどの熱さではない。
「ですが、相手が弾力のある毛皮のようなものを着ていたらどうです?」
顔などの露出した場所を狙って当てないと、礫では弾力によって衝撃が吸収されてしまうだろう。
「火だと……そうか、その毛皮を燃やせば」
「はい」
火球の熱で中身の人間を攻撃せずとも、相手が着ているものに火をつけてしまえば、その熱で黒焦げだ。
火の性質上、それほどに高熱の火球が作れずとも、引火しやすいものを狙うことで効果が見込める場合もあるのだ。
「相手の魔術師がどんな格好をしているかはわかりませんが、基本は礫で、状況に応じて火も使うつもりです」
だが、礫にしろ火にしろ、エリスは自分の魔法で決定打を打つつもりはない。
「私はちょっかいを出して相手の気を散らすのに専念しますから、トドメはアマモトさんにお願いします」
「よ、よし、わかった」
トドメ、という言葉にやや怯んだが、エリスに正面からお願いされるのもよくあることではないので、恵一は請け合った。
「あとは……」
もう、この際だから色々聞いておこうと思って考える。
「礫にしろ、火にしろ、それを相手に向けて飛ばすんだろうけど、その飛ばすのはまた別の魔法なの?」
どちらも、エリスは指先にそれを作り出してみせたが、どちらもその場から動かなかった。
「ええ、その通りです。ですから、結局離れた敵を魔法で攻撃するには二つの魔法を使うということなのです」
大きな礫も、高熱の火球も、作ろうと思えばそれほどレベルが高くなくても時間をかけて精神を集中すれば、作ること自体はできるそうだ。
だが、レベルが低いとそれをそこに作り出しただけで魔力が尽きてしまうので、攻撃に使うことができない。
「まあ、レベル10以上無いと、戦闘には使えないでしょうね」
小さな礫を弱い力で飛ばしても、こんなもん一発二発喰らってもどうってことねえと屈強な戦士に見切られて突っ込んでこられたら、それでおしまいである。
「ここでやったら危ないのでやりませんが、こういうやり方もあります」
と、言いつつエリスは両手を前に突き出した。
左手を、掌を上に向け、そのやや後ろに右手を掌を前に向けて、ちょうど左右の掌を九十度に組み合わせているような形だ。
「この左手に火を作り続けて、右手で風の魔法を使うのです」
そうするとどうなるか。
「火柱が前方に向けて噴き出すようになります」
「ああ……」
つまり、火炎放射器のような感じか。
火球を一つぶつけることによる一瞬の熱さとは違い、これならば射程距離はそれほどではないものの、持続的に対象を熱することでダメージを与えることができる。
「魔術師に近付くということは、そういうことでもあるのです」
それを言いたいがために、エリスは火と風の魔法の組み合わせによる火炎放射の例を出したらしい。
肉弾戦がそれほど得手ではない魔術師にとって、剣などの得物を持った敵に近付かれるというのはピンチには違いない。
しかし、敵が近くにいるということは、チャンスでもあるのだ。
遠くまで飛ばせないような大きな礫を作って、至近距離でぶつけてやることもできる。
恵一の立場からすると、距離を詰めるということは有利なことばかりではないということだ。
「うん、気をつけるよ」
接近したからといって、こうまで近付きゃ魔術師なんぞ雑魚だと思うのは厳禁であることはよく理解した。
「あっ、もう一ついいかな?」
「もちろんです」
エリスは快く頷いた。
「私たちは、ともに戦うのです。あらゆるパターンを想定し、それに備えることは必要なことです」
この辺り、エリスは自ら必要であると認めたことに対する手間は全く惜しまない。
「えっと、相手の魔術師がおれじゃなくってエリスを狙っていったら、どうしようか」
瞬時に役割分担を見切って、恵一を牽制しつついきなりエリスを仕留めるのに全力を傾けてきた場合だ。
すぐに駆け付けるにしても、魔法といういわば飛び道具で牽制された上にエリスへまっしぐらに向かわれたら、間に合わないかもしれない。
エリスは少し考えて、言った。
「相手がこちらに向かってきた場合、私は攻撃は止めて防御に徹します」
「防御、というと……」
「魔力で壁を張ります」
「そういうことができるんだね」
マジックシールドと言ったところか。
「相手が魔法で攻撃してくるにしろ、魔法のメイスで叩いてくるにしても、全力で壁を張ればそうそう突き破れません」
「ふむ、その間におれが近付いて、上手くいけば後ろから攻撃できる、か」
「そうですね……あとは?」
「いや……とりあえず、もういいかな」
「そうですか。さっきも言いましたが、多くのパターンを想定しておくことは大事なことです。思い付いたことがあったら、すぐに遠慮しないで言ってください」
「ケーイチ、あたしのクロスボウ使うか?」
と、エリスとの話が一通り終わったところで、ケイトが言った。
「あたしもクロスボウで参戦しようとしてたんだけど、却って邪魔になりそうだし、念のためケーイチが持っとけよ」
「うん、それじゃ使わせてもらうよ」
たった今、想定したように敵が恵一には牽制だけしてエリスに向かった場合、後ろや横から斬り付けるわけだが、全力で遠ざかる、或いは横移動する相手を斬るのはとても難しい。
完全に斬ったつもりで振っても、実際に剣が走った時には敵が想定の位置から脱しており、当たらぬか当たったとしても浅手になってしまうかもしれない。
クロスボウならば、剣よりもその心配が少ない。
横から狙う――つまり横移動する敵を補足する場合にはやはり困難であろうが、後ろから追いすがる状況ならば、大きな威力を発揮するだろう。
ケイトのクロスボウは彼女でも扱えるサイズなので、威力自体には乏しくても、軽量であるから恵一ならば片手で使える。
それならば、走りながら発射が可能なので、追いかけながら外れっこないという距離まで詰めて撃つこともできるだろう。
その一矢で絶大なダメージを与える必要は無いのだ。
背中への攻撃で怯んだところを、満を持して剣で斬りつければいい。
「うーん」
「どした、ケーイチ」
「いや、おれを放っておいてエリスに行かれるのが怖かったんだけど……こう対策を考えてみると、むしろそうしてくれた方が楽な気がしてきたぞ」
「ええ、まあ、奇手の部類でしょうね」
「うーん、でも、そうすると、どういうのが相手にとっての正攻法なんだろう?」
「高レベルの魔術師ですから、やはり敵とは距離を取るのが正攻法でしょう。挟撃されるのを避けて、私かアマモトさんのどちらかへ牽制、どちらかを本腰を入れて攻撃、というところでしょうか」
「あ、おれの方に来ることもあるわけか」
「はい……むしろ、その可能性の方が高いかもしれませんね」
「そ、そうか」
自分が狙われると聞いてあからさまにビビりが入るが、いやそこはエリスに行って欲しい、とはさすがに男の子なので言わない。しっかり思ったりはしたのだけど、そこは言わない、男の子だから。
「その場合、おれはどうしたらいいだろう」
「私と挟撃の形になるように動きつつ相手の攻撃をかわしてください。もちろん、相手もそうならないように動くでしょうが」
「お、おう」
「……魔術師と戦闘経験は、ありませんね。当然」
こくりと頷く。
「だから、悪い想像もしてしまうのでしょうが、色々想定するのはよいことですが過剰に恐れることもありません」
「そ、そうかな」
「はい。相手のレベルがよほど高くない限りは、数の多い方……つまり私たちの方が圧倒的に有利です」
エリスにそう言われて、恵一は心を強くした。
「おし、ケーイチ、明日クロスボウの使い方教えるからな」
「うん、頼むよ」
まあ、ケイトが使っているのを何度か見ているし、ケイトがアンに教えているのを横で見ていたので、大体わかるといえばわかる。
そもそもが、クロスボウは弓に比べて装填等の準備にとても手間がかかる代わりに、装填さえしてしまえば後はトリガーを引くだけでいいように作られているのだ。
「……まあ、こうして色々と考えてはいますが……」
エリスが、ぽつりと呟いた。
「戦いにならない可能性も、十分にありますからね」
「へ?」
もう、恐れながらもそれをなんとかねじ伏せてその気になっていた恵一としては、気の抜けた声を出さざるを得ない。
「それはどういう……」
「魔術師が逃げてしまうかもしれません」
エリスの見立てでは、彼女の罰則発動を阻めるということはけっこうな高レベルで、そのレベルの魔術師が魔術印による契約履行を妨害するような――それこそ、それをやった者が殺されても、殺した者へほとんど御咎めが無いような危ない橋を渡るには、債務者が所持していた五万ゴールドは、見返りとしてはギリギリだ。
それでも、速やかに金を用意する必要に迫られて目先のゴールドに転んだとしても、罰則発動から防護するための魔術を施すだけで、それ以上のことはしないだろう。
それ以上のこと――つまり、契約者がそれならば直接に罰を与えてくれるわと乗り込んで来た時に、それと戦うまではしないに違いない。
万が一、怒り狂った債権者が所在を探してやってきた場合にはこれと戦って守る、というところまで含んだ依頼を受けていたとしても、そんな約束は守らずともよい。むしろ金のために契約履行の妨害へ加担するような不良魔術師ならば最初から破るつもりでそういう約束をしていておかしくない。
約束、契約といえば正に魔術印の出番なのだが、それほど高レベルの魔術師を拘束できるような、より高レベルの魔術師を別に用意することなど状況からして不可能である。
「えっと、つまり、いざおれたちが乗り込んだら、相手の魔術師がそこまでやらねえよって言って逃げちゃうかもしれないってこと?」
「はい」
と、エリスは頷いて、いつもの無表情を僅かに苦くして続けた。
「……正直、そんなことに手を貸す魔術師も同罪ですから、本心としては制裁したいのです。ですが……さっきはこちらが有利とは言いましたけれど、高レベルの魔術師と戦うのはやはり大きなリスクです」
そこまで言って、エリスは一つ大きく呼吸した。
「ですから、債務者を引き渡すならば何もしませんし、逃げるなら追いません」
そう言った時には、既に表情から苦さは消えていた。




