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善行だけど営業妨害

「あー、こりゃ駄目かもしれんね」

 かつてない強烈な発作に驚いたケイトが、言った。

「うー、エリス、死ぬのか?」

 エリスのことはけっこう嫌いではないアンは心配そうだ。

「ど、どうしようか」

「んんー、その葉っぱ燃やしてるのアレするしかないんじゃないか」

「ああ、そうか」

 どうしたものかと考えても、結局はエリスの発作時には例の元々は獣人が痛み止めに使っていたという葉っぱを燃やし、そこから発生した煙を吸わせることぐらいしか対策が無い。

「よし……」

 渡されていた壺を開封すると、独特の臭いがする煙が立ち昇る。

 エリスは、息をあえがせてのた打ち回っており、とても火の魔法を使えるような状態ではなさそうだ。

 やはり、あらかじめ火をつけておいたのは正解だった。

 煙を煽いでエリスの方へとやる。

 ぜいぜいと荒く息をしているので、嫌でも吸い込んでいるはずだ。

 だが、これまで何度か見てきたよりも遥かに長く吸っているはずなのに、苦しそうな様子が変わらない。

 初めは、未だかつてない激しい発作のせいで回復に時間がかかっているのだろうと思っていたのだが、あまりにも長く続くと、発作が一線を超えていてもうこの痛み止めが効かなくなっているのではないか、と不安にもなってくる。

 一瞬迷うが、しかし、他にできることは何もない。

「治癒魔法とか、意味ないのかな」

 ふと思いついて言ってみた。エリスは自分で自分に治癒魔法をかけるようなことはしていなかったが、それがこの発作に治癒魔法が効果なしなのか、発作が起きている状態では治癒魔法が使えないのか、どちらなのかはよくわからない。

「あー、駄目元で治癒士呼んでくっか? 金はエリスが払ってくれるだろ」

「うん、頼む」

「おし、ちと行ってくら」

 ケイトが出掛けてしまい、その帰りを待つ間に段々と葉っぱが燃え尽きそうになってきた。

「アン、おれがやってたみたいに煽いでて」

「んむ」

 煙を煽いでエリスの方へとやる役目をアンと交代してもらい、恵一は部屋の壺やらを物色して追加の葉っぱを探した。

 手持ちを切らせたら大変なものだからきっとたくさん備蓄があるはず、という予想通り壺の一つにぎっしりと詰まっているのを発見し、いくらか摘まみ出す。

 火がついている葉っぱの上に新たなそれを被せて燃え移るのを確認し、一息ついた。

 横たわって苦しんでいるエリスの顔のすぐそばに横倒しになった壺を置き、そこから出て来る煙を煽いでいるのだが、だいぶ空気中に拡散してしまい、無駄が多い。

 いつものように、顔を壺に押し付けんばかりにすれば無駄も少なくなるのだろうが、エリスがそのような動きができぬであろうし、苦しんでいるのを無理に動かすのも気が退ける。

 これはもう駄目かもしれん――

 と、先程ケイトが言ったのは、それほど確信してのことではないだろうが、いつまでも発作がおさまらないのを見ていると、恵一も、これは本当にまずいのではないかという気になってくる。

「エリス」

 がんばれ、と言おうとして飲み込んだ。

 そんな声は聞こえないだろうと思ってのことではなく、聞こえてしまった場合にエリスの感情を刺激することになりはすまいかと思ったからだ。

 この状況でそんな言葉をかけられても、言われんでも頑張っとるわボケという感じになってしまい、感情が激することで発作を悪化させてしまうかもしれない。

「こっちこっち」

 外からドタドタとした足音とケイトの声が聞こえてきた。

 ケイトが連れてきたのは腰がやや曲がり始めた老婆だった。おそらく歳は七十ぐらいだろうか。

「む、これは……」

「婆ちゃん、どうよ」

「この娘、呪術師か」

「おう、言ってなかったけど、そうなんだ。よくわかったな」

「顔色と、臭いでな……で、これは発作を起こしとるんじゃな」

「おう、言ってなかったけど、そうなんだ」

 どうも、なにも言わずに連れ出してきたようだ。

「まず、言っておく」

「ん? なんだ?」

「この娘に治癒魔法を施しても無意味ではない。だが、それほどの効果は無い。それでもよいならやるが……」

 恵一とケイトが顔を見合わせる。

「無意味じゃないなら……」

「そうだな。どうせ金はエリスが払うんだしな」

 正直、どう転ぶか全くわからないので僅かなりと言えどもよい効果が見込めるのならばやってもらいたい。

「よし、礼は弾んでもらうからの」

 老婆は、エリスの傍らに座り込んで治癒魔法を施し始めた。

 しばらく、そうしていると少しずつエリスの様子が変わってきた。楽になっているのは間違いないようで、荒い息遣いの間に漏れていた苦しそうな呻き声が聞こえなくなっている。

 治癒魔法への集中を乱すまいと黙って見守っていたが、その内にエリスがよくなるのに反比例して老婆の顔色が悪くなってきた。

「はあっ!」

 大きく、息を吐いて項垂れる。

「おい、婆ちゃん大丈夫か」

「いかん。こっちが限界じゃ」

 まだエリスは苦しそうだ。せっかくよさげになってきたので是非続けて貰いたいが、御老体に無理させてこっちに逝かれてしまってもまずい。

「他の治癒士はいないの?」

 ケイトが治癒士を呼んでくると言って真っ先に連れてきたことと、気安げなやり取りからしてこの老婆は近所に住んでおり、ケイトも幼い頃からかかってきた治癒士なのであろうと推測はつくが、肝心の術者本人の体力があまり無いようだ。

「んー、他のっつても婆ちゃんの弟子しか知らんなあ」

「その人らの家は遠いの? おれがひとっ走り行ってこようか」

「ひとっ走りって言っても、ケーイチが行ったことない方だからなあ、道わかるかな」

 あれこれと話していたら、アンが叩いてきた。

「ってえ、なんだよ」

「エリス、なんか言ってる」

「え?」

 見れば、確かにエリスが口を動かしている。……とは言っても苦しそうに息をしていたために口は常に動いており、何か意味のある音声を発しているのだと恵一たちが見ても気付けなかったであろう。

 アンの聴覚が声らしいものを拾ったのだ。

「んー」

 アンはエリスの口元に耳を近付ける。

「ふむふむ」

「なんて言ってるの?」

「んー、治癒魔法はもういいから、そっちを続けろ、って言ってるみたいだぞ」

 そっち、というのは例の葉っぱの痛み止めのことだろう。

「よ、よし、わかった」

 恵一はもう一度壺の中をチェックして、また少なくなっていた葉っぱを足した。

「婆ちゃん、どうよ」

「ああ、もう若くないんじゃな、あたしゃ」

「ああ、そらそうよ。……で、エリスはどうかな? 本人はもう治癒魔法いらんって言ってるみたいだけど」

「まあ、もともとそんなに効果ないしの、やらんよりゃマシってだけじゃ」

 老婆が言うには、呪術師の発作そのものに対しては治癒魔法は無力である。だが、発作中に施すことにより、多少痛みが和いで一息つける程度の効果はある。

 発作中は相当苦しいために、その一息つける程度のことがとてつもなくありがたいという者もいるのだ。

 エリスがぶっ倒れてから目まぐるしく事が起こり続けていたために、既に時間の感覚を失っているのだが、かなりの時間が経っている。

 これまでのエリスの発作と、そこからの回復までとは比べ物にならぬぐらいの時間が過ぎているのは間違いない。

「ふぅ」

 という細い息は、エリスの口から発されたものだ。

 さすがに、楽々として苦しげなものが無い、とまでは言わぬがそれでもだいぶ穏やかな息であるように思えた。

「もう」

 けっこうです、と声が聞こないが、口がそう動いた。

「え、でも、大丈夫か」

「だい……じょう、ぶ……」

 そう言って、手を振る。あっちへ行って欲しい、という意味であろうが、ぞんざいな振り方であり、まるで追っ払うような感じだ。

 そんな気遣いをしているゆとりが無いのだろうと解釈しつつ、本当に大丈夫なのかと念を押す。

 エリスは頷き、

「……なにを、する、のも億劫です。……ほうって、おいて……」

 と、切れ切れに言った。

「そ、そうか……」

 それでも、誰か着いていた方がいいんではないか、と思う。

「痛み止めの影響じゃろな」

 と、老婆が口を挟んできた。

「発作はおさまっても、アレのせいでだるいんじゃろ」

 痛み止めにも色々ある。

 痛みの元になっている成分をおさえるものや、痛覚を麻痺させるもの。

 どうもエリスが使っている葉っぱは後者に属するようで、大量に摂取したために痛みが和らいだ代わりにその他の感覚までもが麻痺してしまっているのであろう。

「まあ、あんだけ喋れるようになったら大丈夫じゃろ」

 と、老婆に促されて部屋を出た。

 そんな話を聞いたせいか、エリスほどではないが部屋にいて煙を吸い込んでいた恵一も全身がだるいような気がする。

 一度そう感じてしまうと、一刻も早く休みたくなり椅子にどかっと腰を下ろした。

「いやぁ、よかったなあ、エリス大丈夫そうで」

「うん、そうだね」

「よく考えたらさあ、あのまま死なれたら、あたしが殺したって疑われてたよ」

「へ? ……そ、そうか?」

「そうだよ。借金チャラにするために殺ったんじゃねえか、ってなるよ」

「そ、そうかなあ」

 まあ、状況的には殺人を疑うとすれば真っ先に容疑者に挙がるのは動機があるケイトであろうが、そもそも呪術の発作による死ということが認められるのではなかろうか。

「ていうか……チャラになるんだ。借金」

「エリスが相続人を定めてなければなるよ。……定めてないだろ、たぶん」

 旅をして行く先々で債権を買い、それを回収することで生計を立てているエリスである。

 身よりの類がありそうには見えないし、確かに自分の死後財産を相続すべき人間を指定しているとは思えない。

「ああ、そういや婆ちゃん、代金いくら? エリスはしばらく寝てるだろうから、ケーイチが立て替えとくよ」

「え? あ、うん、おれが立て替えときます」

「別に大して役に立ってもいないし、十ゴールドでいいよ」

 治癒士の相場はいまだによくわからんのだが、それが安いのだということぐらいはわかる。

 クマの爪に引き裂かれたアンを運び込んだとこの治癒士に払ったのが、ケイトが値引かせた上で四百だった。

 あの時のアンは、ほうっておけば確実に出血多量で死んでいたような状態なのでもちろん単純に比較はできないが、そういうところを加味して考えても、やはり安いと思う。

「婆ちゃん、相変わらず商売っ気無いね。もうちょい取ってもいいんだぜ。どうせケーイチが、じゃなくてエリスが払うんだから、あいつ金持ってんだ」

「まあまあ、わしゃ若い頃に十分稼がせてもらったからね」

「あー、そういえばこちらのお婆さんは?」

「ああ、紹介してなかったな。まあ、大体わかってると思うけど、近所の治癒士の婆ちゃんだ。……名前、なんだっけ? みんな婆ちゃんとしか呼んでねえから、十年ぐらい婆ちゃんの名前聞いてないぞ」

「ジョアンヌ。そういや名前で呼ばれたことないねえ、ここんとこ」

 ジョアンヌ婆ちゃんは、近所で治癒士を開業しているのかと思ったが、微妙に違うらしい。

「まあ、実際は引退してんだけどな、看板は下ろしてんだ」

「え? そうなの?」

「まあ、今回はなんかとにかく急がないとやばそうだったんで、来てもらったんだ」

「急いでなけりゃあ、弟子んとこに回すんだけどねえ」

 ジョアンヌ婆ちゃんは、こう見えて弟子が三人ばかり、この王都内で治癒士の看板を掲げて営業している。

 さぞや腕のいい治癒士なのかと思えば、大したことないという。

「五十年励んで、ようやくレベル10だよ」

 レベル10と言えば、恵一と同じである。決して低くはないのだが、生涯をかけてそれというのは、やはり才能には恵まれていないと分類されるようだ。

 だが、ジョアンヌ婆ちゃんは、教えるのが上手い……より正確に言うと初級から中級への壁を乗り越えられずにいるような段階の者をステップアップさせるのが上手い。

「まあ、自分自身がそうだったからね」

 と、婆ちゃんは笑う。

 そもそも、あまりその辺で壁にぶつかるという例自体が少ないのだ。

 そこそこ以上の才能があればさっさと――それこそ壁がそこにあったと認識もしないうちに乗り越えてしまう。

 そこを超えられなければ、才能が無いという烙印を押されてしまい、当人もこれは続けても無駄だと悟って止めてしまう。

 実際にそんなとこで壁にぶつかるような人間は、才能が無いのだ。

 ジョアンヌは、何人もそういう人間が壁を越える手伝いをしたが、ほとんどの人間はそこから少し上達したものの、また次の壁にぶつかって諦めてしまう。

 だが、三人だけ、そこからまるでそんな低い壁を乗り越えられなかったのが嘘だったかのように成長を遂げた者たちがいた。

「たまぁに、いるんだよ。才能あるのに、変なとこで躓いちゃうのがさ」

 その三人というのが、現在治癒士を開業している弟子たちである。

 三人ともジョアンヌを師匠と呼び、呼ばれている方も弟子と呼んでいるが、治癒士としてのレベルはとっくのとうに弟子の方が上になっているそうだ。

「あたしだって、最初は自分よりレベルの高い子らに師匠なんて呼ばれたくなかったから呼ぶな、って言ったんだよ。でも、止めないからさ、もう弟子扱いしてるのさ」

 治癒士としては廃業したということになっているのだが、近所の者はケイトをはじめとして当たり前のようにジョアンヌのところにやってくることが多い。

 できるだけ弟子の方へと回すようにはしているが、今回のように急ぎの場合や、ごくごく軽い怪我などの場合は、自分で施術している。

 子供が何人かいて、そこからの援助と、それと弟子からの援助もあり、生活には困っていないそうだ。

「ああ、ただ……」

 困ったような顔で、ジョアンヌは言った。

「こないだ弟子の一人が、土産を持ってきてね、ちょっと苦しいからこれだけだ、って言うのさ。まあ、確かにいつもより少なかったけど、別にそんなもん義務じゃないんだから定期的に持ってくるこたぁ無いって言ったんだけど、そいつは三人の中でもとびきり腕のいい奴で、あんたほどの腕があっても厳しいのか、って聞いたのさ」

 商売としてやる以上、腕の良し悪しだけが成功するための要素ではないが、その弟子については人柄もよいし、一番上手くやっていると思っていたので意外だったのだ。

「そしたらさ、患者を横取りされたんだとさ」

「はぁ、なるほど」

 治癒士と言うと、なんだか世のため人のための仕事に思えてしまうが、商売でやっている以上、競争もあるだろう。

 横取りされた方にしてみれば憤慨するべきことなのかもしれないが、する方にしてみたらそうしないと自分が廃業してしまうことになる。

「ずっと腕のいいのが出てきてさ、タダみたいな金で治しちまったんだと」

「え?」

 なんか、どっかで見聞きしたような話である。

「そいつが百ゴールド貰うところを、十ゴールドとかで治しちまう。その百ゴールドってのも決して高くふっかけてるんじゃないんだ」

 恵一がケイトを見ると、ケイトも同時にこっちを見ていた。

「あのう、それってこう、けっこう若い男の人ですか?」

「ああー、うん、そう言ってたね」

 やっぱり、と再びケイトと顔を見合わせる。

「なんだ。知ってんのかい?」

「はい、一度それらしい人を見ました」

 治癒士と揉めていた、というか一方的に罵倒されていた青年を見かけた話をすると、ジョアンヌは頷いた。

「そんなことしてるのがそう何人もいるとは思えないから、そいつだろうね」

 と、言いつつ、ジョアンヌの言葉の端々に苦々しいものがある。

 彼女も、現役ではないとはいえ治癒士だ。

 その青年のやっていることを、とても容認できまい。

 恵一としては、その青年が治癒士を困らせてやろうという悪意からわざわざそんなことをしているとも思えず、やはり怪我や病気の治療費の支払いに苦労している人を助けようとの善意からの行動であろうと思うので青年にも、それに患者を取られた治癒士にも与することができない、というのが正直なところである。

「さてと、ついつい長居しちまったね」

 と、ジョアンヌが席を立った。

「あ、十ゴールドでしたね」

 恵一は、慌てて手持ちからゴールドを出した。

「へい、まいどあり。急ぎじゃない時は弟子の方に行っとくれな」

「はい」

 ジョアンヌを見送って、台所に戻ってそれぞれの椅子に座ると、期せずして同時に恵一とケイトは息をついた。

「あの兄ちゃん、やっぱり色んなとこでやってんだな」

 ケイトが言った。その顔は、やや複雑である。

 恵一のように、どちらが善悪とも判断しかねる、という悩みとは違う。

「婆ちゃんたち治癒士で食ってる人は、そんなんされたら困るんだろうから肩持ってやりたいけどさあ……」

 もしも、自分が病気で苦しんでいる時にあの青年が現れたら……

「あ、そうか」

 どうも元気すぎるほど元気なケイトを見ていると信じ難いのだが、彼女も一時期は病魔に侵されて死ぬか生きるか、という境目にいたことがあるのだ。

 その時のことを詳しく聞いていなかったのでにわかに興味を覚えて聞いてみると、すぐにジョアンヌの手には負えなくなり、開業したばかりだった弟子の方に行ったが、せいぜい病状の進行を止めるのが精一杯と言われた。

 師匠の紹介ということで、けっこう割安でやってくれたのだが完治に向けては一歩も進まないのだからしょうがない。

 両親はより高レベルの治癒士を探し、当然そうなると請求される代金も高くなっていった。

 もしも、その時にあの青年が現れたら……

 そして、ケイトを治してびっくりするぐらい安い金しか請求しなかったら。

 借金を負うこともなく、したがって父も母も早死することはなく、今でも家族三人で暮らしていたかもしれない。

 そうなれば、当然、ケイトたち一家は青年に感謝し、神様のように崇めたであろう。

 ケイトとしては、そういうことを考えると、青年の行為を絶賛してやりたくもなるのだが、ジョアンヌたちにもけっこうよくしてもらったのも事実なので、ちと歯切れが悪くなるのである。

「うーん……ああ、止め止め」

 ケイトはぶんぶんと、まるでそこに自分の想念が漂っているかのように手を振った。

「こんなん考えてもしょうがねえや、実際その兄ちゃんはそん時にはいなかったんだからさ」

「うん、そうだよ」

 こういう切り替えの早いとこはケイトのいいところだと思っている恵一は、同意した。

「父さんも母さんも、まだまだそんな歳じゃないのに死んじゃってさ。そりゃもちろん借金もなくて、二人と一緒に暮らせてた方がいいに決まってるけど……あたしは今もそんなに嫌いじゃないからな」

 最高に幸せではない「今」であるが、それでも嫌いではないのだ。

 最高に幸せなルートを辿っていたとすると――

「恵一にも、アンにも、会ってないからな」

 最高に幸せな状況と比べても、決して嫌いではない「今」をそうしている要素の一つに、自分が入っていることを、恵一は掛け値なしに嬉しく思う。

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