証言
「いや、まあ、はっきりとは聞いてないんですけど」
取り立てに行くと言って、帰ってきたら不機嫌になっていたので十中八九、そこで何かあったのだろう。
おそらくは、大金の入るアテとやらが外れたか最初から嘘だったか、とにかくなんらかの理由で金を返してもらうことができなかったのだ。
「ははっ! そりゃいいや」
ゲオルグはエリスがこの場にいないと思って無責任に痛快がった。
「……しかし、そいつ終わったな」
哀れむように言ってから、明日は我が身と気付いたか、溜め息をつく。
それに関して、仕事を頼まれるかもしれず、その時は詳しい話を聞かせてもらえるはずだ、と言うとゲオルグはあからさまに苦い表情になった。
「仕事って、なんだよ」
「いや、それはまだわかんないですけど」
「お前なあ……」
どうしようもねえ奴だな、と言わんばかりの声音である。
「いくら金貰えるからって、軽々しくそんなもん受けるんじゃないぞ。どうせろくでもねえ仕事に決まってんだからな」
仕事はもっと選べ、とゲオルグは力説する。
「なんか不法なことやらされて、罪おっかぶされるかもしれねえぞ」
「いやいや」
そういう、いわば姑息というか卑劣なことは、エリスはしないと思う。
「なんでアレをそんなに信用できるんだ。お前は」
なんでと言われても、これまで幾度となく接してみての判断である。逆に、恵一としてはゲオルグにしろケイトにしろ、呪術師というだけで偏見を持ち過ぎなのではないかと思う。
「あんな若さで呪術なんぞやって、それを利用して金貸ししてんだぞ。ろくな人間じゃあんめえ」
そのエリスによって苦しい立場にいるゲオルグが、彼女を悪しざまに言うことに一定の理解はしているものの、そこまで決め付けられると、この場におらずに反論もできないエリスの代わりになんか言いたくもなってくる。
もっとも、エリスが今の言葉を聞いても、別段動じずにグダグダ言ってる暇あったら仕事して金返せと言うだけだろうが。
「いや、そりゃあんだけ若い女の子が、そんなことするのは理由があるんですよ」
「どんな?」
「いや、そりゃわからんですけども」
「お前……」
ゲオルグが、やたらと深刻そうな顔つきになった。
「あのケイトっていうお嬢ちゃんが好きなのかと思ってたが、まさか、アレにも気があるのか?」
「へ?」
ゲオルグの言っていることを理解するために、少し考え込む必要があった。
「いや、そういうんじゃないんです」
「あー、いやいや、いいっていいって」
ゲオルグは、笑いながら手を振った。
「アレはあの凄まじいツラだからな。でもまあ、好きになるのって理屈抜きなとこがあるから、おれは別にお前を特殊嗜好の変態とか思わないぜ」
いや、本当にそういうんじゃないんだといくら言っても聞き入れそうにない。そういえばゲオルグは、ケイトのことも「そういうこと」だと思い込んでいる。
「でもなあ、おれは止めといた方がいいと思うぞ。惚れた弱味に付け込まれて利用されるだけだぞ」
そういうんじゃないんです、と言っても、エリスはそういうことはしないと思います、と言っても、まさにそれこそ惚れたなんとやらだと決め付けられるに違いないので、恵一は黙っていた。
「まあ、呪術なんかやらないで健康に生きてたら、そこそこ可愛い子だったかもしれないけどな。お前、好きならむしろ呪術なんか止めさせろよ」
「え?」
「体を犠牲にしてんのは確かなんだからよ。惚れてんならよ、止めさせなきゃ」
「は、はあ……」
「兄ちゃんがビシッと! おれが食わせてやるから、呪術も金貸しも止めろ、って言えばいいんだよ」
ガハハと笑ってゲオルグは言う。
その様子はどっから見ても明らかに、他人事だと思って無責任に煽っているだけなのだが、恵一は衝撃を受けて竦むようにさらに沈黙した。
「ん? どした?」
「ああ、いや、なんでも」
「ふーん、まあ、兄ちゃんの問題だからな」
まだ何か勘違いしているらしいゲオルグは、席を立った。
恵一の求める話はしたし、その礼の飯も食った。エリスの機嫌についても――すこぶる不機嫌という嫌な結果だが――情報を得られたし、彼の目的は全て達されている。
ゲオルグと店の前で別れて、恵一は家に帰った。
「どしたん?」
ケイトに、そう言われるほどに、考え込んでいた。
「ああ、いや」
「まあ、裁判で証言なんて緊張するだろうけど、考え過ぎても上手くいかないんじゃねえの? 自然に、見たまんまを証言すりゃいいんだよ」
ケイトは、恵一の沈思黙考が明日の証言に対してのものだと思っているようだ。状況からいえば、そう思うのが当然だろう。
しかし、今の恵一の頭を占めているのは、明日の裁判をややそっちのけにして、エリスのことであった。
ゲオルグが言っていた言葉。
惚れてんなら云々はともかくとして、呪術が健康を著しく犠牲にするものであることは事実であり、それを止めさせたらという意見には正しさを認めざるを得ない。
これまで、エリスの意思を変えさせることなど無理なことと思い込んでそういう発想すらできなかったが、止めさせることができるならば、止めさせた方がよいのは確かだ。
だが、じゃどうやって止めさせるのか、と言ったら妙案などあるはずもなく、こうして無駄に考え込んでいるというわけである。
「とりあえず、理由がわからないとなあ」
呪術師と金貸しと、それをやっている理由がわかれば、その原因を取り除くことで、エリスがそれらを続ける理由自体が無くなれば、自然と彼女は止めるだろう。
その理由を知るためには、エリスに教えてもらうしかなく、そのためにはもう少し彼女に信頼される必要がある。
そのためにも、エリスが言っていた頼みごととやらを頼まれたら、引き受けようと思うのだ。
我ながら、時々ふっとなんで自分がそこまでやらんといかんのか、とか思わないでもない。
これは、どんなに否定したところで、ゲオルグのように「そういうこと」だと解釈するのがむしろ自然ではないかと思ったりもする。
恵一としては、それ――恋愛感情――とは似て非なるものであると断言できる。
断言できるが、それをゲオルグのようにそう思い込んでいる人間に説明できるかというと甚だ自信は無い。
それではないなら、なんなのだ。
と言えば、強いて言えば庇護欲に近いものだろう。
おれは君を庇護したいと思っている、とかエリスに言ったら鼻で嗤われるに違いないが、実際のところ、そうとしか説明しようがない。
呪術をやっているからアレだソレだと恐ろしげに皆言うが、接してみれば――まあ、取っ付きにくいところは多々あり、決して誰にでも友好的な人間ではないが、悪い人間には見えぬし筋を通そうとするところもある。
そんなエリスを、呪術という一つの要素だけでみんなちょっと頭から悪く見過ぎではないかと恵一は思うのだ。
考えていたら、すうっとエリスが帰ってきた。
表情はいつもの無表情だが、もうなんとなくわかる。不機嫌だ。
完全に腫れもの扱いでケイトが沈黙し、アンにも手で、いらんこと言うなよと合図を送る。
エリスは、どすんと重くなった空気なんぞ知ったこっちゃねえとばかりに、一応家主に台所を使うと言ってから、火の魔術で点火し鍋をかけ、その中に色々入れてコトコトやり出した。
「んん?」
ケイトが怪訝そうにする。恵一もアンも同様だ。
「なんだそれ、いつものじゃないのか?」
アンが言った。
いつものスライムを作るのかと思っていたら、臭いが明らかに違うのだ。
飽きないように、たまには味を変えるのかな、とか思ったりもしたのだが、それにしても全く違う。
「これは、いつもの食事ではありません」
「じゃあ、なんだ」
アンは、遠慮することなく尋ねる。
「……気持ちを落ち着ける薬を作っています」
少し考えて、エリスは答えた。
「エリス、落ち着いてないのか」
「……ええ、少々」
息を潜めて二人のやり取りを傍観しつつ、やっぱりエリス、年少者のアンには少し甘いのかなと思いつつ、同じく息を潜めているケイトを視線を交わす。
「そういえばアマモトさん」
「あ、はい」
突然名前を呼ばれて、恵一は慌てて返事をする。
「確か、明日は裁判で証言するのでしたね」
「うん」
「そうですか。それでは明後日以降、もしかしたら頼み事をするかもしれません。しないかもしれませんが」
「ああ、うん、明後日以降なら大丈夫だよ」
「その時はお願いします」
言い方からして、まだなにか確定していないことがあるらしく、恵一に頼むか頼まぬかは流動的なようだ。
「……あ、そうだ」
大切なことを思い出して、恵一はそれをエリスに伝えておく必要を感じた。
「ゴミが」
「え?」
これまで明るく朗らかに、というのとは対極の態度を散々見てきたが、それにしてもその時のエリスの声には、およそ暖かさというものが感じられなかった。
「……お気になさらず。独り言です。あなたに言ったのではありません」
「そ、そう……」
エリスは、匙で鍋の中の液体をすくい上げ、ふーふーと息を吹きかけてから、それをすすった。
「ふぅ……気持ちが落ち着く、気持ちが落ち着く」
どう見ても落ち着いてるようには見えないエリスが、自分に言い聞かせるように言っているのに、だいぶ気後れはしたが、言っておかねばならない。
「あのさ、エリス」
「はい」
眉間に皺を寄せたエリスに突き刺すような視線で射られて、恵一は怯んだが、勇気を奮って言うべきことを言った。
「いつになるかわからないんだけど、前に話したハウト男爵のお嬢様に、王女さまに会うことがあったら連れて行って欲しいって頼んであるんだ」
エリスは、やはり穏やかならぬ顔で聞いている。
実のところ、エリスはそうやって、また誤解を招くような独り言を言ってしまわぬようにしているのだが、そんなことわからん恵一はいよいよビビりつつ、もしエリスの頼み事と王女との謁見の日時がぶつかった場合、後者を優先させて欲しいと言った。
王女が、もしかしたら記憶の手がかりを知っているかもしれない、と。
「ふむ、魔王がどうの、とかいう夢の話ですか」
エリスには、その話は既にしていた。
一つ所に定住していないようなので、もしかしたらと一縷の望みを抱いたりもしていたのだが、やはり彼女としても魔王やらなにやらは「お話」の中の存在であった。
「いいでしょう。その時はそちらを優先してください」
「ああ、ありがとう」
翌日、またどこかに出掛けるというエリスを見送ってしばらくしてから、恵一は家を出た。
向かうは裁判所――というそれ専用の建物は無いので、裁判に使用される公会堂だ。
特にやることもないケイトとアンもついてくる。
「裁判ってなんだ?」
今の今まで全く気にしていなかったアンも、今から行くところで裁判とやらがあるのだと聞いて、ようやく多少の興味を持った。
「悪ぃことした奴を裁く……まあ、あれだよ悪いことって言っても色々あるだろ。そのやらかした悪いことに対してどんぐらいのお仕置きをするかを、みんなで決めるんだよ」
ケイトは、アンにも理解しやすいように噛み砕いて説明する。
アンは、どうにもピンとこないようだ。
だが、この前の盗賊討伐の時に知り合ったリーンが、今日の裁判にて裁かれるのだということはなんとか理解した。
「なんでだ? リーンは悪い奴じゃないぞ」
理解はしても納得はできんようで、アンは不思議そうに言った。
世界を極めてシンプルに見ているアンにとっては、自分の目から見て悪い奴じゃないなと感想を抱けば、その人物は悪くないのである。
「あー、まあ、こないだは悪いことしてなかったけど、その前にけっこう色々とやらかしてたんだよ」
「そうなのか、悪い奴だったんだな」
「いや、まあ、そんな悪い奴ではないんだけど」
恵一はついついリーンを庇うようにしてしまうが、それをするとアンはますますわからないようになってしまう。
「まあ、なんつうか、アレだよ。みんながさ、すげえ悪い奴なんじゃないかって言うからさ、ケーイチがいやそんな悪い奴じゃないんですよ、って今日は言いに行くんだよ」
「おお、そうか。……がんばれよケーイチ」
「うん」
公会堂に着き、使用される部屋に入ると、あんまり緊張感の無い様子で、裁判官らしい数人の人間と、傍聴人らしい人間がそれぞれ駄弁っていた。
まず、この時点で、それなりに張り詰めた空気を想像していた恵一としては拍子抜けである。
裁判って、こんなんなの?
と、思わざるを得ない。
恵一は、元いた世界において裁判というものにかかったことはもちろん傍聴したこともなく、なんとなくピリピリとしたムードなものだと思い込んでいたところがある。
むろん、そのような緊張感の漂う裁判はあるが、全てがそうではない。
殺人などで、その被害者遺族が傍聴に訪れていたりすると、裁判官はもちろん実際のところ野次馬に近い他の傍聴人もそれに遠慮し、或いは触発されたりもするが、今回はそういうことも無い。
リーンの、というか正確に言うとリーンの父の盗賊団による被害者はいるのだろうが、名乗り出た者はいない。
過去盗賊団の被害に遭った者にしても、確実にそいつにやられた、という証拠など持っていることはほとんどないのだ。
「おう、兄ちゃん」
と、思っていたのと違う雰囲気にやや戸惑っていた恵一に声をかけてきたのはガルスであった。
「あ、どうも」
「兄ちゃんも、証言か」
「はい」
そういうガルスも、リーンのために色々と証言するつもりでやってきている。
討伐隊の隊長であった彼は、それによってけっこうな報酬を得ており、任務遂行に貢献したリーンに対しては借りがある。
「それでは、はじめます」
それほど気の入った声ではなかったが、裁判官の中の一人がそう言うと、ざわついていた私語は消えた。
順序としては、当然まずはここにいなくてははじまらない人間である被告のリーンが呼び込まれる。
この裁判中、もっとも傍聴席が賑やかになったのはこの時だった。
手枷足枷腰ひも付きのリーンが現れると、皆その姿を見ようと色めき立った。
「ほお、あれが」
「普通の女の子に見えるが、あれがねえ」
そんな声が上がっている。
傍聴人たちの大半は、父の仇である、自分よりもレベルの高い極悪盗賊団の頭領を一対一で倒した少女という話に興味を持ってやってきているのだ。
「それでは被告の罪状を述べます」
裁判官は、あまり熱意の感じられぬ声で、手元の書類を読み上げた。
罪状と言っても細かいことはわからないのだ。彼女が街道筋で活動していた盗賊団に所属していたことと、捕縛された時の状況を述べるだけである。
「間違いないか?」
「ん? ああ、うん」
リーンは、あからさまに大して話を聞いていなかったという態度で裁判官の言葉に応じた。
「被告は、なにか言いたいことはあるか」
「別に無いわ」
「そうか」
淡々と、やり取りする。
恵一は、いつ自分が出て行って証言するのかがいまいちよくわからずに、ジリジリとしていた。
裁判官たちは、あれこれ話し合っている。まさか、このまま判決が出てしまうのか。
同じ立場のガルスを見ると、恵一の方を見て「ほら、証言するって言え」と小声で言ってきた。
自分から言わんでもお呼びがかかるのだろうと思っていた恵一は、慌てて挙手するとともに立ち上がり、声を上げた。
「あの!」
と言ったきり、その後が上手く続かない。
どうも、恵一が抱く裁判というイメージからは程遠い適当な運営に困惑が隠せない。
てっきり、自分が証言するということはこの裁判の行程に最初から含まれており、その時になったら裁判官から証言者として呼ばれるのかと思っていたのだ。
「しょ、証言がしたいです!」
ようやく、絞り出すように言った。
「ああ、そういえば……」
裁判官が呟いて、またあれこれと話している。
「二人、証言したいっていうのがいたな」
「ああ、そうなのか」
「じゃ、そこに来て」
一応、話としては通っていたようだ。しかし、証言者自ら求めなければそのまま無視して判決を下す気満々だったに違いない。
まあ、元いた世界の裁判とは多々違うところはあるのだろうが、それでも「裁判」なんだから、けっこうちゃんとしてるだろう、とかいう思い込みはきれいに捨て去ることを決意しつつ、恵一は促されるままに前に出た。
「証言者、名前は?」
「ケーイチ・アマモトと言います」
「被告との関係は?」
「関係は……あー、えっと、アレです。さっきの話に出てた囮役です」
先にリーンが捕縛された状況の軽い説明があり、その中に、討伐隊の囮作戦に引っ掛かった旨が含まれていた。
「それで、証言したいことは?」
「は、はい。リーンが、それほど悪質な盗賊ではないということを証言したいです」
恵一は、証言した。
とても弁舌滑らかに、とは行かなかったが、たどたどしくはあってもあらかじめ言おうと決めていたことはちゃんと言った。
「えっと、そこでリーンは、おれたちに逃げろと言って盗賊団に立ち向かって行ったんです」
特にここは強調しておきたかった。
持っているものを全て奪わずに見逃すぐらいのことは、いやまあそんな盗賊は十分珍しいのだろうが、その上に、リーンは襲撃してきた極悪な盗賊団(と彼女は認識していた)に多勢に無勢の絶対的不利なのを理解しつつ立ち向かい、そして居合わせた恵一たちに逃げろと言ったのだ。
「リーンは、根は凄く善良だと思います」
盗賊になったのは、既に物心ついた時には盗賊団の中にいて、そのことに疑問を抱く機会が無かったからであり、自分でその道に入ろうと決断したわけではない。
あの時も、自分は決死の覚悟で最後の戦いに赴こうとしている最中に、恵一たちのことを気にかけている。
リーンのそういうところを、大仰な言い方になってしまうが、人間として見事だと恵一は思っている。
そういったことを、必死に語った。




