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作戦終了

 もつれて、倒れる。

「このガキ!」

 憤怒を発し、ジェークはリーンを突き飛ばした。

「く、そ……」

 激痛が胸に穿たれている。

 忌々しげに、自分の胸から生えている短剣の柄を見る。

 剣身が全て彼の体内に隠れていた。短剣といえど、これはまずい。しかも、胸だ。

 思考が乱れる。短剣を抜こうとする。

 思考の、乱れ切らぬ部分が、微かに告げた。それを抜いては大量の血が流れ出して危険だ、と。

 しかし、痛い。

 激痛の元であるその短剣を抜いてしまいたい、という誘惑にかられる。

「お頭!」

 動揺そのものの声が聞こえる。部下たちの声だ。

 彼らは、まさかお頭があの小娘に一騎打ちで負けるとは思っていなかったので、いったいどうしたものかと惑っている。

「エルムントさん! 行きます!」

 それだけ言って、それで伝わると確信して恵一は走った。

「どけ!」

 前にいる盗賊を一喝する。期待していた通り、お頭の敗北に動揺したその男は、まるでそうするのが当然とでも言うように道を開けた。

 そこを、恵一と、そしてマルセスとエルムントが突破する。

「リーン! 大丈夫か!」

 地に倒れ伏して動かないリーンを足下にして、声をかける。微動だにしないので不安になるが、突き飛ばされただけだから、大丈夫なはず。

「ん、ああ」

 微かに、声が返ってきた。

 弱々しい声だ。疲労が所々に貼り付いたような声。

「やった、わよ」

 でも、その声は、ことを成し遂げた達成感によってどこか晴れやかだった。

「ああ! やったな!」

 恵一は、リーンの声に明るさを感じて、思わず叫んでいた。快哉したといっていい。

 見ていただけだが、わかる。

 この少女が、父の仇をとるために、自分よりも強い敵に挑み、命を投げ出すような危険を冒しながら遂にやり遂げたことが、わかる。

「うむ、よくやった」

 その声は、エルムントだ。

 素直な、賞賛が含まれた声だった。

「慌てるな! 囲め!」

 盗賊の一人が声を張り上げた。

 逸早く、動揺から立ち直ったその男の声により、呆然と立ち尽くしていた盗賊たちが身構えつつ恵一たちを囲む。

「お頭の仇だ!」

 人望のあったジェークではないが、飴と鞭を上手に使いこなすリーダーであり、ケチというわけでもないので振る舞う時はとびきり甘い飴を与えてくれた。

 彼らにとって、決して悪いお頭ではなかった。

 仇討ちの声が上がるのは不思議ではない。

「待て!」

 逸る仲間を互いに制止するように、盗賊たちは包囲を維持したまま動かない。

 お頭を倒した小娘は、精も根も尽き果てた、といったふうに倒れているので問題外であるが、残りの三人もなかなかの強さだというのは対峙し、打ち合い、理解している。

 特に、一番弱そうに見える男が、侮れない。

 何をどうしたのかわからぬが、一人やられている。

 ここは、別働隊の到着を待って攻撃に移るべきだ。

「正念場ですよ」

 エルムントが、囁いた意味は、恵一にもわかっていた。

 敵の別働隊が到着し、こちらの本隊が到着する前の人数差が一番きつい時間が来る。

「リーン」

 声をかけるが、リーンは動かない。

「エルムントさん、マルセスくん、おれはリーンを守るから」

 この状態では、敵にさらせばあっという間にやられてしまう。

 恵一とて、リーンが正規の討伐隊員ではないことはわかっている。これをなんとしても守ろうというのは自分の個人的な感情に負うところが多いということもだ。

「いや」

 エルムントはそう言って、倒れたリーンに背を向けた。

 方向は、先程三人それぞれが背中を向け合った時と同じだった。

 察して、マルセスが同じようにする。つられて、恵一もそうした。

 リーンを中心に守るように、先程と同じ形となった。

「一人で守るのは難しい。この方がいい」

 エルムントは、静かに言った。

「あ、ありがとうございます」

 まさか、エルムントがこういう行動に出るとは思っていなかったので、少し感動しつつ恵一は言った。

「なぁに」

 と、言ったエルムントの表情には迷いは無い。

 彼も、現役を退いたものの、戦士である。

 本来ならば勝てるはずのないレベル差の相手に命を捨てて挑戦し、見事にこれを討ち果たしたリーンに感動を覚えていた。

「おおい、待たせたな」

 その時、森の木々の間から、新たな声が聞こえてきた。

 盗賊の別働隊がやってきたのだ。

「おお、上手くいったな」

 自分たちの仲間ではない連中が、仲間の包囲下にあるのを見て、新たにやってきた盗賊たちはしてやったりという笑顔を見せた。

「おい、あれ、死んでるんじゃないだろうな」

 おどけたような、しかしやや不安そうな声が上がる。

 そう言った盗賊の視線は、倒れているリーンに向いていた。

 なんといっても、今回の戦いにおいて最大の楽しみは団員ならば誰でも抱ける奴隷ができるということだ。

 その楽しみであるリーンが倒れているのを見て、まさかと思ったのだろう。

「いや、生きてる……」

 という答えにその盗賊ばかりでなく、他の連中も一様に安堵の表情を浮かべる。どいつもこいつもお楽しみがフイにならなかったというのを喜ぶばかりで、答えた男の語尾の弱さや暗い表情には気付かない。

「でも、お頭が……」

 その言葉に、盗賊たちはお頭がどうしたと問いつつ、その姿を探していた。そして、それはリーンを守る恵一たちのすぐそばに倒れた姿としてすぐに発見することができた。

「まさか、お頭がやられたのか!」

「血が……」

「そんな……」

 胸から流れ出る血を見れば、疑うべくもない。お頭たるジェークがやられたのだ。

「お前ら、何やってたんだ!」

 当然のことながら、その場にいた者への怒りの声が飛ぶ。

 見たところ、二人やられているだけで、他の者はピンピンしており、その上でお頭がやられているのだから、あの胸部が切断されているのと首と胸から血を流している以外の連中は何をしていたのかという疑問が怒りを伴って噴き上がるのは仕方あるまい。

「いや、お頭があの小娘と一騎打ちして、それで」

 言い訳がましいというのは自覚しつつも、怒りを一方的に向けられた者たちは、弁解した。

「馬鹿な」

「お頭が一騎打ちであんな小娘に負けるものか」

「ええい、落ち着け!」

 一際大声で、叫んだ男がいた。

「お頭がやられたのは事実なのだからしょうがない。しかし、そのお頭をやった奴らをおれたちは包囲している」

 男は、眉間に皺寄せた険しい表情である。

「だったら、やるこた一つだ。仇討ちだ!」

 男のその声に、はっきりとした目標を与えられて盗賊たちはいきり立った。

 そうだそうだお頭の仇討ちだ!

 覚悟しろてめえら!

 楽に死ねると思うなよ!

 押し寄せる声の波に、恵一は震えた。武者震いだ、とは言えない。本気でビビっていしまっているのが自分で嫌というほどにわかる。

 だが、殺意の波は、恵一を一面安心させる。

 これならば、あの謎の力が苦も無く発動するはず。

 よし、来い。リーンは絶対に守る。

 自分に気合いを入れて、恵一は剣を構え直した。

 真っ先に男が駆けてきた。先程、大声を出した男だ。

 お頭の仇討ちだと叫んだものの、それでもいざ打ってかかるとなると機をうかがっている他の連中を尻目に突進してきた。

 男は、団の中ではジェークに次ぐ強さを誇っていた。いわば、ジェークの座っている場所が空席になれば、十分にそれを狙える位置にいた。

 お頭の仇を討って、それを確実なものにしてやるという野心に燃えての突進だった。

 しかし、闇雲な何も考えていない突進ではない。

 しっかりと、三人の敵の中では一番弱そうな奴に狙いを定めていた。

 構えで、わかる。こいつが一番弱い、と。

 隙あり――

 横薙ぎに剣を振る。狙いは右の脇腹だ。

 殺った、と呆気なく思った。

 思った次の瞬間には、真っ二つにされていた。

 そのことを意識する暇も無い。

 真っ二つというのは、まったくそのまんまの意味である。

 頭頂から、股まで、見事に真っ二つだった。

「おおう!」

 それをやってのけた恵一は、興奮を体内に押さえ込んでおけずに、それを叫び声にして放出した。

 男が接近してきて剣を振ってきた時に、例の力が発動した。

 これならば難なく斬れる、と思って繰り出したのが大上段からのから竹割りだったのは恵一らしからぬ豪快な攻撃であった。

 リーンの身命を賭け、それを削るような戦いに恵一も当てられていたとしか言いようがない。

 いつになく、戦いに昂揚していた。

 背後にはリーンがいて、彼女を守っているのだという意識を強く持っていたことも大きいだろう。

「な、なんだこいつ!」

「気をつけろ!」

 盗賊たちが色めき立つ。

 また、アマモトさんは何かやらかしたらしい、と背後の気配を感じつつエルムントは思った。

 先程と同様、背中を守り合っている――すなわち背中を向け合っているために具体的に何をやったのかが見えないのが惜しいが、よい状況だ。

 真っ先に突っかかってきた――おそらくはそのことからも盗賊団の中では実力者であろう男があっさりとやられたことで、盗賊たちは警戒を濃くして、二番手に名乗りを上げようとする者はいない。

「じ、じっくり攻めろ」

「おう、どうせこいつらは袋のネズミだ」

「そ、そうだな」

 互いに、自分たちは優位にあるのだからそう短兵急に攻めることもあるまいと言い合って、結果誰も打ちかかってこない膠着状態になった。

 ガルスの思う壺だ。

 そして、そのガルスの率いる本隊が、いよいよ満を持して姿を現した。

「かかれーっ!」

 野太い声が響き渡り、喚声がすぐ後に続く。

「なんだ!」

「まだ他に仲間がいたのか!」

 敵を包囲して優位にいたはずの自分たちが、さらに外側から包囲された、という事態が突発しては動揺するなというのが無理だろう。

「おい! ず、随分人数が多いぞ!」

 盗賊の一人が張り上げた絶望のみで作られたような声を聞かずとも、退路を探した視線がどこへ走ってもその先に人がいるのを発見して、嫌でも悟らずにはいられまい。

 敵は思っていたよりも数が多く、そして、自分たちはそれに包囲されている、と。

「ま、待て! まいった!」

 盗賊の一人が叫んだ。

「降参だ! 手向かいはしない!」

 おそらくは、低レベルの下っ端連中だろう。この人数相手では勝ち目無しと見て早々に抵抗を諦めた。

「よし! 抵抗しないなら武器を捨てて両手を上げてその場に座れ!」

 ガルスが嬉々として叫ぶ。

「無抵抗の者は攻撃するな!」

 しっかりとそう命令したことに安心して、何人かの盗賊が言われた通りに座り込んだ。

「馬鹿野郎っ!」

 なお抵抗の意志を捨てぬ盗賊が怒声を上げる。

「今更降参したとこで、おれたちがぬるい刑で済むわけがねえだろうが!」

 まったくもってその通りだ、とガルスは思ったであろうが、もちろんそれを口には出さなかった。

「ただ殺されるならまだしも、苦しめに苦しめ抜いて殺されるぞ! それが嫌なら逃げるんだ!」

 その盗賊の元に集まるように、武器を捨てぬ者たちが追随し、一つの塊になった。

「突破するぞ! 行けぇ!」

「おおおお!」

 包囲を突破しようと一団となって突き進む盗賊たちに、ガルスは「ほう」と感嘆する。

 盗賊にしてはよい判断、統率だといったところか。

 だが、感嘆するのは余裕があるからであり、既に彼らは包囲下だ。

 一番手薄なところを……という判断を咄嗟にしてしまうのは当然だ。だが、そうなればそうするだろうとわかっているガルスは、ある部分の人数を薄くする代わりに、レベルの高い者を配していた。

 盗賊たちの先頭が、ガルスが張った壁にぶつかっていった。ちなみに、ゲオルグもレベル8なのを買われてそこにいる。

 当人としては遠慮したかったようなのだが、特別ボーナスを出してやるというガルスの言葉に一瞬の間も置かずにエリスが首肯したのでそうなってしまった。

 高レベルの者たちなのでそう簡単には突破できない。

 そして、包囲網の突破に時間をかければ、当然のことながら側面背面よりの攻撃が降り注いでくる。

 一人また一人と、討たれていく。

 その死体が折り重なったところで、ガルスは生け捕り命令を出した。

 残りの盗賊が、捕縛される。死に物狂いの抵抗をする者もいたが、四方からの攻撃で削られるようにダメージを与えられて力尽きていった。

「やあやあ、おかげで上手くいった」

 すこぶる上機嫌で、ガルスがやってきて恵一の肩を叩いた。

「一人も逃がしてないみたいですね」

「ああ、捕まえたのが十人ぐらいかな。思っていたよりも獲物が多い」

 戦う前から降参したのが何人かいたのは、ガルスには嬉しい誤算であった。

「ところで、奴らのお頭というのは……」

「そこです」

 と、恵一の示した指の先を見て、ガルスは少し驚いたようだった。ガルスはジェークの顔を知らないがてっきり最後の包囲突破を試みた一団の中にいたものだと思っていた。

「リーンが、やったんです」

 足下で寝ているリーンを見ながら、恵一は言った。

「あ、死んでないですよ。疲れて動けないだけで」

 どう見ても死体にしか見えなかったので、ガルスが勘違いする前に言っておく。

「ほう、こいつ、やったのか」

「ええ」

「兄ちゃんが助太刀したのか」

「え? いや、一騎打ちですよ。一対一でリーンはやったんです」

「んん?」

 と、ガルスは首を傾げる。

「敵のお頭、そんなに強くなかったのか?」

「いや、強かったと思いますよ。レベルがいくつかとかはわかんないですけど……少なくともリーンよりは上のレベルだったはずです」

「……それで、やったのか?」

「はい」

 自分のことではないのに、なんだか誇らしくて、恵一は胸を張って頷いた。

「そうか……まあ、できれば頭は生け捕りにしたかったが……ん?」

 ジェークの頭を軽く蹴飛ばしたガルスが、訝しげに呟く。

「どうしました?」

「こいつ、生きてるぞ」

「えっ!」

 ジェークには、まだ息があった。

 剣で斬られた肩はともかく、短剣で刺された胸の傷は致命傷であろうが、なんとかまだ辛うじて生きていた。

「ジェー、クぅ……」

 死んだように寝ていたのに、それを耳にするやリーンはジェークの方に這いずる。

 体は疲労によってほぼ活動を停止しているのに、仇敵の生存を知り気力によってそれを奮い起したのだ。

「リーン、大丈夫だ。生きてるっていっても虫の息だから、ほっときゃ死ぬから」

 もう休ませてやりたい、という感情が先に立った恵一は、這いずるリーンを押し止めていた。

「こっちだこっち」

 いつのまにかガルスがいなくなっているなと気付いたら、すぐに戻ってきた。

「これですか」

 戻ってきた時には、エリスを伴っていた。どうやら彼女を探しに行っていたらしい。

「それでは」

 エリスはジェークを観察して、頷いた。

「この胸の傷ですね」

「そうだ」

 エリスは、手を、リーンが刺したジェークの胸部にかざす。

 先程、エリスに腕の傷を治してもらったからわかる。あれは治癒魔法を施しているに違いない。

「いけるか?」

「なんとか」

「よし、上手くいったら特別ボーナス出すからな」

 二人の会話を聞いて、リーンがもぞもぞと起き上がろうとしてきたので、恵一が肩を貸す。

「治療してる、のね」

「ああ

 てっきり、なんでせっかくやったのに治療などするのかと激昂するかと思ったが、リーンは冷静である。

「ふう……これで、たぶん大丈夫です」

「よし、よくやった」

 どうやら、ジェークの治療が上手くいったらしい。

「おっしゃ!」

 リーンが、するりと恵一の肩に回っていた腕を引き抜き、走っていって、ジェークの頭を思い切り蹴飛ばした。

「ちょっと! 何してんの!」

 そんな力残っていないと思い込んでいた恵一は、大慌てでリーンのところへ駆け寄る。羽交い締めにした時には、二発目の蹴りが塞いだばかりの胸の傷に叩き込まれていた。

「なにをするのです。せっかく治療したのに」

 エリスがぶつくさ言いながら、今一度ジェークに治癒魔法を施す。

「兄ちゃん、しっかり捕まえとけよ」

「はい」

 ガルスに言われて、羽交い締めにさらに力を込める。

「嬢ちゃんに痛めつけさせるために治療したんじゃないぞ」

「え? 違うの?」

 ガルスの言葉に、きょとんとしたリーンが返す。

 彼が言うには、ジェークは王都に連れて帰ってそこで見せしめのための公開処刑を受けさせるために治療したのである。

「なんだ。それを先に言ってよ。てっきり私のために治してくれたんだと思ったわ」

「違う違う」

 ガルスにそう言われて、リーンは残念そうである。

「でも、見せしめの処刑っての? やっぱ見せしめってことはきついやつよね」

「まあ、おれが決めるわけじゃないが、極悪指定された盗賊団の頭だからな。ぬるい刑にはならんだろ」

「じゃ、私も見物していいわよね」

「うーん、それもおれが決めることじゃないんだが……まあ、事情を説明してそうできるように嘆願はしておこう」

 リーンの協力が無ければ、こうも上手くいってなかったと思われるので、ガルスもそれには素直に感謝しているのだ。

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