命を賭ける
「あ? なんだ、今の、何が……」
「あいつ、なにをした?」
位置関係から、それをよく見ていたのはエルムントと睨み合っていた二人の盗賊であった。
彼らは、エルムントの構えから中々の技量と見て、こちらからは打ち込まずに二人で連携し、時間稼ぎに徹しようとしていたのだ。
それゆえに、エルムントのことを凝視していたものの、視界に恵一も入っており、彼が背中を向けたところに、味方が打ってかかるのも見えた。
あのガキ、終わったな――と思った次の瞬間には後ろからかかっていった味方が切断されており、まったくわけがわからない。
それをやったのは、あのガキ――恵一には違いないと思うものの、抜く手も見せぬ早業どころかなにをやったかもよくわからないのだ。
人間一人の胸部を体の端から端まで切断しているのだ。
それなりに大振りの斬撃を行わねば、人間はああは斬れぬはずだ。
「そ、そいつ気をつけろ!」
わけがわからぬままに、恵一と対している仲間に向けて叫んだ。
「ふむ」
どうも、後ろで何かが起こったらしい。
エルムントは注意深くも後ろを振り返ったりはしなかったので推測するしかないが、背後から漂ってくる血の臭いから察しはつく。
自分のところまで臭いが来るということは、相当に夥しい量の血が流れているはずで、それと盗賊たちの反応を合わせれば、どうやら恵一が一人倒したようだ。
しかし、反応が尋常ではない。いったいどういう倒し方をしたのか。
長い経験を積み、レベル9に認定されているエルムントは、レベル10というのがどの程度の力を持っているかは自分を物差しにして大体わかる。
正直、強いことは強く、この盗賊ども相手に不覚はとるまいが、どう見てもこの反応は理解し難いものを見た時の反応だ。
そのような芸当が、レベル10にできるのだろうか。
だが、とにかく恵一が一人やったということは決して悪いことではなく、自分たちには有利だ。
とりあえず自分のやるべきことは、この二人があちらに行けぬように牽制することだ。
盗賊二人は明らかに動揺していて、エルムントを見ながらもどうしても恵一が気になって仕方ないようで、ちらりちらりと視線をやっている。
一方の恵一は、昂奮を持て余しながらも、精神が後ろ向きになっていないことに安堵していた。
いざとなればどうなるか不安だったが、やはり自分は殺意を持って攻撃してくるものへは反撃し、命を絶っても大丈夫だ。
だが、凄まじい目にも止まらぬ攻撃で一人を両断したことは、盗賊どもの警戒を誘ってしまった。
彼らは、特に恵一に対しては完全に受け身になって自分からは攻撃してこず、防御に徹している。
そんな塞ぎ込んだ連中が殺気を放つわけもない。
さすがに、この第一の包囲網と言うべき中に選ばれただけあって、ここにいる盗賊たちはそれなりに強い。
全員レベルは恵一以下だろうというのは、動きを見ていればわかるのだが、数が多い上に守りに徹されてしまうと、恵一の技量では攻め崩せない。
マルセスも頑張ってはいるが、やはりガチガチで、本来の力は発揮できていないように見える。
エルムントは、互いに背中を庇い合うポジションを取りつつも、自分からは攻めようとしない。
待てば待つほど有利になるのだから、それでよいのだ。
ヤマ場は、敵の援軍が到着し、そしてこちらの本隊が到着するその間だ。
その間は、死に物狂いで戦わねばならない。そこで手強しと思わせないと多人数を恃んで押し寄せて来られる。
だが、逆に恐るべしと思わせることができれば、どうせもう完全に包囲して逃げられっこないのだからじっくりと時間をかけて討ち取ればよい、と嵩にかかった急激な攻めを控えさせることができる。
その時に備えて、体力を温存するようにエルムントは必要以上の動きはしない。
それが作戦を成功させ、なおかつ自分が生き延びるのに最善の手である。
エルムントはそう疑っていないし、実際そうだろう。
彼に言わせると、マルセスも恵一も動き過ぎである。
マルセスは、前から知っているからなぜかはよくわかる。
要するに、緊張に耐えられないのだ。
一見、真っ先に敵に斬りかかる勇ましい姿に見えるが、あれはじっと敵と睨み合いをしている緊張感が嫌で半ばヤケになって動いたのだ。
そこで怖がって竦んでしまわずに、危険を冒して猪突できるのだから勇気が無いというわけではない。
元々の力量だって決して低くはないので、相手が弱ければそのまま押し切ることもできるのだが、そうそう上手くもいかぬ。
特に、彼は剣闘士を目指しているのだ。
当然、剣闘士の試合はレベルがほぼ同じぐらいの相手と組まれる。
なんらかの特別な理由でもなければ、あまりにレベルがかけ離れた試合を組めばブーイングが飛ぶ。
今回の場合も、斬りかかった相手が盗賊団の中でも弱い奴ならばよかったのだが、それなりのレベルの者であったためにあっさりとすかされてしまった。
その上、目の前のこれと定めた敵一人のみしか見えていないような視野狭窄状態に陥ってしまうために、集団戦では致命的である。
恵一が助けてくれなければ、間違いなくやられていただろう。
そのことで、ゴールド握らせた分だけのことはしてくれたな、と恵一に感謝しつつも、その当の恵一に対しても困ったものだとエルムントは思っている。
言うまでもあるまい。
作戦外のリーンの突出に追随してしまったことだ。
今も、なんとかリーンを助けようと機会を窺っているのがわかる。
何かと組まされてともに行動しているうちに情が移ったのだろうが、彼女は別に討伐隊の仲間ではないのだ。
エルムントは、リーンに対してはその仕事のやり方などを聞いて別段悪感情は持っていないが、しかし盗賊は盗賊だろう、とも思っているのでそこまでして――少なくとも我が身を危険にさらしてまで何かをしてやるべきだとは全く思わない。
恵一が、マルセスとそう変わらぬ年齢でレベル10の強さと、クマを殴り殺したという武勇伝を持っていることで、ともに戦えば、マルセスによい影響を与えてくれるのではと見込んでこれを立ててきたのだが、こんな「甘い」とは思わなかった。
こんなことならば、レベルこそ低いが年上で経験も積んでいることを盾に自分が主導権を握るべきだった。
ちらり、と恵一を見る。
丁度、恵一がリーンに視線を走らせていた。
「死ぃねええええ!」
鈍器のような声。
甲高いのに、なんだか重く聞こえる声。
憎悪が、重しになっているのだろうか。
声には、必死さがあり、悲壮さがあり、痛々しさまである。
だが、弱々しさは無い。
その声を聞いてわかるのは、その声の主が、未だに気合十分だということだ。
もうやられてしまったのではと思っていたが……あの娘、まだ頑張っているのか……。
そこそこの長さの人生において、剣闘士としても兵士としても戦った経験がある。
そんな経験の中でも滅多に聞いたことのない声だ。あれを十五かそこいらの娘が出しているのか。
聞けば聞くほど不思議な気分になるが、声自体は、若い娘の声に間違いは無い。
どうしても気になった。
対峙している二人の盗賊は、明らかに自分たちからは手を出さずに時が過ぎるのを待っている。
すう、と前へ出て剣を振る素振りをする。
盗賊たちは、それに反応して僅かに後退する。
その隙に、エルムントは振り向いた。いかに敵と距離を作ったとはいえ、危険が絶無ではない。
それなのに、そうしてしまったのは、やはりあの声のせいだ。
エルムントは見た。
「っらあああ!」
リーンが、鬼の形相としか言いようのない顔で剣を振っていた。
ジェークが、それを余裕をもってかわす。
だが、その顔には余裕は無い。
動きには余裕があるのに、顔には無いのだ。
「ほう」
エルムントは、思わず感嘆の声を漏らす。
剣闘士の卵たちを鍛える時に、よく自分も他の者も言う。
死ぬ気でやれ、と。
と言っても、そうそうそんな境地に達せるものではない。練習とあらば尚更だ。
かくいうそう言って発破をかけている自分だって、本当に死ぬ気になったことなどほとんど無いのだ。
ああ、アレだよ。
と、エルムントはリーンを見て思った。
あれが、死ぬ気だ。
そして、こうも思った。
あれが死ぬ気だとしたら――自分がかつて死ぬ気になったと思っていたアレは、死ぬ気ではなかったのかもしれないな。
「うぎぃ!」
リーンの肩に、ジェークの剣が触れ、傷ができた。
ジェークは、浅いとはいえ傷をつけたというのに、顔には余裕が無い。
リーンは浅い傷を幾つも受けている。全てジェークによるものだ。
一方のジェークは、かすり傷一つ受けていない。
どう見てもジェークが優位であるし、彼本人もそう思っていた。
しかし、彼の顔にだけ余裕が無い。
「しゃあああっ!」
リーンが、また斬りつけてくる。
全身全霊を乗せたような一撃。
だが、元々レベルに差があるので、防ぐことはさほど難しいことではない。
うん、自分の方が強い。間違いない。
ジェークは、そう思い、安堵した。
だが、顔には余裕が無い。
「おおう!」
また、リーンが来る。
全身全霊を乗せたような一撃。
だが、これが全身全霊だとしたら、こいつの全身全霊はいったい幾つあるのだ。普通は一つだろう。
だが、元々レベルに差があるので、防ぐことはさほど難しいことではない。いや、本当に難しいことではないのだ。
「がっ!」
だが、ジェークはしくじった。距離をとってかわしたつもりが、予想以上にリーンの剣が前にぐんと伸びてきた。
実際は、剣が伸びることなどないので、リーンの踏み込みの速度が彼の予想を超えてきたということだ。
「こいつ!」
「へへっ」
思わず余裕の無い顔で激昂したジェークを、リーンは目に憎悪の色を一層濃くしながらも、口だけで笑った。
いや、いや、いや。
切っ先がかすめて、少し手が傷付いただけだ。血などほとんど出ていないし、握力の低下も無く、これ以降の戦闘に支障など無い。
そんなかすり傷に過ぎぬ戦果を喜ぶ哀れな小娘だ。
笑ってやれ。
そう思いながら、ジェークは笑わなかった。笑ったつもりだったのだが、顔がそういう形になっていなかった。
――おれの方が強いんだ。どう見ても、どう考えても。
――そんなに大きな傷こそ与えていないが、こちらだってようやくかすり傷を一つ受けただけだ。
――それなのに、なぜ、押されている。
いや、いや、いや。
押されてはいない。自分は何を考えているのか。全く押されてはいないのだ。
ジェークは、得体の知れぬ不安感を振り払うように頭を振った。おかしい、なんでこんなことになっているのか。
一対一で対峙して、リーンが遮二無二斬りかかってきて――ほっとした。
あの彼女の父の元部下である男を殺したことから、もしかしたら思っていたよりも強いのではと危惧していたが、それが要らぬ心配であることがよくわかった。
あの男は、なまじリーンと稽古をしていたから彼女の力量を把握したつもりになって、絶対に勝てると油断していたのだろう。
稽古と実際の殺し合いは違う。
そんなことは、あの男もわかっていたはずなのだが、しかし一抹の油断はどうしても彼の一挙手一投足についてまわり、遂にその穴を衝かれるようにして敗北してしまったのだろう。
何度も何度も、リーンは斬りかかってきた。
一撃一撃に、気迫がこもっていた。
その気迫は認めるが、ジェークをたじろかせるほどではなく、力と技は、それに不釣り合いな程度であった。
余裕を持って――その時には顔にも余裕が出ていた――防ぎかわし、機会を待った。
余裕で急所に剣を叩き込める瞬間に、思わず手が動きそうになって慌てて止めたことが何回かあった。
そんなことをしたら、楽しみにしている下っ端連中から恨まれてしまう。
そう思って苦笑した。苦笑しながらかわせる程度の攻撃だった。
こんな全力の攻撃を続けていたらすぐに疲れてしまうだろう。疲労で動きが鈍ったところをできるだけ傷付けぬように捕らえてしまえばいい。
すぐに、別働隊の連中が到着するから、捕らえたらそのままこの場で押し倒して犯してしまうのもいいな。
そんなことまで考える余裕があった。
だが、リーンは疲労も見せずに攻撃を続けた。
疲労していないはずはないのに、鈍らない。
鈍らないどころか、段々と動きに無駄が無くなってきているようにすら見える。
それまで何度か、リーンの攻撃をいなして死角に入り込むような動きをした。そこでやろうと思えばやれたのだが、先に述べたようにできるだけ傷付けずに生け捕りにすることを優先してその時は手は出さなかった。
なんだこいつ、疲れは無いのか?
さすがに、呆れるようなリーンの気迫の持続に疑問を持った瞬間、また来た。
よし、いなしてやる。と、自らの剣でリーンの剣を打ち、打った瞬間に急激に角度を変えることで、リーンの攻撃を逸らしてやろうとした。
剣と剣が接触――。
「ぬっ」
ジェークは呻きつつ後退していた。リーンの斬撃の威力が予想よりも強く、逸らそうとして失敗し、斬りつけられてしまうことを恐れたのだ。
疲労していないどころか、強くなっている!?
ジェークは、理解の及ばぬところへリーンが行ってしまい、その理解の及ばぬ場所から自分への攻撃が行われていると感じてしまい、かなり薄気味悪く思った。
実のところ、疲労はしていた。リーンはとても疲労していた。
しかし、疲労したことにより、体が自然と最も無駄の無い動きをするように彼女を導いてくれた。
これに、気迫――死んでも構わないという自らの死を前提に、それを全く恐れぬ気迫が加わることによって、リーンの攻撃は鋭さを増していた。
なんだ、こいつは――。
ジェークは、不可解なものをリーンに感じた。そう感じてしまった時点で、そう感じる以前に持っていた余裕を失った。
一撃一撃に、死んでもいいという覚悟がある。
そのことは、その一撃を受け続けてきたジェークは理解できないこともなかった。
だが、人間が、ましてやこんな小娘がそんなところへ到達することができる、というのがどうにも理解を超えていた。
そういうことか――と理解しかかるものの、いや、そんなことが果たしてあるのだろうかと思ってしまう。
飽きもせず、リーンは攻撃してくる。
その時には、かわしたり防いだりはできるものの、余裕を持って急所を攻撃するようなことはできなくなっていた。
リーンに隙が無くなった、というわけではない。
動きに無駄がなくなったと言っても、ほぼ全てが全力の攻撃なのだ。隙はどこかしらに必ず生じた。
変わったのは、ジェークの意識の方だ。
リーンの攻撃をいなして踏み込んだりする決断が、できなくなっていた。
それよりも、いくらなんでももうすぐ疲労のせいで動けなくなるだろうから、その時を待つ、という方がよいように思えた。
疲労していないわけがないのだ。
最後の力を振り絞っている状態だ。いつまでももつわけがない。
それは、正しいことは正しい。決して間違ってはいない。
だが、それはジェークがリーンとの賭けから降りたということだ。
例えるならば、リーンは一撃一撃に、その度に自分の命を賭けていた。ジェークはそれを受けて立つにあたって、自らも命を賭けた。
いや、少なくとも当初彼にその意識はなかった。
実力差ゆえに、この賭けに供されているのはリーンの命だけであると思っていた。
それだから、生け捕りに拘って致命的な隙を見逃すようなことすらした。
しかし、この賭けが長引くにつれて、剣を持った相手に攻撃されている以上、自分の命もまた賭けられているのだということを嫌でも悟らざるを得なかった。
それでも、実力差ゆえに、その賭けはやはりリーンにだいぶ分が悪いものであった。
一対九ぐらいで、ジェークの方が有利な賭けだ。
だが、リーンがその賭けに、自分の命を張り続け、それを止めない。
いくら、自分に分がいいとは言っても、万が一ということがある。
ジェークは利口なので、そういう考えないでいいことを考えてしまうのだ。
そういうことを考えて、精神的に押されてしまった時点で、本来一対九だったはずの勝率は下がっているのだ。
対するリーンは馬鹿なので、平気で自分の命を賭け続けている。勝率が低いとかそういうことは考えない。
賭けに負けたら、死ぬだけだ。
ジェークは、個人的な戦闘力は低くない。その上に盗賊団を統率するだけの知恵もあり、危機を察知する洞察力もあり、危ういと見るやすぐに逃げ出す果断さもある。
強い相手にはその場では媚びへつらうことも平気だ。強い相手と正面から戦うなど馬鹿のすることであると彼は固く信じている。
それらの、盗賊として欲しいままに悪逆を尽くしてもなお生き延びてきた理由である彼の長所も、裏返せば、ギリギリの戦いに身を投じ、そこで死んでもいいと覚悟を決めた経験は無いということを示している。
そもそも、そんなギリギリの戦いをしなければいけない、というところに追い込まれているという時点で駄目なのだ。そうならぬように立ち回らなければいけない。
そのジェークが、滑稽なことに、知らず知らずそこへ追い込まれていた。
リーンとの一騎打ちが、そんな事態を招くなど彼は露ほども思わなかった。
むしろ、どうしても一対一では勝てなかったであろう彼女の父に対する鬱憤を、その娘を一騎打ちで倒すことで少しなりとも晴らそうという代替行為に近い感情があった。
「ジェェェェェーク!」
彼の名を叫びながら、リーンが斬りかかってくる。
命をぽんと投げ出し、さあそっちの命もそこへ置け、と迫ってくる。
さあ、お互いの命を賭けて、勝負、勝負。
そんなことは嫌だ――。
ジェークは、降りた。
後ろに下がって、かわす――いや、やり過ごそうとしたのだ。
奴の疲労は限界だ。今にも、それが噴き出して動きが鈍る。そこを衝けばいい。
それが、正しいのだ。それが、自分のやり方だ。それで、自分はこれまでやってきたのだ。
しかし、疲労していたのはジェークもであり、そしてそれが噴き出したのは彼の方が先だった。
「なっ!」
後退しようとして、足が地面の突起に突っかかった。
「もらったあ!」
踏み込んできたリーンが、真っ向から斬り下げる。
剣が、ジェークの右肩に食い込んだ。
しまった。やられた。
思った次の瞬間に、リーンが崩れた。
ジェークの右肩を斬り付けたものの、そのまま斬り下げて腕を切断することはできずに剣が途中で止まってしまったのだ。
そして、そこで手が滑って柄を離してしまい、前につんのめるようにして転倒した。
「ははっ!」
ジェークは、満面笑みとなった。来た来た来た。待っていた時がようやく来た。
右肩を斬られるという痛手は負ったが、とうとう、とうとう、来た。
剣を離してしまったのは、蓄積された疲労のせいに違いない。間違っていなかった。自分の戦法は間違っていなかったのだ。
「覚悟しろ」
ジェークは、舌舐めずりしつつ、言った。顔には余裕が戻っている。
剣を左手に持ち替える。
右肩を怪我したための、当然の行動であったが、それは隙であった。
右肩は痛むものの、剣が振れないほどではない。
これが逆の立場であったら、リーンは迷わず即座に右手で剣を振っただろう。
ジェークは、戻ってきた余裕を心地よく感じていたが、それは命のやり取りの最中においては油断であった。
自分の思った通り、とうとう疲労が積み重なって動けなくなった。
その、自分の思った通りになったという思い込みが、リーンのことを、少なくとも効果的な攻撃をできるような状態ではないと決め付ける元になった。
それは、命のやり取りの最中にしてはいけない油断なのだが、ジェークはもはやそういうことをリーンとしているつもりは無かった。
リーンは、まだまだそのつもりであった。
疲労はある。当然ある。全身にのしかかるように、疲労はある。
剣から手を離した瞬間に、どっと疲労が来た。その点では、ジェークの見立ては決して間違ってはいない。
だが、リーンには幸いなことに、まだ最後の力が残っていた。
ジェークは最後の最後で見誤った。まだ、最後の一撃を送り込む力が残っているリーンのことを、完全に無力になったと思い込んだ。
「かっ!」
声というよりは、呼気と言うべきか――。
吐くと同時に、倒れていたリーンが飛びあがるように立ち、ジェークの胸にぶつかっていった。
「あ? なん、だ?」
呆けたようなジェークの顔と声。
リーンの握った短剣が、深々とその胸に刺さっていた。




