復讐だからいいじゃない
「ケーイチ、落ち着いたか」
「ああ……」
縛られた男を斬ってから、しばらく恵一は呆けていた。
リーンにやらせてはいけないと思い、咄嗟に体が動いていたのだ。覚悟を決めてやったとは言い難く、斬ってから、ひどく虚脱した状態になった。
ケイトは、しょうがねえなあという顔をしながら、そばについて恵一の顔色やら目の色やらを覗き込むように観察し、時折声をかけてくれた。
「うーん、スパッとやったら一皮むけてバリバリ殺せるようになるかと思ったんだけどなあ、思ってたよりケーイチは繊細だなあ」
「はい、繊細です」
いや、実のところ恵一自身が痛感していた。
明らかな攻撃に対する反撃という形であれば、それほど気に病むことも無いのに、相手が縛られたりして無抵抗であるというだけで、一挙に抵抗感が跳ね上がる。
「立派な騎士への道のりは長いなあ」
「いや、もう、ホントごめんね」
なんだか、本気で申し訳なくなってきて恵一は謝った。ケイトには好き勝手言いやがってという気持ちも無いわけではないのだが、やはり彼女自身が「あたしはケーイチのためを思って言っているんだぞ」という意志だけは強固に持っており、それに触れた恵一としては、ともかくも自分のためを思っているケイトの期待に応えられずに申し訳ないという感情が押さえられない。
「まあ、ケーイチは、強いのは間違いないんだからさ、あとは気持ちだよ」
「うん、ホント、向こうから攻撃してくれば遠慮なくやれると思うからさ、そん時は任せてくれ」
ケイトとそうやって話していたら、アンが来た。
「また捕まえてきたぞ」
と、アンは言う。
「ああ、また脱走か」
と、ケイトが言い、恵一が仰け反るように後ずさった。
「ん? どーしたケーイチ」
「ああ、いや、別に」
また自分に斬殺せいという話が回ってくるのではないかと思った恵一であったが、今回捕まえられた男は不幸なことに、別のところへと回された。
何が不幸かと言うと、その男は妻子を殺され復讐に燃える男の前に引き出されたからである。
「ああ、えっと、レントさん、だっけ」
恵一は、なんとか、その男の名前を思い出した。
ガルスが、妻子を極悪盗賊団に殺されてその復讐のために討伐隊に加わったと紹介していた男だ。
新たな捕虜は、そのレントに好きにしていいよと渡されたのである。
「や、止めろ!」
叫ぶ男の右目に、太い鉄串が突き刺さった。
「ぎゃあああああ!」
「ひいいいい!」
男の悲鳴と、レントの悲鳴が上がった。
泣き叫ぶ男の指の爪を、レントが道具を使って引き剥がす。
「ぎゃあああああ!」
「ひいいいい!」
男の悲鳴と、レントの悲鳴が上がった。
「いや、あの、レントさんレントさん」
恵一は、果たして口を挟んでいいものであろうかとは少し迷ったものの、結局その状態で傍観するのに耐えられなくなって声をかけた。
「ん? ああ、君はレベル10の、アマモトくんだったね」
「あ、はい」
レントは、真っ青な顔をしている。
「あの、レントさん、辛いなら、自分でやらないでもいいんじゃないですか?」
どうもレントは、そういう他人を痛めつけるようなことを一切やったことがなく、またそのことへの耐性もすこぶる低いようで、盗賊の男を痛めつけるたびに自分もしんどそうにしているのである。
「いや、やるよ」
「でも……」
凄い顔色悪いんだけど。
「おれがこんな程度でへこたれちゃ、殺された妻と子供が浮かばれない」
と、レントは、真剣な顔で言った。
「おう、ケーイチケーイチ」
と、話に入ってきたのはケイトだ。
「レントさんは、奥さんと子供のために頑張ってんだから邪魔しちゃ駄目だぜ」
「はあ……」
そういうもんでしょうか。
「さあ、次はこいつだ」
レントは爪を剥がすのに使ったペンチのような道具で、今度は男の耳たぶを摘まみ、力任せに引き千切った。
「ぐああああああ!」
「ひいいいい!」
どうしても、不毛な行為に見えてしまうのだが、ケイトをはじめとして他の連中はレントを温かく見守っている。
爪を剥がした痕を、ペンチで圧迫すると、男は壮絶に喚いた。
レントはしばらくそうしていたが、やがて道具を投げ捨てて地に伏せると、勢いよく嘔吐し始めた。
「あー、もう」
だから言わんこっちゃない。いくら復讐とはいえ、吐いてまでやることだろうか。
と、思っているのはどうやら恵一だけのようだ。
「頑張れ」
小さく、呟くような声がぽつぽつと上がり始めた。
「頑張れ、頑張れ」
やがて、それはうねりを伴うような、声の波となっていった。
「頑張れ、頑張れ、頑張れ」
その声を全身に浴びて、レントは口辺を拭いながら立ち上がった。
おお、と歓声が上がる。
横になってのた打ち回っていた男の頭を踏み付ける。
耳を引き千切られた、その傷口を、ぐりぐりとすり潰すようにだ。
男の悲鳴に、レントの泣きそうな声が続く――いや、泣きそうな、ではなく、レントは完全に泣いていた。
「頑張れ、頑張れ、頑張れっ!」
彼を応援する声はますますうねりを加えて彼を包んでいる。
「うあああああ!」
レントは絶叫しながら、男を蹴りつけた。
蹴って蹴って蹴りまくる。
一発蹴る度に歓声が上がり、次第にその声は一つになった。
やがて、男はぐったりと伏して動かなくなった。
レントが、なおも蹴りつけ、蹴られるたびに男は揺れたが、生物らしい反応は無い。
それに気付いたレントは、座り込んで泣いていた。
何人かが男のところへ行き、揺さぶったり脈を見たりして死亡を確認した。
「よくやったな」
レントの肩を叩いて賞賛する者もいる。
「お、終わったか……」
はっきり言って完全に引いていた恵一は、ようやく復讐者の儀式が終わったのにほっとしていた。
「いやぁ、よかったよかった」
「いや、なにがいいんだよ」
だから、ケイトが言うのに思わず挑みかかるような口調で言ってしまった。
「ん? レントさんが復讐できたんだぞ。よかったじゃん」
ケイトはそんな恵一の言葉にはいちいち感情を動かさぬ。
周りを見れば、みんなケイトと大差無い感じである。
ミレーナがいれば、とここしばらく会っていない男爵令嬢のことを思った。彼女ならばケイトたちよりも恵一に近いはず。
まあ、例のハウト男爵家とリアントゥム男爵家の揉め事の際に、戦争反対という考えで一致したことからそう思い込んでいるだけで、もしかしたらミレーナと言えど極悪指定された連中などにかける情けは無いかもしれぬ。
本人に聞いてもいないのにそう思ってしまうほどに、ケイト他の反応が当たり前のものに対するそれであり、やはり自分の方がおかしいのかと思ってもしまう。
「ねえ、あれはどうするの?」
と、リーンがガルスに言った。あれ、というのは新たに出来た死体のことだ。
「あれもこっちで処理する」
ガルスは言った。こっちで処理する、というのは死体を盗賊団の連中に見せたりはしない、ということだ。
「ふうん」
一人また一人と死体を見せつけて連中の恐怖を煽ってやろう、というのにリーンは魅力を感じているようで、不満そうである。
だが、ガルスの考えを聞かされて一応それに理あるを認めてはいるので、口には出さない。
先に恵一が殺した男の死体も、同じように奴らの目にはさらさないようにしている。
ガルスの考えとしては、脱走者が続出していることを実感させた方が効果があるということだ。
実際に、捕まえたのは二人とも脱走をしようとしていた者だ。
これらの死体を見せては連中はまたリーンたちによって殺されたのかと思うだけだ。
それはそれでいつ自分がそうなるかもしれないという下っ端どもの恐怖心は大いに刺激でき、さらなる脱走を誘発するであろうが、ジェークたち上層部にどれほど効くかはわからない。
ガルスはむしろ、脱走者が発生していると認識させた方が効果的と考えていた。
それにより、ジェークにこのままでは団内での求心力が低下すると思わせて、なんらかの行動を起こさせたい。
それに、あまりにも続々と殺せば、討伐隊が背後にいることまでは悟られぬとしても、リーン一味が予想よりも遥かに人数が多く強大なのではと思わせ、警戒させてしまうことにもなりかねない。
相手を所詮は少人数の小勢であると油断し、しかしそのようなコソコソとした連中でも放置しておけば取り返しのつかぬことになるかもしれないと危機感を覚える――そんな精神状態になることを、ガルスは期待していた。
果たして、ガルスの期待した通りに物事は進んでいた。
主に見張りの輪の外環に配置されがちな下っ端連中が、お頭へ懇願したのだ。
下っ端がお頭へものを言うのである。それは確かに懇願としか表現しようがない低い姿勢で行われたのだが、彼らも命の危険を感じている。
「なんとかしてください。お願いします」
と、いう言葉の言外に、なんとかしてくれないならおれも脱走するぞ、という脅しが、その効果を見込んで漂っていた。
「ふむ」
と、お頭のジェークは鷹揚に頷いた。
二人殺され、二人逃げた。
そろそろ、威信を保つために行動を起こす必要は感じていたところである。
「わかったわかった。おれもなんとかしないといけないとは思っていたところだ」
ジェークはどちらかと言うと人望などではなく、恐怖で部下を縛り付けるタイプのリーダーではあったが、それが通用する場面ではないことはわかっていた。
リーンの一味から恐怖を与えられて動揺しているところへ、いわば別方向からジェークがそれを与えては恐怖と恐怖に挟まれて、結局はこの場から逃げる――すなわち脱走へと追いやるだけであろう。
それがわかっているので、ジェークはせいぜい頼もしげな態度で、それについてはおれも案じていたんだ、と彼らの懇願を受け容れた。
さて、次なるは具体的な対応である。
しかし、姿を見せはするが、次の瞬間にはその場にいないような俊敏な行動をリーンたちはしている。
徹底的なゲリラ戦を仕掛けてきているのだ。
補足されてはおしまいだということは嫌というほどわかっているのだ。そしてこちらのアジトの場所はわかっている。
そうなれば、自らの弱味を敵にさらさずに攻めるには、このゲリラ戦法が最適なものである。
……と、そういうふうに、リーンたちを自分たちよりも人数が少ないのだと思い込んでいるのが最大の錯誤であり、彼らの弱点となっているのだが、もちろん本人たちが知るよしもない。
「なんとか、おびき出せないか」
考えているのは、ガルスと同じことである。
結局のところ、まともにぶつかろうとすれば、ぶつかる寸前に逃げてしまうであろう相手を補足しようとすれば、それしかない。
おびき出す――つまり、相手が前進せざるを得ない状況に追い込んで、前進に合わせてこちらは両翼を伸ばすようにして包囲してしまうのだ。
ジェークの口の端に、笑みが浮かぶ。
まだ、具体的な方法は思い付けない。
だが、それが成功した時の結果を思えば、口は笑みの形になる。
とっくに野垂れ死にしたであろうという思いは、別にリーンを嘲弄したのではなく、本心からそう思っていた。
それが生きていて、それどころか果敢に父の仇を討とうと挑んで来ている。
それに対して、敵ながら天晴れ! というような爽やかな感想を抱くような心は無いので、リーンにはひたすら憎しみが募るばかりである。
だが、その一方で、よくぞ生きていて、また自分の前に現れた、という思いもある。
永遠に去ったかと思われた復讐の機会が、向こうからやってきたのだ。
リーンの父は、自分のやり方に公然と文句をつけてきた。
彼からすれば、全てこちらと同じようにせよとまでは言っておらず、せめて子供を殺したりはするな、という限定的なことであったが、他の団に文句をつけたのは事実である。
ジェークにすれば顔を潰された。
ここで、ジェークを少し擁護するとすれば、そこで唯々諾々としていては彼のお頭という地位が危うくなってしまう。
彼は、そのやり方で部下にいい目も見させてやり、統率を行き届かせていたのだ。
それゆえに、リーンの父を排除したことについてはジェークなりに防衛本能に根ざした行動であるところがある。
それだけならば本人を殺してしまえばおしまいであるが、とてもまともにやっては勝てぬ強さを恐れて愛想笑いをしてしまったことがジェークの中に、いつまでも残っていた。
愛想笑いどころか、必要とあらば土下座でもなんでもできる。
しかし、絶対にその相手には復讐をしてやるし、これまでやってきた。
ところがリーンの父に関しては、そのような余裕が無かった。とにかく殺すことを優先した結果、屈辱を晴らすに足ることができなかった。
本当ならば、じっくりいたぶってやりたいところだ。
それができずにいたことが、後になって悔まれた。
もちろん頭では、ああしなかったらいくら毒で弱体化したとはいえ思わぬ反撃を食らっていたかもしれぬのだ、ということはわかっているのだが、執念深くこれまで自分に屈辱を味あわせた者へは、必ず倍以上のお返しをしてきたジェークにとっては、いつまでも澱のような心残りになっていた。
せめて、娘にとその矛先を向けようとしたら、まんまと逃げられてしまった。
だが、どうせ野垂れ死にしたであろうと、諦めていたのに向こうからノコノコと――としか言いようがない――戻ってきたのだ。
ジェークはただでさえ下卑た笑いを、さらに深くした。
最初に自分がいただいて、あの世の奴に娘がいいようにされているのを見せつけてやるのは当然として、その後は、リーンを団の最下層の奴隷にしようと思いついたのだ。
これまで、女に関しては自分や幹部がほぼ独占しており、目覚ましい働きがあった者へ特別に与えるという形をとっていた。
そういう「御褒美」をちらつかせることで部下たちの奮起を期待していたのであるが、自分たちが好きに女を抱けるので、少々溜め込んでいる連中の辛さを軽視し過ぎたかもしれない。
リーンを、団員ならばどんな下っ端でも好きにしていい地位に落とす。
娘のその惨状を見れば、奴もさぞやあの世で悔しがるであろうし、下っ端連中の発散もできて一石二鳥だ。
「いや、三鳥」
ジェークは笑みながら、呟いた。
そのことを団に触れ回れば、皆必ずあの小娘を捕まえてやろうと士気も上がるに違いない。
「ジェークの野郎、どうしてやろうかしら」
で、そのリーンはというと、ジェークを捕まえたらいかに苦しめてやろうかと算段中であった。
「なんか考えてよ」
しかし、どうもネチネチと苦しめ尽くすような方法を考案する頭は無いらしく、一味こと恵一たちに投げてくる。
「うーん、そういうことはエリスに聞こうぜ」
このところ、少しは打ち解けてきたかと思っていたのだが、どうもケイトにとってはエリスは依然そういう存在らしい。
「なんですか」
呼ばれてやってきたエリスを見て、リーンはその顔を凝視している。
「相変わらず凄い顔色ねえ」
リーンは、呪術師のことをよく知らなかった。一応説明は一通りして理解はしたのだがしきりにエリスの顔色の悪さに驚いている。
失礼と言えばそうなのだが、リーンは素直に見たまんまを言っているだけである。
まあ、いちいち言わんでもいいことを口に出すのはどうかと思うが、エリスの方もそんなことをいちいち気に病んだり不快に感じたりもしないので、他のみんなはさらっと流すのに慣れてしまっていた。
「呪術師のあんたなら、相当えぐい手を知ってるわよね」
期待に満ち満ちて、リーンはエリスを見る。
説明の際にケイトが噛んでいたために、リーンの呪術師理解にはやや彼女の影響が入っている。
「……少々勘違いされているようですが、呪術師だからといって、そういう方に長けているというわけではありませんよ」
当然のことながら、エリスは言った。
この世界でいう「呪術」というのは、あくまでも自らの健康等を犠牲にして本来の力よりも大きな魔術を行使する術である。
勝手に変なイメージを持たれているだけで、呪術師だからといって人を苦しめる方法をよく知っているとかいうことはない。
「えー、そうなの?」
リーンが話が違うではないか、という顔でケイトを見る。
「でも、エリスならそういうの思いつくだろ」
今更ながら、それは失礼だろうということを平気でケイトは言うのだが、恵一がそれを指摘し窘めようとすると、
「まあ、思いつかないこともないです」
と、当のエリスが気分を害した様子もなく言うのであった。
「常に治癒魔法をかけながら痛めつければいいのです」
「おお」
「その手があったか」
「ただ……」
「なんだよお」
さすがエリス、ろくでもねえこと考えるな、と賞賛する表情になっていたケイトが、言った。
「当然、手間がかかりますし、そんなことに協力してくれる治癒士がいるかどうか」
治癒士というのは、もちろん生業として、職業的にやっている者もいるが一応、多くの者は人を治療するということへそれなりの使命感を持っている。
死なないように長く苦しめたいから治療してちょ、とか言ってもそういうことならば治療はできない、という者が多数であろう。
「エリスがいるじゃん」
なにを言ってるのかという感じでケイトが言う。その案を聞いた時、ケイトは当たり前のようにエリスが協力してくれるものだと思っていたらしい。
「まあ、コレ次第ではやらないこともないですが」
と、親指と人差し指で円を作ってエリスは言うが、気が進んではいないようだ。
「いくら復讐とはいえ、わざわざ治癒して延命させてまで痛めつけるのはどうかと思いますよ」
「いや、お前が考えたんじゃねえかよお」
「考えつきはしますが、やろうとは思いませんね。どうしても、というのならば止めませんが、私にやれというなら……相当コレが要りますよ」
「今、ゴールドあんまり持ってないのよ」
リーンが、残念そうに言った。
「どっかから盗んで来てやる、と言いたいとこだけど、今回の件が終わったら一旦捕まらないといけないし、脱走して盗んで持ってくからそれじゃ駄目?」
「駄目です。ていうか脱走しない方がいいですよ」
「あ、うん、それはおれもそう思うよ」
「いや、脱走はするわよ」
それをおれたちに堂々と言ったらいけないんじゃないかな、と恵一は思う。
「よし、それじゃお金も手間もかからないいい方法を各自考えておくように」




