スパッとやってみよう
待機していると動きがあった。
待機組とは別に、砦の周辺に散らしていた連中が盗賊を一人運び込んできたのだ。
猿ぐつわをかまされ、縛られている男は、脱走者であった。
脱走者があれば捕縛せよとの命令を、彼らはガルスから受けている。
一人、やたらと砦から離れていく者を発見し、これは脱走に違いないと後をつけて十分砦から距離ができ、ちょっと声を出したぐらいでは届かぬというところまで泳がせてからとっ捕まえた。
「よしよし、いいぞ」
自分の指示通りに手際よくやったその連中を、ガルスは褒めた。
猿ぐつわを外し尋問する。
盗賊は、リーンの姿を認め、そして自分を取り囲む思っていたよりも大勢の人間を困惑を顕わに見回していた。
リーンが短時間にこれほどの人数を引き連れているのを不思議に思っているのだろう。
だが、その疑問にわざわざ答えるつもりはないガルスが、矢継ぎ早に質問をする。
先程の男と同じく、団やお頭、幹部への忠誠心は薄いようでペラペラと喋る。合間合間に情報を教えることによる助命願いを差し挟んだ。
ガルスはそのことは安心しろと男の肩を抱くようにして言った。
もちろん嘘もいいとこで、そもそもガルスがこの男に対してできることはこの場で殺すか殺させるか生かして引き渡すかであり、引き渡した後の裁きについては関知できる立場にない。
一通り尋問すると、ガルスは小さく溜め息をついた。
期待はしていなかったが、やはり見張りの下っ端である。先の男と似たようなことしか知らないようだった。
「あ、終わった? じゃ、殺っちゃっていい?」
それを待っていたかのように、リーンが剣を抜きながらやってくる。
助命の件はどうなっているのかと男がガルスを見る。
「あ、待った待った。そいつはケーイチに殺らせてやってくれよ」
ケイトがそんなことを言い出したので、恵一は驚いた。
「いや、ケイト、なに言ってんの!?」
「まあまあまあまあ! 一回殺ってみりゃいいんだよ」
ぐいぐい押し込むいつもの感じでケイトが言ってくるが、さすがにそう簡単には流されまいと恵一は拒む。
「いや、父さんが言ってた。一人殺すか、死にそうになるかすれば新兵も見違えるように変わるって。死にそうになるの嫌だろ?」
「え、それは嫌だけど」
「じゃ殺そうぜ」
「いやいやいやいや」
「なんだよ、うぶなネンネじゃあるめえし、何人か殺ってんだろ」
「ああ、いや、うん、たぶん」
目覚めた平原で、ミレーナを追い回していた連中を斬ったが、おそらく何人かは死んでいたはずだ。しかし、あれは相手が殺意満々で攻撃してきたというのが大きい。
「目覚めてすぐにそんだけ殺れたってことは、きっとそれが本当のケーイチなんだよ。今こそ本当の自分を取り戻すんだ」
メチャクチャなこと言われとるが、どうも厄介なことにケイトとしてはけっこう善意というか恵一への好意からのことらしい。
顔とか目とか言葉とかの端々に、「ケーイチを立派な騎士に育ててやらにゃあ」という意志が滲み出ている。これがもうマジで。
「待て! 情報を教えたら命を助けるって約束はどうなった!」
たまらず、捕虜の盗賊が喚く。
「あー、あれは」
さすがにバツが悪そうにガルスが言うと、その次の言葉を待たずにリーンが駆け寄り、遠慮なしに男の顔面を蹴り上げた。
「ああ? 嘘に決まってんじゃないの、あんなもん!」
倒れた男の眼前に抜き身の剣を突き立てて、リーンは叫んだ。
「あんたら、私の父さんの仇だってこと忘れてんじゃないの?」
「いや、それは」
男は一瞬だけ口ごもった。
「お、おれは知らねえよ。後からそういうことをやったって知らされたんだ!」
言い訳、ではあるが、おそらく事実ではあるのだろう。いちいちこんな下っ端に上の者が団の行動について意見を聞くわけがないし、腕利きだったリーンの父を殺すために動員されたのは団の中でもそれなりのレベルの者たちだったはずで、この男などは蚊帳の外だったに違いない。
「ふん、だとしてもね」
リーンは憤りを満面にあらわして、男を見下ろしつつ言った。
「ジェークの下で仕事してるってだけで、殺されたってしょうがないのよ。すぐに脱走したならともかく、あんたその後ものうのうと仕事してたんでしょ」
「そ、そんなの、しょうがねえじゃねえか」
「ああん!?」
思わず反論してしまった男だが、リーンの憤怒の声を浴び、自分の命を握られていることを思い出した。
だが、沈黙すれば、殺されると思っているのか、口は止めない。
「そ、そもそも、元はそっちにいた連中が親父さんを裏切ったのが悪いんだ!」
苦し紛れの責任転嫁、ではあるのだが、その言葉はリーンの心を刺激した。憤激はそのままに、リーンの表情に冷静さが宿る。
「……やっぱりうちの連中が父さんを裏切ったってことなのね?」
これまでグールトの推測を信じ、そうに違いないと確信はしていたものの、改めて言われると、リーンはそれなりにショックのようだ。
「そ、そうだよ。あいつらが悪いんだ!」
叩き付けるような怒声から、相当にトーンダウンしたのを感じて、男がここぞとばかりに言った。
リーンの怒りをより憎むべき存在へと向けさせることで、自分へ向くそれを軽減させんとする男は、リーンの顔を探るような目で見上げる。
「……う、ぐ、あ」
男は、目を見開いた。そこには意外なものがあった。
「うう……うう……」
リーンは、泣いていたのだ。
それまでの流れで、まさか泣くとは思っていなかったので、男以外のその場にいた者たちも一様に驚いていた。
「父さん……」
リーンは父を想い泣いていた。
団の部下たちが、父のやり方を手ぬるいと不満に思っていることは知っていた。彼らはそれを大っぴらに言っているわけではなかったが、完全に黙していたわけでもないし、時々、父に直談判に及んでいるのも見たことがある。
その場には、リーンは立ち入らせてもらえなかったから、詳しいやり取りについては知らぬ。
ただ、その後に、リーンが心配そうに尋ねると、
「大丈夫だ。ちゃんと話して納得してくれた。あいつらは、話せばわかる奴らだから」
と、嬉しそうに言っていた。
リーンは父を近くで見ていたから、彼が、表の世間にいられなくなって盗賊となってしまった部下のことを守るべき存在と見ていたことを知っている。
結局は不満が溜まりに溜まっていたわけで、独りよがりと言われてしまえばそうなのだが、リーンにしてみれば父にあれだけ信頼されていたのにそれを裏切ったとあればとても許せるものではない。
話せばわかってくれる、と嬉しそうだった父が、間違えていた。
話してわかってもらえたと思っているのは父だけであり、それに納得したように見えた部下たちは納得したフリをしているだけで、実際は父の力を恐れて強くは言わなかったのであろう。
そして、そこへジェークたちが現れて、その話に乗って父に毒を盛った。
父が、哀れであった。
しかし、リーンは父を世界一偉大な人物だと思っているので、哀れむことすら冒涜に近いという感情があった。
それでも、哀れであった。
そのようなことを父にしてはいけない、と思いつつも、どうしようもないぐらいに哀れみが湧いてくる。
こんなことで、父のために泣いてはいけないと思いつつも、どうしようもなく涙は溢れて来る。
父が、哀れであった。
最も尊敬する人物だけに、一度そう思えば思いには際限が無く、一気に、父は世界一哀れな男になった。
「お頭」
リーンの様子を見かねて、グールトが走り寄り、しかし何をしていいのか全くわからずに沈痛な面持ちで立っていた。
意外な展開に、皆もどうしたらいいかわからない。
捕虜の男は、それでおれの命はどうなるのだろうか、と思いながらリーンの泣き顔を見ていた。
「……ちょっと」
と、言って、その後には何も言わずにリーンは離れて行った。ついていこうとグールトが一歩踏み出して、その場に留まった。
他の者も、一人にしておくべきだろうと思い、後を追う者はいなかった。
さすがに、あのまま逃亡することはあるまいと思ってかガルスも無言でその後ろ姿を見ている。
「リーン、大丈夫かな」
「大丈夫さ、落ち込んでたってしょうがないってのは、あいつもわかってるさ」
「そうか……そうだよな」
一時的な混乱が見られるようだが、それでもリーンにとって父の仇討ちという目的の価値は揺るがない。
落ち付けば、またそれに邁進するはずだ。
「ケーイチ……」
「ああ」
「じゃ、こいつ殺っちゃおうぜ」
「あ、その話、続いてるんだ」
なんかもうこのまま有耶無耶になってくれるのではなかろうか、と一抹の期待を抱いていたのだが、そうもいかんらしい。
「なに言ってんだよ、こいつが生きてる限りこの話は終わらんぜ。さ、ほら、スパッと」
「いやぁ……」
煮え切らぬ恵一であったが、それでもひしひしと死の予感に襲われた男が、またもやガルスに向けて命を助ける約束のことを叫ぶ。
「あー、あれは」
と、またもや言ってガルスは頭を掻いた。もうまともな答えを与えるつもりはなく、それで済ますつもりのようだ。
「ひ、ひでえぞ! お前ら、約束を破るなんて!」
「極悪指定されてるお前らよりひでえ奴はそうそういねえよ」
ケイトが男に言い返し、改めて恵一に向き合う。
「な、ケーイチ、あたしはお前のためを思って言ってるんだぜ。そんなんじゃ立派な騎士になれないぞ」
心配になるぐらいに裏表は無い子なので、本当に自分を思っているのはわかるので余計始末に負えないのである。
「エリスからもなんか言ってやってくれ」
嫌な援軍を頼んだな、と思いつつ恵一が歩いて来るエリスを見る。
「アマモトさん、察するにあなたはこれまで明確に殺意を持って剣を振るったことが無いのでしょう。
「ああ、まあ……」
「ですが、殺意を持ったことはあるはず」
「え?」
あったかなあ、と恵一は首をひねる。人間どころかクマ相手にすら、無我夢中で自分とケイトを守らんと抵抗しただけで殺意というような感情だったかというと違う気がする。
「ケイトさんに万一のことがあったら私を殺す、と言ったでしょう」
「ああ、あれ」
あれは、殺意だったのだろうか。あれもまた単なる脅しで本気ではなかったつもりなのだが。
「あれが……あの時のあなたが本当のあなたなのです」
「ほ、本当のおれ?」
「そうです。大切な人間のために人を殺せるのがあなたの本質です。ケイトさんやアンさんが凌辱され殺されたりしたら、それをした人間を許すつもりですか?」
「は? いや、そんなの許さないさ」
そこそこの付き合いがあり、所々でないがしろにされてるような気はどうしてもしてしまうが、それでも二人とも自分へは好意を持って接してくれていると思う。
そんな二人にひどいことをした奴が目の前にいたら、それはさすがの恵一とて剣を振るのに躊躇いは無い。
「そうでしょう。……では、スパッと殺ってしまってください」
と、エリスは縛られて寝転がっている捕虜の男を指差す。
「いやいや、なんでそうなる」
話が飛躍している、と恵一は思うのだが、エリスとかケイトとかにすると全く飛んでおらず地に足つきまくってるらしい。
「極悪指定とはそういうことです。この男だって、散々ひどいことしているのです」
「そうだよ、同情するこたあ無いぞ」
いや、別に同情しているというわけではないのだが、どうも直接的になんの被害も受けていない自分が、顔も知らない被害者たちの代理みたいな顔して男を断罪するのにやや抵抗を感じてしまう。
この辺りは、恵一が罪人への裁きというものを、裁判官などの公的な存在に委ねるのが当たり前という感覚を有しているためである。
その点では、こちらの世界の人々は公的機関への依存が無いわけではないが、報復行為などを私してはいけない、などという感覚とはほぼ無縁である。
けっこう安定していて、警備隊などの警察に相当する部署も充実しているっぽいこの王国に住んでいてそれである。
ケイトたちにしてみれば、死に値する悪逆非道を働いていることは明白の連中に対して裁判官と死刑執行人を自分たちで兼ねてしまうことは、特におかしな行為ではないのだ。
「ま、待ってくれ!」
男が叫んだ。
この期に及んで何を言うのか、と冷めた視線が集まる中、ぐっと目に力を入れて彼は言った。
「お、おれはやってねえ」
「は?」
「おれは、確かにジェークのとこにはいたけど、ビビって後ろにいただけでよ、人を殺したりはしてねえんだ。女なんか、おれんとこにまで回ってきやしねえから、女を犯してもいねえ」
「あー、はいはい、わかったわかった」
「では、アマモトさん、殺ってしまいましょう」
ケイトもエリスも全く取り合わない。他のみんなも沈黙することで二人に同意した。
「いや、でも、こう言ってるけど……」
恵一だって、なんかいかにも苦し紛れにとんでもねえ言い訳始めやがったな、と思わないでもないのだが、とりあえず犯罪者の言い分にも聞く耳持ってしまうとこがある。
「ケーイチぃ、嘘に決まってるだろ、なっ」
ケイトが、あからさまにどうしようもねえ奴だなあという顔をして、恵一の両肩を掴みつつ言った。
「もし万が一本当だとしても……やり方が嫌ならもっと早く脱走しているはず」
ゴミでも見るような目で男を一瞥して、エリスが言った。
「ケーイチぃ、あたしらはさ、そんなお前が心配でしょうがないよ。ただでさえ記憶喪失なのに、そんなんじゃ世の中渡っていけないぞ」
右も左もわからん異世界で、なんとかやっていけてるのはケイトというあんまし善良ではないが、悪質さは全く無い少女と出会えたからだというのは常々思い、感謝しているところではある。
「な、だからさ、殺っちゃえよ」
だから、なんでそこでそうなる。と恵一としては言いたいんだけども、ケイトが無闇に真摯な表情でちょっと目が潤んだりもしているのである。普段はそんな顔しないくせに。
「ええい、わかったよ!」
本来の流され体質からすると、けっこう抵抗したのだが、所詮は激流に身を任せる心地よさを知る男である。恵一はとうとう観念して、叩き付けるように言った。
「おお、わかってくれたか!」
ケイトが、手を取ってそれをぶんぶん上下に振る。
なんかもう、ケイトがこんなに喜んでくれてるんだから、もういいかという気になってくる。
「よし、そんじゃ」
「ああ……野菜でも切るつもりで殺るよ」
何気なく言って、そうだと思った。人間をやると思うから気が重くなるのだ。野菜か何かをたたっ切るつもりでやれば……
「いや、それは駄目だぞ、ケーイチ」
ケイトから、あっさりと駄目出しされた。
「駄目ですね」
エリスも、同調する。
「な、なにが駄目なんだよ?」
せっかく越え難き壁を無理に登攀して越えようとしているのに、水を差さないで欲しいのだが。
「野菜なんか切ったってしょうがないだろ。相手は人間だぞ」
「いや、だから……」
人間を切ると思いたくないから、野菜でも切るつもりで、と反論しようとしてそれが随分と都合よい逃げであるのではないかと思う。
「こいつだってさ、たぶん生まれた瞬間から極悪人じゃなかったと思うんだよな」
「はあ……そりゃ、まあ」
「こんな奴だって、血は流れてるし、涙だって流したこともあるだろう。こいつだって人間なんだ」
「いや、そりゃわかってんだけどさ」
そんなん言われれば言われるほど殺る気が無くなるから止めて欲しい。
「でも、こいつらに酷い目に合わされた人たちだって、そうなんだよ」
「まあ、そうだね」
「こいつはさ、そういうことをしてしまったんだ。もう殺されてもしょうがねえんだ。だからさ、人間じゃなくて野菜を切るみたいに、とかそこまで蔑むことはねえよ、人間として斬ってやりな。こいつに殺された人たちは、野菜に殺されたわけじゃないぞ」
「は、はあ……」
なんか、わかったようなわからんようなことをケイトは言う。
一生懸命好意的に解釈すると、殺されるに値する罪を裁くのだから堂々とやれ、とかそんなようなことを言っているのだと思う。
「そ、それでは」
剣を抜く。
抜いてからつくづく思ったのだが、抜いた以上、やらんと収まりつかんなと思った。
「ま、待ってくれ。本当に、ほんっとうにおれはやってないんだ!」
ぴくり、とどうしても男の悲鳴のような声に、反応してしまう。
「ほら、聞く耳持たないでいいぞ、ケーイチ」
それを察してか、ケイトが励声を発する。
ごくり、と唾を飲み込む。
動悸のリズムが早くなる。
汗で柄を握る手が滑ると思って握り直すと、別に汗などかいていなかった。
「ほら、ケーイチ、笑顔笑顔」
いや、それはさすがに無理ってもんです。
強張った顔のまま、恵一は、剣を振り上げ――
「あがっ! いいいいっ!」
男は、もはやまともな音声にならぬ音を口から吐きながら、のた打ち回るように恵一から距離を取ろうとするが、もちろん虫の這うような速度である。
今、剣を振り下ろせば、斬れる。
しかし、その最後の一歩が踏み出せない。
「ケーイチぃ」
焦れたケイトが何か言おうとした時、それに被さるように声がした。
「なに? まだ殺ってなかったの?」
リーンが、戻ってきた。
誰もいない所で、思う存分泣いてきたのであろう。その目の周囲や頬には、その痕跡がありありと残っていた。
「私が、殺ろうか?」
ひどく感情のこもらない声で言いつつ、剣を抜こうとする。
瞬間、恵一は、やらせてはいけないと思った。
なにをどうという説明はできないが、落ち着いたように見えてまだ落ち着き切ってはいない今のリーンに、それをやらせてはいけないと強く思ったのだ。
「おれが殺るから!」
そう言って、踏み込んだ。
無我夢中で、剣を振り下ろす。
さくり、とあまり抵抗無く剣は男の首筋へと入り込んだ。
人を斬った、という実感がひどく薄い。
しかし、あれほど動き、喚いていた男は、もう動かず、声も出さない。
実感は、それが死体だと認識した後になってやってきた。
喉の奥の方から、何かが来た。
嘔吐してしまうかと思ったが、それは固形物ではなかった。
「かはっ……」
だが、まるで固形物のような存在感を持つ空気の塊を、恵一は吐き出した。




