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釣ったやつを餌にしてもっと大物を釣るみたいな感じ

「協力?」

 意外な申し出であったらしく、リーンはきょとんとしている。

 少し時間をかけて、その意味を考え、やがてそれを悟ると不快そのものの顔となった。

「仲間ぁ売るぐらいなら断頭台よ!」

 その断定する口調に恵一は多少の違和感を覚えた。

 ガルスの申し出を聞いて、なるほど盗賊団の内情に詳しいリーンたちの協力を得て、不確実な囮作戦ではなく、アジトを突き止めてこちらから攻めようというのかと思い、それはよい作戦だと思った。

 当然のことながら、リーンたちがそれに諸手を上げてではないが協力してくれるものだとも考えていた。

 父の仇で、父の教えに反しまくっている連中なのだ。それを討伐するのに異存はあるまいと自然と思ったのだ。

 しかし、リーンはどれほどに恨み重なり、気に食わない相手であろうと同じ盗賊というカテゴリーにあるものを公的な討伐隊に協力して討つのは、仲間を売ることであると認識しているらしい。

「いや、そんな連中は仲間じゃないだろう」

 恵一にしてみれば、リーンはそのような盗賊としての節を曲げてでも、連中のような極悪な盗賊団を野放しにするまいと勝手に思い込んでいたところがある。

 遭遇してからこれまで、確かに盗賊という「悪」なのだとはわかっているが、どうも彼女に悪い印象を持つことがなく、僅かながらに恩と呼べるようなものすら感じている恵一としては、リーンたちには討伐に協力してもらって罪を軽くして欲しい。

「確かに、あんな奴ら仲間と思ってるわけじゃないわよ。目の前にいたら斬り殺してやるわ。でもね、それとこれとは話は別よ」

 連中への敵愾心は旺盛に持っているのは事実だが、だからといって官憲に売るかと言ったら、それはできない。

「それでも……協力してくれれば罪が」

 軽くなる、と続けようとした言葉は口中で消えた。

 断頭台だと断言しているのだ。罪が軽くなるとか、そんなものが心を動かすとも思えない。

「んー、まあ、しょうがない。地道に囮作戦を続けるか」

 ガルスが早々に諦めたのか、肩をすくめて見せる。ちょっとわざとらしいぐらいに。

「こいつらは、まあ拘束しておこう。後で証言してやりたいならしたらいい」

「はい……」

「協力してもらえたら、おれたちも助かるし、こいつらも罪が軽くなって親父さんの仇も討てるしでお互いにメリットのある話だと思ってんだが、しょうがない」

 言って、ちらりとガルスが視線をやる。

 その視線が、リーンではなく、グールトに向いていることに恵一は気付いた。

「まあ、仇はおれたちがとってやるからな」

 また、ちらりと視線が走る。

「……待ってくれ」

 しばしの沈黙の後に、口を開いたのはグールトだった。

「……協力、する」

「はあ!?」

 グールトの申し出に、ガルスが何か言う前にリーンが叫んだ。

 彼女はグールトの行動が相当に意外だったらしく、驚愕が先に立ってそこへ言葉を繋ぐことができなかったが、やがて激しい拒絶を見せた。

「父さんが言ってたこと忘れたの!? 多少やり方に違いはあっても同じ表の世間から追われている身だって」

 ゆえに、官憲に売るような真似はするな、とリーンの父は彼の配下を戒めていたのだろう。

 しかし、違いは多少ではなかろうと恵一は思う。そう思ったからリーンの父も本来はそんな筋合いは無いのに他の盗賊団に公然と文句をつけたのだ。

「仇を……」

 グールトは、リーンに咎められるのがかなり辛いようで、顔を歪ませつつ、それでもはっきりと言った。

「お頭……先代の仇をとる機会はもう無いかもしれません」

「ん……」

 リーンもそれは全く考えていなかったわけではないようで、すぐに反論できずに声を詰まらせた。

「この人たちが奴らを討伐したら……もうおれたちの手で仇をとることが、できなくなります」

「それは……」

「おれは、先代に会わなければ、奴隷として売られてた人間です。仇をとる機会を逃したらこの先、死ぬまで後悔します」

 グールトは、深く頭を下げた。

 それは、お頭たるリーンに逆らってでも、つまりこの二人の盗賊団を抜けてでも、仇をとるために討伐に協力したいという意志であった。

「……しょうがないわね」

 リーンは観念した。

「あんたの言う通りだわ。ここで協力しなかったら、こいつらに仇をとられてしまう……それに……」

 少し苦笑した。

「あんたに抜けられたら、うちの団、無くなっちゃうからね」

 グールトがもう一回頭を下げるのに、やわらかな笑みを向け、そしてやや固く変わった顔をガルスにと向けた。

「で、私らはどうしたらいい?」

「とりあえず、奴らのアジトの場所だ」

 盗賊団というからには、当然森の奥深くの容易に人が足を踏み入れぬところにアジトはある。

 連中は、打ち捨てられた砦をアジトに使っていたそうだ。

 時間が経っているので、場所を移している可能性も無いわけではないが、森の奥に砦のような建造物がそうそう放置されていることはなく、そのアジトは盗賊団としてはかなりよい物件だ。

 と、なると、移らずにそのまま利用している可能性が高い、というのがガルスの見立てである。

 まず、偵察がてら様子を見に行くことになった。

「で、おれたちなんですね」

「うむ」

 メンバーは、リーンとグールトに、恵一とゲオルグ、そしてアンである。

 先の二人が案内で、恵一とゲオルグは不意に敵に遭遇した際の戦闘力として、アンは斥候である。

 リーンがゆっくりと気をつけながら進み、アンがそのすぐ後ろにいる。アンの耳目が何かをキャッチしたらすぐに前方のリーンに報せることになっている。

 そこから少し離れて、恵一たちが続く。

 連中も、極悪指定されるようなことをしている自覚はあるだろうからそれなりに警戒しているはず。

 アジトから少し離れたところに人を置いて、近付く者をアジトから距離のあるところで発見できるようにしているはずだ。

 リーンとアンを前方に出したのは、リーンがそれなりに腕に覚えがあることと、アンの獣人としての特性という能力的なこととは別に、先方の見張りに先に発見されてしまった場合のことを考慮している。

 新たに加わった者でなければ、あちらもリーンの顔は知っている。

 彼女に父親の仇と目されていることも自覚しているはずで、そのためリーンは布を頭と口元に巻いて顔を隠している。遠目にはわかるまい。

 それでも体つきから少女であることはわかるはずで、小さな獣人との二人連れは、警戒を誘わぬであろう。

 周囲に気を配りつつ二人は進んでいく。

 そろそろアジトの砦も近いという所まで来ると、男が一人立ちふさがるように現れた。

「なんだ。道に迷ったのか」

 ニヤニヤと笑いながら、近付いてくる。

 リーンが後ろを振り返ると、アンが首を横に振った。

 そのような細かい行動に男は気を払っていなかったが、それはこの男が現れる直前に音や声の類が起こっていなかったことをアンが示したのである。

 つまり、男が仲間を呼んでいないということだ。

 それは男が罠にかかったことを意味していた。

「おとなしくしてろ、命まではとらねえ」

 抜き身の剣を突き付けながら、男は言った。言いながら、舌舐めずりしている。

「声を出すなよ」

 念を押すように、言った。

 男は腰に巻いていた縄をほどいて、それをリーンに差し出した。

「それで、そっちのチビを縛れ」

 戸惑うように後ずさったリーンとの距離を詰め、同時に剣の切っ先を眼前にまで突き出して、促した。

 男は、罠にかかった。

 罠の餌はリーンだ。若い女だ。

 仲間を呼ばなかったということは、せっかくの獲物を独り占めするつもりなのだ。こんな山奥のアジトである。そうそう性欲を発散する機会など無いから溜め込んでいるに違いないというのがガルスの意見であったが、それは当たっていた。

 さらってきた女が何人かそういう用途のためにいるが、幹部などの上の者に独占されていて、下っ端にはなかなか回ってこない。

 こんな見張りの役をやらされているぐらいだから、男も団では下っ端であり、溜め込んでいた。

 この女を戦利品としてアジトに連れていくにしても、その前に発見者である自分がいい思いをするぐらいは構うまい。

 下手に仲間を呼んだりしたら、お預けを食らうかもしれない。呼ばれて駆け付けてきた者の中に上位者がいたら、まず間違いなくそうなる。

 だから、一人でやらなければならない。そのために、まずは女に獣人の方を拘束させてから、ゆっくりと楽しみ、それから仲間を呼ぶことにした。

「おい、早くしろ」

 アンの方を向いたものの、いつまでも縛る気配の無いリーンに男が苛立つ。もう一刻も早くやりたいのだ。

「おとなしくしろ」

「え?」

 そんな声を聞いて、リーンは振り向いた。

 そこには、左右から首を挟むように剣を突き付けられてきょとんとしてる男と、剣を持った恵一とゲオルグがいた。

「声出すな。仲間呼ぶな。殺すぞ」

「な、なんだ、お前ら」

「質問できる立場だと思ってんのか、あ?」

 ゲオルグが凄む。

 アンが走り出していた。首尾よく一人捕虜にしたことをガルスに伝えに行ったのだ。

「おとなしくしててくださいね。ホントに殺しますからね」

 言いながら、自分にこの状況でやれるかなと恵一は思っていた。武器を振るって立ち向かってくるならば躊躇なく斬れるが、たとえ悪人とわかっていても攻撃してきているわけではない人間を、声を出したとかいう理由で斬れるだろうか。

 まあ、それはゲオルグに任せてしまおうと投げることにした。

「あんた、罠にかかったのよ」

 頭から布を取ってリーンが言った。

 顕わになった顔を見て、男が目を細める。

 ぐっと近寄って顔を見たいのだろうが、突き付けられた二本の剣が怖くてできないようだ。

「ふん、バーンズの娘のリーンよ、思い出した?」

 バーンズというのはリーンの父の名だ。

「あ……」

 と、声を漏らして口をパクパクとさせて、男は全てを了解した。

 娘が親父の仇討ちにやってきたのだ。

「あんたにゃ色々喋ってもらうわよ」

 とりあえず、この近辺は見張りの範囲内であると思われるので男を連れて少し離れた。

「おお、上手く行ったな」

 元来た道を少し戻ると、アンを伴ったガルスがやってきた。後ろにはケイトとエリスまでいる。

「よし、喋ってもらおうか。拷問するのも面倒だからさっさと話してくれよ」

 ガルスの男への尋問が始まった。

 盗賊団の規模や頭や幹部などから、アジトの構造。抜け道の有無まで。

 男は拷問が嫌なのか、そもそも団に忠誠心など無いのか、おそらくどっちもだろうが、すらすらと話す。

 ただ、抜け道に関しては下っ端の知らないお頭や幹部だけが知っているものがあるかもしれない、と言った。

 不意の強襲の際に逃げ出すための抜け道など、知っている人間が多くては意味が無い。全員がそこに殺到したら目立ってあそこに逃げるための道があるぞと看破されてしまうし、そもそも抜け道などは広々としたものではないはずなので大勢が一辺に通れるものではあるまい。

 そのことから、上の者だけが抜け道を知っているというのはいかにもありそうな話である。

「人数は、三十人ぐらい、か……少し増えたようだな」

 ガルスが、苦い顔をする。四十人で二十人を捕まえるのにも困難は必至だったのだから三十人となるとさらに難しい、というかほぼ不可能であろう。

「上手くやらんと、ほとんど逃げられたってことになりかねんな」

 ガルスは考え込んでしまった。

「あー、あの人は、どうします?」

 怯えた顔をしている捕虜の男を、みんな忘れ去ったように考え事をし始めてしまったので、いったいどうするのかと恵一が言った。

「うーん、なんかに使えるかなあ」

 と、言いながら、なんかいいアイディアないか、とでもいうようにガルスが一同を見回す。

「人質にして上の者を呼び出したところで、こんな下っ端見捨てるだろうし」

 ゲオルグが言った。確かに人質として価値のある人間ではないだろう。

「まあ、なにかされても面倒ですし、後方に下げて拘束しておくしかないのでは」

 エリスが言った。

「毒の実験台にしようぜ」

 ケイトのおっしゃることには全く容赦が無い。

「ああ、それはいいですね」

 エリスがあっさりと同調する。

 男の怯え顔が一層深くなるが、恵一以外に同情的な者はいない。

 みんな酷いなあと思いつつも、やはりこの世界において「極悪」に指定されるということはこういうことなのだと感じた。

「ちょっと、あんた……」

 リーンが、男に言った。

「私のこと、あいつらどう思ってんのよ」

「へ?」

 男がいまいち質問の意味を理解しかねて間の抜けた声を出すが、リーンが言いたいのは父を殺して団をほぼ吸収したものの、逃げられてしまった娘のことはどういう扱いになっているのかということだ。

「あ、あんたのことは、ちょくちょく話題にはなるぜ」

「へえ、どんな?」

「お頭たちは、二人だけで何ができる、自分たちへの復讐どころかそれ以前に食ってくこともできずに野垂れ死にしてるんじゃないか、って笑ってるけど……」

「ああん?」

 こうして立派に生きてるわよ、とでも言いたげにリーンが声を出す。

「あ、あとは逃がしたのは惜しかったって」

「ん? ジェークがそう言ってんの?」

「あ、ああ」

 恵一は、聞き覚えのある名前を耳にして、ジェークとは何者なのかを尋ねた。といってもさすがに話の流れである程度の予想はついていたが。

「ああ、連中のお頭よ」

 果たして、恵一が思っていた通り、ジェークというのがその盗賊団のお頭らしい。つまりは、リーンの父を殺した主犯で、第一に優先されるべき仇の中の仇だ。

「ジェークは、なんて言ってんの」

 詳しいところを、リーンは知りたがった。

 男はおっかなびっくりでリーンを刺激しないように言葉を選び、たどたどしく話す。

 話を総合すると、要するにジェークはリーンを捕らえて慰み者にしておとしめることができなかったのを、未だに悔んでいるらしい。

 リーンはなかなかに可愛らしい少女なので、彼女に情欲を感じること自体は不思議ではないが、この下っ端と違ってお頭ともあればそれ用の女奴隷ぐらいいるだろう。

 となると、純粋に性欲の対象なのではなく、それ以外。

 おそらくは、バーンズの娘を苦しめ、辱めることそれ自体が目的なのだろう。

 自分たちのやり方に真っ向から文句をつけられた時に、その場で怒りを表せず、その強さに恐れをなしてお愛想を振りまいたことを恨みに思っていたはずだ。

 殺したいほどに恨み、内通者を作って毒を盛って殺した。

 それで恨みが晴れたか、といったら不完全燃焼だったのではないか。

 グールトの話からすると、殺害は短時間で行われた。見舞いと称してやってきて様子をうかがい、これなら殺れるというぐらいに弱っているのを確認してから襲いかかったのであろうが、時間をかけなかったということは弱りながらも反撃されるのを恐れて一気にトドメを刺しにいったのだろう。

 当然、いたぶって恨みを晴らすようなゆとりは無かったはず。

 そうなると、晴らしきっていない恨みが赴く方向など、当人が死んでいる以上、彼が愛していた娘のリーンしかない。

「つまり……そのお頭のジェークってのは、リーンに執着しているってことか」

 ガルスが、にやっと笑った。

「そういうことね」

 リーンも、笑っていた。

「やってくれるか」

「もう、あんたらに協力するって決めた時に、やれることはなんでもやる気よ」

 作戦の打ち合わせが始まった。

 基本方針はリーンを餌にすることだが、なんといってもギルドの派遣した討伐隊とつるんでいるということは知られてはならない。

 あくまでもリーンが独力で父の仇討ちに来たのだと思わせておく必要がある。

 討伐隊が来たとなれば、当然のことながら自分たちよりも多い人数を集めてきているであろうことはわかるであろう。

 アジトとして絶好の物件である砦も、討伐隊に場所を知られてしまえばその価値も無に等しくなる。

 そうなると、さっさとアジトを引き払って逃げてしまう可能性が高い。

 「極悪」に指定されているのは自覚しているはずなのだ。捕まればどのような罰を与えられるかわかったものではないのだから全てを捨てて身一つで逃げるかもしれない。

 リーンは、所詮はジェークという男と会話をしたりしたことはないので性格はよくわからぬが、つい最近やり方を変えたわけではなく、長年凶暴無惨な手口を重ねてきているようなので、逃げ足は速いに違いない。

 そうでなければ、ここに流れて来る前にどこかで捕殺されていただろう。

「あのー」

 作戦を話しているのは、主にガルスとリーンであり、エリスが時々口を挟む程度で、恵一その他は黙っていたのだが、ふと思いついた。

「その人、時間が経ったらいなくなったのがわかってしまうんじゃ」

 見張りの交代の時間がいつなのかは知らぬが、いずれその時間が来ればいなくなっているのがバレる。

「うむ、そうだが……そもそも、だからといって元の場所に戻してやるわけにはいかんからな」

 言われてみれば当然で、こちらの正体を知った男を返すわけにはいかない。

「ここは、こっちから名乗りを上げた方がいいわね」

「そうだな、慎重な奴だったら見張りが消えたのを討伐隊が来たと解釈して逃げ支度を始めてしまうかもしれん」

 リーンが相手と知れば、それほど大規模な敵ではあるまいとタカをくくって、逃げたりはしないだろう。

「よし、じゃこいつ殺っちゃおうか」

 リーンが言って剣を抜き、あっさりと男の胸を突き刺した。男は命乞いする暇すらなかった。

「あーあ、殺っちゃった」

「実験台が……」

 残念そうに言うケイトとエリスに、こいつらホントにやる気だったのかと思いつつ、まあ極悪指定された連中の処刑は見せしめのためにもあっさりと殺したりはしないらしいので、一突きで殺されたこの男は幸せだったのだ、とでも思うことにした。

「よし、元いたとこに死体転がしてメッセージを置いておこう」

「うし……ほら、ケーイチ」

 なんかケイトが当たり前のように促してくるので、ああそうか自分がやるんだなとなんとなく思わされてしまい、恵一は男の死体を担いだ。

 男が最初に現れた辺りまで行き、他の見張りがいないのを確認してから死体を転がす。

「あ、そこの木の根元にやって」

 と、リーンが言うので、言われた通りに木の根元まで死体を移動させた。

 リーンは木の幹を剣で削って、その削った面に木炭でメッセージを書き込んだ。

 それほど広い面ではないので、メッセージは短く簡潔である。


 父の仇を討ちに来た リーン


 というだけのものであるが、これで連中には伝わるだろう。

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