囮になるために生まれてきたような男
翌朝、恵一が起きてみるとやはりというべきかケイトとアンは深く深く爆睡していた。
「だーから、夜更かししちゃ駄目って言っただろうが」
「んー、あー」
「うー」
責任の一端があるエリスを見ると、既にスライムを飲んで着替えてすっかり仕度ができている。
「そろそろ出ないと遅れますよ」
誰のせいだと思とんじゃい、と恨みがましい目を向けると、しょうがないですねえまったくもうと言いたげな顔をしつつ、またなにやら小瓶を持って来た。
「これを嗅がせてください」
蓋を開けて手渡してくる。
まあ、どう考えても刺激臭がする類のアレであろうが、ついつい嗅いでしまう。
「うあっ! これは……」
わかっちゃいたけど、相当きつい。
わかっていたのにこれだけきつく感じるのだから相当だ。
「それはとっておきの魔力の回復薬です。臭いがそんななんで目覚ましにも使えるでしょう」
これを飲むのかよ、と恵一はぞっとした。アンモニアを数倍きつくしたみたいな刺激臭なのだ。
二人の鼻先へ持っていって掌であおぐと、一瞬で目覚めたどころか奇襲でも受けたみたいに狼狽しつつ跳ね起きた。
「うがががが!」
アンは転がっているし、
「クロスボウ! クロスボウは!」
ケイトなどは得物を探している。
「やあ、二人とも目が覚めたかい。なんだなんだ。悪い夢でも見たのかな」
二人のあまりにもな反応に、真相が知れたらまず間違いなく責められると思ったので小瓶を素早くエリスに渡し、何食わぬ顔で声をかける。エリスも心得ていて即座に蓋をしてしまった。
「夢……ああ、夢だったのか、なんかひっでえ夢だったぞ」
「うー、気分悪いぞ」
「まあまあ、ギルドに行く時間だぞ」
飯を食う時間は無かったので、途中屋台で買い食いしつつギルドへ向かった。
ギルドへ行くと一室に通された。
何人もの人間がいて、入ると一斉に視線を向けられる。
「おう、兄ちゃん」
ガルスが目ざとく見つけて声をかけてきた。
「あ、どうも、今日はお願いします」
「おう、こっちこそよろしくな。兄ちゃんには死ぬほど働いてもらうからな」
嫌なことを満面の笑みで言う。
「作戦は考えてあるから、それに従って動けばいい」
と、頼もしげなことも言ってくれる。そんなもん考える頭が無いのではないかとか失礼なことを思っていたのが申し訳ない。
「嬢ちゃんたちは無理すんなよな、戦いは兄ちゃんに任せて後方支援に徹してくれ」
ケイトたちにも声をかける。
「そっちの嬢ちゃんは、治癒を頼むぜ」
エリスにも笑顔で言う。彼女の顔色等々から呪術師であると察しはついているだろうが、あまり気にする人ではないようだ。
実をいうと、部屋に入ってからけっこうな数の参加者がエリスの顔を見てぎょっとしており、大丈夫かなと心配していたのだが、とりあえずリーダーのガルスがこれなので一安心である。
「よう」
先に来ていたらしいゲオルグがやってきた。エリスと目を合わせないようにしつつ、挨拶してくる。
「実戦なんか久しぶりだよ。今日は頼むぜ」
そんなもん頼まれても困るのだが、適当に頷いておく。
「はいはい、どうもどうも!」
賑やかな声が近付いてきた。
柔和な顔をしたおじさんだ。年頃は五十に届くかどうかというところか。
こんな人も、討伐に参加するのかと恵一は内心驚いた。まあ、人は見かけによらぬ、というしこれでなかなか強いのかもしれない。
「アマモトさんですね。クマを殴り殺した話は聞いてますよ。その歳でレベル10とは凄い!」
「は、はあ、どうも」
むろん、有名人というほどではないのだろうが、巨大なクマの死体を馬車に乗せて凱旋行進もどきをしたせいで、知ってる人は自分のことを知っているようだ。
「私、エルムントと申します。昔は剣闘士をやっとりましてな、といっても結局レベル9が限界で、それほどのもんではなかったんですが、今はまあ剣闘士のマネージャーみたいなことをしとるんですわ」
「へえ、剣闘士」
しかもレベル9ということは、やはり腕に覚えはあるのだろう。ちょっと太っていて、そうは見えないのだが。
剣闘士が試合する興行があり、王都だけあってけっこう盛んにやっているという話はケイトから聞いていた。
「アマモトさんも、剣闘士やる気になったら私に声かけてくださいよ」
「は、はあ」
ちらっとケイトを見る。
てっきり、いつものようにゴールドの響きを聞き付けて「ほうほう」と乗り出してくるかと思ったら、不動である。
剣闘士なんていう人前で戦う職業などやる気はもちろん無いので、それでよいのだが、こうも静かだと却って気になるというものだ。
「ど、どうだろう」
「あ? なにが? ああ、剣闘士?」
ついついこっちからお伺いを立ててみると、反応はすこぶる鈍い。
もちろん、そうそう簡単に大金を稼ぐことはできないだろう。いくら試合とはいえ剣を取っての戦いなのだから危険だって絶無ではあるまい。
それでも、ギルドでクマ退治やら盗賊退治に比べたら危険は少なそうだし、上手くいったら借金を返せるではないか。
「まあ、当たればでかいけどさ、ケーイチは無理だろ」
いや、無理だろと言われたら無理だと思うのだけど、そんな一瞬も検討しない感じなのはいかがなものであろうか、おれだって決して弱くはないしケイトだってそれはわかってるじゃないか、という気持ちにもなる。
「ケーイチ、けっこう強いけど、華が無えじゃん」
いや、無いけどさ。
「まあまあまあ、その気になったらいつでも声をかけてくださいよ」
エルムントが間を取りなすように入ってくる。
「で、実はお願いがございまして」
「え? おれにですか?」
無意識のうちに、自分を指差しながら言った。
「おい、挨拶しろ!」
エルムントは後ろに顔を向けて言った。そこには一人の男がいた。控えるように立っていたのでもしかしたらエルムントの連れなのかなとは思っていたが、どうやらそうだったようだ。
「うっす!」
気合いの入った声を、男は出した。
「エルムントさんの下で修行中の、マルセスと言います。歳は十五で、レベルは5です。よろしくお願いします!」
「あ、はい、お願いします」
年上かせいぜい同じぐらいだと思っていたのだが、二つも年下らしい。
「聞いての通りです。アマモトさんには全然及びませんが、こいつも十五でレベル5に認定されてましてな、うちの有望株なんですわ。レベル9で中堅どころで終わった私よりももっと上に行ける奴なんですが……」
「はあ」
有望株という言い方からして、マルセスは剣闘士を目指しているようだ。
「近々デビューさせようかと思ってるんですが……こいつが典型的な練習では強いけど本番では……というタイプでして」
エルムントが苦々しげに言った。後ろでマルセスが面目ないっすとでもいうような顔で俯いている。
「そこで、実戦に勝る練習無しということで、報酬はどんなに安くてもいいからってことで今回の討伐に参加させてもらったんですわ」
「はあ、そうなんですか」
「そこで、アマモトさんの方でも目にかけてやってくださいよ。もちろん、私も見ているつもりですが」
「え? ああ、はい」
目にかけてくれ、と言われてもいったいなにをどうしたらいいのかわからん。
これは、本番の弱さを露呈して危なくなったら助けてくれとか、そういうことなのかもしれないが、おそらくそん時は恵一だっていっぱいいっぱいな可能性が高い。
「まあまあ、お願いしますよ。ホント、アマモトさんの心の片隅にでもお気に留めておいていただけたら……」
と、言いつつ、すっと近付いてきた。
恵一の手を握り、その手に何かを握らせてきた。
「え?」
ずしっと少し重みがあった。白い紙の包みだ。
なんとなく、触った時の丸みなどから察しはついた。
「あ、いや、こんなの貰えませんよ」
自然と小声になって、恵一はその包みを返そうとする。
「まあまあまあまあ!」
エルムントは、そんなこと言ってるけどホントは欲しいんだろという笑顔で恵一の手を握り締めた。もう受け取ってくれるまで離さんという力強さが感じられた。
「いやいや、こんな」
包みの中身は間違いなくゴールドだ。
恵一もこっちの世界に来てそこそこ時間も経った。買い物も幾度となくしたし二万ゴールドが入った箱を担いだりもしたので、重さで大体わかる。二百か三百ゴールドは包まれているはずだ。
そういうものを握らされたら、ラッキーと思うよりなんか怖いと思ってしまうタチなので、なんとか返そうとする。
「まあまあまあまあ!」
と、間に入ってきたのはケイトだ。
見るに見かねて助けに来てくれたのか。
「まあ、悪いようにはせんから安心してつかぁさい」
物凄い自然な動きで包みを自分の懐に入れながらケイトが、にこりと笑った。
「ああ、あたしはケーイチと同居してる……まあ、マネージャーみたいなもんですな。ケイト・カリーニングと言います」
「あ、そうですか。それでは、お願いしますね」
「はい!」
と、元気に答えてから恵一の方を見て、ぐっと親指を立てて見せた。
いや、ちげえよ、ぐっ、じゃねえよ!
とは、当然思ったものの、一度ケイトの懐にゴールドが入った以上、もう手の施しようがない、という諦観に恵一は至っていた。
そんなんでいいのか、という話だが、たぶんよくはない。
「おーい、兄ちゃんら、こっちこっち」
声の方を見ると、ガルスがこちらを見ながら手招きをしている。
「あ、はい」
と、恵一が行ってみると、ゲオルグも呼べと言う。
「え? おれか?」
あんまり気の進まぬ様子でゲオルグがやってくる。
恵一とゲオルグを横に並べた状態で、ガルスが手を叩いた。
「はーい、注目注目」
部屋中の視線が集まる。
「えー、今回の討伐隊のリーダーを務めることになったガルスだ。よろしくな」
討伐隊のメンバーが軽く頭を下げる。こういうものは、その中で一番レベルが高い者が選ばれるのが通例であり、反発らしい反発もなく、ガルスはリーダーと認められているようだ。
それというのも、レベルだけでなく年齢のせいもある。ガルスは見るからに隊の中では年上の方だった。
これが、レベルは高いが年齢が明らかに低いとその経験不足を不安視されてしまうことも多い。
レベルというのは、あくまでもその個人の戦闘力を測定したものであり、統率力などは加味されていないのだ。
それらの能力に疑問を持たれてしまうと、統率が困難になる。
それゆえに、今回のガルスのような年齢とレベルがともに高い者は文句なくリーダーに選ばれるのだ。
「盗賊の討伐なんだが、大体の活動範囲がわかっているだけでアジトはわからん。ということは、囮でおびき出すのが有効だ」
囮、という言葉でなんで自分が呼ばれたのかわかった。
「こいつを見てくれ」
果たして、ガルスが自信満々といった面持ちで恵一を皆に示した。
「知ってる人はいるかな? クマを殴り殺した話でごくごく一部に有名かもしれないケーイチ・アマモトくんだ」
「あ、どうも」
「これでレベル10だというんだから驚きだ。メチャクチャ弱そうだろ!」
いや、まあ弱そうですけど。
「こいつはもう、囮になるために生まれてきたような男だ」
そんな人生は嫌である。
「それとこちら、ゲオルグくん。彼もアマモトくんほどじゃないがそんな強そうには見えない……でも、これでレベル8なんだ」
確かにゲオルグもあまり強そうには見えない。なんというか、面構え自体は恵一よりもよっぽど精悍で強そうなのだが、耐えて耐えて借金を返さない生活を続けていたせいか、覇気の類が全く無い。
「アマモトくんだけだと、いくらなんでもいかにもすぎて罠と見破られるかもしれない。そこでゲオルグくんをつける。それによって、完全に無防備じゃありませんよと見せることができる」
ふむふむとみんな頷いている。恵一だけだと無防備に見えるというのは一同同感であるらしい。
「盗賊団の人数は、おそらく二十人ぐらいだ。全員は無理かもしれんが、でもできるだけ多く捕まえるんだ」
二十人というとけっこうな数だ。部屋の中を見回せば討伐隊の人数は、ざっと四十人ぐらいだろう。
もし本当に二十人だとしたら、二倍の人数なので負けはしないだろうが、目的が捕獲となるといささか事情は異なってくる。
盗賊団というのは、プライドとかとは無縁である。というか、勝てない相手ならばさっさと逃げ出すのが正しい行動だ。
自分たちよりも遥かに数が多い武装した人間を見れば、さては討伐隊が組まれたかと察して逃げてしまうだろう。
逃げに徹する連中を捕まえるのももちろん、殺すことも難しい。
と、なると相手が察する前に包囲してしまうしかない。
そのための、囮である。
いかにもなにか高価な物を運んでいますという馬車に、とてもレベル10には見えないメチャクチャ弱そうなのが乗り、いかにも罠ですという印象を与えぬために、そこそこ強そうだけどそこまで強そうではなさそうなのが護衛であるという顔で同乗する。
盗賊たちはこの獲物を逃がさぬために包囲するはずである。包囲網が狭まった――すなわち盗賊たちが一カ所に集中したところで、さらに外側から包囲するのだ。
「だから、二人ともいきなり本気は出さないようにな、ビビって逃げちゃうからな」
盗賊団もピンキリで、やたらと統率がとれていて先陣がやられても次々に新手がかかってくるようなのもいれば、何人かがあっさりやられてしまうと、こりゃ勝ち目は無いとさっさと逃げてしまうのもいる。
で、どちらが多数派かというと、もちろん後者のさっさと逃げる派である。
本当に高価な荷物を運んでいるのならば、それで追い払えるのだからよいが、むろん囮なのだから、それでは失敗だ。
適当にあしらって、案の定強くないぞ、でもなんだか攻めあぐねているな、という程度に抵抗するのが望ましい。
盗賊どもが押し合いへし合い、そんな弱そうな奴になにを手こずってるんだおれがやってやると殺到するような状況になれば理想的である。
「ああ、それと、ほら」
ガルスが思い出したように促すと、また一人の男が出てきて彼の横に立った。
それを見て、討伐隊の多くは、ざわめきつつあれも囮に使うのか? という顔をした。
その男は、歳は三十を少し過ぎたぐらいだろう。
特徴と言えば、とにかく朴訥な感じがすることだ。
とても強そうには見えず、そこからして囮かと思ったのだ。そして、少しざわめいたのは、囮に選ばれたということは、この男もこう見えてけっこう強いのかと思ったからだ。
「彼は、レントくん。レベル2だ」
ガルスの一言で、あっさりと囮ではないのはわかった。
「彼は、盗賊団に嫁さんと子供を殺されていてな」
ずんと重い話に、部屋の空気がやや張り詰める。
「それで、是非ともどうしても仇をとりたいと、もう報酬なんか要らんから参加させてくれと言ってきてな」
「よ、よ、よろしく、おねがいします」
レントが、どもりながら頭を下げる。印象通りの朴訥な男のようだ。
「別に今回の盗賊団が犯人と決まったわけじゃないが、まあ、極悪指定されてる連中だから犯人みたいなもんだ」
なんかもう、アンのことといい、このレントのことといい、どうも極悪指定を受けると色んなところから身に覚えのない仇扱いされて狙われるらしい。
「まあ、レントくんは後ろにいればいい。適当に弱そうなの見つけて仇とらせてやるからな」
「お、お、おねがいします」
「よし、それじゃ、討伐開始だ」
荷馬車の乗り心地は、あまりよくはなかった。
ガタガタと振動が凄い。
ミレーナと一緒に乗った馬車は、そこそこ快適であり、馬車というのはああいうものだと思い込んでいたのだが、あれは御令嬢を乗せるためのものであり、当然荷馬車なんぞより衝撃等々を吸収減殺するような素材や技術が投じられた、いわばお高いものだったのである。
御者役はゲオルグが勤めている。
「……お前、けっこう度胸あんなあ」
乗り心地の悪さにブツブツ文句を言っていた恵一に、ゲオルグが言った。
「え? そうですか?」
「ああ、だっておれたち囮だぞ」
「あ、はい、そうでしたね」
囮がその任務を全うしようとすれば、危険が伴う。
今回の場合は、二十人前後と思われる盗賊に襲われても、それを二人であしらいつつ時間を稼がねばならない。
本気を出しては駄目で、力を押さえつつだ。
本気を出しては盗賊たちが逃げてしまう恐れがあるからであり、本気を出したら盗賊たちなど相手にならないレベルと見込まれての囮役への選抜ではあるが、かといって余裕で安全かというと、そうでもない。
最初から全力でやっていい、というのならば何も気を遣わずに力を振るえるのだから楽だ。
しかし、力を押さえて人数に勝る盗賊たちを適当にあしらいながら安全に、となるとこれが意外に難しい、とゲオルグは言う。
一番危ないのが、力を押さえるのに集中してしまい、そこへ生じた精神的な死角から攻撃を受けることだ。
力を押さえ過ぎてしまい、そこへ思っていたよりも強力な攻撃を貰ってしまう、などの事態が考えられる。
そういう危険があるので、正直なところ囮などやりたくないのだが、ゲオルグはそういったことを自分で決定することはできず、そういうことを決定できるエリスが全く反対せずに、むしろ我慢のゲオルグと異名をとった男には適任だ、なんだったら少し痛い目にあえばいいのだという態度なのでしょうがなくやっているのである。
それに引き換え、恵一は特に嫌な顔もせずに平然としているので、ゲオルグから見るとクソ度胸があるように見えるらしい。
恵一としては、既に述べたように殺すつもりでかかってくる盗賊には、例の力が発動するだろうから少々人数が多くても不覚をとることはあるまいとタカをくくってしまえるために、あまり不安や恐怖を抱いていない。
「お、最初のポイントだな」
やがて、ゲオルグが言った。馬車が停止する。
恵一とゲオルグは目配せしてから、ともに馬車を降りた。




