いい仕事
「父さんが死んで、母さんは一人でお店を頑張ったけど利子も満足に払えなくて、どんどん借金は大きくなってさ」
ケイトも手伝おうとはしたらしいのだが、如何せん病み上がりでもありそもそも子供でもあり、あまり役には立てなかったそうだ。
母までも死んでしまい、失意に打ちひしがれるケイトの元にやってきた借金取りは、
「お嬢ちゃん一人じゃどうにもならないだろう、しばらく返済はいいからな」
と、優しく声をかけたという。
てっきり、今すぐ耳を揃えて返せと鬼の取立てが始まっただろうと予測していた恵一は拍子抜けしたが、それはそういった場合での常套手段であった。
そのことはケイトも当時は知らず、バカ正直にいい人たちだと思ってしまったと悔しそうである。
ケイトはギルドに登録し、仕事を始めた。
すっかり病気の完治したケイトは、もともと身体能力は高く、レベル2に認定された。
報酬は少ないが危険も少ない仕事をやることでなんとか食えはしたが、とても返済までは回らない。
そして、先々月、しばらく待ったがそろそろ返済をしろという借金取りからの要請が来た。
その頃には借金は五万ゴールドに膨らんでいた。
食うのにいっぱいいっぱいでとても返せないが、多少の貯えはあると百ゴールド程度を差し出したが鼻で笑われた。
そんなはした金はいらんから、利子の五千ゴールドだけでも来月までに返せと言われた。
借金の利子は月に一割だった。
それが高いのか安いのか、いまいち恵一には判断できなかったが、街に看板掲げて商売している消費者金融の年利が一割とか二割とか聞きかじったことがある。
それから比べると、高利であり、恵一が元いた世界すなわち日本においては間違いなく法の下には認められぬヤミ金融ということになるだろう。
漫画などで、もっと高利のヤミ金融の話を見ているので月に一割がそれほど高いと思えないというところはあるのだが、冷静に考えてみれば元金がでかければ月に一割でも相当な利子になる。
一瞬、過払いとか云々の、これまた聞きかじった知識を披露しそうになるが、そんな考え方自体がこの世界には無いだろうと思い直す。
そもそも、ケイトのような少女が多額の親の借金を被っているのが別におかしいと見なされていないらしいのだ。そういった制度は無いと見るべきだろう。
「で、利子が払えないならうちが紹介する仕事しろって言われてさ」
「仕事?」
そこで出てくる「仕事」にろくなもんはあるまい。
「要するに、売り飛ばすってことだよ」
「あ、やっぱり、そういう」
反射的に、そんなことが許されるのか! と思ったが……まあ、許されてしまうのだろう。奴隷制とかが普通に存在する世界に違いない。
いや、元いた世界だって恵一の住む日本が制度としての奴隷制を完全に禁じているからそういった形の奴隷がいないだけで、よその政情不安定の国ではそういったことが現在でも当たり前のようにあるという話は聞く。
「借金をしばらく寝かせて、利子で膨らむのを待ってやがったんだよな。それを返済待ってくれていい人じゃん、とか思ってさ、馬鹿だったよな」
ケイトは悔しそうに言った。
彼女のような、普通に働いても大して稼げないが、自分を売ることで大金になるような人間に対する常套手段らしい。
「とりあえず、色々家にあったもん売り飛ばしてなんとか一回払ったんだ。利子」
最初からそういう状態だと思っていたのであまり気にならなかったが、言われてみれば、家具等は必要最小限である。
「でも、来月の払いはとても無理だ。そこで! 多少危険でもギルドで報酬のいい仕事をせにゃならんのよ」
と、言いつつなんかニヤニヤしながら見てくる。
「そこで出会ったのがケーイチさ! 行き倒れで困っててレベル10でおまけに記憶喪失とくらぁ! こいつはもう運命の出会いだよ!」
「あ、はい」
まあ、確かに、あの状況で最初に声をかけてきたのがケイトであるというのに多少、あくまでも多少運命的なものは感じる。
「ケーイチ、あたしは命の恩人だよな」
両肩をがっしり掴まれた。
「え、うん、そうかな」
目を逸らしながら言った。
「そうだよ! なんでもするって言質もとってあるし、あたしたちの未来は明るいぜよ。よっしゃ、食え食え」
恵一を利用して稼いでやるぜというのをあんまし隠す気もないケイトにやや引きはしたが、それでも彼女とこうなってしまったのも運命か、となんかもう突然こんな世界に飛ばされてやや運命論を信ずる人になってしまった恵一は思った。
そして、実際のところケイトという少女に出会ったのはそれほどに最悪の事態か、というとそうとも思えなかった。
もっとあくどい人間に目をつけられていいようにされてしまう可能性だったあったのだ。
それに比べてケイトは、一日接してみて裏表の無い人間に思える。裏表が無さ過ぎるので、本当だったらもっと隠した方がいい本音がダダ漏れになっているほどである。
彼女ならば、どんなに口で恵一を利用してやると言い、また心の中でもそう思っていたとしても、それには限度があるだろうと思うのだ。
それは彼女の思考力から来る限度と、倫理観から来る限度だ。
あまりにもあくどい手段は思いつけないし、思いついたとしてもあまりにもあくどい手段は倫理的に排除してくれるであろう、たぶん。
とにかく、咄嗟についた記憶喪失という嘘だが、実質それと変わらぬぐらいに自分はこの世界のことが何もわかっていないのだ。
とりあえずは、この世界の住人を案内人にせねばどうにもならない。
それらを総合すると……ケイト・カリーニングという少女と一緒に行動するのはそれほど悪いことではないように思う。
それと、単純素朴な感情として、ケイトが奴隷として売り飛ばされて――おそらく、いや確実に性的な慰みものとしての生涯を送る、などということを防げるものなら防ぎたい。
それはそれとして……ふと思いついたことがある。
「ケイトさ、この家は売れないのかい?」
王都にある立派な店構え――中身はちょっとスカスカになっているが建物自体は立派である――これは売ればけっこうな値段になるのではなかろうか。
過払いだ法定金利だ、とかいうのと違い、持ち物を売るという話なのだから別にこの世界でもそれほど奇異な考え方ではあるまいと思って尋ねてみた。
「ん? 売るって?」
「いや、だから、この家をさ」
しかし、なんだかケイトは恵一の言うことにピンときていない感じである。
「そりゃ、お父さんとお母さんの思い出の詰まった家を売るのは嫌だろうけど」
この世界での相場は知らぬが、立地条件からしてもおそらく利子どころか元金まできれいに返済しきってなお余るぐらいの値段にはなるのではないかと思う。
「いや、売れないよ」
と、ケイトは当たり前のように言う。
「この家っていうか、土地はあたしのものじゃないもん」
「え? 借りてるの?」
「うん、まあ借りてるようなものかな」
「じゃあ、家賃とかも払わないといけないんじゃ」
先ほどからケイトの話には、利子として月に五千ゴールド稼がにゃならん、ということは幾度となく出てきたのだがそちらの話は全く無かった。
それに、そういうことなら一人どころか二人で住むにも広いこの家を引き払ってもっと安い所へ移れば、それだけでけっこうな金が浮くのではないか。
「家賃は払わないでいいんだよ」
「ん? えーっと……」
どうも話が噛み合わない。
で、色々と聞いてみた結果、
「この土地は、王様のものだよ」
と、いうことである。
いや、この土地に限らず、ごく一部の例外を除いてこの王都内の土地は国王の所有物なのである。
大半の人間は、それを「借りている」に過ぎない。
建物は自前で建てるのでそれは建てた人間のものである。しかし、建物は土地の上に建っているものであり、原則としてこの世界においては土地の持ち主である王様が「この土地別のことに使うから出てけ」と言えば建物を解体して出ていかねばならない。
「でも、それだと不安じゃないか?」
恵一の感覚だと、とてつもなく不安である。
例えるならば、国民ほぼ全員が借家暮らしで大家の力が絶対的に大きいということになるだろう。
「んー、まあ勝手に住んでる人らはそうだろうね。でもまあ、それは本人たちもわかっとるけんね」
実際のところ、空いてる土地に勝手に住んでいても「お目こぼし」されて即追い出されることはない。だが、当然そこの土地を使用する場合は容赦なく立ち退き命令が来る。
それを見越しているため、そこに住んでいる人間も本格的な家は建てない。簡易的なバラック小屋やテントに住んでいて命令が来るや解体して去ってしまう。
「そこへいくと、あたしはちゃんと正式に王様に借りてるからね。子供の代までって契約になってるから、あたしが死ぬまでこの土地はあたしが使っていいんだ」
ケイトの父親は兵士として幾つか功績を立てており、それに対する恩賞としてこの土地を賜ったという。
いや、賜ったというのはいささか正確ではない、あくまでも「貸してもらっている」というべきか。
しかし、勝手に住んでいる者などが権利など全く無いのに比べて、王の立ち退き命令があってもすぐに出て行かないでいい、などの内容が王との契約に入っており、立場は圧倒的に強い。
「軍功に対する恩賞は高級な契約だかんね。滅多なことじゃ立ち退き命令なんて来ないよ」
それでも止むなく行われる場合はあるらしいのだが、完全に止むを得ない場合で、金銭なり代わりの土地なりを与えられることが多い。
命を賭けて戦って得た恩賞を取り上げられるとなれば、当人の反発だけでは済まない。
軍歴を重ね功績を立てて、除隊の折にはどこかの土地を「貸してもらう」ことを夢に励んでいる兵士は大勢おり、それらのやる気を根こそぎ削いでしまうことになる。
無論のこと、それは軍隊の弱体化に直結してしまい結局は王の不利益となるのだ。
他にも、王に金を納めることで土地を貸してもらう、いわばごく普通の賃貸契約のような形もあるようだ。
こちらは商売で成功した人間などが最初に多額の金を納めて契約を結び、以後定期的に決められた金を納めている限りにおいては使用権を認める、というものだ。
「ふむ」
記憶喪失と実質変わらぬ恵一は、それらの話を懸命に聞き記憶した。この右も左もわからぬ異世界で、後々こういった知識がどれだけ役に立つかわからず、また知識が無いことによってどれだけの損をしてしまうのかわからないのだから必死にもなる。
「でも、この家はケイトのものなんだよね」
「おう」
土地は王様のものであるが、家はあくまでもケイトが父親から相続したケイトの持ち物だ。
と、なると解体して例えば建材として売り払ってしまうのはアリなのではなかろうか。
「アリっちゃあアリだけど、あんましいい方法じゃないね」
「そうなの?」
家をバラすにも技術が必要で、そんなものはケイトには無い。当然、恵一もそんなものは持ち合わせていない。
そうなると人を頼むことになるが、技術のある人間を雇うのだからどうしても人件費は高くつく。
かといって、自分でやろうとしても、きれいに解体できずに建材というよりはただの廃材になってまともな値段がつかないことになる可能性が高い。
「利子一回分になるかならないか、ってとこじゃないかな」
「そんなもんかあ……」
「まあ、そんなこた考えないでもいいよ、ケーイチがギルドの仕事でがっつり稼いでくれるんだから」
それにいまいち自信が無いから、いざという時のために聞いてみたのだが。
翌朝ギルドに行こうということになり、その日は寝た。
翌日、早速ギルドにやってきた。
道すがら、自分は記憶喪失でどうやら戦い方も忘れてしまっているのでいきなりハードな仕事は無理である、ホント無理、いやもう本当に無理、としつこいぐらいに念押しはしたのだが、どうも野盗を数人あっさりと倒した話のインパクトが強かったらしく、ケイトはそれを謙遜と受け取っている節が多々見られ……
「いいのあったぞ」
と、ケイトが持ってきた仕事が推奨レベル9に指定されたクマ退治であった。
「報酬三千ゴールドだ。こんなのを2回もやれば利子分にはなる」
「いや、それよりも……」
報酬は二の次で聞きたいことがある。
「ああ、推奨レベルってのはそのまんまの意味だよ。こんぐらい無いときついよ、ってギルドが言ってるってことね。あんまり低いと受けさせてもらえないんだけど、恵一は10だから問題ないね」
レベル1なんて誤差の範囲じゃねえのかと思う。
いや、まあそれはよくはないのだがよいとして、
「クマってのは、クマのこと?」
なんだか間抜けな質問だが、恵一としてはクマと聞いてイメージしたものが自分の知るそれと全く似ても似つかぬ怪物だったりしたら困る。
「クマはクマさあ」
ケイトはけっこうそれで済まそうとすることが多く、明らかに未知の世界の案内人としてはよろしくないところである。
しかし、やはりいざ行ってみたらとんでもない化け物だったら困るので、記憶喪失とは言ってもホントにそんなことも覚えてないの? というケイトの面倒臭そうな対応にもめげずに聞き出す。
総合すると、要するにクマである。恵一がイメージするクマとそれほど変わらぬ大型獣だ。ただ立ち上がると身長が170センチの恵一の倍ぐらいはあるというので、かなり大型の、それこそ元の世界でも記録に残されるような大物だろう。
こいつの出没情報は寄せられていたのだが、先日とうとう旅人が襲われたのでギルドの賞金首に挙げられることと相成った。
「どうも街道沿いに居着いちゃったみたいだね。縄張り意識が強くて一度居着くと厄介なんだ。ちょっと追い払っても戻ってくるし」
「力とかはけっこう強いのかな」
「まあ、強いよ。でもレベル10なら大丈夫さあ」
元の世界ではそれほどでかいクマならばライフル銃でも持たねば渡り合えないのだが、どうもこの世界は物理法則からして異なっているのか、レベル10ならばそのぐらいのクマをタイマンで仕留めるのはよくある話らしい。
「知能はどうかな? 高いのかな?」
「あー、うん、高いって言われてるね、けっこう罠とかも見破るらしいし」
「罠か……」
けっこう見破るということは、逆に言えば、絶対に引っ掛からないということも無いということだろう。
そんなもんと正面対決するよりは、罠を張るというのはよい考えではないか。
それを提案するとケイトは不満そうである。
「えー、バッサリいっちゃえばいいじゃん」
バッサリいけるかどうか心許ないのでこういう提案しとるのにいまいちわかっていただけない。
「えーっと……き、記憶喪失で」
「うん、それは知ってる」
「だ、だから、戦い方も忘れてるんだ。だからレベル10の強さを完全に出せるかどうか自信が無い」
「大丈夫さー」
「いや、万が一ってことがある」
「万が一?」
「ああ、だから罠を使おう。もし成功しても怪我とかしたら意味ないだろ? 一ヶ月であと二千ゴールド稼がないといけないんだから」
「うーん、そうだよな。よし、飯食いながら作戦立てようぜ」
屋台でケイトがクマの肉を焼いたものを買ってきた。
「こいつを食ってクマ退治の景気づけといこうや」
「うん。てか、食用なんだな」
「ああ、クッソ不味いけどな」
「ああ、不味いんだ」
食べてみたら固いわ味もねえわで確かにクッソ不味いとしか言いようがない。
「まあ、でも、クッソ安いからね。食いでもあるし、金無い時にはいいのさ」
そういえば咀嚼する――すなわちよく噛むことで空腹感がだいぶ減るような話を聞いたことがある。
固いので嫌でも咀嚼はせざるを得ず、そういう意味では確かによいのかもしれない。
「ていうか、金ないの? 確かに昨日はコンビ結成記念って言ってけっこう豪勢にやっちゃったけど」
何気なく聞いた。
「ああ、もともとカツカツだったけんね。昨日の夕食と、あとはギルドの登録料……ケーイチのギルドの登録料でかなり手持ちが寂しくなった。ケーイチのギルドの登録料で」
「あ、うん、ケイトには感謝してもし足りないよ」
やや棒読みっぽくなったが、一応マジで感謝はしている。
「うし、じゃ罠の話しようや。どんなのいっとく?」
道の隅っこに座り込んで作戦会議が始まった。
「落とし穴は?」
罠、と言われて最初に思いついたのはそれだった。
「おう、いいね、それでいくか」
「……あー、でも」
「なんだよ」
「そんなでかいのがハマるような穴を二人で掘るのは大変だな」
「ああ、言われてみりゃそうだね」
底に尖らせた杭でも立てておくか、とも思ったがその杭を作る手間がある。
「えーっと、ほら、あれ、こうガシャンってなるやつ」
言いながら、恵一は指を曲げた両手を噛み合わせるようにした。
「あー、足バサミね」
「そうそう、そんなの」
「でも、このでかさのクマだからなあ。動きを止めるには足バサミもでかくないとなあ」
「でかいのって、ないの?」
「無いことは無いけど、そこらで売ってるもんじゃないなあ。クマ狩りのハンターが特注するんじゃないかなあ」
「んー、それだと値段は……」
「高いね。詳しくはないけど……まあ、三千ゴールドは絶対するね」
それではプラマイゼロである。
と、ここで気付いたが、あんまり罠に金をかけるわけにもいかないのだ。
「あんましモタモタしてると、取られちゃうから、さっさとやろうぜ」
「取られる? ああ、そうか、この仕事を受けてるのはおれたちだけじゃないのか」
「それもあるけど、この仕事はあんまりほうっておくと被害がどんどん出る危険があるけんね」
仕事には色々あるが、特定の野草を集めてこいとかいうケイトがこれまでやってきた「報酬は少ないが危険も少ない」ようなそれとは違い、この案件に関しては誰も仕事を成し遂げられぬ場合、街道周辺の危険性は跳ね上がる。
「だから、この手の仕事は何日か経っても解決しないと、軍隊とか王様お抱えの戦士なんかが出てきてやっちゃうんだ」
「なるほど」
そもそもそう言われてみると、本来そっちの組織が対処すべき問題なのではないかと思う。
これは、仕事を民間に委託してるとでも考えるべきなのか。
そちらで手が余れば国が動く、ということか。
「うーん」
予算制限の上に時間制限もあり。
恵一は解決策が思いつけない。
時間制限ありと言ってもすぐさまではあるまいから、ここは地道に穴を掘って落とし穴を作るべきか。
「大丈夫大丈夫、恵一はレベル10、いや、もしかしたら20、或いは30、ややもすれば40、なんかの間違いで50かもしれないけんね。クマなんぞ一撃一撃」
元々そうなんだろうが、ケイトはなぜそこまで楽観的になれるのか。
この辺り、恵一と違いやはりケイトはこの世界の住人であった。
レベルという強さを表す指標に対して絶対的な信頼を持っている。
ギルドの鑑定士が二人がかり――しかも一人はかなりのベテラン――で鑑定してレベル10という結果が出たのだ。
しかもそれは少なくとも最低はそのぐらい、ということであり、実際にはもっと強いのだろうという期待を抱かせるものであった。
そのため、ケイトにしたら恵一が不自然なほどにビビっているだけにしか見えず、むしろここは自分がケツを叩いて自信を持たせてやるのが得策である、などと考えている。
「おい」
声をかけられた。
邪魔にならない道端に座っていたつもりだった恵一は、一体なんであろうかとその元を見れば、
「あっ」
見覚えのある顔だった。
と、言っても、こちらの世界での顔見知りなどごくごく狭い範囲に限られる。
「なんだよ」
ケイトが、不機嫌そうに言った。
そのことから察しはつこうが、声をかけてきたのは昨日の借金取りの二人組の内の一人だった。
「利子の支払い期限は一ヶ月後だろ。顔見るたんびに声かけてくんなよ」
「……」
一ヶ月後に支払いができなければ煮るなり焼くなりされることを甘受せねばならぬケイトだが、逆に言えばその期限までは堂々としたものである。
「……なぁに、ギルドでどんな仕事を受けたのか気になってな。ちゃんといい仕事を選んだんだろうな」
たっぷり五秒ぐらい、むっとしかめた顔を笑顔にするのに時間をかけてから、男はにこやかに言った。
「ああ、それね」
ケイトは手にしていた紙を見せた。
ギルドの仕事依頼書だ。
「……クマ退治か。……推奨レベル9……随分でかいな……」
情報を読みながら男が呟く。
で、結論としては、
「おい、大丈夫か?」
であった。
「大丈夫だよ、推奨レベル9だろ、ケーイチはレベル10なんだから」
ケイトは自信満々であるが、男はそもそもケーイチのレベル自体を疑っているのであるからして、全く大丈夫だと思ってはいない。
それでも、ギルドの鑑定書はしっかりと発行されており、それを男もその目で見ているのだ。
「作戦は家で話そうぜ、ケーイチ」
「ああ、うん」
ケイトは男の手から依頼書をひったくると、家に向かって歩き出した。