コントロールが難しいからしょうがない
「ふんっ! ふんっ!」
翌日、朝から恵一は剣を振っていた。
先だって、リアッセとの決闘では与えられた木剣を使用しており、結局新たに購入した剣については実際に使ったことがない。
そのことが、恵一としてはやや不安であり、こうして素振りに励んでいるというわけである。
ケイトは部屋でクロスボウの手入れをしていて、アンは寝ている。
で、もう一人の同居人であるエリスは出掛けるらしく、家から出てきた。
それにしばらく気付かずに剣を振っていた恵一だったが、やがて彼女に見られているのに気付いた。
「ああ、エリス、出掛けるの?」
彼女は、頻繁に同業者を回って投げ売り債権を探しているので、今日もそれだろうと思って言った。
「ええ、昨日購入した債権の契約に行ってきます」
既に債権は入手しており、その契約更新に行くようだ。
「アマモトさん」
「ん? なに?」
「少し見せてもらいましたが……けっこう使えるように見えるのですが」
「え? あ、ああ、そうかい?」
もうこれは癖になっているというか、レベル10だというのに一目置きそうになったエリスに対して、記憶喪失で戦い方も忘れていて実際そんな大層なもんじゃないから期待しないでね、というのを既に散々言ってあった。
それに対して、恵一の素振りを見て、それほど卑下するほどじゃないとエリスは言っているのだ。
「いや、まあ、なんていうか基礎的なことだけさ」
イリアに少し教えてもらい、ハウト男爵家有志一同にガンガン教えてもらい、素振りなんかはそれなりにサマにはなっているのだろう。
どうしても、恵一は言動の端々におれに期待しないでくれという感情が乗ってしまう。
ケイトならば、恵一のそういうのにもどかしさを感じて、ケーイチは本当は強いんだからもっと自信持て、そして働くのだ、という方に行くのだが、エリスは無表情で「はあ」と流すだけである。
その態度から、この子は自分のこと過大評価しなさそうだと恵一は安心した。
「それでは、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
エリスを送り出してから、またしばし素振り。
昼頃になると、ケイトとアンが出てきた。
「なんもねえから、買いもん行こうぜ」
「腹減ったぞ」
「ああ、わかった」
三人で買い出しに出掛ける。今食いたいすぐ食いたいとアンが言い、恵一もケイトも空腹だったので屋台で買い食いしていると、声がした。
叫び声だ。
その場にいた人間が一斉にそちらを見る。
三十歳ぐらいの男が、倒れていた。
すぐに立ち上がろうとして、足がもつれてまたコケる。
どうも素振りからして、何かから逃げているようにも見える。
「助けてくれえ!」
叫ぶ。助けを求めるその声に、何事かと心配そうな視線を向ける者と、冷淡な者と二種類の人間がいた。
前者は、後者の冷淡さというか、はいはいまたいつものアレね、という態度になんかこの界隈では珍しいことではないのかなと思う。
「またかい。どうせいつものだろ」
「おおう、おばちゃん、助けてくれ」
声をかけたおばさんに、男が縋り付く。
「嫌だよ。あんたが金返さないのが悪いんだろ」
その一言で、あっさりと了解した。
要するに、借りた金を返せなくて酷い目に合わされるのだろう。そして、それが珍しいことでもない。
恵一は、借金で苦しんでいるのだな、と多少自分も間接的に苦労していることなので少し同情した。
「なんだ。自業自得だな。ガハハ」
しかし、直接的に苦労しているケイトは同情の欠片も無い。一応、彼女は金を返そうという意思だけは誰にも負けないと何に対抗してるのか知らんが言っており、また苦労して返済を滞らせたことはないだけに、金を返さない常習犯みたいな人間は却って許せないのかもしれない。
「いや! 今回は違うんだ! いや、違わないんだけど、違うんだ」
聞けば聞くほどわからんことを言いつつ、男は後ろを振り向いた。
「来たぁ!」
そこには一人の少女がいた。
髪は、肩ぐらいまで伸びていて、セミロングというやつであろう。
で、頬はこけ、顔色は極端に悪く――
「エリスじゃないか」
「ああ、どうも」
「どうしたの? その人となんかあったの?」
「この人の債権を私が買い取ったのです」
「ああ、そうか、この人が」
エリスは、今日は購入した債券の債務者のところに新たな契約を結びに行くと言っていた。
と、いうことは……この男が逃げてコケて騒いでいる理由も察しがつく。
「こ、こいつ! 呪術師なんだ! 大概のことは耐えてきたおれだが、呪術師となんか契約したくねえよ!」
男は叫んで、周囲を見る。
呪術師という言葉はそれなりに衝撃を与え、みんな、ずざざざっ、とちょっと後ずさったりもした。
「……そりゃまあ、嫌だろうけど、しょうがねえだろ。お前が金返さないんだから」
呪術師に対して引いた人々だが、かといって男の味方になるかと言えばそういうことはなく、ていうかむしろそんなもん関わりたくないのでどんどん離れて行った。
「さあ、ゲオルグさん。戻りましょうか」
エリスが言うと、男――ゲオルグというらしい――は逃げようとする。
「アマモトさん、捕まえてください」
「え?」
「捕まえてください。ほら早く」
なんでおれが? とか思わないでもなかったが、結局いつものごとく豪快に流されて、当然のことをしただけですと言うような顔でゲオルグをはがいじめにした。
「止めろコラ! 離せぇ!」
「あー、もう、ちょっと落ち着いてください」
けっこう力があって、押さえるのに苦労したけど恵一の方がやや力が強く、なんとか押さえ込むことができた。
「さあ、こんな往来で話もできません。家に戻りますよ」
エリスに促され、ゲオルグを捕まえたまま彼女に着いて行く。
少し離れたところに、ゲオルグが借りている共同住宅の部屋があり、そこへ連行した。
「はい、縛ってください」
ロープを渡されたので、なんでおれが? とか依然として思いつつも椅子に座らせたゲオルグの体を椅子に縛り付けた。
疑問はあるが、実際のところ隙あらば逃げ出そうとする彼を押さえるのがけっこう大変であり、縛ってしまった方が恵一が楽なのである。
「エリス、いったいどういうことだ?」
「まあ、もう色々と察しはついているかと思いますが……」
債権を買ったエリスが、契約し直そうとやってきた。最初は余裕綽々だったゲオルグだが、彼女が呪術師だと知ると、いきなり逃げ出したそうだ。
「ううう、呪術師と契約なんかしたくねえよお」
涙ぐむゲオルグ。
「ああん? そんなもんおめえが金返さねえから悪いんだろうが、自業自得だよ。契約せんかいボケ」
ケイトも、今度こそ少しは同情するのかなと思ったが、全く塵ほども同情しないのであった。
「まあまあケイト……」
ていうか、お前は関係ないんだからあんま口挟むなよ、という気持ちで恵一がケイトを宥める。
「まあ、自業自得ですよ。この人は」
エリスはいつもの無表情だが、心なしか突き放した冷たい表情に見える。
「どういう人なの?」
ケイトの場合は、男爵令嬢やら王女さまやらとの繋がりに金貸しが過剰反応した結果の債権譲渡であったから、やや特殊なケースである。
だが、そういった特殊な事情が無い限りは、エリスが買い求める債権というのはプロの金貸しがこいつからはもう取り立てられんと投げ売りしたものであり、それはつまりは債務者にも少々というか、とても問題がある場合が多い。
「この人の異名、我慢のゲオルグというんです」
「が、我慢?」
「ええ、とても我慢強い方で」
金を返さん人間に対しては、契約に従って罰則が与えられる。
もっともオーソドックスなのは後遺症等の残らぬ激痛を与えるもので、ゲオルグに金を貸していた人間も幾度となくそれを試みた。
だが、ゲオルグはそれに耐え抜き、金を返さない。
「はあ……それで、我慢のゲオルグ……」
「ええ、全く自慢にはなりませんが」
これまで、その債権は色々な人間の手を渡ってきた。そんなケチのついたものを買うのはいずれもプロの金貸しであり、すなわちプロの取り立て屋である。
契約違反の罰則で脅して借金を返済させるのは彼らの常套手段であり、それが通じないというのはその稼業の人間の感覚としては、ふざけた存在である。
そんなのが横行したら金貸しの名折れとばかりに、各々チャレンジしたのだがゲオルグはその全てに耐えた。
激痛に歯を食いしばりながら耐えるゲオルグに、こんな苦しい思いをするぐらいなら働いて金を返した方がいいぞと金貸したちは囁いた。
だが、それに対して毅然と、働くぐらいならおれは耐え抜いて見せると断言し、実際に耐えてきた。
「それは、凄いね」
「確かに凄いです。全く自慢にはなりませんが」
幾多の金貸したちが匙を投げ、その度に値引きされて債権は人から人へと渡り、遂にそれがエリスの手に入った。
エリスはこれを買った時に、あいつはお前みたいな呪術師でもないと駄目だろうなと言われたそうだ。
「呪術師でもないと駄目?」
「はい」
一瞬、よく意味がわからなかった。呪術師というのは普通の魔術師に比べ恐れられているのはケイトの態度などからわかってはいたが。
「こういうことです」
エリスが言うには、ゲオルグはその異名の通りに罰則である激痛に耐え続けてきた。それは最初に結んだ契約がそうなっているからである。
逆に言うと、債権者たちはそれ以外のことはできないのだ。
だから、ゲオルグに耐え切られると、それ以上何もできない。プロの金貸しとしての意地で少し付き合ったとしても、結局プロとして算盤を弾いて、債権を投げ売りすることになる。
だが、相手が呪術師であると、そうはいかない。
以前に、ケイトが言っていた。呪術はコントロールが難しく、術者でも制御不能に陥ってしまうことがある、と。
そうなると、激痛を与えるという契約のはずなのにそれ以上のこと――対象を殺してしまう、ということもある、と。
それは制御できなくなった力の暴走であり、当然のことながらタダでさえ体を蝕む呪術の副作用を、より多く受けることになるというのも既に述べた通りだ。
それらのことを、恵一は呪術の負の面とばかり思っていたが、このゲオルグのような輩に対しては、痛みに耐えていれば済むのではなく殺されてしまうかもしれないという恐怖を与えることになるのだった。
それゆえに、彼はこれほどに嫌がっているのだ。
「あれ? でも、殺しちゃまずいんじゃないの?」
殺してしまえば、金にならぬ。当然のことながら金貸しとしては商売にならない。
「この人の借金総額、一万ゴールドです」
「へえ」
ケイトに比べて随分少ないので、あんまり大金という感覚にはなれない。そのぐらいなら大の男が気合い入れて頑張れば返せるのではないか。
「利子はありません。元々はあったのですが、何回か前の契約更新の時に外されました」
その頃には投げ売り価格も相当に下がっており、利子を取らずに一万ゴールド返済してもらうだけで、かなり儲けが出るぐらいになっていた。
そこで、その時の債権者は利子を無しにすることで、コツコツと少しずつでも返していけばいつか完済できるぞと言った。
そうすることで、やる気を引き出そうとしたのだろうが……。
「えーっと、その後にまた債権売られたってことは……」
「はい、そんないい条件を出されたのに返さずに、耐え続けることを選んだのです」
「はあ……それはまた……」
「要するに、筋金入りの怠け者です」
エリスの表情が、すっと歪んだ。蔑んだ感情が露骨に出ている。
基本的に無表情なので、それを見慣れていると、逆に少しでも変化があるとすぐにわかる。
「私は、金貸しをやって暮らしていますが……商売抜きにこういう借りた金を返す気が無い人が嫌いです」
歪んだ表情のまま言った。
商売抜きに、というがそういう商売をしていれば……特に同業者が投げ売りしているような債権をメインに扱っていれば、そういう債務者に出会う機会は多いだろう。
それなのに、なぜそんなことをしているのか。いや、むしろそういう嫌いな人間を追い込んで金を返済させることに生き甲斐を感じているのかもしれない。
呪術などという、忌み嫌われ、健康を大いに損なうようなものに手出しをしたのもそのせいか。
その辺のことに興味は抱いたが、それを聞いても教えてはくれないだろう。そんな関係には至っていない。
「そういうわけで、私はこういう人が死んでもなんとも思いません」
ゲオルグに聞えよがしに言った。明らかに脅しをかけている。
演技か……とも思ったけれど、全てがそうとも言えないような真摯な迫力がこの時のエリスにはあった。
「そもそも、大してお金もかかってませんから、返済不能になってもそんな惜しくもありません」
エリスは、元の無表情に戻っていたが、声の冷たさはそのままである。こうして見ると恵一たちと接している時の彼女は、無愛想なだけであって、決して冷然としているわけではないのがわかる。
「ゲオルグさん、そろそろあなたも観念する時です」
巡り巡って、エリスのような人間に安値で債権を買われてしまった。これまで通じていた我慢一辺倒は彼女には通じない。
「わかったよ……」
「あなたはレベル8なのだから、やろうと思えばやれるはずです」
先程押さえた時に抵抗した力からして、それほど弱くないとは思っていたが、やはりそのぐらいはあるらしい。
「とりあえず契約です」
エリスは早速契約を結び直そうとしたが、元々全く気が進んでいないので、なかなかゲオルグが魔術印を捺すことができない。
散々脅かしまくって、ようやく捺印することができたが、この世の終わりみたいな顔している。
「ああ……とうとう働かないといけないのか」
「いや、この人、今までどうやって暮らしてきたの」
「借金です」
言われてみれば、それしかねえのであるが、それなら一万ゴールドという借金総額は少ない気がする。
「これまでは、一応清算はしているのです」
レベル8ということである程度は信用を得られる。
それで金を借り、全く返さず、罰則を与えられてもひたすら耐える。
耐え続け、債権を投げ売りされ、新たな債権者がやってきても当然返さず、罰則を与えられても耐える。
それを繰り返していくうちに、債権の値はどんどん下がっていき、下がり切ったところで、借金の減額を持ちかける。
元々の額の十分の一以下という低額だが、一応そんなんでもなんとか損はしない程度にはなるので、相手もそれを受ける。
その金はどこから都合しているかというと、別のところからの借金である。
結局、債権を買い取ってきた連中が少しずつ損していて、最後の者だけがほんの少しだけ得をしているわけだ。
「でも、私が債権者になったからにはそうは行きません。返済額は1ゴールドたりとも負からんのでそのおつもりで」
「はあ……」
「大体、あなたのその方法はいい加減に限界です」
王都として大いに栄え、金貸しを営む者も多いのでこれまでなんとかなってきたが、さすがに悪名が広がり過ぎている。
同業者がネットワークを作ってブラックリストが共有されているわけではないが、あいつには金を貸すな、という個人間の忠告レベルのものが積み重なっていよいよ彼に金を貸す者はいないだろう。
「ここで私に出会ったのはよい機会です。ちゃんと働きましょう」
呪術師だからと嫌がっているが、お前みたいなボンクラはそんぐらいの理由が無いと働きゃしねえんだから、ありがたく思えと言わんばかりのエリスの態度である。
「では、早速ギルドに行きますよ。逃げたら殺してしまうかもしれませんからね。別に殺すつもりはないんだけど、呪術はコントロールが難しいのです」
ゲオルグを引っ立てるようにギルドに連れていくエリスに、恵一たちも着いて行った。元々、ギルドには例の盗賊討伐の進捗状況を見に顔を出そうと思っていたのだ。
到着してみると、貼り出されていた紙が無い。
もしやと思って受付に聞いてみると、人数が集まったので募集を打ち切ったようだ。
「……もう一人、参加できませんか? レベル8なんですけど」
と、エリスが突然言い出した。
ゲオルグをねじ込むつもりらしい。
「私も参加するからちょうどいいです」
ちゃんと仕事するかどうか監視するつもりであり、もちろんゲオルグは嫌そうであったが、彼に何も言う資格は無いと見なしているエリスは無視して話を進める。
結果、レベル8ならむしろ歓迎するということで、めでたくゲオルグも討伐隊の一員となった。
「ちょうど今、討伐隊のリーダーになる人がいますよ」
と受付の人間が言うので、会ってみることにした。
髭面でガタイのいい、いかにも強そうな男だ。
名前はガルスといい、歳は今年で四十五だそうだ。
レベルは14で、参加者中最もレベルが高く、経験も豊富なことからリーダーに選ばれたらしい。
「おーぅ、よろしくな」
気さくな人柄で、そのこともリーダーには適任に見える。
「十七でレベル10かあ、凄いなあ。おれが十七の頃にはようやく4だったもんな」
よし、お前に頑張ってもらうぞとリーダーに言われてしまい、咄嗟にいつもの記憶喪失で云々という言い訳をあらかじめしておいたのだが、大丈夫大丈夫、十七でレベル10なんて天才に違いないからいざとなりゃ体が勝手に動くさ、と決め付けられてしまいあんまり効果が無い。
「あ、こっちの人、レベル8で、我慢のゲオルグと異名をとるほどの人です。致命傷さえ受けなければ大丈夫です」
エリスが頼まれもしないのにゲオルグを売り込む。
「おーぅ、それは頼もしいな! 死ななそうだな!」
高いレベル、豊富な経験、気さくな人柄。
それらリーダーに必要な要素を備えているガルスだが、なんか全体的に大雑把な感じがしており、緻密な作戦とか立てられるんかいな、という疑問が生じる。
だがまあ、その辺は、参謀というか作戦立てられる奴にやらせればよいことである。エリスなんかは、そういうの得意そうだ。
「よし、それじゃ明後日ここに集合だからな! 期待してるぞレベル10の兄ちゃん!」
「あ、はい……」
決戦は明後日である。明日はちょっとまた気合い入れて素振りでもしようかと思っていたら、エリスに声をかけられた。
「明日はこちらのゲオルグさんと練習しましょう。この人もだいぶ鈍ってますから」
「あ、はあ……」
ゲオルグの意思を確認しようとかいう態度は一切見せずに勝手に決めているのが少し気にはなるが、恵一としては一人でただ素振りをしているよりも、相手がいた方が充実した練習ができるだろうと思い了解した。
「それでは、明日迎えに行きますからね。逃げたら駄目ですよ」
「……はい」
言外に逃げたら殺すとしか言っていないエリスに対して、返事はそれしかあるまい。




