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再契約

「それで、契約前に確認しておきたいのですが」

「ん? なんだい」

 ケイトがこの世の終わりみたいな感じで落ち込んでいるので、自然、恵一がエリスに対応することになっている。

「もう利子の支払い期限が間近です。用意できるのですか?」

「ああ、それなら」

 と、恵一はケイトを見た。

 話に加わる気力は無いが、一応話は聞いていたらしく、ケイトは二枚の紙を取り出す。例の二万ゴールドの証明書だ。

「……へえ、ハウト男爵と……このアレンというのはその一族の方ですか?」

 さすがに、相手の名前を見て、エリスは驚いたようだ。どっからどう見ても庶民の三人組なので無理もない。

 恵一は、手短にことの経緯を説明した。その過程でアレンというのがハウト男爵の長男であることも付け加える。

「もしかして、前の債権者が言っていたややこしいところ、っていうのは男爵のことですか?」

「あー、たぶん」

「そうですか」

 エリスは一体「ややこしい」というのをどう思っていたのか、別段表情も変えずに言った。

 公権力に繋がりがあるようなことを聞いても動揺の類は見られないので、一応彼女はまっとうに商売をしているようだ。

 どうもケイトにしてみれば呪術師という時点で「まっとう」ではないというような感覚らしいのだが。

「それでは支払は問題ないというわけですね」

「ああ、ちょうど飯食ったら取りに行こうって話してたんだ」

「そうですか。それではどうぞ食事をなさってください。私もそうさせてもらいます」

 エリスはそう言って、ゴソゴソと持っていたカバンから壺を取り出した。どうやら彼女の食事が入っているようだ。

「おう、じゃあケイト、おれらも飯にしようか」

「ん、ああ……」

「飯だ飯だ」

 相変わらずのケイトの沈みっぷりだが、アンはそんなん知ったこっちゃないとばかりに嬉々として、パンやらなにやらを取り出してくる。

 微動だにする気もないケイトを見て、恵一は昨日の残りのスープを温める。

 その際に火を起こすわけだが、何度かやってみたものの火打石で火を起こすのにはまだまだ慣れない。

 カチカチと虚しく音を立ててばかりの行為をしていると、エリスが声をかけてきた。

「どうぞ……」

 見れば、彼女は右手を突き出しており、その指先にゆらりと小さな火が揺れていた。

「別にお金は取りませんよ。このぐらいで」

 恵一は、ただただ純粋に驚いて動けなくなっていたのだが、それを別の意味に解釈したらしいエリスが言った。

「あ、ああ、ありがとう」

 火種にしようとしていた藁の束をエリスの指先に触れさせると、すぐに火が燃え移った。

 薪に火を移してから、改めて気になった。

「エリス、大丈夫なの? その、健康に影響があるんだろ?」

「は?」

 恵一の質問に、エリスはしばらくその意味を理解しかねたようである。

「……別にこの程度は呪術を使わずともできます。私はレベル12なんですよ」

「え、あ、ああ、そ、そうかあ」

 言われてみれば、エリスが何を聞かれたのかわからないのも無理はないと言わざるを得ない間抜けな質問であったのだと理解した。

 彼女が呪術師だからといって、全ての魔法に呪術のブーストがかかっているわけではない。指先に小さな火を生じさせる程度の火の魔術ならば、元々の力であるレベル12で十分に可能なのだ。

 しかし、恵一を擁護するならば、彼はてっきり呪術師というのは使う魔術が強制的に全てそれになってしまうものだと思ってしまっていたのである。

 それにしても、ケイトが火の魔法ぐらいは覚えたいと言っていたが、恵一もこうして実際に見ることでそう思った。

 エリスに、教えてもらえないだろうか、とふと思ったものの、相手は十五歳にして金貸し稼業を営んでいる人間である。その代わりに何を求められるかわかったものではない。

「飯だ飯だ」

 もうさっきからそれしか言ってないアンが、スープが温まったと見て容器にそれをよそう。

 三つの容器がテーブルに置かれたところで、恵一はエリスを見た。

 エリスは、例の壺を一つ置いて、待っている。

 いや、なんでさっさと食事を始めないのだろうと思っていたのだが、どうやら待っているようなのだ。

 一人だけ先に食べ始めるのを非礼であると考えているのだろうか。

 その挙措を見て、実は思い出した人物がいる。

 男爵令嬢であるミレーナである。彼女も、こういう時には食事を始めることなく待っているのが当たり前であった。

 エリスは、もしかしたらけっこう育ちがいいのかもしれない、となんとなく思った。

 だが、もちろんそう思えば、なんでそれが今の境遇なのかというのが疑問ではあるが、そこは人間色々あるのだろう。

 両親の死によって、家が没落してしまったのかもしれない。

 その辺りのことは考えても栓無いことだし、ついさっき会ったばかりの関係で聞き出せるようなものでもない。

 そのことは努めて忘れて、恵一はエリスに声をかけた。

「エリスも、食べるかい?」

 火を起こすのを手伝ってもらったし、そのぐらいはケイトも文句は言うまい。

「いえ……」

「別にお金取ったりはしないよ」

 さっきのエリスの台詞をそのまま冗談っぽく言ってみたのだが、やはり彼女は首を振った。

「私は、これで十分です」

 と、壺を示す。

 その態度が頑ななので、強いてすすめる気を削がれて恵一は頷いた。

「おい、ケイト。飯食うぞ」

「おーぅ」

「いただきます」

 言うや否や、アンがパンをスープに浸してがっつく。

 いつかミレーナとの旅中に食べたパンと違って、固いパンなのでそうでもしないととても食べられないのだ。

 まあ、でも、それはそれでスープに浸せば食えるぐらいにはなるし、歯応えありすぎるといえばありすぎなのだが、それをよく噛んで食うのも悪くないと恵一は思う。

「あーあ……」

 ケイトは、相変わらず重たい溜め息はついているのだが、パンはしっかり食べている。

 シャカシャカシャカ――と。

 音がしたので三人でそちらを見れば、エリスが壺を持ってそれを上下に振っている。

 な、なにしてんの? と思わず聞きそうになるが、見ればわかる、壺中のものをシェイクしているのだろう。

 自然、三人とも手と口を止めてエリスを見ている。

 エリスはその視線を全く気にもせず、壺を置き、蓋を開けた。

 両手で壺を掴み、それを上げ、傾けて口につける。

 ごくごくと喉を鳴らし、口を離して息を吐いた。

 一連の動作から、内容物が液体かそれに近い流動的なものであることはわかった。

「えーっと、それが食事なの?」

 こういう時、真っ先に口火を切ってくれるケイトの動きが緩慢なので、恵一が尋ねた。

「はい」

「ちょ、ちょっと見せてもらっていい?」

 言ってから失礼かと思ったが、エリスは別に気分を害することもなく、どうぞと壺を渡してきた。

 中を覗き込むと、やはり恵一同様興味はあるらしいケイトとアンも両側から覗き込んでくる。

 中には、どろっとした緑色っぽいなにかが入っていた。

 恵一の第一印象としては、スライムじゃねえかこれ、としか思えない。

「……これ、なんなの?」

 ケイトとアンの様子から、どうも二人も初めて見るらしい――すなわちこの世界でも珍しい食べ物、というか飲み物らしいと思い、さらに尋ねてみた。

「私が調合したものです」

 恵一から壺を受け取りながら、エリスは言った。

「そんなんで足りるの?」

「生きるのに必要な栄養は含んでいます」

 つまり、栄養ドリンクみたいなものか。

「私は、胃がやられているので、こういったものの方がよいのです」

「胃が?」

 と、十五歳の少女に似つかわしいとは思えない言葉に思わず言ってしまったが、それが呪術による健康障害の一つなのだろう。

 さきほど、スープを頑なに断ったのも、そういうわけに違いない。

「うーっし、じゃ行くかあ」

 飯を食ったら、ある程度元気が出てきたようで――或いはまだ空元気かもしれぬが、ケイトが威勢よく言って立ち上がった。

「おし、行こうぜ」

 嬉しくなって恵一も元気よく立ち上がる。

 アンも同じく立ち上がり、さあ行くぞとなったところで、

「待ってください」

 と、エリスが言った。

「ん? なに?」

「お金のことです。二万ゴールドを受け取るわけですが、それをどのように使うおつもりですか?」

「え? どのように……って、なあ」

 恵一は、そう言ってケイトを見る。

「うん……まあ、とりあえず五千ゴールド利子払って……ああ、そっかあ。そんだけあれば元金を少し返せるのか」

「はい。手元には五千もあれば十分でしょう。ここは五千ゴールドを利子に、一万ゴールドを元金返済にあててはどうでしょう」

「五千かあ。でもなあ、なんかあったらなあ」

 元金を返すにしても、ケイトは手元にもっと残しておきたいようだ。

 もともと一万ゴールドも入ったら利子だけでなく元金も少し返せるとは言っていたのだが、いざ一万どころか二万ゴールドを手にしたら手放すのに躊躇があるようだ。

 たくさん元金を返せばそれだけトータルでは得だというのはわかっていても、いざという時のために備えておきたい気持ちもある。

「なにかあれば私が改めてお貸しします。それならば同じことでしょう」

「……利子は、どんぐらいよ?」

 探るように、ケイトが言う。

「同じですよ。月に一割です」

「それじゃあ……」

 お前、得しないじゃん。とケイトは言いたいようだ。

 むしろ金貸しとしては、元金はそのままに利子だけを払い続けてもらうのが一番儲かるのだ。

「いや、でも、アレだろ。そんなこと言っておいて、いざとなったらやっぱり追加で貸す分は利子高くするつもりだろ」

 ケイトも、これまでの短い人生で金貸しの生態のようなものには通暁してしまっているので、そうそう信じない。

「その時は他から借りればいいでしょう。月に一割で貸しているところは他にいくらでもあります」

 確かに、そのぐらいの利率で商売している金貸しは王都にはたくさんいる。

「まあ、そのようなことはしませんよ。それで本当に他から借りられたら競合する相手が増えるだけです。私はそこまで馬鹿ではありません」

 複数から借りた場合、借り手にとってはどこも同じ借金取りであるが、借金取りたちから見れば自分以外は全て敵みたいなものだ。

 そのような存在を増やしたくはない、というのは本音であろう。

「まあまあ、ケイト。ここはエリスを信じてもいいんじゃないか」

 恵一としては、エリスの「そこまで馬鹿ではない」という言葉ならば信じてもいいような気がした。

 まだ疑わしげであったが、ケイトが了承し、契約はそれらの清算を済ませてからということになった。

 そういうわけなので、エリスも同行する。

「ああ、私が突然苦しみ出しても放っておいてくださってけっこうですから」

「え? ああ、うん」

 突然苦しみ出すことがあるらしい。話には聞いていたが、その場面に出くわしたら放っておけるかどうかは自信が無い。

 ハウト男爵の邸宅に赴き、手続きを済ませて二万ゴールドが入った箱をどすんと渡される。

 それらの応対をした男爵家の人間も、エリスを一目見るや、ぎょっとした顔になった。

「あー、お前だけで大丈夫か。お嬢様からは、便宜をはかるよう言われてるから、なんだったら運ぶのを手伝おうか」

 と、言いつつ、チラチラとエリスを見ている。

「いや、大丈夫です」

 箱を肩に担いで、これなら一人で運べると思った恵一が言うと、あからさまにほっとした。

 ミレーナの言い付けなので手伝いを申し出たものの、エリスのことを不気味に感じているようで同行しないで済んでよかった、という感じだ。

 エリスは、なにしろ常にその顔をぶら下げて生活しているのだから、こういう反応には慣れっこなのだろう。なんの感情も抱いていないような無表情のままだ。

 ……もしかして、エリスの無表情は、こういう反応へいちいち表情を動かすのが億劫になってのものなのではないだろうか。

 呪術というものが嫌われる理由には納得した恵一だが、恵一自身がそれと感情を同じくするかといったら話は別だ。

 今のところ、エリスからこれといった悪い印象を受けてもおらず、どうしてもケイトとかの反応が過剰なものに思えてしまう。

 金を預けに行き、その場で支払等を済ませる。

 結局、ケイトは残金の五千ゴールドは預けるに及ばずとして持って帰ることにした。

 エリスは、受け取った一万五千ゴールドを預け、元金を四万ゴールドにして契約を結び直した。

 さすがに、ケイトは魔術印を捺す時に手が震えていた。彼女にしてみたら、悪魔と契約でも結ぶ気分なのだろう。

「それでは、また一カ月後、四千ゴールドの利子をいただきに参ります」

「おう」

 エリスが頭を下げた。ケイトはエリスが目の前から消えるので非常にせいせいとしたらしく、久しぶりに明るい笑顔を見せた。

「四千ゴールドかあ……少しでも減ると、なんか気が楽になるなあ」

 家路の途上で、ケイトは言った。

「うん、それに……前よりは、よくなってるよ」

 ケイトを元気づけるつもりで恵一は言った。これまでは五千ゴールドの利子が滞ればすぐさま契約を盾に売り飛ばされる恐れがあったのだ。

 エリスならば、問答無用でそのようなことはすまい。

「そうかあ?」

 ケイトはその辺にはすこぶる疑問があるらしい。

 恵一としては、同年代の少女ということもあり、身売りをさせるようなことはしないだろうと思っているのだが、ケイトはそこまでエリスを信じられないようだ。

「あの歳で、もう二年も金貸しやってんだぞ」

 呪術師であることへの嫌悪はもちろん持っているが、ケイトがエリスを信じられぬのはそれだけではない。

 言われてみると、恵一はその辺のことはすっぽり抜けていたことは認めざるを得ない。

 それでも、元金を返すよう促したり、どうも彼女が悪質な金貸しには思えないのだ。

「いや、なんか企みがあるんだよ」

 と、ケイトは頭から決め付けている。

 恵一は、どうしてもエリスに対する感情をケイトと共有できない。

 しかし、今の状態で説き伏せようとしても、却ってケイトは頑なになってしまうだろうと思い口を噤んだ。

「お、なんだなんだ」

 ケイトがそう言って、ウキウキとした様子で進路を変えた。

 なにかと思って恵一も彼女の後に続きつつ、その先にあるものを見ると、人だかりができていた。

 そういうものを見たら、行って確認せねば気が済ますのがケイトだ。

 かくいう恵一も、気にはなる。

「おおっ、喧嘩か?」

 ケイトが、人だかりの真ん中で対峙する二人の男を見て嬉しそうに声を上げる。もう他人同士の揉め事大好きである。

 歳四十前後かと思われる中年男が、二十代半ばぐらいであろう青年に対して、ほぼ一方的に罵詈雑言を浴びせていた。

 中年男は、相当に怒っていて、対する青年は困ったような苦笑いを浮かべている。

 怒りの罵倒なので、正直内容は支離滅裂なところがあり、男の言いたいことがすらりと理解できるとは言い難かったが、それでもなんとか理解せんと聞いてみると、どうやら男の客を青年が横取りしたということであるらしかった。

 さらにさらに、話を聞いていると、男は治癒士であり、客というのは患者であることがわかった。

 それを横取りした……要するに、男が時間をかけて治療していた患者のところへ、青年が颯爽と現れて怪我を治してしまったということだ。

 それからわかるのは、治癒士としてのレベルは、青年の方が遥かに高いということだ。男が時間をかけて徐々に徐々に治していたものを、一度で完治させてしまったのだから。

 野次馬たちは、最初はどちらにつくともなく純然たる野次馬をしていたが、事情がわかるにつれて、好き勝手に言い始めた。

 青年に対して好意的な者が多かった。彼が、治療にあたって少ない礼金しか受け取らなかったということが話を聞いてわかったからである。

 時間をかけて治すしかないと思っていた怪我をあっという間に治してくれて、その上、礼金まで少なくていいというのだ。

 それだけで、青年のことをいい人だと思うには十分であった。

 そんなわけで、野次馬のざわめく感想においては圧倒的に不利な治癒士の男であったけれども、数多い野次馬の中には擁護せぬ者もないわけではない。

 曰く、そんなことされては自分の商売が成り立たぬのだから、男が怒るのも無理はなかろう、と。

 行商人らしいその野次馬は、隣で自分のより質がよい品を大安売りされるようなものだと、男を気の毒そうな目で見ていた。

 大体、治癒士どもは金を取り過ぎだ、と日頃の鬱憤晴らしに傾く者もいて、それへの賛同の声も多く上がった。

 一方的に青年を罵っていた男は、周囲から自分への非難がましい声が聞こえてくるのに苦い顔になりつつも、青年への敵意押さえ難く、それが溢れる視線を彼へと向け続ける。

 青年は、困った顔をしながらも、何も言わない。

 反論をしていない、ということでもあるが、謝罪してもいない、ということだ。

 申し訳なさのようなものはその表情からは察することができない。男の剣幕に困ってはいるものの、自分のやったことを悪いことだとは思っていないようだ。

 それがまた、男には気に食わぬのだろう。

 男が罵倒する種も尽きたか無言となり、青年も同じく無言。

 しかし、落ち着いたとも言えぬ男は青年を睨み続けている。

 ここで、男が攻撃でもしたら喧嘩の始まりであるが、そうはならなかった。治癒士というのは要するに魔術師のことであるが、その魔術師としての力量が、治癒魔法の効果からして青年の方が遥かに上であることは、男もわかっているのだ。

 このまま永遠に睨んでいるわけにもいかないであろうに、どうするのか。

 野次馬も言うことが無くなってきて、固唾を飲んで見守り始めている。

 実のところ、男にしたらもう何もやれることがなくて、かといって立ち去るきっかけもなく困っていたというのが正直なところだ。

 だが、やがてそのきっかけがやってきた。

「おーぅ、何しとるかぁ」

 巡視中の警備隊だ。

 人だかりを見て、何か珍しいものでも売っているか、はたまた大道芸人が公演中かとでも思ったのか、暢気そうな顔でやってきたのだが、二人の男を人々が囲んでいるのを見てさてはと、おおよそのところを察して野次馬を掻き分けてやってきた。

「……なんでも、ないよ」

 男は、そう言ってそれを契機に去って行った。

 青年も、それを幸いにして男とは逆の方向へと歩いていく。

「おう、終わりだな。解散解散」

 後は、警備隊員がそう言って野次馬を散らしておしまいである。

「ケーイチ、あたしらも帰ろうぜ」

 ケイトに促されて、恵一たちもその場を去った。

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