表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/240

債権譲渡

「よし、行くか」

 翌日、早速ギルドに行こうと家を出た。

「と、その前に、金貸しんとこ行って話しないと」

 ケイトがそう言うので、ギルドの前に寄ることにした。

 金貸しは、ごくごく普通の民家に見えるところに店を構えていた。入ると柔和な笑顔の女性が出迎えてくれる。

「御入り用でしょうか?」

 と、恵一に向かって言った女性は、ケイトの姿を認めると全てを察したように奥の部屋に声をかけた。

「ああ、お前か」

 顔を出したのは、何度か恵一も見たことがある男だ。

 招かれて、奥の部屋に入ると、そこには男以外にも何人かいた。いずれもガラはよくなさそうだ。

 恵一の、元いた世界での借金取りのイメージにぴったりの連中である。最初に応対してくれた人当たりのよさそうな女性も、取るのに使われるこいつらと違って「貸す」時の顔なのだと思えば理解できる。

 恵一は、自覚が無かったが、そのような所に足を踏み入れたのに全く臆するところがなかった。普通ならば、なんか怖そうな人らがおる、というだけで若干ビビるのだが、そういう気持ちにならない。

 これは、その怖そうな人らが、恵一に対して若干ビビっているために、それが多少なりとも恵一にも伝わって、少なくとも危害を加えられたりはしないだろうという安心感になっていたからだ。

 借金取りに使われている強面たちがそのような態度なのは、その中でも兄貴と立てられていた男が恵一に一蹴されたのを知っているからだ。

 どうしても、本当にこんな奴が兄貴を? という疑心は押え切れぬようだが、実際にそれを見ていた男から話も聞いている。

「つうわけで、こうしてしっかり帰ってきたんだから、こないだの契約破棄してくれよ」

「……ああ、いいだろう」

 男が、契約書を出してくる。例の、一カ月経っても帰ってこなかったら痛い目に合わす云々という契約だ。

「ほれ、返すぜ」

「おう」

 ケイトは、それを受け取ると、ビリビリと破り捨てた。ぼうっと光っているところは、特に念入りに細かく千切る。そこがケイトが魔術印を捺した場所だからだ。

「んでさ、利子なんだけどさ」

 一カ月近くが経っているということは、利子の支払期限も間近に迫っているということである。

 言いながら、ケイトは懐から紙を取り出す。

「ほら、この通り、ハウト男爵からお嬢様の護衛で一万、男爵の長男から別件で一万、合わせて二万ゴールド貰えることになってるからさ。きっちり払えるからな」

 紙は、ハウト男爵とアレンの名前による一万ゴールドの支払証明書だ。

 二枚に別れているが、実際はハウト男爵名義の護衛報酬支払の方も、魔術印は代理でアレンが捺している。

 ゴールドというのは硬貨なので、大量になると持ち運びに大変な不便をきたす。そのために、このような形で報酬が支払われることが多い。

 近いうちに、男爵家より連絡があるのでこの証明書を持って行けば、確認の上でゴールドが貰えるという仕組みである。

 すぐに払ってくれないのかと恵一などは疑問だったのだが、そこは男爵家にも事情がある。さすがに、払えないということはないが、二万ゴールドともなるとそれなりに大金なので、金蔵から持ち出すには複数人、もしかしたら男爵当人の許可まで必要になるのかもしれず、それに時間がかかることもある。

 ケイトとしては、こいつを見せれば金貸しどもも信じるだろうし、大丈夫だろうという思いがあった。

「あー、その件だがな」

 男が、一応それに目を通して言った。なんだかその目の通し方も、おざなりというかあまり真剣にやっていない感じがした。

「実は、もう、うちには関係ない話なんだ」

「はぁ?」

 ケイトならずとも、そう言うしかあるまい。恵一だって同じ気持ちだ。はぁ?だ。

「うちは、お前の債権を譲渡した。うちはもう無関係だ」

「は? いやいやいや、なんで?」

 ちゃんと利子は払おうとしているし、そもそもこいつらは利子を払えんのならばケイトを売り飛ばす……いや、最初からそっちが目的だったはずだ。

「なんでもなにも……譲渡したんだ」

 とても納得できる話ではない。

「近いうちに、うちから債権を買い取った奴が、契約の更新に行くだろう」

「いやいやいやいや……いや、まあ、譲渡したならしたでいいけどさ、そういうことは早く言っといてよ。幸い、まだその新しい債権者とやらは来てないけどさ」

「……つい今朝のことだからな」

 もう、本当についさっきと言っていいような時間だ。

「まあいいや、それじゃ、借金についてはその新しい奴と話すよ」

 釈然としないものの、ケイトは席を立ち、恵一たちを促して外に出ようとした。

「おい」

 そこへ、男が声をかけてきた。

「あん? なんだよ」

 ケイトが不機嫌そうに返すと、男は躊躇いながらも言った。

「王女さまに会ったって、本当なのか?」

「ん、ああ、本当だよ。昨日のことなのにもう知ってんのか」

「ああ、たまたまな」

 たぶん、ケイトが近所の人に、王女さまにお会いしたとか吹聴したのをキャッチしたのだろう。

 ケイトが肯定した時の、男たちの反応が気になった。

 安堵したというか、なんというか、とにかくほっとしている感じだった。

「そんだけか? そんならもう行くぞ」

「ああ、そんだけだ」

 外に出てからも、恵一は違和感の正体が掴めずに首を捻っていた。

 そもそも、突然奴らが方針を大転換してケイトの借金に対する債権を、他者に売ってしまったというのからして大きな違和感である。

「ケーイチぃ」

 ケイトは、にたーっと笑み崩れていた。

「ど、どうした。ケイト」

「やったぜ、おい」

「……な、なにが?」

「考えてもみろ!」

 考えてるけどさっぱりわからないので、それを正直に言う。

「こういうことさ!」

 と、ケイトが言われることには、奴らは、どこからか自分たちが王女に会ったことを知った。

 そもそも、ハウト男爵家の御令嬢から仕事貰ったとかいうとこから全く信用していなかったのに、王女との謁見である。

 ド庶民三人組と王女を繋げたのは、どう考えても男爵令嬢であろう。ということは、ハウト男爵との繋がりは本当だということだ。

 そこで奴らは考えた。これはやばいのではないか、と。

 彼らとケイトは、正式に契約も交わしているのだし、なにか法に触れているわけでもない。親の借金が子に、とか利子が高過ぎるのでは、とかいう類のことは禁じる法がそもそも無い世界なのは既に恵一が考えた通りだ。

 だが、それはあくまでもケイトとの間のことであって、どうせあいつらは他のところで色々とやらかしているに違いないのだ。その中には、完全に違法に分類されることもあるだろう。

 ケイトとの間には、何も無くとも、ケイトが親しくなった男爵令嬢、或いは万が一にも王女に、借金で苦しんでいると縷々窮状を訴えて、そのことがきっかけでそれら違法行為が明らかにならないとも限らない。

 ケイトにはそんなつもりは無く、ちゃんと清く正しく主に恵一に頑張ってもらって借金を返そうとしていたのだが、脛に傷持つ連中にとっては恐ろしくてしょうがない。

 男爵令嬢にしろ、王女にしろ女性であり、同じ女性であるケイトがこのままでは売り飛ばされてしまうと泣き付けば、同情して動くのではないかという危惧もある。

 そこで、もういいから債権を幾ばくかの金で売ってしまい、アレとは手を切ってしまえということになったのだろう。

 採算的には、はっきりいってケイトの父親から既に元金以上に回収しており、損はしていないのだ。

 それに対して、昨日王女に会ったという噂程度のことで決断が早過ぎるのでは、もしかしたら利益をふいにしてしまったのでは、とさっきの男たちなどは思っていたのだろう。 それが、ケイトが確かに王女に会ったのだと知った時の、ほっとした様子だ。やっぱり上の判断が正しかったのだな、という安堵だ。

「ふむふむ……ん?」

 話を聞いて違和感が消えてすっきりしたのも束の間、新たなそれが恵一に芽生える。

「ふへへへ、やったぜ」

 と、やたらと喜んでいるケイトである。この子はなにをそんなに喜んでいるのか。

「いや、ケイトさ。それって別に、借金が無くなったわけじゃないよね?」

 さっきの男も言っていた。彼らから債権――すなわちケイトから金を返してもらう権利を買い取った者が近いうちにやってくるだろう、と。

 結局、金を返す先が変わるだけではないか。そんなに喜ぶべきことだろうか。

「ふふーん、ケーイチ、考えてもみな」

 考えているけどさっぱりわからんのである。

 ケイト曰く、そういう事情を知って債権を買い取ったからには、安く買い叩いているはずだ。

 五万ゴールド、一カ月ごとに利子一割の債権といえど、それを購入するのに五万よりも遥かに安い金額しか使っていないはず。

 それならば、交渉次第では返済する額を大幅に減らせるかもしれない。

 恵一としては、そういういわくつきの債権を買うのは、元から持っていた連中に輪をかけてタチの悪い連中だというイメージが強いのだが、男爵令嬢やら王女さまやらの影に怯えて投げ売りされた債権だから、そういったものへできるだけ関わりたがらない、つまり脛に傷持つような連中は手を出さないのかもしれない。

「まあ、その新しい借金取り次第だけどさ、少なくとも今より悪くなるってことは無いはずさあ」

 それならば、喜ぶべきだろう。

 恵一としても、ケイトの借金問題が解決すれば、心置きなく元の世界へ戻る方法探しに専念できるというものだ。

 ギルドに行くと、目ぼしい仕事は無かった。軽いのでいいんよ、という恵一の意向をかなりの自然さでケイトは無視する傾向があり、報酬が高い方の仕事しか見ていない。

 で、いいのが無いとなるといつもの野草摘みである。

「お、今日はこれが高いな」

 ギルドに貼り出されている各種野草等の値段を見て、ケイトは目星をつける。

 この野草摘みという、低レベルでも可能な仕事については、薬草その他に使える植物を集めているのだが、ギルドとしてもいくら役に立つからといって同じ種類のものばかり大量に集まっても使い道に困るので、値段を変動させることでそれを調整している。

 とりあえず一日森に入って頑張れば、小遣い程度にはなる。

 そう考えると、生活に困窮して餓死するような者をいくらか減らしているということになり、これは福祉政策とまでは言えぬまでも一種のセーフティネットとして機能しているのかもしれない。

 本当の貧困層になるとギルドの登録料すら払えないのだが、この野草の買い取りに関してはつい最近のことではあるが、未登録者でも応じるよう制度が変わったのだという。

 それを主導したのが例のメリナ王女であり、そのための予算をいくらか国庫から出しており、そのこともあって彼女の評判はよいらしい。

 へえ、いい人なんだな、あの人は。

 と、恵一の感想はそんな単純なものであったが、メリナとて完全な慈悲や同情でやっているわけではない。

 貧困層の増加というのは言うまでもなく社会不安に直結する。

 人間、やはりどのような綺麗事も、生きるか死ぬかの間際になると優先順位は限りなく低くなる。

 どうせこのままでは飢え死にだと捨て鉢になった者が、短絡的に犯罪に手を染めるのを防ぐために、とにかくその日暮らしだが、なんとか食えるという状態を作るのは為政者として大きなメリットなのだ。

 王都郊外の森に行き、くんくんと鼻を鳴らすアンに先導されて採取に励む。嗅覚の強い獣人はこういう時にはとても役立つ。

「あった、そこ」

「よっしゃ」

 アンが指し示した所の草を分けて採取する。あらかじめ高めに買い取ってくれるものの臭いをアンに覚えさせているのだ。

 そうやってせっせと野草を摘んでいるケイトを見ながら、偉いな、と思った。

 手持ちもいくらかあるし、もう少し待てば二万ゴールド入ってくるというのに野草摘みに精を出しているのだから、彼女はなんだかんだで根本的に真面目なのだろう。

 で、ケイトの方もやや理由は違うが、恵一に感心していた。

「ケーイチは偉いな」

「え? なにが?」

 アンに言われて這いつくばって野草を摘んでいたらそう言われたので、心底何が偉いのだろうと思って言った。

「レベル10なのに、野草摘みなんか真面目にやってさ」

 そう言われてはじめて、レベル10で真面目に野草摘みやるのはおかしいのか、と思った。

「いやな、普通レベル10ともなったら、こんなつまらん仕事やってられっかっていうのも多いんだよ。てか、ほとんどそうだよ。中には1ゴールドも持ってねえのにそう言う輩だっているんだから」

「はぁ……」

 恵一としては、あんまりハードなことやらされるぐらいなら、野草でも摘んでた方が気楽であるために、喜んで這いつくばっているだけなので、感心されてもちょっと戸惑う。

 その日は、夕方まで這いつくばって、公衆浴場で汚れを落としてさっぱりして家に帰って就寝した。

 翌日、待望の連絡がやってきた。

 ハウト男爵からの、ゴールドの用意できてるから取りに来い、という連絡である。

「ははっ、早速今日うかがいます。ふへへへ」

 ケイトは言うまでもなく上機嫌である

「よーし、飯食って少し休んだら行こうぜ」

「ああ、そうだな」

「んで、そのまんま金を預けに行こう」

 既述のごとく、ゴールドは硬貨なのでかさばる。それにあまりにも大金を家に置いておくのは危険もあるので、それを預ける。

 金を預けると聞いて、恵一が思ったのはもちろん銀行である。

 だが、話を聞くと、恵一の頭の中にある銀行とは少し違い、純粋に金を預かってくれるという面が強く、それをまた人に出資して運用して、などということはやっていないようだ。

 それゆえ利子などもなく、むしろ預かり料金として少し取られるぐらいだ。それでも家に置いておいて盗まれたりする危険を思うと、二万ゴールドともなれば預ける方がよいとケイトは言っている。

「ふー、二万ゴールドも入ってくるし、あの連中との縁も切れたし、どんどんいい方向に転がってる感じだな。それもこれもケーイチのおかげだぜ」

 笑いながら、ケイトが背中を叩いてくる。

 手荒いが、こういうあけっぴろげな感謝はやはり受けていて心地よい。

「よし、ちょっとウンコしてくんわ」

 そう言って、ケイトは出て行った。

 家のすぐ近くに公衆便所があり、そこへ行ったのだ。

 水洗というわけにはいかずに汲み取り式であり、そうなるとさぞや悪臭がきつかろうと恵一などは最初はそれなりに覚悟して行ったのだが、思ったほどではなかった。

 なんでも、臭いを消す魔法が公衆便所に施されているらしい。一日一回、契約を結んだ魔術師が回ってきて魔法をかけているとのことだ。

 そういうインフラ的なことに魔法が使われているというのが、恵一にとっては意外でもあり、聞いてみれば納得できることでもあった。

 恵一としては、魔法といえば治癒魔法に並ぶそれは攻撃魔法だと思い込んでいた。

 ケイトが言うには確かに火を出したり、対象を急速に冷却するような、恵一のイメージする「攻撃魔法」な術は存在する。

 しかし、ある程度――レベル10以上――のレベルの術者が使用しないと人体にダメージを与えるような威力にはならないらしい。

 それなら武器を振った方が戦闘では手っ取り早いし確実である。

 もちろん高レベルの者が使えば、その威力は正に恵一がゲームなどからイメージしていた「攻撃魔法」であり、屈強だが肉弾戦専門の戦士複数人と魔術師一人で渡り合えるそうだ。

 だが、とりあえず身近な魔法といえば、なんといっても治癒魔法と、それからこういったインフラ的に使用されている魔法である。

 ケイトも、できれば火の魔法は覚えたいらしい。料理の時とかに火を起こす手間が激減して便利だからだ。

 冷却の魔法なんかも、食物の保存に使えそうである。

 せっかくこういう魔法の存在する世界に来たのだから、いっちょ自分も覚えてみようかと思っている。

 だがケイトによれば、魔術師に弟子入りするか、それ用の学校があるのでそれに通うか、とにかくある程度の高さのハードルがあり、ちょっと今の状況では弟子入りも通学もできかねるので、この世界にいる間に魔法の一つも、と思いながら実現は先になりそうだ。

 そして、こんなことを考えていると、思い出されるのはオカルト好きな妹のことだ。絶対に目を輝かせるはずだ。

 対人関係に関心が薄く、感情自体も薄いように見える我が妹だが、そっち方面のことになると好奇心をあらわにする。

 ふと、荒唐無稽なことを考える。

 自分が元の世界に帰るのとは別にして、あいつをこっちに呼べないか?

 目を輝かせて魔法を習得しようと励む妹のことを想像すると、頬が緩む。

 もちろん、ただの想像だ。呼べる方法があるとしても、呼ぶわけにはいかない。第一、自分がいなくなって悲しんでいるであろう両親から妹まで奪うわけにはいかぬ。

 もし、戻る方法がわかっていたとしても駄目だ。

 妹のことだから、一度こっちに――魔法の存在する世界に来てしまえば、もうなんとしても帰ろうとしない恐れがある。

 ま、そんなことより、自分が帰る方法だ。

 そんなことを思っていたら、アンが尻尾で叩いてきた。

 叩いてきた、といってもふわふわとした毛が生えている尻尾なので、痛くはない。

「誰か来てるぞ」

「ん、ああ、そうか」

 獣人の優れた聴覚で気付いたが、動くのが面倒臭いので尻尾で恵一を叩いたようだ。

 いそいそと出て行くと、確かに家の扉を叩く音がする。

「はいはーい、今出ますよー」

 言いながら、扉を開けた。

「すいません。今、ケイトは……」

 こちらに来て日が浅い恵一と、この家に住み始めて日が浅いアン。

 この二人を訪ねて来る者など考えられなかったので、当然来客はケイトの客であろうと思っていた。

 だから、ケイトはトイレに、と言おうとして恵一の言葉が止まった。

 一応アレでも女の子である。トイレに行ったとか言わない方がいいかな、と思って言葉が止まったわけではなかった。

 正直、一応女の子であるが、その類の気遣いをする必要の無い女の子と認識してしまっているのである。

 だから、恵一の言葉が止まったのは、それが理由ではなかった。

「ごめんやっしゃ」

 理由は訪ねてきた人間であった。

 ケイトよりはやや背が高いが、比較対象がかなりちっこいので十分小柄と言える身長の少女だ。

 肩に触れるか触れないかぐらいのところに髪の先端が来ている。セミロングというやつだろうか、と恵一は乏しい知識で思った。

 顔立ちは……美人かとか可愛いかとか、その逆だとか。

 そういうことを思う以前の問題というか――。

 正に、それが恵一が言葉を継げなくなった理由なのであるが――。

「……ああ、私の顔についてはお気になさらず」

 少女は、言った。

 その顔は、とにかく、顔色が悪かった。

 頬はこけているし、クマが目に色濃く浮き出ている。

 気にするなと言われても気になる。どう見ても重病患者なのだ。こんな普通に表を歩いていていいのだろうか。

 恵一の感覚では、こういう顔をした人間は病院のベッドの上にいるものだ。この感覚、決して間違っていないと思う。

「ケイト・カリーニングさんはいないのですか?」

「え、ああ、いや、ちょっとトイレに行ってるだけで」

 少女は、後ろを振り向いて、そこから見える位置にある公衆便所を見やった。

「そうですか。それでは、中で待たせてもらいます」

「え、あ、はい、どうぞ」

 ケイトの知り合い……のようには思えなかったが、あまりにも顔色が悪いので、ここに突っ立たせておいたらいかんのではないかという気持ちが強く、とりあえず中で座ってもらおうと、恵一は彼女を招き入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ