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始業式みたいな感じ

 王都へ帰ってきてから三日が過ぎた。

 その間、恵一たちは完全にだらけきっており、もうケイトも恵一もギルドに行こうという以前にろくに外出する気配すらない。

「こんなことじゃいかんね」

 と、ケイトは言うのだが、そう言った直後に昼寝している有様である。

 先日のミレーナというかハウト男爵からの仕事で合計二万ゴールドの大金を得たのが、勤労意欲を著しく損なうことになっていた。

 とりあえず、すぐに利子が払えないということにはならないのだ。

 とは言っても、まだまだ借金完済ではないのだから、このままではいかんのはケイトだってわかっているはずなのだ。たぶん。

 恵一も、少しはまずいなあと思っているので、明日辺り、ケイトに言って野草摘みにでも行こうと思っていた。

 いきなり気張られて、またハードな仕事とってこられても困るのだ。まあ、野草摘みぐらいから体を慣らしていったらいいんじゃないかな、やっぱりほら始業式なんかも、授業無いじゃん、ウン。

 で、まあケイトを説得して野草摘みで得た収入を酒代に使わせてもらおう。

 そんな感じで、よし明日からやろうと思いつつ恵一も昼寝していると、突如叩き起こされた。

「んん? なんだよケイト、もう夜か?」

「そうじゃないけど、とにかく起きてこい。あ、身なりちゃんとしてな」

「はあ」

 身なりをちゃんとしろ、などという言葉を少なくともこの家の中では聞いたことがない恵一は、それでも言われた通りにして部屋から出て行った。

「お邪魔してます」

 口の中になんか入っていたら間違いなく噴出していたところだ。いつも飯を食っている台所兼食堂に、ミレーナがちょこんと座っているのだから。

「あー、お嬢様、これはこれはどうも」

 身なりをちゃんとすることの意味をようやく悟りつつ、恵一は頭を下げる。

 一通りの挨拶を済ませて、本日はどのような用向きでやってきたのかを尋ねる。確かにいつか一緒に遊びに行こうと約束はしていたしケイトの家も教えてはあったのだが、帰ってきてからまだ三日である。

「実は、今日は調印の仕事を終えて戻ってきた挨拶と、それと色々と助言をいただいた御礼も兼ねて、姫様に会いに行くのです」

 と、ミレーナはアンの尻尾をこねくり回しながら言った。

 そういえば、恩人たる恵一に恩を少しでも返すのに、護衛という名目で彼を雇ったらどうかとミレーナに提案したのは、その姫様であった。

 いわば今回のことで色々稼がせてもらったのは、その姫様のおかげであるとも言えるので、こちらこそ御礼の一つもしたいところである。

 だがまあ、この国のお姫様なのだから、会うことすらかなうまい。

 と、思っていたのだが、

「それで、姫様が都合がつけば是非ともケーイチさんたちを連れてくるようにと」

「ほうほう、それはそれは」

 恵一が何か反応する前に、ケイトがずいずい乗り出している。

 ケイトにしてみれば、国の王女と多少なりとも繋がりができれば、今後どのように転んでゴールドの種になるかもしれぬのだから乗り出しもするだろう。

 一方の恵一としては、畏れ多い――というかそんな偉い人に会うのは億劫である――ので拒否したいなというのが正直な思いだった。

 しかし、よく考えてケイトとはまた違った利益を期待して、話を受けることにした。

 恵一の得たい利益とは、情報である。

 相手は一国の王女だ。しかもミレーナによると、王城の奥深くで静かに暮らしているのではなく、大臣と話もし、この国の統治に大いに関わっている、すなわち為政者の一人である。

 そうなると、持っている情報量はその辺の庶民などと比べるとそれこそ桁違いだろう。

 魔王に備えよと主張し活動している団体のことも、もしかしたら何か知っているかもしれない。

 今のところ、この話の出どこはイリアだが、彼女は王女の護衛である。王女からその話を聞いたということもありえるのだ。

 こんな機会はそうそうあるまい。逃がす手はない。

「姫様のお望みとあらば喜んで参りますぜ。な、ケーイチ」

「うん、そうだね」

 ならば、ということで王城へ行くことになったのだが、さすがに格好がまずい。王女に会うといっても、正式な謁見のような格式ばった形ではなく、友人のミレーナが連れてきた随員という扱いになるのだが、それでも庶民丸出しの格好しかしていないし、そういう服というのは持っていない。

 そこで、ミレーナから借りることにした。それなりに華やかな衣装に着替える。

 いつもはそうは見えないケイトも、やはり女の子であるからして初めて着る華のある服にウキウキしているようだ。

 対して、なんか着心地悪そうなのはアンである。ずっと森で暮らしてきた彼女は服装などは機能性のみが重視するべきポイントであり、見た目の華やかさなどどうでもいいと思っているし、そもそもケイトのようにそういう服を「華やかな服」と認識する精神的土壌からして無いのだ。

「うー、尻尾が窮屈」

「だははは、我慢しろ、我慢」

 アンが出会った時に来ていた服は、尻尾を出せるように穴が開いていたし、こっちに来てからはケイトのお下がりに穴を開けて着ていた。

「すいません。ちょっと獣人用でサイズの合うものがなくて」

 ミレーナが申し訳なさそうに言う。

 既に述べたように、獣人族というのは蔑まれているような一面も確かにあるのだが、これを家臣とする貴族も多いことから、いわばそういった場で着用する服の中にはきちんと獣人用に作られているものもあるらしい。

「よし、しょうがねえからスカートにしろよ。パンツは履くな」

「お、これはいいな」

「尻尾前に出せよ。それじゃスカートがまくれ上がってケツ見えるぞ」

「うー、前? こうか?」

「おう、そうそう」

 アンはケイトに言われて、尻尾を股をくぐらせて前に出すようにした。

 ちなみに、その場から恵一は締め出されているので、声だけが聞こえてくる。まあ、正直ミレーナならともかく、ケイトとアンの着替えなどは、一応二人とも恵一の目の前で堂々とするわけではないが、なんかの拍子に目撃してしまっても別段怒られもしないし恵一の方でも興奮もしない。

 幼児体型のアンはともかく、それなりに女性っぽい体つきのケイトに対してそうなのは我ながら不思議ではある。恵一とて、人並みに異性に興味のある十七歳男子ではあるのだが。

 たぶん、初対面から今に至るまで、身体的特徴以外の部分で全く女性を感じさせないケイトの振る舞いのせいであろうと思う。

「おう、お待たせ」

「ああ」

 既に恵一は着替えていたので、ケイトたちの着替えが終わると早速出発した。

 非公式な登城なので、表の門ではなく裏口のようなところへと回った。ミレーナはすっかり慣れたものでとっくに顔見知りらしい門番と一言二言交わすと、すぐに中に招き入れられた。

 最初の門をくぐると、そこは厩舎や兵舎が並ぶ一角となっていた。ミレーナは迷い無く進み、また新たな門へと来ると、門番と話して通してもらう。

 幾つかの門をくぐる。そして、その回を追うごとにやはり警戒は厳重なものとなり、最後の門においては、明らかに顔見知りらしい門番なのだが、杓子定規とも言えるほどに事務的な確認を幾つも行った。

 ミレーナはそれにすら慣れているようで、すらすらと答える。

 初めて見る顔である恵一たちについても、もちろん尋ねられたが、姫様のお招きがあってのことであると言うと、通してくれた。

 通してくれた、と言っても、そこからすんなりと王女に会えるわけではない。さらにそこで少し迎えが来るのを待たされた。

「お待たせしました」

 やがて、イリアが迎えにやってきた。

「だが、もう少しお待ちいただきたい。前の用事が押しておりましてな。今日はゆっくりとお嬢様たちとお話できると姫様も楽しみにしていたのですが……この後にも用事が入ってしまいまして、残念ながらあまり長時間はお会いできないのです」

「あ、いえ、お忙しい中にお時間を作っていただき、それだけで感謝いたしております」

 恵一たちは、黙っていた。面識のあるイリアの顔を見て安心してはいるのだが、それでも王城内の雰囲気に押されている。

 だが、あくまでも雰囲気に押されているだけで、意外に恵一は少し落ち着いていた。話には聞いていただろうがまったく初めて見るであろうケイトと、話に聞いたこともないアンは、その豪華絢爛な内装などに圧倒されているが、恵一は自分で足を踏み入れたことはないといえども、世界でかつて栄華を誇った王朝の宮殿が、現在では美術館などの公共施設に利用されているものの映像や写真などを見たことがある。

 正直、それのもっとも豪華な部類のものに比べれば、けっこう落ちるという印象は拭えず、二人ほどには衝撃を受けていない。

 それでも我が目で見たことはないので、物珍しくそれらを見ていたのだが、それに飽き始めた頃に、再びイリアがやってきた。

 彼女に着いていくと、ある部屋に通された。扉はそれほどに大きくはないし、中もそれほどに広くはない。

 おそらく、ここは王女の私室なのだろう。

「お連れしました」

 イリアが一礼した先に、椅子にくつろいだ様子で座る女性がいた。

「ようこそ」

 にっこり笑ってそう言った女性の第一印象は、可愛らしい少女だな、というものであった。

 自分が美人のミレーナが美人だ美人だと言うから、まあなんだかんだでけっこう美人なんだろうなと思っていたのだが、その印象とはだいぶ違う。

 可愛らしい女性――というか、可愛らしい女の子、と言った方が適当か。

 そう、ミレーナの三つほど上だということと、政治にも関わっているということから勝手に大人の女性をイメージしていたのだが、実際に会ってみると、下手するとミレーナよりも年下に見えるような少女なのだ。

「姫様、本日はお招きいただきありがとうございます」

 ミレーナが、丁重に頭を下げる。格式ばった挨拶だが、儀礼的ではない笑みが伴っており、王女との仲が気安く良好なものであることが伺われた。

 王女は挨拶を受けて頷くと、早くも好奇心を押え切れぬように、視線を恵一にと走らせた。

「こちらが、以前お話しておりましたケーイチ・アマモト殿です。そちらがケイト・カリーニング殿、そちらがアン殿」

 自分たちの名前に殿などと敬称をつけられるのに慣れていない三人は、なんだかバツが悪そうである。

「お話は聞いています。さあ、どうぞ。ミレーナの友人ならば、私の友人も同然ですわ」

 ぱっと晴れやかな笑顔で、王女は言った。

 椅子をすすめられて、座る。

「ああ、私ったら、名乗るのを忘れていました」

 おかしそうに笑う王女。自分のことを知らぬ者などいない環境で生きていると、そういうことを失念しがちなのかもしれない。

「メリナ・ヤシュガル。……本当はもっと長いのですけど、王女のメリナと覚えておいてくださればそれで大丈夫ですわ」

 屈託なく笑う。

 さっきから笑ってばっかりいるが、正直、何がそんなに楽しいのかというぐらいにご機嫌がよろしい。

 茶と茶菓子が運ばれてきたので、それを摘まみつつ、ミレーナが王女へこの度の一連のことを話すのを聞いていた。

「リアントゥムの……リアッセとは子供の頃に一度だけ会ったことがありますが、そうですか、そのように逞しく成長していましたか」

 リアッセの名前が出ると、メリナはそう言って感慨深そうに感嘆した。その声の響きから、彼女が頼もしさを感じていることがわかる。

 王家の者として、あそこの家は色々問題起こしたりもするけど、王家には忠実であるというのは知っているのだろう。

「まあ、なんにせよ丸くおさまってよかった。両男爵家が戦争になどなったら大変なことでした。アマモト殿、私からも感謝いたします」

「は、あ、いえ、どうも」

 いきなり王女さまに感謝などされては、あまりそういう行為に値することをやったという意識の無い恵一は恐縮を通り越して戸惑わざるを得ない。

 実際のとこ、力の制御を誤って、危うくリアッセを殺してしまいかねなかったのだからおさめるどころか事態を悪化させていたかもしれないのだ。

「姫様、そろそろ……」

 控えていたイリアが言うと、メリナはあからさまに落胆した。

 はじめは緊張していたものの、メリナがその見た目も含めて思っていたよりも親しみやすい王女さまだったこともあって、時間を忘れていたが、そういえば先程この後に予定が入ってしまっているとイリアが言っていた。

「はぁ……それでは、お仕事に戻りますわ。……ミレーナ、それとお三方も、またいらしてくださいね」

「はい、是非」

 いくら親しみやすいと言っても相手は一国の王女である。そうそう何度も会いたいとは正直思えないのだが、せっかくこのようにおっしゃってくださっているのだから、深く頷いておく。

 それと別に、ちょっと仕事に戻ると言った時のメリナが、思わず息を飲んでしまうぐらいに暗さを見せたことが、彼女を労わる気持ちを生じさせていた。

 ミレーナよりも年下に見えるメリナ王女だが、その時だけは逆に実際の年齢よりも遥かに上の、老いすら感じさせる疲労感に満ちていた。

「イリア、次の予定はなんだったかしら」

「はっ……次は……」

 部屋を出る間際に聞こえたイリアとの会話では、声は弾み、溌剌とした生気を感じさせた。疲労感など吹き飛んだかのように。

 帰りの途上、一同あまり会話が無かった。

 ミレーナが、ぽつりぽつりと、病で父王が伏せってから一年、重臣連の補佐と重要なところでは病を押して出張ってくる父に助けられつつも立派に国政を取り仕切ってきたメリナだが、今日はなんだか今までに見たことがないぐらいにお疲れのようだった、と言った。

「少しでも、息抜きの助けとなっていればよいのですが……」

 話に聞いていただけの恵一たちよりも、よく知っているミレーナの方が先程の王女の様子はショックだったらしい。

 そのことからも、あのような疲労感を少なくともミレーナに見せたのは初めてであることがうかがえる。

「いや、大丈夫ですよ。王女さま、とてもよく笑っていたじゃないですか」

 ミレーナを慰めんとして恵一は言ったが、嘘ではない。

 実際に、ミレーナと話している時のメリナは、なにがそこまでというぐらいに楽しそうにしていたのだ。

 ミレーナを、ハウト男爵が王都に持っている邸宅に送り届けて、恵一たちも帰宅した。

「大変なんだろうな、王女って。……そりゃ、大変に決まってるよな」

 いつになく口数が少なかったケイトが、言った。

 ケイトは、この国で生まれ育った臣民として、メリナ王女のことを素直に尊敬していたし、二十歳そこいらの女が父の代理で王国を治めていることに感動し、王女を超人的な存在と認識していたらしい。

 だから、今日実際に会えるとなって舞い上がっていたのだが、実際に会ってみれば王女は疲れた体に鞭打つように政務をこなし、気の置けぬ友人との僅かな時間に一時の平安を求める一人の女性だった。

「あたし、あの姫様のためなら……いや、あたしが何できるってわけでもないけどさ」

 偶像の実像を知ってしまった時、崇拝が冷めてしまうことはよくある。

 だが、一方的な熱い崇拝が冷めた後に、必ずしも冷たい失望が来るわけではない。

 正に、今のケイトのように、実像に対する痛ましさに忠誠心や侠気を刺激されることもあるのだ。

 この王国に、正直なところなんの思い入れも無い恵一であるから、その気持ちはケイトよりは数段下がると言わざるを得ないが、それでもやはりあの王女の様子を見ては、なんとか助けになってあげたいと思う。

 まあ、もっとも、ケイトと同じで、なにができるというわけでもないのも嫌ってほどにわかってはいるのだが。

「うー、お菓子食うぞ」

 アンは、包んで持って帰って来たお菓子を開いて食べ始めた。

 ヤシュガル王国の領内の森に住んでいたとはいえ、王国への帰属意識などは無く、幼いゆえに王女の様子を見てもあまり感じるところが薄いようで、それよりはお菓子である。

「ああ、そうだな、食おう食おう」

 ケイトとて、いつまでも沈んでいる子でもないので、アンが美味しそうにお菓子を食べ始めると、全部食われたらたまらんとばかりに摘まみ始めた。

 恵一としては、時間がなく、その短い時間はミレーナの話に費やされてしまい、本来の目的であった魔王に関する団体について聞けなかったのが残念であった。

 またいらしてください、というのを馬鹿正直に信じていいものかどうか。

 ただ、王女が君臣の壁を越えた友情をミレーナに感じているのは事実のようだ。そのことは二人の様子を見ていてよくわかった。

 ゆえに、ミレーナはちょいちょいお招きに預かるであろうし、その時に彼女に随行すれば王女も会うのを嫌がりはしないだろう。

 ちょっと、今日は考えが無さ過ぎた。

 次に会える機会があったら、あらかじめミレーナに、失った記憶の手掛かりかもしれぬ魔王云々について、王女さまに聞いてみたいと話を通しておくべきだろう。

 そうすれば、ミレーナは自分のことは後回しにしてでも、そのことを聞いてくれるに違いない。

 それとは別に、かねてより考えていた酒場で旅人に情報を聞こう作戦のために、金出してくれるようにケイトに頼んだらすげえ渋い顔をされた。

「あんま意味無いんじゃないかな。別にあたしはゴールドが惜しいんじゃないんだぜ」

 ホントかよと思わざるを得ない恵一であるが、ケイト曰く、旅人が必ずしも酒場にやってくるわけではなく、そうやって物欲しそうに酒場なんていうとこに行ったら恵一なんかはいいように搾り取られて、ろくな情報を得られないのがオチだというのである。

 言われれば言われるほどそんなような気もしてくるが、かといって他の考えも浮かばないし、王女さまに次に会えるのはいつのことやらである。

「まあまあ、そのうちなんとかなるさあ。とりあえず、あたしの借金返すまでは記憶とか手掛かりとか、まあ、いいじゃないか」

 よかねえ、とは思うのだけれど、なにしろケイトは我が身を売るか売らぬかという瀬戸際の問題である。

 恵一が、記憶の手掛かりが見つかったと言ってどこか行ったりしたら非常に困るのだ。

 ケイトのそういう立場がわかっているので、恵一もあまりその態度を咎める気にもなれない。

 というか、そこでそう思って自分が引いてしまうということは、どうしても自分の中で元いた世界に帰ることの優先順位が、いまいち高くならないということであった。

 もしも帰れる方法が目の前にあっても、即実行できるかどうかは自信が無い。

 どうしても、このまま自分が帰ったらケイトが大変なんではないか、とか思ったら実行できそうにない。

「そうだな……とりあえずは、借金返してからの話だな」

 実際のところ、ケイトという人間と深く関わり過ぎた。

 少なくとも、彼女の抱えている借金問題を解決してからでないと、元の世界に帰る気になれないというのが本音である。

「おう、そうだよ恵一、恵一はさすが義理堅い男だよ」

 ケイトが安心した表情で言うのに、恵一は頼りにされている喜びを実感していた。

 元いた世界ではまったく感じることのなかったそれが、恵一を縛りつけているものなのかもしれない。

 ごく普通の、なにも突出したところが無い高校生であった恵一は、特に誰かに頼りにされるという経験が無かった。

 一応、妹がいたのだが、兄を頼るということをしない子だった。

 妹の有海については、兄としてはちょっと他人に関心無さ過ぎではないか、もっとこう友達とか作った方がいいのではないか、と心配してはいたのだが、当の妹が全くそのことを意に介さずに生きていて、恵一が一人で勝手に心配していたに過ぎなかった。

 あんなんでは、イジメにあうのでは!? とか思ったこともあった。

 実際には、全くそういうことが無く、友達がいないくせに、クラスメイトとはそこそこ上手く付き合っていたようだ。

 それに対してケイトは、基本命の恩人であるぞと上から目線ではあるが、思い切り頼りにしてくるし、恵一がいなくなったら困るぞ、という態度をあからさまにするし、恵一が仕事などをやり遂げれば手放しで褒めてくれるしで、

「しょうがないなあ、やってやるか」

 という気持ちにさせてくれる。

 いや、なんかまんまとハメられて利用されてんじゃねえか、というのはわかってはいるのだが、なにしろその動機が切羽詰まったものであり、ケイトのような年頃の少女がそのために必死になるのも頷けるものなので、あまりそれを非難する気にもなれないのだ。

 いや、わかってはいるんだけどさ、ケイトの事情も考えると、その手に乗ってやってもいいんじゃないか、ってことである。

 完全に騙されていれば、騙されていることが判明した時点でおしまいである。

 しかし、わかってはいるんだけど……という状態は、人間なかなか抜け出せないものなのである。

 というわけで、借金返済までは、仕事して稼ぐことに専念する。もちろんその過程でなにか情報が得られそうならば躊躇する理由は無いが。

「で、借金返すんなら、仕事しないとな」

「……うん」

 ここ三日、ギルドに顔も出さないでゴロゴロしていたが、いよいよ重くなった腰を上げる頃合いだろう。

「おし、明日ギルド行こうぜ。いい仕事あるといいな」

「ああ……あんまハードなのは止めとこうな」

 それはそれ。明日は始業式みたいな感じで軽く済ましたい。 

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