決闘2
「おっ」
両手で剣を握って構えた恵一を見て、リアッセは面白そうに笑った。いや、彼女はある意味、ずっとそういう笑みを見せてはいるのだが。
さすがに、こちらから打ち込むのは無謀が過ぎる。
リアッセが次に何か仕掛けてきたら、それに合わせて上段も上段の大上段で斬りかかってやる。
そう思って待ち受けていると、リアッセもまた上段に構えた。
それなりの覚悟を感じ取っているはずだが、やはりまだ余裕綽々な様子が見て取れる。
前に出てくる。
普通に打ち込んでくるか……。
いや、さすがにそこまで芸の無いことはするまい。もうこの決闘もはじまって幾らか経った。リアッセの方では恵一の力量技量をある程度は把握しているだろう。
そろそろ、勝負を決めに来るはず。
ならば、上段からの変化――
いや、考えまい。
恵一は、開き直って思考を放棄した。
何があろうが、もう次のリアッセの仕掛けに応じて、渾身の一撃を見舞うことに決めたのだ。
なぜそう決めたかと言えば、あれこれ考えても、結局、簡単にその裏をつかれたりするであろうと思うからだ。
「負けても死にゃしねえ」
勇ましさには欠けるその言葉を、呟いた。
ケイトには悪いが、やっぱりこの時この場では絶対勝つとかいうよりも、こちらの言葉の方が心強い。
待機してる治癒士の先生頼みます。いや、ホント頼みますよ。
お嬢様……やっぱり勝つのはちょっと難しいです。でも、やれるだけはやってみます。
ケイト……二千ゴールドでいいよな。二千ゴールド言ったら大金だよお前。
アレンさん……馬車ちゃんと用意してるんだろうなあ。
教えてくれた人たち……今も罵倒と区別がつきにくい声援ありがとうございます。
リアッセは、変化。
上段から、斬り下ろさずに剣を横に向けて切っ先を回して横薙ぎに胴を狙ってきた。
だが、その変化には、当然のこと、その分だけ上段をそのまま斬り下ろすよりも時間がかかる。
その間隙は、リアッセの行動を見てから自らのそれを起こすために、どうしても一瞬遅れる恵一に対して、その遅れを補って余りある時を与えた。
「えっ」
リアッセが、はじめて困惑を見せた。
恵一は、果たしてこの変化に対応できるか?
それしか考えていなかった彼女にとって、この恵一の対応――対応らしい対応をせずに踏み込んで剣を振り下ろしてくる――というのが予想外だったからだ。
リアッセは仰け反って頭への直撃を避けた。
もちろん、恵一の胴への攻撃など放棄だ。
タイミング的には、両者相打ちの可能性が高かったが、胴と頭では直撃した時のダメージが違う。
手応えはあった。
直撃ではないが、確かにものを打った感触が振動となって、木剣から恵一の手に伝わってくる。
剣の先端部が、仰け反ったリアッセの頭をかするように当たったようだ。
リアッセは仰け反った体勢で一撃を打たれて、そのまま後ろに倒れてしまった。
追撃――と思って、この決闘のルールを思い出す。
イリアが右手を高々と上げると、銅鑼の音が響き渡った。
カウントはてっきりイリアが声に出して行うかと思っていたのだが、こういうシステムになっているらしい。
起きてくるな。と、恵一はそればかりを念じた。
正直、手応えは十分とは言い難く、きっと起き上がってくるだろうとは思うのだが、だからこそ、なんかの拍子にこっちが思ってたより大ダメージで立ち上がれないとか、そういうことになって欲しいと念じた。
「ったあ」
恵一の祈りも虚しく、リアッセは立ち上がってきた。
頭のどこかから出血したらしく、赤い筋が額から鼻梁の脇を通って唇の端にまで達している。
銅鑼の音が三つを数えた頃に、彼女は完全に立ち上がりイリアに向けて大丈夫だというふうに手を上げた。
イリアの右手が下がり、音は止んだ。
「やるわねえ」
血の筋で亀裂が入ったようにも見える顔を笑み崩れさせて、リアッセは向かってくる。
殺気――は来ない。
そういったものに触れるのは、当然のことであるが恐ろしい。目の前の相手が自分を殺そうとしているのだと感じることなど、恐ろしくないわけがない。
だが、恵一としては、やはり技量と経験で及ばぬ以上、自分がリアッセに勝てるのはあの謎の力によるしかないとも思っている。
それゆえに、それは恐ろしいから来ないで欲しいと同時に、自分の力を覚醒させるスイッチである可能性があるので、そうなったら勝てるかもという希望を抱かせる元にもなっている。
負けてもいいや死にゃしねえ。
とは思いつつも、やっぱりどこかに勝てるものなら勝ちたいという気持ちも、ある。
ミレーナにいいとこ見せたい、というだけでなく、できるなら勝ってより多く報酬を貰ってケイトを喜ばせたいというのもあるし、自分に色々教えてくれた人たちの、罵倒紛いの声援に応えたいという気持ちだって無いわけではない。
ごくりと唾を飲んだ。
一つの戦法――と呼べるかどうか――を思いついたからだ。
それをやるのには、少し抵抗がある。
まず、思ってもいないことを言わねばならないこと。
そして、その結果が絶対確実に予想通りにいくとは限らないこと。
「ふん、思ってたよりやるわね」
リアッセは、言いながら打ち込んできた。
強力で的確な攻撃だが、やはり踏み込みが浅い。先の恵一の一撃が心に効いている。恵一が打たれるのに合わせてあたふたと対応しているばかりでなく、時に相打ち覚悟の捨て身で反撃に転じてくるのだと認識したのが大きい。
だが、それはすぐさま勝負を決するような攻撃が来ない代わりに、隙が少なく表面から削り取っていくようにダメージを与えてくる戦法への転換を意味しており、それはそれで恵一は対応するのに手一杯であった。
対応も、完璧にこなせているとは言い難く、致命的ではないものの、体の各所に攻撃を貰ってしまっている。
やはり、ジリ貧だ。
先の一撃で決められなかったことにより、負けを先送りにはできたが、それだけだ。
となると、やはり一縷の望みを託して、やるしかない。
恵一のやろうとしていることは、単純なことである。
謎の力の発動条件を、相手からの殺気であると仮定した上での作戦であるから、やることは一つである。
殺気を持たせる。
すなわち、こいつを殺してやると思わせる。
つまりは、挑発だ。
恵一の性格として、あまり気が進まぬ方法である。
まず、殺気なんて放たれるのは純粋に怖くて嫌だ。
それと、挑発するといっても、そういう相手を怒らせることを考えつく能力はあまり無い恵一である。
それゆえに、それなりに重大な決意を秘めて、勝つためだからしょうがないのだと自分に言い訳しながら放ったのが、
「おい、ブス」
だったりする。
「はあ?」
で、リアッセの反応もあんまり芳しくない。
女性に対する最大限の侮辱の言葉はそれしかあるまいと思って、ちょっと言い過ぎか、彼女の心を傷付けてしまうのではないか、と思いながら言ったのにこの反応である。
「ブスって言ってんだ、ブスって」
「うん」
念のために、もう一回言ってみたが、別段リアッセは怒っている様子ではない。そういう冷静な感じでやられると非常に困る。
「つまんない挑発してんじゃないわよ」
ちょっと、興が失せたとでもいうような顔で、リアッセは言った。
「ちょ、挑発じゃないですよ」
「挑発でしょうが」
もう、全く通じていない。
「私は美人なんだから、ブスなんていくら言われてもなんとも思わないわよ」
そ、そういうもんですかぁー、と恵一は思わざるを得ないわけだが、実際のところはむしろ美人ほど言われたら怒ったりもする。
だが、リアッセは完全に揺るぎなくそう思っているので、何言われても動じないようである。
ただの一言で語彙が尽きた恵一は途方にくれた。
あとはもう、馬鹿とかアホとかそんなレベルの罵り言葉しか思いつかない。今更そんなの言ったところでリアッセは全く何も感じないだろう。
女性への罵倒なら容姿に関するものだろう、という考えを捨てて、というか捨てざるを得ないので、必死に他の挑発を考える。
はっきりいって、そういうのに向いていない恵一であるが、相手が誇りとするものを傷付ければいいということはわかる。
それだから、気は進まないのだ。
リアッセの誇るところは……おそらく自分と家の武勇であろう。
だが、その辺りをおとしめて挑発したところで、実際に武器を持って対峙しているのだから、そう思うんならかかって来んかい、と言われるだけだろう。
「もう、打つ手無しなようね……なんか最初っからそうだった気もするけど」
恵一に対する興味を失ったリアッセは、さっさと勝負を決めようと遊びの無い攻撃を繰り出してくる。
これまでの彼女の攻撃は、決して手抜きではなかった。
明らかな牽制の攻撃を除けば、どれも油断して急所に貰ったら一撃で決着がつくような威力を帯びていた。
だが、どこかに恵一のお手並み拝見という「遊び」が見られた。
それが無くなり、速やかに恵一を倒そうという攻撃が連続して放たれてくる。
恵一は、それを凌ぐのに、必死に剣を振り、後退し、後退しきれぬ場所まで追いつめられると無様に転がって逃げた。
挑発作戦は、諦めた。というよりも諦めざるを得なかった。
攻撃を防ぎかわすのに精一杯で、とても気の利いた悪口雑言など思いつかない。
「こいつ!」
リアッセに僅かに焦りが見えた。ほんの僅かなために、隙と言えるほどのものは生み出していないし、当の恵一がそれに全く気付いていなかった。
だが、確かにリアッセは焦っていた。
恵一の技量をはかり、力を引き出し、もうこいつの限界はこの辺か、それならばもう面白くなりそうもないからやってしまおう、と、そう思ったからリアッセは勝負を決めようとしたのだ。
逆に言えば、彼女はいつでもやろうと思えば恵一をやってしまえると思っていた。
それなのに、いざ終わらせようとすると、恵一が意外にしぶとい。
防御も、回避も、無様である。
攻撃などできる余裕も無さそうだ。
最初は、その無様さを内心嘲笑った。
だが、トドメが刺し切れない。
浅い攻撃は幾つか当てているが、恵一は致命傷は逃れている。無様にだ。
地面を転がって逃げる恵一を見下ろしている自分。
さぞや恵一が無様に、自分が悠然と見えるだろう。
しかし、彼女はもう決めようとして、そういう攻撃をしているのだ。
それでも決められないならば、無様なのは自分だ。
いつでも倒せると余裕こいてた相手を、いざとなったら仕留められない。
「殺して――」
無様な自分を彼女は許せなかった。
だから、恵一を殺そうとして――
「……いや」
思い止まった。所詮は、あれは雇われた男だ。仕事として自分ができる精一杯のことをやっているだけだろう。
恵一は、敏感にそれを感じ取った。
殺気――
待ちに待っていたものが来た。
恐怖と歓喜を表裏両面に浮かべて、剣を構え直した。
「あれ?」
で、その殺気が一瞬だけですぐ消えてしまったのも、感じ取った。
そして、リアッセは冷静そのものの顔で向かってくる。
もう、なんなんだよと思いつつ、恵一はこれを迎え撃った。
一合二合と打ち合い、なんとかサマになっていたのはそこまでで、後はまた無様な防御と回避が始まった。
恵一としては、激流に流されるままになっているような心持であった。
なんとかかんとか、防ぎ、かわし、転がって、負けていないという状態を辛うじて維持している。
ジリ貧なのはずっと変わらない。
このままでは、いつか疲労によって生じた隙に、強烈なのを急所にいただいておしまいであろう。
無我夢中で敗北を先延ばししている恵一だが、頭の中から、リアッセを挑発しようとかいう気持ちは元より、危なくなったらギブアップしてしまおうという思いすら無くなっていた。
とにもかくにも、なんとか凌げているのだ。
最初から逃げるのに比重を置いたような無様な戦い方だが、それでも凌げている。
一つ凌ぐ度に、ほっと安堵する。
その安堵は、充実感を伴っていた。
そうだ。この無様に逃げ回っているのに、恵一は充実を感じているのだ。
一つ、また一つ、また一つ、凌ぐ。
その変化はほんの僅かであったから、気付いた者はいなかった。
その場にいた中でもっとも手練れたるイリアですら、最初は漠然とした違和感を抱いただけであった。
だが、変化は徐々に大きくなっていき、遂に彼女の感知するところとなった。
――ケーイチ、随分と落ち着いているな。
決闘開始前からここまで、あからさまにできることならやりたくねえなあというオーラを放っていた恵一の、泳いでいた目が座り、リアッセの攻撃に時に過剰に反応していた挙措動作が、静かに重みを感じるものになっていた。
対して、リアッセは徐々に攻撃に焦りが見え始めた。
それが見抜けぬ目には、これまで押し気味に戦いを進めていた彼女が、遂に勝負を決するべく動き始めたとしか見えなかっただろう。
だが、やはりそれは焦りであった。
リアッセには、どうしてもこれまでの攻防によって、恵一の実力を低く見積もってしまった経緯がある。
自ら剣を打ち合わせて得た感触だからこそ、それに絶対の自信を持っており、今になってそこから外れた恵一への戸惑いもあった。
自信家ゆえに、自分の実力測定が間違っていたのでは、という考えをすぐに持てなかった。
そこへと思いが到り、恵一の実力を正真正銘のレベル10――すなわち自分に匹敵するものであると虚心に思うことができれば、リアッセは戦法を改めたであろう。
まずは一旦退き、心を落ち着けて、対等の実力者と向き合うつもりで剣を合わせたはずだ。
自分のツメが甘いのだ。
リアッセは、そう思ってしまった。恵一の実力についての認識が変わらぬ以上、ここまでトドメを刺そうと打ち込んでも恵一を倒せぬのは、自らの側に理由があると考えるしかない。
この場合、彼女が必勝を期するならば、変化は必要無かった。
そのままで、いいのだ。
そのまま、隙を最小にした上での、強力な倒す気の攻撃を繰り出し続ければいい。
恵一は、無様に逃げるだろうが、逃げているだけではそのうちに限界が来る。
普通に剣を振って攻撃しているだけのリアッセに比べて、転がって逃げたりしている恵一は、明らかにスタミナ消費が激しい。
そこからいつか隙が生じるに違いなく、そこへ満を持して打ち込めば、それでいい。
だが、リアッセはそのような確実だが、時間のかかる戦法を採ることを「恥」と感じていた。
恵一を対等の相手と考えていれば、絶対に生じ得ぬ感情である。
もちろん恵一は、そのようなつもりはなかった。初めての決闘にあたふたと対応していたら、それをリアッセに圧倒的に経験不足であり弱いと、凄く正しい認識をされてしまっただけである。
そう、正しいのだ。やはり恵一はリアッセに比べて経験が不足しているのはどうしようもない事実だ。
だが、正しいからこそ、リアッセはその正しい認識を通じて、いつまでも恵一を倒すのに時間をかけているのは恥ずかしいことである、という思いを抱くのを止めることができなかった。
これまでのことでわかるように、彼女は荒々しいように見えて、いや実際に荒々しい人柄ではあるのだが、ただの雇われた人間を必要以上に痛めつけることはよしとしない。
だが、恥という、彼女が最も嫌う感情が一線を越えさせた。
気合いを入れて、踏み込んだ。
恥を厭う感情。
自分の無様さへの怒り。
そして、そんな事態の原因である恵一への怒り。
それらが凝縮した一撃を放つ時に、それでも不思議とその瞬間にリアッセの心は澄んでいた。澄みながらも、その心には殺意が宿っていた。
澄んだ殺意は、澄んだ殺気を放った。
本当に、本気の攻撃を生きた人間に対して送り込む。
その攻撃に本気であればあるほど、殺気は自然と出た。
そこで、殺気を出さずに最高の攻撃を繰り出せるほど、彼女は器用な人間ではなかったし、裏表のある人間でもなかった。
恵一は、とにかくその時、余裕が無かった。
その直前の攻撃をかわすために、倒れかかっている状態であり、もうこのまんま転がってしまおうかと思っていたところである。
当然、反撃など考えてもいない。
だが、リアッセが剣を振りあげたまま、制止していた。
逃げないとやられる!
とは、もちろん思った。だが、リアッセの動きが遅い。
今、剣を振れば、彼女の左脇腹を叩くことができる。
恵一は、咄嗟に剣を振った。
不格好な体勢からの、剣を振って当てるだけの一撃。
おそらく、大して効かない。
それでも、このまま逃げているだけでは、いつかこちらの集中力や体力が尽き果ててやられてしまうというのは、恵一が一番よくわかっていた。
一矢でも報いてやりたい。
それで、少しは自分を応援してくれている人たちに申し訳は立つだろう。
恵一は、左手で剣を振った。
左手に、確かな手応えが返ってくる。
そこで、彼は世界が少し変わっていることに気付く。
さっきまでそこにいたリアッセがいなかった。
恵一の剣に薙ぎ払われて、ふっ飛ばされていくのを、余裕をもって目で追うことができた。
彼女は、なんだかとてもゆっくりと飛んでいたからだ。
ああ、これは――。
「ああ……」
あの、謎の力が発動していたのだ。
「あ、あ、あ……」
場は、しんと静まっている。
どう見ても劣勢であった恵一が、苦し紛れに振った一撃によってリアッセが10メートル近くふっ飛ばされたのだ。それに驚愕し、誰も声も無い。
「あああああーーーっ!」
恵一の叫び声が、それを破る。
あの力が発動している時の恵一は、パンチでクマの頭蓋骨を粉砕するほどの力があるのだ。
や……殺っちまったか――。
この決闘で死人が出たら元も子も無いからと、リードとアレンが「ゆるい」ルールを話し合っていた場に恵一もいたのだから、もちろん、その辺りの事情は心得ている。
自分はどっちかというと、運悪く殺されるのを心配する側だと思い込んでいたが……。
「ち、ち、ち、治癒士の人! 治癒士の人ぉ!」
恵一は声を限りに叫んだ。
「早くっ! 早くっ!」
待機していた治癒士は、困惑してイリアを見る。治療を行うにしても、勝敗が決してからのことである。
呆然とする人々の中、イリアとてそれと同じだったのだが、逸早くそれを脱した彼女はリアッセの元へ駆け寄り、一目見てすぐに叫んだ。
「勝負あり! 治癒士! すぐに治療を!」
それにより、治癒士が慌てて駈け込んできた。
「う、うむぅ……」
「だ、大丈夫ですか? 大丈夫ですよね。ねっ、ねっ」
心配そうに治療を見守る一同の中、もっとも顔を青くした恵一が尋ねる。
「やってみよう」
「お願いします。ホントお願いします」
観客席にいた人々が、ぞろぞろと競技場内に入ってくる。
その中に、アレンもいた。
「いやぁ……」
「いや、ホントすんません。あそこまでやるつもりなかったんです。ホントに」
リアッセの周りに心配そうに集まるリアントゥム男爵家は元より、ハウト男爵家側も、勝利を喜ぶ態度からは程遠い。
当の勝利者たる恵一が、真っ青な顔をしているのと、何より相手のリアッセ――かのリアントゥム男爵令嬢――の様子が少しやばそうだというのとで、勝利の喜びよりも、これこのまま向こうのお嬢さんが死んじゃったら、さすがに色々やばいんじゃないか? という懸念が先に立ち、喜んでるどころじゃねえなという空気であった。
「私一人では辛いかもしれない。補助が欲しい」
治癒士のその言葉に、恵一は反応して今にも走り出しそうな体勢で言った。
「治癒士を、もっと連れてくればいいんですね!」
治癒魔法は、複数人で同時に同じ場所へかけることによって、効果は増すのだ。ここまで酷いことになるのを想定していなかったので、この場にいるのは街一番の高レベルの治癒士一人だが、彼より低レベルの治癒士ならば他にも何人かいるのだ。
「うむ、あと何人かいれば……」
「わ、わかりました。呼んで来ます!」
恵一は、走り出した。
「……彼は、他の治癒士の家を知っているのかね?」
リアッセに心配そうな視線をやりつつ、リードが言った。ハウト男爵家の人々の反応から、たぶん知らねえだろうというのを悟った彼は、この場に来ていたこの街に駐在している家臣らに、治癒士を集めて来るように命じたのであった。




