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鑑定士泣かせ

書き溜めがあと二回分ぐらいあるんでそこまでは更新早く。そのあとはなんとか週一ペースぐらいで行きたいです。

 連れてこられたのは、一軒の家だった。見たところ、店のようだが、寂れている……を通り越してしばらく営業をしていないのではないかという埃っぽい感じだった。

 まあ、その辺はとりあえずどうでもいい。それより飯である。

「ビスケットと……ああ、果物があるな」

 女の子は、ビスケットを乗せた皿をテーブルの上に置いた。

「それ食ってな」

 と、言って果物をナイフで切っている。

 ビスケット、と聞くと恵一のイメージではお菓子なのだが、それは甘くはなかった。恵一が今まで食べたもので最も類似したものだと、乾パンに近い。

 味は……正直あまり美味しいとは思えなかったが、とにかく腹が減っているのでガツガツと食べた。

 水分の無いものなので、食べ続けていると喉が乾いてくる。

「ほい」

 と、丁度よく切った果物を乗せた皿が目の前に置かれる。

 恐る恐る食べると、味はリンゴによく似ていて、食感はリンゴよりも柔らかい感じだった。

 そんなに甘くはないが、水々しく、噛めば口中に果汁が広がるのが今は嬉しかった。

 ビスケットと果物を交互に食べた。

 女の子も加わって二人でガツガツ食べた。

「ふー、食った食った」

「ほい、水」

「ああ、ありがとう」

 底の深い器に水を入れたものを渡された。

 部屋の隅に置いてある壺に水が貯えてあり、そこから柄杓に似たような木製の道具で水を必要に応じてすくい出しているようだ。

 冷蔵庫など無い世界なのだからぬるいのだろうと思っていたが、意外に冷えていて美味しかったので一気飲みしてしまった。

「んでさー、兄ちゃん、どっから来たの」

 落ち着いたら、当然聞かれるであろう質問である。

 しかし、恵一は食うのに夢中で全く考えていなかった。

「え、えーっと、それは」

「……まさか、お尋ね者じゃないだろうね。さすがに犯罪者は匿えんぜ」

「いや、そういうわけでは……えーっと」

 しどろもどろになり、目が完全に泳いでいる恵一を見て、本当に官憲に追われてる類のアレかと思って女の子の目つきが険しくなっとところで、

「じ、実は……その、き、君を信用するから言うんだけど」

 恵一は、なんとかかんとか声を出した。

「お、なんだなんだ」

「じ、実は……記憶が無いんだ」

 どうにかこうにかひねり出した答えだった。

 日本という国の高校二年生男子だったんだけどなんか突如この世界に呼び出された理由は魔王を倒した世界に光を取り戻すため、というよりは、そっちの方がいいだろうと思案してのことだ。

「ほー、記憶喪失」

「そ、そうなんだ。気付いた時には草原に倒れてて、まあ色々あってここには辿り着いたんだけど、右も左もわからなくて」

「ふうん、そんで金も持ってないし腹も減った、で行き倒れてたわけか」

「そ、そうそう。君は、悪い人じゃないようだから思い切って打ち明けることにした」

 悪い人じゃない、ってとこに力を込めて恵一は言った。少しでも信用を得るために持ち上げたつもりだったが、

「ん、まあね、あたしに正直に打ち明けたのは正解だよ」

 想像以上に気分をよくしたようで、女の子はふふーんと胸を張った。

「そういや、名前言ってなかったね、あたしはケイト・カリーニング。あんたは……名前は覚えてんの?」

「あ、ああ……あま……いや、恵一天本っていうんだ」

 なんとなく、姓名をひっくり返して名乗ってみた。たぶん、こっちのほうがちゃんと伝わると思ったのだ。

「ふーん、ケーイチね。うん、ケーイチって呼ぶよ。あたしのことはケイトでいいよ」

「あ、ああ、ケイト、よろしくね」

「おう、よろしく」

 ケイトは、右手を差し出した。

 一瞬置いて意味を了解した恵一が同じく右手を出し、二人は固い握手を交わしたのだった。

「さて、仕事の話だ。さっきなんでもやるって言ったの忘れてないよね」

「ああ」

 実は忘れていたというか意識がはっきりしてなかったので覚えていないのだが、それを言って揉めてもしょうがないので流すことにした。

 とにかく、記憶喪失というのは嘘であったとしても右も左もわからないというのは紛れもなく本当のことなのだ。

 もう、死ぬようなことさせられんじゃあるめえかという一抹の不安は抱きつつも、ある程度はケイトの言うことに従うしかないと覚悟していた。

「まあ、あたしの仕事を手伝ってもらいたいんで、ギルドに登録が必要なんだけど……ケーイチ、前にどっかのギルドに登録してたかどうかなんて覚えてない?」

「えー、ギルドとかそういうものからしてわからんのであります」

「登録証みたいなん持ってない?」

「さっき、金持ってねえかと思って全身探したんだけど、それらしいものは何も」

「おし、そんならもうここのギルドで新規登録だな。あ、登録料はあたしが出すけどそれも貸しだかんね」

「はい」

「よし、行こう」

 ギルドに行く途中、ケイトが腰にある細身の剣に気付いた。正確には存在自体にはもっと前から気付いていたのだが、それが何か失われた記憶の手がかりになるのではないかと気付いたのだ。

「ああ、それが、こいつは記憶を失った後に色々あって手に入れたものなんだ」

「ふーん、そんじゃ記憶には関係無いかあ」

 ひょんなことから助けた少女に貰ったものだという話をすると、ケイトはそっちよりも恵一が数人の野盗を一蹴したことの方に食いついた。

「おー、弱そうに見えるけど、実は強いんじゃん。レベルけっこう高いんじゃないの? それも覚えてない?」

「レベル? いや、ちょっと……」

 レベルというと、ゲームとかでよくある強さを表す数値のことだが、それとは違うだろうと思っていたら、話を聞いてみると、それと似たようなもんであった。

「まあ、どうせギルド登録する時にレベル鑑定されるから、そん時にわかるさ」

「う、うん」

 ギルドの建物に到着すると、ケイトが受付らしき女性に話しかけ、別室に誘われ、そこでローブ姿の女性に「鑑定」されることとなった。

 女性の手から発されたふんわりとしたような光――変な表現だが、そう見えた――に包まれてじっとしていた。

 すぐに終わるよ、とケイトは言っていたのだが、

「え、うーん」

 女性は、首を傾げ、遂には困惑を面に出した。

「少々お待ちを」

 と、待たされた。

 待たされることしばし、女性は男性を伴って現れた。

 女性は三十歳前後と思われたが、男性はおそらく五十を超えているだろう。明らかに、こちらがベテランといった感じだ。

 男性は、同じように手から光を出した。

「む、うーむ」

 反応は先の女性と似たようなものだった。

 おかしい、何かおかしいのだろう。

「随分かかってんね、どしたの」

 ギルド内をうろつきに行っていたケイトが、まだ鑑定中なのを見て言った。

「わ、偉い人じゃん」

 恵一を鑑定している男性を見て軽く驚く。

「え、どったの?」

「それが……」

「ふむふむ」

 部屋の隅っこでケイトと女性がひそひそ話をしているのが凄まじく気になるが、鑑定中はリラックスしていろと言われているので、だらっとしていた。

「うーむ、これは……」

 男性の手から光が消えた。

「あ、あの、なにかまずいことでもありましたでしょうか?」

 光が消えたことで一応鑑定が終わったのだと見て、恵一は言った。

 実のところ、さっきから首を傾げたり唸ったりされて不安でしょうがない。

「なにか、病気でも見つかりましたか」

 ケイトから、レベル鑑定というのは生物の状態を調べることができるサーチの魔法の応用であると聞いていたので、さてはレベルを鑑定しようとしてやばい病気でも発見されたのかと思ったのである。

「いや、そうではない。体は極めて健康だよ」

「そ、そうですか」

 それはよかった。

 が、それならば、すぐ終わるはずの鑑定がこれだけ時間がかかっているのはなぜなのか。

「ケーイチ、サーチが効きにくい体質なんじゃないの」

 女性と話していたケイトが言った。

「いえ、でも健康状態などは読めるんです。ただ、レベルがはっきりしないという……」

 そう言ったのは女性だ。

「レベルだけサーチしにくい体質なんじゃないの」

「うーむ、そういう体質は聞いたことがないし……サーチの魔法の性質上考えにくいのだが……」

 もう体質でことを片付けようとしているケイトに対して、ギルドの男性と女性はひたすら不思議がっている。

「えっと……それじゃ、おれのレベルわからないんでしょうか」

「あ、そうだよ。レベルわかんないと色々困るぞ。大体どんぐらいなの?」

 ケイトの言葉に、男性と女性は顔を見合わせてから、言いにくそうに言った。

「私が見た限りでは、おそらく……レベル10は確実にあると思われます」

「お、10ってけっこう高いじゃん」

「うむ、まあ最低そのぐらいはあるだろうな……」

「最低ってことは、もしかしたらもっと高いかもしれないってこと?」

 ケイトはウキウキとした声で言った。

 彼女にしてみれば、仕事の相棒にしようとしている恵一のレベルが高いのはいいことなのだ。

「うむ……レベル20かもしれんし、30でもおかしくはなし、もしかしたら40、或いは50という可能性もゼロではない」

「いやいや、幅でかすぎだって!」

 ケイトがたまらずに叫んだ。

 レベルのことがよくわかっていない恵一としても、10から50のどれかというのはアバウトにも程があるのだと理解できる。

「てか、50なんて達人レベルじゃん!」

「う、うむ、さすがに50は無いと思うのだが……鑑定していると基本的にレベル10前後なのだが、時々、ほんの一瞬だけそのレベルが跳ね上がる感覚がするのだ」

「んー、体質だな」

 ケイトはあくまでそれで押し通すらしい。

「まったく、鑑定士泣かせだなあ、ケーイチは」

「あ、はい」

 そんなん言われてもこっちが泣きたい。

「でもまあ、ギルドの仕事受けるのにレベルははっきりさせないと困るからさあ。もうレベル10で登録しときゃいいよ」

 それで問題無いよね、というふうにケイトは鑑定士たちを見やる。

 最低でも10はあるだろう、という鑑定には二人とも自信があるらしく、頷いた。

 その後、レベル10の鑑定書が発行され、ギルドへの登録が済んだ。

 流されるままにギルドの一員になってしまったが、そもそもギルドとは何か、というのを帰り道で聞いてみた。

「ギルドはギルドさ、レベルに見合った仕事をやれば報酬をくれるんだ」

 あれこれ聞いたが、結局のところ最終的には、

「ギルドはギルドだよ」

 ということになってしまう。

 どうも、ケイトにとってはギルドというのは当たり前のようにそういうものとして存在しているものであり、疑問を感じたことすら無いらしい。

 恵一としても、とりあえず疑問は脇に置いておいて、ギルドで仕事してればとりあえず飢え死にはしねえ、というケイトの言葉を信じて明日から仕事に励むことにした。

 ケイトは先日ようやくレベル3になったそうであり、そのケイトが食えているのだから最低でもレベル10――実感はまったく無いが――の自分もなんとかやれるだろう。

 というか、そろそろいい加減にこれは夢では無いようだという嫌な結論には達してしまったので、差し当たってケイトというこの未知の世界での案内役を得て、なんとか暮らしていけそうだということに感謝しておくことにした。

「いやあ、レベル10とは掘り出し物だね、ふへへへ、あたしにも運が向いてきたぜえ」

 その幸運と、コンビ結成を祝って、ちょっと豪勢にいこうぜとケイトは色々と買い込んだ。

 それを持たされて家に帰ってくると、家の前に二人の男がいた。

「ん、お客さんかな」

「ん、まあ、お客さんっていえばお客さんだね」

 ケイトは、無表情に言った。

 歓迎していないのは一目瞭然だが、かといって凄く嫌っているかというとそうも見えない。

 嫌な客なんだけど、まあ慣れっこなんでいちいち気にしない、とでもいうような……

「おう」

「おう」

 男とケイトが挨拶、というにはぶっきらぼうな声を交わす。

「なんだよ、今月分は払っただろ」

「なんとか利子分だけな、元金は減ってねえ」

「利子分払ってるんだから文句ないだろ」

「まあ、そうなんだが……」

 と、言いながら男は恵一をじろじろと見る。

「なんだ、そいつは……金持ちの男を捕まえた……ってわけでもなさそうだな」

「それどころか1ゴールドも持ってないね。あたしが養ってるぐらいさ」

「お前の男の趣味は知らんが、居候なんぞ置く余裕があるのかい」

「ケーイチは、ってこいつケーイチっていうんだけどね。とにかくケーイチはレベル10なんだぞ。弱っちそうに見えるけど」

「あ?」

 男たちが、驚いている。

 どうやら、レベル10というのはやはりそれなりのものらしい。

「嘘をつくなよ、嘘を」

 しかし、あっという間に不信感ありありである。

「……」

 それまで黙っていた方の男が、やはり黙ったままで、動いた。

「っ……」

 恵一は息を飲む。

 目の前に拳があった。

「……どこがレベル10だ」

 恵一の眼前に拳を寸止めにした男が、呆れたように言った。

「は? なに言ってんだよ、ケーイチは当てる気が無いってわかってたからわざわざよけなかったのさ。なっ、ケーイチ」

「いや、目つぶってたぞ、こいつ」

 実際そうなので言葉も無い。

「ケーイチ、鑑定書見せてやれオラッ!」

 完全に嘘つきを見る目で見られてむきーっとなったケイトが背中を叩いてくるので、恵一は先ほどギルドで貰ったレベル鑑定書を取り出した。

「マジだな」

「信じられんけど、本物だな」

 男たちはそれを見てすっかり信じ……は全くしないが、それでもそれが正真正銘レベル10の鑑定書であることは認めた。

「ギルドの鑑定書を偽造なんかできるわけないだろ。とにかく! 明日っから二人でバリバリ仕事してバリバリ稼いで来月からは利子だけじゃなくて元金分も返してくからな、わかったら帰れよー、これから色々祝して飯食うんだ」

 男たちは顔を見合わせて、何も言わずに帰っていった。

「ふん、ケチついたな。ま、気を取り直して前祝いといこうや」

「う、うん」

 買い込んで来た食材で前祝いが始まった。

 なんの前祝いかっていうと、レベル10の相棒を見つけてこいつが恩人たる自分の言うことはなんでも聞くという素晴らしい状況なので借金返済なんてすぐだぜひゃっほい! という趣旨らしい。

「借金って……どんぐらいあるの?」

 もうなんの問題もねえとばかりにはしゃいでいるケイトに、恵一は不安そうに尋ねた。

 普通の高校生であった恵一は、それほど大きな借金という経験が無い。せいぜい一時的に友達から数百円、多くて千円単位を借りたぐらいだ。

 それとても、その時に持ち合わせがなかったからであって、すぐに返せるアテはあったし、職業でやってる金貸しが相手ではないので当然利子なども無かった。

「あー、五万ゴールドぐらいかな。端数は覚えてねえや」

「ごまん?」

 聞いてみてうっかりしていたが、それがどのぐらいの価値なのかがいまいちわかっていない。

「あー、あたしの父さんがやってたこの店の月の売り上げが五千ゴールドぐらいだったかな。それで父さんと母さんとあたしがけっこう贅沢に暮らせてたと思いねえ」

 恵一は頭の中で計算した。先ほどの食材の値段などを合わせて考えた結果、かなり大雑把だが、1ゴールド百円ぐらいと考えればよいと結論した。

 と、なるとあくまでも大体だが、ケイトの借金は約五百万円ということになる。この歳の少女としてはかなりきついだろう。

「えーっと、なんでまたそんなに借金を? 借金したのは、ケイトじゃないよね」

「んー、まあ、借金したのは父さんだけど、結局、あたしの病気を治すためだから、まああたしが借りたようなものだよ」

「ああ、そうか。……優しいお父さんだったんだね」

 ケイトのような少女がそれほどの借金をするとは思えないので、きっと店の経営が上手くいかなくなっての借金だろうと思っていた。

 そのため、言葉にややケイトの親を非難する調子が入っていたかもしれないと自覚した恵一は、精一杯にフォローした。

 で、状況からわかっていることだが、両親のことをはっきりさせておきたいと思った。

「そういえば……お父さんとお母さんは……」

 言い辛そうに言うと、案の定というべきか、

「ああ、死んだよ」

 という答えが返ってきた。

 もしかしたら、借金返済のために出稼ぎ中なのかとも思ったが、やっぱりそうかと思った。

 このけっこう広い立派な家にケイトのような女の子が一人で住んでいることから察してはいたが、やはり一度はっきりさせておきたかった。

「あたしの体はよくなったけど、店の売り上げじゃ利子も返せないからね。父さんは店を閉めてギルドからの仕事をやり始めたんだ」

 ケイトの父は腕に覚えはあったらしい。 

 元々、若い頃から二十年ほど兵士として暮らし、戦争に出たり、人間を襲う大型獣の討伐に参加したりと武功があった。

 だが、やはり実戦を離れて商店の店主として長く過ごしていたことによるブランクはあった。

「これで一気に借金を返せる、っていうでかい仕事を受けてきた。あたしも母さんも危ないとは思ったんだけど……でも、父さんなら大丈夫なんじゃないかとも思って、そんなに強くは止めなかった……」

 ケイトも母も、そして父自身も、全盛期からはかなり衰えていることを忘れていた。

 小さな仕事を幾つかこなして、勘を取り戻してきたと自信ありげに父が言っていたことも手伝って、大丈夫だろうと思ってしまったのだ。

 勘を取り戻したというのは、決して嘘ではなかったのだろう。妻と娘を安心させるための言葉だったとしても完全に嘘ということはなかったはずだ。

 父は帰ってこなかった。

 それがもう三年前のことだという。

 そして一年前、母が倒れた。

 父さん、母さん……。

 自分と変わらぬような歳のケイトが両親を失っていると知って、恵一は自らのそれについて思いを致した。

 最初は夢だと思い、そののちにどうもこれは夢ではないと認識しはしたものの、それでもやはり今回のことは恵一の中でそれほどの現実感を伴ってはいなかった。

 しかし、昨日までは一緒に暮らしていた両親が、おそらくこの世界にはいないのだということ、いや両親に限らず、このままでいる限り元いた世界の人々とは会うことはできないのだということが実感された。

 父さん、母さん……そして……有海(あるみ)……。

 三つ下の妹の有海とも会えないということだ。

 ……帰ろう。

 恵一はごくごく自然にそのことの困難さを感じつつも思った。

 まるでファンタジーゲームのような世界への物珍しさと、ケイトという知り合いができたことでなんとなくこの世界へ馴染みつつあったものの、この世界は自分の世界ではない。

 これは夢ではない、ということを強く認識した時に芽生えたのは、やはり元の世界に戻りたいということだった。

 さしあたって何をするかはわからない。しかし、とにかく目標を持っておらねば流されるままになるだろう。

 いや、手掛かりが全く無いわけではない。

 夢だと思っていたので正直細部まで覚えているわけではないのだが、この元いた世界と隔絶した非日常のはじまりは、あの金髪碧眼の超美少女との出会いだ。

 そして、彼女は何を言っていたか。

 自分は選ばれし者であり、それゆえ魔王を倒すために召喚された。

 さらには、自分に会いに来い。その時に魔王への道を示すと言っていた。

 あの少女を探すのは雲をつかむような話だが、ならば魔王というキーワードで攻めるしかない。

 魔王についての情報を集めていけば、それと敵対する組織などもわかるだろうし、もしかしたらあの少女はそういったものに属しているのかもしれない。

「ケイト、魔王について何か知っていることはないかい」

「魔王?」

「ああ、なんでもいいんだ」

「魔王か、昔はよく本を読んだな」

「そ、それそれ、その本ってどういう内容だった?」

「どういうって……魔族の王である魔王が攻めてきたから、みんなで頑張って倒した、とかそんなんだよ」

「倒した?」

「おう、魔王を倒さないと話終わんないだろ」

 なにか噛み合ってない。

 その原因は明らかだ。

 恵一とケイトの間で魔王への認識に決定的な違いがある。

 「魔王を倒すために召喚された」恵一としては、当然この世界には倒すべき魔王がいるのだと思っているのだが、ケイトは魔王は既に倒されたものとして語っている。

「えーっと……魔王は、今現在この世界にはいない、って考えていいのかな」

「うん、なんだケーイチ、記憶を無くしてるだけじゃなくて、記憶がおかしくなってるんじゃないのか?」

「う……あ、ああ、そ、そうかもしれない。実は目が覚める前に、魔王を倒せとかなんとか言われたような気がしてさ、もしかしたら記憶の手掛かりかもしれないと思って」

「ああ、そりゃ夢に違いないよ。魔王なんてお話の中のものだよ」

「そ、そうかあ」

 いきなり、数少ない手掛かりを根元から絶たれた感じだ。

 この糸を手繰り寄せてなんとか目的地にたどり着こうと糸を引いたら、あっという間に切れた端っこが現れたようなものだ。

 だが、この世界が夢ではない以上、あの少女だって夢ではないはずだ。

 あの少女が恵一を召喚したのは間違いない。

 ならば、彼女の言っていることが一言一句デタラメとは思えない。

 考えられるのは、まだ魔王は眠っており復活の時を待っているというような場合。

 ある日突然、お話の中のものであったはずの魔王が現れる。それを倒すために召喚された選ばれし者がそれに立ち向かう。

 なかなか燃えるシチュエーションだが、それにしてはレベル10は低いんではなかろうか。

 ギルドでケイトが言っていたことから推測すると、レベル50ぐらいで達人レベルらしい。

 魔王を倒すならば、やはりそれぐらいは要るだろう。

 あとレベル40も上げないといかんのか。

 てか、本当に魔王はそれまで寝ててくれるのか。ゲームみたいな世界だけど、ゲームではないのだ。

 それでもゲームに例えるならば時間制限が滅茶苦茶シビアなゲームじゃなかろうか。超効率的なプレイしないと詰んじゃうみたいな。

 そして、もう一つ……ある意味もっとアレな可能性がある。

 あの少女の言っていることが一言一句デタラメだった場合である。

 さっきはありえないとは思ったものの、よく考えたらありえないと言い切れるものではない。

 あの少女が、異世界から人間を連行してくる召喚能力を持った極度の嘘つきという、よりにもよってなんでそんな人格にそんな能力宿ってんだよ、というタチの悪い存在である可能性だって無いわけではないのだ。

 そうやって適当に呼び出した人間に会いに来いとか吹いておいて、苦難を乗り越えて会いに来た者を、ホントに来たよこいつとか笑いもんにしている人格破綻者の可能性が無いわけではない。

 なにしろ超美少女だったので、言うこと鵜呑みにして勇んで力んで魔王を倒したらなんかやらせてくれんじゃねえか、もしかしたら結婚とかあるんじゃねえかとか色々漲らせつつ冒険の旅に出てしまう男もいるだろう。

 いや、そこでバラしてくれたらまだいいが、魔王への道を示すと称してわけのわからん所に行かされて苦労させられて、それを影で笑っているなどという事態もありうる。

 なんかもう、そういう一番やったらいけないタイプのドッキリなんじゃねえかという疑惑が勝手に、恵一の頭の中では固まってきていた。

 そうなると、言われた通りに少女を探し求めて会いに行くのも癪ではあるが、ネックはどう考えても元の世界に戻る鍵を握ってるのはあの少女だということだ。

 なんかもうこんなメインクエスト放置したいという気持ちなのだが、それでもやはり一度は会わねばならないだろう。

 もうマジでドッキリだったら超美少女と言えど殴るしかねえと恵一は心に決めた。

「おーい、ケーイチ」

 ケイトが声をかけつつ、目の前で手を振っている。

「あ、ああ、ごめんごめん、考え事」

「記憶の手掛かりが無くなってガッカリする気持ちはわかるけど、やっぱりそれはただの夢だぜ。魔王なんているわけないって」

「う、うん……そうだね」

「んでさ、うちの借金の話だよ」

「ああ、そうだったね」


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