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問題解決! たぶん

「なあ、ケーイチさあ」

 ミレーナが帰った後に、ケイトが声をかけてきた。

「ん、なんだ」

「もしかしてアレか、お嬢様のこと好きなん?」

「え、ああ、好きだよ。お前も、それにアンだってそうだろ」

「あー、いや、そじゃなくってさあ」

「え……あ、もしかして……」

「そうそう、あたしらとは違う意味でさあ」

「そりゃ、うーん」

 ケイトが言いたいのは、ミレーナのことを異性としてつまり恋愛的な意味で好きなのかどうかということだろう。

 で、それに対する答えが恵一からすぐには出てこなかった。

 即答できなかったのは、照れなどではなく、やはりまずミレーナに対しては保護すべき対象であるという気持ちが強く、そういった気持ちが薄いせいだ。

 薄いが、無いわけではない。

 容姿でいえば、かなり可愛いと思うし、性格的にも申し分は無い。

 そう考えると、やはり好きなのだと思う。

 ただ、なんとしても恋人になりたい! というような強烈な願望は無く、可愛いなあ、いい子だなあ、こんな子を恋人にできるもんならしてえなあ、という棚から牡丹餅を待つ的な態度であって、積極的に動こうとは思っていない。

 そこは、やはり相手は男爵令嬢であるから身分差というものがあると、無意識のうちに思っていた。

「身分が違うだろ」

 だから、そう言った。

「でも、ケーイチ、記憶喪失じゃん」

「ん、あ、そうか、そうだよ」

 そういう設定だったのを忘れていた。

「だからさ、もしかしたらケーイチ、けっこうな身分なのかもよ」

「ん、そうかな」

 記憶喪失ということは、そういう可能性も無いわけではない。もちろん嘘なのでただの高校生であり、こちらの世界においては完全無欠のただの庶民である。

「そしたら、マジでお嬢様と結婚とかありえん話じゃないぜ」

「う、うーん、そうかあ」

 ありえん話なのがわかっているので、ぎこちなく合わせつつ、結婚ならともかく恋人になったらどうなるのか妄想したりもしてみたが、よく考えたら自分はいつか元の世界に帰ろうとしているのだ。

 友達ならともかく、恋人とかそういうのは厳禁であろう。まさか、ミレーナを元の世界に連れていくわけにもいかない。自分一人帰る方法もわからぬのだし、もし万が一それがわかったとしても、あっちではただの高校生、扶養される身なのであるからそんなもん連れて帰ったら両親にどう説明したらいいのやら

 天涯孤独のこの子と恋に落ちた結婚の約束もしてる。ついてはこの子は家も無いので一緒に暮らすから色々とよろしくお願いします、と土下座するしかないが、まあ説得できねえだろうなあ。

「もしそうだったらいいよなあ。あたしの借金も解決だしさ」

 恵一がええとこの人間だったら、そっからゴールドを絞り出すことしか考えていないケイトの、獲らぬどころか獲れぬ狸の皮算用には、そうだったらいいねえと言いつつ、一応記憶喪失という設定なのだから忘れないようにしないといけないと思ったりした。

 翌日、いつものようにミレーナがやってきたのでカードやったり、またケイトが懇意の召使から借りてきた双六のようなゲームをやりつつ茶飲んで菓子つまんで駄弁っていたら、その日は来客があった。

「失礼いたします。こちらにいらっしゃると聞きまして」

 やってきたのはブレンニールだった。

「ああ、どうぞ。……何か、ありましたか?」

 わざわざ用も無しにやってくる人間ではないので、必然的に何かがあったということになる。

「アレン様より、交渉が終わったとの報告です。ついては、当初の予定通り、お嬢様に名代として調印に臨んでいただきたく」

「え? アレンさんが調印できないんですか?」

 あっちのリードも、アレンと同じく男爵家の跡取り息子で格としては同格である。

 だから、もはやミレーナは必要が無いのかと思っていた。

「いえ、やはり男爵名代でないと」

 リード・リアントゥムも男爵当人から名代に指名されているらしく、突然横から入ってきたアレンとの調印を先方が拒んだのだという。

「……正直に申し上げますと……先方のささやかな意趣返しと言いますか……」

「ああー」

 要するに、せめて散々やってくれたアレンと調印したくないというのだろう。そこはアレンが引いたようだ。

「でも、話がまとまったんですね。それなら喜んで参ります」

 戦争になることを気に病んでいたミレーナは、事態の解決に嬉しげな声である。

「結局、どうなったんですか。リアントゥム家がそんなに引くとも思えないんですけど」

「一応は、あちらが引いてくださったのです」

 アレンは強硬に、首謀者の処罰を追放から死刑にと主張した。

 その際に、エリックへの問答無用の拷問をハウト男爵家への凄まじい侮辱行為であり、こちらとしては宣戦布告に等しい挑発と解釈せざるを得ないと声高に詰問した。

 確かに、エリックへのスパイ疑惑があったといえども、ハウト男爵家の者だと言っている人間をいきなり拷問したのは明らかにおかしい。

 まず、ことの真偽を確かめるために、ハウト男爵家へのエリックの身分照会をやるのが当然であろう。

 そこで偽りであるということになったら拷問大いにけっこうだが、実際にエリックはハウト男爵家に仕えていたのだからそのようなことにはならない。

 スパイと疑うのはそっちの勝手だが、そのようにちゃんとした手続きを踏んで、その上にエリックに身体的な危害を一切加えていなければ、こちらだってこのようなことは主張しない。軽い謝罪一つでことを済ませていただろう。

 だが、それをせずに拷問し、あまつさえ殺してしまった。

 こちら側から死人が出た以上、生半可なことでは納得できかねる。追放と言えばそれなりに重い罰ではあるが、むしろそれは自由の身になるということであり、エリックの死の対価とは認められない。

 アレンの主張は、それなりに筋の通ったものであったが、あちらとしては納得できかねると言うが一度確かに納得したではないか、これこの通り、調印こそしていないが文章は交わしているのだぞと言いたいところだろうし、実際に言った。

 それに関しては、アレンは、最初に交渉にあたった者が事態を丸くおさめようとするあまりに屈辱的な条件を呑んでしまった、自分がこうして出てきたからにはそのようなことは通さないと開き直った。

 最初に交渉にあたった者こと、ブレンニールの面目丸潰れである。

 そもそも、そちらはこっちの者を殺しながら、死人が出たらとても家中を抑えられぬと言っていたようだが、そこを抑えるのが役目であろう。

 こちらとしては、抑えられぬ、戦争になる、というなら受けて立つしかない。そうなった理由について世に広く訴え、その是非の判断を陛下をはじめとする世の人々に仰ぐまでだ。

 こうまで言い切られたことにより、リードは決断した。

 確かにそちらの言うことには一理ある。率直に言ってそのようなことになれば、陛下も世人も我が家を非とするだろう。しかし、それでもどうしても首謀者の死刑というのは呑めない、他の条件ならばいくらでも呑むから提示して欲しい。

 それに対してアレンは、追放ではなく禁固刑への変更。禁固期間に関しては殺人罪と同等にすること、それと死刑を禁固に軽減したことへの対価として、エリックの家族への弔い金を倍増せよと言った。

 家族への金は、既に相場程度のものを約束していたので、それを倍にするということは相当な額になるが、ある意味、金を積めば勘弁してやるということでもある。

 リードをはじめとするリアントゥム家の者たちは、しばらく別室に移って協議し、その結果その条件を受け容れると返答した。

 そもそもの原因を考えると、これでも首謀者の死を求めないという点において、アレンは譲歩しているとも言えるのである。

 この辺りは、実はブレンニールのおかげと言ってもいい。

 彼が、「屈辱的な条件」を一度約束してしまったために、そこが基準になった。

 そのため、そこから少しでも押し込めば、アレンがリアントゥム男爵家を譲歩させたということになるわけである。

「はぁ、なるほど」

 アレンも実際に譲歩を勝ち取るとはなかなかやるじゃないか、とは思ったものの、その過程で盛大に顔を潰された人が目の前にいるので、あからさまに感心するのは避けた。

 どうやらアレンは、非は明らかにあちらにあるのだから、最初からこうしていればよかったのだと豪語しているらしく、いらん譲歩しやがってと言われたに等しいブレンニールは沈みまくっているようだ。

「どうですか、ブレンニール殿も息抜きに遊びませんか?」

 それを気遣ったのであろう。ミレーナがカードをシャッフルしながら言った。

「ああ……そうですね。それでは少しお付き合いさせていただきます」

 ブレンニールもその気遣いをありがたく受けるようだ。

 恵一とケイトは目配せして、「えー、このおっさん入れるんすかあ」という気持ちを確認し合ったが、ミレーナが誘ったのであからさまに嫌な顔もできない。

「人数が多過ぎてもちょっとアレだなあ。アンはちょっと抜けてさ、お嬢様に尻尾をお貸ししなさい。ウン」

 と、ケイトが言ったのでアンは外れてミレーナの足元に寝っ転がって、尻尾をお貸しすることになった。

 恵一わかってんな、という視線をケイトが送ってくる。

 恵一はわざわざアンを外したことと合わせて考えて、なんとかケイトの意図を了解した。

 ミレーナとカード遊びをする際に、最初は手探りであった。

 あんまボコボコにしてはいかんのではないか、という気持ちがあったからだ。

 しかし、何度もやっていくうちに、ミレーナはみんなでわいわい遊ぶこと自体が楽しいらしく、例え勝負で負けても別段機嫌を損なったりはしないというのがわかったので、普通にやることにした。

 だが、ブレンニールである。

 いや、彼とて普段は温和な人であろう。今回のリアントゥム男爵家との交渉についても、どうもその性格が裏目に出てしまったようだが、温和な争いを好まぬ人柄であることは間違いない。

 だがしかし、今はちょっとアレである。

 かなり沈んでいるし、平常の状態とは言い難い。

 そうなると、この上に遊びと言えど勝負事において完膚無きまでに叩きのめしてしまったりすると、どうなることやらわかったものではない。

 となると、やることは一つ、接待プレイである。

 アンを外したのは、彼女はカードの各ルールを覚えたばかりで、そんな器用な真似はできないと踏んだからだ。

「うわ、それを止められたらどうしょうもないや!」

「えっ、まさかおれの手札を読んでいたんですか。すごいなあ!」

「絶対勝ったと思ったのに、そんな手だったなんて!」

「え、ちょ、早過ぎますよぉ!」

 とかなんとか、必死こいて接待していた。

 はじめは、なんでおれらがこんなことせにゃならんのよと思ったりもしたのだが、段々とブレンニールがノッてきて、凄い楽しそうになってきたので、

 ――ああ、おっさん、相当ストレス溜まってたんだなあ。

 と、憐れみを感じたりしたので、頑張って接待した。

 しばらくして、まだ仕事が残っているというブレンニールが帰り、ミレーナもその後数回ゲームをやってから退室した。

「おし、明日は早いぞ、もう寝るか」

「ああ」

 ゲームをやりながら、今後の予定については打ち合わせ済みである。

 明日早朝、ミレーナは交渉が行われている両男爵領の境にあるエイロンという街に出立する。

 馬車で急いで行けば、夜には着けるとのことだ。

 そして、次の日に調印式が行われ、めでたくミレーナの任務完了。その後は王都へ帰還するという手筈になっている。

 どうなることかと思ったけれど、戦争にもならず、無事に明後日調印が行われそうでよかったよかったと思いながら、恵一は眠りについた。

 翌朝は早めに就寝してたっぷり睡眠をとったおかげで、快適に目覚めることができた。

 城館の前に行くと、既に馬車が待っていて、眠そうなミレーナが乗車してウトウトしていた。

「あ、イリアさん」

 そこには、イリアもやってきていた。

 なんでも、彼女に調印式の立会をして欲しいと両男爵家から依頼があったらしい。

 彼女は乗馬し同行する。

 恵一はもちろんケイトもアンも馬には乗れないので、ミレーナの馬車に同乗することになった。

 今度の馬車は、行きに使っていたものよりもスペースが広く、体が触れることなんか全く心配しないでいいというドキドキしない仕様であった。

「さあ、行きますよ」

 御者が言い、鞭を振るい、馬車は進み始めた。

 もう、全て解決した。問題は無い。

 これからやるのは完全な「作業」であり、完全な「儀式」であった。

 決められた手順で、決められたことを行えばいいのである。


 予定通り、陽が完全に落ちる前に、到着した。

 アレンが逗留している宿に案内されて、そこで一夜を過ごす。

「おう、来たな。なんとか話はついた」

 アレンが満面の笑みでミレーナを迎えた。

 彼にしてみれば、一度は決まりかけたところから押して引かせたのだから、戦果を上げたと言ってよく上機嫌であった。

「明日は頼むぞ。奴ら、おれの顔なんぞもう見たくないだろうから、明日は後ろに引っ込んでるからな」

「は、はい、立派に務めてみせます!」

「意気込むのはいいが、そんな肩肘張らんでもいい。自然体でやれ、自然に」

「は、はい」

 その後に、夕食をともにし、恵一たちも御相伴に預かった。この辺り、やはりただの護衛ではなく、ミレーナの恩人という扱いだ。

「よく話がまとまりましたね。私は戦争になるかもしれないと気が気ではありませんでした」

 もう、そういうことにはならないだろうとわかっているので、そう言うミレーナも安堵しきっている様子だ。

「ああ、それは、心配かけてすまなかったな」

 アレンは、意外にも素直にそう言った。

「まあ、元々おれも戦争まではやる気は無かったさ」

「えっ、そうなのですか?」

「ああ、今回だけはことがことだけに、少しも引いたらいかんと思ったのさ」

「今回? ですか」

「ん、ああ、そうか。お前はずっと王都暮らしだから、知らんか。……リアントゥムと揉めるのはこれが初めてじゃない」

 これまでも、隣り合っているだけに小さなトラブルはあった。

 それこそ、代官のブレンニールが出張るまでもなく当事者同士で解決し、それをブレンニールが事後追認するようなレベルの揉め事ではあったが、多くの場合においてハウト男爵側の譲歩の度合いが大きいことがアレンは不満であった。

 リアントゥム男爵家の方が軍は精強であり、同じ男爵と言えど王朝創業時からの功臣であるリアントゥム男爵家の方が家格は高い。

 そういう意識が、リアントゥムの方はもちろんとしても、ハウト男爵家側にも無いとは言えなかった。

 それゆえに、譲歩するにしても、こっちが引くのはまあしょうがないという諦めが最初から存在しており、それがアレンには歯がゆかった。

 そのために、主に軍の兵士を中心にリアントゥムに負けるな、訓練を積み精兵となって少しの譲歩はしょうがないと諦めている連中を後ろからどやしつけてやれ、と発破をかけてきた。

 主君の長男に煽られて訓練に励み、自分たちでもなかなか強くなってきたのではないかと自信がついてきたところに、今回の事件が起こった。

 さてこそ、と彼らは勇み立った。

 しかし、ブレンニールがいつものように事に臨んで、彼自身の性格のせいでもあるが譲歩的な条件を呑んでしまった。

 それを知ったアレンは、これではいけないと思った。

 今回のことは、小さなトラブルではない。非は完全にあちら側にあり、結果としては一人死んでいるのだ。

 これは引くところではない、逆に押して押して押しまくるところだと思い定めた。

 そうしなければ、せっかく自信をつけてきた兵士たちは意気消沈し、またリアントゥム男爵家に対してはやや譲歩するのはしょうがないのだという諦めムードが、今度こそ定着してしまう。

 それらのことを考えて、アレンは一度決まりかけた話を引っかき回すという、いわば行儀のよくない真似をしてでも、今回のことをやってやると決意したのだ。

「相手のリード・リアントゥムは戦争回避に全力を尽くすというのはわかっていたからな。ある程度強気でやらせてもらった」

 そう言って笑うアレンに、なぁんだやっぱり戦争なんかする気は無かったのだと、拍子抜けしてしまったが、とにかく事態は上手く運んだのであるから結果よければ全てよしとばかりに、みんな笑顔になって楽しく夕食の一時を過ごしたのである。


「どうなってんの!?」

 そこはリアントゥム男爵家の城館であった。

 一人の女性が、居並ぶ人々へ、罵声紛いの声を放っている。

 歳は二十を超えたか超えぬかぐらいであろう。

 ある程度伸ばした金髪を頭の後ろで結び、垂らしているが、その先は切り揃えられておらず、適当に髪を掴んで無造作に切ったのだという感じであった。

 彼女に向かって人々の中から一人が進み出て、言葉を並べる。

 それがいちいち気に食わないのか、いちいち舌打ちをして睨みつける。

 それに耐えながら、報告者は全てを話した。

「兄様は、なんでそんな条件呑んだのよ!」

 美人と言っていい整った顔が、怒りに歪んだ。

 救いと言っていいのかどうかは判然としないが、その顔はその程度の歪みでは美しさが損なわれぬぐらいには元が美しかった。

「で、どこ? エイロンにいるの?」

「は、はい」

「で、なに、調印は? 明日?」

「は、はい、そのように伺っております」

「急げば間に合うわね……馬ぁ!」

 女性は、叫びながら歩き出した。

 その姿は旅装であったが、それを解かずにそのまま歩いていく。

「ど、どうなさるおつもりです!」

 勇気を奮ったのであろう。顔を強張らせた家臣が後を追いすがりながら叫んだ。

「どうするもこうするも、今からエイロンに行って調印前にアレするわよ」

「そ、それでは、リード様が……」

「そんなもん知ったこっちゃあ無いわ!」

 受け答えをしながらも、歩は緩めず、大股で進んでいく。

「大体、あのハゲ! 前から弱気なとこあるとは思ってたけどさ」

 別にリードはハゲてはいない。

「まさか、一度決まったも同然の話を蒸し返されて、んで唯々諾々と譲歩するとは思わなかったわよ!」

「唯々諾々などと……リード様は、苦渋の決断で……」

「決断するなら、戦争を決断すればいいのに」

「そ、それは無理です。悔しいのは私も同じですが、非がこちらにあるのはどうしようもない事実なのです」

 それには答えず、女性は歩いて行く。

 答えが無いことに、どうやら非がこちらにあるということ自体は理解してくださっているらしい、と力を得た家臣が言葉を続ける。

「先方も、それを知った上で、戦争になるならばそのことを世に、陛下に問うとまで言っているのです。そうなったら、我が家に味方するものはおりません。リード様はそのことを思って譲歩を……」

「だから、そのことは一度決着したんでしょ。調印が済んでないから、とかそんなもん許すのがいけないのよ」

「そ、それは……」

 確かに、そこはリアントゥム男爵家としては、未だに釈然としないところであった。

「そもそもの事の発端については、こっちに非があるのは事実でしょうよ。でもね、それなら、一度決まった話を調印前だからってやっぱりもう一度やり直しだ、なんてのは向こうの非よ」

 そう言われると、居並ぶ連中も、内心そこは引っかかっていたので返す言葉が無い。

「それに、あっちの跡取りが後から出てきて、それに兄様が引いたってのが気に入らないわ」

 最終的に、あちらは一人死んでいるのに、こちらには死人を出していない、という点では必ずしもリアントゥム男爵家が一方的に譲歩しているとは言えない。

 だが、形が悪い。

 一度、決着した話に、アレンが出てきてそれに対してリードが引いてしまった。

 リアントゥム家の跡取りとハウト家のそれと、同格であるからこそ、まずい。

 今回のことで、世人は、両男爵家の次代を担う二人では、アレンの方が器量が上と見なすかもしれぬ。

「そんなの許すわけにはいかない。我が家は、武に寄って立つ家よ。ナメられたらおしまいなのよ!」

 言いつつ、引かれてきた馬に乗り、鞭をくれて走り出した。

「こんな夜中だ。街道を行くとはいえ、お嬢様一人で行かせるわけにはいかん」

「すぐに行ける者、何人か従え」

 家臣たちの声に応じて、夜の番として待機していた兵士が数人、馬を引き出し飛び乗って既に小さくなってしまった姿を追って行った。

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