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解決済、のはずだったトラブルの話

 ハウト男爵の城は、イメージしていたものとはやや違った。

 壁に囲まれ、所々に塔が立っているのはよいとして、敷地の真ん中にある君主の居住スペースは、城というよりは館であり、歴史の授業の資料集で見た鎌倉時代の武士の住居のような印象を受ける。

 王都にあった城が、正にイメージ通りの城だったので、貴族も王都では王様に遠慮してそのようなものは建てぬが、自分の領地には豪勢なのをおっ建てているのだろうと思っていたのだが。

 まあ、男爵ではこの程度なのかもしれないなと思った恵一であったが、それはある部分そうであり、ある部分では間違っていた。

 男爵程度の財力では、そのように壮麗豪華な城は建てられぬという懐事情も事実ではあるが、かといって公爵などの高位にある者が財力にあかせて、王都にある王城のごときものを自領とは言え建てることができるかと言ったら、そう簡単には行かない。

 いや、原則的には不可能である。

 城は、王や貴族の住居であり、領地経営のための行政府であり、いざという時の防御施設であるというに止まらず、平時においても兵舎や武器庫としての機能を持つ軍事基地である。

 そういった実務的な存在意義とは別に、権威的なそれがある。

 単純な話であるが、城の中で何が行われているかなど知らないし実のところあまり知りたいとも思っていない庶民たちにとっては、その城の外観が大きく豪華であればあるほど、そこに鎮座している者は偉いのだと思うものなのだ。

 よって、王都において貴族が王城よりも豪華な住居を建てたりするのが御法度なことはもちろん、いくら離れた自領とはいえ権威の象徴である城を、王のそれを越えるような規模豪勢さで建てることは、王の権威への挑戦と受け止められ叛意を疑われることになりかねない。

 そのような疑いを王に抱かれるのは嫌なので、皆自重する。

 だが、原則的には不可能であることだが、その原則が崩れれば結果も変わる。

 王と貴族の力関係が、貴族有利に傾くと、そのような自重をする心が緩む。

 いや、先ほど権威への挑戦と言ったが、正にそれが目的で、王を凌ぐ城を建てて自らの威を誇示した人物も歴史上には何人か見ることができる。


 ハウト男爵の城……というか館に入ると、一行は執務を執り行う部屋に通された。

 部屋に入ると、広い机があり、その向こう側に豪華な椅子が見える。

 そこからやや離れた所に、それよりも一回り小さく金もかかってなさそうな机と椅子があり、そこへ座って一人の中年男が手に取った書類へ目を通し、ペンを走らせ見るからに熱心に仕事に励んでいた。

「ブレンニール殿」

 ミレーナが言うと、男はそれに反応してひょこっと立ち上がり、腰を低くした体勢で小走りに近付いてきてミレーナの前に片膝をついた。

「お久しゅうございます。お嬢様。……予定よりも出立を早めていただき、感激に堪えませぬ」

 ブレンニール……というのは、男爵の留守中の領地経営を任されている代官のことだ。

 才気煥発のやり手を想像していた恵一は、その挙措動作がどうも軽いものに感じられてしまい拍子抜けした。

 それとも、ミレーナの気さくさに甘えて、自分たちの態度が男爵令嬢に対するにはあるまじき振る舞いなのであろうかとも思ったりもするが、もしそうならイリアが注意するであろうから、やっぱりこれは、この人がそういう人なのだ。

 ブレンニールはイリアとも面識があるらしく、一頻り挨拶を交わした後、さすがに弱そうなくせに長短二本の剣を腰から下げる男と、クロスボウを担いだ少女と、獣人の子供という怪しむなというのが無理な三人組に訝しげな視線を向けた。

「ああ、この人は私の命の恩人です。この度、護衛として仲間の方たちと着いてきてくださったのです」

 ミレーナはそのようなことを意識して言っているのではないだろうが、命の恩人という言葉の重みは相当なものだ。ブレンニールは、納得したとも言えぬ態度であったが、とりあえずは恵一たちを露骨に怪しむ素振りは引っ込めた。

「それで、お兄様はどちらに」

 それである。そのために予定を早めてやってきたのだ。

「それが他行中です。……すぐに戻られるとは思うのですが」

 ミレーナの兄の話になると、ブレンニールは目に見えてしょげた様子になった。その兄とやらがここにやってきてからそれほど時間は経っていないはずだが、その短時間のうちによっぽど酷い目にあったらしい。

「あのぅ……口を挟んですみませんが。そもそもトラブルとはなんなのでしょうか。いえ、もちろんおれたちが知ってもしょうがないって言えば、そうなんですが」

 この旅の目的は、トラブルが起きてそれはほぼ解決しているのだが男爵の決裁が要るために、ミレーナが男爵名代として領地に行くということであった。

 そのトラブルの内容についてはミレーナは説明してくれなかったし、ほぼ解決しているというので別にどうでもよいかと思っていたのだが、兄の登場でおさまりそうな事態がおさまらんことになりそうならば、興味もわいてくる。

「事態を整理するためにも、最初から今までのことを説明していただけないでしょうか」

 と、言ったのはイリアである。

「私も、解決したようなものと聞いていたのであまり詳しくは知らないのです。万が一、あくまで万が一ですが最悪の事態になった場合、私は姫様のお立場も考えて行動せねばなりません」

「……いや、はい、もっともですな」

 と、ブレンニールがイリアの言葉に頷く。

「それでは、お手数ですがブレンニール殿、お願いいたします」

「はい」

 ブレンニールは机の上にあった書類から何枚か取り出してから話し始めた。

「この度の揉め事の厄介なところは、我が家だけの問題ではなく、他家との間に生じた問題だということです」

 相手がいる問題であり、内々で穏便に片付けるような手が取れない。

「他家、というのは隣のリアントゥム男爵家ですね」

 大雑把には事情を知っているイリアが言った。

「はい……同じ男爵家同士というのが、これがなかなか、却って難しい問題でありまして……」

 ことは、ハウト男爵家に仕える戦士がリアントゥム男爵の城館のある、男爵領の首都とも言うべき街イルスムに行ったことから始まる。

 戦士は、エリックという名の歳十八の青年であったが、日々修行に励んでレベル7に認定され、有望株として注目を集めていた。

 彼は、個人的な武技だけでなく指揮能力にも磨きをかけて、いつか部隊を指揮するようになりたいと志しており、休暇を利用してリアントゥム男爵家の演習を見学に行った。

 リアントゥム男爵家は、古くからの武門であり、その兵の進退にはハウト男爵家よりも優れたものがあると評判であった。

 エリックは、それを我が目で見て学ぼうとしたのである。

 その演習は、別に秘密でもなんでもない。

 平原で、これ見よがしに、むしろ我がリアントゥム男爵家の武威を見よやとばかりに行われているものだ。

 付近の住民や、旅の者が普通に見物しており、エリックもその中にいた。

 だが、彼は少々目立っていたのは事実であった。見る者が見ればわかる隙の無い身のこなしをしつつ、演習を見て紙に忙しくペンを走らせていたのだ。

 いくら公開された演習と言っても、そのような者がいれば、目ざとく気付いて疑惑を持つ者もいる。

 エリックは、いつの間にか数人の兵に囲まれていた。

 彼らが自分をスパイだと思っているらしいと悟った彼は、大変な誤解を受けてしまったと少しだけ驚きつつも平静に、精鋭と評判のリアントゥム男爵家の演習を見学して勉強していたのだと説明した。

 その際に、自分はハウト男爵家に仕える者であり、将来は部隊を指揮したいのだと言った。

 その様子を見物していた者が何人か目撃しており、エリックはなんの屈託もなくそう言ったのだという。

 エリックは拘束され、連行され、拷問を受けた。

「いやいやいや! ちょ、ちょっと待ってください」

 話の腰を折るのは自覚しつつ、恵一はそこで口を挟まざるを得なかった。

 ブレンニールが気分を害した様子ではなく、話を止めて恵一の言葉を待つ様子であったのでそのことに安心しつつ、恵一は言った。

「いや、拷問って、おかしいでしょう。お隣のハウト男爵家の人間だって言ってるんでしょう。それを、拷問って」

 拷問は、スパイであることを自白させるためのものなのだろうが、それにしても身分を明かし、しかもその身分というのが主家とはいわば同格の男爵家の家臣である者に対していきなり拷問とは、飛躍し過ぎているとしか思えない。

「うむ、私も疑問です。両家はそれほど険悪でしたか」

 イリアも、恵一に同調する。

「険悪か、どうかと言えば……お互いあくまでも一部ですが、お互いを過剰に敵視する者たちがいるのは事実です」

 ブレンニールが言うには、ライバル意識が変な方向にねじ曲がってしまった連中が残念ながらいるらしく、そういった類の輩にエリックは捕えられてしまったらしい。

「新参者の男爵家め!」

 エリックを連行する際に、憎々しげに吐き捨てた言葉を、やはりその場にいた見物人が聞いていたそうだ。

「新参者、ですか?」

「うむ」

 ハウト男爵家は、現当主、すなわちミレーナの父親の祖父が爵位を授与されて始まっている。

 ただいま三代目ということであり、それほど歴史が古い家ではない。

 対するリアントゥム男爵家は、ヤシュガル王国の勃興の際より王家に付き従って十代を重ねているから、爵位こそ同じ男爵でも遥かに歴史のある家である。

 ただ、リアントゥム男爵家は武門の家柄であるが、代々どの当主も武を誇り武を磨けと育てられるせいか、武に傾き過ぎなところがあった。

 むろん、戦場で武功を立てて王より褒賞を賜った者も数多くいるのだが、意見の対立した同僚をぶん殴る、無能と見なした司令官の命令は無視する、などの行為も多く、十代の間に二度ばかりマジでお取り潰しが取りざたされたことがある。

 結局、王から叱責の使者が行くと恐れ入りまくって自分に鞭打って傷口に自分で塩を揉みこんだり、真冬にパンツ一丁で城門の前にひざまずいて許しを乞うたりするのがその時々の王には非常にポイントが高かったらしく、

「まあ、色々問題はあるけど、とにかくうちの王家には忠実だから」

 と、いうことになり、王朝立ち上げの際の功労をもってそれほど重くない罰で済まされていた。

 よくも悪くも「そういう」家なので、最近男爵になって三代程度の家に対しては「新参者」という侮蔑の言葉を吐いていいのだという空気が、下の者にまで生じてしまっている。

 ハウト男爵家が、武力だけでなく宮廷政治など――すなわちリアントゥム男爵家が不得手とする方面にも長けていて、子爵への叙任も現当主の存命中にありうるのではないかと言われているのも、その敵意に拍車をかけにかけている。

 二度も、すわ取り潰しかというところを王家への忠誠と過去の功績で乗り切ったリアントゥム男爵家であるが、そのせいで爵位は男爵のまま据え置きである。

 同じ男爵だが、あいつらは歴史が浅いので「新参者」であると精一杯見下ろしているのに、爵位が上を行かれたらもうそのマグマのような鬱憤は行き場所が無い。

 いや、既にマグマは熱量を上げており、その持っていき場所に、不幸にもエリックがなってしまったのかもしれない。

 エリックは、能力もあったし志もあったし努力家でもあった。

 だが、惜しむらくは若さも手伝ってのことであるが、青春をひたすら自己研鑽に費やして、そういった事情への知識が無かった。

 むしろ、エリックはその場ですぐにハウト男爵家の者であると明かさぬ方がよかったかもしれない。

「あの、それでそのエリックさんは……」

「死にました」

 拷問による事故死であり、殺すつもりは無かったというのがあちらの言い分である。確かに死体にはこれが致命傷だと言えるような傷は無く、無数につけられた致命的ではない傷による衰弱死の線が濃厚で、確かに殺すつもりは無かったというのは真実であるようだった。

 それでも、そもそも拷問にかけるのが適切とは言い難い行為であり、殺すつもりはなかったといくら言ったところで実際に殺してしまっているのだから、このことが露見した時には、さすがにリアントゥム男爵家の方もこれはまずいと頭を抱えた。

 自分たちの側に非があることを認めざるを得なかった。

 代官として折衝にあたったブレンニールとしてはまずそのことに安堵した。彼らがそれを全く認めないという可能性すら想定していたのである。

 むろん、散々述べた通りの有様であるから、個々人ではそういう連中もいたのだが、いやさすがにそれは通らんと上層部は考えた。

 その上層部というのがブレンニールの折衝相手であるわけだが、あちらも男爵当人は王都にいて不在であり、出てきたのは男爵の長男であるリード・リアントゥムであった。

 今年三十歳のまだ若々しく見えるその男について、ブレンニールはあまり知識が無かった。

 お互いが、男爵より留守中の全権を任されたという立場では共通しており、それゆえに有する権限もほぼ等しいはずではあるが、その権限を行使するにあたっての自由さは同じというわけにはいかない。

 どうしても、地位の上下はあっても家臣であるという意味では他の者と同列のブレンニールと、ゆくゆくは男爵となることが見込まれている跡取り息子のリードとでは家臣たちに対しての影響力に差がある。

 ブレンニールがしくじって彼らの心情を害してそれが限界を超えた時、一部の者が、このようなことは男爵の真情にそぐわぬことだと反抗したり、勝手に王都の男爵のもとへ駈け込んでブレンニールを糾弾したりするかもしれない。

 そこでそういった不平分子を押さえ込み或いは丸め込まねばならぬわけだが、あちらで似たような事態が発生した場合、男爵の長男であるリードはブレンニールよりも遥かに容易に家臣たちを説得できるだろう。

 ブレンニールは折衝にあたり、もちろん事を荒立てずに済ます方針を採った。

 彼自身の性格がそうであったし、いくら全権委任されているとは言えそれは領地内の経営についてであり、隣の領主と戦争をするような対外的な政策についての権限は無い。

 相手側がとりあえずは非を認めているのに安堵したブレンニールであるが、その安堵も最悪の事態にはならなかったことを喜ぶという以上のものではなかった。

 非を認めるからには謝罪の意思はある、少なくともポーズだとしてもリアントゥム男爵家としてハウト男爵家に頭を下げてもよいと思っているのは確かだろう。

 だが、謝罪の仕方にも程度がある。

 エリック殺害に関与した者を処罰して、こちらが完全に悪かった。まったくもって弁解のしようもない。まことに申し訳なかった。……と、謝り倒してくれた上にリアントゥム男爵名義でエリックの遺族への弔意を表し、弔い金をなんぼか包んだ上に、代理の家臣でいいから墓参りでもしてくれれば、こちらの家臣団も納得するであろう。

 もちろん、エリックと特に親しかった者の中には、それでも許さんと騒ぐ者もいるだろうが、大部分が納得していればそういった動きに同調する者はほとんど出ないだろうし、賛同者が少ないと見れば彼らの勢いも衰え、説得もしやすくなる。

 だが、さすがにそこまで平身低頭してくることはないだろうと、日頃の関係からしてブレンニールは踏んでいた。

 初めてリードとの会見に臨んだブレンニールは、まず開口一番にエリックに対する弔意を示し、遺された彼の家族は彼がいなくなったことにより生活に困窮などしていないだろうかと尋ねるリードに明るい予感を持った。

 そして、それは彼が、

「とにかく、事を荒立ててはいけません。小競り合い程度でも争いが起きれば、我ら留守を預かる者の大失態でありましょう」

 と言ったことにより的中した。

 この人は、自分と同じだと深い安堵を感じつつ思った。

 ブレンニールが一番恐れていたのが、要求を通すために戦争も辞さずという態度で押してこられることであった。

 先に述べた通りにその権限は与えられていないと言っても、相手からそのようなことを言われれば交渉の手として、ならばこちらも受けて立とうと毅然とした態度をとって見せるぐらいのことは許されるであろう。

 だが、ブレンニールは性格として、それが自分にできるか甚だ不安であった。

 そのようなことをされた場合に、自分がそれではいけないとわかっていながら押し通されてしまうことを心底恐れていた。

 リードの言葉は、私はそのようなことはしませんよ、と言っているのであり、ブレンニールを救った。

 そのことで、まず彼はリードに対して好意を持った。

 恵一たちにその話をする際にも、それが溢れるようである。

 恵一たちとそれからミレーナも、単純にリードという人はよい人なのだなと思ったが、ただ一人イリアだけは少し苦い表情になった。

 交渉相手にいきなり初対面からそのように好意を持ってしまうのは、どうかと思ったのだ。

 だが、ともかく交渉は始まり、上手く行った。

 リードとブレンニールは短期間で互いに求めるところは同じであることを理解し、胸襟を開いて語り合うことができた。

 問題は、要するにリアントゥム男爵家がどの程度謝るか、ということであった。

 もちろんブレンニールの希望は既述のごとくの全面謝罪であるのだが、そこまでやるとハウト男爵家の側が納得しても、今度はリアントゥム男爵家の方が激昂し、なんとかこちらの非は認めるというところまでは納得していた連中までもが感化され、あれはスパイだったのだから、そんなもん送り込んできたあっちが悪いのだからそもそもこちらに非は無い、などという過激な意見が力を得てしまう恐れすらあった。

 結局は、どちらもが心の底から納得する、などという方法は無いに決まっているのだから、バランスをとって、どちらもが正直納得はしてねえんだけど我慢できないほどではないというような方法をひねり出すしかなかった。

 その調整の際に、ブレンニールは嫌でもリードが身内からの突き上げにさらされ、それらを刺激しないように苦慮していることを知った。

 そして、それはブレンニールの境遇でもあったのである。

 このような場合、下手に刺激するのを恐れて怖々と扱わねばならぬ身内よりも、本来はその身内よりも薄い関係性であるはずの交渉相手に共感を得やすい。

 目的も、直面している問題も同じなのだ。

 その上で解決策を話し合っているのだから、本来の味方よりも協力関係にあるのは交渉相手その人なのである。

 ブレンニールはまず譲れないところとして、リアントゥム男爵名義によるエリックの遺族への慰謝料と、犯人の処罰と、それなりの心のこもった謝罪――ペコリと頭を下げてこれでいいだろというようなのは不可――を挙げた。

 リードは、遺族への慰謝料は最初から払うつもりであり、謝罪に関しても男爵当人ではなく自分でよいのならばそちらに足を運んでもよい、と言った。

 謝罪については、リアントゥム男爵を引っ張り出したとしても果たしてどこまでの謝罪をさせられるかは不透明であり、そのことでの刺激を思えば、むしろ男爵当人よりも軽い印象は否めないが、息子のリードに心のこもった謝罪をして貰う方がこちらの不平分子をなだめる効果も高いのではないかと思った。

 一応、男爵の留守中に起こった事件であり、留守を任されていたリードが責任を取るのは筋が通っているし、父にそのようなことをさせるわけにはいかぬと自ら頭を下げにやってきたリードに対して、ハウト男爵家の人々が多少なりとも感じ入る効果も期待できた。

 謝罪については、それで説得可能であるということになり、問題は処罰のことになった。

 重大である。

 他をなんとか取り繕っても、ここで下手を打てば全てが壊れかねない。

 あまりにも軽ければ、エリックの死をその程度に考えているのかと憤りを感じる者が続出するだろうし、そうなればいくら慰謝料を包もうが、却って金で片付けようとしているのだと思われてよくない。

 逆に重ければ、そこまでしなければいけないのかという不満が芽生え、それを土壌にまたぞろ「そもそもあれはスパイじゃあ」という、非を認めたからこんなことになってしまったのだから認めなければよい! という理論が横行しかねない。

 ブレンニールとしては、一人でいいから死んで欲しいというのが正直なところであった。

 実際どうだったかなどはぶっちゃけどうでもいいので、一人、こいつが主導的な役割であったというのを選んでエリックと同じ所に行っていただきたい。

 こっちが一人殺られたから、あっちも一人死んでもらう。

 単純すぎる解決法だが、感情に突き動かされているような人間には、却ってそんな単純な答えが納得できたりするのである。

 だが、それにはリードが難色を示した。

 死は、一線を越える。

 まさに、エリックが死んでしまって一線を越えたためにこのような事態になっているのであるが、その死に関しては真実か否かは知らぬがその場にいた者は殺すつもりはなかったという主張を頑として変えない。

 リードとしては、彼らの話を聞いた結果、殺すつもりはなかった、というのは本当であろうと考えているようだ。

 ブレンニールも、そこはさすがに、殺すつもりで殺すほど馬鹿ではないだろうと思っているのでリードの意見に同意である。

 協議の末、死人を出してはとても説得ができないというリードの苦衷を察したブレンニールの提案で、その場にいた者の中で最も身分の高い者の監督責任を問うて追放刑に処して、その他の者は身分に応じて謹慎罰金等の罰を与える、ということになった。

「それならば、なんとかなる」

 ほっとしたリードを見て、この誠実で立派な人を助けることができてよかったとブレンニールは思った。

 話を聞いている恵一たちも、それはよかったと素直に思った。話者であるブレンニールにどうしてもリードへの好意があるために、恵一たちもリードがほっとしたことは、それはよいことであると思ってしまっていた。

 しかし、やはり、イリアは苦い表情をしているのであった。

 とにかく、定まった。

 ブレンニールとリードは、それぞれ「身内」の説得に取りかかった。

 困難な作業であったが、ブレンニールはリードが心から今回のことを反省していて、自ら謝罪に訪れたいと言っているということを前面に押し出して、いわばリード・リアントゥムという、とても誠実な信用の置ける男の好人物ぶりを喧伝することで突破をはかった。故意に論点をすり替えていると言われてもしょうがないが、ブレンニールはそれによって得られる平穏無事な解決という結果こそ至上のものと確信し、迷うことはなかった。

 リードの方も、論点すり替えに似たようなことは行っていた。

 彼の場合は、処罰を受ける者たちを説得するのに、彼らの戦士としての誇りを衝いた。

「エリックという青年は、レベル7だったそうだ。やろうと思えばかなりの抵抗ができたであろうに、手向かいせずおとなしく連行された。そんな青年を問答無用で拷問にかけたのは戦士としてどうか」

 そちらの方面からじわじわと攻めて、最終的には拷問を受けても屈しなかったエリックの態度を、軟弱なハウト男爵家の者ながら立派であったと思う、という言葉を引き出した。

 そういう心境の変化にともなって、追放になる者も、追放で済むならむしろ御の字ではないかと思うようになり、当人が納得したために、他の者も煽られて軽挙する恐れは無くなった。

 ブレンニールは困難な仕事を終えた達成感に昂揚しつつ、事態の解決を王都の主人へと報じ、合わせて、今回のことは以上の条件をもってお互い納得し以後蒸し返さないという内容で調印を結ぶ、ついては相手はリアントゥム男爵の子息であるから、こちらもそれに見合う者を送って欲しいと願った。

 そして、それに対してミレーナがやってくることになった。

 もう解決したも同然と考えていたブレンニールは、彼女を出迎える準備を命じつつ、幼い頃しか知らぬお嬢様に会うのを楽しみにしていた。

 最近の彼女を知る者などは、王都でも指折りの美人になっていると、あながち主家へのお追従とも思えぬ熱意で語っており、そのことも密かな楽しみであった。

 で、美しく成長したお嬢様が明日にも到着するという時になって――

 どこからともなく、主人の長男であるアレン・ハウトがやってきたのである。


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