地下室
「で、こいつは何してるんだ。寝てるのか?」
小さくなった少女に目をやりつつ、兵士が言った。
「いや、起きてはいると思いますが、散々怖い目にあったせいか、さっきからこんな感じで」
「ふぅん」
と、応えた兵士の表情などからは、それほどに少女へ対する同情のようなものは見られなかった。
恵一は、このまま引き渡すのに抵抗を覚えて、質問した。
「この子は、どうなるんですか?」
魔王の係累として斬首――
こんな年端もいかぬ子に、そんなことはありえない、とは言い切れない感覚がこの世界にはある。
「おれは、連れてこいと言われているだけだ。まあ、尋問があるだろう。処遇はそれ次第だな」
「殺されたりは、しないですよね?」
願望をこめて、尋ねる。
「いや、それはわからん」
恵一は、なぜ自分がこの子のことを心配しているのか、そんな筋合いは無いではないかと心の片隅で思うには思ったが、すぐにそれを片隅からも追い払った。
少女は、魔王に手酷い扱いを受けていた。手下だったとしてもその悪行にすすんで加担していたとは思えない。
「尋問っていうのは、アレンさんが?」
これもまた、多少の願望こみの質問だ。なんだかんだで、アレンはこんな女の子の首をはねるのはよしとしないだろう。
「いや、ヴェスカウ伯爵家の者がやるだろう。他の捕虜の尋問もそっちでやっているからな」
「あっ、そうですか……」
それはよくない、と恵一ははっきりと思った。
ヴェスカウ伯爵家は、先代を殺され、当代になるべき者も殺されかけて生死の境をさまよっているのだ。
それをなした魔王への怒り恨みは、骨髄まで浸透しているに違いない。
魔王当人は、なにしろその強さは尋常ではないので短兵急に一気にトドメを刺しにいく必要があったからそうしたが、本音を言えば、じわじわといたぶり尽くして殺してやりたかったはずだ。
その怨念が、魔王の手下である少女に向くのではないか。
「とにかく、連れていくぞ」
「あっ」
無造作に、兵士が少女を抱え上げていこうとする。で、案の定少女はジタバタ抵抗し始めた。
「おっ、こいつ。動くな動くな」
はっきり言って少女の抵抗など屈強な兵士に対しては抵抗にもなっていないが、それなりに鬱陶しいのか、兵士は顔をしかめた。
「あっ、おれらが運んでいきましょうか?」
咄嗟に恵一は言った。
「これに乗せて運べば、おとなしくしてるんで」
と、さっきも搬送に使った皮鎧を見せる。
「ケイト、いいよな」
「あー? まあ、別にいいぞ」
ケイトは、一瞬なんでそんなことせにゃならんのよ、という顔をしたが頷いた。こいつを運んで行けば、なんか面白い場面に立ち会えるかもしれないと思い直したのだ。
「じゃ、ほら、ここに」
と、もう話は決まったと言わんばかりに恵一とケイトで皮鎧を持ち上げる。
兵士は少し迷ったようだが、少女の動きがおさまるどころかますます激しくなってきたので言われるままに鎧の上に少女を置いた。
くるっ、と丸まってまたさっきと同じ体勢になって動かなくなる。
「ほーお」
それきり肩で息をしながら、そこ以外は全く動かなくなった少女に感心したような声を出してから、兵士はこっちだ着いてこい、と歩き出した。
いちに、いちに、とリズムを合わせながら恵一とケイトは少女を運んで行った。
どこへ行くのかと思っていたら、兵士の足は砦に向いた。なるほど、どうやら魔王がこもっていて放棄した砦にオーレンを運び込み、本営を設けているらしい。
兵士は、番兵らしき者と話して、すぐに通された。
魔王の手下を連れてくる、という話は聞いていたらしく、彼らは覗き込むように少女を見た。
「……完全に子供じゃないか」
拍子抜けしたような声が聞こえたのに、恵一はやや気持ちを明るくした。
いかに怒り恨み、それが燃え盛っていようとも、ヴェスカウ伯爵家の連中も兵士であり武人である。魔王の手下と言ってもあからさまに幼いのを見て気勢が削がれたのだろう。願わくば、この少女の処遇を左右する人間も、同じ感覚を有していて欲しいものだ。
地下に、下りた。
捕虜は地下で尋問を受けているそうだ。
上階への階段を封鎖すれば、それだけでよく、窓からの逃走を考慮せずによいという点だけでも地下は捕虜の監禁場所としては適切だが、それ以外には尋問に伴う拷問による悲鳴が、特に微妙な状態であるオーレンの元へ届かない、という利点がある。
とは言っても、そちらについてはあまり意味も無かった。
兵士が言うには、先に尋問を受けている連中は、一人残らず魔王への忠誠心は無く、拷問などせずとも問いにはすすんで答えているそうだ。もっとも、口から出て来る言葉の九割は自己弁護であり、それはいいから事実だけ言えとぶん殴られたりはしているようであるが……。
「おお、来たか」
一人の男が、顔を上げて言った。
彼は、椅子に座って机に向かい、なにか書き物をしていたようである。状況からして複数の捕虜の証言を突き合わせてまとめているのだろう。
「これが、そうか」
年端もゆかぬ少女である。というのは証言から情報としては得ていたが、わかってはいたのだが、という感じで男は驚いた。
「見たところ、拘束しているわけではないようだが……怪我をしているのか? それならば先に治癒してからでよいが……」
逃走の恐れがあるのならば、拘束して担架かその代わりになるものに乗せて運んでくるのは納得できるが、拘束せず、かといって身じろぎ一つせずにいる姿からは逃走の気配もなく、怪我でもしていて動けないのでは、と思ったのだ。
「いえ、治癒は済んでいます。ただ、ずっとこんな感じで……」
恵一は、どうやらこの件に関してはかなりの権限を持っていそうな男が、ごく自然に少女への労わりの気持ちを見せたことにほっとしながら、言った。
「どういうことか? 死罪になると思って怯えているのか?」
そうではなく、それ以前の問題である。魔王へ与した罪により死罪に云々といったことを理解しているとは思えない。
ただひたすらに、外界からのあらゆるものを遮断して安らかでいたい、というだけのことであろう。
それらのことを説明するのに、恵一はここぞとばかりに激戦の最中に全軍の標的である魔王の盾に使われたことで、彼女がどれだけ酷い目にあったかを述べた。
「ふむ、厄介だな」
男の眉間に谷ができた。完全に心を閉ざしている少女の尋問への困難さを思ってのことである。
「こういう時は、時間が必要なのだが……」
その時間が無い。早急に証言が欲しいのだ。
「ところで……」
だが、とりあえずそれは置いておいて、男が恵一を見て言った。
「君の話を聞くに、魔王とかなり直接やり合ったようだが……」
確かに、少女のことを説明するにあたって、そこで自分が魔王に斬り付けようとしたら……とか、鑓で刺して、とかいうことも言っており、それを聞けば恵一がかなりの最前線で魔王と戦っていたことはわかる。
「その話も、聞きたい。いいかね?」
口調としては問いかけながらも、有無を言わさぬ様子で椅子に座り、別の椅子をすすめてきた。
「は、はあ……別にいいですけども」
すすめられるままに座り、聞かれるままに答える。
男は、ふむ、ふむ、と頷きながら聞きとった内容を書きつけている。
「なるほど、そのカツヤという者と協力して……」
「はい、自分だけでは、無理だったでしょうね」
恵一は、元からの性格もあって、自らの功を誇らずに話したが、意識していないこととはいえども結果として客観的な内容となった。
実は、背後にいるケイトなどは、まったくもうケーイチはこういうとこ駄目だなあ、もっとアピールせんといかんぜ、とかもどかしく思っていたりもするのだが、男はむしろ恵一のそういったところに好感を持ったようだ。
「ふむ、実によくわかった。ありがとう」
聞き取りを終えて、男は筆を置いた。
「そう言えば、名乗りをしていなかったな。私はガスパー・リグートと申す。新参だが、オーレン様に過分な重用を受けて細々としたことを仰せ付かっている」
「あ、どうも。ケーイチ・アマモトです。……ただの傭兵ですけど……まあ、その、お嬢様……アレンさんの妹さんを助けたことがあって、それが縁でハウト男爵家とは多少」
名前を名乗るだけでなく、現在に至る多少の経緯を相手が述べたので、恵一もそれに合わせたが、咄嗟のために要領は得ていない。
ガスパーは、そこは正式な家臣ではないが男爵家の兄妹と少々親しい関係らしいという程度に理解して流した。
話が一段落したところで、ガスパーは少女に目をやった。
相変わらず、同じ姿勢である。
「その、カツヤという勇猛な青年は、今どこに?」
「え? あ、すいません、それは……たぶん、どこかで治癒を受けていると思うんですけど」
カツヤは、少女を庇って魔王の鑓の一打をもろに喰らって戦線離脱してしまってから所在がわからない。おそらくは、かなりの腕利きの魔術師であるセレナというツレの女性に治癒魔法をかけてもらっているはずだが。
「ふむぅ」
ガスパーは、難しそうな顔で唸った。
一方、言われてそういえばあいつどこ行ったんだと思った恵一も、彼に会いたく、というか会わねばならぬと考えた。
ただの戯言扱いで誰にも気に止められていない魔王の断末魔だが、むろんのこと恵一には強く響いていた。
こっちの世界につれてこられた――
というその言葉は、彼が自分と同じ境遇にあることを指すとしか思えぬ。
片や魔王、片やそれを倒す者という立場の違いはあれど、それは召喚した者の思惑次第なのだろう。
その魔王は、死んでしまった。もう話を聞くことも、元の世界に戻る方法を講じることもできない。
だが、自分以外にも元の世界からつれてこられた者がいる、という事実はそれまで偶然で片付けてしまっていたカツヤの言動の意味を捉え直すのに十分であった。
自分は、魔王を倒すために選ばれた者である――
という、カツヤが吹きまくったので、その実力が知れる前は、おぅおぅ若いのがのぼせ上がっとるわ、元気だねえ、と半ば好意、半ば呆れをもって受け止められていた台詞が、俄然真実味を持ってくる。
カツヤは、正に自分と同じ。魔王としてではなく、それを倒すための存在としてこの世界に召喚された者なのではないか。
ほぼ確信するに至った今となっては、確認する方法は簡単である。直接会って、そのことを言えばよい。名前や風貌からして、カツヤは恵一と同じ日本人だ。歳も近いし、共通の話題を出すのも容易く、自分が同じ世界からやってきた人間であると納得させることは難しくないだろう。
「おい、おい」
ガスパーの声を聞き、彼が少女を小突いているのを見ると、恵一はそのことを一旦頭から消して、成り行きを見守った。
駄目だろうな、とは思っていたが、果たしてその通り、ガスパーの声にも加えられる小さな衝撃にも、少女は頑なに心身を閉ざして動かない。
「捕らえた連中は魔王が恐ろしくて従っていたが、どこの何者かも知らぬ、知っているとしたら自分たちよりも以前から仕えていたらしい老人と、その弟子の娘だけだ、と言うのだ。その娘というのがお前であろう。魔王と名乗っていたあの男が何者なのか、知っていることがあったら教えて欲しいだけなのだ。お前のような子供がこのような悪行をそそのかしたわけはないし、自ら武器を持って戦ったわけでもあるまい。聞けば魔王には随分とぞんざいな扱いを受けた様子。なにも恩など感じずともよいのだ。子供のお前に罪が及ぶことはないから知っていることは全て話せ」
ガスパーは、温和に語りかけてその門扉を開こうと試みたが、反応は無い。
そもそも、声自体がただの音としてしか聴覚が認識せず、内容を理解するに至っていない。すなわち、そこまで外部からの一切を拒絶しているように見えた。
「止むを得ないな。おい、おい」
やや強く、少女の肩を叩いた。
「何も話さない、と言うのならば少し痛め付けるぞ。それが嫌ならば話せ」
ガスパーは、温厚で人格円満な人に見えたが、いざとなれば手段は選ばぬのか、それまでの優しげな顔とは裏腹に、鞭を持ち出して言った。
いや、顔はそんなに変わってはいない。まだ、幼い少女への優しさは失わずに、事務的に鞭を振ろうとしているのだ。
漠然とではあるが、こういう手合いがもっとも手強い、と恵一もわかっていた。情に訴えたところで効果は無いが、情に訴える以外に手が無い。
ふと、なぜ自分はこんなにも必死になってこの少女を守ろうとするのだろうかと思う。言葉を交わしたこともなく、自分を頼ってきたわけでもない。
だが、それは振り払った。誰にも頼ろうとしないことが、頼っているのと変わりない。自分だけが頼りだ、という言葉や態度に恵一はすこぶる弱いが、誰も何も頼りにならぬと閉じこもる少女には、おれを頼ってもいいんだよと言ってやりたくなる。
だが、まあ、頼られてどうするのか、と言えば何もなし難い。まあまあとガスパーを止めてみたが、やはり止むを得ないから、の一点張りである。
どうしたものかと悩んでいると、ガスパーは事務的に鞭を一発、少女の背中に打ちつけた。
「あっ!」
ぴしり、と痛々しい音が鳴り、恵一はちょっと待ってまだどう説得するか考えてるのにと多少の抗議めいた視線を向けるが、当然のようにガスパーは一顧だにしない。
「痛い!」
反応は、あった。少女が叫んだのだ。
「痛いだろう。質問に答えれば、もう痛いことはしないが、そうやって黙っているのならば何度でも痛いことになるぞ」
「いや、待ってください。それじゃ却って」
少女は、心を閉ざしてしまうだろう、とようやく思い付いた説得力のある、と恵一が信じる言葉を継ごうとしたところ――
「こ、答えます」
少女は、それまでの沈黙を打ち破ってあっさりと言った。
「痛いの、嫌です。なんでもしますから」
震えながら、屈服した。
「よし、それでよい。とりあえず、起きろ」
言われるがままに、少女はビクビクしながら身を起こした。
やはり怯えたままに、質問に答えていく少女に、恵一はガックリと肩を落としていた。
気遣いに気遣っていた自分が馬鹿みたいではないか、と恨みがましい目を少女に向けたりもしたが、次の答えで色々とふっ飛んだ。
「別の世界?」
ガスパーも、それには目を見開いて首をひねった。
「あの魔王は、別の世界からお前の師匠が魔法で召喚した、と言うのか?」
「はい」
少女は頷き、すぐに本当ですと必死に言った。
「ああいや、驚いただけだ。お前が嘘をついていると疑っているわけではない」
ガスパーがそう言って、鞭を手に取る様子も無いと見るや、少女はほっと安堵の息を吐いた。
鞭を、痛みを恐れてガスパーに絶対的に服従し、その機嫌を損ねることを極端に嫌う素振りに、先程の恨みがましさは消え、再び、前にも増して同情心が起こった。
「超特化型……別の世界……そういうことがあるのか……どう報告する……或いは、せぬ方がよいか」
ガスパーは、疑ってはいない、とは言ったものの信じられぬようであったが、恵一としては疑問が確信に変わった。
そこのところについてはとりあえず追及はせずに、他の質問へと移った。魔王のことだけではなく、彼女自身の生い立ちまで質問は及んだ。
ここで、恵一はこの少女の名前がルルであることを知った。
その自分を自分であると他者に識別させる記号について、ルルは複雑な思いを持っていたが、ガスパーにも恵一にもそのことは知る由も無い。
物心ついた時には奴隷、という境遇から、彼女の態度がわかるような気がした。
ガスパーを主と認めたというわけではないが、とにかく自分を鞭打つ人間に怒りや反感を抱くよりも、この人の言うことを聞かねばならぬ、と即座に屈服するよう育てられた人間なのだ。
質問を終えると、ルルが逆に質問をしてきた。もちろん、それも恐る恐る、ガスパーの手と鞭の間に、忙しなく視線を往復させながらだ。
ガスパーが鞭を手に取ったのに、びくりと震えたが、彼はそれを部屋の隅にある箱に投げ入れた。
「なんだ?」
鞭が手を伸ばせば届く位置にあるというだけで、ルルを怯えさせているのだと悟ったガスパーがそれを遠ざけて見せたのだ。
「魔王様は死んだのですね?」
ルルは、魔王の死の際には既に小さく丸まって外界からの全てを遮断していたので、自分のすぐ近くで起こった魔王の死についてはガスパーからの質問に答える中で察したが、念の為と言った感じで尋ねた。
ガスパーが頷くと、そうですか、とあまり感情の動きを見せずに言った。
「お師匠は、お師匠は生きているのですか?」
一時は、この人はお師匠よりも自分に優しくしてくれる人かもしれない、と思った魔王に酷い扱いを受けたルルにとって、今やお師匠こと、魔王を召喚した老人こそが寄るところであった。
「いや、死んだ。話を聞きたかったのだがな」
ガスパーは何気ない様子で言ったが、それがルルに与えた衝撃は大きかった。嗚咽し始めたのを、ガスパーは放っておいた。
どうせ生きていたところで、これまで通り、ルルに魔法を教えて、というわけにはいかない。幼く、魔王軍の一員として大した働きもしていないルルと違って、そもそもが異世界から召喚した者を魔王となし、領内を荒らし、伯爵を討ったことの首謀者である。命が助かるわけはない。
そういうことまで頭が巡っていないらしいルルは、まるで老人が生きていたら何も問題は無かったのに、とでも言うように泣き続けた。
一頻り泣き、涙も涸れると、彼女は鞭打たれるのを恐れるのとは、また別種の恐怖というか困惑を覚えて呆然とした。
「……私は、どうなるのでしょうか? 殺されは、しないんですよね?」
ガスパーも恵一も、答えを持ち合わせていなかった。
幼い子供であることを除いても、奴隷として育ち奴隷として生きてきたルルが今すぐに一人で生きていけるのかというと甚だ危うい。
奴隷としての立場で言えば、彼女の主人であった老人は既に死んでおり、主無しの状態である。その状態は、そのまま奴隷身分からの脱却を意味するものかどうか、やはりこの世界での奴隷について、なんか奴隷制はしっかり根付いており、それ自体が悪徳とされてはいないようだ、という程度の知識しか持っていない恵一にはわかりかねた。
それでも、主がいないのならば、もう彼女は自由ということでいいのではないか、と思う。
強いて言えば、彼女を捕虜と見れば、勝利者であるヴェスカウ伯爵家が暫定的な主と言えるだろうが、わざわざこの子一人を売り飛ばして利を得ようとするほどさもしい家ではないだろう。
「お師匠も、魔王様も死んでしまって……誰が次の御主人になるんでしょう?」
そのことが、不安なのか、先程までとは一転してルルは饒舌であった。
そして、先の言葉は、彼女が奴隷として自分には主という「持ち主」がいるのが当たり前だと思う感覚が抜き難く根を下ろしていることを示しており、自由にせよ、と言ったところで何もできまい。
それどころか、こんな状態の幼い少女を清濁混合の世に解き放てば、悪辣な者に騙されて以前よりも酷い状況になることも十分に予想された。
「どうなるんですかね?」
よい知恵も浮かばぬので、ガスパーに耳打ちしてみた。そもそも、どんなよい思案があったところで恵一にはそれを実行する権限など無いのだから、彼の意見が聞いてみたかった。
だが、ガスパーにもやはり妙案は無いようで、ふむ、と言ったきりだった。
部屋に沈黙が下り、ルルが不安そうに顔を振る。
沈黙を破ったのは、階段を踏むらしい足音だった。段々と大きくなっていくことから誰かが地下に下りてきたのだということがわかる。
「お取り込み中申し訳ありません。オーレン様がお呼びです」
やってきた兵士はそう言ったが、顔色が一目見てわかるぐらいに蒼白であった。
オーレンのお呼びがかかった、ということは彼が人を呼んでそれと会話できるぐらいに回復したのか、と思いたいところだが、兵士の顔色がそれを否定している。
「まさか、よくないのか」
「とにかく、おいでください」




