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 猛獣のような咆哮と、焼くような視線。

 どちらも恐ろしかったが、怯もうとする自分を叱咤する。

 鑓は、だいぶ深く入った。穂先がほとんど見えなくなっている。

 うっ、と魔王が呻いた。口から、大量の血が溢れだした。

 明らかに、身体の内部の深いところに傷を負わせた。

「てめえ……」

 リーンに斬られた肩の傷も、内臓などには達していないだろうが、相当の深手だ。左の肩から胸の上部にかけて斬られているので、腕はくっついているものの、おそらく左腕は満足に使えまい。

 その上に、腹部を貫かれたのだ。

 さすがに、恵一に対する怒りの表情にも、隠しようのない焦慮が混じっている。

 やべえ――

 そう言っているような、弱気すら垣間見える魔王の相貌であった。

 鑓の柄を掴んだ。とにかく、深く考えもせずに、とにかく、抜かねばならないと思ったから、とにかく、こいつを抜かないと話にならない。

 既に思考が乱れ始めていた。

 口からもだが、むろんそれ以上に大量の血液が肩と腹の傷口から流出しており、思考力に悪影響を与えるまでになっている。

 鑓を抜いた。自分の血にまみれた穂先を、じっと眺める。

 恵一は、どうすべきか一瞬迷ったが、このまま第二撃をお見舞いしてやろうと鑓を押し込んだ。

 ほんの少しだけ、鑓は前に進んだかに見えたが、すぐに停止した。魔王の手によって固定されているのだ。

 押しても引いても、全く動かない。

 恵一は、戸惑った。先程の怒りの表情からして、当然のごとく大波のような殺気が襲ってきて、それに触発されて力が発動すると見込んでいたのに、アテが外れた。

 魔王から、殺気が来ない。

 いきなり博愛主義者になったわけはないから、考えられるのは意識がはっきりせずに、それによって誰かへ明確な殺意を持つに至っていないのだ。

 そういう意味では、好機だが――

 鑓が、動かない。鑓を捨てて、距離を詰める――いや、鑓に持ち替えた時に剣を捨ててしまっており、それはだいぶ遠くにある。

 鑓を離して近付いたところで、剣が無いのに戦えぬ。いや、いや、それどころか近付けるかどうかもわからない。魔王が我に返って鑓で叩いてきたら――いや、その時には殺気が来るから力が――

 思考が乱れているのは、恵一も同様であった。遠巻きに見ている連中に恨めしげな視線を向ける。魔王はあれだけ傷付いているんだから、誰か打ってかかろうっていう奴はいないのか。

 しかし、これまで散々に常軌を逸した魔王の強さを見せつけられた兵士たちは、なおもまだ力を残しているのではないかと接近することを躊躇った。

 ここで、進めるだけの勇気と、なによりもそれを裏打ちする実力と自信を持っている兵士は先に打ちかかって残らず殺されてしまい、今ここにいるのは我ながら自分が行っても殺されるだけだと思い知っている連中だ。

 ならば、殺されるのを覚悟の上でかかれる連中を待つべきか。

 魔王とその軍団が砦から討って出てからはもちろん、オーレンたちの騎兵が到着してからも、既にだいぶ時が過ぎている。

 全速力の騎兵に速度で相当に劣るとはいえ、のろのろ歩いているわけはないから、いい加減にそろそろヴェスカウ伯爵家の歩兵集団がやってくる頃だろう。

 彼らにとっては、亡君の弔い合戦だ。多少の恐怖をねじ伏せてでも前進するだろう。その上に高い実力を有した精鋭も揃っているはず。

 よし、膠着状態は望むところだ。この鑓を絶対に離さないぞ――

 と、決意したところで、ぐいと引っ張られて無様に転倒した。

 魔王が、鑓を横に動かした。

 そして、恵一が抵抗らしい抵抗もできずに這わされたのは、魔王から殺気が来ていないことを意味する。

 それでも、離すまい――という思いも虚しく、二度三度と振られると握力が限界を迎えて、恵一は軽々と宙を舞った。

 剣は捨てていて、鑓を奪われた。

 つまり、これでこちらは素手だ。

 立ち上がりながら身構える。その瞬間に鑓が襲ってきてもおかしくはない、と戦慄しつつの行動だったが、魔王はこちらを見てもいない。

 恵一の位置に対して、魔王は側面を向けていたために横顔がよく見えたが、感情が窺い知れない。

 怒り、焦り、嘲笑、そういう方面のものばかりだったが、魔王は感情がもろに顔に出るタイプだったはずなのに。

 踏み出す。そちらには、少女がいる。

 仰向けになっていた彼女は、いつのまにかうつ伏せになっていた。いや、うつ伏せと言うよりかは、顔を思い切り前に、顎が胸に接触するぐらいに倒し、腕を耳を塞ぐように顔の両脇に添え、足は折り畳んで膝を腹に引き付けるようにしている。

 精一杯小さくなって丸まって、顔を、丸まった自分の内部に隠そうとしているような姿勢だった。

 これまでのことと合わせて、恵一は彼女がそうしている理由がわかる気がした。

 もう、酷いことをされるのが嫌で嫌で、でもそれに抵抗する力も術も持たぬことを嫌というほどに知り抜いている少女は、そうやって自分の身体で作った壁の中に顔を突っ込むことで、必死に逃れようとしているのだ。そんなこと、なんの効果も無いのだが。

 そこまで考えて、思考することすらもどかしいほどに、恵一は感情を刺激された。

 かわいそうだ。なんとかしないと――

 感情は突きつめていってしまえば、そんなシンプルな答えだった。そして、そのシンプルさは、この感情は正しいものだと堂々と胸を張れる力になった。

 で、悠長に突っ立ってる場合ではないというのに、遅まきながら気付いた。魔王が、正にその小さく丸まった少女に近付こうとしているではないか。遅い、遅すぎる。

「待て! この野郎!」

 さっき、散々に後悔したのに、なんたる遅さかと自分を殴りたい思いに駆られながら恵一は走った。

 何度あの子を盾にして、怖い思いや痛い思いをさせるつもりなのか。

 大体、盾にしても平気で斬り付けて来るリーンみたいなのがたくさんいるのだから、そこまで効果が見込めるものではない。それならば、もうあの子のことは放っておいてあげればよいではないか。

 ――と、そこまで考えた辺りで、理解した。

 理解してから、そんなの理解したくなかったと思ったが、してしまったものはしょうがない。

 自分だ。

 あの少女を盾にすることは、自分には――全力の攻撃をしっかりと防御できることから魔王にとってはかなり厄介な敵である自分には効果があるのだ。

 なんてことはない。自分だ。

 自分に対して絶対に効果が見込めるからこそ、魔王はあの少女を拾っては盾にしようとするのだ。

 自分のせいだ。全部自分のせいだ――

 と、そこまで思い込んでしまうほどに、恵一とて自虐的性向は持っていないが、それでも幾らかの責を感じていた。

 どうも、自分は一方的に魔王を酷いと断罪できる立場でもないのではないか、という程度には気持ちが後退していた。

 だが、気持ちは後退していたが、身体の前進は止まらない、ていうか止めるわけにはいかない。

 自分の存在が、魔王に効果を実感させているのだということはなんとなくわかったが、だからと言って、そんならあの子に構わず攻撃するっす、といきなりすっぱり割り切った対応ができない以上、打つべき手は一つだ。魔王に、あの子を拾わせないて隔離する。

 幸い、魔王の行動は敏捷さを欠いており、こちらの接近に気付いてもいない。これなら間に合う。

 武器が無いのも、もう気後れにはならなかった。無ければ、殴るまでだ。

 魔王が、腰を屈めて少女に手を伸ばそうとした瞬間に、恵一の右拳が魔王の左頬を打った。

 打ち抜いて、顎がぐるんと弧を描き、腰から崩れ落ちるようなイメージでぶん殴ったつもりなのだが、魔王の顔は微動だにしていなかった。

 それどころか、こっちの拳が痛いし、肘にも肩にも痺れるような痛みがある。

 しまった。全然効いてない。とは認識したが、咄嗟に魔王を押しのけて彼と少女の間に入り込んだ。

 魔王は、恵一が全体重を乗せて突き飛ばすと、数歩よろめいてから、

「あ? なんだ」

 そこで我に返ったようにこっちを見た。感情が読み取れない顔ではない。その顔にはありありと困惑が浮いていた。

「てめえか!」

 困惑は、すぐさま憤怒に席を譲り、魔王は激昂して鑓を振ろうとした。

「くそ」

 だが、鑓が上手く使えない。手が届くところに恵一はいるのだ。むろん、鑓は武器としては長物であり、十分に威力や利点を発揮するには敵とある程度の距離があることが望ましいが、近付かれたからと言って即無力化するものでもない。

 しかし、そこは技術というものが必要であり、魔王にはそれが無い。

 使えない――と焦りも手伝って断定してしまい、鑓を捨てた。

 他に武器は――ある。

 自分の身体に斬り込んでそのままになっている剣がある。

 それを、引き抜いた。激痛が襲ってくる。みっともない悲鳴が口から洩れるが、気にしない。痛いものは痛いのだ。魔王だなんだと威儀を繕う必要も、もう無い。

「あっ」

 不明と言うしかないが、恵一は魔王が鑓を捨てたのを見て、これでお互い素手同士で条件は対等、とか思ってしまっていた。

 視界に嫌でも入っていたはずなのに、リーンが使っていた剣を武器と認識できていなかった。魔王の身体に入り込んでいることで、勝手にそう思い込んでいた。

 まずい――

 魔王が、剣を振り上げる。

 殺気が、来た。全身が震え、それに僅かに遅れて力が漲る。

 それはいいのだが、武器が無い。

 さすがに、剣をそのまま手で受け止めるのは無理だ。となると、かわすしかない。

 後ろに下がって――いや、後ろには少女がいる。

 小さく、丸まって、そうすればなんとかなると自分に言い聞かせているのか、全く動こうとしない。

 下がれない――だが、下がらずにかわせるものか。

 剣が来る。斜めに、このままだと左肩から右脇腹にかけて斬られる。袈裟斬りってやつだ。

 駄目だ。やっぱり、下がらずにはかわせない。

 止むなく、恵一は後退した。眼前を剣の切っ先が描いた軌跡が通り過ぎる。

 踵に、何かが当たった。

 はひぃ――

 とでも言うべきか、掠れた声がしたことから、自分の踵が当たったのが少女の身体だったことがわかる。

 元より心の底から同情していた恵一は、他ならぬ自分が彼女にそんな声を上げさせてしまったことに、恐れにも似た感情を抱いた。

 もう、一歩も下がれない、と強く思った。

 思ったものの、状況は全く変わっていない。向こうは剣を持っていて、こっちは素手。

 何か打開策を講じねば、また下がらないと斬られる、という状態になる。

 下がれないなら、その場で剣による攻撃をなんとかしなければならない。

 咄嗟に思い付いたのが、白刃取りだ。掌で刃を挟んで止めるアレだ。と言っても素手で剣をなんとかする方法ということで真っ先に思い付いたのがそれであるというだけで、実際のとこ、そんなのは無理だ。危険が大き過ぎる。

 ありとあらゆる方法を考えるには、時間が無い。

 魔王は、すぐに次なる攻撃を繰り出してくるだろう。

 だが、一歩も退けぬのだから、この場を動かずになんとかしなければ――

「ケーイチ!」

 自分の名を呼ぶ声がした。あれは、リーンだ。リーンが、助太刀に来てくれたと安心するには、その声は遠かった。

 魔王にぶん殴られてふっ飛んで転がっていったリーンが、なんとか起き上がって、そこで魔王と対峙し、正に剣で斬られそうになっている自分を見て、咄嗟に名を呼んだ、というところだろう。

 リーンなら、この状況でどうしたろうかと思う。

 恵一は、リーンの猪突猛進一択の戦いぶりを危なっかしく感じながら、心のどこかで見習うべきだと思っているところがある。

 恵一はリーンとは違って慎重派――と、よく言えばそうなのだが、考え過ぎて結果としてリスクばかりに目が向かいがちである。

 リーンなら、どうしたろうか。

 と、思ったが、次の瞬間にわかった。そんなの、前進に決まってる。

 後ろには下がれない――

 左右によけるのも駄目――

 だから、その場でなんとかしなければならないが、どうするべきか――

 そこへ、一筋に答えが与えられた。前だ。前、前、前に出るんだ。

 なんで、そんなことを考えつかなかったのか。

 リーンなら、きっとここで――いやここに限らずだが――前に出る。

 ぞわっと殺気が来た。力が四肢の端にまで満ちる。

 殺気が来たということは、今にも剣が振り下ろされるだろう。だが、力が満ちているのならば間に合う。

 魔王が、素人なのが付け目だ。ほら、素人らしく、剣を思い切り振り上げている。モーションが無駄にでかい。素人だなあ、と思う。自分もイリアに教わる前はあんな感じだった。

「おあ、てめ!」

 魔王が、狼狽しつつ叫び、咄嗟に後ろに仰け反ったところへ、恵一がぶつかってきた。

 恵一も、思い切りよく身体ごと突っ込んでいた。いつもならば、とりあえず足を突き出してやり過ごそうとか考えていただろうが、行くと決めたら思い切り行けと自分を鼓舞して今にも落ちて来そうな剣の輝きをものともせずに、行った。

 体勢をやや低くして左肩から突っ込む。魔王の胸の辺りに接触し、そのまま押した。

 魔王は数歩後退して、気を取り直したところに再び恵一が突っ込んでくるのに困惑しながら剣を前に出した。

 切っ先を顔先に突き付けて牽制――というようなことを魔王はしたかったのだが、恵一の前進が速く、それはかなわなかった。

 呻きつつ、後退しようとしたところへ、恵一の右拳が疾走してきた。

 やべえ、殴られる――と歪んだ魔王の顔面に炸裂。

 全然、痛くない。拍子抜けした魔王は、そういえばさっき横から不意打ちで殴られた時も全然痛くなかったなと思い出す。

 恵一は、さきほどの魔王に劣らぬぐらいに表情を苦渋に歪ませていた。正にぶん殴ってやろうとした瞬間に、力が霧散してしまったのだ。

 どうする?

 迷う。リーンの声が聞こえる。自分の名を呼んでいる。前か――

 前に踏み込みながら、右手を引きつつ左を突き出す。

 魔王が、剣を振り上げている。嘲笑。

 殺気。ぞわっと――

 左の拳が加速する。魔王の嘲笑が凍り付く。

 感じたのは、本当に微かな違和感だった。

 魔王としては、殴られても構わずに斬り付けるつもりだった。こいつのパンチなど、当たってもどうということはないのはわかっている。

 だが、迫ってくる左拳に、なんだか違和感があった。

 なんか、さっきとは違うな――

 これ、このまま受けたらやばいんじゃないかな――

 でも、もう防御も回避も間に合わない。

 ええい、大丈夫だ。さっきだって、大丈夫だったではないか。

 そんな迷いも逡巡も、それが来たことでふっ飛んだ。恵一の左拳は魔王の顔を正面から打ち抜いた。

 打ち抜いた、のだ。

 魔王は、鼻が潰れたことも、そこから生じた衝撃に首が引っ張られ、遂には全身が引っ張られたことも大して実感ができぬままにふっ飛ばされた。

 地面に倒れていることを理解すると同時に立ち上がったが、鼻に激痛。そこで、ようやく鼻が潰れていることに気付いた。

「てめえ……」

 恵一はけっこう離れたところで、左のパンチを振り抜いた姿勢でいる。つまり、この距離を飛ばされたということだ。非力な者にできることではない。

「なんなんだよ、ホント、なんなんだよてめえは!」

 だまされた――

 とも、思えなかった。絶対にあれは演技ではない。ならば、あいつはなんらかの条件で強さが上下するとしか思えない。

 ようやくそこに気付いたが、気付いただけで対策を練る暇は無い。それどころか、

 ――今は、どうなんだ? 強いのか? 弱いのか?

 そう思うことで、容易に手出しができなくなってしまった。

 その間にも、進行していないようで事態は着々と進行していた。

 地響きのような足音が近付いてくる。

 魔王は、周囲に目をやってそもそもの目的を忘却して恵一と睨み合いをしていた愚をようやく悟った。

 別に、強いのか弱いのかなどどうでもいい。本来の目的である逃走を考えるなら、こんな厄介な奴は無視してひたすら逃げるべきだったのだ。

 殺到してきたヴェスカウ伯爵家の歩兵を主体とする大部隊に、取り囲まれていた。

 その数は膨大だ。それが一斉にかかってくる。

 絶望しながら、魔王は剣を振った。一人二人、三人四人、ばっさばっさと斬り捨てていくと敵に明らかに動揺が走った。

 行けるんじゃないか、と微かに希望を感じたが、そんなに甘くはない。

 なにしろ数が多いし、それらが復仇の一念で続々とかかってくるのだ。動揺した者も後ろから押されるように打ちかかってくる。

 無茶苦茶に剣を振り回す。一人を斬り殺してもその間に後ろから斬られる、突かれる。

 鑓があれば――

 この剣では、短過ぎる。どんなに小刻みに振り回しても敵の接近を許してしまう。改めて、長くて頑丈な親衛隊の鑓は自分にとって使い勝手のよい武器だったのだと実感する。

 鑓で足を立て続けに突かれた。明らかに、機動力を殺そうとしている。そして確実に殺されつつある。

 なんでおれがこんな目に――

 この期に及んで、自省心の無さからそう思った。

 なんでもなにも、魔王として大勢の人間を殺し、村を焼き、街を廃墟にし、人心を恐怖のどん底へと落とした数々の悪行の報いとしか言いようがないのだが、やはり彼は、魔王こと山崎雄平はどこかで自分の責任は放擲していた。

 自分は、確かに褒められた人間ではなかっただろう。不良で、半端者で、仕事もろくにしないで、でも、それはそこまで悪いことでは――こんな寄ってたかって殺されるようなことではないだろう。

「お、おれは!」

 叫んだ。一瞬だけ、四方からの攻撃が止む。皆、魔王が何か言おうとしていることにどうしようもない興味が湧いていた。仮にも魔王だ。武名の轟いたヴェスカウ伯爵と親衛隊を倒した者である。何を言うのか――

「おれは、だまされただけなんだ!」

 だが、仮にも魔王の口から出てきたのは、そんな救いようもない言葉だった。

 武勇を重んじる家だけに、敵にも堂々たる武人らしい態度を望むところがある。悪逆を重ねた魔王にそのようなものは期待していなかったが、それでも堂々とした不敵さ、ふてぶてしさを期待していたところはあった。

 憎々しげな、負けてもお前らなどには屈しないぞという台詞でも吐くのかと思いきや、それである。

「ふざけるな!」

 失望は怒りになった。こんな奴に、伯爵は討たれたのかと思えば怒りはさらに倍増というものだ。

 ざくざく、と四方八方から突き立てられて身体で痛みに侵されていない場所は無い。

「ほ、ほんとうに、おれは……」

 言いかけて、血を吐いた。

「おれは、あのジジィに……こっちの世界につれて、こられて……だまされ、て」

 だまれ、とばかりにさらなる攻撃が魔王に加えられる。

「え、ちょっと! 待って!」

 と、唯一制止したのは、少し離れたところで自分の役目は終わったとばかりに事態を眺めていた恵一だけだった。

「今、なんて」

 瞬間、魔王が人波に沈んだ。

 そこから首だけが浮上した。

「魔王を討ち取ったぞ!」

「ああ……」

 話をしたかった。こっちの世界に、ということは元々違う世界にいたのか。というか自分と同じ世界の人間なのか、と。

「おい」

 声をかけられた。反応できずにいると、何度も声をかけられた。ようやく気付いてそちらを見ると、馬に乗ったアレンがいた。

「……魔王の首は、ヴェスカウ伯爵家の者に取らせてやった方がいい。お前と、お前の連れてきた女の働きは、しっかりおれが見ていた」

 恵一の呆然とした様子を、どうやらアレンは、あれだけ自分が魔王を追い詰めたのに、最後の最後においしいところを持っていかれてしまったと悔しがっている、と解釈したようだ。

「はあ、どうも」

 そこまで理解できずに、なんとなく褒められたような気がしたので、そう言った。

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