それはそれ
大したもんだな――
つくづく思ったのは、リーンの恐れも迷いも微塵も見えぬ斬り込みぶりであった。
魔王は、卑劣だし、チンピラみたいで貫録は無いしで、はっきり言って大した人物とも思えぬのだが、強いことだけは確かだ。
それだけは、間違いない。さらに言えば貫録以上に技術も無いが、それでも強い。
そのことをリーンだって知らぬわけではない。いや、身をもって体験しているのだ。
それでも、全く揺らぎも停滞も無い。
自分が隙を作る、という言葉を信じて様子をうかがっていたリーンは、魔王が尻もちをつくや、好機至れりと動いた。
寸刻の迷いも無い。
また、我が命などもはや無きものという心持であろう。
こういう時、恵一は困るのだ。
リーンのそういうところが好きだし、好きだから、そういう無謀なことはして欲しくないのだ。
しかし、やはり、そういうリーンの姿には惚れ惚れとせざるを得ない。
「おあ、てめ!」
リーンの接近に気付いた魔王が慌てて右手を地面に這わせた。
自分が鑓を持っていないことに気付いて、意識せぬうちに手探りしていたのだ。
ようやく手にそれらしき感触を得て、よしと喜色を面上に浮かべていざ持とうとしたらずしりと重い。
音高く舌打ち。見ずともわかったが反射的に目をやって、やっぱりそうかともう一度舌打ち。
もちろん、鑓は恵一が必死に握り締めて保持して動かさせまいとしていた。
経験上、この力は殺気を感知してからしばらくは持続するが、そう長くはない。だが、とにかく続く限りは、と力をこめた。
亀裂が入ったような痛みを感じた箇所は、鈍痛に変じたものの、痛みそのものは消えていない。
不安はよぎるが、できることはやらねばならぬと思い定めた。
ことが済んだら、すぐに治癒してもらえばいい。
とにかく、今だ。リーンの思い切りのよさは実戦において彼女の強さをレベル以上のものにしているが、相手が無手なのと武器を持っているのとでは危険の度合いが全然違う。
できうる限り、魔王が鑓を自在に使えぬ時間を伸ばすのだ。
ずずっ、とそれまで微動だにしなかった恵一の足が地面を滑る。
明らかに、体中から力が消失しつつある。
魔王の手にも、それは伝わってしまっているだろう。
だが、しかし、リーンの方が早い。迷いなく全速で一直線に突っ込んだことはそんなところにも活きている。
「くそっ!」
間に合わぬと悟って、魔王は手をかざした。
思い切りよく、リーンが振り下ろした剣は、その手を斬りつけた。完全に切断するには至らなかったが、相当深くいったようで大量の血が噴き出した。
痛みに恥も外聞もない悲鳴を上げながら、必死に這いずる。無様としか言いようがないが身体能力が高いため、その這いずる速度がかなりのものだ。
ふっ、と身体の中心から湧きあがる力が完全に消失する一瞬前に、魔王が鑓から手を離したのに、恵一は安堵の息をつく。もう少し遅れていたら鑓を奪い返されていたかもしれない。
「待てっ!」
と、リーンは這って逃げる魔王を追う。もう元から乏しかった魔王の威厳みたいなものは塵ほども無いが、それでも強いのは間違いない。
「リーン、気をつけて!」
武器を持っていないからと、不用意に近付いて攻撃を外してしまえば反撃を喰らう。素手とはいえ、殴打や蹴りでも当たりどころによっては一撃で人間を撲殺できる威力ぐらいあるだろうから、決して油断していい相手ではないのには変わりない。
鑓を持ち上げて叩き付けようとして、手が止まった。
長い鑓を手に入れたのを幸い、これで魔王を叩き潰してやろうとしたのだが、それこそ油断ではないか。
叩いたところを、鑓を掴まれて奪われるかもしれない。
それに、リーンが思い切り接近戦を挑もうとしているのだ。まかり間違って彼女を叩いてしまったりしたら目も当てられない。
「よし」
鑓を構えて、気を研ぎ澄ます。
リーンが反撃を受けそうになったら、こいつで突いて邪魔してやろう。
イリアに習ったのも、ハウト男爵家有志一同に叩き込まれたのも剣術であり、鑓については扱う術などろくに知らぬが、とにかく突けば間違いあるまい。
もちろん、剣術とはまた違う術があるのだろうが、体重を乗せて突けば素人同然の人間にもそれなりの威力を出せるはずだ。
リーンの叫喚と斬撃に、魔王はみっともなく狼狽していた。
「逃げんじゃないわよ!」
ケツを斬られた。
もう無様に無様を重ね塗りして、魔王なんぞと冗談でも名乗れぬ体たらくだが、息つく暇もなく、そんなことを考える余裕すらなかった。
そう――
息つく暇も与えぬリーンの攻撃に次ぐ攻撃である。
ここで、リーンが間をとって隙をうかがったりするような悠長な真似をして、魔王にゆとりを与えてしまえば、体勢を――いや、それよりもこの惨憺たる有様に彼を至らしめている主因である精神的な崩れを立て直されてしまっただろう。
おそらく、恵一がリーンの場所にいたら、それをやってしまったに違いない。
なにしろ、地力においては魔王の方が圧倒的に強いのはわかっているのだ。どうしてもこちらから遮二無二突っかかっていけずに様子を見てしまう瞬間があるはず。
だが、リーンは、わかっていないわけではないはずなのに、なんの躊躇いも無い。
時間は一瞬の積み重ねだが、戦闘という行為ほどにその一瞬ごとの判断と行動が結果に直結するものはない。
一瞬の判断の遅れが致命的になるような事態が頻出する。
迷いは悪手だ。迷うことによる時間の浪費そのものが悪となる。
魔王は、その悪手を打ち続けている。
ひたすら、逃げているのだ。
逃走ならば、ずっとやっていたことではあるが、先程までのそれは計算されたそれであり、今やっているのは目前の脅威に恐怖して、考え無しにそれと距離を取る行動を選択し続けているに過ぎない。
その脅威というのも、本当に恐怖するに値するものかと言えば、そんなことはない。
リーンはレベル6だ。同年代の少女の中では強い方だろうが、それだけのことだ。
それよりも倍以上のレベルの者が下っ端扱いされていたような精鋭部隊を相手に戦った者が恐れるような存在ではない。
体勢が崩れ、武器も手放してしまい、その上に不意を衝かれた――というのは確かに悪条件には違いないが、それを補って余りある力の差があるはずだ。
武器など無くても、突っ込んでいけばいいのだ。
一回ぐらい斬られるかもしれないが、落ち着いて見切れば、魔王の動体視力ならば急所に貰わないようにすることは十分可能だし、そうやって近付いた状態で相手の攻撃が終わった瞬間を狙って殴るなり蹴るなりすれば、前のめりになっているだけにリーンはかわしようがなく、喰らってしまえば大打撃を受けて戦闘不能になるだろう。
武器が無いから戦えない、というのは勝手な思い込みであり、彼にはそれだけの力があるのだが、そのことを理解していない。
自分は強い、とは思っていたが、それは漠然とそう思っていただけで、正確な理解とは似てはいるが明確に違うものだった。
結局のところ、彼は身体能力が異常に高いだけの素人なのだ。
「ケーイチ、頭押さえて!」
無様で無計画な這い回っての逃走を続ける魔王だが、既述したように身体能力自体は異常に高いため、その速度もかなりのものだ。
リーンは追い掛けて斬りつけても致命傷を負わせられないのに、独力では難しいと悟って恵一に助太刀を求めてきた。
頭を押さえろ、というのはそのままの意味ではなく、要するに魔王が逃げる先に回り込め、ということだ。
すぐにそのことを理解した恵一は、その通りにしようとしたが、メチャクチャに動き回っているために意外に先が読めない。
その魔王が、一瞬だけ停止し、真っすぐに進み始めた。
反射的に、しめたと思い走り始めた恵一だが、自然とその先に目をやって愕然とした。
そちらは森ではないし、なぜそちらに逃げるのだ、とは不思議に思っていたが、わかった。
魔王の進む先に、少女がうずくまっていた。
あの子を拾うつもりなのだ。
なぜか、そんなの答えは一つだ。
「こいつ!」
この期に及んで、まだ女の子を盾にするつもりかと恵一は激昂したが、魔王にしたらそれしか手が無いのだ。
いや、武器が無くともリーンに立ち向かえばよいのだが、それは選択肢に最初から入っていないし、このまま殺されるつもりもないし、とにかく足掻いて生き延びることのみが目的になっている。
武器が近くに落ちていない以上、目に入ったもので一番近い場所にある使えるものと言えば、ルルだけなのだ。
恵一とリーン、この二人はルルを盾にするという行為に怒りを見せたので、この二人には効果的なはず、という計算もある。
頭を押さえる、という当初の目的よりもあの少女を渡してはならぬという気持ちで恵一も全力疾走したのだが、僅かに間に合わなかった。
「ははっ、ははは!」
安堵のため息と同時に笑い声を上げたのは、とりあえずそれで窮地を脱したと思っていたからに他ならない。
そして、認めたくはないが、恵一は歯ぎしりしながらそのことを認めざるを得ない。これで、手が出ない。
今更ながら、魔王が少女を手放した時に、なぜすぐにこちらで確保してしまわなかったのかと悔やんだが、どうしても魔王の動きばかりに目と心が行ってしまい、魔王から離れれば少女のことはひとまず忘れてしまっていたことは否めない。
あの少女に同情していたのは揺るぎ無い事実だが、どこかしら、彼女のことは魔王よりも優先順位を低くしてしまっていた。彼女の保護を最優先に考えていれば、こんなことにはならなかった。
――と、そうやって悔やんだり、ああすればよかった、とかあれこれと考えてしまうのが先に述べた悪手である。
少女を盾にされたなら、その打開策を考えるべきなのに、なぜそうなってしまったのかということを考えてもしょうがない。それは後でやるべきことで今やるべきではない。
だが、恵一にしてみれば、考えたって打開策が絶対に浮かばないことがわかっているので、ついつい逃避してしまっている、というところもある。
そのまま逃がしてしまうか、そうでなければもう少女を気にせず攻撃するしかない。
おっらあ、とリーンが横を駆け抜けていった。相変わらずなんの躊躇いも無いが、少女が盾にされているのが見えていないのか。
だが、リーンを見て一つ閃いた。
盾にされた少女に危害を加えられない、という前提では、一対一の状態では手詰まりだが、二対一ならば、活路はある。
恵一はリーンから距離をとった。
エリスと一緒に、不良魔術師のヘルマンと戦う前に立てた作戦を思い起こす。
彼に協力する人間が現れて二対二になってしまったために、あまり役に立たなかったものの、あれは二対一の戦闘の対策であり、普遍的に通用する。
リーンと自分が離れることで、敵としては気にしなければいけない対象を同時に視認することが甚だ困難となる。
そして、これだ。手の中の、魔王から奪い取った長い鑓のずしりとした重さを確認するように持ち直す。
この状況ならば、これが非常に使える。
魔王はこれをただの打撃用の武器として、振り回して叩くのに使っていた。それも鑓の用途には違いないが、やはり鑓と言ってまず思い付くのは突くことだ。
この鑓も、もちろん穂先には鋭い刃がついている。
ただでさえ柄の長い鑓なので、かなり遠くから攻撃できるのもいい。
恵一が閃いたのは、こうだ。
リーンが突っ込んで斬りかかろうとすれば、魔王は少女を掲げてその攻撃を牽制しようとするだろう。
そこで、横から突いてやるのだ。
よし、と腹を括って鑓を構え、じりじりと進む。
魔王の気が完全にリーンへと吸いつくまで、目立った動きはすまい。
リーンの気迫も奇声も、彼女はそういうつもりでやっているわけではないだろうが、魔王の気を引くには十分な効果があった。
よし、外れた――
魔王の気が、完全にリーンへと持って行かれたのを認めて、恵一は足を早めた。一歩踏み込んで突き出せば穂先が届く圏内へと、それでも注意深く声はもちろん、足音すら潜めてだ。
だが、その用心深さも過剰だったかもしれない。
魔王は、そこはやはり素人であった。リーンを気にしたら、もうそっちに意識が吸着されてしまい、こちらを気にする素振りも無い。
確かに、これじゃあ、包囲されたら背中を斬られ放題だろうなあと半ば呆れつつ、ありがたくも思いながら、進む。何度も、鑓の柄を握り直した。
魔王は、少し顔を強張らせながらも、せせら笑いを口辺に浮かべて、少女を掲げた。
「おおっ!」
リーンは、気合いを発して斬り付けた。
「おい!」
魔王は、話が違う、とでも言うように戸惑った声を上げながら後退した。
恵一はと言うと、今にも突こうと思っていたところで魔王が動いてしまったので急停止を余儀なくされていた。
魔王は、驚愕の面持ちで相変わらず間を置かずに前進してくるリーンを見やる。
なんだこいつは――
こいつには、コレが効くんじゃないのか。
だって、さっきあいつは自分がルルを盾にしているというのを聞いて、怒っていたではないか。卑怯だと。
そういう反応をする奴には、コレが効くはずなのだ。
一方、恵一は、
ああ、リーンは、そうだよなあ――
と、諦めとともに思っていた。
恵一も、魔王と似たようなものでリーンが話を聞いて、魔王を逃がすわけにはいかないんだからかわいそうだけど攻撃するわよ、と言わずに魔王の卑怯な行為に怒りを顕わにしたことで、リーンもまたあの少女に対しては自分と同じ想いなのだと決め付けていたところがある。
だが、リーンとしては、あんな幼い女の子を大の男が盾にするようなことは卑怯としか思えぬし怒りも覚えたのでそう言ったが、それとその盾に遠慮して攻撃の手を緩めることは別である。
かわいそうだけど――という大事の前の小事ゆえに目をつぶらねばならぬ、というような忸怩たる思いすら彼女には無い。
女の子を盾に――卑怯だ。怒る。
斬り付けようとしたら女の子を盾にされた――それがどうした。斬る。
この二つの気持ちがなんの違和感もなくリーンの中に同居しており、一辺の疑問すら無い。
リーンを多少擁護するならば、彼女は命を捨ててかかっており、この戦場という場所では誰もがそうである、という前提を疑っていない。
この場所にいる者は、常に死に迫られており、いつそれに抱擁されて現世から連れ去られてもおかしくはない。
あの盾にされた少女とて、同じことだ。
この場所で、誰かの庇護を期待するのは間違っており、死にたくなければ自分でなんとかしなければならない。
先程、一時的に魔王の手から離れていたのだから、うずくまっていないで逃げればよかったのだ。
それらの前提を元に、リーンはごくごく自然と少女の盾を無視した。
魔王は、退くが、リーンは徹底的に距離を詰める。
恵一は、機をうかがうが、二人とも絶えず動いているので狙いが定まらない。
「このっ!」
魔王は、苦し紛れに少女を投げつけた。
カツヤにやったのと同じだ。
いざ、盾として役に立たぬと思えば、投げつけてやり過ごす。
彼は、リーンの心情を理解しているとは言い難く、彼女が少女を盾にするという行為そのものへは憤っても、カツヤのようにあくまでも止むを得ずに自分を逃がすまいと攻撃してきているのだと理解していた。
それならば、対応も同じであろう、と思ってしまった。
飛んできたルルを、抱き止めるはず。
投げる、と言っても振りかぶってぶん投げたわけではなく、後頭部を掴んで掲げていた手を少し引いて、それを突き出すと同時に手を離しただけなので、勢い自体はそれほどにはないが、それでも小柄とは言え人間が一人飛んでくるのだ。
ルルを気遣わずとも、抱き止めないと衝撃を殺せずに倒れてしまう。
リーンはまっすぐに迷い無く前進しているだけに尚更だ。咄嗟に横によけることもできないだろう。
こうすれば、相手はこうする、という思い込みに囚われることは危険である。
戦闘中に、まさか、と思ってしまうだけで次の行動が遅れ、不利を招く。
リーンは、飛んでくるルルを抱き止めずに、蹴った。
足を突き出して、前蹴りだ。足の裏で突き飛ばす感じで蹴った。
前を向いていたルルの、腹部にその蹴りは当たった。
まさか、と思った。
投げたルルがそのまま跳ね返されるように戻ってくるとは思っていなかったので、まさか、と思ってしまった。
もちろん、その瞬間に、心は空白になっている。
え? なんだ? なにした? あ、ルルを蹴ったのか、こいつ!
蹴られたルルはリーンと魔王の中間地点に、仰向けに倒れた。げほ、と空気を吐き出して咳き込む。
あ、こいつ、こんな顔してたのか――
ずっと、小脇に抱えたり、後頭部を掴んで前方に見せつけるようにしていたため、彼女の顔を随分と見ていないことに気付いた。
ひどい顔だった。
泣き腫らした両目は言うに及ばず、斬り付けられた時のものらしい傷が、右目の目尻から鼻梁まで走っている。そこから流れ出た血で右の頬は染まっている。
血の涙――
目のすぐ下が真っ赤になっているので、そう思ってしまった。
魔王は、どことなく、こいつはまあ、色々と耐性があるだろうからと深く考えずにルルを酷使していたが、そのひどい顔を見たら、心が動いた。
幾度も述べているが、彼こと魔王こと山崎雄平は、善人ではないが極悪人でもない。いや、悪人にすらなり切れぬ半端者なのだ。
年端もいかぬ少女のそんな顔を見て、やばいことしちまったんじゃないか、と思った。少なからず自分のせいとあれば尚更だ。いや、ほぼ完璧に自分のせいなのだが、そこは半端者らしく、少しぼやかして自分に言い訳をした。
「おい、ルル……」
腰をかがめて、恐る恐る顔を見る。
ん? なにしてる?
やや離れたところ――一歩踏み込んで鑓を突き出せば刺さる距離――から一部始終を見ていた恵一は、訝しんだ。
いや、恵一も、リーンが少女に蹴り入れた時は、うわちゃー、やりやがった、とは思った。だが、予想はできていなかったものの、まあ、リーンならやるなとすぐに納得もしたので、とりあえず冷静さを取り戻して再び魔王の隙をうかがっていた。
その魔王が、不思議な動作をした。腰をかがめて、おっかなびっくり少女を見ている。
違和感しか抱かなかった。それは、どう見ても少女のことを心配しての行動にしか見えなかったのだ。
だが、しかし、散々ひどいことをした少女に今更そんな感情を持ったとは考えにくい。
その、考えにくいことが生じているのだということは、さすがに恵一にはわからなかった。
しかし、その魔王のやや呆然とした様子は、隙に違いなかった。
それならば、予定通り行くべきだ。一歩踏み込んで、鑓を突く。
恵一がそう思った時には、既にリーンが動いていた。彼女は魔王の行動に少女を心配しているのか? でも、今更なぜ? とか、そういうことは一切考えずに、
隙あり――
としか思っていなかった。
倒れた少女を見ているために、魔王の視線が下に向いているのが、リーンにとってはこの上もない隙に見えた。
「死ぃねえやあああ!」
飛び上がって、剣を振り下ろす。
声に気付いて、魔王は顔を上げたが、もちろん遅い。
リーンの剣は、魔王の左肩に斬り込んで、剣身は胸の上部辺りまで達したが、そこで止まってしまった。
魔王は、激痛に咆哮しながら腕を横に振った。
それに脇腹を薙がれて、リーンが何メートルも先に飛び、転がっていく。
「剣……剣だ」
魔王は痛みに呻きながらも、自分の身体にめり込んだままの剣を見て、救われたようにその柄を握った。
武器だ。武器を手に入れた。これで、大丈夫。おれは強いんだ。武器さえあれば――
ずぶり、と嫌な感触が、腹の辺りに入ってきた。
この、嫌な感触には覚えがある。前も、同じことがあった。凄く、熱く、凄く、痛い。
「てめええええ!」
腹に刺さった見覚えのある鑓――その先にいる恵一を見て、魔王はもう一度吠えた。




