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8.明けて目が覚めて

 パチリと目が覚める。

 見ていた夢の内容にひとしきり身悶えた後、高揚した熱を冷ますべく据え付けられた水差しに手を伸ばす。

 夢の中とはいえ自分があのような風になるとは……


 ――子供っぽい、気恥ずかしい、甘酸っぱい、胸が高鳴る、触れるだけで幸せ、抱きしめられたらそれはもう、そして二人は――


 俺は夢に見た内容を振り払うように頭を振ると手にしたグラスの中身を飲み干した。





 あの事件から助けだされてもう二週間ほどは経つだろうか。

 俺は朱孔雀グループが保有する病院の一室でひとりきりでいる。

 ……一人寂しいからあんな夢を見るのか? と、夢の内容を思い出し気恥ずかしさに体が熱くなる。



 夢の内容はなんてことはない。

 鳳仙先輩と一緒の時間を過ごしてキャッキャウフフするという小学生らしい健全なものだ。

 問題は俺の思考が小学生レベルにまで落ちて、抱く感情もそれ相応のものになっているということだ。

 おまけに夢の中の俺は先輩にべた惚れときている。

 今の俺が先輩に抱いている感情は好意は少なからずあるがやはりまだ子供だという思いが強い。

 こちらのほうが精神年齢的に歳上なせいかどうしても見守ると言うかそういう対象であって恋愛のパートナーとしては見れないのだ。

 そこに夢の中とはいえ先輩に向けて好き好き大好き愛してるという思考と感情が流れ込んでくるのはその……なんだ、自分が子供趣味(ロリコン)になったかのようで非常にむず痒い。

 しかもこの病室に放り込まれてからシュチュエーションは異なるが概ね同じような夢ばかり見るのだ。

 誠に不本意だがこのような夢を見続けるのならば次に先輩と顔を合わせた時にまともに顔を見れる自信がない。



 俺は肺の中に残っていた熱いモノを吐き出し気分を入れ替える。

 ええい、あれは夢、夢だから! そう気持ちを落ち着け俺は再びベッドに横になった。





 朝食を取り終えると俺はカレンダーを見やる。

 もうすぐ8月も終わり新学期が始まろうかという頃だ。

 前世で苦汁をなめた夏休みの宿題は問題ない。

 七季彩学園では長期休暇に課題は出されるが提出を求められることはないのだ。

 代わりに課題の範囲から実力試験が行われるが。


「暇だ……」


 軟禁状態のように閉じ込められた病室の中でそう思う。

 あの事件から助けだされて今日まで、この部屋から出ることは許可されていない。

 助けだされた時、俺自身軽くはないダメージを体に負っていたこともある。

 それに助けだされてすぐ気を失ってしまったのも理由としてあげられるだろう。

 だから最初のうちはこの処遇も妥当かなと思ってはいた。

 けれども身体から痛みがなくなっても一向に部屋から出してくれないのはどういうことだろうか。

 この部屋にはテレビもラジオもなく退屈で仕方ない。

 助けだされた時に伊月だけでなく先輩も一緒に俺の体にしがみついて眠っていたのがこの現状の原因……ではないと思いたい。





 そう考えていると病室の外が少し騒がしくなる。


「おう、坊主、元気でやっておるか?」

「暇で暇で仕方ないです。一体いつになったら退院できるんですかね」


 急にかけられた声に俺はわずかばかりの嫌味を載せて返す。

 病室の入り口から現れたのは一見和服の似合う好々爺。

 だがしかしこの見かけに騙されてはいけない。

 ともすればこれは一変し、相手を威圧する重苦しい雰囲気を纏い、本質を見抜く鋭い眼光を携え目の前の人物を震え上がらせる鬼と化すのだ。

 直々に尋問を受けたからわかる。



 何の尋問を受けたのかと言われればそれはもちろんあの事件。

 俺達がテラスから落とされた時の詳しい経緯についてだ。

 まぁそのことで相対した時は子供に向ける雰囲気(プレッシャー)じゃなかったな。

 前世の記憶がなかったら確実に泣いていたと思う。

 それであそこであったこと全て吐かされた。

 無論落ちた先で起こったことも全てだ。

 一応ぼかそうとはしたんだが纏っている雰囲気に加えて眼からも威圧感バリバリ発してるしおまけに話運びの旨さであれよあれよと喋らされる羽目になっていた。

 よくよく考えれば前世の年齢を足してもまだ届かない年齢差、くぐってきた場数の違いがモロに出たのだろう。

 俺は吐き出した内容に怒鳴りつけられることを覚悟したのだが不思議なことに聞き取りはそのまま続いた。

 そして俺から全て聞き終わった後「二人を守り支えになってくれた事、礼を言う」と頭を下げられこちらが面食らってしまった。



 まぁその後のやりとりで嫡男としての心構えができてないことを叱られたりそういった教育がなされていないことに呆れられたりといったことがあったのだが。

 何を気に入ってくれたのかは知らないけれどこうやってちょくちょくと会いに来てくれる。

 爺さんいわく「鍛えがいがある」のだそうだ。



 そんな爺さんの名前は朱孔雀あけくじゃく一徹いってつ

 名前の通り朱孔雀に連なる人で今は一線を退いて後進を指導したり無理難題をふっかけたりと悠々自適な生活らしい。

 本人はすでに引退している身だしそんなに偉い身分ではないからそれほど気を使う必要はないと言っている。

 けれども朱孔雀の名前を名乗ることが許されているんだからそれなりの地位にいる人間だろう。

 病院の人の態度を見ていればそのことが伺える。

 俺はかしこまり過ぎないように気をつけて接しているが好々爺モードの時は本当に気さくなおじいちゃんなのでその最低限の礼節もちょっと崩れ気味だ。





 会いに来てくれる爺さんと話すのは近況……とはいっても俺は病室にこもりきりなため何も話題がないが。

 主に爺さんがどんなことがあっただのそういった話からだ。

 ある程度話し終わるとそこからちょっとした勉強会の様相を呈してくる。

 これが明らかに小学生向けの内容ではなく教科書通りではない実際の出来事を元にしたものなのでついていくのに非常に疲れるのだ。

 とは言え何もない病室で一人暇しているよりは断然マシなので文句も言えないのだが。

 ……ちなみにこの病室に放り込まれてから爺さん以外の面会人は一度も訪れたことはない。

 父と母ですらだ。

 母は運び込まれた当初俺が意識を失っている時に来てくれたらしい。

 病院の先生からそういうふうに聞いたけれどそれっきり会いにこないってどういうことよ。

 爺さんにその辺がどうなっているのか調べてもらうようお願いしているけれど色好い返事はまだない。





 そろそろ爺さんが帰る時間ということで勉強会はお開きになりまったりタイム。

 「それにしても惜しいのう」と言う爺さんに何が惜しいのか聞いてみる。


「いやさな、うちの奏嬢の婚約者候補にどうかと思っての」


 思わず口から飲みかけのお茶を吹き出しむせてしまった。ケホ。


「最もお前さんの場合()()と片付けなければいけない問題がたーんとあるがの」


 色々というところに含みがあるように爺さんはそういった。

 まぁそれは俺も理解している。

 名家の令嬢である先輩と成り上がりの家系の俺とではまず結ばれることはあるまい。

 まず、俺自身が名家のコミュニティに知られている可能性は低いので何らかの功績を示しその名前を知らしめなければならない。

 その上で何処かの名家に後見人になってもらわないといけないだろう。

 そうなってようやく婚約者だなんてものに文句の出ない最低限のラインに立ったといえる。

 爺さんにそう半ば名家の常識とでもいうことを返せば「うむ、そ、そうじゃったの」と何やらごまかすような物言い。

 こんな基本的なことを忘れているとは爺さんらしくない。

 俺はその辺りを追求しようとして、


「おっと、そうそう、暇つぶしがほしいと言っておったな。孫やひ孫達にあたってみたらおすすめの本を是非にというので持ってきておる」


 露骨に話題を変えられた。

 ……まぁいい、退院がいつになるかわからないこの状態だ。

 また爺さんと合う機会はあるだろうからその時にでも追求してみるか。





 爺様が帰っていくのと同時に部屋に荷物が運び込まれる。

 中を覗いてみれば大人向けの実用書が半分、残りの半分は小説だった。

 ハードカバーの児童小説メインだが中には女の子向けのライトノベルっぽいのも混ざっている。

 それにしても小学生の暇つぶしに実用書って朱孔雀の家は一体どんな教育をしているのだろうか……考えて少し怖くなった。


 俺は適当に一冊を手に取る。女の子向けのラノベだ。

 あらすじを見ると成り上がりの家の少年と高貴な血筋のお姫様がふとしたことで出会って恋に落ちて云々という話しらしい。

 ……まさかこれ先輩が選んでくれたやつじゃないよね?

 なんというか恋云々はさておき境遇が俺と先輩とに重なるんだが……いやいや気のせいだ気のせい。

 どうやら俺はさっき聞かされた婚約云々ということに幾分引きずられているみたいだ。

 こんな状態でこの本を読むのは危険だ。



 俺は本を戻そうとして本から栞のようにはみ出しているものに気がつく。

 これは……封筒?

 本から取り出してみれば宛名に”白峰様へ”と書かれていた。

 差出人の記載はない。

 俺の本名は鏑矢だ。

 朱孔雀家の中で俺のことを白峰と呼ぶ人物は……自然と口がゆるみ胸の鼓動が早くなる。

 どうも毎朝みる夢の内容はずいぶんと俺の中に侵食しているらしい。


「拝啓―――――」


 それから始まった手紙はやはり鳳仙先輩からの手紙だった。


 内容はこちらの身を心配していること、心細い中一緒にいてくれてほんとうに嬉しかったこと、私達の身体は大丈夫だから心配いらないこと、あの時のことは二人だけの内緒ですよなんてことが書かれていた。

 その秘密の内容をすでに喋ってしまっていることに少しの罪悪感を覚えながら俺は続きを読み進める。

 すると衝撃的な内容が飛び込んできた。


「ところで冬也様が実家から離縁されたと聞きましたが本当なのですか?」


 え!? 何だそれは?

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