7.膝枕ー2
波が打ち寄せる砂浜。
この場所にいるのは俺達だけ。
潮騒の音が静かに響き渡る中月明かりが俺達を照らしている。
「普通こういうのは女性が殿方にしてあげるものだと思うのですが……」
そう言いながら渋る先輩に「うちの親もよくこうやっている」と言って納得させる。
……こんなことをやっているのを見たことはないけどな。
そのまま俺の膝に頭をおいた先輩の頭をゆっくりと撫でる。
「ひうっっっ!」
そんな声を上げながら体をこわばらせる先輩。
わかっていたこととはいえちょっと傷つく。
……そもそも今日? 出会ったばかりの人間にこんなことをさせているというのがまずありえない。
知っていたとはいえ話したのは今日が初めてだし。
雰囲気を変えるために告白じみたことをしたがそれが拒否されるとどんな雰囲気になるかを考えるべきだった。
先輩は聡い。それゆえに思い至ってしまったのだろう。
こんな不安な状況で相手のことを受け入れられないと宣言する。
そうやってできる気まずい雰囲気。
もしかしたら俺達の距離が離れてしまうかもしれない。
それはこのような状況に放り出された子供にとってとても心細いものだろう。
出会ったばかりのよくわからない俺の告白を受けざるを得ないように追い込んでしまった俺の失敗だな。
「こういう時相手より背が低いというのは悔しいな」
先輩は体をこわばらせながら髪を撫でる俺の動作に身を任せている。
どんな表情をしているのかは顔が反対側を向いているので分からない。
「こんな風になってもらわないと惚れた女が不安で押し潰されそうになっているのに頭をなでてやることもできない」
先ほどに続き子供を口説く形になっているのに苦笑いが出そうになる。
なにか言い返してくると思ったが先輩から反論はないので俺はそのまま続ける。
「今はまだ先輩より背が低いけどね、後4,5年もしたら絶対先輩の身長を追い越すと思うんだ」
頭を撫でる手に怖がっている子供をあやす気持ちを込めながら、
「だから先輩にはぜひその姿を見てもらいたいな」
俺はここから助かった後、訪れるであろう未来の約束をする。
「……助かるよ。絶対に。だから無理して恋人同士にならなくてもいいんだよ」
もしかしたら助からないかもしれない。そんな気持ちを否定してやる。
そしてそのまま口を閉じ先輩の頭を撫で続けながら反応を伺う。
どのくらいそうしていただろうか? 気がつけば先輩の体から緊張は抜けていた。
「白峰様はなんだかお父様みたいですね」
「まるでお父様に撫でられているみたい。私のほうが歳上なのに」とくすりと笑う先輩。
ああ、そうか。自分が年上だからという責任感のようなものもあったのか。
「これでも先輩よりは年下ですよ」
俺はちょっとおどけながらそう返す。
前世の年齢を含めればその限りではないのだがわざわざ言うことでもない。
「先輩ではなく奏と呼んでください。朱孔雀奏。恋人同士なら名前で呼び合うものでしょう?」
そう言われて初めてまだお互いに自己紹介をしていないことに気づく。
「冬也と言います。奏……先輩」
「奏ですよ冬也。先輩はいりません」
膝に頭を載せたまま仰向けになり俺の顔をちょっと怒った感じで睨みつける先輩……いや奏。
我ながら卑怯だと思うがこの人に父と同じ鏑矢と呼ばれたくないと言う思いで先輩が名乗ったのに苗字を教えるのを戸惑ってしまった。
「でもいいんですか? その……恋人のふりなんて。無理してそんな関係になっても嬉しくないですよ」
そういう俺に「ふりじゃありませんよ」と言うせんぱ……奏。
「さっきも言いましたが助けが来るまでの間です。それまでの間私は冬也を愛しますから冬也も私だけを愛してください」
こちらを切なそうに見上げる奏。
ちょっと危うい感じがするな。
寄りかかられて悪い気はしないけど。
俺の恋愛観はお互いに支えあうというのが理想だが子供相手にこちらも頼らせてくれというのも酷な話だろう。
「愛してるよ奏」と囁やけば「わ、わ、わたしもですわ」と盛大にどもりながら答える奏。
うん、対応は恋愛ごっこレベルにとどめておいたほうが良さそうだ。
そんな会話に反応したのか俺の胸元から少年が「う~ん」と声を上げる。
寝言のようで起きる気配はなさそうだ。
「ふふっ……伊月の王子様をとっちゃいましたね」
「ごめんなさいね。けどこの時間だけだから」と少年に謝る奏。
だけどその設定まだ生きてるの? いい加減しつこいと思うんだけど。
「最初に出会った時は弟みたいだなって思ったのですけど……こうやって見上げると冬也の頭がずっと高い位置にあって……これが5年後の冬也なのでしょうか」
膝を枕にしてこちらを見上げながら奏はそう感想を漏らす。
さっき言った五年後の俺を見て欲しいというのを思い返しているのか……
いやさすがにこんなに身長差はつかないと思うけど。
父の身長を見る限りではだが。後もっと大人っぽくなってると思う。
「奏の5年後はきっと今よりもっと素敵になっているだろうな」
……こんな仮初ではなく本当に俺が惚れるような。
そんな俺のセリフに「も、もちろん冬也だって今よりずっとかっこよくなっているはずですわ」と奏が慌てて付け加える。
それがなんだかおかしくて気がつけば二人して笑い合っていた。
そこからは将来……と言うか未来の話をした。
ここから助かって行きたい所、やりたいこと、大人になった時のこと。
普通なら家のしがらみでできないようなことを嬉々として語りあった。
いつかデートに行きたいという話題になった時想定した相手が俺だったので「この場限りじゃなかったのか?」なんて疑問がよぎったが、せっかくの楽しい雰囲気に水を差すこともないと思い口にはしなかった。
そうやってひとしきり話が弾みそんな中ふと訪れる静寂。
「……私達、助かりますわよね」
「もちろん」
奏が不安気につぶやいた一言。それに俺は間髪おかず肯定する。
それでもまだ奏の瞳は不安そうにこちらを見つめてくる。
そうやって無言で見つめ合う時間が続く。
だがそれに耐えかねたのか奏は一旦目を閉じると意を決したように口を開いた。
「な、なにか。証明になるようなものが欲しいですわ」
こちらをちょっと情熱的に見つめながらそう言うと、奏はゆっくりとその両の目を閉じる。
体勢は俺の膝を枕にして仰向けで心なしか唇を突き出してって……
えーっとこれはもしかすると誓の口吻とかそういうのを期待されているのだろうか?
先ほどの王子様発言と言いどうにも物語的なものに憧れを持っているように感じられる。
あと俺と少年の人工呼吸の際に唇が合わさるたびに食い入るように見つめていたのもあるか。
一瞬そっちの方向に興味が有るのかと疑問に思ったが、あれは歳相応にそういったものに興味があるだけだったのだろう。
現に今自分から……言い方は悪いが誘っているわけだし。
しかし奏の反対側には少年が抱きついて眠ったままだ。
起こさないように致すにはちょっと体体勢的に難しい。
どうすることもできずにそのまま放置していると奏は目を開き不満気にこちらを睨んできた。
それに言い訳をするように俺は少年を指さしてやる。
そうすると自分のやったことが恥ずかしくなったのか赤くなって俯いてしまった。
……まぁこちらとしても口吻くらい問題はないのだが。
奏としては不満だろうが唇以外でごまかすこともできるし。
そう考えていると奏は体を起こし俺の顔を正面から見据えると一つ咳払いをしてからにじりにじりとゆっくり近づいてきた。
「こ、こういったことを婦女子の方からするのははしたないことなのですけれど」
上ずった声でそう言った後、段々と奏と俺との距離が縮められる。
奏がやろうとすることをなんとなく理解する。
それはいいんだが俺に近づくごとに奏の顔がどんどん赤みを増してゆく。
そんなに恥ずかしいのならやめればいいのにと思う俺は乙女心がわかっていないと言われるのだろうか?
せめて後5年後ならもう少し興も乗るんだが。
いつの間にか体に触れるくらいまで近づかれ触れられた刺激で身体に痛みが走る。
俺はそれをできるだけ顔に出ないようにし奏を待ち受ける。
目標地点も定まったのか奏は目を閉じた。
どうやら唇に一直線のようだ。
唇はちょっとその意味が重いと思うんだが……まぁ物語の定番だしそうなるか。
俺は暫し思案したが……うん、まぁ仕上げくらいはな。
そして俺は少しだけ顔を動かして……
――二人の唇は重なりあった――