6.膝枕-1
あれから俺の胸で泣き続けた少年は泣きつかれたのか眠ってしまった。
俺の胸で。背中の痛みが非常につらい。せめて膝枕にならなかったのか……
「白峰様。ありがとうございます」
と、鳳仙先輩。
巻き込まれたはずの見ず知らずの俺がお前だけのせいじゃないと言ったことで少年にとってだいぶ救われた部分があったのだろうとのこと。
そう言って少年の髪を梳く先輩。
「あら? ……伊月はまたこのようなものを」
そう言って先輩は少年の髪をほどき始め……え?
「髪をまとめるのを悪いとは言いませんがせめて公式の場ではきちんとしたものを付けて欲しいのですが……」
そう言って先輩の手を見やるとそこにあったのは……輪ゴムか?
箱に大量に入っているような安っぽいやつだ。
少年を見やるとそこにあったのは少年というよりはどちらかと言えば女の子。
そう見間違えそうな中性的な子供がそこにいた。
思わず人工呼吸のことを意識してしまう。
相手は男だ! と深く考えないようにしてもすぐそばに意識してしまう顔があるという状況はなんだか落ち着かない。
俺は先輩に髪の毛を結びなおしてもらうように頼むのだが「こんなものを使っては髪の毛が傷んでしまいます」と言い張ってこちらの言うことを聞いてくれない。
と言うか俺があたふたしているのを楽しんでいるフシがある。
これはまいった。なにかこの状況を改善するようなものは……というところでポケットにあるもののことを思い出した。
俺は少年を起こさないようにそっと包みを取り出すとそれをほどいていく。
中から現れたのは朱い鳥の意匠の髪留めだ。
それを使って少年の髪をまとめようとするのだが……うん、髪留めなんて使ったことないからうまくまとまらない。
しかたがないので俺は成り行きを見守っていた先輩に髪をまとめるのをお願いすることにした。
「できましたよ」
先輩の声に、少年から逸らしていた視線を戻す。
そうすればそこにあったのは乱雑に髪の毛をまとめた少年の姿ではなかった。
髪の毛は丁寧に揃えられサイドに付けられた髪留めがその可愛らしさを引き立たせている。
その外見に思わず頭に浮かんだことが声に出る。
「先輩……これじゃあどう見ても女の子じゃないですか」
「あら、伊月は女の子ですよ」
「なんといってもお姫様ですからね」と言う先輩に先ほどのからかいの延長なのかとちょっとイラッときた。
ここがどこかわからないので不安もあるだろうがいじられる俺としてはたまったものではない。
ここはきつく注意をすべきか。それとも怒ってみたほうがいいのだろうか……
しばらくの間葛藤していたがここで怒ってもしかたがないと諦め先輩の悪乗りに付き合うことにする。
「はぁ……そうですね。これじゃぁ残念ながらどこからどう見ても可愛いお姫様ですね」
投げやり気味にそう言えば先輩は何故か満面の笑みで得意げだ。
これ少年が起きたら怒り出すんじゃないかな?
願わくば俺に矛先が向くのはかんべんして欲しい。
「痛みの方は本当に大丈夫なのですか?」
俺のすぐ隣、少年がしがみついている反対側に座った先輩。
彼女に、先ほど詰め寄られた時に上げた痛みのことを心配されてしまった。
「だいじょうぶです」と答えたのだけれど先輩は訝しげだ。
「そ、そう言えばあの女の人は何なんです?」
話題を変えるために俺達を突き落とした女のことを先輩に聞いてみる。
すると先輩は顔をこわばらせその場で俯いてしまった。
「あの女の人は私達の母と父様の後妻の座をかけて争った人なんです」
ぽつりぽつりとそう語りだす。
先輩の話によると二人は争いはしたがそれは過去のことで現在は良好どころか親友と言ってもいい関係……なはずだったとのこと。
先輩自身あの女性の優しさを目一杯受けて育ったそうだ。
ちょっと想像がつかないが当事者の先輩が言うのだからそうなのだろう。
それだけに先輩の受けたショックは相当なもので「なぜあんなことを」と苦しそうに言いよどむ。
それに関係のない俺を巻き込んでしまったことにも心を痛めているようだ。
どうしよう……話題を変えるために振った話題が重苦しい雰囲気を作り出してしまった。
思考が段々ネガティブな方向へ行ってしまいそうなこの雰囲気はよろしくない。
何か他の話題は……テラスで盛り上がったような話は話の転換を図るには場違いすぎる。
かと言って共通の話題……と言っても俺達はほんの数時間前? に出会ったばかりだ。
何かないのか? 強引にでも話題を転換できるような……
……あった。この雰囲気を吹き飛ばすくらいインパクトのある話が。
真剣に受け止められても困るが大人っぽい先輩なら軽く流してくれるだろう。
「あの人が何であんなことをしたのかは俺にはわからない」
そう俺はゆっくりと言葉を切り出す。
「結局、今俺達が考えたところで本当のことには辿り着けないだろう」
今ここでグダグダと考えてもしかたのないことなんだよな。だからこの雰囲気を吹き飛ばすために。
「もしかしたら知らないうちに傷つけるようなことをしてしまったのかもしれない」
その言葉に先輩の身体がビクリと反応する。付け込むようで悪いけど用意した爆弾の前に少し弱ってもらう。
「それでも惚れた女を危険な目にあわされて黙って許してやるなんてことは俺には無理だな」
締めくくりにちょっと茶化すように先輩を笑みを浮かべながらみつめ爆弾を投下する。
告白。そう、告白である。
相手は子供とはいえ多少引かれた部分もあるので全く抱いていない感情というわけでもない。
それ故にこんなキザな言い回しをする自分が恥ずかしいのだが。
さて、こんな恥ずかしい方法を使ってまで雰囲気の打破をはかったんだ。先輩はどう反応するかな?
少し高鳴る心臓の鼓動を抑えながら先輩の方を見れば俺の言った言葉の意味を理解したのか顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「し、白峰様の言葉は大変嬉しいのですが、な、なにぶんこういったことは両親が決めることですので……」
……先輩から紡がれた言葉はまぁよそうど――
――奏姉様の婚約が決まってしまい勇気を振り絞って告白をしたけれどきっぱりと振られてしまった。今後は名前で呼ぶこともやめてほしいと言われた。死にたい。でも、あの時助けてくれた奏姉様のことを諦めるなんて――
ッツ。まただ。 なんだこの雑音は?
内容は今の状況に近い感じを受けるけれども……奏姉様や婚約ってなんだよ?
テラスの時といい俺に何が起こっている?
「で、ですが!」
疑問を感じている中、続けて紡がれた声のあまりの大きさに俺は思考を中断させ先輩を注視する。
「この場所では家も何も関係ありません! この場限りでよろしければ白峰様のこ、恋人に……」
え! マジで? 想定外の返答に思わず頭のなかが真っ白になってしまう。
てっきり大人、というか年上の余裕というもので流してくれるものだとばかり……
俺が呆けているうちに先輩の手が俺の手を握りしめようとするのだがその手はひどく震えていて……
ああ、そうか。大人の対応ができると勘違いしていた。
まだ小学生だということを忘れていたよ。
多分無理をしている先輩をどうにかして落ち着けないと。
頭とかなでられるといいんだけどな。
少年が抱きついたままでは立ち上がってというのもちょっと難しい。
うーん、ちょっと役得になるけれど仕方ないよな。
「それじゃぁ早速だけど」
そう言って俺は掴まれた手で自分の膝をポンポンとたたき
「膝枕をしようか」
先輩を膝枕に誘った。