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5.落ちた先で

 ――ザザーン――ザザーン――


 ……覚醒しつつある意識が波の音を捉える。


 俺は……あれからどうなった!


 とっさに起き上がろうとして背中を激痛が襲う。

 そのあまりの痛みに俺はその場で暫くの間動けなくなってしまう。



 くっ……やったことに後悔はないが、流れに任せていたならこれほどの痛みはなかったのかもしれない。

 俺はあの場所から落ちながら二人をかばおうと先輩の頭にかぶさるように張り付いたのだ。

 それが痛みの原因だろうとあたりを付ける。

 出会ってまだ少ししか経っていないがあの先輩のことだ。

 何もしなければ少年と一緒に抱きしめられて落下の衝撃から守られていたに違いない。

 それをよしとしなかったのは精神年齢の高さが「子供を守らなければいけない」と動かしたせいか……

 それとも男としての「女に守られるなんて!」などというプライドのせいか……



 背中の痛みが引いてきたことで俺は他に怪我をしているところがないかチェックを行う。

 ……どうやら特に目立った怪我はない。

 少々のけだるさと上半身に触れると背中に激痛が走る以外は概ね大丈夫そうだ。

 けれども痛むのをこのまま放って置いていいというものでもない。

 早いとこ病院でなんらかの処置を受けたいものだ。





「――月! 伊――!!」


 自分の状態を確認し周りの状況はどうなっているのかを意識し始めたところで鳳仙先輩の声が聞こえてきた。

 ああ、先輩も無事だったのか。俺は合流するために声のする方向へと歩き始める。


「伊月! 伊月!! しっかりして!!! 死んではダメよ!!!!」


 ……どうやらむこうは大変なようだ。

 俺は痛みをこらえながら声のする方へ走りだした。





「鳳仙先輩」

「伊月!ッ――白峰様! 伊月が! 伊月が! 息をしていないんです!!」


 こんな時でも名前に様ってつけるんだなとどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 しかしその後に告げられた内容にややぼんやりとしていた意識が一気に覚醒する。





 脳に血が回らなくなり脳細胞が死に始めるのは何分後からだっただろうか?

 俺は少年の身体を必死に揺する先輩を無理やりどかせ心音を確認する。

 ……トクントクン……

 少々弱々しく感じるその鼓動がまだ手遅れでないことを俺に教えてくれる。


「私が見つけた時にはもう息をしていなくて……私、一体どうしたらいいのか……」


 その弱々しい彼女の姿は本来のそれと比較し思わず抱きしめたくなる気持ちを抱かせる。

 だが状況は予断を許さない。呼吸を確認したが息吹を感じることはできない。

 このままでは……



 俺はまず自分を落ち着かせるために深く深呼吸をした。

 背中の痛みが盛大にがなりたてるがそれを無視。

 思い浮かべるのは前世の自動車教習所で習った心肺蘇生法。

 前世の記憶には死にかけの人間というものに関わったものはない。


 俺の手に少年の命の糸が握られている。

 唾を飲み込もうとして緊張で口の中が乾いていることに気づいた。



 いけない、気を張りすぎだ。



 俺は両の手で自らのほおを強く叩く。

 その試みは痛みと引き換えに緊張をほぐす事に成功したようで、俺は心肺蘇生を開始する。


 心の臓のあたりに手をのせ一定のリズムで圧迫を繰り返す。

 この知識はうろ覚えだ。もし間違っていたのなら……

 まとわりつく不安を振り払いながら作業に没頭する。



 次は人工呼吸か……と頭部に移動し少年を見つめるとよぎる一瞬の逡巡。

 それを飲み込み俺は意を決すると気道を確保し唇を合わせ息を吹き込んだ。


「なっ!!!あなた一体何をしてるんです!!!」


 それまで俺の行動を不安げに見つめていただけの先輩が声を張り上げる。


「説明は後だ! 黙っていろ!」


 そう乱暴に吐き捨て俺は再度唇を合わせ息を吹き込む。

 AEDがない現状では息を吹き返すまでこの行為を繰り返すしかない。



 ただただ繰り返す。そのことだけに意識を集中する。


「助かりますか?」


 先ほどのように取り乱すことなく落ち着いた風で先輩は俺に聞いてきた。

 取り乱してなければ彼女のことだ。俺のやっていることに当たりをつけるのはたやすいだろう。

 ……この場で不安がらせるのも得策ではない。


「必ず助かる。だからこの子に呼びかけてくれ」


 俺は先程の無礼を謝りそう先輩に促す。

 何もせず見ているよりは彼女にも役割があったほうが安心するだろう。





 ……結果から言えば少年は息を吹き返した。

 俺は対応を先輩に任せ少し離れたところで横になる。

 緊張で麻痺していた痛みが横になった途端どっとぶり返す。

 だが俺は浅い深呼吸を繰り返すことでそれを抑えこんだ。

 ……先輩は痛がるとかそういう素振りを見せなかったが後で聞いておかないといけないな。





 それにしても……


「今世のファーストキスが男とか……」


 思わずつぶやいた言葉に俺は落ち込んだ。

 前世の記憶にキスの経験が全くないわけではない。後腐れのない肉体関係を持ったことも幾度かある。

 でも一応生まれ変わったからリセットされているわけだし……


 ええい。やめやめ。考えたってしかたない。

 そもそもあれは人助けだったんだ。だからノーカウント。ノーカンノーカン。

 そうやって心の平静を保たせる





 そうやってひとごこちつくと色々と考える余裕も出てくる。

 そういえばここは何処だろう? 助けはいつ頃来るのだろうか?

 伊月少年の命がつながったとはいえ俺達の状況は決して好転しているわけではない。

 不安がらせるような言動は慎まないとな。

 精神年齢最年長者としてそう決意する。



 耳を澄ませば「ごめんなさい。ごめんなさい」と少年の泣き声が聞こえてきた。

 ほつりほつり聞こえてくる内容を聞く限りこうなったのは自分が先輩におもいきり飛びついたせいだと思っているようだ。

 そういえば少年は先輩にしがみついていたからあの女を見ていないのか。

 それに自分が死にかけたということで精神が不安定なのもあるのだろう。

 もしかしたら自分ではなく先輩の息が止まっていた可能性もあったわけだし。

 少年は見た目俺より年下だから6~7才くらいか?

 まぁこんな状況だ。いろいろと思いつめて泣いてしまうのも無理もない。





「白峰様」


 しばらくすると先輩が泣き止んだ少年を連れて俺の傍にやってきた。

 少年は人見知りなのか先輩の後ろからこちらを伺っている。

 俺は先輩を見やる……少しやつれているのだがそれでもその美貌は衰えることはない。

 そのことに思わず感心してしまう。


「白峰様は体の方は大丈夫なのですか?」


 と、聞かれたのでお互いの体調を気遣い合う。無論の俺の体の痛みは隠してだ。

 二人は疲労しているが意識ははっきりとしており取り立てて危険はないようだ。


「むぅ……なんでかなでねぇさまはそんな奴のことを気にかけるのさ! そんな、そんな……人が意識のないうちにッ! あーくそっっ!!」


 心配してくれた先輩とは違ってこの少年の言葉には刺がある。

 ……と言うか人工呼吸のこと話したのか?

 意識を失っていたんだから黙っていてくれても良かったろうに。

 そう思っていると先輩からフォローが入る。


「こら、伊月! そんなことを言って。すみません」


 だが、せっかく先輩がフォローしてくれたのに肝心の少年はこちらに向かって舌を突き出すとそのまま先輩の後ろに隠れてしまった。


「ふふ、伊月は照れてるんですよ」


 「自分を助けてくれた王子様ですものね」と続ける先輩にちょっと待ったと突っ込みを入れたくなる。

 王子様のキスで助かったなんてのはお伽話でよくあることだが俺達はお互いに男だ!

 それに対して「ち、ちがう! そんなんじゃ……」と弱々しく言う少年。

 おい! そこはもうちょっと強く否定しろよ!!

 このままではろくな事にならなさそうだったので俺はきちんと否定しておく。


「とりあえず俺は王子様じゃないし、その子もお姫様じゃない。さっきのは緊急事態だったからやっただけでお互いにノーカウント。ファーストキスとか関係ないから!」


 うん、ノーカンノーカン。ファーストキスなんて関係ない。そう言い切ると


「うるさいバカ! 僕のファーストキスを奪っておいて関係ないとか言うなバカ! そりぁ僕はこんな格好してるしお姫様じゃないだろうけどさバカ! なんでこんなバカが僕の初めての相手なんだよバカ! お前なんて王子様なんかじゃないやい。このバカ! バカバカバカバカ……」


 俺の言葉に逆上し、そう言いながら俺に殴りかかってくる少年。

 まずい、このまま触れられたら……


「ッッッツゥっ!!!」


 振り上げられた腕が胸元にあたりこらえきれずに俺は声を上げてしまう。

 ……隠しておくつもりだったんだけどなぁ。

 こらえきれず上がってしまったその声に少年の攻撃が止む。


「……怪我……しているのか?」


 怯えながらそう聞いてくる少年の目は今にも泣き出しそうで。


「なに、そんなに大した怪我じゃない。しばらくほおっておけば痛みも治まる」

「……僕のせいだよね。僕があの時ねえさまに飛びつかなければこんなことには……」


 俺は不安がらせないように嘘をついたのだが少年は勝手に自虐を始めてしまった。

 怒ったり落ち込んだりと忙しいやつだな。


「巻き込んでッヒックごめんなさい……そして……助けてくれてグスッ……ありがとう」


 俺の顔を見ながら謝る少年の目からは涙がこぼれ顔はくしゃくしゃだ。



 うん、ちゃんと助けた礼を言ってくれるのは良い心がけだ。

 最初こそ失礼な態度だったが泣きながらも謝罪とお礼を言える少年に好印象を覚える。

 前世の無能どもときたらこちらが何度助けても自分たちのことばかりで……っとこれはこの子とは関係ないことだったな。

 溢れ出そうになった負の感情をいかんいかんと振り払う。



 「気にするな」と微笑みかけようとして少年と目線が合う。

 すると何故か視線が重なるった少年は身体を竦めて怯えだした。

 え? なんで? 俺そんな怖い顔してる?

 もしかしてさっきぶつかった痛みできつい顔になってたりするのか?


「ごめんなひゃい。ごめんなひゃい」


 そう思案していると何かのタガが外れたのか少年は堰を切ったようにごめんなさいを繰り返し始めた。

 俺か? 俺が悪いのか? 俺が泣かしたのか?


 まるで壊れた機械のようにごめんなさいと繰り返す少年。

 正直見ていられない。

 ここがどこかもわからないしこれからどうなるのかもわからない。

 そんな中こんな精神状態じゃマズイだろう。



 だから俺は少年の頭に手をおいて一言


「許す!」


 と大声で言い切った。

 とりあえず謝っているのだからそれを認めてやろう。

 こっちに意識を引くためもあるとはいえ……うん、我ながらちょっと芝居くさくて恥ずかしい。



 そう言い放てば、少年は泣くのを止めきょとんとした顔で俺を見てくる。

 許すといったのはそんなにもおかしかったかな? それとも叱られるとでも思っていたのだろうか?

 だがあいにくと叱り飛ばしてもこの状況は何も解決はしない。

 ……もし助かったらこの状況のきっかけであるのは確かなのでせいぜい文句を言わせてもらおう。



「もともとあの場所の手すりが不自然に壊れたのがそもそもの原因だし。俺が巻き込まれたのだって俺自身もう少し体を鍛えていればよかったことだし。それを言うならこうなった原因は助けられなかった俺にもあるといえるな。それに……」



 さっきみたいな状態にならないようにとりあえず”お前だけが原因じゃない”ということをまくしたてていく。

 だが、俺達を突き落としたあの女のことは伏せておいたほうがいいだろう。

 あの女の言っていたことが気になるし今は余計な事は考えさせないほうがいい。

 そうやってつらつらと並べ立てていけば少年はきょとんとした顔からみるみる目に涙を浮かべてゆき……あれ? 俺、対応なんか間違った?


「おに゛いちゃーん」


 少年はそう言うと泣きながら俺の胸にしがみついてきた。

 ……正直むちゃくちゃ痛い。

 それを我慢して少年が落ち着くように優しく頭をなでてやる。


 それにしてもお兄ちゃんか。

 前世では姉はいたけど年下の弟妹はいなかったんだよね。

 弟のやったことをかばう兄貴っていうのはこういう感じなんだろうか?

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