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4.ご令嬢とお話します

 会場に入るとそこは異世界だった……と、そこまではいかないが、会場の広さ、豪華な装飾品、並べられた料理の数々。

 どれをとっても今まで連れられてきたどのパーティーと比べて雲泥の差だ。


 会場の中をよくよく見渡せば七季彩学園で幾度か見かけた顔も伺える。

 残念ながらこういった場で話が弾む相手もいないので、一人でしばらくふらつくことにする。


 建物自体は洋風と言って良い立派な建物だ。

 工法は分からないがきっと有名な建築様式なのだろう。

 ところどころにアクセントとして美術品が飾られている。

 これもよくわからないがきっとお値段の高い物なのだろう。俺の目利きがそう言っている。

 料理も一見して色鮮やかでほのかに漂ってくる匂いとともに食欲を刺激する。

 料理の名前は分からないが有名な料理人の作品に違いない。

 窓から外を眺めれば一面の青に揺らぐものが混じり遠くに水平線が見える。

 どうやら海に面しているようだ。テラスから眺めればさぞかしいい景色が拝めるだろう。


 ……この会場の凄さを表現できない自分の知識量に軽くため息を吐く。

 自分がここにいることのものすごい場違い感。なんで俺はこんな場所にいるのだろう?


 そう思いながらふらついていれば以前母を心配して声をかけてくれた人がそれなりにいたのでそれぞれ挨拶をしておいた。

 けれども皆俺がなぜこんなところにいるのかを不思議がっていた。

 そうだよな、やっぱり場違いだよなぁ……。


 そうやって少し落ち込んでいると会場が大きくざわめき今日の主役の登場となる。



 ほう……あの少女はたしか……



 俺は七季彩学園で見かけたことのある今日の主役の名前を思い返す。

 七季彩学園の一つ上で鳳仙ほうせんかなでと言ったかな。

 鳳仙は飾名だろうことがこのパーティーの主催者名で伺えるが……まぁ関係ないな。


 こういったパーティーなどで出会って本名を知っても七季彩学園では本人から許可されるまでは飾名で呼び合う。……というのが暗黙のルールである。

 彼女のことは学園ではこちらが一方的に知っているという程度だし、このパーティーでも仲良くなる予定はないので関係ないというわけだ。


 鳳仙先輩が挨拶に回って来た時に周りに紛れて「おめでとうございます」と一言添えた後、もう用はないとばかりに俺は人気の少ないテラスへと抜けだす。

 テラスに入るときに何やら嫌な感じを受けたがテラスに出てしまえばその感じはなくなった。

 日はちょうど沈んだ時分で周りは闇に覆われ始めたところだ。

 テラスはそれなりに広く少し入り口から離れれば会場からは影になって見つかりにくい。

 どうやら切り立った崖の上にあるらしくまわりは海が見渡せ、潮風が吹き込み熱気漂う会場に比べ涼しくて気持ちがいい。



 俺は景色を眺めながらテラスをゆっくりと歩いて回る。

 空には月が世界を照らし始め、眺める景色に一種の幻想的なものを感じさせる。

 思わずほうとため息が出る。だがこの夜景は素晴らしいのだが一人で歩くには少々寂しい物があるな。

 誰かこの感動を分かち合える話し相手でもいればよかったのに……などと考えて人混みを避けてここに来たことを思い出し思わず苦笑いをする。


 実際の所、あのままパーティー会場にいても本当にやることがないのだ。

 父に言わせれば鳳仙先輩にアタックを仕掛けろみたいなことを言うんだろうが特に接点のない現状に合わせ、常に周囲を取り囲まれている状態ではそれは難しいだろう。

 母を心配してくれる人たちにしても今回は格の高い名家が結構集まっているのでそちらとの交流を優先させるだろうし、そんな中わざわざ子供の相手を買って出る物好きはいないだろう。

 子供同士の交流もなぁ……どちらかと言えば今までのパーティーでは大人との交流を主にしてきたからこういった場での子供相手のトークには少々物足りなさを感じてしまう。

 背伸びをして大人らしく振る舞おうとするその姿は微笑ましいのだが……まぁ積極的に相手をしたいとは思えない。





 そんなことを考え時間を潰していると、誰かがテラスに入ってきた。

 会場からの逆光でよくわからないが見たところ女の子一人のようだ。

 風にでも当たりに来たのだろうか?


 その少女は手すりの側まで近づくと疲れたように一つため息をつきそのまま伸びをする。

 ……このようなパーティーに来ている女の子が人前でするには少々はしたないと言われる行為だ。

 その最中で俺に気がついたのか伸びをして固まったままごまかすようにこちらに微笑みかけた。



 ――その女の子の名は鳳仙奏、今日の主役である。



 さて、はからずも二人きりなんてシュチュエーションになったわけだが、あいにくと父の思惑どおりに乗ってやるつもりはない。

 俺は何も見てませんよとばかりに目を伏せて会釈をしそのまま会場へ戻ろうとする……のだが


「ふふふ、不思議な人。みなさん私と縁を結ぼうと話しかけてくるのにあなたはそうではないのですね」


 ……どうやら興味を持たれてしまったようだ。

 このまま無視をして会場に戻るのも今日のパーティーがこの子の誕生会ということを考えれば色々と失礼だ。

 結局父の思惑に乗るようで癪だが鳳仙先輩に話しかけることにした。


「鳳仙先輩とお呼びしても?」

「あら、七季彩学園の生徒さんでしたの?」

「白峰といいます」


 俺は七季彩学園での飾名である白峰の名で話しかける。まぁちょっとした父への嫌がらせだ。


 俺はここで初めて鳳仙先輩を正面から見据える。

 この年頃というのは成長が早いもので、学年がひとつ上ということもあり先輩は俺よりも背が高い。

 髪は腰まで伸ばした鮮やかな黒髪で会場からの光を照り返してキラキラと輝いている。

 顔立ちは整っている……というか整いすぎているせいで今日の主役たらんと纏っている雰囲気と合わせて中学生ぐらいに見える。


 なんてことを考えていたら顔を赤らめながら「そ、それとさっき見たのは内緒にしておいてくださいね」と懇願する先輩の姿は打って変わって歳相応に可愛らしく非常に保護欲をそそられる。

 あまりの可愛らしさにこちらも頬が少し熱を持ってしまった。





 鳳仙先輩との話は学園での他愛のない物から始まった。

 男の学園生と話す機会はそうないらしく俺が語る学園での話は切り口が新鮮で面白いらしい。

 そこから何故か政治や経済の話になり……朱孔雀家の家柄のせいだろうか? 出てくる単語は高校生の授業レベルで少なくとも小学生が話す内容ではない。

 そこに先輩が朱孔雀家経由で知った実際の社会情勢や企業間のつながり、人事等を交えられてはこちらとしては前世の知識をフル活用してようやくついていけるといった感じだ。

 わからないところへの質問を交えながら精神的に疲れる時間が過ぎてゆく。


 それでも頑張ったかいはあって一応満足はしてもらえたらしく「まるで先生方を相手に討論しているような楽しい時間を過ごせましたわ」と言ってもらえた。

 ……なんてハイスペックな小学生だ。

 これは成績優秀その他で有名な飾餅先輩と匹敵するんじゃないか?

 そう思って学園でのことを聞いてみたらやはり成績の首位争いに参加しているらしい。


「TOPは飾餅先輩で決まってしまっているから張り合いがないんじゃないですか?」


 とちょっと意地悪な質問をしてみたら


「あら、彼だって何もせずに完璧というわけではないわ。もし努力をやめてしまったのなら私達にも十分勝機はあるはずよ」


 と返ってきた。



 うん、こういう意思の強い女性は嫌いじゃない。

 さっき話した知識も彼女なりに努力した結果だろう。

 結婚するならこういう強い女性がいい。

 相手も実力があって、ただ支えるだけじゃなくお互いに支え合う関係が良い。

 ……俺の結婚論だ。理想が高すぎたのか前世ではとんと活用されることはなかったが。


 まぁ何が言いたいかというと、俺は最後のやりとりで鳳仙先輩を気に入ってしまったわけだ。

 容姿だけではなく実力もしっかりと備えている。

 その上心意気も俺の好みと来た。このまま成長すればさぞかしいい女性になるだろう。

 父の思惑に乗るのは癪だし立場の違いなんてものもあるわけだが……できればここで友好的な関係を築いておきたい。


 そう考えていると、ポケットにプレゼントとして用意しておいた髪留めが入っていることを思い出す。



 ――ん? 髪留め? 確か僕は指輪を持っていたんじゃなかったっけ? そして父に言われたように朱孔雀のご令嬢にプロポーズを――



 突如俺の頭を襲った雑音(こえ)を頭を振って外へ追いやる。バカバカしい。妄想にしてもあんまりだ。


 確かに父の言いなりだったなら今ここに持ってきているのは指輪だっただろうがな。


 ポケットにしまいこんだものが俺の選んだものであることを確認しつつ俺は考える。

 前世の記憶が蘇らず反発することを知らないまま父の言いなりになった俺が先ほど聞こえた雑音と同じ行動を取る様。

 それを想像し一笑に付す。

 今の俺は”そう”ではない。今のようにもしもの話を考えても意味が無い。

 なぜこんな雑音がよぎったのかは気になるところだが今は目の前で俺の挙動を見てどうしていいかわからなさそうにしている先輩の相手をするのが先だろう。



 俺は漂う雰囲気を払拭するためわざと大げさな動作でポケットに手をつっこみなおす。

 今日出会ったことを印象づける、という打算も込めてプレゼントの包装に手をやるが「この場で直接手渡ししても大丈夫か?」ということが頭をよぎる。

 入り口で一応チェックはあったのでそれをすり抜けた……言い方は悪いがズルをして持ち込んだようなものだ。


 そんな不安がよぎったので先輩に尋ねてみると、


「同年代の男の子から直接プレゼントを手渡しされるなんて、私初めてですのよ?」


 とニコニコしながら期待に満ちた目でこちらを見ている。


 ……何故か嫌な予感がする。

 このセリフから箱入り状態で育てられていることは想像がつくが……この場での追求はないだろうが後々先輩のまわりから追求されて厄介なことになりそうな気がする……


 そう思巡していると、


「かなでねえさまー」


 と声がする。

 会場の方を見やれば男の子が走ってきた。

 俺より2つか3つほど年下だろうか? 他にも何人かお供の人が見える。


 どうやら二人きりの邂逅はこれでおしまいのようだ。

 ついでに言えばプレゼントを渡すチャンスも失われたわけだ。必ず邪魔が入るだろう。

 少し残念に思いながら先輩から距離を取る。

 人気のない場所で二人きりでいたので追求されるのを避けるためなのだけれど……たぶん無理だよなぁ……

 こんなことならさっさとプレゼントを渡しておくんだった。

 そう思って先輩を見れば距離をとった俺に「私怒ってますよ」と不機嫌そうな顔を見せる。

 こういったところはホント歳相応に見えるんだが……


「ねえさまー」


 再び先輩を呼ぶ声がし先輩はそちらに向かい声を上げる。


伊月いつき


 鳳仙先輩は手を振って伊月と呼んだた少年を招き寄せる。

 少年はこちらへ走ってくる途中で俺を見つけると舌を出して挑発してきた。

 「あっかんべ~」というやつだ。

 それに苦笑いをしながら絡まれると厄介そうなのでその場からさらに数歩後ろに下がる。


 そうするとテラスに取り付けられた手すりにぶつかるわけだが手すりに身体が触れた途端音もなく崩れ落ちそのままテラスの下に向かってこぼれていった。


 ??? どういうことだ? 整備不良か? チェック漏れか?

 なにより石でできてるのに不自然すぎるだろ……残った部分に触れるとまるで砂糖菓子のようにポロポロと崩れていく。

 手すりの柱を見れば……何だ? 御札が貼ってある?


「きゃっ」


 上げられた声に思考を遮られる。

 声のした方を見れば、先輩が少年に飛びつかれていた。

 少年が飛びついた勢いが強かったのかそのままよろよろと手すりの方へよろめいて……まずい! ありえないとは思うがあそこがここと同じような状態ならば……





 思い浮かんだ最悪な考えを回避するため俺は二人へ向かって走りだした。

 二人が倒れかかった手すりは俺が想像したとおり角砂糖のように砕け散る。

 このままでは支えを失った二人はテラスの外に投げ出されてしまう。


 ……くっ! 間に合え!!


 駆け寄った俺は二人へと手をのばす。それは既のところで二人をテラスへとつなぎとめた。

 緊張の所為か心臓の鼓動が掴んだ先輩の手の平からから伝わる。

 俺と先輩の体勢は組体操の扇のそれだ。

 少年は先輩に抱かれたまま彼女の体をしっかりと抱きしめている。


 ぎりぎり間に合ったことに安堵する。しかしまだ事態は予断を許すことはない。

 普段体を鍛えているわけではない俺にとって二人を引き上げるのは至難の業だ。

 このままでは俺ごとテラスの下に落ちかねない。


 そんな俺達に向かって影が射す。助かった、人が来てくれた。

 俺はその影に向かって振り返り……


「馬鹿な子。せっかくあの女の関係者以外は巻き込まないようにあなたがいるときには手を出さなかったのに」


 かけられた声の冷たさに唖然とする。

 その女の表情はまるで能面のようだった。ゾクリと背筋に冷や汗が走る。

 この女はまずい。直感的にそう感じ取った俺は他の人間を探して周りを見渡す。

 だがそんなことは計算の内なのか、この女が邪魔になって他の人間を見つけられない!


「そうね……本当なら私がこっそりと突き落とすつもりだったんだけれど……もう一人の子供も巻き込んでくれたことだし……あなたが突き落としたことにしてあげましょう」


 そう言って女は俺の身体をトンと押す。それだけで俺はバランスを崩し。



 ――――俺達3人はそのままテラスの下……波しぶきを上げる海面にむかって落ちてゆく――――

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