東京キャンドル (前編)
5 東京キャンドル (前編)
廃ビルから出た俺達は神田駅から更に南下して、東京駅方面へ向かっていた。
あんなに激しかった大雨は今ではすっかり止み、相変わらず太陽は出ていないが、移動するには適した天候となった。
しかし、俺達の仲間としての関係にはまだ雨が降り続いている。
カリンと恭助は俺の進む歩幅に合わせて何かと気遣いながら歩いてくれる。だが佳奈と萌はその後ろ数メートルの位置を維持して俺を警戒しながら歩いている。
怖がられている――その理由はもうわかっている。
右腕が変化した時、まるで腕自身が意思を持っているかのように勝手に動き出した。また再び俺の腕が変化したら、次は仲間の誰かを襲うかもしれない。
俺はブリッジ人間と何ら変わりない化物なのだと、そう感じさせられる。
「筐、具合でも悪いのか。顔色が悪いぞ」
恭助が俺の事を心配して話しかけてきてくれる。気が滅入りそうになる俺の心をガッシリ掴んで持ち上げてくれる。そんな感じがして少し心が温かくなった。
「平気だって、俺より恭助はどうなんだ? お前も右手を切られたんだろ」
「止血はもうやったよ。軽くかすった程度だったから傷も浅かった。だから心配は無用だ。もう手もこの通り――ゴホッゴホッ」
恭助が右手を動かそうとした時、今まで見せたことがない咳を出した。
「えっ! 来栖さん大丈夫ですか?」
カリンは上着のポケットからハンカチを取り出し恭助に差し出した。
「やれやれ、他人を心配するのが好きだなオレ達は……大丈夫さ、熱もないし、何か異物が喉に入ったんだろう。でも、ありがとう心配してくれて」
そう言って、恭助はハンカチを受け取ることなくそのまま歩を進めていった。
医者を目指している恭助が自分の体調変化に気づかないわけがない。何かあれば自分で対処できる知識と経験があるはず、とりあえずこの件は心配いらないだろう。
問題はこの分散した仲間との距離をどうやって元に戻すか。そして俺と恭助だけが知っているあの新聞記事の内容をいつ切り出すかだ。
とにかく今のこの仲間内では前者をなんとかしないと何も始まらない。この状況で全てを打ち明けても益々俺達の間にある溝が広がっていくだけだ。
振り返って佳奈と萌の様子を窺うと、二人は俺と目があった瞬間にそっぽを向き、荒廃した街の風景に目線を向けた。
「な、なあ。話をしないか…………そりゃ怖いのはわかる。けど、実際一番怖いのは俺なんだ。あんな事になって俺も混乱しているんだ」
一旦立ち止まり、そう二人に呼び掛けると、佳奈がキッと睨むように視線を向けてきた。
「アンタさぁ、何もわかってないのね」
「え、何が?」
意外な言葉が返ってきて思わず聞き直した。不穏な空気を感じ取ったのか、恭助とカリンも歩むのを止め、俺の傍に歩み寄ってきた。
「別にアンタの腕がどうこうじゃないのよ。アタシが気に食わないのはもっと別のことよ」
そう言って溜息を漏らし、再び佳奈は俺を睨みつけた。
「アンタ、自分の命を何だと思ってるの? 勝手に自分だけで判断して、勝手にあんな所から飛び降りて……アタシ達がどれだけ心配したかなんてアンタは知りもしないでしょうね!」
佳奈の話しを聞いて、俺はとんでもない勘違いをしていたことに気付かされた。
別に佳奈は俺の存在を怖がっていたわけではなかった。寧ろその逆で、俺の身を案じて真剣に心配してくれていた。
俺は自分が恥ずかしく、情けない気分になった――佳奈の言う通り、本当に俺は何もわかっていなかったのだ。
「ご、ごめん。そうだよな、君らの事を何も考えずに勝手に突っ走った俺が悪かった。本当にごめん、許して欲しい」
頭を深々と下げる。
「べ、別に謝ってもらおうと思って言ったんじゃないわよ。ただ自分の命を大切にしろって言いたかっただけ、当たり前のことでしょ!」
佳奈は少し頬を赤らめて、もう何も言うまいと顔を別の方向へ逸らした。
「萌も同じ気持ちだったんだな。本当にごめんな」
同様に萌にも頭を下げる。
ずっと顔を伏せていた萌がゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。そして手の届く距離まで来た瞬間ギュッと俺の手を握ってきた。
萌は俺の右腕に危険がないという事を自らの手で証明してくれている――その暖かい手の温もりからは萌の純粋な優しさが伝わってくるようだ。
「萌……ありがとう」
自然と感謝の言葉が漏れる。それを聞いて、萌は顔をゆっくり上げ、勇敢な勇者のような威厳のある顔つきで口を開いた。
「カタミッチ……ボクもう一回見たいっての」
「………………え?」
佳奈の時とは違う別の混乱が俺を襲った。聞き間違いだろうか、もう一度聞き直したほうがよいのかもしれない。
「あ、あの……今なんて?」
「だ、か、ら、もう一回見せて欲しいんだっての。その魔剣ダークブレイズを腕からズボボボボッとカッチョ良くプリーズよろ!」
「いやだってお前、あの時俺を怖がって睨んでいたじゃないか――」
「怖がる? ボクはカタミッチのその能力に興奮して、ずっと尊敬の眼差しを向けていただけだっての」
警戒心が欠落しているのか、ただ無頓着なだけなのか、いずれにせよそれも萌の良いところなのかもしれないが、俺は萌の事がいまいちよくわからない。
「はいはい、話はそこまでだ。そろそろ東京駅も近い。皆一緒にまとまって行動しよう。さあ、急ごう」
恭助が手を打って俺と萌の話しを中断させた。そして恭助は俺と萌の背に手を添え、グッと前へ押し出し強制的に歩くよう仕向けた。
恭助にまたいいところを持っていかれたような気がする――けど悪くない気分だ。
俺達は一層仲間意識を高めて、一同東京駅へと向かった。
東京駅は東京の表玄関とも言われているターミナル駅で、そのプラットホームの数は日本一を誇っている。
駅の外装は赤レンガで造られ、その荘厳な駅舎はここが日本じゃないような神秘的な雰囲気を醸し出している。
だが、その美しい外装をした東京駅はもうどこにも存在していなかった。
あるのは見分けが付かないほどボロボロに崩壊した建物があるだけ――どこへ向かおうと希望を見出せない無限地獄のような回路に俺は絶望感を抱いた。
この辺りにも俺達以外に生存者は全く見当たらない。それどころか駅の周辺には数多くの人間の死体が横たわっている。それも真新しい死体だけではない、かなりの年月を掛けて肉を腐らせた死体や骨だけが残された状態の残骸が彼方此方に存在している。
「皆、これを見てくれ」
駅前のロータリー付近で恭助が何かを発見した。しゃがみ込んだ状態でその発見した何かを手に取り、食い入るようにそれを眺めている。
「どうかしたんですか――ひっ!」
背後から恭助の手元を覗き込んだカリンが驚きの声を上げた。
俺も恐る恐る恭助の背後からそれを覗き込む――目に飛び込んできたのは不可解な形状をした頭蓋骨だった。
「それ何の頭蓋骨だ? 犬……じゃないよな」
「後頭部がやけに長い。でもこの目と鼻の輪郭と顎の骨格……少なくとも犬や猫の骨じゃない……これは間違いなく人間の頭蓋だ」
確かに頭蓋骨を正面から見ると人間の骨格とよく似ている。しかし後頭部の部分だけが異常に発達していて、横から観察するとその形状がバナナ状に伸びている事がよくわかる。
「マジで人間のボーンなわけ? どう見たって未確認動物だっての」
人間の頭蓋骨であることに疑問を持ったのか、萌が批判的な発言を恭助に対して発した。
「オレだってこれ程の異常な骨の発達を今まで一度も見たことはない……だがそれはさっきまでの話だ」
「どういうことだ?」
最後の意味深な恭助の言葉に疑問を持った。
「オレ達は多分、もうこれの正体と遭遇している可能性があるんじゃないか?」
「…………っ! ブリッチ人間か!」
「そうだ。あの男性以外にも化物に変異する人間がいる――そう仮定したほうがこの頭蓋骨の説明もつく」
一瞬、コンビニで発見した新聞記事が頭を過る。
俺達がいた平和な時代は2066年には終わりを告げる。そして新たに始まるのは、人間と化物が住む悪夢のような時代。
人間が化物へと変異する世界――それが未来で俺達を待っている現実。
俺達が無事に元の世界に帰れたとしても、それは本当の意味で帰れた事になるのだろうか。
こうなってしまった根源を絶たなければ、俺達に生きる未来はない。
「ねえ、あっちの空――なんか明るくない?」
骨には興味がなかったのか、佳奈はずっと俺達の輪から離れて別行動を取っていた。そんな佳奈が少し離れたところから俺達を呼び立て、ある方角の空を指差した。
「な、なんだ……!」
確かに上空の空模様と佳奈が指差す方角の空模様は明らかに違った――上空は黒く淀んだ暗雲が空を覆い隠している。しかし佳奈が示した方角の空はこちら側とは打って変わって夕日の光が射しているかのような橙色に染まっている。
しかしここからでは空を照らす光源を目で確認することはできない。
なぜなら手前には崩壊していない真新しい《超高層ビル》が建っていて、それが遮断壁となりこちら側からは先の景色が全く見えないのだ。
「おい、ビルの最上階を見ろ!」
恭助の張り上げた声に誘導され、俺はビルの最上階に目を向けた。
ビルの最上階に位置するフロアに微かだが明かりが灯っている部屋がある。
それを目にした時、俺は歓喜の雄叫びを心の中で上げた。
もしかすると俺達みたいにここまで避難してきた人達があそこの部屋に集まっ
ているのかもしれない――そう思ったのだ。
「行くしかないよな?」
「当然!」
恭助の問い掛けに即答した俺は先導を切って悠然と歩き出した。
とにかく一秒でも早く他の生存者と出会い、情報を交換する事が最優先。そして
この狂った世界から皆で脱出する――それが俺達の最終目的だ。
希望への道はまだ潰えていない――。
高層ビルの入口に到着。
高級感を漂わせるビルの外壁は他の建物とは違い破損している箇所が極めて少なく、綺麗なまま悠然と建っていた。
それに強化ガラスで覆われた入口の傍には青い龍の銅像が堂々と飾られていて、その鋭い眼がこちらをじっと見つめているように感じられる。
「こ、これ……まさか」
カリンが銅像を目にした時、彼女の表情が一変した。
その表情からは戸惑いの色が見て取れる。また不吉なことが起こるのかもしれないという一物の不安が募った。
「この銅像がどうかしたのか?」
俺は生唾を飲みカリンの返答を待った――そして。
「ここ……父の会社です」
「へえ…………ええっ!」
違う意味で驚かされた。俺はてっきりもっと不吉な事が起こるのではないかと心配していたがそうではなかったらしい。それにしてもこんな立派なビルを経営しているカリンの父親とは一体何者なのだろうか。
カリンの一言を聞いて何やら恭助が難しい顔をしている。口元で小さく呟き、必死に何かを思い出そうとしている。
「そうか青龍寺……その名を聞いた時からもしやとは思ったが、君はあの青龍寺財閥のご令嬢だったのか」
「ご、ご令嬢だなんて! 父が凄いだけで私なんか全然ダメです。働くことだってつい最近覚えたばかりなんですから」
青龍寺財閥、それにご令嬢、一体何の事だかさっぱりわからない。俺だけが蚊帳の外状態で話しがどんどん進んでいく。
「なあ、青龍寺ってそんな有名な家系なのか?」
そう言った瞬間、カリン以外の三人が目を丸くして俺に視線を向けてきた。
「アンタそんな事も知らないの! もしかして田舎者?」
「カタミッチ……乙!」
「まあまま二人共……青龍寺財閥は日本でも有数の資産家なんだ。その莫大な資産で主に東京の建設事業に力を貸し、支援金を寄付したりしている――有名な話だと思うのだが……本当に知らないのか筐?」
皆から疎外されてじわじわと心に痛みが走る。
確かに俺は田舎者だし、都会の事なんてこれっぽっちも知らない世間知らずだ。古本屋で秋葉原の情報誌を手に入れ、それを読んで東京の全てを知ったと勘違いしている半端者でもあるさ。
でも、そこまで言わなくてもいいじゃないか――と、俺は少しばかり落ち込んだ。
すると俺を見兼ねてか、カリンが俺の傍にやってくる。
「実は私も田舎育ちなんです」
カリンが俺だけに聞こえるようにこっそり耳元で囁いた。
「え、そうなの?」
「はい、山育ちです」
意外だ、実に意外だ。
こんな可憐な子が野原を駆け回って、トンボやらバッタを追いかけていたのだろうか。何だか田舎育ちと聞いただけで親近感が湧いてくる――少し元気が出た。
「中に入ろう。カリンは中を知っているんだろ?」
そう言ってビルの中の様子をガラス越しから伺った。
一階のフロアは薄暗く、人気は全く感じられない。どうやら一階は受付を行う場所のようで正面には受付カウンターが設置されている。そしてその隣にはエレベーター乗り場の位置を示す看板が立てられている。
「私、まだ父の会社には入ったことがないんです……というより入ることを許されていないんですよ」
「どうして?」
「……父は私がメイドカフェで働く事を認めていません。早急にバイトを辞めて、家にずっと居なさいといつも言われていました。父は頑固者でそれまでは口を聞かないと……」
酷い父親だ。過保護にも程がある。娘の自立心を完全に無視して己の経済力で生計を立てさせる。それがカリンにとって幸せな事だと思っているのだろうか。
「でも母は私の気持ちをわかってくれて、いつも背中を押してくれたんです。こうやってメイドカフェで働けるのも母のお陰なんですよ」
「そうか、良かったな」
家庭内にカリンの味方がいたことにほっとした。やはりカリンは強い芯を一本持っている――そう感じた。
「うっ、うぅう、泣けるっての。どんな泣きアニよりも感動するっての」
その話を聞いていた萌が大量の涙を滝のように流していた。萌の涙腺は恐らくカリン絡みでないと弱くならない。別にどうでもいいのだが。
「どうでもいいけどさぁ。入らないの?」
会話が長いことに痺れを切らせたのか、佳奈が冷たい口調で急かしてきた。
佳奈の機嫌が悪くならないうちに早く入ったほうが良さそうだ。俺を除いた男性陣も同じことを思ったのか、一斉に入口の方へ歩き出していた。
入口のドアは何の問題もなく簡単に開いた。
ビルの中は時が止まっているかのように静寂している。物音一つしない一階フロアに俺達の靴音だけが寂しく反響する。
受付カウンターを通り過ぎ、少し進んだ当たりでエレベーター乗り場を見つけた。
やはり外で目撃した最上階の明かりは見間違いではなかったようだ――エレベーターの表示板が点灯している。即ち電気が通っているということだ。
上りボタンを押すと、待つことなく自動ドアが開いた。俺達は早々にエレベーターの中に乗り込み、操作パネルに備え付けられたボタンを押しドアを閉めた。
最上階は――85階になっていた。
これだけ高ければ東京の街をかなりの範囲まで見渡すことができる。あの明るくなっていた空模様の謎も解明できるだろう。
それに最上階には人がいる可能性だってある。これ程のビルに立て篭る人物が子供やお年寄りだけとは考えにくい。少なくとも大人が数人いると考えたほうが自然だ。
静かに階数が上がっていくと同時に、心拍数も連動して早くなっていく。
――そしてエレベーター内の表示板が85の数字を点灯させ、チンッという音と共に自動ドアが開いた。
85階のフロアは一階と同様に薄暗く静寂していた。
冷たいローカを進んでいくとある一つの部屋にたどり着いた。
「明かりが灯っていたのはこの部屋か」
扉の札には《社長室》と記されている。念の為、耳を近づけてみたが中からは何も聞こえてこない。
「いいか、開けるぞ」
皆に確認を取ると、一斉にコクリと頷きゴーサインをくれた。
音を立てず静かに扉を引いていく――すると扉の隙間から明かりが漏れローカ側を明るく照らし始めた。
完全に扉を開けた状態になったところで足音を殺しゆっくりと中へ入る。
確かに部屋には蛍光灯の明かりがついている――しかし人間の姿はどこにもなく、部屋の中はシーンと静まり返っていた。
やけにだだっ広い部屋の周りにはガラス張りの窓が嵌められていている。中央には接客用に設けられたガラス製のテーブルがあり、それを囲むように四つのソファーが置かれている。
他にも銀食器やトロフィー、本や書類などが入った棚が部屋の隅に置かれている。そして一番目を引いたのが三つの鉄塔の模型が飾られている棚だった。
一つ目は東京タワーの模型、二つ目は東京スカイツリーの模型、だが三つ目の模型が何なのかわからない。どこかで見たような形状の模型をじっと眺めていると、あるビジョンが頭を過ぎった。
秋葉原の電気屋で映りの悪かったテレビがあった。それに一瞬だけ映り込んだ塔のような建造物とこの模型がよく似ている。それに新聞記事に載っていた写真にもこんな形状の塔が写っていた。それはまるで――。
「これなんぞ?」
部屋の窓際には社長机があり、その上に広げられたある資料を見て萌が声を上げた。俺はすぐに萌のもとへ行き、机の上に散らばった資料に目を落とした。
「なんだ……これ」
資料には【新タワー計画】と名付けられたあるプロジェクトの詳細が事細かく書かれていた。
その文章の中に気になる二つの文字列を発見した。
一つは【東京に三つ目の電波塔を建設する】という文章。
これは恐らく、あの棚に飾られている三つ目の模型と何か関係しているに違いない。俺達のいた東京には存在しない電波塔がこの世界には存在する――こう解釈できる。
問題は二つ目の文章にあった。
そこには【電磁波による人体への悪影響】と書かれている。
続けて読み進んでいくと、どうやらその電波塔が設立してから奇妙な症状を訴える住民が増えたらしい。その症状とは、頭痛、吐き気、目眩と様々だったが、ある特定の人物に至っては医学的に説明できない特殊な症状が見られたという。
ある患者は身体全体が痩せ細り、意識が朦朧としてろくに言葉も話せなかったらしい。そして時間の経過と共に患者の身体は変化を続け、やがては化物のような姿に変わり奇怪な鳴き声を上げたという。
その患者は元々身体が弱く、変化してから数分で死亡が確認された。
後に解剖してわかったことだが、その患者の異様な変化は電波塔から発せられる電磁波の影響である事がわかった――。
これは正しく今起こっている現象と合致している。
それにこの資料がここにあるということは、カリンの父親がこの件に深く関係しているということになる。しかしカリンはこの事を絶対に知らなかったはずだ。なぜなら彼女は長い間父親と対面はおろか、会話すら許されていなかったのだから。
「ねえ、こっちにまだ部屋があるよ」
「えっ……!」
またしても単独行動を取っていた佳奈が、なんと棚の後ろから隠し扉を発見していた。どうやら棚は移動式になっていたようで、棚の下にはレールが取り付けられている。
皆が扉に集まるのを確認し、俺はゆっくり扉を押し開けた。
そして現れたのは何の変哲もないただの暗い小部屋だった。家具類などのインテリヤもなく、明かりをつける照明器具さえ取り付けられていない。
「あれ窓ですよね。カーテンが掛かっているみたいですけど」
「ん? あ、ほんとだ」
カリンの示す方向に目を凝らして見てみると、確かに部屋の隅に黒いカーテンが掛かっている。
「くぅっ、ううっ!」
突然カリンが頭を抱えて苦しそうな声を出した。
「カリン? どうしたんだ」
「い、いえ……大丈夫です。ちょっと耳鳴りがしただけです」
この暗い部屋の中ではカリンの容態を確認することができない。ここは一度戻って明かりのついた部屋で恭助に診てもらおう――と思った時、恭助が俺の横をすり抜け窓の方へと向かった。
「とにかくカーテンを開けよう。少量の光でも入ればここでも十分診られるよ」
恭助がカーテンを勢いよく開け放った――すると少量どころか、目が眩むほどの強烈な光が部屋の中に差し込んできた。
「くっ、なんだ!」
瞼をうっすらと開け、窓の外を見る――そこには目を疑うような光景が広がっていた。
赤く燃え上がるような雲が上空を覆い隠している。だがそれは異常気象などではなく、ある建物から発せられている光を受けて燃えているように見えるのだ。
その建物は独力で神々しい光を発していて、荒廃した暗い街をまるで昼間のように明るく照らしている。
あの辺りは確か新宿区だったはず、俺の知っている限りでは新宿にはあんな建物は存在しない――というかあればとっくにニュースになっているはずだ。
徐々に目が慣れてくると、建物の全容が明らかになってきた。
白く塗り固められた外壁を持つその建物は、オカルトか、或いは未知の力なのか、先端に光り輝く球体を浮遊させている。
棚の中に飾ってあった模型と瓜二つの建物。
それはまるで街の中に一本だけ立った《ロウソク》のように見えた。




