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ロスト×スクランブル  作者: たくや
3/10

ブリッジ人間

3 ブリッジ人間(マン)



 暗雲立ち込める空の下。俺達はほとんど会話を交わすことなく、荒れ果てたアスファルトの上を黙々と歩き続けていた。

 

どこまでも続く荒廃した街の風景に俺達は希望を見出せないでいた。


「はぁ……はぁ……はぁ」

 

俺の隣を歩いている恭助が辛そうに息を荒げている。それもそのはず、成人男性を無理な姿勢で背負い、尚且つ足の怪我を気遣いながら歩いているのだから。

 

この人は今、自分の体力が限界に近いって事を気づいていない。それどころか、自分の事よりも怪我人を救うことしか頭にないのかもしれない。


(まったく、自分を犠牲にして何が医者志望だよ)

 

俺は恭助の肩に手を置き、歩みを止めた。


「次は俺が背負いますよ。来栖さんは少し休んでください」


「いや、問題ない。このまま行こう」

 

頭がカァーと熱くなった。この人は頼るという事を知らない。自分が犠牲になって相手が幸せならそれでいいと考える――つまり自己犠牲の強い人間。

 

団体行動の中ではそれは致命的なものに繋がる。怪我人はもちろん心配だが、それと同じぐらい支えられる人間の存在も必要なんだ。


「あれから何時間背負っていると思ってるんだ! このままじゃあ来栖さんまでブッ倒れる。俺達にはあなたが必要なんだ。もっと自分を気遣えよ!」


「あっ!……ふふっ」

 

恭助は驚きの表情を見せた後、嬉しそうな表情に変わり小さく笑った。


「そうだな。確かにオレは周りが見えていなかったのかもしれない……もっと仲間を頼ることにするよ。ありがとう」

 

そう言って、恭助は怪我人の男性を俺に背負わせてくれた。


「もう一つお願いがあるんだが、いいか?」


「はい」


「オレの呼び方だが、恭助でいい。『さん』もいらない。オレも『筐』と呼ばせてもらう。それでいいか?」


「もちろんだ! よろしく頼むよ、恭助」


なんだか友達が出来たみたいで心から嬉しかった。都会に出てきて初めて出来た友達、こんな状況でさえなければ最高の日だっただろう。

 

そんな俺達二人の会話を聞いていたのか、少し前を歩いていたカリンがこちらを気にしながらクスクス笑っている。


「な、なんだよ。何が可笑しいんだ?」


「いいえ、すみません。ただ、男の子っていいなぁと思っただけです」

 

それだけ言ってカリンは再び前へ歩き出した。その後もカリンは俺と恭助を見るなり、ニヤニヤと笑みを浮かべるようになった。

 

秋葉原を出発して30分程だろうか、俺達は神田駅の近くにまで到達していた。

 

山手線の被害は尋常ではなかった。鋼製の硬いレールが空に向かって反り上がっていて、更には電車も脱線している。駅に隣接した廃ビルに電車が頭から突っ込んでいる悲惨な光景が禍々しく視界に広がった。

 

ついさっきまで同じ電車に乗って、ここを難無く通過し、秋葉原へ到着したあの

現実が嘘のようだ。

 

恐怖からの震えなのか、もしくは寒さからの震えなのか、自分自身で判断できないほど俺はこの状況下に圧倒され、手が勝手にガタガタ震え出していた。


「この辺りで休憩しよう。怪我人の体力も心配だし、筐も休憩したほうがいい」


「ああ、そうするか」

 

恭助の提案でまだ柱が頑丈そうな五階建ての廃ビルの中で休憩することになった。ビルの中は五階まで吹き抜けになっていて、天井には一際大きなシャンデリアが吊るされていた。

 

背負っていた怪我人の男性を床に散らばっていたダンボールの上にそっと寝かせる。肩から重みが消えて、フワッと身体が宙に浮くような感覚になった。

 

シーンと静まり返った空間、俺達に会話する元気なんてほとんど残っていなかった。あるのは空腹感と喉の渇き、そして帰りたいという願望――ただそれだけだった。


静寂の中、外からサーという雨音が聞こえてきた。


「げっ! 雨降ってきてんじゃん。最悪」

 

佳奈がビルの小窓から外を覗き込み険しい表情で呟いた。


すると、俺はカリンの様子がおかしいことに気付いた。


自分の肌が露出している部分、腕や太ももを何度も両手で摩っている。メイド服は半袖、ミニスカートが基本、急な気温の変化にはうまく対応できない。それにカリンのメイド服は所々に穴が空いてボロボロになっているため、何倍にも増して寒さが襲ってくる。


「寒いのかい? カリたんさえよかったらボクの上着を使ってほしいっての」

 

汗だく状態の萌が上着を脱ぎ始めた。あれはさすがにまずいと思い、止めに入ろうと思ったが、佳奈が俺より先に萌に近づいていった。


「そんな露骨に臭そうな服を渡そうとすんなこのキモオタ! ……来な、アタシが服持っているからさ」

 

そう言って佳奈は持っていた紙袋をカリンの目の高さまで上げた。始め見た時から気にはなっていたが、やはり中身は服だったようだ。

 

佳奈とカリンは壁沿いに設けられた二階に上るための階段へと向かう。その手前で佳奈がこちらに振り返り、睨みを利かせて言い放った。


「言っとくけど、もし覗きに来たら殺すから。特にそこのキモオタ、まだ死にたくなかったら大人しくしていることね。いい?」

 

殺意のこもった刺々しい佳奈の言葉に俺達男性陣はただ頷く事しかできなかった。

 

 

二人が二階に行って10分が経過した。

 

階段の上から靴の音がコツコツと響き、一階のフロアに近づいてくる。


「お、お待たせしました」

 

カリンの声が聞こえたので、俺は階段の方へ目を向けた。

 

そこには可憐な美少女が立っていた。

 

キャメル色のニットジャケットにショートパンツを合わせた今時のファッションに身を包んだカリンが、こちらの目線を気にしながら身を捩っている。

 

その美しい姿に見惚れたのか、萌が棒立ち状態で硬直してしまっている。


「大丈夫か萌君、おい、しっかりしろ!」

 

恭助が萌の肩を揺さぶった――その瞬間、萌が両目をグワッと大きく見開き、息を大きく吸い込んだ。


「キタ――――――ッ! カリたんマジ天使、ふつくしい、ふつくしいっての」

 

フラフラと酔っ払いのようにカリンに近寄っていく萌。それを見かねた佳奈が二人の間に入り、指をボキボキ鳴らし萌の進行を止めた。


「大人しくしてろって言ったよね? マジ一回死ぬかキモオタ!」


「ひいぃ! 堕天使マジキチ」


「ああん! なんか言ったかぁ?」

 

また二人の言い争いが始まってしまった。俺は呆れ果てて二人から顔を背け、外で降り注いでいる雨を呆然と眺めた。

 

そこで、ある建物を見つけた。


「なあ恭助、あれコンビニじゃないか?」


「えっ……あ、ホントだ! 間違いない……もしかしたら食べ物や水が残っているかもしれないぞ」

 

蜃気楼などではない、本物のコンビニだ。まるで砂漠の中央でオアシスに辿り着いた旅人の気持ちになったような気分だ。


「オレと筐で行こう。残りの三人はここで怪我人を見ていてくれないか? 萌君、君がナイトだ。しっかり皆を頼むよ」


「了解! この命に変えても、カリたんはボクが守るっての」


どうやら『ナイト』という恭助の粋な言葉の意味が萌には通じていないようだ。


萌がカリンに何かするとは思えないが、一応佳奈も傍にいるし、何かあったら叫べば聞こえる距離にコンビニはある。何時間もここを離れるわけでもないし問題はないだろう。

 

俺と恭助は土砂降りの雨の中を駆け抜け、向かいのコンビニへと一直線に猛ダッシュした。


 

コンビニに到着して中に入った俺は驚愕した。


薄暗い店内は想像以上に荒れ果てていたからだ。

 

商品の置かれていた棚は全てひっくり返り、地面には食べ物らしき物体が泥塗れになって散乱している。しかし袋入りになっているパンやスナック菓子、缶詰類などの食品はどこにも落ちてはいなかった。


「……とにかくもう少し探してみよう。何か残っているかもしれないからな」


「そうですね。じゃあ俺はあっちを探します」

 

恭助と分担して店内を物色する事になった俺は、奥のレジの辺りを探ってみた。

 

割れた蛍光灯や天井の破片などが散乱したレジの上をどけていくと、山積みのタバコが出てきた。その中を探してみると――


(よし、あった!)

 

見つけたのは《百円ライター》

 

奇跡的に湿気ってはおらず、かなりオイルも残っている。着火できることを確認してポケットにしまい込んだ。


「おい筐、ちょっと来てくれ」

 

突然恭助からお呼びがかかった。どうやら本棚を調べていたらしく、窓際の本棚の前で恭助は何かを手に取り読み込んでいる。


「どうしました?」

 俺は恭助の手に握られた物を覗き込んだ。それは新聞だった。しかし相当汚れている。所々が破れていたり、泥で文字が消えていたりして全面を把握する事ができない。

 

 しかし新聞の見出し文字、その文面は完全に読み取ることができた。俺はそれを目にして身体が凍りついた。


【日本を完全隔離。日本全域を危険区域と推定し、入国及び電波通信などの干渉を禁じる】

 

 新聞の見出しにはそう書かれえていた。


 「日本を隔離……どういう事だよ。それに危険区域って、この荒れ果てた街が何か関係しているのか?」


 「日本が見放されるほどの重大な事件が起こったんだろうな。バイオテロがあったのか、或いは核が投下されたか……」

 

 恭助は慌てる素振りを見せず、冷静に分析し始めた。だがそれらの出来事は全て現実的ではないフィクション域を越えていない。まだそうと決まったわけではない。


 けれど、現に新聞には悲惨な現実しか書かれていない。

 

 俺は新聞の日付を確認しようと目線を上に移動させた。そして唖然とした。


 【2066年 4月7日】

 

 年代が有り得ないほど進んでいた。今年は2013年だったはずなのに、2066年にまで進んでいる。つまりここは《未来》という事になり、俺達は53年も先の未来にタイムスリップしたことになる。

 

 徐々に頭がおかしくなりそうで、なぜか笑いが込み上げてきた。

 

 地震で生じた亀裂の中に落下していく俺の身体はワームホールのようなトンネルに入り、この場所にタイムスリップしてきた――そんな馬鹿な話があるだろうか、

 

 《ジョン・タイター》でもあるまいし、非現実的すぎる。


 「年代はこの際重要じゃない、問題は何が起こったかだ。そして一番重要なのは帰る術があるのかどうかだ……そうだろ?」


 「ああ、そうだな」

 

 やはり恭助は心強い。俺より一歩も二歩も先を読んで現状を打破しようとしている。こんな時にこそ冷静に事を考えなければならない。命に関わってしまう問題なのだから。


 「この写真を見てくれ。何だと思う?」

 

 恭助が新聞に記載されているある写真を指差した。

 

 

 そこには崩壊した薄暗い東京の街を上空から捉えた風景写真が写っている。


 その街の一角に眩いほどの光を放出する建物がある。塔のような棒状の建物の先端に光り輝く物体が取り付けてある奇妙な建造物。


 こんな建物は東京には存在しない――だが、写真には明らかに東京だとわかる建造物が写っている。


 《東京タワー》と《東京スカイツリー》が他の建物と比べ物にならないくらい無傷で、綺麗な状態のまま存在している。


 「明からさまに怪しいなこの建物。この辺りって確か新宿だったよな?」


 「ああ、ここからそう遠くはないが――」

 

 恭助が降り頻る雨を気にした。これでは当分動けそうにない、そう言いたいのだろう。


 『きゃあああああああ!』

 

 突然、カリンの悲鳴が雨音に混じって響き渡った。


 「まさか萌が……」

 

 想像を絶するイメージが頭の中で再生される。萌を真っ当な人間だとは思っていなかったが、まさかこの状況下で道を踏み外すとは思わなかった。


 「とにかく戻ろう。もしそうだとしたら彼女が危ない」

 

 恭助は新聞の汚れていない部分だけを破り取り、自分の革ジャンの内ポケットにしまい込んだ。

 

 そして俺達はコンビニを後にして、急いでカリン達の元へと向かった。


 

 すぐさま戻ってきた廃ビル内の様子は、ほんの数分前よりも打って変わってただならぬ空気が漂っていた。

 

 だが心配していたような、萌がカリンに如何わしい行為をする光景が繰り広げられているわけではない。

 

 異様だと思ったのは、カリン、萌、佳奈の三人が建物の隅に背を押し付け、何かを見て驚愕し、身体を震わせ脅えていたからである。


 「どうした? 何があったんだ」


 「あ、あれ……」

 

 カリンが震える手で向かいの壁の方向を指した。

 

 そっちには怪我人のサラリーマン男性しかいないはずだが、俺はゆっくりカリンが指し示す方向へ視線を向けた。

 

 そこには案の定、怪我人の男性が寝ているのだが、明らかに様子がおかしい。

 

 折れてしまって曲げることさえ不可能な両足が信じられないほど大きく晴れ上がり、男性は苦しみと痛みの中でもがき続けるように低い苦痛の声を上げている。


 「まさか! 足の怪我がそこまで悪化するなんて一体どうしたっていうんだ」

恭助が怪我人の男性に近づこうと歩み寄る。

 

 ぐぅあああああっ!


 その時、更に男性が苦痛の声を張り上げた。その拍子に口から大量の真っ赤な血を吹き出して、男性はそのまま生気がない状態となり、ピクリとも動かなくなった。


 「なんてことだ……オレは、オレはこの人を……」

 

 恭助はガクリと膝を地面に落とし、力なく無気力になり項垂れた。

 

 医学を学んだ恭助が傍に付いていながら死人が出てしまった。医者としての責任、義務、それらを果たせなかった自分の無力さに恭助はただ嘆く事しかできない。


 「恭助……この人だってお前には感謝していると思うよ。恭助がいなかったら看板の下敷きになったまま死んでいたかもしれないんだ。ここまで来れたのだって――」


 「やめてくれ……実際目を離したのはオレの判断だ。必ず助けるなんていきがって、いざって時にはこのザマだ。医者失格だよオレは……」


 「恭助…………」


 かける言葉もなかった。俺は恭助を何でも出来る超人的な人間だと思っていた。けれどそれは俺の中で創り上げた勝手な恭助像でしかない。

本当は誰よりも弱くて、自信が持てない。


 恭助は俺と似ているのかもしれない――そう思った。

 

 俺は恭助に歩み寄り、そっと手を差し伸べた。

 

 暫し沈黙状態だった恭助だったが、俺の差し出した手に気付き、同様に手をこちらに差し出してくれた。

 

 ゴリッ! バキッ!

 

 恭助の手を握る瞬間、動かなくなった男性が突如動き出した。

 

 痙攣した身体をまるで操られているように動かし、ジタバタと地面に腕や脚を打ち付けている。その影響で正常だった腕の骨が砕かれて、関節が有らぬ方向へ曲がってしまっている。


 とても正気が戻ったとは思えない男性の行動に俺はただ身構える事しかできない。

 

 やがて男性は不自然な格好のまま石のように固まり、そして徐々に仰向けの状態のまま腹部を突き上げていった。まるで《ブリッジ》しているような異常な姿勢になっていく。


 首の力だけでブリッジ姿勢をキープしながら、折れたはずの腕と脚も地面に着け、完全にブリッジした状態になった。


 「なんだ……一体何が――っ!」


 恭助が正気を取り戻し立ち上がる。


 更に男性の身体に異変が起こった。晴れ上がった脚は波を打つかのように鼓動を始め、徐々に皮膚が強靭になっていく。腕も脚と同様に太さを増し、爪がナイフのように鋭く伸びていく。

 

 そして男性は逆さ向きの顔を自ら回転させ、ブリッジ姿勢を維持したまま180度の所で顔を止めた。白目を剥き出しにした目にゆっくりと瞳を落とし、こちらに視点を合わせる。


 キシャアアアアアアアアアア!


 この世のものとは思えない異形な姿となった男性は鼓膜が破れそうになるくらいの奇声を上げ、目から得体の知れない黒い液体を涙のように垂れ流した。


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