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YOSIKIを止めて



 そりゃ、一人の健全な男子として、一人暮らしをすることになると決まった日から、夢想くらいはしていたさ。いつか女の子とか連れ込む時がくるんだろうか……げへげへ、なんて。しかしまさかまさか、まさかですよ。まだ荷の紐も解いていない転居初日にこうなるなんて、当然のことながら思ってもみなかった。

 人生、分からない。ドンッ! と大見出しで書いてもいいほどのそれは真理。

 人生、分からない!! ドンッ!!!!!! ああ自重しろ、僕。

「あ、お兄さんもダンボールお好きなんですね! こんなにいっぱい!」

 少女はダンボールが雑然と積まれたリビングを見て、目を輝かせている。ダンボールに好きとか嫌いなんてないんじゃないかな? と一瞬思ったけれど、別に嫌いではないから好きと言ってもいいのかもしれない。しかし別に好きでもないので以下無限ループ。

「あ、タオル。ありがとうございました」

 そう言って、はにかんだ表情で真新しタオルを差し出してくる彼女。そうだ。今はバスタオルを渡して、雨に濡れた体を拭いて貰っていたんだ。けれど、当然のことながら濡れた服まではどうしようもなく、べったりと彼女の体に張り付いていた。

 うーん。

 身体のラインがはっきりと表れてしまっていて、そのせいで彼女が『女』であることを意識してしまう……。

 体はちっこいのに、結構胸あるな……なんて。

 はぁはぁ。

 同い年の女の子と自宅で二人きりでそして濡れているという状況が、僕の胸を狂ったように打ち鳴らしていた。全盛期のYOSHIKIでも住み着いているのだろうか、僕の胸。動悸と発汗が止まらず危うく紅に染まってしまいそうだ――

 って、喝!

 何を考えているんだお前は!

 僕は自己嫌悪する。何が嫌いって性欲の虜になっている自分ほど嫌いなものはない。野蛮で不潔で野獣で紅でそれは端的に言って僕らしくない。僕らしくない僕を僕は嫌いだ。だって僕は僕だもの。こういう時は軽く運動でもして汗を流すといいのだけれど、いきなり腕立て伏せとか始めたら彼女も怖いだろう。

 なので僕は、元を断つことにした。エロスの源泉を。

「シャワー、使ってよ。その間に服を乾かしておくから」

 胸を抑えながらそう言うと、彼女はとんでもないです、と言って手をわたわたさせた。

「そこまでして頂くわけには……っ! 命を救って頂いたばかりか、お風呂まで頂戴するなんて……」

 命? 救ったか? どうも勘違いしているようだけどそれは置いといて。

「でも、家壊したしさ」土管だけど。

「それは私の責任です! あ、そういえばその折も助けていただいて……。もうこの御恩をどう返していいのやら……」

「お風呂、嫌い?」

「大好き……――です!」

 彼女はタメてそう言った。ロックバスターなら中くらいにはなってるタメ時間。まぁ、この年頃の女の子で風呂嫌いっていうのも少ないだろうな。野宿していた割には清潔だし、元々綺麗好きなんだろう。

「じゃあ、お早く。湯も張ろうか?」

「めめめ滅相もない!」

「じゃあシャワーでいいんだね。ごゆっくり。着ているものは洗濯しておくからね」

「ですから! そこまでしていただくわけには!」

「むぅ」

 彼女は意外に強情だった。しかし精神衛生上、僕もここは譲れない。

「奢られ上手がいい女の条件って言うよ? あー、もしかして警戒されてる? 大丈夫、絶対覗いたりしない」

「そ、そういうわけでは……」

 たじっ、とする彼女。効いているようだ。なるほど、こういう路線で攻めるのが効果的なのかな。

「そうだよね。ごめん。普通男の家で風呂なんて入れないよね。ケダモノだもんね。僕はただ単に風邪を引いたら可哀想という全くの善意から申し出たのに、そういう捉え方をされてしまうんだね。いや大丈夫。悲しいけれど、それはもっともな判断だとわかってはいるよ。悲しいけれど。悲しみがこんにちはしているけれど」

「あ、あう……」

 申し訳なさそうに口をぱくぱくとする彼女。ちょろいな。僕は彼女から見えないようにほくそ笑んだ。

「ですが……私が入ると、汚れますよ?」ちっ、まだか。

「使えば汚れる。当然のことだね。そんなことを気にするほど器量が小さいと思われていたなんて……(以下略)」

「でも、濡れているというのならお兄さんも濡れていますし……それをしり目に私が先に頂戴するなど……」まだかよ。

 僕はいい加減面倒くさくなって。

「男は風邪を引かない」

「そんなことは……」

「男は風邪を引かない」

 そう唱えながら、彼女をバスルームに押し込んだ。最終的に押し切る形になってしまったのは残念だけれど、彼女の強情さも相当なものだ。こうでもしなければ夜が明けるまで押し問答が続いたろう。やれやれ。なんでも兄に頼りきりで、常に甘えられる限り甘えていた実家の妹を思うと、あまりの違いに情けなくなる。

「あの、すいません!」

 バスルームのすりガラス越しに、少女が言う。やれやれ。我が妹ほど遠慮がないのもあれだけれど、ここまで強情なのも、困り者か。

「男は風邪を……」

「いえ、そうではなくてですね」

少女はばっさりと切って。

「私、待ち合わせをしていたんです。しーちゃんと、あの家で」

「土管、と訂正しておこうか。けれどなるほど。だから風呂に入れないって?」

「はい。もうしーちゃん来ているかも。この雨の中……」

 だからって。

「戻ろうっていうの? 多分あの空き地に女の子が住み着いてたっていうのは噂になってるだろうし、お勧めしないよ。面が割れてるかも」

 犯人が捕まるのは、大体犯行現場に戻ってきた時だと聞く。今戻ればあの高そうな外車の修理費用を払わされるハメになるだろう。いや犯人僕だけど。

「携帯とかないの?」

「私は当然無いですし、しーちゃんは携帯電話持ち歩かない主義の人で……」

 それはもはや、携帯ではない。

 仕方ないか……。

 僕はんっ、と体を伸ばして。

「分かった……僕が行くよ」

「そんな! そこまでしていただくわけには!」

「いいさ、毒を食らわば皿まで。ここまで関わったからには面倒見るさ。恩に感じるなら仇以外の何かでいつか返してくれ」

 言うだけ言って、僕は家を出た。強情っぱりと話して無限ループしていても始まらない。せいぜい恩を押し売っておくことにする。同い年の女の子が一つ屋根の下でシャワーを浴びていたらまた僕の胸の中の眠れるYOSIKIが目覚めてしまうだろうから、ちょうどいいのかもしれない。

 ほんの通り雨だったのだろう。もう外は、穏やかな春の宵の口だった。



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