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TOP STAR・お星さまの恋

作者: 田中円

本日はご来場頂きまして、まことにありがとうございます。

私は劇団『虹創旅団』団長の田中円と申します。

この度、私が所属している劇団『虹創旅団』

http://kosoryodan.com/

にて2013年12月19日から行われた舞台公演に、イラストレーター稲空さんにメインヴィジュアルを担当していただきました。

この作品は、数年前、私が実らぬ片思いをしていた時、その人が重病に陥り集中治療室で迎えることになってしまったクリスマスのために

何か出来ないかとプレゼントとして個人的に書いたものです。

今回改めまして、期間限定でこちらのサイトにて小説版を無料公開させていただきます。

舞台公演を前提としておりますので推敲などすることが出来ず、誤字脱字や独特の表現などあると思うのですが、もしお楽しみいただけたなら幸いです。

戯曲版は電子書籍にて

https://store.retro-biz.com/page_detail_2609.html#i8780

こちらで販売を行っております。もしご興味がある方はそちらもご購入いただければと思います。

また私たちは新作の公演を2016年3月に新作公演を予定しております。

もし気に入っていただけたなら、舞台にも遊びに来ていただけたら、本当に嬉しいです。

それではどうぞごゆっくり、お楽しみ下さい。

#この物語中では、作品の舞台設定上、表現上どうしても必要とする場合にのみ、差別的な言説を使用しています。しかしそれは一重に、その差別行為の痛み、苦しみ、嘆きを読んで頂いたお客様にリアルに実体験していただく目的で使用するものです。

慎重に言葉は選びましたが、もしこの表現はまずすぎる等のご指摘がございましたら、ご連絡、並びにご指導いただければ幸いです。

どうぞ心より、宜しくお願い申し上げます。


虹創旅団・団長 田中円


TOP STAR・お星さまの恋


第一夜 一目惚れ


西の空が、夕焼けに染まる頃、その町の裏通りにある古いアパートの二階の窓辺に、いつも一人の少女が佇んでいました。そうして、彼女は唯一その窓から見える南の空に、真っ先に出た一番星を見つけると、手を合わせて祈ります。必死に。

その祈りは、その貧しい町の人々の多くが眠りにつくまで、続けられました。


一番星は天上から、その光景を見ていました。


「人間っていうのは、贅沢な生き物だぜ。自分の与えられた一つの人生はさ、辛いことも苦しいことも悲しいことだって、大いなる神様からのプレゼントだっていうのに、それを、祈って解決しようだなんて。もったいないったらありゃしない。自分でなんとかしな。」


その、生意気な一番星の名前は、アストラムと言いました。ツンツンの金色の髪を、アルデバラン製の超強力な、赤いガラス瓶入りのワックスでまるで突き刺さるようにきらきらとそり立たせ、いつも真っ先に、星の世界の中でもトップクラスの性能を誇る、巨人星タイタンによって鍛えられた鋼鉄製の超重力バイクに乗って、南の空にとてもかっこいい感じで輝くのでした。


しかし、彼は、その女の子を初めて見た瞬間から、一目惚れしていたのでした。


彼女は黒人独特の肥沃な大地のような肌をして、くるんと一口大のクロワッサンのように、髪はパーマがかかっていました。少し垂れた両目には二つの丁寧に磨かれたきらきらした黒真珠が優しく輝いています。

彼女は、笑うとえくぼの出る真紅の唇をきゅっと結んで手を合わせ、その一番星に祈るのでした。


一体何を願っているんだろう。聞くだけ聞いてやるか。叶えるわけじゃないからな!と、星はゆっくり近づいて、彼女の願いに耳をそばだてます。


「お父さんの病気が、治りますように。」


アストラムはその部屋の奥をのぞき込みました。すると隣の部屋の小さくみすぼらしい、固そうなベッドに、彼女の父親がやせこけて眠っていました。彼の片足は失われ、その切断された場所が膿み、熱を出しているようでした。


彼女は、ひとしきり祈りを終え、その足の包帯をとりかえると、傷口に口をあて、ちゅうちゅうとその膿を吸い出して、吐き出すことを繰り返すのでした。

その度に、父親は、痛みをぐっと我慢して、大切な娘の頭を、すまない、ありがとうとか細い声で言いながら、撫でるのでした。


「大丈夫よお父さん。私がついてるから、絶対すぐに治るからね!」


彼女は笑顔でガッツポーズを作ると、粗末なかゆを作り食べさせ、洗濯、掃除をし、また一番星に祈るのでした。



「なんてかわいそうな子なんだ!ああ、俺、彼女を救いたいよ。あの子は僕の運命の人なんだ。」


アンドロメダ大学付属ガンマ第一高等学校からの帰り道。星くずの散らばる赤や青や黄のイルミネーションのほどこされた学校のメインゲートを、つめえりの学生服をきたアストラムと友人はいきまいて歩いています。


「やれやれ、アーシュ。お前もこりない奴だな。ついこの前N・ラッテンマイアに告白して振られたばかりだろう。」


と、彼の親友のユマが答えます。その隣にいた女子学生ベガが、二つ結びにしたエメラルド・グリーンの頭髪を、笑いながら楽しげにゆらして、ユマに続けます。


「それに、その子人間なんでしょう?星が人間に恋するなんて、とても危険なことよ。」


彼はそう言われると、確かに・・・と、黒いペチャンコの学生カバンを肩に引っかけて足元の透き通ったじゃり道を、ながめるのでした。



星にとって、人間との恋は、禁止されていました。

最も正確に言えばそれは、してはならない、という類の物ではなく、したとしても絶対に幸せになれない、という類の物でしたが。


冬の淡い木もれ日の差し込む、アンドロメダ学校の図書室で、アストラムは古い伝説の本を開いては、難しそうに考え込んでいます。


星々の世界と人間の世界は昔から、不思議な関係がありました。星は人間にとって、希望の象徴であり、人間は星々にとって彼らが道を過たぬよう、見守り、導くという役目を、大いなる神様から申し渡されていました。


ですから、基本的には互いに干渉しあうことはありませんでした。あくまで、基本的には。



彼女の工場には次から次へと、色とりどりのシャツが運ばれてきます。

それは色づけされた直後の熱々の状態で、彼女の目の前の大きな水そうへと移され、彼女の仕事はそれを良く水洗いし、ハンガーにかけることでした。


「ティアラ。さぼるんじゃないよ。今日のノルマはいつもの倍あるんだからね。」


その工場の太った女主人が、そう彼女に告げます。祈りを捧げていた黒人の少女の名前は、ティアラといいました。それは産まれたての彼女の笑顔が、まるでお姫様の王冠のように輝いていたことから彼女の両親が名付けたのでした。


彼女はジャブジャブと両手でその色とりどりのシャツを洗いながら、自分が手に取ったシャツの色で妄想をするのでした。


「赤はいちごの色。ほっぺが落ちる甘い色。この黄色はレモンじゃないわね。どちらかというとかぼちゃに近いわ。この緑はペパーミント。歯磨き粉みたいな匂いがするはずよ。」


彼女はその妄想が、全体的に食べ物ばかりなので、苦笑しました。と、同時にお腹がぐぅとなりました。

とても短い休憩時間になると、彼女は、手を洗って、小さなキルトのかばんから、ハンカチに包まれたお昼ご飯を取り出します。


「神様、今日もおいしいご飯をありがとうございます。頂きます。」


そうして、パクリと彼女はそれにかぶりつきました。

それは、カリカリに焼かれた食パンと、牛乳でした。カリカリに焼いてあるのは、もうそれがかびて食べられなくなる寸前で、彼女なりに、きっと焼けば大丈夫に違いない!という切ない判断によるものでした。


彼女はその固くてボソボソしたこげ茶色の食パンを口の中で何度も何度も噛むと、美味しい、と、満面の笑顔になりました。そして、少し牛乳を口に入れて、青空を見つめるのです。


青空は、その大きな工場からはずっと遠くに、小さく見えました。けれども、彼女はその小さな青空で充分でした。


「私は健康で、毎日ご飯も食べられて、仕事もある。なんて素晴らしいのかしら。」


と、彼女は笑います。その青空の向こうで、アストラムは彼女をながめていました。



夕方が近づくと、工場には裸の小さな明かりが灯ります。

するとシャツの色はあまり分からなくなって、ティアラは妄想することが難しくなります。彼女は夕方が嫌いでした。夜が来るからです。

いつも夕方になると、ずっと冷たい水に触れている彼女の手は、真っ白にふやけて感覚を失くし、血をにじませうずき出します。

彼女が必死に作っている笑顔はもう顔に張り付いて、面のようです。

時折口ずさんでいた歌も、心の小鳥が飛び立って、小さい死神の溜め息へと変わってしまいます。

時々辛くて、彼女は泣きました。誰にも見えないように。

すると、主人がやってきて、彼女の顔を大きな両手で掴みます。


「何を泣いてるんだい。泣いたって何も変わりはしない!泣くより手を動かすんだ。さぼるんじゃないよ。」


その黒人の主人も、彼女の辛い境遇の事は知っていました。けれどそう言うしかなかったのです。なぜならここには彼女と同じように苦しむ子供達が何百人も雇われていたのですから。

彼女はうなずいて、ごめんなさいと言うと、仕事を再開しました。



心に、ゆっくりと黒い雪が降りつもります。それは工場のすす煙で汚れた、黒い雪です。

時々買い物へ大通りへ行くと裕福な町の子供達が彼女を奇異の目で見つめ、騒ぎました。


「くせえくせえ。なんか家畜の匂いがしねーか。」

「違うよ。掃除のモップが足をつけて歩いてるんだ。」

「おい。俺が五セントくれてやるから、回ってワンって言ってみろよ!」


彼女は黙ってうつむいて歩きました。かかわれば何をされるかわかりません。今日はお父さんの為に大事な栄養であるオートミールを買いに来たのですから。



雑貨屋の主人は、白人でした。彼は黒人に冷たく、いつもこんな風に嘘を吐いては、彼女を苦しめるのでした。


「今年は、穀物の相場が値上がりしてね。ニグロは値札より二割り増しになるよ。」



彼女は、明かりのついていない家に帰ると、暗い部屋に、ランプの明かりをつけました。


「お父さん、明かりぐらいつけなよ。もったいないなんて思わなくていいから。」


彼女はお父さんに、キスをすると、お父さんは、微笑んで、彼女の頭を撫でます。


彼女は目一杯笑って、自分のベッドに倒れ込み、扉を閉めます。そうして、枕に顔をうずめます。


「うあーーーっ!」


彼女は声にならない叫び声を上げて、泣くのでした。



一番星のアストラムはずっと、その光景をながめていました。気がつくと彼の頬には一筋の涙が流れていました。

彼女が枕から顔をあげ、いつものように彼に祈りを始めると、アストラムは、もう、その祈りを馬鹿にすることは出来ませんでした。


「彼女の願いを叶えたい。」


そう彼は思うのでした。


第二夜 星めぐりのデート


”冴”という星がありました。それは青き星々の長老M・ウォルフライエ星の周りを回る衛星で、地球の月のような巨大な、火照ったように赤い砂の星でした。

本当はもう少し長くて数字と英語の入り混じった難しい名前があるのですが、とても赤く明るく冴え渡って光るその姿と、彼女の男気に溢れた肝っ玉母さんの様な性格から、星々達が愛情を込めた意味で”冴”と呼ぶのでした。


冴はぬりたてのルージュのようにつややかに紅くきらめきながら、M・ウォルフライエ星の周りを回っていましたが、ふと遠くに、騒がしいワンパク三人組の姿を見つけて、目を止め、耳を澄ましました。


アストラムは、図書館で調べた「流星の伝説」のことについて、考えて、小さなクズ星の流れる天の川にかけられた橋のらんかんに頬杖をついています。


ティアラの力になりたい。でも、僕は彼女の隣にはいない。彼女が泣く時も、ハンカチを渡すことは出来ない。抱きしめて、大丈夫だと言ってあげることも、おどけた事をして、笑わせることも出来ない・・・。出来るのは、一番に輝くことだけ。

でも、伝説が本当なら・・・だけどそんなの、聞いたことも無いし、恐いよ・・・。くそっ!


アストラムは橋のらんかんに、拳を叩きつけます。それを見ていた親友ユマと二つ結びのベガが、声をかけます。


「おいおいアーシュ。お前また、あのティアラって人間の女の子のこと考えていらだってんのか?しゃーねーなー。」


ユマがポンッと、アストラム自慢のとんがり頭を叩くので、うるさい!とアストラムが払いのけます。

横にいたベガが、アストラムのぷりぷりした横顔をながめて優しげに微笑みかけます。


「今日はあなたに良い話を持ってきたのよ、アーシュ。人間の女の子との恋なんて、叶うはずがないことはあなただって知ってるわよね。」

「ああ・・・。」

「だから、あなたが諦められるように、ハイッ!じゃじゃーん!」


彼女が、ターコイズブルーの瞳をきらりと輝かせて、何か本を取り出す。表紙には大きく魔法陣が書かれ、それは箔を押されて星の光に不思議な緑色に輝いている。


「なんだそれ。」

「恋する少年の為の魔法の書よ~!」


と、意味不明にくるくる踊りながら悦に入るベガ。

変わりにユマがその書について説明する。


「魔法学の先生に言って、借りてきたんだ。これはさ、俺達星が人間の姿になって、しかも望む・・・(小さい声で)イケメンの姿になって、願う相手の夢の中へ入ることの出来る古い呪文の書かれた書さ。これで、あの子の夢の中へ入って、デートしちまえよ!」


と、ベガがのりのりでアストラムをつつく。


「しちまえよ!つんつん。」


アストラムは瞳を丸くして、二人に問い返しました。


「夢の中に・・・。」


ユマがくるくる踊っているベガを尻目に続けます。


「でさ、この呪文には恋の女神星”冴”さんの、一角獣の割れた手鏡が必要なんだ。」



冴は、そんな三人の会話に耳を傾け、じっとアストラムを見ました。そして思うのでした。


「彼が、ティアラに恋した、星・・・。」


人間と星の間には、見守り導かれるという関係性以外に、二つの禁断の関係がありました。

その一つは、星に産まれ変わるという意味で、転星の伝説と呼ばれています。

それは、現世で良い行いをし、神々に愛された人間は死後、星となって産まれ変わるという伝説です。


そして、冴こそが、そのまぎれもない転星の星でした。



彼女は人間だった頃、神に仕え、人に愛を与える修道女でした。

いつも彼女は薄汚いスラムの裏通りにある、小さな教会で、薔薇を育てては、心の貧しい人々には愛を、お金の無い人々には施しを、また共に労働をし、死を迎えようとしている人は抱きしめ、その最後を看取るのでした。


けれど、ある時彼女は一人の人間の男に恋に落ち、神に仕える身でありながら、一度だけ体を重ねました。


その時に出来た子が、ティアラでした。


彼女は妊婦でありながら、日々の奉仕を怠りませんでした。

神に仕える身でありながら、命を宿してしまったことを、彼女は悔いましたが、その命を殺すことはもっと神の愛に背くことだと考えたのです。

しかし同時に、彼女はその牧師のいない、彼女一人の教会の修道女として、神の勤めを行うのを自分がやめてしまえば、その貧しい町の人々が道を失うことになると、苦悶の中で、奉仕を続けたのでした。


そして、その激務は、彼女の体を蝕み、ティアラを産むことと引き換えに、彼女は天へ召されたのでした。



神は、その冴の魂を愛しく思い、星々の長老であるM・ウォルフライエの衛星として、彼女を星に変えたのでした。

恋を司る赤い砂の星として。その子供の成長を、いつまでも空で見届けられるようにと。


それが、星と人間の伝説の一つ、転星の伝説であり、もう一つが流星の伝説なのでした。



ユマとベガの後ろでもじもじとアストラムが下を見ながらうつむいています。顔を真っ赤にして。

冴は言います。


「ほう。お前達は、一角獣の割れた手鏡を必要としているというのか。あれは他の生命の夢へ入り込む力を持っている呪具。貸すことは易いが、その恋は、私が力を貸す程に価値のあるものなのかな?」


と、冴は恋の星たる威厳を持って問いました。三人を見つめて。

ベガが答えます。


「彼は、人間の少女に恋をしているんです。」


と、それを聞くと赤い砂星ベガは大げさに驚いて見せた。

紅い露出度の高い、ダイアの散りばめられたスパンコール風のドレスを、宇宙風にたおやかにゆられるようにひらめかせて。


「ほう。」


また、アストラムを見る冴。冴は言う。


「だが、人間との恋は、絶対に実ることは無いぞ。それを知っていて、それでもなお、この一角獣モノケロスの手鏡を使って、彼女の夢へ入り込み、何をしようと言うのか。」


アストラムは、絶対に実らない、という言葉に、顔を上げて、じっと冴を見ました。冴も深い情熱の瞳で、アストラムを見ます。と、ユマがその冴の問いに答えました。


「こいつがあきらめる為に、一回だけ、デートさせてやろうって。せめて、夢の中でだけでも。」

「ほう。デート。ほほほ。」


と、冴は赤いサソリ、スコルピオが金の絹糸で刺繍された真っ赤な扇子で笑う口元をゆるやかにおさえます。

けれど、決してその瞳は見極めるようにアストラムから離れることはありません。

アストラムはその真剣な冴の瞳を見つめ返し、もじもじとするのをやめて、口を開きました。


「あの子さ、とっても苦しんでるんだ。」


彼は、恋の病に取り付かれて、まくし立てるようにティアラが置かれている辛い状況のこと、毎晩自分に祈ってくること。彼女の為に何かしたいと思っていることを話しました。


「俺さ、星と人間の恋が叶うことなんてないって、分かってる。でも、現実があんまり辛過ぎるから、一度だけで良い。せめて夢の中で、最高に幸せな経験をさせてあげたいんだ。俺に出来ることはそれだけだから・・・。」


と、アストラムは土下座をします。ひたいを星くずの砂利の地面に、ぴったりと押し付けて。

ユマとベガはそんなアストラムの姿に驚いて、一歩後ずさりをします。


「だからお願いです。冴さん。一角獣の割れた鏡を、僕に貸して下さい。お願いします!」


冴は、未熟で、何て真剣な恋だろうと、心の奥底、星の中央の熱いマグマが、黄金のはちみつのように、体を流れるのを感じます。それは恋の甘さでした。


__この子なら、ティアラを、救ってくれるかもしれない。


冴は思いました。けれどそれを伝えるかわりに口を横に大きく伸ばして優しく、天へと伸びるまつげのつけられた瞳をつややかに細めると言います。


「分かったよ。さあ顔を上げとくれ。なんだか私がお前をいじめているみたいじゃないか。」

「それじゃあ!」


アストラムが嬉しそうに顔を上げます!


「ああ、そういうことなら、この恋の星”冴”が、この手鏡を貸さないわけが無いだろう。だけど、お待ち。」


と、冴が横に置かれたピンクの火ばちの、はじに置かれたパイプを手にとって、ドレスの胸元から、小瓶を取り出し、二滴そのパイプの先端に垂らすと、ゆっくり大きくそれを吸い込みます。


「ふぅーっ。」


そしてピンクの銀の折り紙で作った紙吹雪のように、煙を吐き出すとそれは真っ赤に輝きながら、ハートの形の結晶となり空をふわふわとただよって、手鏡にあたると、しゃぼん玉がはじけるように音も無く静かに消えました。


「私からの、おまけの祝福さ。これで最高のショーが見られるはずだ。一角獣モノケロス達には最高のデートスポットを案内するように良く言いつけておくよ。だから、しっかりおやり!」


と、冴はウインクして、手鏡をアストラムに渡すのでした。

アストラムは、良かったな、とユマとベガにからかわれながら真っ赤になって、その一角獣の割れた手鏡を大事そうに胸に抱くと、ありがとうございます、と、冴に礼をします。


__こちらこそ、だよ。と、冴は思いながら、パイプをくゆらせて彼らが踊るように去っていくのを見送るのでした。


どうか、あの子に最高の夢を見せておくれ、と願いながら。



今日もまたティアラは、枕に顔を押し付けて泣いていました。絶対に誰にも口に出すことはありませんでしたが、町で裕福な同じ年頃の女の子が、お母さんと可愛い服を着て買い物をしているのを見たりするとどうして自分にはお母さんがいないのかと嘆くのでした。

そして自分だっておしゃれがしたい、と思うのでした。

もう十二になった彼女の胸は、うっすらとふくらんで、その胸を見る度、恋もしてみたい、と彼女は思います。けれど学校にすら行けないのです。それは夢の又、夢。

私はもう頑張ったから、お母さんの所へ行きたい。死んでしまいたい、と考えることもありました。

そんなことを考えていると、父親はティアラの心をわかるかのように、ごめんな、と言って、何度もティアラの頭や肩をさするのです。


そうして彼女はひとしきり、一番星に祈りを捧げ、泣きながら眠りにつくのでした。

今日という日が、何の日かも忘れて。



タキシード姿のアストラムが、おろおろしながら、隣のユマに声をかけます。


「ど、どうかな。」


ユマは緑色の目を細めると、ヒューッと、口笛を奏でます。


「おお、最高にいけてる。さすが、海蛇の吐き出した錦糸を北風にさらして、ケンタウロスが紡いだモルガンブランドだけのことはあるね。いつものお前とは大違いだよ。」


うるせえ、とアストラムは指で鼻をすすって答えます。ベガが後ろから、王冠・クラウンのネックレスをそんなアストラムにつけます。


「さあ、アストラム。私からの贈り物はこのクラウンのネックレスよ。このブランドはね、今星の女子高生の間でチョーはやってるアイドル、レン・マキナレスがつけてるジャスティン・デイビスっていうブランドの、一番売れてるガチでナウイネックレスなんだから!

あんたへの私からのイケテル贈り物よ。」


アストラムは嬉しそうにその金の王冠のネックレスを手に取ると、両手で大事にかかえて見つめます。

それは暖かく黄金色にほの光して、まるでベガの優しい心をそのまま宿しているかのようでした。


「あれ、でもアイドルって・・・。ベガさ、天の川を挟んで遠距離恋愛中じゃなかった・・・?アルタイルと。げふぅ。」


と、肘鉄をユマにくらわすベガ。


「一年に一回しか会いに来ない社会人なんて知ったこっちゃないのよ!」


二人がちわ喧嘩をしている間に、アストラムは地上の眠るティアラを愛しそうにながめて、あの手鏡を取り出します。


「じゃあ、そろそろ行ってくるね。」


アストラムは照れて、二人に笑いかけます。


「おう、頑張って来い!」

「男気見せるのよ~!」


と、ユマとは一の腕どうしをかち合わせ、ベガはアストラムの肩を両手でポンと叩くのでした。



さあ、デートの始まりです!


ベガが、魔法の書を開いて、呪文を唱えます。と、アストラムが両手で握る一角獣の割れた手鏡から火の粉が星クズのように舞い上がると、それは七色の虹のスペクトルを彩りながら、アストラムの体を包んでいきます。アストラムはそのあまりの眩しさに目を閉じて恐る恐るゆっくりと開きます。


すると彼の姿は、タキシードを着て、ネックレスをつけた一人の人間の姿へと変わっていました。二頭の白い一角獣モノケロスが、整えられたプラチナのような毛をなびかせて、彼の所へやってきます。


アストラムの心に、冴の言葉が響きます。


「鏡を見てご覧。」


言うままに、彼は手鏡を見ました。

すると割れていたはずの鏡は、普通の状態で、そこには眠るティアラが映っています。


「これからお前を、私のモノケロス達が、彼女の夢へと連れていく。お前に与えられた時間は、その鏡に映る彼女を太陽が目覚めさせるまでの時間だけだ。

その時が来たら、また鏡は割れてしまう。それまでに戻るんだよ。」


アストラムはうなづきます。そうして、モノケロスの逞しい背中にまたがると


「行って来ます!ありがとう!」


と言いました。



彼はティアラの夢の空のガラスの階段を、その一角獣の背にまたがって降りていきます。その夢の空は黎明の朝とは逆の三色、赤と青と黄色の色に分かれ、彼は夜の野原の夢の園に眠る彼女の元へと降りていきました。

彼女は紅い薔薇の咲き乱れる茂みの中央で、真っ白な絹のドレスを着て、やわらかなレンゲ草の上にその小さな体を横たえています。


アストラムが一角獣を降りて、彼女にひざまづくとその野に眠っていた青い小鳥達がゆっくりと伸びをして目覚め、やがてその夢の空に大きな満月が顔を出しました。辺りが昼間のように明るくなりその青い鳥のさえずりに、彼女は目を開けます。


「あなたは、誰?」


と、ティアラは言いました。見ると、彼女は自分が美しい純白のドレスを着て、爪にはいつものように真っ黒な染料のしみではなく、紅くマニキュアがぬられ、髪がアップにまとめられ黒髪が美しくストレートに伸ばされて背中へと伸びているのに驚きました。


「驚かせてすいません。私は、いつも頑張っているあなたに、幸せな夢を届けに来ました。もし宜しければティアラ。少しの間私に付き合ってはいただけませんか。」


と、アストラムは言って、ひざまづいたまま、野ばらを手折ると、その手をティアラに差し出します。その言葉は、ユマと必死で二人で考えた彼らなりの極上のくどき文句でした。


「そう・・・これは夢なのね。でも何て楽しそうな夢なんでしょう。きっとこれはあなたの言う通り神様が私にくれたご褒美なのかも知れない。ねえ・・・。」


と、ティアラはアストラムに目をおくります。


「名前を教えて頂けない?」


と、アストラムは立ち上がって、バラを持たない左手で胸を押さえ言います。


「すいません。私の名前はアストラム。アッシュと、お呼び下さい。」


ティアラはそれを聞くと、ドレスの裾を広げ挨拶して言います。


「私はティアラ。アッシュ。喜んであなたにお供しますわ。私にどんな素敵な夢を、見せてくれるの?」


ティアラはそのバラを受けとると髪に差し、自分も野ばらを一本手折ると、アストラムの胸のポケットに挿します。

そうして二人は一頭ずつモノケロスに乗ると、ゆっくりとモノケロスは歩き始めます。


「まずは星めぐりの旅、宇宙の小散歩をすることと致しましょう!」


と、アストラムが指を鳴らすと、モノケロスはぐいっとその一つの角を突き伸ばして、その夢の一幕の絵の書かれたかきわりを二幕目へと移します。


そこは大宇宙の星々をめぐる散歩道でした。


「わぁ・・・。」


と彼女は声を出します。なぜならそこには彼女が見たことも無い世界が広がっていたからです。


遠くにはアンドロメダ銀河が巨大な光の渦を巻き、星々は互いに青や赤や黄色にまたたきながら無数に輝いています。その中央には無数の小さな星の子供達が集まって、乳の川のような姿で横たわっています。

気まぐれな彗星が長く派手に尾を伸ばして二人のそばを通り過ぎていきます。


二人はモノケロスに乗ったまま先へ進みます。


その散歩道は大体円形にしかれていました。中央には星のめぐりのめあてである北極星が、ツンとたたずんでいます。その下には小熊がいて、にこにこと笑っています。


「まあ、クマさんね。」


とティアラは言います。彼らは進みます。と、目の前に赤い星を中央に抱いたサソリの姿が見えます。


「きゃっ・・・。」


と言ってティアラはモノケロスの角をしっかりと握ります。


「あれは毒のサソリなんです。大きな尾が見えるでしょう。あれで体を刺されると、一発で死んでしまうんですよ。あの赤く大きく光る心臓の星が、彼の唯一の弱点なんです。」


ティアラは


「すごい、物知りなのね。アッシュ。」


と笑います。彼らはさらに進み巨大なわしや、小さな青い目をした子犬とたわむれます。

ティアラはそのプロキオンという名の子犬を抱いて、幸せそうに笑います。そして言いました。


「かわいい。連れて帰りたいな。でも、連れて帰ったらお星様が無くなっちゃうか。」


残念そうにティアラはプロキオンの頭を撫でて、さよならをするのでした。アッシュは優しく微笑みます。


「ここから先は少し危険です。そばについてきてください。」


二人はぴったりとモノケロスをよせて、進みます。

そこには空一面に渦を巻く大海蛇ヒュドラが、赤い目に青いぬめぬめした体で、じっと二人を見つめています。それはちろちろと七つに裂けた舌をこちらに向かって出し入れします。


「恐いわ・・・。」

「大丈夫。僕達は一角獣に守られていますから。それに・・・何かあれば必ず僕が助けます。」


うん。とティアラはうなづくと、ありがとうアッシュ、と言いました。そうして、その海蛇のコーナーを抜けると三つ並んだ白い星をはさんで、青と赤の巨大な星がにらみあう原へと出ます。


「あっ。私あの星達は知っているわ。オリオン座ね!」


そうです、とアッシュはうなづきます。


「父さんが教えてくれたのよ。いつも冬の日の帰り道、南の空にあって、見つけるのにとても分かりやすい星なの。」


と彼女は言います。アストラムにとっては彼ら三つ星はライバルでした。彼らが空に光る前に、同じ南の空で一番に、ティアラに見つけて貰う必要がありましたから。少しアッシュは苦笑いして、モノケロスはアンドロメダへと辿り着きます。


「さて、散歩道ももうすぐ終わりです。ここはアンドロメダ。青く光る大きい渦巻きが見えるでしょう。人間の魂はここへ来て、産まれ変わると言われています。」


ティアラはそれを聞くと、じっとその青い渦巻きをながめています。もしかしたら顔も見たこともないお母さんが、ここにいるかも知れない、と彼女は思います。

その時です。アストラムが声を上げます。


「行けない!」


と、アストラムは遠くを見ました。すると東の方角から馬の頭の姿をした星を呑み込む暗黒星雲ダークマターが熱い太陽風をともなって彼らのデートを邪魔しようとやって来ます。


星の世界の彼らは、人間の世界でのチンピラのようにアストラムや星々にいじわるをして回るのでした。きっとデートをするアストラムが気に食わないのでしょう。ダークマターは太陽風をその大きな口で、ティアラに向かって吹き出します。


「きゃあ。」


と、おびえてティアラが声をあげます。


「ティアラ、こっちへ!」


アストラムはそういって、もう一頭のモノケロスの上にいるティアラに手を伸ばします。


「うん!」


ティアラはその手を取ると飛びます。アストラムはしっかりとティアラを腕に抱いて、強く光り輝きます!


ティアラはアストラムの胸に顔をうずめたまま、その強い金色に包まれていました。けれど彼女はその光と、彼の体温の暖かさを何故か知っているように思うのでした。

彼女は、彼の早く打つ星の心臓の音に、耳を澄ましています。


それはとても彼女を安心させるのでした。


そのアストラムの金色の姿に、ダークマターと太陽風はかき消され、スゴスゴと帰って行きます。



「もう大丈夫だよ。」


と、彼はティアラに言います。ティアラがゆっくりと目を開けるとそこは暖かな暖炉に火の燃える、赤い絨毯の敷かれた四角いテーブルの部屋に変わっています。


そしてアストラムの姿も変わっていました。彼はタキシードに白いエプロンをつけて、コックの帽子をかぶっています。そして言いました。


「ようこそお客様。大宇宙一おいしいレストラン、グランスターへ。」


そういって彼は紳士風に丁寧におじぎをします。


「どうしたの?アッシュ。かしこまって。」


ティアラはアストラムのそのかっこいい姿に少し胸がドキリとするのでした。アストラムが続けます。


「本日はお客様にこの店自慢のフルコースをご賞味頂きます。それは、この宇宙の海、山、平地の珍しいものを惜しげもなくふんだんに使用し、私が腕によりをかけてその最もおいしく美しい姿で、心を込めてご提供致します。」


アストラムはにやりと微笑むと、椅子を引き、ティアラを席へ案内し、おしぼりを渡します。ティアラはそれを受けとりました。


「あったかーい・・・。」


アストラムがまた指を鳴らすと、照明が暗くなっていき、部屋全体が宇宙の真ん中にいるかのように透けて、星々が見渡せます。遠くでは宇宙の果てで海が落ちる様子が見えて銀河は渦を巻き、恒星が赤や青や黄色に輝き、またたいています。

アストラムはそのムーディーさにかこつけて、ティアラに聞きます。


「お腹空いてる?」

「うん、とっても・・・。」


彼女はお腹を押さえました。正直お腹の空いていない時などありませんでしたから。


「じゃあ、楽しみにしていてね。」


アストラムはグラスに水を注ぐと、奥へと消えていきます。ティアラは手持ちぶさたにそのグラスに口をつけると、レモンの爽やかな味が口をすっきりとさせます。ティアラはなんだか楽しみでわくわくしてきます。


「お待たせ致しました。オードブル、とりたて野菜のサラダ、マヨネーズソースでございます。」


と、そこには可愛らしげに人参やかぶや小松菜やレタスが、それぞれ茹でられたりとりたてのままみずみずしく小さく盛られています。


「わあ、かわいい。」

「うん。これは今日の為に、南十字星の畑で、俺がこの手で一番おいしそうな物を選んで取ってきたんだよ。全部君がおいしくてほっぺたの落ちる野菜を食べて健康になれるようにって。」


ティアラはあまり、人参が好きではありませんでした。それはまるでくさったようなくさみがあるからです。


「何この人参・・・これ、人参じゃないわ。甘くてすっきりとしていて、しゃきしゃきしていて、口の中で甘味がはじけるみたい!あの人参の土くささがまったくしないわ・・・!それにこのかぶは口に入れてかむと最初にちょっと苦味があってでもほっこりと優しい甘さが広がってくる・・・。葉物はどれもこれも一つ一つ主張していて、でもそれをこのマヨネーズが優しく一つにしてる。」


アストラムは嬉しそうにします。


「ふふ。そのマヨネーズ用の卵をとるのに、あのおんどり星とどれだけ格闘をしたことか・・・。」


と、アストラムは手首のばんそうこうをそっと隠します。


そしてまたアストラムは引っ込むと、今度はスープと焼き立てのパンが出てきます。

パンからはほかほかと焼き立てのおいしそうな匂いがしています。

アストラムは続けます。


「これはオニオンコンソメスープだよ。君が好きだってリサーチ済みだから。パンはいくらでもあるから好きなだけおかわりしてね!」

「うん!」


ティアラはそのカップスープの柄を両手で持つと口へと運びます。彼女は驚きます。これは・・・お父さんが良く作ってくれたオニオンスープと同じ味がする。クリスマスや誕生日に、いつも何時間もかけて玉ねぎをあめ色になるまで炒めて作ってくれて、大好きだった。

それは、アストラムに冴が教えたレシピでした。ティアラはパンを一口大にちぎってひたしては、幸せな懐かしさにひたっています。


ティアラがスープを飲んでいるころ、アストラムは魚料理と戦っていました。星ヒラメ、というその魚はユマがオリオン座の南にあるエリダヌスという川でつりあげた物でした。まあつりあげると言っても、どうか食べられてはもらえないだろうかと、あの緋色の赤い髪をふるわせて、星ヒラメを説得したのでしたが。

まな板の上でまで騒いでいたそれは、ちぇっ、かわいこちゃんの為ならしょうがねぇといって、自ら覚悟を決め、おいしいムニエルになりました。


ティアラが魚料理である星ヒラメのムニエルを食べ終わる頃、アストラムはふとあの一角獣の手鏡を見ました。まだ大丈夫、太陽は熟睡しています。


アストラムは良く焼けた肉を鉄板にのせてじゅうじゅうという音をさせながらティアラの所へと運びます。そして、ブランデーをかけ、火をつけてフランべしました。

ティアラはとっさに、アストラムの手を握ります。アストラムは、ぽっと顔を赤らめて、説明します。


「これはメインディッシュの子羊のステーキ・マッシュポテト添えです。ティアラのお気に召すといいのですが。」


これはベガがくじら座にある平原で、羊と魔法合戦をして何とか捕まえてきたものです。彼女は今も羊達の魔法にかかり眠気と戦っています。


ティアラはそれを一口食べると体中に血が行き渡るのを感じます。

頭があったかくなり体のエンジンに火が灯ったようでした。

ティアラはそっとアストラムを見ます。アストラムの額に光る汗に彼女は、自分の為にこの料理を作ってくれたんだと、本当に嬉しくなりました。


そして、デザートが運ばれて来ます。


「凄いわ!」


思わずティアラは手を叩いて喜びます。そこには中央にかわいくプリンが盛られ、まわりを5色のアイスクリームが惑星のように盛り付けられそれを小さくカットされたフルーツが彩っています。


「これは、デザートの小宇宙プリンアラモードでございます。五つのアイスは火星、水星、木星、金星、土星を、そしてプリンは君の住んでいる地球をイメージして作ってみたんだ。」


ティアラはひとつひとつ口に入れてみます。

火星はベリーの爽やかな酸味がします。水星はすっきりと小さい頃に食べた青いゼリーの味がしました。木星はほうれんそうアイスらしくおもしろい味で、金星は甘いキャラメルの味。粒のチョコレートとクッキーが練りこまれています。土星は淡いターコイズのバニラとペパーミントのアイスでした。

ティアラは嬉しくなって一つ一つ小さく笑いながら口へ入れていきます。

プリンにさじを入れると、それはとろっとスプーンにのり、口に入れると口の中いっぱいにカラメルの優しい甘さが広がるのでした。


アストラムは嬉しそうな彼女の姿に、やって良かったと心底思います。この日の為にアストラムは高校の家庭科室で毎日アザラシの先生マダム・ワカに厳しい特訓を受けたのですから。


ティアラはデザートを食べ終えると、ナプキンで口をふきます。

アストラムが手に、クリームソーダを持ってやって来ます。それは少し青みがかった透き通って美しいソーダ水に大きなバニラアイスが浮かべられています。

アストラムはそれをティアラの目の前に置くと帽子をとります。


「以上で料理はおしまいです。お味はいかがでしたでしょうか。」


ティアラは真っ赤に血の流れる頬に、満点の笑みを浮かべてアストラムに言います。


「本当に美味しかったわ!アストラム。あなたは宇宙一の料理人ね。ごちそうさま。」


アストラムはそう言う彼女を見て嬉しさに泣きそうになるのでした。


彼女はアンドロメダ星雲の中央の奇跡の泉の水で作られたまるで星のささやきがはじけるような味のするソーダをわらのストローで吸い込むと、その食感に楽しくなって、ストローでバニラを沈めては溶かし、そのボデっとしたアイスの甘さを楽しみます。それは今日の朝バイトに行ったアストラムがそのバイト代で毎朝天の川からやってくる牛乳売りから、買った特上品で作ったものでした。


ティアラは満腹になってお腹をさすり、幸せな気分にひたっています。すると、どこからともなく麗しいストリングスの静かな優しい旋律が聞こえて来ました。


「何かしら・・・。」


いつのまにかテーブルの灯りが消え、辺りは一面の銀河となります。するとそこへ今度はモーニングに着替えたアストラムが小さな星のついた棒を片手にやって来ます。


「さあそれではこれより、このレストラン・グランスターにおきまして、全宇宙ホーリーステーションクラブバンドによります天体ショー、グランドスラムをお届けします。」


そう言ってアストラムがおじぎをし、棒を振ると、全宇宙はティアラを中心にしてゆっくりと回り、メロディを奏で始めます。

その動きにあわせて、神話や空想の動物達がおどり歌いました。大熊は子供と一緒に二つの足で立ってくるくると回り、獅子は東から登っていきおいよく吼えます。それを合図に曲は転調し、青いひときわ美しく光る星を抱えて、天女がティアラに挨拶をするのでした。


と、アストラムは演奏する手を止めて、かんむり座のかんむりの青い小さな星々で出来たティアラ、王冠を手に取ると、ティアラの頭に両手でぽんと乗せます。


「どうぞ、お姫様。」


ティアラは笑って、会釈し、微笑で返します。

それから、先程散歩中に見たさそりや海蛇が現われ、プロキオンの子犬がコースをはなれてやって来たのでティアラはそれを抱きあげて、星々が見せるショーをながめていました。


いつのまにかその星の海には大きな帆を張ったアルゴーという船が十字架の形をした4つの星で出来た南十字星へ進んで行きます。その上ではギリシャ人に扮した役者達がお羊の金のかわ衣を求めて、戦いをくり広げているのでした。


ホーリーステーションクラブバンドは、アンドロメダ高校の吹奏楽部とコーラス部、演劇部によって結成されていました。その中には無理矢理ベガとユマも参加して、つたない歌とサックスのあまり美しくない旋律を加えています。

彼らは幸せそうなアストラムを見て、明日からかってやろうと思うのでしたが、今は二人を祝福して必死に美しい星の旋律を演奏していました。


ティアラはふと、ある曲の始まりに手を止めます。

それは恋星である冴が、ソロで歌う恋の歌でした。遠い遠い昔にティアラはその歌を聞いたことがあるような気がしたのです。


その赤い砂の星は真っ赤なドレスで、全宇宙にビブラートのかかった優しい歌をうたいあげます。

その歌の内容は、どんなに苦しく辛くとも、人に恋することは間違ったことではない、素敵なことだ、というものでした。


ティアラはそのピンク色の星の光に照らされて、何だか暖かくて頬を涙が流れるのでした。


星達は花々の形に並んで、まるでクリスマスのイルミネーションのように、ゆりやひまわり、バラの花を宇宙に花開かせます。彗星達は今こそ自分の出番だと、様々七色に光り輝きながら天空を二枚目役者として駆けるのでした。


アストラムは鏡を見ます。もうティアラの部屋のカーテンが明るくなって来ています。時間があまり残っていません。

アストラムはきれいにアイロンのかけられたハンカチを手にするとティアラの涙にそっとあてます。


「あ・・・ありがとう。」


アストラムは優しく指をならします。と、指揮を変わったユマが慌てて曲を変えました。それは星のワルツでした。


「お姫様に涙は似合いません。私と、おどってはいただけませんか。」


アストラムは手を差し伸べます。


「うん。でも、私おどったことなんて無いわ。」

「大丈夫。僕がエスコートしますから。」


二人は両手をとっておどり始めます。

ベガが教えてくれたステップを、豆のつぶれた足で華麗にふみながらアストラムは上手にティアラをリードします。

そのおどる二人の余りの美しさに、ホーリーステーションクラブバンドのメンバーはうっとりしてさらに負けない程美しく星の旋律を奏でるのでした。


「ティアラ。もうすぐこの夢も終わりです。今日は楽しんでもらえましたか?」


ティアラはドキンとしました。もうすぐ、この夢の終わりを知ったからです。けれど、笑顔を保ったまま答えます。


「楽しかったわ。素敵な夢をありがとう。アッシュ。」


彼女の体の中にはあの食事の力が満ちています。そして、楽しい思い出も。だから、悲しさは、強さでのりきることができます。


「でも、どうしてアッシュ。あなたは私に、こんな夢を見せてくれたの?」


と、ティアラがアッシュに聞きます。


ユマは、じっとアストラムを見ました。それはベガも。全宇宙が彼を見つめています。


「それは、あなたが好きだからです。」


冴が、良く言った!と、笑います。曲は大きく盛り上がり、ユマとベガはガッツポーズをします。


二人は顔を赤らめて、見つめあっています。と、ティアラが言います。


「アストラム、今日は本当にありがとう。あなたにお礼をしても良いかしら。」


ティアラは言うと、ガラスの靴で背伸びをして、そっとアストラムの唇にキスをします。


その瞬間に、手鏡が音も無くその赤い銀河のステージに落ちて、割れて砕け散ります。


太陽がやって来たのです。



ティアラは目を覚ますと不思議な気持ちに手をばたばたさせます。なにかとても素敵な夢を見ていた気がする。でも、何も思い出せない・・・何も・・・。


頬を一筋の涙が流れます。そこはいつもの貧しい町でした。一つだけをのぞいては。アストラムはおまけのプレゼントを用意していたのです。

アストラムは青空の向こうでティアラにささやきます。


「おはようティアラ。メリークリスマス。」


彼女がカーテンを開くと、その貧しいすす汚れた暗い町は一面の雪で、太陽の光を浴びて、きらきらと銀色に輝き溢れていました。

それはさながら今まで彼女がいた大宇宙のように。

ティアラは何だか胸がいっぱいで、窓のさんに泣きふせるのでした。


第三夜 流星の伝説


いつもの通りにアストラムは一番星として地上に輝きながら貧しい町を見下ろして、思っています。


__地球には色んな町がある。多くの生命が生きていて豊かな森があり、海がある。ただ助け合いさえすればみんな簡単に幸せになれるのに。どうして一人で独占しようとするのだろう。

一人が出来るぜいたくなんて限られているのに。人間は全部を欲しがるよ。ただ協力しさえすればみんなが裕福で、おいしいものを食べられて幸せに生きられるのに。なのに、星にばかり人は願いをかける。だから、星は人の願いなんて叶えないんだ。


確かに星々から見れば、地球は自分達と同じくらいに美しい世界でした。大きさの違いこそあれ、星々のようにいつもは静かなわけではなく、色とりどりの鳥が飛び、魚が泳ぎ、獣は暴れ、人間の作り出した光は星々と同じように美しく夜の町を彩るのですから。


あれから何度もアストラムは、ティアラのことを忘れよう忘れようと努力をして、でも忘れることが出来ずにいました。学校が終わると一番にバイクにまたがって南の空を駆けます。オリオンの三つ星よりも大鷲のはばたきよりも速く、金星よりも明るくアストラムは輝くのでした。そうすれば、きっとティアラが自分の事を思い出してくれるとでも言うように。


けれど現実はとても残酷です。ティアラはその同じ裏通りに住む少年と恋に落ちました。彼の名はマクスウェルといって縮めてマッシュと呼ばれています。彼女はその名前にまるで出会ったことがあるような気がして、彼を気に止めたのでした。


マクスウェルは白人で、みなし児でした。金髪でブルーの瞳を灰色にして、盗みや男色の男に体を売っては、裕福な家の暖かい汚水の流れるトンネルに住んでいました。


「あなたに、どこかで会ったような気がするの。」

「どこでだい?」

「わからないわ・・・。でも、きっと夢の中で。」


ティアラはマクスウェルと二人で黒いパンを分けて食べると、その暗い穴の中でキスをします。その下水道からは一番星は見えません。もちろんアストラムはいつものティアラの姿が見えない事を落胆してながめていました。

そこへ、ユマが緋色の髪をゆらしてやって来ます。


「おい、今日は同じクラスのみんなでハッピーニューイヤーパーティをやるって連絡しておいたろ。こんな所で何油売ってるんだよ。」


アストラムは、行かねぇ、と言ってうつむき、後ろを向き、涙を流しました。

肩をゆらすアストラムをユマが見ています。


「アッシュ・・・。」

「ユマ・・・ユマ・・・俺あの子が好きなんだ。好きで、好きでたまらない。わかってるよ、彼女には今他に大事な俺に良く似た男がいるって。でも、諦めきれないんだ・・・。」


ユマは背中からアッシュを抱きしめます。


「ああ。わかってるよアッシュ。気が済むまで泣け。そしてこの世界には叶わない事が多いってことを良く覚えておくんだ。

叶わない事が時々叶ったりするから、生きることは楽しいって・・・言ってたぜアニメで。」


アストラムは笑いました。地上ではちょうど朝焼けの頃で、星の世界はこれから長い夜になります。



長老M・ウォルフライエ星は、長いあごひげに宇宙の刺繍のされたローブを彼が受け持つ星団のはじまで広げて、大きな運命の書を開き、見つめていました。

その書類には、何もかもが書かれていましたが、彼は自分の子供達の運命だけはいつも正視することが出来ずにいました。

その青く光り輝き白い渦を巻いた長老星はもうすぐ自分の大切な子供の一人が自分の所へ来るのを待っていました。そして、その後に起こることの全てを知っていて、それでも彼を止めようと思うのでした。



ベガは学校の教室の窓から移りゆく銀河をながめていました。宇宙では時間はあまり大きな意味を持っていません。

なぜなら星の寿命は永遠に近い程、長いからです。だから、3日で長老になるものもいれば何億光年も高校生でいるものもいました。彼女は自分とユマとアストラムがずっと高校生でいるのだと思っていました。でも今日はなんだか違います。

いつものおはようと、さよならがもう終わりました。でも、なんだか涙が出るのです。そしてそれは拭いても拭いても止まりませんでした。



マクスウェルは太った白人の男にアナルセックスをさせられ、数ドルを叩きつけられました。それを受けとるとそのモーテル・安ホテルを出て、ケーキを買い、ティアラの所へと向かいます。

ケーキを買ったのは、今日がティアラのお父さんの誕生日だったからでした。彼は白人でしたが、今日のタイミングでティアラのお父さんに挨拶をしようと考えていたのでした。



「どうして、こんなことになるんだろう。闇は次から次へと襲う。それは僕の心が病んでいるからか。確かに僕は闇の世界にうまれて、闇に生き、闇に消えるだろう。」


マクスウェルの買ったショートケーキが、道の端のドブでつぶれています。彼はティアラに会いに行く道すがら前に盗みを働いた家の主人に見つかり連れていかれたのでした。その連れて行った男はその町では危険な男として有名で、警察でさえも彼に関わることはさけるといわれるギャングの一人でした。



その日も一番星は南の空に輝いて、ティアラを見つめています。

ティアラは裏通りをマッシュを探して歩いていました。ですが、彼がギャングに連れていかれたことを知ると、彼を探して町を歩き続けます。マッシュ、マッシュと呼びながら。やがて彼女のくつの底は破れ裸足になっても、その裸の足から血が吹き出しても、彼女はマッシュを探し続けました。その日は、とても寒い日で雪が降り出します。


「マッシュ・・・私の愛しいマッシュ・・・どこにいるの返事をして。私、あなたがいないと生きていけないの。マッシュ・・・行かないで、マッシュ。」


そうして彼女は頭上にふと、雪雲さえも突き抜けて光る一番星を見つけます。彼女は手をあわせます。


「ねえお星様。どうして私達だけこんなに酷い目にあうの。私達が何かしましたか。私達だって幸せになりたいの。助けて、お星様。私達を助けて。」


彼女は道ばたにそのままバタリと倒れ込みます。


「もって三週間でしょうな。」


とお医者さんは、工場の主人に伝えます。工場の太った女主人はティアラが倒れたと知るや医者を呼び、応急手当てさせたのです。けれど彼女にも薬を買うお金はありませんでした。

ティアラは肺炎で、薬がなければ死はもうすぐそこにせまっていました。

彼女は女主人にありがとうとなんとか伝えると、熱にうなされながら、何度も咳き込むのでした。



M・ウォルフライエ長老は、その時が来たのを知って、目を見開きます。

そこには一番星であるアストラムが、星の正装をして、彼の所へ来ています。M長老は言います。


「何の用かね。」


と。そのアストラムの黒い瞳に、シリウスの光に良く似た白光が燃えているのを見てとってなお。


「お別れを、言いに来ました。」


そう言うとアストラムは頭を下げます。


「どういうことだ。」



とうとう人間と星におけるもう一つの伝説、流星の伝説のことについて話さなければならない時が来ました。アストラムが図書館で知ったそれはこういうものでした。

確かに星は人間の願いを、一つだけ叶えることが出来ます。

けれどその為には、星の寿命、星の命と引き換えにする事が条件でした。

そしてそれを叶える人間こそ、星にとっての運命の人間であり、星にとっての運命の恋、とも呼ばれる伝説でした。



長老は怒鳴ります。


「だめだ!流星となって命を捨てることなど、決して許さん!全宇宙はお前が惑星の重力軌道から外れる事を禁止する!」


長老は杖と髪を振り乱して続けます。


「お前は今、若い恋に突き動かされているだけだ。目を覚ませ!星も人も命の重さは変わらん。どうしてお前が死に、彼女を生かさねばならんのだ!」


長老は咳き込みながら告げます。アストラムは答えます。


「星の使命とは天上にあって、その命の続く限り明るく燃え人に希望を届けることだと、長老は私に教えて下さいました。それなら、私が流星となって星の輝きを最も燃え上がらせて死ぬことは、時の長さによらず、その使命に叶ったことではないですか。」


アストラムは頭を下げたまま、そう告げます。


「みんなそうやって流星になっていった。だが、残された星達の事を考えたことがあるか。ずっとずっと、お前を失った淋しさの中で生きていくことになるのだ。一人英雄ぶるのもいいかげんにしろ!」


と、長老はアストラムを杖でなぐります。けれどアストラムは頭を下げたまま、言い返します。


「おっしゃる通りだと思います。心では、理性では、長老。あなたのおっしゃる言葉にすがりつきたい自分がいます。けれど今この瞬間に彼女を救えるのは私しかいないのです。そして彼女こそが・・・。」


アストラムは泣き崩れます。


「もう二度と会うことのない、私の運命の人なのです。私が彼女を見捨てたら、もう、二度と彼女には会えない。もう一度、彼女のあの笑った顔が、みたいのです。

長老僕だって恐いんです。でも長老!今、こうしなければ一生僕は後悔して生きていくのです長老!」

「だめだ!いつかまたお前の運命の人に出会える日が来る。エレメンタル達よ!アストラムが重力軌道をはずれぬように、見張っていろ!良いな、アストラム。絶対に早まってはならん!」


衣の裾にすがりつくアストラムを、長老は払います。

その姿を、全宇宙の星々は、ながめていました。


ユマはベガに頼み込み、眠り薬を作らせ、エレメンタルにのませます。そしてアストラムに言います。


「しっかりやれよ。親友。しっかりやれよ。」


言葉はありませんでした。思い出は言葉にならずに、涙と抱きしめる強さが互いに伝えあうのでした。


そうしてアストラムは出発します。

と、冴が土下座をして、アストラムを待っています。


「どうか、あの子を、ティアラを助けてあげてください。宜しくお願いします。このティアラの母の願いを、どうか叶えて下さい。アッシュ、いいえ、アストラム。ごめんなさい。」


その時初めてアストラムは、冴がティアラの母親だったのだと知りました。そうして、土下座する彼女の顔をあげさせるとしっかりと頷くのでした。


惑星の重力軌道からはなれるには、凄い力が必要です。アストラムは黒い愛車XV1900ミッドナイトスターにまたがり、最大出力をあげましたが、すぐにエンジンを切りました。そこにはベガと、ユマ、学校のみんなが待っていたからです。


「準備はいつも私の役目でしょ。君の無い脳味噌で、この重力の軌道から逃れられるわけ無いじゃな・・・。」


もうベガは涙で最後まで言葉を続けることが出来ません。彼女はうおーっ!と叫ぶときらめきます。海に良く似た青い光で。と、他の生徒達も口々に「頑張れよ」「かっこいいぜ!」と言いながら緑や紫、茶色やオレンジに光り輝きながら重力軌道の磁場のロープをにぎりひっぱります。それはみしみしと音をたてながら、巨大な暗黒の口を開いていきます。


「みんな、ありがとう・・・ありがとう!」


アストラムは一礼すると、バイクでそこを駆け抜けます。



長老M・ウォルフライエは、その光景を見ています。そして、手を組み、神に祈ります。


「神よ。どうしてあなたはこんなにも残酷で、美しい世界をお作りになったのですか。」


長老は祈りを終えると、杖を握ります。彼にはもう一つ仕事が残っています。

それは地球に流星が衝突しないように、アストラムを破壊することでした。



彼女は熱にうなされて、夢を見ています。


その夢の中で彼女はひさびさに、アッシュと再会するのでした。

アストラムはタキシード姿で、ぼろぼろの姿をしたティアラを抱きしめます。ティアラは言います。


「あなたは・・・誰・・・?マッシュに良く似てる・・・でもなんて暖かいの・・・私、あなたを知っている。知っているはずなのに、どうして忘れてるの。どうして!?」


彼女は夢の中で錯乱して、過呼吸になりました。息を荒立てる彼女をアストラムが強く強く抱きしめて言います。


「大丈夫。怖いことなんて何もないよ。僕が君を助けるから。安心して。」


そう言って、ティアラの頭をアストラムは優しく撫でます。目いっぱいのほほえみで。そして続けます。


「君が次に目を覚ましたら、いつもの南の空に、流星が見える。そしたら、それが消えるまでの間に、三回願いごとをかけるんだよ。そうしたら、その願いごとはかなうから。」


ティアラは目を丸くして、アストラムを見ます。


「本当?」

「ああ、本当さ。」


そういって、アストラムはティアラの涙をハンカチで拭いてあげます。


「ねえだからティアラ。泣かないで。最後に僕に、僕だけに笑顔を見せて、くれないか。

大好きな君の、笑顔を。」


ティアラは、うなずくと微笑みます。本当に美しい笑顔で。そして、アストラムにキスをします。


「ありがとう・・・アストラム。」



その次の瞬間に、彼女はベッドで目醒め、南の空をながめます。そこには巨大な流星が、空をただよっています。人々はそのあまりの巨大さに、外へ出て空を見上げています。


彼女は祈ります。


「どうか、この世界の全ての人が、幸せでありますように。」


アストラムは彼女を見ていました。流星となりながら。白光に光り輝く自分の命の炎が、願いを叶えるみちしるべとなるのを、とても幸せに思っていました。


「どうか、この世界の全ての人が、幸せでありますように。」


アストラムは、この人を愛して幸せだと思っていました。だってなんて素敵な願いでしょう。自分はこんな素晴らしい願いを叶える星になるのです。

もうアストラムは痛みに失われていく意識の中で思います。


俺は俺の命をこの手で、燃やし尽くしたんだ。みんなにいっぱい迷惑かけたけど、最高の人生でした。

俺は思う。どれだけ時間があったって、裕福だからって、人生の価値はそんなものでは決まらない。

どれだけ命を大切に強く、熱く生きられるか。それが生きるということの価値の全てだと。


そうして、ティアラは三度目の願いをとなえます。


「どうかこの世界の全ての人が、幸せでありますように。」



長老M・ウォルフライエは杖をかかげます。そうして巨大な紫色に輝く重力球をアストラムに向けて投げます。そうして長老は目を閉じて、手を胸に押し当て、むせび泣きます。


「愚か者め・・・!」


その嘆きは、永遠に終わることは無いのです。



その流星を、地球の全ての人々が見つめていました。

それはしばらくは一筋の尾を引いてたなびいていましたが、大気圏で破裂して、夜空一面を流星群となって覆い尽くします。


人々はそのあまりの美しさにはじめは目を見開いてぼうぜんとしていましたが、やがて手を握って祈りを込めるのでした。


それは明日食べる食料や、学校のテストの成績、大切な人の健康、そして、恋が叶いますように、などという願いごとなのでした。


終章 幸せな日々


その後、ティアラにとって全ては好転します。マッシュは警察に保護され、取調べの中で裕福な両親が生きていることを知らされるのでした。

マッシュは薬と花を持って、ティアラの元を訪れ、ティアラにキスをします。そうして、結婚しようと言いました。

父親はそれを見て、涙を流して喜んでいます。


ティアラは幸せそうに笑います。心の底から。


そうして、ふと南の窓を見るのです。


「どうして、こんなに幸せなのに、涙が溢れるのかしら・・・!」


もうそこに、彼女の一番星の姿はありませんでした。



   幕


2008/12/24クリスマスの日に。

大切な人へ、光差す物語を。


田中円


参考資料:星・星座 (ニューワイド学研の図鑑)/学習研究社

虹創旅団12月公演「TOP STAR・お星さまの恋」

脚本・演出:田中円

公演日時:12月19(木)~23(月祝)

公演会場:東京・阿佐ヶ谷アルシェ

詳細は劇団公式HPからどうぞ→

http://kosoryodan.com/

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