7:25僕の場所
7:25発。
前から2両目、一番後ろの扉。
入って直ぐの角席が僕の場所。
学校最寄の駅まで50分。
何をするわけでもなく、ぼーっと外の風景を眺めるのが僕の日課。
僕の乗る駅から二駅。
7:37発。
前から2両目、一番後ろの扉。
入って直ぐの角席、僕の向かいが彼女の場所。
鞄から文庫を取り出し、読みふけるのが彼女の日課。
彼女と僕は同じ学校。
何時も同じ時間に同じ場所に座り、同じ駅で降りる。
お互いに声を掛けた事何てない。
お互いの名前だって知らない。
いつも同じ時間に同じ場所に座り、同じ駅で降りる、それだけの関係。
そんな彼女に気付いたのは2年の春。
ぼんやりと眺めている正面の窓にちょっとした違和感。
何時もあったモノが無くて、その時初めて気がついた。
お互いに声を掛けた事なんかなくて、
お互いに名前も知らない。
でも僕は知っている。
4月になってもまだマフラーを付けているくらい寒がりな事。
雨の降っている日は必ず機嫌が悪そうな事。
テスト前は文庫ではなくテキストを開いている時もある事。
真夏の中でも汗一つかかずにけろっとしている事。
本を読むのが遅い事。
本を読んで泣きそうになっている事。
それを必死にこらえながら、それでもページを進める事。
偶に本を読みながらうとうとしている事。
本当に寒い日は小さくちじこまって本も読まない事。
僕が風邪をこじらせて3日ほど休んだ翌日、目があった時少し驚いた様な顔をした事。
年は開け、僕は3年になった。
淡い期待を持って新しいクラスへと足を踏み入れる。
当然だけど、都合のいい話なんかなくて、僕のクラスに彼女は居なかった。
どうせやりたがる人なんて居ないと思って立候補した図書委員で偶然彼女を見つける。
簡単な自己紹介の場。
そこで、彼女の澄んだ声と共に、彼女の名前を知る。
放課後、僕の隣で本を読み、受付をする彼女。
事務的に淡々と仕事をこなす。
時々僕の悪友が冷やかしに来る時は鬱陶しいのか、普段から遅いページをめくる手がもっと遅くなる。
悪友が去った後、決まって僕に視線を向ける。
でもそれだけ。
直ぐに本へと視線を落とし、言葉を交わすことはない。
図書委員の当番が同じ日は帰りも同じ電車に乗り、いつもと同じ場所に座る。
相変わらず僕はぼーっと窓の外を眺め、彼女は本へと視線を落とす。
夏が来て、秋が過ぎ、冬がやってくる。
受験シーズン到来で、僕も周りに流されるように僕の場所でテキストを開く。
受験予定の学校の過去問題。
彼女は余裕なんだろうか、流される事無く、いつもと同じに文庫を開く。
3月。
どうにか志望校にも合格し、卒業のシーズンがやってくる。
卒業式まで残り1週間。
僕は何時もの時間、何時もの場所に座り、何時もの駅で降りる。
彼女も何時もの時間、何時もの場所の座り、何時もの駅で降りる。
そんな生活も残り1週間。
どこかそわそわする教室。
卒業という一大イベントに向けて心の準備をしているのだろうか。
僕も落ちつかない。
放課後、未だに続けている図書委員。
手慣れたはずの受付作業で頻発するミス。
そのたびに、同じく未だに続けている彼女から視線を頂く。
帰りの電車。
やはり何処となく落ちつかず、手にした携帯を弄る。
彼女は、やはり本を読んでいた。
それまでの時間と比較すれば1週間なんて時間はあっという間の時間で、気付けば卒業式当日。
卒業証書を受け取り、仰げば尊しに包まれながら、僕の卒業式は終了した。
別々の学校へ進学する事になった悪友と軽口をたたき合いながら、写真を取る。
ふと視界の端に、泣きながら友達の手を握る彼女の姿を見つける。
彼女の泣き顔を見るのは初めてだった。
悪友との別れ際、4月になってから見ろよ、という言葉と一緒に1通のメールが送信されてきた。
部活の後輩とカラオケに行くという悪友と別れ、僕は帰宅する。
何時もの場所に座ろうとして、普段見掛けない人が座っているのに気付く。
仕方なく、何時もの彼女の場所へと腰を下ろす。
発車まで5分。
長い様な、短い様な時間を待っていると、彼女が乗車してきた。
気付き、席を譲ろうとすると、彼女は無言のまま僕の隣へと腰を下ろした。
電車が発車する。
何時ものように正面の窓の外を眺める。
見える風景が何時もと違う事に新鮮味を感じる。
だからだろうか、僕の心は落ちつかない。
ちらりと横へ視線を向けると、彼女は何時もと同じように本を読んでいる。
不意に、卒業式後の彼女の泣き顔を思い出して、言い様のない感情にとらわれる。
2年間変わらなかった風景。
それが今日を境に変わって行く。
変化に対する希望?不安?
分からない。
無駄に色々と考える間も時は流れ、電車は先へと進んでいく。
気付けば、僕の降りる駅の3駅前を通過していた。
彼女の降りる駅の1駅前。
彼女は本を鞄に仕舞い、降りる準備をしていた。
2年間続いた僕と彼女の関係もこれで終わりなのか。
そう考えた時、漸く僕の中にあった感情に気付く。
焦燥感。
電車が駅へと止まる為の減速を始める。
彼女も鞄を手に立ちあがり、直ぐに降りられる体制へと。
慌てるように視線を上げ、彼女を見つめる。
僕が何をしようとしたのか…いや、何をしたかったのか、僕にも分からない。
とにかく何かをしなければならないという感情が僕を支配していた。
だが、時間は誰にでも平等に無情だ。
僕が何かをする前に、電車は駅へと到着し、ドアが開く。
彼女もドアへと向け1歩を踏み出す。
僕はただ、何もできず、彼女を見上げているだけだった。
角席に座る僕とすれ違う彼女。
これで終わりか、という喪失感と共に視線を下へと下ろした僕の耳に、あの澄んだ声が聞こえてきた。
「また今度」
4月になり、僕は高校生になった。
7:25発
前から2両目、一番後ろの扉。
入って直ぐの角席が僕の場所。
学校の最寄の駅まで37分。
ぼーっと外の風景を眺めるのが僕の日課。
ふと卒業式の時に悪友が送ってきたメールの存在を思い出す。
内容を見て、思わず笑ってしまった。
悪友としてはサプライズのつもりだったんだろうけど、今更そんな事…
7:37発
前から2両目、一番後ろの扉。
入って正面の角席の隣が彼女の場所。
「おはよう」
「おはよう」
学校最寄の駅まで25分。
僕の場所は
僕達の場所になった。
普段はシリアスっぽいバトルっぽい物ばかりを書いているのですが、偶には変わった志向も良いかと思いまして。
私個人の恋愛経験はあまりないので薄っぺらいかもしれませんけれども、ほんわかしてもらえたら幸いです。