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Seekers

Seekers ep2

"Seekers ep1"を読んでいると、物語をより一層楽しめます。読んでいなくても楽しめますが。

 この世にどれだけ不思議な人間が居ようとも、それを察知できるかどうかは天文学的確率の上に成り立つものなのである。そして――奇跡の当事者たることもまた、同じように奇跡なのである。

 当然僕は人間であるからにして若い頃が存在して、その若い頃という連続した思い出は所謂様々なエピソードの積み重ねである事は言うまでもない。今から僕が切り出すエピソードは小学五年生の頃。その頃僕は、夏休みに友人を連れて五人で探検ごっこに出かけた事がある。なぁに、小五と言えば十歳かそこら、不惑であるとされる四十歳の四分の一でしかないのだから、逆算すれば常人の四倍は惑っていたに違いない。その頃の若気の至りというのは、往々にして後々自分が指にとんがりコーンを填めながら、バームクーヘンを逐一剥がして食べるのと同じように悔やむことになるだろう。閑話休題。そして――というと、さもそれが当然であったかのような口ぶりだが、今は回想中の話であるからにしてそこは看過して頂きたい――僕達はそのまま、森の奥で消息を絶った。現場では、父母や警察などの日夜を通した捜索活動が何も得られぬまま、何日も続いたという。

だが、事態は急転する。元より展開するところがなかったのだから、少しでも何かが起きればそれを急転というのは当たり前なのであるが。丁度一ヶ月経ち、誰もが諦めかけていた頃に、僕達五人は消息を絶った森の入り口で、無傷のまま発見された。餓死しているだとか壊死しているだとかそんな恐れはおろか着衣の乱れもほとんど無く、まるで一ヶ月タイムスリップしたかのような状態だったという。実に客観的だが、一応自分の話であることを留意して頂きたい。

 そんな不思議に遭遇したから――というと自分の才能の芽を摘んでいるようで実に謙虚そうに見えるけど――その後遺症というかなんというかで、僕は怪しげな怪現象を一切シャットアウトする特殊能力を備えてしまったらしいのである。心を読むだとかだけではなく、不特定多数の中から僕を捜し出すような、そういう超能力が全て遮断される。

つまらないことを言うと、実生活の上では何も力を発揮することはない。また、力を発揮しているという事が、視覚的に明らかになる事も無い。だが、その程度。異常性は異常なモノに対してしか発揮されないからこそ異常なのだ。それに、派手な――所謂、漫画やアニメに出てくるような、四大元素である火水土空気――をど派手に操るような超能力者には縁がないという事もある。これについては、僕に危害を加えてくれないこと前提で、絶賛募集中だ。

それにこれから先、ひょっとしたら会う事になるかもしれない。だが、それはまた別の話である。

そんな、平凡からは逸脱していないと意味の分からない自己暗示をかけながら暮らしている僕こと夜木斎(やぎいつき)が、度々怪事件に巻き込まれるのはきっと何かの運命なんだろう。

必然ではないと、信じている。

「神隠しの風評被害?」

 そんな僕も、今や二十歳の大学生。と言っても同じ高校から進学してきた奴が意外と多くて、意外と目新しい感じがしないキャンパス風景なのであるが。

「そうなのよ。友達が凄く困ってるの」

 そう相談してきたのは僕の友人、凪神楽(なぎかぐら)。帰りがけの僕を捕まえて、無理矢理大学の食堂まで引っ張ってきたのだ。彼女と僕は中学の時の同級生で、その時はいちクラスメイトとしての意識しかなかったのだが、こうして数年を経ると女性は一回りも二回りも変わっているから驚きである。

 そんな彼女が、サークル活動をサボってまで僕の所にやってくるという事は、やはりこれは相当な問題なんだろう。噂によると、彼氏も居ないというのだから驚きだ。これほど美人なのだから引く手数多といった所だろうに。僕からすれば高嶺の花なんだが。

「それで経験者の僕に、真っ先にお鉢が回ってきたわけだ」

 僕は買っておいた缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲む。

 ――不味い。

 端的に言うとそうなのだが、言い換えれば混沌としている。他人に美味いと言わせる為の成分が明らかに欠如していて、そこを甘みのようなモノで全部覆い隠そうとしている手段の至らなさがバレバレで、結果的にどこを主張しているのか分からない。そんな味だった。

その表情で何かを悟ったのか、神楽はおずおずと提案してくる。

「……飲もうか?」

 お前は僕の彼女か、と突っ込みたかったが、『違う』と否定されるのが無間地獄より恐ろしい事を知っていた僕は別の言葉を探した。

「マジかよ。口、つけちまったけど」

 コーヒーをテーブルの真ん中に押し出して、僕は権利を放棄する。すると神楽はそれを見てから、

「嫌な予感がするから、やっぱいい」

 と、やんわり拒否した。

 どうやら本気で危ないブツを手にしてしまったらしい。

 金返せ、クソ自販機。

「ともかく。その友達――千緒里真希(ちおさとまき)ちゃんっていうんだけど。その子が働いている所なんだけど――最近出来たコンビニ、分かる? 学校というか、工学部に近い方の」

「分かる。通ったことはあるけど、利用したことはないな」

「あそこのトイレで、神隠しが起きるっていうのよ。信じられる?」

「信じるもなにも。僕は一応体現者かつ経験者だからね」

 意味もなく胸をはる僕に対して、まぁそうだけどと神楽はにべもなく呟く。

 こちとら別に神隠しに一家言あるワケじゃないのに、無性に恥ずかしくなってくる。

「神楽は行ったことあるのか、そこ?」

「私もないの。だから、これから行こうと思ってたんだけど……一緒に行く?」

 断る理由はなかった。

 そこから歩くこと数分、コンビニがあることを示す看板が見えてきた。大きな道路に沿って設置されているからか、駐車場は広い。

 まぁ、どうでもいいか。と、適当な感想を述べる。人間、何度も見ている景色に、今更思うところは何も無いのである。

「居るかな、真希ちゃん?」

 神楽に続いて僕も中に入る。普段からコンビニにあまり縁がないというとお前本当に大学生なのかと疑われそうだが、買い物をするぐらいなら近所のスーパーで済ませられる。自炊を特に苦と思ったこともなく続けているし、コンビニに行くぐらいなら大学の生協でも用が足せることがあったりする。と言うか、わざわざこんな遠いコンビニに寄らない。

「曇りだからかなぁ」

「どうした?」

「頭が痛いんだよね、なんか」

 さっきから神楽が額を抑えていたのはそういう理由か、と少し合点がいく。

「無理すんなよ?」

「うん……。とりあえず、真希ちゃん呼んでみる」

 そう言うと神楽はレジの方へ向かい、二言三言話すと、若そうな風貌の店員を僕の方へ連れてきた。

茶色縁眼鏡で、髪色も茶色っぽい女性だった。遊び方が派手でない神楽の友達っぽい感じがプンプンする。

「彼女が千緒里真希ちゃん。――真希ちゃん、彼がその夜木斎君よ」

「今回はご免なさい、関係無い貴方まで巻き込む形になっちゃって……」

「いえ。寧ろ素人が変に手出ししてゴチャゴチャになるよりはマシでしょうから」

 いかにもそれっぽく振る舞ってみたが、どう考えても僕もそのシロウトである。

「私、今日はあとちょっとで上がりますから、そうしたら話を聞いて頂けますか?」

 ええ、と僕と神楽が頷いてから、コンビニの中を歩く。

 何も買う用事がないのにコンビニに寄るというのもなんだか迷惑な話だ、と思う。

「そう思いますよね、黒木さん」

 僕は雑誌のコーナーに立ち寄るなり、そこでサンデーを立ち読みしていた男を見上げて呼びかけた。すると、男は雑誌から目を話さずに応える。

「思わんな。俺はこのまま何も買わずに帰る覚悟があるぞ」

 このいかにも怪しい風貌の男こそ、神術の名探偵である黒木樹(くろきいつき)である。見た目ややっていることからは想像も付かないが、今回の相談事のような、一軒不可思議な事件に対して恐ろしいほどの才覚を発揮するのである。

 その真骨頂たる所以は『鷹の目』。彼もまた超能力者の端くれであり、彼はその場に居ながらにして世界中のありとあらゆる事象の因果を閲覧できるという、探偵としてはまさにチート級の能力を持っているのだ。というか、そもそも閲覧できるなら週刊誌読みに来る必要も無いんじゃないのか、と思ったが面倒なので聞くのを止めた。

 実際に見た方が楽しいこともあるんだろう。

「今日、金曜日ですよ。漫画雑誌が読みたいなら発売日に書店に行ってあげた方が販促になるんじゃないですか?」

「分かってないな、お前。立ち読みという行為に多少の後ろめたさを感じたことはないのか?」

「? ……無いことはないですが」

 嘘だ。週刊誌に興味が無いのだから立ち読みもしない。

 だが彼のしたり顔を見るに、これからこの男の前では興味が無くともコミックス派を気取る事になるだろう。

「そうだろう、そうだろう。発売日が過ぎてコンビニに残るのは立ち読みされてすり切れた雑誌のみ。俺の高尚な脳は、そのような廃棄寸前の雑誌を読むことによって、その背徳感を改称しようという考えに至ったのだ」

 読みたいなら素直に発売日に買えばいいんじゃないのか。

 その時、僕が話している相手に気付いて神楽もやってきた。

「あ、黒木さん! お久しぶりです」

「よぉ、狐の嬢ちゃん。二ヶ月ぶりぐらいかな?」

 狐、というのは別に神楽に対する悪口でも何でもない。

 凪神楽の中には狐の魂が入り込んでいるのだ。そのことで少々騒動になったりもしたのだが、今はこの通り、特に問題なく生活出来ている。

「ふむ。二人してここに居るって事はただならぬ予感がするな」

「本当なら、あんたに出張って貰いたい所なんだがな」

 バサ、と黒木はサンデーを音を立てながら閉じる事によって、拒否を暗に示した。

「金が出なきゃ無理だな」

「で、ですよねー……」

 神楽が若干引き気味にそう呟くと、黒木は本を元あった場所に仕舞い、言う。

「まぁ、何が起こってるかを今調べる気は無いし、それはお前等が助力を求めてからでも遅くはないだろうな。その証拠と言っちゃなんだが――狐のお嬢ちゃん」

 彼の、事情聴取をしているかのようなテンションに、神楽は急に背筋をピンと伸ばす。

「頭、痛くないか?」

 神楽はキョトンとしつつも、応えた。

「えっ……。は、はい。さっきからずっと……」

 確かに、さっきここに入るときにそんな事を言っていたような気がする。黒木は続ける。

「ここ周辺に嫌なオーラ……というか、波長が出てるな。それがお前にどう影響してるかは今のところ定かではないが……あまり長居はしない方がいいぞ」

 彼はそれだけ言うと、本当に何も買わずに店を後にした。

 店員さんの『ありがとうございました』が、他人事の癖に余計に胸に突き刺さる。

「黒木さんが一人で居るなんて珍しいね。(さき)ちゃんはどうしてるのかな?」

「寝てるんじゃないか」

 アイツが用もないのに外を歩き回っていたらそれこそ騒ぎになりそうだし。

「そう言えば、咲ちゃんにもお礼言ってなかったわね。一番働いてくれたの、咲ちゃんなんでしょ?」

「野々上はお前に手ほどきしただけだ。気にすることはないさ」

 野々上咲(ののがみさき)という女がどういう人物なのかについては追々説明していくとして。今は目の前の問題を解決していかなければならないだろう。

 神楽の事や店のことを考え、僕達は一端外に出る。大学に戻ることも考えたが、事件現場を目の前にしておきながら、すごすごと立ち去るのはどうかと思ったのだ。

 しばらく話したらどこかに移動しよう。

「結構お客さん来てくれるのは嬉しいけど、変な噂が立っちゃうとそれはそれで困るのよね」

「噂って言うか、事実なんでしょ?」

 そうなのよ、と千緒里。

「今まで三人ぐらいが神隠し――っていうか、もう何て言えば良いんだろう? 瞬間移動? みたいな事態に遭ってて、その三人がみんなウチ――ウチのコンビニに来た記憶がない、って言うの」

 ……うーん。一般人からすればにわかには信じがたい、といった感じか。

 黒木に聞けばちゃんとした答えが出るのだろうか。

「共通点とかは? 被害者の年齢とか、あとは――被害に遭う前にしている事、とか」

「トイレ」

 彼女は端的にそう言った。

「みんな、トイレに入ってから居なくなってるの」

「そ、それだったらトイレが閉めっぱなしになっちゃうんじゃないの?」

「それは大丈夫。ちょっとした事をすれば、外側から開けられるようにもなってるから」

 そういう閉じ込めタイプのトイレはほぼそんな仕様だろう。

「そうか。確かにトイレなら、始終監視でもしない限り発覚もしないわけだ」

「ええ。それに気付いたのも、私たちじゃなくて常連客さんだったし……」

 ふむ。まぁ、店員は一々客の顔を記憶してないというのは有名な話だし、それは仕方がないことなのかもしれない。

「実際にその光景を見てみないと、どうにもならないなぁ」

「そうなんだけど……。見たいと思って見られるものじゃないからね」

 と、その時。僕達の側を、まるでお坊さんみたいな格好をした老人が通っていった。その左手に数珠が握られているのを、僕は見逃さなかった。

「あの人――、」

 僕がそう言う間もなく、その老人は雑誌コーナーを素通りし、トイレを開けて中に入ってしまった。

「お坊さんかしら? もしかして、除霊に来たとか?」

 まさか、と言った僕を千緒里が否定した。

「……確かあの人、どこかの雑誌で心霊現象について色々書いていた人じゃないかしら。こういう事が有ってからチラッと見たことがあったんだけど、もしかしたらここについての投稿があったのかもしれないわ」

 名前何だったかしら、と思い出す仕草をしている彼女に、僕は聞き返す。

「で、結局その人って本物のお坊さんだったりするの?」

「まさか、全部パフォーマンスでしょ? だって本物のお坊さんだったら、雑誌に連載なんか持たないような気がしない?」

 二月の寒さとは明らかに違う悪寒が、頭から足に伝染した。

「神楽と千緒里さんはここに居て」

 僕は一目散にドアを押し開き、数分前の老人と同じようにトイレになだれ込んだ。

 酷く狭苦しいトイレは、無音だった。

 僕は更に奥にある扉をノックし、反応を伺う。

 無音。

 無機質な声すら、返ってこない。

「(オイオイ。面白半分でこういうのに触れるのは、一番やっちゃいけない事なんだぞ――)」

 扉の取っ手に力を込め、僕はそれを押す。すると、鍵による抵抗を受けることなく、扉はすんなりと、僕に奇怪な光景を見せる事になる――。

 扉の向こうからは、水の流れる音すらもしなかった。

何故なら、水は流れなかったから。

なぜなら、水を流す為の要因――人間が、そこには存在しなかったからだ。







 事態は起こるべくして起こった、といった感じだった。トイレをよく調べたが、換気用の窓は鍵がかかっており、出たとしても外から閉めるのは不可能だろう。換気扇を外しても、恐らくこの密閉された施設の中から出ることは難しいだろう。そもそも、あの小さな老人だったらまだしも、他の一般客が巻き込まれた状況についても説明が付かない。

「常連客っぽい人なら、三人ぐらい居るよ」

 人が居なくなったと騒ぎ立てるわけにもいかず、僕は大人しく戻って二人に事情を報告した。神楽は驚いた表情をしていたが、千緒里は『またか』といった感じで澄ました顔をしていたのが印象的だった。

 僕はこの事件が人為的なものではないかと推測して事を進めることにした。

 どう人為的にやるのかは……僕の理解を超えた部分に答えがあるのかもしれない。

「写真が無いから実際に見ないといけないんだけど……あ、いまトイレから出てきた人。あの人が辻堂(つじどう)さん……だったかな」

 彼女が指し示したのは、三十代前半の女性だった。こんな時間にここに居るなんて、一体どんな職に就いているのだろうか?

「で、もう一人は私たちと同じ学生の久鐘明人(くがねあきと)君。……あの人は多分、私目当てかも」

 ウンザリしたように彼女がそう言うという事は――恐らく、そういう事なのだろう。僕がどうこうすることでもないし、そういう色恋沙汰まで解決しろとは言われていない。

「三人目が、会社員の地水奈(ちみずな)さん。珍しい名前だから覚えてたよ」

「この三人が常連さん?」

「まぁ、そんな感じ。でもそんなに頻繁に来てるってワケじゃないから……。そこはコンビニの性よね」

「どうしたもんかね――」

 そう僕が呟いたとき、ポケットの中の携帯電話が鳴った。取ると、相手は裏木だった。

『順調か?』

「いま、一人被害者が出たところですよ。消えただけですから、どうなってるのか分からないんですけど」

 そう言うと、向こう側からため息が聞こえてきた。

『キャンパス抜けて道路に出て真っ直ぐ行くと、そこに橋あるだろ。行ってみろ、余り面白くないものが見られるぞ』

 僕達はその言葉に従い、橋の方へ向かう。すると、じわじわと何が起こってるか理解が出来た。見覚えのある赤灯が何台も橋に停まり、欄干から下を眺めている人達が何人も居る。

「すごい。人山の黒だかり」

 思わずそう呟いた神楽の発言を、僕は極めて冷静に訂正した。

「黒山の人だかり、な」

 目撃者に寄れば、橋の下に老人が横たわっていたのだという。いつ、どこから、どのように運ばれたのかは一切不明。身分証明書から、彼が有名なオカルト記事専門のライターである事だけはしっかりと分かった。

 烏丸総人(からすまふさひと)、五十九歳。全身を刃物のようなもので切り刻まれており、重傷。

「――というわけで、とうとう事件になったワケですが」

 僕と神楽は、これ以上千緒里さんを動揺させるのはマズイと判断し、推理は次回以降という事で彼女と別れた。この後裏木探偵事務所に行くという事は、僕も神楽も口にせずともなんとなく分かっていた。

 大学の表門の向かいを奥に入ったところにある、四階建てのマンション。そこの二階にある事務所が、まさにそこであった。

「事件を解決するのは容易い。ただし、代償は払わなきゃならんがな」

「簡単――、なんですか」

 僕と神楽が並んで座ったところに、小学生ぐらい見た目の少女がやってきて、僕達の元にお茶を差し出す。

 彼女こそ、野々上咲。小学生で自分の時を止めてしまった――もとい、止めざるを得ない事態に直面してしまった少女である。故に、彼女の本当の年齢は十二歳ではなくその倍以上である。彼女の持つ超能力は『精神支配』。催眠術などとは違い、本当に野々上自身の意識を相手の中に擦り込ませて支配する。どういう風にやるのか実際に見たことはないけど、どうやら視線を合わせるところがポイントのようだった。

「まず考えなきゃならないのは、『何で被害者が数人も出たのか』という事だ」

 僕の事を一睨みしてから去っていく野々上を見ながら、僕は考える。

確かにそれは、僕もかねてから不思議に思っていたところだ。これは推測の域を出ないが、数人しか居ないと考えるべきか、数人も居ると考えるべきかで、この事件は別の様相を呈するに違いない。

「場所を考えろ。あんなありふれた場所だ、被害者人口と非被害者人口を比べれば、後者が多いのは確実だろ?」

 そりゃそうだ、とは言ったが、実際はどうだか分からなかった。

「だったら何故、トイレに入った全員が全員、消えないんだ? ――これが、第一のヒントだ」

 そうだ。全員が消えるならきっとあの時点で僕も消えていた可能性があったかもしれないのに、実際はそうじゃなかった。トイレの中を捜索していたのに、僕はこうしてここに居る。

 何故?

「後は……まぁ色々あるけど、一番主だったのは神楽ちゃんかな」

「は? 神楽?」

「私が?」

 神楽もキョトンとしてるのに、何を分かれってんだよ。

「あとは、心霊スポットの性。この三つあれば、十分だろ」

「心霊スポットの――性」

「心霊スポットが心霊スポットであるが所以、みたいなニュアンスで捉えてくれたまえよ」

 裏木はつまりこう言っている。

 何故、トイレに入った全員が消えないのか。

 神楽の存在。これはもしや、頭痛がするとか言っていた事に関連するのかもしれない。

 そして最後に、心霊スポットの性。

 これだけで、何の変哲も無い、何の取り柄のない僕でも真実を導き出す事が出来るのだ、と。

「被害者リストとかは、無いのか?」

 過去の事件だと、被害者リストから被害者の共通点を導き出す事が出来たのだが。

「必要ない。被害者のプロフィールに、共通点はない」

 その含みのある言い方を、僕は聞き逃さなかった。

「それはつまり、プロフィール以外の部分――例えば、トイレでどんな事をしたかという事については共通点があり得る、という解釈でいいのか?」

 すると、裏木の顔が若干にこやかになった。

「なかなか鋭いじゃないか? その通り、トイレで全員が全員やらない事って何だと思う?」

 それは――。

 そう思ったとき、隣の神楽が膝を打った。

「あ。私、分かったかも。明日コンビニに集まれるか、真希ちゃんにメールしておくね」

 ぎくり、と冷や汗のようなものが首筋を伝った気がした。

「え……早くない?」

「だって、今回は真希ちゃんを納得させる為のモノなんだから。事件の解決云々は裏木さんのお仕事でしょ? 大丈夫大丈夫、夜木君が分かって無くても私が分かってるから!」

「金、出なさそうだなぁ。むしろ今回は足が出そうな気がする」

 裏木の言う『予感』というのは予感ではなく決定事項であることを僕が思い出すのは、この事件が解決した後になる。






 翌日、昼。

 結局僕が分からないせいで結論は翌日以降に持ち越し――などという屈辱的辛酸をなめさせられるワケもなく、事件は一般人が平凡な日常を過ごしている合間につつがなく解決した。

 事件の犯人は人間ではなく狸だった。そして、潜んでいる場所は、今神楽が持っているトイレットペーパーの芯の中だったというから驚きだ。

 神楽が頭を痛めていたのはその狸のせいで、所謂同調の波ではなく人間に対する危険信号を発していたようだ。人間でもあり狐でもある神楽にはそれが混線して頭痛の種になった、という解釈だと彼女自身が語っていた。

「(確かに、ロールの交換は全員が全員やるワケじゃないけどさ)」

 ペーパーの芯の中に隠れる神さまって、一体どうなんだよ。

「申し訳ありませんでした。元からしっかり地鎮祭を行っておけば良いものを」

 と、謝っているのは今回の事件の犯人――を知っている人物、辻堂サヤカさんだった。側には、天井に飾るタイプの神棚が、設置前の状態で放置されている。

 裏木樹がため息をつきながら彼女を慰める。

「地鎮祭なんてただの臭いものに蓋原理でしょう。あれは訳ありの土地だけにすべきだ」

「きっと、神さまが居なくなればこの土地には人が来なくなります……」

 そして、ヒントその三の『心霊スポットの性』であるが、これは神楽に説明されるまでよく分からなかった。

『このコンビニ、散々怖い噂が立ってるのにも関わらず結構人が集まって来るじゃない? それってやっぱり、何か人を引きつけるものがあるんじゃないかしら。そう考えたら、ここに神さまが居る理由が分かったの。そして、解決するのに代償が要る、っていう裏木さんの言葉の意味も』

 詰まるところ、辻堂サヤカはお狸様にお願いして、この店に人を大量に呼び込むようにしたのだそうだ。そのくせ人間嫌いの神さまは、まかり間違って自分に触れてきてしまった人々を次々に吹き飛ばしてしまった――という、何とも小さな話なのである。

「そんな気苦労は無用でしょう。ここは元々大きな道路の側で、人の気が多く流れています。逆に言えば、時間を掛けていけばここに人を取り込む流れを作る事も可能ですよ」

 すると、千緒里さんが僕らを見つけてお礼を言ってきた。

「二人とも、本当にありがとう。助かったわ」

「いいのいいの。結局探偵さんが全部持って行っちゃったから」

 彼女はそう言って凄いにこやかに笑っているが、結局今朝の時点で神楽がずっと仕切りっぱなしだったせいで、すっかり僕の立場は薄れていた。

「それじゃ私、これからバイトだから――」

 そう言って千緒里さんはコンビニの中に消えていった。

 二人になった途端に、神楽がこちらを見てこう言った。

「悔しい?」

「割と」

 そう言った途端、彼女の後ろから誰かが現れた。

 能面を貼り付けたかのように無表情の、野々上咲だった。

「いや、これ発案したの私じゃないのよ? 咲ちゃんが『あの朴念仁を一度で良いから悔しがらせたい』とか何とか言って」

「あっそ。朴念仁で悪かったね」

「ね、ねぇ、許してってばぁ。本当に私は何もしてないって!」

 僕はその野々上の企みの先に見えているものが何か分かっていたからこそ、敢えてツンケンとした振る舞いをした。そこに、作業を終えた裏木さんがやってくる。

「今回みたいに、どこに神さまが居るのかなんて分かったもんじゃねぇ。だから人間、常に胸を張って生きていけば、どこかで神みたいなモンがどこかで拾ってくれるはずさ」

 きっとこの町には、この世界には、無数の神さまと超能力者が居て、それは誰にも分からないけど、きっと生きているのだ。その営みは誰にも崩せないし、介入も出来ない。人はそれに知らず知らずのうちに縛られながら生きているけど、それが人の目に触れるとき、それは奇跡として巻き起こるのかもしれない。

 吹く風は、段々と暖かくなってきている。

 もうすぐ、春がやってくるかもしれない。

友人に「凪神楽の設定って蔵○みたいだな」と言われて若干凹 そう言えばそんなキャラいたっけ……

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